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第4話 せっかく魔王城を築いたけど、誰も訪ねて来ないことに気付いた件

 余は自らの王城を築くことにした。


 場所は、かつて余が山籠もりをした思い出の山である。いや、思い出などという言葉では足りぬ。三百八十年、余の人生のほぼすべてを、この山で過ごしてきたのである。余の居城を置くのに、これほどふさわしい場所はあるまい。位置的にも、第一王国と第二王国の国境をまたいでいる。峻厳な山なので、この山自体が交通を妨げ、自然の国境となっているのだ。


 高さは、大人の身長のおよそ二千倍にも達する山である。実はこの山は、往時にはさらに高い山だった可能性がある。その頂上部分が陥没して大きな穴となり、そこに水が溜まって湖となっているのである。


 余は、その頂上付近の湖の周囲で生活していた。洞窟を見つけ、そこで暮らしていたのだ。高山ゆえに空気は薄く、気温は低い。だが、そのために逆に危険な獣や魔物もいなかった。


 若い頃は、高山の雪中に暮らす兎や(いたち)などを罠で捕まえて肉や防寒具や寝具のための毛皮とし、短い春から夏の間に山菜を採っては食べ、一部は乾燥させたり、漬け物にしたりして冬の保存食にしていたのだ。幸い、岩塩が大量に見つかったので、塩分には困らず、肉を塩漬けにすることもできた。枯木を溜め、冬の(たきぎ)とした。


 先にも述べたことがあるが、高山地帯でも育てられる芋や野菜を栽培して食の足しにもした。喰い荒らしに来る兎や土竜(もぐら)との戦いも、今となっては懐かしい。


 そうした生活は、魔法を覚えてからも続いた。魔法の威力や精度が上がってからは、攻撃魔法を使って鹿なども捕れるようになった。異空間収納魔法で時間を止めて肉や山菜を保存できるようにもなり、魔法で塩や砂糖を作ることができるようになった。植物栽培の研究の成果として、魔法で土壌を改良する方法も身につけた。


 余は幼い頃は肉体的には貧弱であったが、幸いにも十年におよぶ規則正しい修道院生活で健康になっており、魔法を身につけるまでの二十年間は特に病にはかからなかった。魔法を身につけてからは、治癒魔法を訓練していろいろ試してみた結果、時折病気にかかっても己の魔法で治すことができた。


 そして、六十になって魔素を生命力に変換できるようになり、食料も水も、さらには呼吸や休息も必要としない体となってからは、当然のように病にかかることもなくなった。毒のある茸や草については修道院で学んだ知識で最初から見分けることができたが、そうした毒も余には効かなくなったのである。


 それ以降は、ただひたすら魔法の修行に励んでいた。そのため、湖の周囲の山の斜面の一部には、余の攻撃魔法の練習のために山肌がすっかり禿げてしまったところもある。湖自体の地形も、洪水の魔法や地震の魔法の練習で変わってしまったところがある。


 そんな、余の汗がしみこんだ地なのである。


 そこで、余はまず湖の中央の湖底を隆起させた。湖自体を堀として活用するためである。


 周囲の山の中で、岩肌を見せているところから、大量に岩を切り出し、同じ大きさの直方体に整形すると、まず基礎としてしっかりと埋め込んだ。そして、その上に交互に正確に大きさを揃えた石を積み上げながら、隙間は漆喰(しっくい)で埋めて動かないようにして城壁を作っていった。


 外見については、第一王国や第二王国の王城を手本にしようと思ったが、余は美的感覚はそれほど優れていないので、いささか無骨な作りになった。だが、余は本来虚飾を好まぬ性格ゆえ、これでかまうまい。先にも悟ったが、金銀財宝で華美に飾って権威を示すのは実力がないからであり、余のように絶大な力があるなら居城を飾る必要はないのである。


