102.あなたと共にあるために③
アスティンの手……温もり、横顔。わたしから彼に試練を与えて旅の行き先を別々にしたというのに、再会を早めただけじゃなくて、もう彼とは離れたくない。そう思うなんてどうしてしまったというの。
「――ルフィーナちゃん?」
「な、何でもないわ。そ、それにアスティン! 外では王女と騎士! ルフィーナちゃんは駄目なんだからね?」
「あっ、言われてみればそうだね。ついつい嬉しすぎて、ずっとそう呼んでいたよ。ごめんね」
「あ、謝らなくてもいいのよ、アスティン」
ずっと呼ばれていたい。だけれど、わたしは王女なの。アスティンはわたしの騎士様。そこは厳しくしなくてはいけないわ。いつまでも甘えを見せていては離れられなくなるもの……わたしの方が。
緊張しまくっていても始まらない。ヴァルティアお姉さまの所に急がなくてはいけないわ。アスティンにはこれ以上の心配をかけさせたくないもの。でもあなたのその優しさが、彼女たちを惑わしているってことにも気付いて欲しいものね。
「ルフィーナ王女、間もなく砂浜に着きます。危険が無いとは言え、何があるかは分かりません。貴女は私が命に代えてもお守り致します」
「命に代えては駄目よ、アスティン。それにそこまで硬くならなくていいわ」
「え? しかし……」
「わたくしの命はあなたと共にあるの。代えては駄目。いい?」
「うん、分かったよ」
城に戻ればまた王女と副団長とで忙しくなるけれど、あなたとはもう離れることは望まないわ。再びの旅に行くその時も、アスティンと一緒に行かないとつまらなさすぎるもの。
「ルフィーナ、浜辺が見えて来たよ。でも、あれは……」
「どうしたの? アスティン。あら? あれは水しぶきね。もしかして魔法というものなの?」
「うーん? あれは間違いなくおかしなことになってる気がするよ」
シャンタルや見習い騎士たちがいるはずの場所には、カンラートの姿とハヴェル、レナータの姿があった。ルフィーナとアスティンの目に映っている光景は、途中でどこかへいなくなっていたルカニネとドゥシャンの姿があった。そこでは、カンラートとハヴェル、ドゥシャンが剣を交えていた。
ハヴェルに剣を向けているドゥシャンに、動揺の色を隠せないレナータ。それでも戦いの様子をただ黙って見ているようだった。ハヴェルの背中を祈るように眺めているようにも見えた。
「あら? ルカニネとド……何だったかしら? 一体どこに行っていたのかしらね」
「ドゥシャンだよ。僕とは途中までいたけど、二人でどこかに行ってしまったんだよ。偶然なのか分からないけど、どうして彼を除いた兄騎士たちが揃ってしまったんだろう。揃ったのにどうしてあんなことをしているのか、僕には理解出来ないよ」
ルカニネとドゥシャン……あぁ! 駆け落ちの二人だったかしらね。色々遊びまわってたまたまここに寄った様な感じだわ。ふふっ、それにしてもアスティンの兄騎士なんて言っても、まるで子供ね。
「ルフィーナ、どうしよう? 僕が止めるべきだよね?」
「それではつまらないわ。アスティンは一番強いのでしょう? あなたが行ってはすぐに終わってしまうじゃない。あなたは小屋の方に行って来て」
「う、うん。じゃあ僕はそっちに行くけど、本当に大丈夫だよね? 3人の所には行かないよね?」
「……いいから、アスティンは自分の部下たちを助けにお行きなさい」
ふふ、カンラートまでもがあんな遊びに興じているだなんて、お姉さまが見たら全員吹き飛ばしてしまいそうだわ。こういう時こそわたしの出番というものじゃない。アスティンに剣は返したけれど、盾だけはあるのよね。これなら彼らに気付かれるはずだわ。
