Deadlock Utopia 第一章 三節 ~Human~
ファンタジー小説「Deadlock Utopia」第一章三節です。一節~四節でメインの登場人物にまつわる1話完結の内容となります。三節のテーマは「Human」です。
Deadlock Utopia 第一章 三節~Human~
<2067年 盛夏>
妹が勤め先からの帰り道、何者かに襲われた。
数日間意識がもどらなかったが、目を覚ました妹の健康状態には異状もなく、数日で退院できるという診断であった。
警察病院にいる妹を見舞ったあと、オレは上司に呼び出された。行ってみると、そこには上司と警察の担当医がいて、ある検査データをオレに見せた。
『血液検査結果 Adelina Human 89% Demon 11% MB因子+882 陽性 』
「嘘だ……アデルが、MB(MixedBreed=混血)?」
思わず口にしたオレに、上司が責めるような口調で問うた。
「なぜ、今まで検査させなかった?君の祖母はMBだろう」
「それは……祖母以外は全員陰性でしたし、陰性の両親からは陽性の子供は生まれないと――」
つい言い訳するような口調になってしまう。
医師が口を挟む。
「ごく僅かのMB因子は検出されず、陰性という結果になってしまうことも多いんです。ただ、巡査の場合はおばあさんが混血ですから、隔世遺伝的に妹さんに混血の因子が強く残ったんでしょうね」
幼い頃に検査をしていても検出されなかった可能性はありますよ、と優しい口調だった。
「医者の見解なぞどうでもいい。とにかく、君の妹はMBだ。警察官の家族でありながら検査も報告も怠ったことは、妹の『働き』に免じてお咎め無しだそうだがな」
「……働き?」
上司は黙って手元のパソコンを操作し、オレにその画面を見せた。モノクロであまり鮮明ではなかったが、輝夜の街並みと崩壊したハイウエイ周辺の様子が映っていることはすぐに分かった。
「これは防犯カメラですか?」
「ああ、住人には一切知らせていないがな」
秘匿の理由や設置の目的を詮索するなよ、と前置きをして、上司は再生ボタンを押した。
風景で想像はついたが、案の定、その画像は妹が襲われた日のものだった。
程なくして画面の隅から、生徒らしき獣人の子供と歩く妹が現れた。粗い画像だが、リコーダーを吹きながら歩く子供と並んだ妹は微笑んでいるように見えた。
「妹さん、子供好きなんですね」医師が目を細めた。
「はぁ、どうだか……自分の方が子供みたいなやつですよ」
「余計なお喋りをするな。――ここから、例の事件の映像になる」
上司は再生を一時停止し、オレのほうを向き直った。
「ジークは、どんな奴が妹を襲ったか知ってるのか」
「えっ……いえ、自分はまだ」
「噂ぐらいは聞いてるだろう。言ってみろ」
オレは拳を握り締め、上司から目を逸らした。
「『残党』だと、自分は思います。8年前に父を殺害したのと同じ――」
「覚悟して見ろよ」
再び流された画像は、オレの想像していたようなものではなかった。
カメラは、妹が蜘蛛のようなロボットと対峙する様子を映していた。これが、うわさに聞く「残党」なのか。まるでSF映画からでてきたようなその造形には背筋が冷える。
残党は、尻餅をついている獣人の子供にじりじりと迫り、妹は離れたところで立ちすくんでいる。小型トラックほどの大きさのある機械の身体でありながら、8本の脚のような物を器用に動かす様には驚きと恐ろしさを同時に感じ、オレは手のひらにじっとりと汗をかいた。
上司が「ここだ」とつぶやいた。
画面を注視すると、残党が子供に襲いかかろうとするところで、思わず声が出そうになる。すると、誰かが物凄いスピードで残党に突進し、ジャンプで頭部に飛び乗り、素手で頭部を破壊し始めたのだ。
それが紛れもない自分の妹だということに気づくのに暫くかかった。
運動会のかけっこではビリしか取ったことがないアデル。跳び箱もさっぱりだったし、逆上がりだってオレが特訓した。5年生まで自転車に乗れなくて、練習に付き合ったオレに散々八つ当たりした、オレの妹――。
