第3話 力ずくで征服したはずだけど、内政に励んだら尊敬されるようになった件
余は第二の国もあっさりと征服した。経過は第一の国と大して差はないので割愛する。
ただし、冒頭の征服宣言の際に、既に隣国は征服済みであることと、先に思いついた「世界平和」と「人類の福祉の向上」の大義は宣言しておいた。
そうしたら、降伏したばかりの第二国の国王が、余の魔法で治水ができるかと聞いてきた。
もとより、余の強大無比なる魔法をもってすれば、本来は人間の立ち向かうことの困難な雄大な自然であろうと、ねじ曲げ、屈服させることは可能である。
そう答えると、穀倉地帯に水の恵みをもたらしてくれるものの、毎年大水害も引き起こしている大河の治水をお願いできないかと頼まれた。
うむ、大義として「人類の福祉の向上」を掲げている以上、断ることはできぬ。
そこで、余は大河の地図と、毎年の被害状況をまとめた書類を貰い、それを持って現地へ飛んだ……飛行魔法で、文字通り飛んでいったのだ。
余は魔法の修行に際して、さまざまな実験を繰り返し、経験を積んできた。その中には自然の力を利用することも含まれている。例えば、雷撃の魔法は人が魔力を用いて放つ場合に比べて、自然の雷の方がよほど強いのだ。何も無いところから雷撃を放つよりは、自然の雷を利用して相手を狙う方が威力があるのである。そのために、晴天に雷雲を呼ぶ研究などもした。
同様に、水流の魔法を使うに際して川の流れを利用することも考えていたのだ。山中の急流の流れを研究し、水の流れを変えたり、せき止めたりする方法も色々と実験してみた。その結果、余は大河の流れをも自由に動かせるだけの知識を身につけたのである。
その知識を生かし、実際の地形を空中から眺めてみると、どうも堰や堤防の作り方が非効率的である。また、大河自体の流れの形もよろしくない。急に曲がっている部分があり、増水した場合はどうしてもここから水が溢れてしまうのである。
そこで、余は大河の曲がり方をゆるやかにするため、地形を変えることにした。河畔には既に農地が広がっていたので、そこの土地を少し深い部分からまとめて空中に持ち上げる。それを維持しながら、土地がなくなって窪みになっている部分を、ゆるやかな曲がりの流れになるような形に整形しつつ、河底となるように薄く砂利などを敷き詰める。
そして、元の大河の河底の一部を隆起させると同時に、窪みとの境目を沈降させる。すると、大河の流れが、新しく作ったゆるやかな曲がりの方に誘導される。
しばらく待っていると、元の河底は完全に干上がったので、そこの河底にあった砂利や水草などを浮かせて、新しい流れの上に移動して河の中に下ろす。下ろした部分が河の中で均等になるように少しならしておく。
その一方で、河畔には堤防になるように土を盛り上げ、護岸のために大き目の石を敷き詰めて覆う。
そうやって大河の流れを変えると、先ほどから浮かせていた農地を、空いた元の流域に下ろして、底の方を大地としっかり密着させ、水を抜きながら空洞などをつぶしていく。ここで地下水や空洞などが残ってしまうと、地震の際に土地が液体状になってしまうことがあるからである。
それから用水路をきちんと河に接続する。位置や高さが変わっているので、きちんと水が流れるように調整し、配水状況を確認する。すべて問題ないようだ。
こうして、余は頼まれた治水工事を終えて王城に戻ると、先にもらった地図に新たな流域と土地を移動した場所を記入して王や大臣たちに示しながら、余が行った工事について説明した。
王や大臣たちは驚嘆して、余を崇めた。当然であろう。
さらに、国内の地形で困っている部分について、いろいろ書類を持ってきた。苦労して山を越えなければいけない難所や、開墾に適さない大きな沼地などである。
いずれも、余にとっては片手間で処理できることであったので、気軽に承諾して、山をくりぬいて石で固め、頑健な隧道……つまり通り穴をであるな……を作って交通の便をよくしたり、沼地から水を抜いて乾燥させながら、肥沃な底土を生かしつつ別のところからも乾いた土を持ってきて混ぜ、細かい玉になるような土を作ったりした。土が細かい玉が集まった構造になると、水持ちがよいことと水はけがよいことを両立させているので長い間水がたまって悪くなることもなく、空気も通り、植物や農作物がよく育つからである。こうしたことは、山籠もり中に高山でも育つ芋や野菜を育てていたときに、魔法でより効率よく育てられないか研究していて知ったのである。
余は休む必要がないので、ほんの数日でそれらをすべてやり終えてしまうと、第二王国の王城へ戻って余が行った作業について説明した。再び王も大臣も余の偉業を褒め称えた。うむ、余は満足である。下らぬ事務仕事ではなく、このような内政こそ、まさに余の力を生かし、世のため人のためになることではないか。
と、そこで第一王国のことを思い出した。第二王国には便宜をはかったのに、第一王国では何もやっていない。これは不公平ではないか。支配者たるもの、ひいきをしてはならない。第一王国の問題も片付けねばならぬ。
それに、よく考えてみると、ここ数日は内政に力を入れていて、肝腎の世界征服がおろそかになっている。これではいかん!
しかし、そこで気がついた。余は今や二か国の支配者である。何も、すべてを余一人で行う必要はないのだ。
そこで、余は第二王国の王と大臣に、外交関係がある国すべてに使者を送るように命令した。魔王たる余が世界征服を目論んでおり、すでに第二王国は降伏して魔王の傘下に入ったことを伝え、それらの国も魔王たる余の傘下に入るように勧めるように、と。
ここで「降伏勧告」はしないことにした。そのように強い勧告では、場合によっては使者の命が危ない。通常は外交の使者には危害を加えないことが国際的な慣例ではあるが、降伏勧告の使者のような場合は慣例を無視して殺されることもあるのである。
そこで、あくまで事実として次のことを伝えるようにと命令した。すなわち、余の大義は「世界平和」と「人類の福祉の向上」であること。そして、余が絶大な力を持ち、どのような強力な軍隊であろうと一瞬で無力化してしまうこと。しかし、死者は一名も出しておらず、降伏したあとも王国の存続を認めていること。さらに、内政上の課題を強大な魔法で一気に解決していること、などである。
これで、余の傘下に入ると自発的に申し出てくる国があれば、それでよし。なければ、またひとつひとつ征服していくだけのことである。
返答を待つ間、余は第一王国に戻って、第二王国でやったのと同じように、治水をしたり、交通路を整備したり、港湾の浚渫を行ったり、土壌の改良を行ったりした。
もちろん、第一王国でも崇め奉られた。
だが、そこで予想外の申し出があった。
余に、第一王国に常駐して欲しいというのである。そのために、豪華な宮殿も建設するという。
なるほど、そうすれば第一王国は常に余の庇護を受けることができ、余の力によって様々な問題を解決することができるから栄えるであろう。しかし、それでは第一王国をひいきしすぎることになる。
確かに第一王国は余にとって生国ではあるが、四百年もたった今となっては大した思い入れはない。
そこで、余はまず第一王国の王と大臣には、第二王国に命じたのと同じように、外交関係のある国に使者を送ることを命じた。
そして、その返答を待つ間に、余自身の手で余の王城、すなわち魔王城を建設することにしたのである。