「ハヴィ、だ、大丈夫? お友達なんだよね?」
「ああ、心配いらねえよ。だけど、小言がうるさい奴に正直に言うモノじゃなかったな」
「全く、ハヴェルにカンラート。てめえらは相変わらずの野郎だぜ。特にハヴェル! てめえが騎士をあっさりやめるなんて俺は聞いてねえぞ? 嫁と約束したとかそんなのは知ったこっちゃねえんだよ」
「ドゥシャンなら分かってくれると思ってたんだが、違うのか」
「分かるわけがねえだろ! それとカンラート! おめえもいつまでも愚痴ってんじゃねえぞ」
「愚痴りたくもなる。アスティンをはじめ、ハヴェルとドゥシャンまでもがイグナーツに会ったというではないか! 何故俺だけがあいつに会えなかったのだ。袂を分かちあった奴に会えなかったのは俺だけなのだぞ? 悔しくもなる!」
あらあら……まるで小さな子供の様ね。それもどうしようもないことだわ。やはりここは再びわたしの出番が来たみたいね。アスティンには失敗したけれど、ドゥシャンくらいならわたしでも勝てそうだわ。
ジュルツの騎士同士が三つ巴となって、互いに剣を交えている。互いをよく知る相手だからこその、つばぜり合い。バインドがその場の緊張を高めつつあった。味方同士でもあり、仲間であるからこその緊張が続いていた。
「うふふ、まるで子供の喧嘩みたいね。そこの騎士たち、黙ってその行為をお止めなさい」
「なんだぁ? 見慣れない騎士が来やがったな。しかもご大層に顔まで隠していやがる。もしかしてどこかのガキが騎士の真似事でもしてんのか? 駄目だぜ、そこのガキ。俺らの戦いを邪魔しに来たら手加減出来ねえぞ?」
な、なんて口の悪い騎士なのかしら。ヒゲ騎士は愛嬌があったからいいけれど、髪の長すぎる騎士は嫌だわ。ど、どうしてくれようかしら。アスティンの盾を使って体当たりすれば反省でもしてくれるのかしらね。
「お? 俺に向かってくるつもりか? ガキは帰って寝てな」
ハッタリと脅かしのつもりなのか、ドゥシャンは手にしていた剣を、騎士姿のルフィーナの頭上から振り下ろす構えを見せている。
「ま、待てっ! その者に手を上げるな、ドゥシャン!」
「あん? こんな訳わからねえアーマー被ってるガキには脅しの一つも入れとけば泣いて帰るだけだろうが! 顔も隠し続けてるガキが俺らの喧嘩に割って入って来るなんざ、数百年早いってもんだろうが!」
「あーあー……ドゥシャンとは永遠にさようならかな? その剣を動かすのをやめた方が身のためだと思うけど」
「ルカニネは手ぇ出すんじゃねえぞ。本物の騎士にちょっかい出してきたコイツが悪いんだからな」
むむむ……な、なんて頭にくる騎士なの! たとえ本当に攻撃を当てようとしていなくても、ここまで人をバカにするのは口が悪いとかの問題ではないわ。本気で叩きのめしたくなったわ。
「おっ? コイツ、盾で俺の剣を防ごうとしてやがる。生意気な奴だな。カンラートもハヴェルも手を出すなよ? アーマーに衝撃を与えてコイツの顔を拝んでやるぜ」
「俺は止めたぞ? ドゥシャン。俺には止められないからな? 長い付き合いだったが、ここで別れだ」
「はっ、団長が何甘い事言ってやがる」
「カンラートもルカニネも恐れているってことは、まさかあの騎士の中身は……アスティンは近くにいないのか。どうすればドゥシャンの興奮状態を止められるっていうんだ。レニィ、お前あいつを……あれ?」
何を興奮しているのか分からないけれど、わたしに剣を向ける気なのかしら!? ど、どうすればいいのかしら……アスティン、ヴァルティアお姉さま!
「こんにちは、あなたがルフィーナ王女?」
「え?」
「少しだけお見せしますね。あなたにとっては初めての魔法を――」




