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Deadlock Utopia  作者: 胡坐家
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Deadlock Utopia 第一章 一節 ~Hybrid~

ファンタジー小説「Deadlock Utopia」本編一章です。一章は四節で構成され、メインの登場人物にまつわる1話完結の内容となります。一節は「Hybridハイブリッド」人と多種族の混血についてです。

Deadlock Utopia 第一章 一節~Hybrid~


挿絵(By みてみん)



【2070年 多種族共生特区「輝夜」】


警察の特殊車両が流す、きれぎれの放送が聴こえてきた。


――本日の放射線量は……夜間……外出に警戒を……なお、武器の携帯は――


 蝉の鳴き声にさえかき消されてしまう雑音だらけの放送に、ため息が出る。

「まったく、市民に周知させる気があるとは思えない音質ね」

「アデル、大丈夫?買出しに出るなんて」

「今の放送を解釈すると『夜は危ない』なのよ、多分」


 危なかったらすぐに帰ってきてね、という友人のカヲリに私は小さなバッグを開けて銃を見せ、

指でトントン、と叩き、大丈夫と微笑んでみせた。


 私達のバー「楽園の果実」があるビーチから輝夜の中心街へと続く階段を見上げる。

ギラギラと照りつける日差しを無意識にバッグでさえぎるようにし、銃が入っているのだと思い出してひやっとする。

(こんな物騒なものを持ち歩くのが当たり前になるって、嫌なものね)

私は苦笑いをして、銃の安全装置が「safe」を示しているのを再確認する。


 階段の側に植えられた木々のどこかで蝉が鳴いている。

 蝉の声は嫌いだ。

たった数日の生を全うせんと振り絞るその必死さを、哀れに思うからかもしれない。

そして、思い出すからかもしれない。蝉の声を聞くと、あの暑い夏の日を。



【2059年 輝夜】

 その日私は、自分の部屋の窓を開けて、ぼんやりと外を見ながらソーダ味のアイスキャンディーを食べていた。電力不足による夏季の停電が日常茶飯事であった頃だ。


 家族5人で暮らす官舎の外壁に蝉がとまって、耳障りな大合唱を続けていた。

 暑苦しい鳴き声にいらついて、追い払おうと窓を開けると、誰かが叫びながら官舎に向かってくるのが見えた。その人物は私 の姿を認めると、こちらに向かって何事かを言った。


 私はその言葉の意味を瞬時に理解することが出来なかった。

というより、私の心がその事実を受け入れるのを拒否したのかもしれない。


 父がパトロール中に何者かに襲われて死んだのだ。

私が、16歳の夏のことだった。


 事実を聞いて、母は顔を覆ってその場に崩れた。

私は兄の腕に縋ったまま、嘘だと言いつづけた。

いつの間にかアイスキャンディーは溶けて落ち、私の白いスカートに、薄いブルーの染みを作った。



 父は、私達家族が住む輝夜の警察官だった。お世辞にも治安がいいとは言えないこの街での職務は大変だが、その分やり甲斐もある 、と父は仕事に誇りを持っていた。


 そんな父の葬儀では、父の棺は一度も開けられることがなかった。「帰宅」した父にひと目会いたいと私が頼んでも、娘さんにはお父さんを見せないほうがいい、あまりに残酷だと、皆が首を横に振るばかりだった。


 父は一体、何者に襲われたというのだ。

 多額すぎる見舞金、官舎を出た後に用意された自宅、連日のように訪れる警察関係者……。その全てが、父の死の異常さを物語っていた。


 母も、当時大学生だった兄も、私も、嘆き悲しむことに疲れ、その異常さの正体は何なのか、追及する気力も失せていた。

 ただ一人、祖母だけが気丈に対応していた事を記憶している。

 そして、声を潜めた警察関係者との会話の中にでてくる「残党」という言葉も覚えている。

 祖母もかつて、輝夜の警察官であった。身内ながら色々と謎の多い人であったが、祖母にまつわる話は、またの機会にしたいと思う。


 それから数年が経ち、兄は大学を卒業して、警察官になった。祖母も母も大反対したが、兄は一言「警察からの金で大学まで出してもらったから、恩返しがしたいだけだ」とだけ言って寮に入り、家にも殆ど寄り付かなくなった。


