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Deadlock Utopia  作者: 胡坐家
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Deadlock Utopia 第一章 四節 ~Angel~

ファンタジー小説「Deadlock Utopia」第一章四節です。一節~四節でメインの登場人物にまつわる1話完結の内容となります。四節のテーマは「Angel」です。

Deadlock Utopia 第一章 四節 ~Angel~


挿絵(By みてみん)


<1995年 輝夜 『Remembrance(追憶)』>


 男たちの目が、欲望にぎらついている。

――大人しくすりゃあ可愛がってやるよ。

 そんな陳腐な台詞を、よくもまあ恥ずかしげもなく……。


 無造作に地面に置かれた大きな荷物。薄汚れた身なり。おそらく旅人だ。訪れた街ですぐに女の子を襲おうとするなんて最低。しかも5人がかりでなんて。


 可愛そうに、あれじゃあ命はないかもね。あたしは高みからその様子を眺めていた。助ける?とんでもない。あんな無防備でいるんだもの、自業自得。痛い目を見たほうが薬になるわ。



 せいぜいお気をつけなさい、飢えた野獣さんたち――



 まだ少女に見える子を、5人の屈強な男が囲んでいる。しかし、女の子は怯えも泣きもせず、男たちにサッと視線を走らすと、いきなり先制攻撃を仕掛けた。


 最も大柄な男の足元まで音もなく移動し、足払いをして倒すと、その頭をサッカーボールでも蹴るみたいに躊躇ためらいなく蹴った。男の首が骨なんかないみたいにくにゃっと曲がった。

次は、手に伸縮する棒のようなものを持っていた男だ。男の振り上げた棒をいともたやすく片手で受け止めると、もぎ取るようにして奪い肩の辺りを殴打した。骨が折れたようないやな音があたしのいるところまで聞こえてきて、思わず顔をしかめた。


 刃物で襲い掛かった男は、哀れなことに自分のナイフで耳をそがれてしまったし、そのナイフは逃げようと背を向けた別の男の背中に投げられた。


 ウエーブのかかったブロンドをなびかせる女の子。優雅なダンスのような動きの彼女の傍らでは、すでに4人の男たちが呻き声を上げて倒れている。


 もう1人は……あら、あれは危ないわ。50mほど離れた場所で銃を構えている。女の子もそれに気がついたけれど、間に合いそうにないわね。

やっぱり、天使はか弱い者の味方でなくちゃ……。あたしは銃を抜き、男が引き金にかけた指を、1発で正確に撃ち抜いた。手を押さえてのた打ち回る男。これでゲームセット。



 女の子があたしのほうをじろりと見た。弾道からあたしの位置を瞬時に判断するなんて大したものだわ。でも「ありがとう」という言葉を期待していたあたしは、女の子の発した言葉にとってもがっかりした。


「どうして助けたのよ。あんなの避けられたのに!」


 あたしはひらりと飛び降りると、女の子の前に着地した。そして、多少面食らっている女の子に言ってあげたわ。

「おなかに赤ちゃんがいる女性が、そんなこと言っちゃダメよ」

 女の子がまたあたしに「どうして――」と言い掛けたとき、男たちが再び、今度は全員で襲いかかってきた。本当に獣か何かだったみたいね。目が覚めるのが早いわ。


 不意を突かれて反応が遅れた女の子が反射的におなかを押さえたのを見ると、あたしは「力」を使った。「Agony(苦悩)」と名のついた、その力をまともに喰らった男たちはいっぺんにばたばたと倒れた。


