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Deadlock Utopia  作者: 胡坐家
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Deadlock Utopia 第二章一節 ~Remnants~ 

ファンタジー小説「Deadlock Utopia」本編二章です。二章は二節で構成され、舞台となる多種族共存特区「輝夜」での残党との戦闘、その後のストーリーです。

Deadlock Utopia 第二章一節 ~Remnants~


挿絵(By みてみん)


<2070年 輝夜 招かれざるもの>


 あらゆる種族が集う酒場「ディアボロ」。

 輝夜を初めて訪れる旅人がここに立ち寄ることも少なくないが、それは酒や女が目的ではない。ここは輝夜最大の情報収集の場でもあるのだ。


 しかし、今日ばかりはやや趣が違うようだ。

 店内は常連客と旅人で賑わい、談笑しながら午後のゆったりとしたひと時を楽しんでいる。遅い昼食を取りにきた者のためにイサナが振舞う料理のいい香りが充満し、後から来た客がそれにつられてさらに料理を注文し、厨房は大忙しだった。輝夜の魔族の長であり、ここのマスターでもある時政はサボるタイミングを逸し、妻のイサナに尻を叩かれながら嫌々皿洗いをしている。

「まったく……昼間っから酒飲む連中まで来てるよ。グラスがいくつあっても足りやしない」

 そうこぼしながらも、イサナの口調は楽しそうだ。


 すると、カウンター席に座っていたふたりの旅人らしき獣人が、チップをおいて店を出た。その法外な額が、この旅人がここで何らかの情報を得たことを物語っている。


 隅の席でメニューを見ていたカヲリがさっとその客に目を走らせる。

「あの人たちには、お酒よりも情報が高く売れるのね」

 同じ輝夜のビーチでバーを営業している彼女にはなかなか商才があり、そういった客への「営業」を忘れない。「ちょっと、名刺渡してくる」とすかさず席を立った。

「熱心ねえ……注文してからでもいいじゃない。おなかペコペコ」とアデルがメニューから目を離さずに不満そうな声を出した。


 カヲリが店のドアを開けた瞬間、表から叫び声が聞こえた。先ほどの旅の獣人のものだ。「マジかよ!」「あっちだ!狩り損ねるなよ!」という興奮しきった声が、事態を物語っていた。


 そう、「残党」が出たのだ。


 街中に響き渡るけたたましい警報の音。住人の避難を促す放送。そこかしこで起こる悲鳴とパトカーのサイレン。

 

 ディアボロの店内も騒然とした。

 時政がカウンターの下から、彼の武器である大太刀を出した。そして、店内にいた仲間の魔族らしき男に目配せする。男も無言で頷き、大剣を引き抜いた。同時に数名の者が立ち上がり、時政について表に出て行く。おそらく彼の配下の魔族達だろう。

 避難のために店に飛び込んできた住人や、事情が分からずおろおろする旅人を、イサナが手際よく店の奥へ誘導する。


「出たのか?」

 アデルたちと同じテーブルについていたエースが、ドアの外をちらりと見遣った。

「ええ、残党です。エースさんも早く店の奥に――ちょっと、アデル!」

 店に殺到する人の波に逆らうように、外に向かって行くアデルをカヲリが見咎めた。エースがすかさず立ち上がって、彼女を止めに行った。


「何してるんだ、戻れ!」

 エースはアデルの腕を掴んだ。

 アデルは何も答えず、腕を振り払おうともがいた。視線は外に続くドアを見つめたままだ。

「馬鹿か!死ぬぞ!」

 エースが力任せに腕を引っ張ると、アデルはそのまま床に倒れ込んだ。カヲリが慌てて彼女を抱き起こし、顔を覗き込むと、アデルは我に返ったような顔をしていた。

「――すまん、つい力が」

「だ、大丈夫……私こそごめんなさい」

 カヲリがアデルの肩を抱きながら、気にするなという風にエースに首を振ってみせた。何か事情がありそうだと察したが、今はそんな話をしている場合ではない。


 エースは銃を抜いた。

「俺は少し様子を見てくる。この街にいたらどうせ出会っちまうんだ、残党の正体を拝んでくるよ。カヲリはくれぐれも、アデルから目を離さないように」

 不安そうな目に見送られて、エースは店の外に出た。


――もし、この残党が「騎士の亡霊」だったら、俺にとっては願ってもないチャンスだからな



 店を出たエースと入れ替わりに、5名ほどの警官たちが店内に入ってきた。その指揮を執っているのはルアだ。彼女は拡声器を取り出すと、店の奥にかたまっている客達に告げた。