それが、とても人間とは思えない動きで残党相手に怯まぬ戦いをしているなんて、タチの悪い冗談としか思えない。
上司は一時停止ボタンを押し、画面に目を遣ったままで訊ねた。
「どうだ?間違いなくお前の妹か?」
「……はい、でもそんな馬鹿な……信じられません」
「これがMB因子の力だ」
再び流される動画。先ほどまでは圧倒的な強さを見せていた妹だったが、ものの数十秒で突然崩れ落ちるように倒れた。思わずあっと声を上げたオレに、医師が説明する。
「そしてこれが、MB因子の弊害です。私達は『覚醒』『メタモルフォシス』等と呼んでいますが、身体の中にある僅かな人外の因子が表面化し、通常の人間では出せるはずのない能力が発現します。その能力は時に――人の身体にダメージを残します」
数日間全く意識が戻る気配のなかった妹の姿が頭をよぎった。
「こんなことがまた起きたら、妹はどうなってしまうんですか?命に危険は?」
医師は、それはなんとも言えない、珍しい事例だから……と言いよどんだ。
「問題はここからだ。質問は後にして画面を見ろ」
再び画面に目を移すと、倒れた妹が子供を抱きかかえているところを、カメラが非情にもズーム撮影していた。そんなことをしている暇があったら、早く救援を出せと憤りを感じる。
すると、画面に別の人物が割り込んできた。ジャケットを着た男性で、見た目は人間だが、これも人とは思えない速さで妹のほうへと近づくと、彼女の襟首を片手で掴んで、怪物の胴体の下から引っ張り出し、そのまま後ろまで引きずっていった。
片手で、妹と子供を引きずりながら、銃口は常に残党に向いている。射撃も手馴れたもので、ものの数発で残党を退散させた。この男は一体何者だと目を凝らして、オレは唐突に思い出した。
そんなオレの様子に気づいた上司が尋ねた。
「普通の男じゃないだろう?」
「自分は……この男に会っております。当日、駅前で」
「そんなことは知っている」
当然、別の防犯カメラに映っていたのだろう。
「確か、輝夜に滞在する友人を訪ねてきたと――宿をいくつか紹介しました」
「ああ、その友人っていうのはひと月ほど前に死んだ奴のことだろう」
「そうなんですか?」
「別のタイプの残党が頻繁に目撃された頃にな、妙に情報を探った奴がいたんで、マークしてたんだよ」
「別の?」
「『騎士の亡霊』は知ってるだろう?あれも残党だ」
「騎士の亡霊」はオレが生まれるずっと前から輝夜で語られていた都市伝説の一つだ。街の何処かから蹄の音が聞こえた夜は、誰かが行方不明になるというものだった。それは骨だけの馬に乗った、騎士のような見た目だという。夜更かしする悪い子は連れて行かれちゃうよ、と母がオレとアデルをたびたび脅かしたからよく覚えている。あれも残党だったのか。
「その友人とやらは、騎士の馬の口に咥えられたまま連れ去られたという証言がある。まあその時は既に死んでいたそうだがな。で、この映像の男について、他に気づいたことはあるか?」
オレは記憶を探り、彼が妙なことを言ったのを思い出した。
「そういえば、自分と会ったことがあるか、と訊ねられました。勿論、そのときが初対面です」
ふむ……と暫く考えたあと、上司は、その程度なら気にする事もないだろうと言って、パソコンの画面を変えた。
「この男、既にこの街にはいないが、興味深いデータがもうひとつある」
画面に映し出された検査データを見たオレは驚いた。
『DNA検査結果 Mr.unknown VB因子 +4279 陽性』
「VB(VampireBlood)因子ですか……!」
「ああ、男が滞在したホテルで採取した毛髪から検出された。ここまでの数値だと、純血種で間違いないな。vampは絶滅した種族と聞いていたが、まだこうして生きてる奴がいるんだから驚きだ」
オレはvampを見るのは初めてだ。あの夏の日、夕日を浴びてまぶしそうに目を細めていた男は人間にしか見えなかったので、自分が会ったあの男がそうだったとはいまだに信じがたい。
――それに、vampなのになぜ太陽の光の下にいられたんだ?