 私は大学を出てすぐ、輝夜の街にひとつだけある学校の教師になった。

 小学校と中学校あわせても30名足らずの学校で、スラム出身で父や母がいない子や、普通教育の受けられない子がほとんどだった。


 朝、教室に行くと、生徒が好き勝手なことをしながら、色々な「種族」の言葉で私に挨拶をする。おしゃべりな子が、口々に昨日の報告をしてくる。

「先生、ぼく一番高いビルの屋上まで飛翔できたよ!」

「わたしなんてパトカーより速く走ったんだから」

 自慢の尻尾を振り、翼を広げて話す生徒を席に着かせ、教壇へ向かう。


――そう、ここ輝夜は混沌の街――

 今から80年ほど前まで、海に面したこの街は「荒海アラミ」という名だったらしい。それが、世界各地に出来た「多種族共生特区」の一つとなり、名を「輝夜カグヤ」と改めた。

 だからこの輝夜には魔族や獣人の純血種(Pureblood)や混血(Hybrid)、そして、私のような普通の人間(Human)が同じ法の下で共に暮らしている。まさに「種族のるつぼ」だ。

 世界的に見れば、種族の違う者に対する差別や偏見がないわけではない。だが、この輝夜に生まれざるをえなかった子供に罪はない。そう考えた輝夜の住人によって作られたこの学校の中でだけは、子供が子供らしく居られたのだ。


 私も、人間の子供と、獣人と人間の混血の子供が仲よく「魔族の歴史」という本を読んでいる光景など見ると、この仕事に就いてよかったと、心から思えたものだった。


 しかし翌年、学校は閉鎖に追い込まれた。

 原因を作ったのは、私だ。


 夏休み間近の放課後、崩壊したハイウェイの側を、私は生徒と歩いていた。

 その子は人と狼の混血、いわゆる人狼であったが、人語が覚束ないためこうして一緒に帰りながら少しずつ会話の練習をさせていた。

 人語の発声の難しさに飽きてしまった彼は、ランドセルからリコーダーを取り出して歩きながら吹き始めた。いつもの事だったが、私は彼の音楽聴きたさにそれを許してもいた。それくらい、その子はリコーダーを巧みに吹いたのだ。

 彼が耳で覚えたという曲を聴きながら歩き、ハイウエイの先で別れた。


 彼と別れてから思いだした。(そうだ、あの曲は「野ばら」だ……今度教えてあげよう)

 私も昔誰かに習ったその曲を口ずさんだ。

 彼の吹く「野ばら」が段々と遠ざかっていく。しかし「くれないにおう 野なかのバラ」の「くれない」の後で、唐突に演奏がやんだ。


 演奏に夢中になるあまり、生徒が転んででもしまったのかと心配になり、小走りで様子を見に行った私の目の前に、信じがたい光景が広がっていた。


(――蜘蛛?)


 小型トラックほどの大きさはあろうかという巨大な「蜘蛛」が、男の子の前に立ちはだかっていた。

 6本の巨大な脚を身体の側面に生やし、前面には2本の短い脚がついた「蜘蛛」は、目の前で尻餅をついている男の子を今まさに襲わんとしていた。


 私は、恐怖で一歩も前に出ることが出来なかった。

 アレは何だ?敵意があるのか?警察や特殊部隊は何をしている――。


「蜘蛛」はじりじりと男の子に迫り、歩みを進める度に、しゅーっという音とともに身体から蒸気を噴出していた。これは……蜘蛛型のロボット?どこかの国の兵器?頭だけは妙にクリアに色々考える。