「ここから北に2キロほどの場所に残党が出現した!」

「ルア!聞こえないよ!スイッチ入ってるのかい!」

 イサナが茶々をいれた。緊張する空気を少しでも和らげたいのだろう。

「あたしはね、肉体派じゃないんだから声も小さいんだよ。まったくもう……」

 ルアはとことこと店の奥までやってきて、それでもまた拡声器を使った。

「輝夜警察副署長のルアだ。ここディアボロは私の隊が責任を持って護衛しよう。現場からも離れているし、心配は無用だよ。じゃ、よろしくね」


 ルアを知らない旅の者たちは、少女のような見た目の彼女を見て不満をあからさまにしたが、それを口にしても仕方ないと悟ってか、お互い顔を見合わせて肩をすくめていた。

 そんなことには慣れっこなのか、ルアはてきぱきと警官たちに指示を出した。

「出入り口にひとり、避難している人の側にふたり、うちひとりは住人への協力指示もお願いね。キミはパソコンから監視カメラにアクセスして、街の様子を逐一教えてほしいな。そして、ジークは屋上からの監視を。危険があれば知らせて欲しい。以上!」


 アデルたちの前にふたりの警官がやってきて、子供と非武装の者を奥に詰めさせた。

「輝夜住人の中で、武器を携帯している人は使用できる状態にして私達のすぐ後ろで待機してください。指示があるまでは一切使用しないようにお願いします」

「おれ、輝夜の人間じゃないけど、護身用の小銃なら持ってるぜ、前に行こうか?」

 旅人の1人が手を上げた。

「お申し出は感謝しますが、外部の方の武器使用はあくまで自己責任となります。もし被害に遭われても、輝夜からは一切の補償がなされませんので、奥のほうへとお願いします」

 警官の口調は丁寧だが、有無を言わせないものがあった。残党の噂を聞きつけての物見遊山に来る者まで目を配れない、というのが正直なところなのだろう。旅の男も半ば不服そうではあるが、素直に従った。


 客達の前には、ナイフや銃などの武器を持った数名の住人が立った。中にはアデルとイサナも含まれている。カヲリはアデルを止めたが、バッグの中の小銃を見せられては前に出るなとも言えなくなってしまった。ここでは、戦えるものが盾となるのが当たり前なのだ。

 

「ねぇイサナ、その武器 なに? 猟銃?やり?」

 イサナの持っている妙な武器に目を留めたアデルが尋ねた。

 一抱えもある銃の先端に、槍のようなものがついている。その槍からは、太い鎖が出ているのが見て取れた。

「これはもりだよ!あたいが知る限りの最強の武器さ!」

(魚じゃあるまいし)という一言を呑みこんで、アデルも銃の安全装置を確認した。2人とも手が震えている。武器を持ってはいるが、実戦で使ったことなど皆無なのだ。


 屋上へと向かうジークは、人々の先頭にアデルの姿を認めて眉をひそめた。

「アデルお前……この店に居たのか。もっと安全な――」

 言いかけてしまったと思った。これでは避難している人々の不安を煽るばかりだ。兄の失言を察してか、アデルは明るい声を出した。

「大丈夫、輝夜ではここが一番安全。なんたって魔族のアジトなんだから」

「そ、そうだったな。でも十分気をつけろ」

「お兄ちゃんも――」


 兄妹の会話を遮るように、警官の一人が叫んだ。

「北に約1.8キロ、二番街の建物の上に残党発見。タイプは蜘蛛型と見られます!」


 ――蜘蛛型の残党。間違いない、父のかたきだ――

 アデルは銃を握る手に力を込めた。

 



<集うもの>


 残党は古ホテルの屋上にいた。それは巨大な機械仕掛けの「蜘蛛型」であった。

 小型のトラックほどの大きさがあるが、8本の脚で器用に移動する。銃のほかにグレネード弾も備えているため、直接攻撃の難しい個体だ。


 地上には10名足らずの警官隊と、時政を始めとする数名の魔族。獣人もそこそこの頭数をそろえてきたが、頭領のゾロ以外は残党狩り目当ての旅人のようだ。やや遅れて来たエースも端に控えている。

「クソッ、こんなんで戦えって言うのかよ」

 時政はにわか戦闘員たちの顔ぶれを見て、やや不安そうな顔で舌打ちをした。自分の配下の魔族とゾロ以外、まともな戦力として勘定していいのかどうかすら分からない。

「こう毎度毎度死人が出てるんじゃ、ビビっちまうのも分かるけどよぉ……ん?」

 ただならぬ異質な気配を感じて、時政は上空に目を向けた。そして、再びの舌打ち。


「いけすかねえ奴が来やがったぜ……」

「お久し振りね。今のバッチリ聞こえてるわよ、魔族さん。あたしは地獄耳なの」

「神の使いが地獄耳かよ……。おい天使、どういう風の吹き回しだ」

「通りすがりよ。だけどついでだからお手伝いしてあげようかと思って」


 困惑する魔族達を気にも留めない風で、場違いなほどのドレスを身に纏った天使、ブルーが2丁のBerettaを構えて集団の前に降り立った。突然の宿敵の登場にいきり立つ一人の若い魔族を、時政が諌めた。