「さて、本題はここからだ」
オレの思考をさえぎるかのように、上司が切り出した。
「君と君の妹の処遇について提案がある」
<2067年 初秋>
――ああ、今月は10日あたりに来られないか?分かった、先生に言っておくよ。じゃあオレは仕事に戻るから。うん、またな。
みなさんによろしくね、といって妹は電話を切った。オレは切れた電話に向かって、心の中で謝る。仕事といっても、せいぜい書類の整理くらいだ。ここ輝夜の駅に降り立ち、交番で道を尋ねるような来訪者など長いこと来ていない。
誰も触れないような書類棚を、意味もなく片付けていると、派出所に入ってくる人物がいた。
「よう、相変わらず地味な仕事見つけてんな」
「おはようございます、オッター署長」
俺なら暇でもわざわざ仕事を見つけようとは思わんなと笑って署長は椅子にどっかと掛けた。
大柄な魔族の中にいても違和感のないほどの巨漢、それが輝夜警察署長のオッターだ。人間だが、莫大な金を掛けて形成手術を受けたらしい。とんでもない金持ちで、名誉職として警察署長を任じられたという噂もあながち嘘ではなさそうな人物だ。
オッターは、コーヒーショップの紙コップを片手にオレに質問をした。
「どうだ?妹の新しい仕事は」
「御存知でしたか……友人のカヲリさんの店の手伝いを始めたようです」
「あの姉ちゃんもわかんねえなあ。店もクソ高いしな」
「気の置けない友人と一緒で、妹は楽しそうにしていますよ」
知ってるか?とオッターは続けた。
「カヲリの奴どこかのお偉いさんに頼んで、あのビーチ一帯を非戦闘区域にさせやがった」
「高級志向で、お客さんを選ぶからでしょう」
「ドンパチ起きて、妹が『覚醒』しちゃ困るからじゃねえのか」
無神経な一言にカッとくる。
「感情が顔に出るのはマズイ警官のすることだぜ。妹にくれぐれも検査をサボるなって言っとけよ」
下品な笑いと、コーヒーを残してオッターは帰って行った。
オレは道路の側溝にコーヒーを捨てると、コップをつぶしてゴミ捨て場に投げてきた。それがゴミであっても、奴の痕跡を署内に残したくなかったのだ。
オッターが時折オレの勤務先を訪れるのには意味があった。それは、オレと、家族の監視のためだ。
――余計な詮索をせず、大人しくこの街に飼われているか?
言下にそれをにおわすあいつを、オレは嫌悪した。こうしてこの男に半ば監視されるような生活を送っている自分たちを思うと、オレはあの提案を受けるべきではなかったと後悔する。
あの日の、上司とのやり取りを思い出す。
「先ほど君の妹の『働き』という言い方をしたが、実際彼女は我々に有用な情報をもたらしてくれた」
「このカメラの映像が、ですか?」
「それもあるが、彼女の身体に付着した残党の体液、そこからのDNA分析が進められている」
確かに、妹が残党を破壊するたびに、彼女の服や身体に黒い液体が飛び散るのを見た。未だに、あれが妹だとは信じられなく、背筋が寒くなる。
しかし……と上司は続けた。
「彼女の今後の健康状態については、全く予想がつかない。現にMB因子の反動で、数日間の意識不明を経験している」
「健康上、問題が?」
「それすらも分からんのだ。そして何より、今後同じような覚醒が起きた場合……はっきり言うが、君の妹の相手が残党だとは限らん。その場合の被害を、我々も恐れているんだよ」
上司が提示したのは、妹の健康状態について最新の医療で検査を行う代わりに、 MB因子の研究についての検体となってもらいたい、というものだ。
「検体、ですか」
その言い方に違和感を覚えた。
「月に一度、警察病院に来てくれればいい。妹への伝え方は君に任せる」
「アデルの身体の安全は――」
「それは保障する。検査と言っても健康診断となんら変わらん。あと、ついでにだが」
これを機に、輝夜では「残党」の存在を市民にも周知させることになったという。アデルと、一緒にいた獣人が目撃者として生存している以上、隠し立ては出来ないということらしい。
