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100.あなたと共にあるために①

「うーアスさん遅いです~……ボクも水都に入りたかったなぁ」


「それは副団長殿と一緒に歩く為? それとも、単純なこと? いずれにせよ、わたくしたちは見習い騎士だ。その分際で同行を許されるわけがないのだ。ここに連れて来て頂けているだけでも有難いと思うことだ」


「でもでも~アスさんが悲しそうな表情でボクたちを見ていたです。アスさん、寂しそうにしていたです。王女さまと長く離ればなれなんて、本当に悲しすぎるです。ボクだったらずっとお傍にいられるのに」


「リーセは副団長殿のことを好きなのか? わたくしが慕う感情とは質が異なるように聞こえる」


「すすすす……好きだなんて、ボ、ボクはアスさんの傍にいられればそれだけで……」


「それならばよいですが……」


 アスティンとハヴェルたちが水都アグワに行っている間、アスティンの部下でもある見習い騎士ふたり、リーセとマリツェは、ハヴェルとレナータを護衛する為に付いて来た。彼女たちには水都に入る資格も力も無い為、アスティンが戻って来るまでの間、港町の中を歩き回って警備をしていた。


 自分たちが入れないのを知っていながらも、愚痴をこぼすのは自分たちの力不足によるものではなく、彼女たちはアスティンの傍を離れたくなかったという、彼を特別に慕っている想いがあるからこそだった。


「いずれにしても、誰が聞いているかもしれませぬ。その想いは口に出したり、顔に出してはいけませぬぞ? 副団長殿を慕う気持ちは分かりますが……」


「う~~……」


「一通り見て回ったことですから、宿屋に戻るとしましょう」


 不満と未練が分かりやすいリーセと、落ち着きを見せるマリツェ。慕いの副団長アスティンの戻りを気にしながら、宿に戻ることにした。


「ご主人、ただ今戻りました。わたくたちのアスティン様が戻られるまでは、ここで待つことになりますが、お許し願いたく存じます」


「マ、マリツェ……ご主人じゃないです」


「え?」


「ふ……わたくしたちのアスティンか。どの口がそれを言うのか、我に証明をしてみろ」


「な、何者なのでございますか?」


「聞く前に貴様らが名乗れ」


 宿に入ったリーセとマリツェ。特に周りの様子に気付くことなく、宿の主人がいる辺りで声をかけた。その時、初めてリーセが異変に気付いていた。よく見れば客の姿も無く、主人の姿も見ることが無かった。


「ボ、ボクはジュルツの副団長アスティン様の部下、リーセ」

「同じく、わたくしはマリツェにございます。あなたは何者なのでございますか?」


「リーセとやら、素性の知れぬ者に副団長の名を容易く教えていいのか? ジュルツの副団長アスティンを倒せば、もはやそれは脅威ではなくなるだろうな」


「あ、あぅ……」


「我の姿を見ても分からぬとは、よほどアスティンだけしか見ていなかったとみえる。見習い騎士ごときが、副団長を慕いそのことで文句を放つのは程度が知れる」


「ぶ、無礼な! 見習い騎士であろうとわたくしたちは騎士。何者か存じませんが、剣を抜かさせて頂きます」


「――では眠れ」


「えっ」


 刹那、見習い騎士たちはその場に倒れていた。ヴァルキリーの目に見えない動きは、油断の彼女たちの意識を落とすことは容易かった。


「アスティンめ。見習い騎士が女子だからと、甘やかしすぎているからこういうことになるのだ」


「おいおい、シャンタル。これはやりすぎではないのか? 見習い騎士たちに悪気はなかったはずだぞ」


「何だ、随分と遅かったではないか」


「お前が早過ぎるのだ。俺はルフィーナを乗せていたのだぞ? 急いでいても、それは分かるだろ」


「相変わらず言い訳ばかりだな、貴様は」


「ぬぬぬ……」


「それはともかく、ルフィーナはどうした?」


「あ、あぁ……」


 カンラートの腰に掴まりながら港町を目指していたわたしは、途中で素顔を隠すことを思い付き、一度馬を止めてもらっていた。素直に彼に会うのもいいけれど、騎士鎧を身に纏うことを気に入ったわたしは、港町に入る前から鎧で自分を隠すことを決めた。