「やめとけ。俺ぁ昔コイツに一度懲らしめられてんだ。マジでいけすかねぇが、べらぼうに強い。今回ばかりは助太刀くらい許してやろうぜ」

 口調こそ乱暴だが、時政はこの天使との再会に血が沸き立つのを感じた。傍らのゾロを見ると、彼も同じ思いであるようだ。


――俺とゾロ、そしてこの天使が揃ったか。あの大戦の時と同じだな。ハイジがいなくなっちまったのがちと残念だが、久々にいい暴れ方が出来そうだぜ。



<残党との死闘>


 発砲命令を受けた警官隊は、屋上の蜘蛛に向かって一斉に射撃した。しかし彼らの脆弱な武器では蜘蛛の身体に傷ひとつつかない。

「おいおい、ここの警察にはもっとマシな武器はないのかよ!」獣人が悪態をつく。


 蜘蛛はその様子を見て笑った。機械的に合成されたその声の不気味さに、残党に初めて対峙する者たちはぎょっとした視線を向けた。

「これだから狩りはやめられねえ!何度来ても弱いやつは弱いままだ!」

 言い終わるや否やその巨体で飛翔し、警官隊の前に着地した。



 ずうんという地響きとともに降り立った蜘蛛は、警官隊に機銃の銃口を向けた。悲鳴をあげ、ちりぢりに逃げようとする警官隊。

「まずは人間どもからだ!」

 蜘蛛がまさに発射しようとしたその時、銃口が何かに弾かれた。


「……ム……何が起きた…?」

 機銃の先には僅かではあるが傷が付いている。蜘蛛が銃弾の飛んできたほうを見ると、エースとブルーが言い争いをしている。


「今のは俺のが当たったんだ」

「いいえ、あたしよ」

「証拠はあるのか」

「あんなトコに当てられるのはあたししかないからよ」

「それは俺のセリフだ」

 それを聞いた時政が怒鳴る。

「この非常事態にくだらない口喧嘩すんじゃねえ!」



「あぁん?なんだ、今日のムシケラどもは緊張感がねえな。まぐれ当たりをゴチャゴチャ言いやがって」

 蜘蛛は銃口を向けると、彼らに猛烈な銃弾を浴びせた。

 ある者は刀で弾丸をはじいて避け、ある者は華麗に身をかわし、またある者はすばやく物陰に隠れて応戦する。

 しかし寸断なく放たれる機銃の勢いに、誰一人として前に出ることが出来ずにいる。こうなってしまうと、弾切れを待つしかないのだが、それまで逃げ切れるとも思えない。


 だが、ものの数秒のうちに、機銃は空回りを始めた。 弾丸は数千とあるはずだ、と蜘蛛がそのマガジンを見ると、満載してあった予備マガジンが奪われていた。というよりは、それらが蜘蛛の本体から切り離され、無残にも地面に散らばっていたのであった。


「な、何事だっ……!」

 蜘蛛の背後にある高い塀の上から魔族の青年が見下ろしていた。その手には大剣。どうやらそれで合金製のマガジンを根こそぎ斬ったらしい。

 親指を立て、労をねぎらう時政をみると、先ほどの彼の怒声も一種の陽動作戦のようだ。青年は、自分の役割を終えたとばかりに、ヒラリと塀の反対側に降り、姿を消した。


 その光景を見て、エースは数十年前この街で見た魔族の戦いを思い出していた。連携を主とし、どんな戦闘に於いても即座に己の分を把握し、その役割を果たす種族……集団戦になると面倒そうだ。だが、今は種族の戦力を計るのは後回しだ。厄介な蜘蛛を始末しなければ。


「なあ、天使さん」

「ブルーよ。……あぁ、あの時の吸血鬼さん、まだこの街にいたのね」

「エースだ。ところであんた、飛翔はお得意かな?」

「そりゃぁ天使ですもの」

「銃の腕前もなかなかとか」

「……まだるっこしいわね……要は何?」


 エースはブルーにこう指示をした。

 蜘蛛の頭部についているライトがあいつの「目」だ。前からの銃弾ははじくようだが、真上からの打撃には弱い。そこで、奴に気取られぬように飛翔をして、真上から一発で撃ちぬいてほしい。がむしゃらに暴れるだろうから、一発で確実に、だ。


 それを聞いたブルーがふんっと笑った。

「あの怪物を見てきたかのような口ぶりね」

「こう見えても勉強家でね……任せたぞ」

「援護は期待しないけど、せいぜい囮くらいにはなってね」

 そういうと、彼女はさりげなく集団の端に寄った。



「よっしゃ、いっちょ派手にやるか!」

「自信のない奴は下がれ!死んだら終わりだぞ!」

「へっへっへ……間違っても味方にぶち込むなよ!」

 ゾロの背後に構えていた獣人たちが、こぞって集団の前に出てきた。手には巨大なおのつちといった打撃系の武器が握られている。個々の身体能力の高い獣人ならではの装備だが、蜘蛛の飛び道具の前では手も足も出なかったのだろう。それが失われたと知ると、闘志を露にしてきた。


「無駄口叩いてねえで、かかってきな!雑魚共!」

 蜘蛛が集団に向かって長い前脚で瓦礫がれきを弾いたのを機に、再び戦闘が始まった。機銃が失われたとはいえ、蜘蛛には強靭な脚と腹部から発射されるグレネード弾がある。当然、身体の頑丈さは確認済みだ。