それと同時に学校の閉鎖が決まったことと、妹に支払われる退職金の額を聞かされた。たった数年勤めただけの人間がもらえる額ではない。
「このことも上手く伝えてくれ。私からははっきりとは言えない」
口止め料という事はすぐに分かった。
アデルが退院した後、オレは彼女に嘘をついた。残党に襲われたときに付着した液体から放射性物質が検出されたため、警察病院が定期的に検査をしたいと申し出ている。身体のために大事をとって行ってみてはどうだ、と。
仕事と退職金のことは、話すまでもなく理解していた。
「お父さんも私も残党に襲われただなんて世間的には聞こえが悪いだろうから、わかってる。それよりお兄ちゃんの仕事は大丈夫なの?」
「オレのほうは大丈夫だ。それよりアデル――」
あの日の自分の行動と、お前を助けた男の事を覚えているのか?と聞こうとして止めた。
妹は入院中一切自分のことは話さなかったようだし、記憶にないのならそれに越したことはないからだ。
「ん?」
「……また連絡する」
「うん、待ってるね」
お互い言いたいことを呑みこんで、あの日のことは記憶から消し去ろうとした。
オレは退屈な仕事を続け、アデルは新しい仕事に就いてそれなりに幸せに生きている。これでいいじゃないか。
この束の間の平穏は、翌年、祖母が亡くなったことで終わりを告げた。
<2068年 初冬>
警察としての業務は、輝夜が残党の存在を全世界に報じてから激化の一途をたどっていた。少し前の輝夜からは考えられないほど人の出入りが激しく、自ずと雑務も増えた。
神出鬼没の残党の噂を聞きつけた旅人が訪れては去り、時には不運な結果となって、この町に死の影を落としていった。便乗して頻発する種族間の小競り合い、街を去っていく住人達……。そんな煩雑さに、オレはすっかりまいっていた。
非番の夜、オレはある人物と会う約束をしていた。
そこは「ディアボロ」という酒場で、輝夜の魔族を束ねる時政と妻のイサナが経営していた。イサナはアデルの幼馴染で、確か若かったはずだが、さすが魔族の長と添い遂げるだけあって肝の据わった人物だ。
店に入ると、イサナが「2階の隅でお待ちだよ」と教えてくれた。吹き抜けのようになっている2階席へと軋む階段を上り、奥で待つ人物を見て、オレはたまげた。
色白の肌をした少女のような姿でありながら、軍服のようなスーツを身にまとい、その襟元には警視正の階級章――
「ふ、副署長……!」
輝夜警察副署長のルアがこっちこっちという風に、オレを手招きした。
誰かにからかわれてるんじゃないかと、あたりを見回してしまう。
「隠しカメラなんかないよ。どっきりカメラじゃあるまいし」
「お、お待たせして失礼いたしました。ジークフリートです」
「うん、知ってる。ウチの署員だから当然ね。まあ座って」
失礼します、と座ると、彼女は伏せてあった2つのグラスに、とろりとした酒を注ぎ、角砂糖を2個ずつ入れた。はたしてそれは、温めたぶどう酒であった。
「私はこれは好きじゃないんだけれど、今日ばかりはね――」
そして、混血に乾杯と言い、オレとグラスを合わせた。
「……ありがとうございます。祖母のために」
「うん、ハイジは残念だったね」
「眠るように逝けたのが、せめてもの幸せかと思います」
祖母のアーデルハイトはひと月前に亡くなった。母とアデルにケーキを作る材料を買いに行かせ、二人が戻ってきたときは、既に息を引き取っていた。薄化粧をし、髪を整え、祖父の遺影の前で眠るように亡くなっていたらしい。
まるで、自分の死期が分かっていたかのような穏やかな顔だった。
祖母の葬儀は、ごく近しいものだけで執り行われた。
母と妹は買ってきた材料で泣きながらケーキを焼き、オレは祖母の好きだったぶどう酒を買ってきて供え、祖母の遺影の前には、ぶかっこうなケーキと、湯気の立つぶどう酒が並んだ。