 ぽかんとした顔で、女の子がまた「どうして」と言った。

「何度も質問してくるけど、答えはひとつで済みそうね。なぜならあたしが天使だからよ」

 女の子は目を丸くして驚いている。

「お礼ならいいわよ。あたしは『据え膳食わぬは男の恥』と思って生きているから」

「……あの状況なら『義を見てせざるは勇なきなり』じゃないの?」

「そ、そうとも言うわ」

 この国の言葉は難しいのよね……。


 女の子はかぶりを振ってかすかに笑った。そして、ありがとう、と素直に言うと、右手を差し出した。


「天使さんは初めて見たんでびっくりしちゃった。私はアーデルハイト」

「あたしは天使……名前は、ええと」

 実はこの下界に来て間もないため、まだ下界用の名前を持っていなかったの。

「結構よ。私はこれからこの街を出るところだから」

 今度はあたしが彼女に質問する番だ。「どうして?」


彼女はおなかをぽんぽんと優しくたたいて答えた。

「おなかの赤ちゃんがね、ずっと生まれないから。もう3年も……みんなから好奇の目で見られるのに疲れちゃったの」

 赤ちゃん自体が彼女の想像なのではないか、という可能性はない。あたしは天使だ。命の誕生を祝福する存在であるあたしは、女性の身体に宿った命を感じ取れる。


 生まれるまで世界のあちこちを点々とするわ、と言い残し、女の子は鞄ひとつで、やってきた電車に乗っていってしまった。


「祝福を」

 あたしは、遠ざかる電車に向かって、小さな声で祈った。




<2035年 輝夜 『 the Knight(騎士)』>


「き……騎士の亡霊だ!近づいただけで命を削られるぞ!」

「クッソ!銃なんか効きやしないじゃないか!」

「お、お前ら、逃げろ!アホか、ブツなんかおいてけ!」

 ガラの悪い男たちが我先にと走り出した。放り出したものは、なにやら物騒なものみたいだ。不穏な空気を感じ取ったからって、わざわざこんなとこ来るんじゃなかった。

 

――悪い人間におしおきするつもりが、まさか助ける羽目になるなんてね。


 地下街の一角で成り行きを見守っていたあたしは、仕方なく人間たちの援護をすることにした。

 銃を確認し、悲鳴の上がったほうを見遣ると、固まって地下街から出ようとする10人ほどのぼろぼろの集団に、骸骨の馬に乗った黒い騎士が襲い掛かるところだった。


 あたしはとっておきの銀弾を込め、躊躇いなく騎士の亡霊にありったけ撃ち込んだ。

 どこに実体があるのかも定かではないそれに、あたしの銃弾が、数発あたった……ようだ。身体から煙のようなものが上がるのが見えた。

 ゆらりと振り返る騎士。ターゲットがあたしに移ったようだ。逃げ切るために、隠していた羽を広げ、あたしは狭い地下街を縫うように飛んで逃げた。逃げながら銀弾を込めるが、残りは少ない。


――外に出さずに決着がつけばいいのだけど、これはちょっと厳しいわね。


振り返りざまに2.3発……と思ったが、思いのほか追いつかれていたらしく、挙動が遅れる。「しまった」よろめいたあたしに、騎士の槍が一直線に向かってきた。


 その時。

 横合いから飛び出してきた男が、自らの剣で槍を食い止めた。銀髪で細身の青年のようだが、その動きも気配も明らかに人間ではない。

「久しぶりだなあ!お前を見かけたという噂を聞いて、何十年も待った甲斐があったぜ!」

 そして、仲間の仇と叫ぶと剣一振りで果敢に向かっていった。


 体勢を立て直したあたしも、援護のために数発撃ったものの、今度は全く手ごたえがなかった。それもそのはずだ。あたしたちの視界から、騎士は煙のように消えてしまった。幻?まさか……。あの地下街でたむろしていた悪そうな男たちやあたしに襲い掛かったアレは、たしかに今の今までここに存在していた。

 あたしは不気味なものを振り払うように、鳥肌の立った腕を撫でた。

「助けてくれてありがとう……ねえ、あの騎士って」

 先ほどの青年に問いかけたが、彼の顔には怒りが滲んでいた。

「余計なことしやがって、女――ん?お前……魔族の雑種か?人じゃねえニオイがしやがる」

「魔……失礼ね!あたしは」天使、と言いかけてやめた。この男は――。


「人間だったらなかなかにオレの好みなんだが、やめといた方がよさそうだな」

「驚いた……ヴァンパイアさんなのね、あなた」

 ヴァンパイアと呼ばれる種族はこの世界からほぼ絶滅してしまったと聞いていたが、目の前の青年は紛れもない、おそらく純血種と言っていいヴァンパイアだった。

「だからあなたはあの騎士をかたきだと言ったの?」

 青年の顔に明らかな狼狽が見えた。どうやら言ってはまずいことを言ってしまったようだ。青年は軽く舌打ちをすると、そのまま踵を返して去ってしまった。

 