 いたずらに狙撃すれば、接近戦をするものが危険になり、街中という事を考えると、派手な砲撃も使えない。蜘蛛のほうも、脚を振り回したところで捕らえられない獲物に若干の苛立ちを感じていた。

 しばし拮抗した戦闘に、突破口が見えたのはその後だ。



 上空に閃く白い翼を目の端に止めたエースは叫んだ。

「脚を中心とした一斉射撃に切り替えろ!接近戦の者は下がれ!」

 綿密に練られた作戦があったわけではない。ただこの者達は、彼の指示に即座に従った。一時的なものとはいえ、ともに戦ううちに生まれた連携といえるだろう。


集団は蜘蛛から一定の距離をとり、足元への射撃を開始した。殆どダメージにはならないが、意識をそらせるのには充分だった。


 その一瞬の隙を突いて、上空からブルーが蜘蛛の目に狙いをつける。急降下しながらの狙撃。一発で仕留めなければ、次はない。彼女は無意識のうちに自分が祈りの言葉を呟いているのに気づいた。久し振りの地上での戦闘に、よほど緊張していたとみえる。

 ブルーはそんな自分がおかしくてクスリと笑い、それが彼女の硬さを解いた。


 彼女のBerettaから弾丸が発射される。発射と同時に急上昇し、万一に備える。

「……こんなもんかしらね」

 ブルーは額から一筋の汗を流し、微笑んだ。


 弾丸は蜘蛛の目を見事に貫いていた。そこからはバチバチと火花が散っている。光を失い、咆哮を上げる蜘蛛は、がむしゃらに脚を振り回し、集団の方へと突っ込んできた。


「落ち着いて避けろ!奴の眼は見えていない!」

「 脚をまともに食らうなよ!破損した部分を狙え!」


 形勢有利と見た戦闘集団は、一気にカタをつけようとした。

「初日からこんな『獲物』にありつけるなんて運がいいぜ!」

「そうだな、相棒!」

 先ほど、ディアボロで情報を得ていた獣人が勇み足を見せて蜘蛛へ踊りかかった。巨大な鎚を軽々と操り、見事なコンビネーションで蜘蛛への打撃を繰り出した。心の底から愉快そうな彼らを見ると、残党退治をある種の度胸試しとでも思っている節が見受けられる。

 しかし、その慢心が命取りとなった。蜘蛛ががむしゃらに弾いた瓦礫が、獣人の一人を直撃したのだ。

 この世のものとは思えない悲鳴を上げる獣人。しかし、その悲鳴は直撃を「受けていない」方のものだった。その傍らには、首から上を喪失した彼の相棒が無残に転がっていた。

 蜘蛛の怪力を初めて目の当たりにした集団は、光を失ってもその脅威は変わらない残党というものに戦慄した。先ほどまでの威勢が消え失せ、じりじりと戦闘の輪から離れる者もいた。


 品のない声で蜘蛛が笑った。

「ククッ……いい声だなぁ。首尾よく始末できたようでいい気分だぜ。どこがもげたんだ?腕か?脚か?胴体か?」

 そして、蜘蛛の身体の下部が、ぼうっと赤く光った。


「やっと予備電源が起動したか。前、どっかの雑魚に破壊されたからな。オレだって『学習』くらいしてくるさ!」

 そう叫ぶと、蜘蛛はまだ生きているほうの獣人に襲い掛かった。相棒を奪われ、理性をなくした獣人は、鎚ひとつで無謀にも立ち向かおうとした。

「やばい!エース、あの獣人を止めろ、死ぬぞ!」

 時政が獣人に一番近い位置にいたエースに叫んだ。しかし、その声が届かなかったかのように、エースは身を翻して、集団の中に姿を消した。

 無謀な闘いが長く続くわけはない。もう一人の獣人も、程なく蜘蛛の前脚に潰されてしまった。


 残党の圧倒的な力を目の当たりにし、明らかに戦意を喪失したものは一目散に逃げだした。蜘蛛はそんな者共を嘲笑うかのように、降り注ぐ銃弾をものともせず、一人ひとり追いかけて殺戮を楽しんだ。