オレたちも弔問客も突然祖母を失ったことが信じられず、質素な祭壇の前で静かに思い出話をするだけの葬儀となった。
そのとき訪れた警察関係者の一人が、オレに小さなメモを渡した。そこには「仕事抜きでハイジの思い出話がしたい」と小さく可愛らしい文字で書いてあった。祖母を「ハイジ」という愛称で呼ぶ人物は限られていたが、そのメモ用紙からは人物を推し量ることは出来なかった。
そのメモの主が、今オレの目の前に座っているルア副署長だとは。彼女は一巡査に過ぎないオレのことなど知らないと思うが、彼女の噂は署にいれば多少なりとも入ってくる。
200歳をゆうに超えた魔族でありながら、警察として人の側に立つことを望んだ者。ルアの勤続年数の長さは署内の話題の一つであり、勤続80年を達成した時は署を上げてのお祭り騒ぎだったと、当時まだ存命だった父から聞いた記憶がある。
しかし、そんな「有名人」でもある彼女と祖母が愛称で呼ぶほどの関係だったとは知らなかった。
「やっぱりハイジは警察官時代の話はしてないみたいだね」
「えっ」
自分の考えを読まれたのではと焦る。
「別にキミの頭ン中を読んだんじゃないよ。呼び出した主があたしと知ったときのキミの反応で大体分かる。感情が顔に出やすいのはマズいって、よく注意されるだろ?」
本当に読まれてるんじゃないだろうかと、オレは額に季節はずれの汗をかいた。
「あたしとしては、ハイジが語らないと決めたことを明かすのは気が引けるんだけど、なかなかに事態は深刻でね。こうして非番のキミをわざわざ呼び出したってわけ」
ルア副署長の意図を計りかねて返答に困るオレの前に、大皿に乗った食事がどんと置かれた。驚いて顔を上げると、時政がニヤニヤしてこちらを見ていた。
「ルアちゃん、どうせ経費で落ちるんだろ?だったらいっぱい食っとけよな」
「経費で落とすつもりはないよ。頼んでもいないものを出されるのは困るんだけどな」
「店の隅で膝つき合わせて、ワインだけ頼んで深刻そうに話してるなんて目を引いて仕方ないぞ。ここには色んな奴が出入りするんだから、なぁジーク?」
目配せをされて慌てて店内を見渡すと――客1人いない。カウンターの中ではイサナが豪快に中華鍋を振っている。炒飯らしいが、どうみてもひとりふたりの量ではない。
「――まぁ確かに、料理を頼まないというのも失礼な話だ。適当に持ってきておくれ。食後のデザートと領収書を忘れずにね」
ルアは時政にウインクした。最初から示し合わせていたとしか思えないやり取りだが、オレには異議を呈する権利もない。勧められるままに料理の皿に手をつけた。
意外といってはあれだが、副署長との食事は、祖母の思い出話に花が咲き、思いがけず楽しいものであった。
祖母とルアは(「プライベートな場での副署長はやめてくれ」とのことだったのでそう記すが)年齢こそ100歳ほど違うが、輝夜警察の同期だという。この街の前身である荒海が「多種族共生特区」に指定された頃だというから88年前ということになる。
純血種の魔族であるが故に周囲から敬遠されたルアは、人間社会に溶け込むことはできずに苦労した。そんな彼女に友人として対等に接したのが祖母だったという。魔族の混血として、少なからず同じ経験をした祖母だからこそ、どんな種族にも分け隔てなく寄り添い、それが周囲の信頼を厚くさせていたのだと、ルアは感心したように話した。
「本当に知りませんでした、祖母がそんな風に思われていたなんて。生きているときに――祖母が自分から語らなかったとしても、もっと、もっと話を聞いておけば」
急にこみ上げた哀しみにオレは抗えなかった。情けないなと頭では分かっていながら、泣くのを堪えることなど出来ず、肩を震わせてオレは涙を流した。
「す、すいません……いきなり……お恥ずかしいです」