「うー暑いわ。それにこの鎧だと前がよく見えないのよね」


「フフ……そうか、そういうことか。やはり見習い騎士よりは油断のない王女だな。だからといって、カンラート! 貴様の遅れが許せると思ったら大間違いだ」


「お、お前……俺はお前の夫なのだぞ? 少しは……」


「少しは何だ? 優しくしろとでも? 甘い奴め。だからこの者たちのように、団長クラスが甘くみられるのだ。戯けが」


 アスティンの配下で見習い騎士の彼女たちは、ヴァルティアお姉さまの足元で眠っていた。出会った相手が悪すぎたということでもあるけれど、アスティンを見舞いに来ていた彼女たちはやはり、彼のことを慕っているのだなと思ってしまった。それも彼の魅力ではあるけれど、わたしは心配になる。


「それにお前のことを知らぬのは仕方ないのではないのか? お前はヴァルキリーだ。見習い騎士の前に姿を見せることはほとんどないだろう。ましてお前は、育児に専念していたからな。アスティンの配下のことなど、知らなくて当然だ。彼女たちも同じだろう。腹を立てる気持ちは分かるが……」


「貴様もここで我に倒されるか? ジュルツの団長殿」


「いやっ、すまぬ。と、とにかく、彼女たちをどうするつもりだ? 恐らくアスティンたちはそろそろ戻って来る頃だぞ」


 ここの思い出といえば、賊に閉じ込められた小屋があった。まだ小屋が残っていれば、そこで彼女たちを休ませて、お姉さまにはそこを任せようなんてことを思い付いてしまった。


「ヴァルキリーのシャンタル。あなた、彼女たちをあの小屋に運んでそこで見守っていなさい!」


「ふ、そこか。小屋が無ければどうする? 無ければ町長の部屋にでも置くか?」


「それならそこでもいいわ。でも残っていれば小屋で彼女たちと話をしていてね」


「いいだろう。それで団長殿はどこに置く?」


「く……今は我慢するしかあるまい」


「そうね、団長様にはアスティンを騙してもらおうかしら。わたくしの側近としてアスティンをけしかけて頂戴。そうすれば間違いなく、彼はわたくしに襲い掛かって来るわ」


「し、しかし、それではお前の身に危険が及ぶのではないか? 少なくとも、俺たちがここに来ていることはあいつには知らされていないのだぞ? 賊と分かれば下手をすれば、お前を傷つけることになりかねん」


 カンラートは変わらなさすぎるわ。もちろん、国を守り通す団長として間違ってはいないけれど、硬過ぎるわ。まるでわたしと初めて会った時以上に硬くなっているわ。お姉さまが苛立つ気持ちが分かってしまうわね。


「やるったらやるの! 危険が及ばないようにするのも団長の役目なのでは無くて? あなたは鎧で顔を隠したわたくしを守るだけでいいの! もー細かすぎて面倒になって来たわ」


「わがままにも程があるではないか……し、しかし」


「おい、エドゥ。つべこべ言わずに支度をしろ! 我が王女を困らせるな。我は先にこの者たちを連れて行く。貴様もその覚悟を持て」


「わ、分かった。で、ではルフィーナ、お前は俺が守る。無茶はするなよ?」


「それはどうかしらね。アスティンの本気を見てみたいの。試練の時はそうはならなかったから、つまらなかったわ」


 アスティンの見習い騎士としての最後の試練の時、彼の最後の相手はわたしだった。その時点で彼はわたしに攻撃をすることが出来なかった。あの頃はそれで仕方がないと思えたし嬉しかった。


 けれど顔を隠した素性知らずの騎士には、きっと容赦がないはず。まして見習い騎士たちを捕らえられたと知れば、彼は甘えを捨てて一直線にわたしに向かってくるはず。その瞬間をわたしは見たい。


「と、とにかく、俺たちも行くぞ。動きも苦しいだろうが、騎士鎧は重いのだ。身をもって知ることだな」


「ふふっ、いいわ。しっかりとお守りくださいませ、騎士団長様」


「……仰せのままに」


 ミストゥーニで涙を流しまくっていた愛しのアスティン。彼はその時よりも少しは強く、変わっているのかしら。わたしよりもきっと、見たことの無い世界を見て来たはず。だからきっと強くなっているわ。


「楽しかったな、アスティン」


「すごいなぁ。同じ世界の中にあるのに、あんな水の動きが見られるなんて、僕だけがこんな経験をしていて申し訳ないよ」


「それは王女さんのことを言っているのか?」


「う、うん。彼女は世界の全てを見てみたいって意気込んでいたからね」


「アスティンの好きな王女さまのことね? もうすぐミストゥーニで会えるのでしょう? それならその時にたくさんお話すればいいと思うわ。アスティンと話をするだけできっと喜んでくれると思うもの。わたしも、その王女さまとお話してみたいわ」