 あたしはため息をつくと、誰もいなくなった地下街を見渡した。気味が悪いほど静かで、今にも先ほどの騎士が戻ってきそうだ。早々に立ち去るほうが賢明らしい。


 この街は変わってしまった。

 数年に一度、時折訪れる程度の場所ではあるが、あたしはこの人間と魔族と獣人が共存する「輝夜」という街を嫌いじゃなかった。

 十数年前、一旦は訪れた平和が、ここ最近脅かされている。原因は間違いなく「残党」だ。さっきの騎士を目の当たりにして確信した。

 あたしは再び、この街のために立ち上がることが出来るだろうか?以前のように、友と一緒に。

「ま、まあ、あたしには関係がないのだけど……どうしてもって言われたらね」

 半ば強がりとも思える独白を吐いて、あたしは羽を仕舞い、歩いて地下街を出た。


 さて、15年ぶりのお友達は、元気でいるかしら?



<2050年 輝夜 『Vampire(吸血鬼)』>


あたしに銃口を向けた男が言う。

「Beretta M92……随分旧い銃だな」

「あなたこそ、骨董同然のイングラムじゃない」

「お嬢ちゃんが持つ銃じゃないぞ」

「せいぜい200歳がいいところのVampが何を言うの」


 口の減らない……とぼやいて、男は銃を下ろし、煙草に火をつけた。あたしも銃をしまい、煙のにおいに顔をしかめ、これ見よがしに咳払いをしてやった。


「俺がVampだとよく分かったな。お嬢ちゃんも人間ではなさそうだが」

「神の祝福を得てない存在はすぐに分かっちゃうの。そういえば、前にもここでそういう男の人に会ったわ」

 男の顔に動揺が走ったのを見て、自分が思いのほか的を射た話をしたのだと分かる。おそらく彼は仲間に関する情報を欲している。あたしはその時のいきさつを余さず話した。


「ほう……あいつ、その時死んだんじゃなかったんだな」

「ええ、騎士の亡霊はすぐに消えてしまったから。でも残念だったわね、結局――」

「あいつが死んだのは知ってた。寿命だったんだろう。無理をしていたからな」


 15年ほど前、ここ、輝夜の地下街で騎士の亡霊に襲われていたあたしを助けてくれた青年は、その数年後に亡くなった。原因はわからないが、彼の死の気配を察していたあたしはこうして再びここに戻ってきたのだ。

 そんなあたしに近づいてきたのがこのvampの男だった。突然のことでびっくりしたあたしが、ついうっかり天界の力で男を弾き飛ばしてしまったので、お互い銃口をこんにちはさせる事態になったというわけ。


 男は、あたしの話を聞いて礼を述べた。

「騎士が出たという現場を見ておきたいと思ってたから助かったよ」

「あなたがこの街にいるのは、やっぱり敵討ちのためなの?」

「それを教えたら、お嬢ちゃんの年齢も教えてくれるか?」

「ふん、レディに年を聞くものじゃないわね」


 ちょっぴり急いでいたあたしは、男と別れた。帰りしなあの現場を通るとき、小さな声で祈りの言葉を捧げた。本来なら神と相容れない吸血鬼の死を悼んだりしない。

 ただ、あの青年は結果的にあたしを助けてくれたから。


 こういうの何て言ったかしら『一宿一飯の恩義 』?本当に、この国の言葉は難しい……。



<2067年 輝夜 『Pearly Gates(天国の扉)』>


「ハイジ、本当に変わったわねえ……」

「そりゃそうよ。ブルーと出会って何十年?70年くらい?」

「前に会ったのは15年くらい前だけど、その頃からもずいぶん変わってる」

「今年105歳だもん。いつまでも若々しくはいられないって」


 輝夜の駅前にある、飲茶のお店で、あたしはすごく久しぶりにお友達に会った。そう、あの物凄く強かった女の子、アーデルハイトだ。


 あのお転婆だった彼女にも、今は2人の孫がいるという。

「すっかりおばあちゃんでしょう?」

「だけど……あなたはとても幸せそう」

 そうね、と彼女は笑った。見事だった長髪のブロンドにも白髪が混じり、肩の辺りで切りそろえられていた。


 彼女は輝夜を旅立ってから、20年位してふらっと帰ってきた。その手に小さな女の子を抱いて。そして彼女は役所で出生届を出した。父親の欄には、30年近く前に亡くなった彼女の夫の名前。勿論、すぐには受理されなかった。