 しかし、足はすくみ、膝は震え、歯の根は合わず、びっしょりと汗をかいているのに、鳥肌が立つ。


「蜘蛛」の前脚が、男の子に向かって振り下ろされようとする。

そのとき、私は聞いたのだ。


「せんせい」と呼ぶ声を。


 その声に弾かれるように、私は「蜘蛛」に向かって全力で走りだしていた。一瞬「私の足で間に合うものか」ということが頭をよぎったが、「間に合った」のだ。


 私は「蜘蛛」の数メートル手前で跳躍し、そのままその頭の上に飛び乗った。 

 私の着地の振動でバランスを崩した「蜘蛛」の、頭部に光るライトのような部分をそのまま拳を打ち下ろして破壊した。

 はたしてそこは「眼」だったらしく、光を失った「蜘蛛」はがむしゃらに2本の前足で、頭部に乗った私を振り落とそうとした。

 しかし、短く、不器用な脚は届かず、私はそのまま「蜘蛛」の頭部を拳で殴り続けた。


 拳が直撃するたびに、生暖かい液体が飛び散る。どす黒い、機械油のような体液で、吐き気を催すような生臭さが鼻腔を刺激する。その臭いによって、これは機械などではなくまぎれもない生き物であることを知る。

 すると、眼の端で「蜘蛛」が長い脚の一本を、男の子に向かって振り上げたのか分かった。そのままなぎ払うようにするつもりらしい。

 私はすかさず地面に降り、地べたに尻をついた男の子と「蜘蛛」の間に立ちはだかると、振り下ろされた脚を右手一本で受け止めた。


 そう「受け止めた」のだ。この時初めて私はこう思った。


(私、どうしてこんな事、出来てるの?)


 ――と、思うと同時に、全身に激痛が走った。四肢が軋んで悲鳴をあげ、心臓が異常な速さで鼓動した。目の前がくらくらして視界に火花が散った。

 当然、立っていられるはずも無く、私はやっとのことで男の子を庇うように抱き、そのまま地面に崩れ落ちた。身じろぎさえも出来ない痛み。体のどこにも力が入らないのに、目だけを見開いて、私は「蜘蛛」を見た。


 「蜘蛛」はじりじりと、私達の上に覆いかぶさってくる。その腹の下にすっぽりと収まった私達に、「蜘蛛」は信じられないことを言った。


『もうお仕舞いか?まだいたぶって楽しみたかったがな……。

どうも人間ってやつぁ、ひ弱でおもしろくない』


――「いたぶる」?「おもしろくない」?


『やっぱり残虐の限りを尽くして興奮するのは、クソみたいに頑丈な魔族相手の時だな…。

さて、虫けらどもは俺のグレネードで汚ねぇ肉塊になりな…』


「蜘蛛」の腹にいくつかの孔が開いた。

 その中には、小型の爆弾のようなものが見えた。ああ、これを落とされたら、私達は……。


その時、唐突に思った。


(私の父を殺したのは、こいつだ)


 父の遺体はそれと分からないほどに損傷していたという。遺族への過剰なまでの手厚い補償。犯人を見つける気配のない警察……。


(こいつは「残党」とも呼ばれている)


 最早私の中では確証に近かった。こいつが、この蜘蛛のバケモノが私のかたきだ。


 ――なのに……


 私はもう指先ひとつ動かすことが出来ない。掻き抱いた男の子も道連れにしてしまう。

(悔しい)

見開いたままの目から涙が溢れる。


 その時、誰かが私のブラウスの襟首を掴んだ。


「ちょっと荒っぽいが許してくれ。そのガキを離すなよ」


 そう言うが早いか、私は猛烈な力で後ろに引っ張られた。半ば引きずられるような体勢であったため、当然のように身体を激痛が襲ったが、私は必死で腕に抱いた子を離すまいとした。

 数メートルも引きずられただろうか、その誰か――男性という事は分かった――は、私と男の子を地面に横たえると、「蜘蛛」に何事かを叫んだ。


 そして、言い切らないうちに、銃弾を数発放った。私は地面に寝そべった状態でそれを見ていたが、彼の銃弾は一発とて無駄なく「蜘蛛」の身体を破壊した。

 形勢不利と判断したのか、「蜘蛛」もまた何事かを叫んで去っていった。私達は助かったのだろうか……しかしこの男性は一体……?


