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デウス・エクス・マキナ  作者: お布団
3/3

不幸な世界

デウス・エクス・マキナ3

 ――呪わしい、と子どもは言葉ではなく喉から溢れ出る血によってその呪詛を撒き散らす。彼から幸福が失われたのは、果たしていつのことであったか。もはや彼にはその頃の思い出は曖昧で、ただその甘さを思い浮かべることしか出来なかった。

 彼はかつて、幸福だった。満ち足りていた。すべてを持っていて、そして彼だけではなく世界中の人間がそうであった。いや、彼以外の人間すべても、この世界の中で幸福であると信じていた。それなのに、世界は変わってしまった。一つのエラーを起点として次々とエラーが起こり、神と同義語でもあったコンピュータは、その限界を迎えた。もはや彼女には、この世界を導くことも、世界を幸福にする力もなかった。沈黙する彼女の前に、人々は集まり、頭を垂れたが、無意味であった。

 今よりもまだ幼かった彼は、世界が崩壊する恐怖に震えながら、それでもコンピュータが与えてくれた両親が自分を幸福にしてくれると思っていた。だが、ある日、彼が家で目を覚ますと、家にあった金と食料すべてと共に、両親は何処かに消えていた。きっと、コンピューターがない今、彼が自分たちを幸福にする子どもであるかどうか、育てる苦労に見合った何かを彼らに齎す存在であるかどうか、確信が持てなくなったのであろう。

 それ以来、彼はずっと路上で暮らしている。彼のような子どもは他にも大勢いた。大人たちはどの子どもが自分にふさわしい子どもか、判断ができなくなったからだ。子は生まれても捨てられるのが当たり前で、その中から大人になるまで育つものはまれだった。

 きっとこの世界は滅ぶだろうと、彼はゴミとしかいいようのない残飯を貪りながら、そう思う。大人たちが子どもたちに食料を分けるなどということはなかったから、生きていくためには路地裏のゴミを漁り、それを口にすることでしか生きていけなかった。大人たちはもう、子どもたちを育てることをしなくなった。コンピューターによる導きがない中で、子どもを育てる方法など、彼らは知らなかったから。そして子どもたちは、どんどん数を減らしている。きっと誰も大人になることはなく、汚らしく惨めな、フケと垢に塗れた黒いゴミのような塊になって、死んでいくのだろう。

 優しく温かい両親に恵まれ、あの幸福な暮らしをしていた頃には考えもしなかった生き方である。彼の体の線からは子供らしい円やかさはあっという間に失われ、風呂に入ることも、手入れされることもない髪はフケだらけになり、いつまでも着ている子供服は垢じみて襤褸臭く、人が近寄れば顔を顰めるであろうくらいの悪臭を放っていた。

 この世界は、不幸になった。すべての民が、コンピューターに導かれていれば、幸福の紙どおりに生きていれば、きっとこんなことにはならなかった。彼はだから、この世界の崩壊を願ったものを呪う。彼の幸福を奪ったものを憎む。そんな不純物さえ存在しなければ、きっと世界は純粋で美しく、塵一つない幸福な世界のままだったのだ。

 ――その者たちに、永遠の呪いあれ。我が身に降りかかった呪いの、万倍もの不幸が、世界すべての不幸がその者たちに降り注ぎますように。

 毎日、彼はそう祈る。コンピューターがいない今、誰に、いや何にそう願っているのか、彼にもわからないままに。ただただ、呪う。彼以外のすべてを、彼のすべてを持って呪う。

 幸福を返せ、幸福を返せ、幸福を返せ、と。血を吐きながら、胃から逆流してきた残飯を戻しながら、擦り切れた喉から溢れる血に咽ながら、全身を痙攣させながら、もはや思考にもならない思考を彼は紡ぐ。言葉にならなくとも、きっとこの呪詛はいつかこの世界を壊したもの、呪われた破壊者たちに届き、その生命を不幸という汚泥に塗れさせてくれることだろう。

 そう、その者たちは最後の人類となり、滅び行く世界のすべてを余すことなく見つめながら、全人類に呪われながら死んでいくのだ。それこそが彼らに相応しい罰であろう。

 ゲホゲホと咳き込みながら、彼は自分の死を予感する。――嫌だ、まだ死にたくない。幸福になりたい。こんな世界は嫌だ。嫌だ、嫌だ。

 世界に呪いあれ。幸福であった頃には考えもしなかった事を思いながら、彼は死んだ。明日にはきっと、鴉達が彼に群がり、彼のすべてを喰らい尽くし、壊れた世界ごと、彼を埋葬してくれるであろう。

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