「うん。レナータとならきっと合うと思うよ。ラルディだったら大変だったかも」


「あー、妹王女さんと我が王女さんだったら喧嘩するかもな。はははっ!」


「んもう! ハヴィもアスティンもひどいよ!」


 水都アグワでの新居を見る為と、観光をしていたハヴェル、レナータとアスティン。3人はマジェンサーヌ王国からずっと一緒にいることもあって、今ではすっかり仲良しになっていた。


「あ、あはは……それじゃあ、スンムールに戻ろうか。彼女たちも待ち過ぎて眠ってるかもしれないけど」


「そうだな。まぁ、港町はここからすぐだからな。待っていた所に俺らが現れれば、意表を突かれて驚くかもな」


「う、うん。じゃあ、僕だけが先に宿屋に行くから、ハヴェルとレナータはゆっくり来てよ」


「ああ、分かった」

「うんっ。ありがとうね、アスティン」


 新婚予定の二人に気を遣って、アスティンだけがスンムールへ向かって行く。二人は駆けて行くアスティンの背中を微笑ましく眺めていた。


「おし、じゃあ俺らも行くか。なぁ、レニィ。ん? どうした?」


「……ハヴィ。あまり良くない気配を感じるわ。アスティンを急いで追いましょ」

  

「ん? お前、そういやそんな不思議な力があったんだったな。分かった、急ぐぞ」


 宿屋に近付くにつれて、妙な気配を感じていたアスティン。騎士の剣を見習い騎士たちの元に置いてしまっていたことを悔やみつつも、宿屋に近付いた。


「ア、アスティン……か?」


「え、あれっ? カンラート!? 他国にいたんじゃなかったっけ? 何をして――」


「ま、待て、宿屋に近付くな! すまぬが、お前の見習い騎士たちは俺の不注意で捕らえられてしまった。すまん」


「え!? リーセとマリツェが? そ、それでどこに……というより、カンラートはどうしてそこから動かないの? 宿屋に何か……」


「い、いやっ、それ以上近付くと、駄目だ! お、俺が危険なんだ」


「へ? あ……そ、それは僕の剣? それ、どうして……だ、誰?」


 あぁ、アスティン。変わらないように見えるけれど、ますます素敵になったわ。それに俺から僕に戻っているわ。それももう、僕が板についているように思えるわね。それにしてもカンラートは芝居が下手だわ。


「と、とにかく、俺はこの騎士に剣を向けられていて動けぬのだ。アスティン、このままこの者の言う通りに、見習い騎士たちが閉じ込められている小屋に付いて来てくれ」


「そ、そうか、脅されているんだね。わ、分かったよ。あれ、でもその盾……どこかで見た気が」


「ア、アスティン、急げ! 俺を脅しているこの者よりも、小屋にいる奴の方が遥かに恐ろしい相手だ」


「う、うん。分かったよ。えと、ついて行けばいいんだね?」


 ふふ……素直ね。これでカンラートには前を歩いてもらって、アスティンに背を見せつけていればきっとわたしの隙を突いて来るに違いないわ。


「君は何者? どうしてカンラートを脅しているんだ? それに僕の見習い騎士たちにひどいことをしないでくれないかな? そういうのはもう見たくないんだ。怪我だってさせたくないよ」


「……」


「えっと、無言で剣を向けるのは何でなのかな? それにその盾……ううーん? で、でも君が僕の部下たちを傷つけるつもりなら容赦しないよ」


「よ、よし、アスティン。後はお前に任せた! 俺は小屋の方に向かうぞ」


 わたしの持っているアスティンの盾に心当たりがあったのか、首を傾げながら考えていた彼。その隙に、カンラートはこの場から離れて、お姉さまのいる小屋に向かって駆けて行ってしまった。


「カンラートを簡単に逃がすってことは、キミの狙いは僕か。何がしたいのかな? 悪いけど、キミでは僕に勝てないよ。たとえ剣先が向けられていても、キミには殺気が無いからね。だから、これで仕舞いだよ」


「……」


 殺気なんて向けられるわけがないわ。そ、それでも彼の本気……これが騎士としてのアスティンなのね。言葉は優しいけれど、まるで隙がないもの。ど、どうしようかしら。体当たりしてみようかしら。


「――え、うわっ!?」


 もうこれしかなかったわ。彼の剣も盾もその場に置いて、一か八かで彼の胸元目がけて体当たり。意表を突けたのか分からないけれど、半ば強引に彼をその場に押し倒すことに成功してしまったわ。おかげでわたしも目を回してしまったのだけれど。


「うーん……いたたた。ゆ、油断しちゃったな……。でもキミも衝撃で目を回しているんだね? 悪いけどアーマーを取らせてもらうよ。っと……え?」


「ううーん……」


「キ、キミは……え? あれ? これは夢!?」

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