 彼はこちらに向き直ると、私のほうを見て舌打ちをした。

「残党相手に大したハイブリッドだと思ったが……ただの人間か」

 答えるために唇を動かすことすら出来ない私に、彼は妙なことを言った。


「助けたのが『餌』で好都合……と言いたいが、今日のところはよしておこう。

お嬢さんの抱っこしてるガキが、俺に牙をむいているからな。まあこの街にいれば」


 彼の言葉を聞き終わる前に、私は気を失ってしまった。



 意識が戻ったのは数日後、警察病院のベッドの上だった。

 やつれた母の顔がうれし泣きで歪み、兄が慌てて医師を呼びにいき、祖母が微笑んで何度も頷き……私は初めて「助かった」と思った。


 不思議なことに、私の体は全くの無傷だった。医師からの診断は「極度の肉体疲労」のみ。もしやあれは夢だったのだろうか、とも思う。


 しかし、身体が完全に回復する頃、私は学校の閉鎖を聞かされた。

 近頃、輝夜に流れる不審死の噂。下校途中の事故。しかも巻き込まれたのは「数年前不審死した警察官の娘」……。

 

 人々のそんな口さがない噂が、大人たちを警戒させ、子供たちを学校から遠ざけた。一緒にいた獣人の男の子は、ショックが酷く証言も取れないということで、何処か遠くに引っ越していった。

 私はもう「先生」と呼ばれることはなくなった。



 退院してしばらくは、私が街を歩けば人々が無遠慮な視線をぶつけてきた。仕事を失った私に、学校から多額の退職金が振り込まれた。父のときと同じだ。これはきっと口止め料なのだろう。あのおぞましい「残党」に襲われたことはやすやすと他言してはならない、と。


――私はこの街を離れるべきなのかもしれない。


 漠然とした思いを抱えたまま、海へと続く階段の上に立った。鮮やかなブルーの海が眼前に広がる。私は、ここからの眺望が大好きだった。回れ右をすれば、嫌でも目に飛び込んでくる雑多な町並み。これにだって、私は愛着を持っていた。


 すると、私の肩をぽんと叩く人がいた。

「アデル、久しぶり。もう具合はいいの?」

 幼馴染のカヲリだった。

 私にまつわる噂は、当然彼女の耳にも入っているだろうが、ごく自然に話しかけてくれるのが嬉しかった。

「……まあね、だいたい元気。カヲリは?」

「私はちょっと困ったことがあって」

「どうしたの?」


 彼女は、海岸へ続く階段を指差した。

「ここから」

 そしてずーっと海岸のほうへと指し示しながら

「あっちまで」

「ん?」

「私の土地になった」

「えーーーーーーーーーー!」


 聞けば、「遠い親戚のおじさま」が、ビーチを丸々ひとつ、彼女にぽんと「くれた」らしい。何がどうなったらそんなことになるのか。わが幼馴染ながら謎の多い子である。

 しかし彼女は、私にあるひとつの魅力的な提案をした。


「砂浜もらっても困るから、ここでお店でもしようと思うの。よかったらしばらく手伝ってくれない?」

彼女が指し示した先には、南国風の小さな建物。

それには「Bar楽園の果実」という看板がかかっていた――。



 あれから数年が経ち、私は今日もこうしてビーチから輝夜への長い階段を上って買い出しに行く。

「気をつけてねー」

何度も念押しをするカヲリに手を振る。


 あの不思議な力はあれ以来発揮されていない。私は以前の、鈍くさい私に戻ってしまった。でも、今日はなんだか気分がいい。

 私は勢いをつけて、長い階段を一気に駆け上ろうとした。しかし、半分も行かないうちに息切れがして断念する。がっかりしたような、安心したような心もちで、ゆっくりと階段を上る。


 やっぱり、あの時のことは夢だったのだ……。

私は耳に残るあの男の言葉を振り払うように、首を振った。


――ハイブリッドだと思ったが、ただの人間か――

 


第一章 一節 END

「Deadlock Utopia」本編二節に続きます。二節では「Pureblood(純血種)」がテーマとなります。

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