 また、城壁の中には、大して部屋もない。余の居室と、謁見の間以外は、何もない空室をいくつか作っただけである。見張りの塔も一応は作ったが、見張りをする者がいないので、ただの飾りである。


 そもそも、余の居室とて、簡素な木製の机と椅子を置いてみたが、ほかには何もない。寝る必要がないから寝台も不要なのである。


 謁見の間には、一応絨毯を敷き、豪華な玉座を置いてみた。第一王国の居城にあったものを模して作ってみたのだ。魔法で構造と素材を解析し、複製したのである。このため、模様や意匠も同じになってしまったが、別にかまうまい。


 城門には、頑丈な門扉を作った。そして、最後に城門の前から湖を渡る橋をかける。これは籠城時には焼き落とせるように木製にした。


 ……作ったあとで、そもそも余が籠城するなどということがないので木製にする意味がないということに気付いたが、別にかまうまい。経年劣化で壊れたら直せばよいだけの話である。


 かくして余の居城は完成した。


 完成はした……のだが、よく考えてみると、尋ねてくる者も別にいないことに気がついた。


 各国の王城へは、余自身が瞬間移動の魔法で行く方がよほど早いのである。呼びつける方が不合理なのだ。余は別にいちいち他人を呼びつけて権威を示さねばならないほど弱くはないのである。自ら出向く方が合理的なのだ。


 せっかく作ったのに残念だが、この城は当分は余が各国を征服して回る間に一時的に帰ってくるだけの場所になるであろう。週に一度は休みの日を設けているので、この城でくつろぐとしよう。


 そう考えていたのだ。


 実際、各国の返答待ちをしながら配下になった国で時折頼まれる内政仕事をしている一か月ほどは、特に来訪者はいなかった。


 ところが、ちょうどその返答待ちの一か月が終わろうかという頃に、何とこの居城に客が訪れてきたのだ。それも、招かれざる客である。


 その日、余は第一王国の国王から、余の傘下に入ってもよいと言って来た国があると聞いたので、さっそくその国へ赴いて国王や大臣と交渉を行い、傘下に収めたばかりだった。


 一応使者は出させたものの、あっさり降ってくる国があるとは思っていなかったので予想外だったのだが、どうやら元から第一王国の庇護下にある半属国だったらしく、軍事的、政治的に庇護してもらえるなら魔王でもかまわないということであった。


 気をよくした余は、その国でも懸案事項となっていた治水や荒地開墾などを行って感謝されると、気分よく己の居城に戻ってきたのである。


 そこで、自室でゆっくりとくつろぎながら、次は第二王国に赴こうかなどと考えていたとき、遠くから超高速で接近してくる巨大な魔力に気がついた。


 余のように強大な力を持たずとも、魔法使いならば他の魔力には気付くことができるし、ある程度の魔力の保有量もわかる。しかし、余ほどの探知能力を持った者は、そうはいないであろう。


 その余をして驚嘆せしむるほど、その魔力は強大であり、余に匹敵するほどであった。しかも速度も異常に速かった。音の伝わる速度に近いくらいの速さなのだ。


 もとより、余ならもっと速く飛ぶことはできる。しかし、音の速度を超えてしまうと、非常に大きな爆音や衝撃波も発生してしまうのだ。余なら魔法でそれを強引に押さえ込むこともできるのだが、そこまでして速く飛ぶ必要も感じないので、飛行魔法を使うときは音よりは遅い速度で飛ぶようにしている。


 その余の平均飛行速度とほぼ同じ速度で飛来してくるのである。魔力の保有量から考えても、かなり強力な魔法の使い手であることは疑う余地はない。もしや、余以外にも四百年の修行を経て魔王に成り上がった者がいるのであろうか?


 そう思いながら飛来する魔力の方に意識を集中していると、その魔力は一度余の城を飛び越えると、速度を落としながら戻ってきた。そして、窓から余の部屋へ飛び込んできたのである。


 余は驚嘆した。飛び込んできたのが、女だったからである。

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