 それを上空から見ていたブルーはあることに気がついた。

「追跡が正確になってる。でも動きは無駄が多い……なるほど」

 彼女は残った数少ない集団に叫んだ。

「蜘蛛の目は見えてないままよ!どうやら熱を関知するレーダーに切り替えたようね!」

「サーモスタッドか……厄介だな」

「生きている者は物陰に隠れろ!なるべく厚い壁を探せ!」

 集団は手近な壁を隔てるようにして蜘蛛への銃撃を続けた。


 しかし蜘蛛は突如その挙動を変えたのである。

 一点を見据えるように身体の向きを変え、腹の下からエンジンを噴射し、飛び立つとその場を去っていった。

 一瞬、安堵する集団「逃げたか……」


 いや、そうではないのだ。事態はより最悪なほうへと進んでいた。

「――違う!より多くの熱源がある方に向かっている!」

「ちくしょう!ディアボロの方向だ!追え!」


 高速飛行でディアボロへと向かう蜘蛛を数名が走って追ったが、追いつくはずもない。

酒場に避難をしている者も、 誰一人として、自分達の元へ迫り来る脅威に気がついてはいなかった……。



<覚醒の時>


 ディアボロの店内では、5名の警官隊と20名ほどの住人や旅人が戦闘の行方を案じていた。

 ふと、ルアが耳を澄ませる。

「ふむ?銃声がしなくなった」

「残党が逃げたんでしょうか」

 確かに、これまでの出現では残党は一定時間を過ぎると去っていく傾向にあった。

(まあ「気が済んだ」と言ったところなんだろうがな)

 ルアは、戦闘の後に必ずある「後始末」のことを思い、若干の憂鬱さを隠せないでいた。



 すると、突然雑音とともに無線機から緊急の警報が鳴った。びくりとする店内。ルアは応答した。「どうしたジーク、警報はそうやたらに鳴らすものじゃ」

「怪物が高速飛行してこちらに向かってきます!現在、その距離800メートル強!指示を頼みます!」

「なんだって?」


 店内に避難していた客たちは息を呑んだ。残党がこちらに向かってくる。ということは、戦いに赴いた者たちはきっと無事ではあるまい。数名の警官と、脆弱な武器を持った民間人しかいないこの店が安全なわけがない。

「いやああああ!死にたくないっ……!」

「こんな店に隠れなきゃよかった!」

「おい!誰だよここに逃げろって言った奴は!」

 数名の客がパニックを起こし、それが伝播した。店内は一気に悲鳴と怒号の渦に巻き込まれる。警官たちが収めようとしても、人々の混乱はとどまる事を知らない。数名の客が警官を押しのけてドアに殺到した。

 その時、どすっという音がして、逃げる客の目の前の床にもりが刺さった。撃ったのは勿論イサナだ。

「あたいと旦那がやってる店を『こんな店』呼ばわりたァ、いい度胸だ!髄分と舐められたもんだね!文句があるヤツはあたいの前に出ておいで!」


 彼女の怒声を聞いて、店内は一瞬しんとなった。

 それを契機にルアが言葉を足した。

「この店は街指定の避難場所で、建物の強度は折り紙つきだ。このとおり警官隊が平然としているのを、安全の保証と思ってくれたまえ。死にたくなければ、むしろここにいるのが利口というものだよ」 客たちはすごすごと店の片隅に固まり、もう異を唱えるものはいなかった。


 無線が再び危険を告げる。

「距離100メートル!間違いなくこちらに向かっています!」

「お……お兄ちゃん逃げてっ!」

「ジーク、退避しろ!!」

「了解、退――」

 無線は ここで非情にも途絶えてしまった。

 それとほぼ同時に、店の天井が揺れ、何かが屋上に降り立った音がした。蜘蛛が酒場の屋根の上に着地したのだ。


「ぐははははははは……!たくさんのムシケラの気配を感じやがる。全部ひとまとめに蒸し焼きにしてくれるわぁ!」

 蜘蛛は腹に空いたあなから、グレネードを発射する準備を始めた。


 最初の死闘の地から、数名の戦士が向かう。飛翔をしているブルーの速度でも残党に追いつけない。どうか……間に合ってくれ。皆、それだけを思い、酒場への道のりを走り抜けた。



 ディアボロの屋根の上では、済んでのところで脚の直撃を逃れたジークが、換気口の陰から蜘蛛の動向を見つめていた。幸い、蜘蛛には気取られてはいないものの、恐怖で足がすくんで動けないのだ。


――オレに、どうしろっていうんだよ!

 完全に丸腰で、武器になるものなんて何一つない。ここは足の一本も折れるのを覚悟で、飛び降りて逃げるのが得策なのではないか。


 すると蜘蛛の腹がゆっくりと開くのが見えた。確か、以前奴が妹を襲ったとき、ここからグレネードが出ると……。

 こんなところで発射されたら、店内は無事ではすまないだろう。仲間も、妹も……!


 そう思うと、あとは無意識だった。換気口のパイプの隙間をおざなりに埋めているラバーを引きちぎり、背後から蜘蛛のほうへと音もなく近寄った。



 以前ディアボロで話した、ルアの言葉が頭をよぎった。

『キミさ、その能力を使ってあたしの力にならないか?』


 意図的に自分の気配を消せるこの能力を、オレはずっと不気味に思い、隠してきた。しかし、ルアはそんなオレにこう言った。

『キミのおじいさんは、ハイジと一緒に輝夜警察の特殊部隊RATSに所属していたんだよ。彼はね、自分の能力を、自分以外の人を守るために惜しみなく使った。――死ぬ時でさえもね』