 あたしは、何年も生まれない子をおなかに宿す彼女が無事でいるかどうか、ずっと心に引っかかっていた。そして、奇跡としか言いようがない偶然であたし達は再会し、無二の友人になり、幸運にもあたしは彼女の出産に立ち会うことも出来た。この話は、とっても長くなるのでまた今度。


 話をもどすと、輝夜の役所はハイジが勤めていた警察の病院を使い、生まれた女の子の検査をした。そして紛れもなく彼女と夫の間の子供だと証明された。


「あれから、辛かったんじゃない?周りから色々言われない?」

「そんなの大丈夫よ。私はこの街で、自分の子を育てたかったの」

「でも、前は好奇の目で見られるって……」

「ごめん、アレは嘘。私は結局のところ逃げたんだわ」


 ハイジは魔族との混血。その彼女が人間の男性と結婚し、妊娠した。

「警察病院からは体のいい実験体みたいに扱われたわ」

「そう……それが辛かったのね」

「それもあるけれど、『この子がいなければ』と思う自分が怖かった」

「なぜ?」


 彼女が産休(当時は適正な時期に生まれると思っていた)を取っている間に、輝夜では未曾有の襲撃事件が起こり、そこで彼女の夫は命を落とした。

「私が現場にいたら、絶対あの人を死なせたりしなかったって考えちゃうのよ」

 怒りも悲しみもとうに通り越した、彼女の口から漏れる一言は重く、気の利いた言葉一つ返してあげられない自分がもどかしい。


 でね、と彼女は続けた。

「出産の後、私は普通の人間のように年を取るようになったわ」

 100歳を超えた彼女だが、傍目には60歳かそこらにしか見えない。

「……そして、もうあまり長くないと思うの」

 あたしは知っていたけれど言えなかった。親友を慰めるためにかける言葉すら思い浮かばないなんて、天使が聞いて呆れる。

 返事をしないあたしに、彼女はひとつのお願いをした。


 実はね、ブルー。孫娘にMB因子が出たの。しかも覚醒をするタイプの。だけどとても不完全で……あのままでは死んでしまう。どうか、自分がこの世を去ったあと、あの子が命を落とさないように、時々でいいから様子を見てあげて欲しい、と。


「もちろん、喜んで引き受けるわ」といってから、照れ隠しに付け足した。

「あたしの気が向いたときだけよ」

「天使さんじきじきの御加護なんて気が引けちゃうけど」

「何言ってるの『ここで会ったが百年目』というじゃない」

「使い方は間違ってそうだけど、気持ちは通じたわ。ありがと」

 ブルーは相変わらず日本語が下手ねえ、と彼女は笑った。

 あたしは、うるさいわよとそっぽを向いて、目じりを潤す涙を悟られないようにした。あたしに孫娘を託したことで、ハイジが肩の荷と一緒にこの世への未練もおろしてしまったみたいに思えて、なんだか堪らなかったのだ。


 だけどあたしは、この埃っぽい街の片隅で飲茶を食べながら、親友と語り合った今日のことはずっと忘れない。


 決して楽ではない人生だったと思う。けれど、幸せそうに話す彼女を見ていると、彼女の永遠の眠りの後には、間違いなく天国への扉が開かれているのを感じることが出来た。



【第一章 四節 ~Angel~ END】

この節にて「Deadlock Utopia」第一章は終わります。第二章では第一章の登場人物が輝夜に会し、「残党」と呼ばれる生命体と対峙します。二節構成で、この作品の世界観や人物相関を描きます。

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