「仕方ないさ。葬儀に赴いた部下が言うには、キミは忙しく立ち動いてたそうだし、泣く暇なんてなかっただろう。ただ、申し訳ないが、本当は思い出話だけのためにキミを呼び出したんじゃないんだ」
本題に入った、と察したオレはハンカチで慌てて涙を拭い、姿勢を正した。
ルアはテーブルの上の皿をよけると、バッグからタブレット型のPCを出してそこに何かを表示させた。何名かの種族データのようだ。
「キミは去年、vampの純血種と会ったんだよね」
「はい、といってもそのときすぐには気づきませんでした。VB因子保持者に会ったのが初めてで」
「vampはもう絶えたも同然の種族だと思われているからね……ただ、よく調べてみると輝夜周辺では時々VB因子保持者が確認されているんだ。これが、そのデータ」
タブレットに表示された種族データはこうだ。
『2035年 Mr.unknownV-2 VB因子 +3642 陽性』
これは最も古く、30年以上前のものだ。「正体不明のヴァンパイア2号」といったところか 。
『2067年 Mr.unknownV-3 VB因子 +1203 陽性』
種族の因子が3000を超えるものをオレ達は「純血種」と呼ぶ。これは因子の数値がそれほどでもないところを見ると、vamp化した人間と思われる。
『2067年 Mr.unknownV-1 VB因子 +4279 陽性』
「これは……数値に見覚えがあります。自分が会ったあのvampですね。通し番号は、何かの手違いですか?」
輝夜では住人や滞在者を「名前-種族記号-通し番号」という表記で登録している。人間(Human)であるオレは「Siegfried-H-110105」だ。番号は通常、生まれた順もしくは発見された順に振られるため、この場合2035年のvampに1番が付くはずなのだ。
「番号はあたしが訂正したんだ。実はこのvampが1989年に輝夜を訪れていたことがつい最近分かってね」
「1989年?そんな時代にVB因子の検査を受けたと?」
「あくまで非公式の検査だったから表に出さなかったんだろうけど、こんな大事なことを今の今まで隠していただなんて、生きていたら懲罰ものだよ、まったく」
「え?ええと……つまり、そのデータは」
「ああ、ハイジが亡くなって、あたしが警察のデータベースにある彼女の情報を更新しようとして見つけたんだ。正確には、ハイジのデータ領域に、キミのおじいさんがこっそり隠しておいたデータだった」
オレはますます混乱した。祖父が?一体何のために?
「あたしが欲しかったのは『1989年に初めてのvampが輝夜を訪れていた』という証拠だけだったから、そのほかのデータはキミの領域に移しておいた。興味深い内容だったから、いつか読んでおくといいよ」
「は、はぁ」
「キミに確認したいことのひとつはこのvampについてだ。先日、妹さんの事件についての聞き取りで、キミは彼から以前会ったことがあるかという質問をされたと言ったよね?」
「はい、自分は初対面ですと答えました」
「80年以上前、このvampからDNAデータを採取したのがキミのおじいさんだとしたら?」
「まさか、彼が祖父のことを覚えていて、身内である自分と勘違いしたと?」
いくら血が繋がっているとはいえ、祖父と孫を見間違えるなんてちょっと考えにくい。
椅子の背もたれに寄りかかり、腕を組んで、ルアはオレの顔をまじまじと見た。
「キミはさ、びっくりするほど生き写しなんだよ。キミのおじいさんに」
オレは祖父の顔を知らない。オレだけでなく、母親さえも自分の父親の顔を見たことがない。亡くなったのが80年近く前で、祖母にも色々あったため写真が残っていないのだ。
そう、祖父は80年近く前に亡くなっている。オレの母親は今年52歳になった。普通に考えたら「計算が合わない」のである。しかし、母親は紛れもなく祖父母の間に生まれた子だ。そういう事情もあって祖母は昔のことを語りたがらなかったのかもしれない。