『だからキミは自分の能力を卑下してはいけないんだよ、絶対に』


 ジークは蜘蛛の腹の下に入り、開こうとしている孔とスライドする蓋の間に、ラバーを巻き込んだ。

 ギリリという音とともに、蓋の動きが止まった。それを確認すると、再び音もなく身を引く。


「ん……?何だ、何か詰まったか?」

 蜘蛛は自分の腹の下を覗くことができない代わりに、長い前脚で腹を掻こうとした。その脚の先端が、ほんの少しジークの身体を掠めた。

「誰だあっ!俺の腹の下にいるヤツはぁっ!!」

 蜘蛛は地団太を踏むように、屋根の上で暴れだした。



「な、何かしら……暴れるような音がしない?」

「ほんとに、大丈夫なのか?この建物」

 鈍い音とともに天井が揺れ、ぱらぱらと落ちる埃に、店内の客たちは再び騒然とした。


「兄は……」

 不安げに、アデルはルアに尋ねた。

「……わからん、無線は途絶えたままだ」

 しかし、ルアの耳はかすかな悲鳴をとらえた。

「馬鹿な!ジークはまだ、屋根の上だ!暴れる蜘蛛から逃げようと……」


 お兄ちゃん――!

 アデルは店内をぐるりと見渡すと、イサナの手に握られていたもりをひったくった。

「ちょっ……ねぇさん!」

 そしてそのまま、兄の危機を救いに屋上に向かっていった。


 店内の客も、警官隊も、その様子を見て呆気に取られた。

 アデルは一抱えもある銛を片手で軽々と持ち、階段を使わず、跳躍で2階まで登ったのだ。

 ルアは小さくつぶやいた「まずい、覚醒だ……」



 ブルーは、はるか向こう、酒場の屋根の上に蜘蛛の姿を認めた。

 どうも挙動がおかしい。ぐるぐると回るように足元にある「なにか」を探していて、迫りつつあるブルーにも気づいていないようだ。しかし、先ほどの戦いぶりを見ていると、自分ひとりでどうにかなる相手ではないことはわかった。

「まったく……飛べない人たちってなんでこう鈍くさいのかしら!」


 自分よりも数百メートル遅れを取っている集団に苛立ちを感じながら、ブルーは同時に、自分の向かう先に何か懐かしい気配を感じていた。


 がむしゃらに脚を振り回す蜘蛛からジークは必死で逃れようとしていた。踏み潰されたら終わりだ。しかし狭い屋根の上を逃げ回るのにも限界があった。

 「しまった……!」

 パイプに足を取られ、転倒したジークに蜘蛛の脚が襲い掛かる。

 死を覚悟し、思わず目を閉じる……。


――どのくらい時間がたっただろう。


 一向に訪れない攻撃を不審に思い、ジークはこわごわと目を開けて蜘蛛を見た。そして、目の前の信じられない光景に息を呑んだ。


 蜘蛛の脚の一本に鎖のようなものが巻きつき、その一端を誰かがぎりぎりと引っ張って、蜘蛛の動きをストップさせていたのだ。

 

 その人物が、自分の妹だとは、にわかには認められなかった。

「お兄ちゃん逃げて!ここは私が!」

 その声を聞き、先に反応をしたのは蜘蛛だ。

「……いつの間に増えやがった。まあ、こっちのムシケラのほうが余程踏み潰しやすそうだなぁ。殺気をぷんぷん感じるぜ!」

「やめろっ!!」


 ぶちり……と嫌な音がした。

 街全体を揺るがすかのような悲鳴、飛び散る生暖かい液体。ジークの目の前で、蜘蛛が脚を引きちぎられてのたうちまわっていた。

 アデルが手に持っていた鎖ごと、蜘蛛の脚をもぎ取ったのだ。



(あれは夢なんかじゃなかった)

 アデルは妙に冴え冴えとした頭で思った。

(私は時に、自分でも信じられない力を出せる。どうしてなのかは分からないけれど)

 そして、無様に這いつくばる蜘蛛を睨みつけた。

(こいつを殺すために、私は今、この力を使うんだ――)


 全身に漲る力を感じて、アデルは蜘蛛に襲いかかろうとした。

 しかし、その足元に突如銃弾が撃ちこまれた。

「誰っ!?」邪魔をされて思わずきっと振り返る。


 大きな白い翼を持った天使が、息を切らせて銃を構えている。

「……間に合った!今辞めないと、死ぬわよ」

「邪魔しないでよ!かたきが取れるなら、死んだって構わないんだから!」

 ブルーは眉をひそめてため息をついた。

「ハイジそっくりねえ。大層な向こう見ずだこと」


 ハイジ?おばあちゃん……?

