104.ルフィーナ王女、帰国。
数年も経っていないのに、やっぱり我が家……我が城に帰って来ると落ち着くものね。わたしや、他の騎士たち、アスティン。そしてレナータ。港町でのことはとりあえずの保留とした上で、すぐにジュルツに帰国をした。それというのも、想像以上に疲れていたわたしが早く帰りたいと急かしたからだ。
「ルフィーナ王女、ハヴェルの処遇はいかがなさるおつもりですかな?」
「アルヴォネン様がお決めになられたのでしょう? それならそれで構いませんわ。ハヴェルに付き従うレナータ。いえ、逆かしらね。ふたりはどの道、港町近くの水都に住むことが決まっているわ。わたくしがこれ以上言うことでもないですし、全てお任せしますわ」
「かしこまりましてございまする。では、失礼致す」
城に戻って来て早々に、騎士や民、城の重臣たちがわたしにお目通りをするためにひっきりなしに謁見して来る。それは別に当たり前のことだからいいのだけれど、それでもとても疲れていてそして――
「ルフィーナ様、お召し物を替えさせていただきます。腕を伸ばし……」
「う……んん――」
「ルフィーナ様!? だ、誰か、早く、ルフィーナ様を!」
「姫さん!? お、おいっ! 医者を早くっ!」
薄れゆく意識の最中に聞こえてくるのは、セラとマフレナの声だった。その後はとにかく疲れていて、何も聞こえなかった。これは何かの病かしら? ううん、旅疲れだわ。特にキヴィサークでの王子の世話は想像以上だったわね。
ルフィーナ王女はしばらく眠り、目を覚ます気配が無かった。その間、ジュルツ国内は規律ある騎士たちにより、王女のことについては騒ぐ者はいなかった。騒いでいるのは城中の者だけだった。
「ルフィーナはどうなのだ? 答えろ!」
「シャンタル様。今はゆっくりと眠られております。恐らくは旅の疲れによるものだと……」
「むむむ……やはり、あの国での仕打ちが体に負担を来していたのか。とは言え、ルフィーナが自ら望んでしていたことだ。今さらあの王子に何を言える。俺には見守ることしか出来ぬ」
「カンラート! それにアスティン!! 貴様らはただ心配していても邪魔だ! 城下町を見守って来い!」
「わ、分かった。行くぞ、アスティン」
「ぼ、僕が港町で無理をさせたからこんなことに……ルフィーナちゃん」
「お、おい、アスティン。お前のせいじゃない。だから、行くぞ!」
「ううっ……ルフィーナちゃん」
「ま、参ったな。俺は先に行くからな」
アスティン……あなた、また泣き虫アスティンに戻ったのかしら。駄目よ、お姉さまが怒っているわ。ここは、どちらかというと彼女たちだけの方がいいの。それがいいこともあるのよ。だからアスティン。今はあなたの騎士団を守りなさいね。
「バチーン!」
「……ううっ!? シャンティ……何を」
「アスティン、貴様は副団長ではないのか? 貴様は見習い騎士ではないぞ。ルフィーナを愛する気持ちは我も、我らも同じだ。貴様ばかりが悲しいと思うな! そんなことでは心配で目を覚まさないかもしれぬぞ? ルフィーナはずっと頑張って来たのだ。今は恐らく体を休める時なのだ。だから、分かれ!」
「ご、ごめん。わ、分かったよ」
アスティンもカンラートに続いて、城下町の見回りに出て行く。王女の眠りはジュルツの騎士たちの心を痛めた。ルフィーナ本人よりも、騎士たちの方が王女を想う気持ちが強いことの証でもあった。
「港町で何があったんだ? シャンタル」
「むしろ問題はキヴィサーク国だ。港町ではすでに疲れが来ていたのだろう。それでもいつものように、いたずらな王女だった。騎士鎧を全身に纏って、楽しそうにしていた。だからこそ油断したのだ」
「それで、症状は疲れか?」
「……分からぬ。我は医者では無い。まして、ルフィーナは我らと違って騎士では無いのだ。同じように振る舞っていても、身体の負担は相当だったはずだ。我の不覚だ……このままゆっくり眠るがいい。我が愛するルフィーナ王女」
「ああ、あたしも同じさ。あたしの生き甲斐なんだ。だから、今は休みなよ、愛しのルフィーナ様」
しばらくして、レイバキアに里帰りをしていたテリディア、ルヴィニーアの両名が戻って来た。ルフィーナの様子は城に入ってから知り、姉妹揃って悲しみに明け暮れた。
ただ静かに眠っていたルフィーナ王女の周りでは、部屋の扉の前では全てのヴァルキリーが守り、王女へ近付けるものは近衛騎士と、関わりのある騎士のみになっていた。
「ま、参ったな。男は入れなくなっているではないか。アスティン、お前もか?」
「僕も入れないです。ところで、ドゥシャンはどうなったんですか? 姿を見かけませんが……」
「あ、あぁ……今は何も無い。ルフィーナがあいつを下す前に眠ってしまったからな。さすがに猛省中だ」
「そ、そうですか。それで、前陛下と王妃様には?」
「知らせてはおらぬ。というより、所在までは掴んでおらぬ。それがルフィーナの命じだからな。お前も心配なのはわかるが、こういう時に心をしっかりと保てよ? お前のお姫様だろう?」
「うん。そうするよ。ありがとう、カンラート」
そうして目を覚まさないまま、数日が経とうとしていた。わたしはここぞとばかりに眠っていた。もちろん、眠り姫になるつもりは無くて、それでも起きることが出来なくてどうにもならなかった。
「ルフィーナ……わたしとの約束を忘れてはいないのだろう? どうか、目を覚ましてくれないか。わたしはお前が愛しいんだ。お前に命を授けたい。それがわたしの望みだ。どうか、目を覚まして、我が妹ルフィーナ――」