「副しょ…ルアさんは、祖父の事もご存知なんですね」
「あたしやハイジの数年先輩で、亡くなるまでは一緒に仕事をしていたからね……だからキミが輝夜警察に入ってきたときは、おじいさんが化けてでてきたんじゃないかと本当に驚いた」
「似ていると言われても実感はありませんが、なんだか嬉しいです。自分は両親に似ませんでしたから……いわれて見れば、アデルも両親にはあまり似てませんね」
アデルはハイジにも似てないよ、あんな破天荒な女に似てなくてよかったとルアは笑った。
「そうそう、忘れるところだった。もうひとつ確認したいことがあってね」
「なんでしょう」
ルアは、カウンターに腰掛けて酒を酌み交わしているらしい獣人の2人組を指差した。いつの間にかオレたち以外の客もきたらしく、卓は半分ほど埋まっていた。
「あの獣人の、左側のほうね。ズボンの尻ポケットに短剣差してるだろう?今にも鞘から抜けそうでひやひやするから、気づかれないように抜き取って、カウンターの上において来てくれないかな」
虚を突かれたオレは、どう返事してよいのか分からず、ルアを見つめた。そこそこ人がいる店内で、ポケットに差し込まれた短剣を気づかれずに抜き取るなどできるはずがない。普通なら。
「どうした?できるだろう。くれぐれも、誰にも、気づかれないようにね」
オレはため息をひとつ吐いて立ち上がった。仮にも副署長の前で失礼極まりない態度だが、このため息は不服でも呆れたのでもなく、観念のそれだった。
軋む階段を降り、酔客の横を抜け、カウンターのスツールに腰掛けた獣人の後ろに立ち、ポケットをまさぐって短剣を抜き取った。そしてそれをカウンターの上に置き、同じようにして戻ってきた。
ルアはテーブルで感嘆の表情で拍手をしている。
「……ご存知だったんですか、オレのこの能力を」
「まさか本当に出来るとは思わなかった。大したもんだねえ」
「ではなぜ」
「それ、キミのおじいさんの能力だよ。彼は今のキミと全く同じことが出来た」
オレは息を呑んだ。物心ついたときから、家族や周りの人が時々オレがいないかのように振舞うのをおかしいと思っていた。友人からも「気づいたら後ろに立ってる」「かくれんぼしたら絶対見つからない」といわれるようになって初めて、自分には何か人とは違うところがあるのだと気づいた。
「意図的に自分の気配を消せる――なんだろう、ニンジャの家系なのかね、おじいさんの方は」
冗談めかして言われても全く笑えなかった。誰にも言わずに隠してきたこの不気味な力を見抜かれてしまい、絶望的な気分にすらなっていた。
そんなオレの顔色を見て、ルアはあわてた。今日はずっと飄々(ひょうひょう)としていたから、その狼狽ぶりは少しこっけいだった。
「や、違うんだ。その様子だとキミは能力を隠してたんだね、気が回らなくて悪かったよ。あたしはそれを暴こうとか、ましてや君の不利益にしようとか考えてないから」
ありがとうございます、と言ってはみたものの、不安は拭い去れない。そんな心持で居たから、その後ルアの言ったことの意味が、すぐには理解できなかった。
「キミさ、その能力を使ってあたしの力にならないか?」
「……オレが、ですか?」
「返事は今じゃなくていい。でもなるべく早く頼む。――アデルと、この街のために」
アデルと輝夜のため?ますます混乱を極めたオレを置いて、ルアは席を立った。
「また近いうちに、ハイジの思い出話をしようじゃないか。返事はそのときで」
数日後、再び同じ場所でルアと会い、オレは彼女に協力することを承諾した。
オレが引き受けたことの意味の大きさも、そのとき知らされることになる。
【Deadlock Utopia 第一章 三節~Human~ End】
「Deadlock Utopia」本編四節に続きます。四節では「Angel(天使)」がテーマとなります。