 意外な言葉を耳にして躊躇ったアデルを、ジークが抱きとめた。

「お前……こんな事を繰り返していたら本当に死ぬぞ!」

 兄の一言に、引っ掛かりを感じながらも、アデルは自分の中の得体の知れない力や殺意の炎が、ふっと絶えるのを感じ、その場にへなへなと膝をついた。


 ブルーは地上を見下ろして言った。

「のんびり屋さんたちもようやく到着したわよ。もう、あちらにお任せしたほうがいいかもしれないわね」

 そして彼女は、蜘蛛のほうに手をかざし、何事かを唱えた。すると蜘蛛の胴体が足元からふわっと浮き上がり、そのまま地面へと投げ出された。




<Remnants~残党~>


「ぬぉっ……!」

 蜘蛛は体勢を立て直そうとしたが、脚を失ったためにバランスを崩したまま落下した。そして酒場の建物すら震わせるほどの音を轟かせ、蜘蛛を追ってきた集団の目前の地面に、半ば叩きつけられるように着地した。

「うわっ……!!」

「お、落ちてきやがった!」


 蜘蛛は身体のあちこちから蒸気を噴出させ、機械の軋む音を立てながら、ゆっくりと体勢を立て直そうとした。

「ぐっ……貴様らぁ!一人残らず肉片にしてくれるわ!」

 満身創痍に見えるその状態でもなお蜘蛛の発する殺気のすさまじさに、集団は気圧された。


 残党の本当の恐ろしさを味わい、殆どの者が退散してしまった集団は、時政やゾロをはじめとする、ほんの数名にまで減っていた。


その後尾に、屋根からひらりとブルーが降りて来た。

「お疲れさん、大した力だな」エースが労うように言う。

「ちょっぴり戦いやすくしてあげたのよ」

涼しい顔で答えたが、この怪物はこの人数でまともに立ち向かってなんとかなる強さではない事も、ブルーは重々承知していた。


 その時、酒場からルアがひょっこり現れた。

「やぁ、随分頑張ってくれたみたいだね。じゃ、私も警察代表として手伝わないわけには行かないね」

 緊張感を欠くおっとりとした口調に、ゾロが食いついた。


「警察は何やってんだ!お前らがあんな武器しか出さねえから、俺らの仲間が……」

「ああ、武器はな、あったんだよ本当は」

「だったら何故――」

「昨日まではね、あったんだよ。でも今朝、武器庫見たらカラ同然になってた」

「……はぁ?何言ってんだ?」

「分かってることは、誰かが武器をどっかに流しちゃったってことと、オッター署長が今朝から姿が見えないってことさ!さあ、今の私は結構うっぷんが溜まってるから暴れるよ!」


 そういうと、ルアは華奢な身体に似つかわしくない重厚な銃を抜くと、蜘蛛めがけていきなり発射した。それは蜘蛛のやや前方の地面に落ち、煙を出しながら方々に散った。


「蜘蛛の進行方向は前方180度のみ。脚の可動範囲は左右幅は広いが上下は全くだ。腹の下からは20秒につき8弾のグレネードが発射される。サーモスタッドは発熱式の煙弾で役立たずにしてやったから、今のヤツは盲目同然だ」


 時政がにやっと笑って悪態をついた。

「おいおい、初耳だぜ!警察は随分と情報を出し惜しみしてたんだな」

「これでもA級の機密だ。聞かなかったことにしてくれ」

「おぅ、その代わり婦警さんとの合コン設定してくれよ?もちろん、イサナには内緒で」

 ルアは時政を横目で睨みながら、ひょこひょこと建物の陰に隠れてしまった。

「暴れたのは口だけかよ――なぁ、エース。こいつはどうしたもんかなぁ」

 不意に問いかけられ、エースは一瞬返答に困った。

「――俺に聞いてどうする。あんた達のほうが慣れてるだろう」

「ん~?さっき意外にうまいことやってたし、あんたの作戦を聞かせてくれよ、な?」


 そらとぼけたような口調ではあるが、エースは時政の真意を察した。彼は自分を試しているのだ。この輝夜で残党に対抗する戦力として、勘定に入れるかどうかを。


(こりゃぁ、下手なことは言えないな) 

 ため息をひとつついて、エースは集団の戦力を確認する。

 近接に特化したものが、時政ともう1人の魔族そしてゾロの3名、銃撃は自分とブルーの2名。先ほどの戦いぶりから精鋭と言ってよさそうだが、この残党がどの程度の余力を残しているか分からないままでは作戦は限られる。だとすると――。


「近接に長けた者は蜘蛛の脚の可動域を身体で覚えろ。そして比較的安全な上部から攻撃してくれ。ただしダメージを与えようとしなくていい」

 エースは視界を奪われて右往左往する蜘蛛を指差した。

「向かって左前方の脚が一本喪失している。その隙を上手く利用して、俺とブルーの銃撃でグレネードの噴出孔を破壊する。ヤツの腹を上手くこちらに向けるための上部からの攻撃だと考えてくれ」

 大剣や大槌を持ったものが前に出て頷く。

「銃撃の際は口笛を吹くから引いてくれ。爆発の恐れがある。ブルーも、撃つのは俺の合図があってからだ」

 ブルーは銃弾の残量を確認した。5発……充分だ。


 時政は満足げな笑みを漏らし、威勢のいい声を上げた。

「っしゃ!じゃあ、そろそろカタをつけるぞ!」

 その掛け声とともに、時政ともう1人が蜘蛛に踊りかかり、一歩タイミングをずらしてゾロが大槌で脚をなぎ払う。戦いなれた、さすがと言っていい連携だった。その攻撃にバランスを崩した蜘蛛の腹が徐々に露になる。


