似てない夫婦
ヤオヨロズ企画参加作品。
私の両親は、似た者同士という言葉からは程遠いくらい似ていない。けど、仲良し。
まるで”あれ”みたいに、いつも一緒にいるのです。
「ほら、あなた。早く準備して!」
せわしない朝。いつもの母の、急かす声。
その声を受けて、父はいつものんびりと返す。
「ん~」
分かっているのだか分かっていないのだか、生返事。
「んも~、あなたは毎朝毎朝! ほら、ご飯粒付いてる!」
ぱたぱたと身支度を終える母。のんびりと顔を洗う父。
毎朝繰り広げられるこの光景を眺めながら育った娘の私からしても、何故この二人が仲良く夫婦生活を送れているのか甚だ謎である。
二人は同じ会社で働いている。というか、父は社長で、母は営業部長だ。
外へ行っては母が獅子奮迅、問題があれば快刀乱麻。問題点を切り分けたり、芯を掴んだり、あるいは人を上手くのせて物事を進めるのが上手らしい。
最後の決済は中でどんと構える父がこなす。父はほとんど会社から外へは出ない。が、会社に持ち込まれた問題は必ず解決する。性格的にもそれが合っているらしく、小さいながらそれなりに経営出来ているらしい。
会社の両輪、などとはよく言うが、この場合は何というのだろうか。片方は止まっていて、片方は留まる事を知らない。う~ん……
……鎖に繋がれたワンコ?いやいや何かもっと適切な言葉があるだろうに……
とにもかくにも上手くいってるんだから誰も文句の言いようがない。私も無事大学を卒業出来るまで育ててもらって社会人一年生。立派に育ったかは分からないが、親としての役目は果たしたと言えるだろう。
夫婦仲はどうかというと、そりゃもう娘の私がこっ恥ずかしくなるくらい仲がいい。
朝の様子は仕事モードに入りつつあるのでお互いのリズムが噛み合わずあんな感じであるが、帰宅後は大体普通だ。程々会話して、同じ食卓で夕食を食べ、談笑する。父は食べるのが遅いので、大体母が取り分ける。そうして見事に盛りつけられたおかずを父は黙々と食べるのだ。それが普通。
そうそう、この夫婦は結婚して20年以上経つが、今でも一緒の布団で寝ている。漏れ聞こえたところによると、手を繋いで寝ているらしい。は、恥ずかしい!
一度夜中にトイレで起きて、たまたま起きていた母と父のこんな会話を聞いた。
「はい、お夜食! 全く、あなたったら私がいないと何にもできないんだから」
口を尖らせたような母の口調。それに応じる父はいつも通りのんびりだった。
「そうだねぇ。君がいなかったら、僕は困るよ」
「ま! 私は貴方が困らないようにするだけの存在かしら?」
冗談めかして母が答える。父は慌てずのんびり、いつもの口調で答えた。
「ん~……君も僕がいなかったら困るでしょ?」
ド直球な回答。母はしばらくキョトンとしていたが、顔を赤らめながら呟いた。
「……もう、バカ」
何とも顔から火が出そうな話だった。そのまま気付かれないように寝室に戻ったが、悶えてなかなか寝付けなかったのを覚えている。
なんだかんだと良いながら、夫婦仲は良いのだ。
ぱたぱたとせわしなく動く母と、のんびり余り動かない父。この組み合わせ、思い浮かぶのは……
「ほら、あなた。早く準備して!」
せわしない朝。いつもの母の、急かす声。
その声を受けて、父はいつものんびりと返す。
「ん~」
分かっているのだか分かっていないのだか、生返事。
「んも~、あなたは毎朝毎朝! 今日は早くから会議があるんだから、早くしてよね! 社長が遅刻したんじゃ格好がつかないわ!」
いつもの光景だ。私は朝食を食べながら苦笑いでそれを見る。
「それじゃそろそろ出るからね! 戸締まりよろしく!」
おっと、今日という日はこのまま見てたんじゃ駄目なんだった。
「あ、ちょっと待って!」
せっかちな母はもう既に玄関から足を出していたが、それを引っ込めてこちらを見直す。
「何? 急いでるんだけど」
「ちょっとは落ち着いてよ。今日はお母さんとお父さんの結婚記念日じゃない」
「……良く知ってたわね。そうよ。父さんと母さんの24回目の結婚記念日」
「それでね、プレゼントがあるんだけど……二人にぴったりな」
言いながら机の下に隠していたプレゼント袋を取り出し、二人に渡す。母は怪訝な顔、父はニコニコだ。
「何かな? 嬉しいな、楽しみだな」
「二人を見てたらこれだ!って思ったの。開けてみて!」
袋の中に入っていたのは、二膳のお揃いの箸だった。
「動かないお父さんと、動きすぎるお母さん。二人で一セットって、まるでお箸みたいだなって。ほら、お箸って片方は動かさないでもう片方を動かして使うでしょ?
結婚記念日、おめでとう」
二人は照れくさそうに笑った。
という訳で、お箸の擬人化でした。いつも一緒、夜も仲良く眠ります。
実はタイトルは別候補があり、その名も「おはしな二人」。タイトルでネタバレはダメだろうと却下しました(笑)