「ねえ、エースさん」

「何だ?」

「競争しましょう」

「当てた数をか?」

「孔は8箇所よね?いっぱい当てたほうが勝ち」

「魔族達に当てたらマイナスか?」

 決まってるでしょう、気をつけてよね、と笑ってブルーはBerettaを手に、蜘蛛に狙いを定めた。



 獲物を捕らえる手がかりを失った蜘蛛は、力任せに脚を振り回した。しかし、緻密な作戦と連携の下に動く戦闘集団の前では、最早それは無意味な足掻きに過ぎなかった。


 頭上の何者かを捕らえようとすれば、おのずと腹を晒し、銃弾の餌食になる。グレネードを発射する孔は、既に半分ほど破壊されていた。


「く、くそ……この俺がムシケラどもに……こうなったら……」

 蜘蛛は突如脚を全て胴体の下に畳み、丸っこい固まりのようになって地面にへばりついた。

「自爆してでもお前らを皆殺しにしてやるぜ!!」

 そして、残っていた孔を一気に開いた。


「馬鹿が」

 エースはそう言うと、口笛を吹いてから蜘蛛に向かって銃弾を放った。

彼の放った弾丸は、一本欠けた脚の隙間からグレネードの孔の「内部」に入った。


 物凄い轟音とともに、蜘蛛は爆発した。頑強な魔族でさえも吹き飛ばされそうになるほどの爆風に、酒場の窓ガラスはびりびりと音を立てた。


 爆発が立てた粉塵が収まるころ、誰かが「倒したぞ!」と勝どきを上げた。ディアボロの店内からも歓声が漏れてきた。

 徐々にあからさまになる黒焦げの蜘蛛。勝ったとはいえ、この得体の知れない怪物が輝夜の街にもたらした恐怖は計り知れなかった。

 熾烈な戦いを終えた「戦士」たちは、めいめいが疲れた身体を気力で支えるようにして、やっとのことで立っていた。


 程なくして到着した警察が、ルアの指示によって残党の周りに非常線を張り、住人達を遠ざけた。物々しい防護服を着たものが作業に当たったのを見ると、放射能などの危険性を用心しているのだろう。


 現場から1ブロックほど離れた地べたに座り込んで、エースは煙草をふかしていた。そこに時政とゾロが連れ立ってやってきた。

「お疲れさん。大した作戦だったぜ」

「――ああ、上手くいってほっとしてる」

「情けねえことだが、残党に勝てたのは実は今回が初めてでよ。ヤツらが出るようになって数十年、毎度逃げられちゃあ歯噛はがみして――でもお前さんがいるんじゃ安泰だ」

 エースは黙って煙草を地面に押し付けた。肯定とも否定とも取れない態度だ。

「ここでの生活の浅いあんたに、協力してくれとは言わない。ただ、俺らと仲良くしておいたほうがいいんじゃないかと思ってな」

「おいおい穏やかじゃないな。まるでチンピラの脅し文句だぜ」

 苦笑いしてエースはとぼけた――つもりだった。だが、時政の次のセリフはエースの「仮面」を剥ぎ取った。


「偶然とはいえ、アデルに近づけたのは俺のお陰だってのを忘れちゃ困る。混血はヴァンパイアには色々と使い道があるようだしな。――さて、俺は店に戻るぜ。エースもあとで寄れよ。皆待ってる」

 エースの反応を見るまでもないと思ったのか、時政は口笛を吹きながら酒場へと戻っていった。その場に残ったのは、今まで口を開かなかったゾロだ。彼はエースのほうを一瞥して吐き捨てた。


「お前がvampだとトキから聞いて合点がいったよ。あの戦いで、トキの指示を無視して獣人を見殺しにしたろ?」

 ヴァンパイアと獣人の間には、積年の因縁があった。激戦の最中さなかで余裕がなかったせいもあるが、あの時、あの旅人を救わなかったのは彼が獣人だったからという理由は嘘ではない。

「俺も無我夢中だったんだ。次は、気をつける」

「今後ああいうコトがあったら、おいらはお前を絶対に許さない。それに、トキはああ言ったけど、アデルには近づいて欲しくない。あの娘は、おいらにとっても、娘みたいなもんなんだ」


 答えられずにいるエースを置きざりに、ゾロは時政の後を追った。彼の背中を見つめて、エースは新しい煙草に火をつけた。

「やれやれ。ここでの『敵』はどうやら残党だけじゃないようだな」

 煙草を一口ふかしたが、旨くない。エースはそれを道端に投げ捨てると、立ち上がってズボンを叩き、一瞬迷ったがディアボロへと足を向けた。



【Deadlock Utopia 第二章一節 ~Remnants~ END】


「Deadlock Utopia」本編二章二節に続きます。二節では戦闘のその後、メインの登場人物の思惑と謎が少し明らかに…。

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