ボーイ・ミーツ・ガール
榮あおいが失踪した、と聞いたのはそれからすぐ後であった。人気者であった彼女の不可解な疾走は噂に継ぐ噂を呼び、教師の子を妊娠しただの、遺伝子的に優秀であった彼女のことであるから、コンピュータに選ばれてとある研究所で研究員として働いているだの、いやきっと何か深い理由があっての事に違いない、だの、くだらない風評に尾ひれに尾ひれがついたものが出回ったものである。
だが、その話の結末は決まってこうで、「きっと彼女の幸福の紙にはそう書いてあったのよ」という結論で、皆は納得し、平穏を取り戻すのであった。
わたしはそれをぼんやりと聞くともなく聞きながら、それでもあの日の彼女の憂鬱そうな顔のことが頭から離れなかった。彼女は幸福の紙を読まなかったと言っていた。という事は、遅かれ早かれ、幸福の紙に”書いていない行動”を取ったに違いない。そうして、彼女はどうなったのであろう。
幸福の紙に書いていない行動を取ったものがどうなるのか、わたしは知らない。きっとわたし以外、例えば教師やらなんかも、どうなるかは知らないであろう。そんな事は誰も考えたこともないからだ。幸福の紙に書いてあることに従えば、わたしたちは幸せになれるのだから。わたしもわたしの紙がわたしを幸福に導くことを、疑ったことなど一度もない。
しかし、あおいはそうではなかった。彼女は幸福の紙を、実に呪わしそうな様子で取り扱っていた。わたしたちにとっては黄金の宝にも優る、あの紙を。まるでゴミ箱に捨てるちり紙でもあるかのように、何の頓着もなく扱っていた。
その上にあおいは、幸福の紙を読んでいないとまで言っていたのだ。それは実に恐ろしいことだ。彼女はきっと、幸福になれないだろう。幸福の紙なくして、どうして幸福になれるというのだ。
だがわたしは、あおいを見かけなくなり、周囲のものも最早それを当たり前の事として受け入れ、彼女など最初からいなかった様に振る舞い出してから、むしろより一層、彼女の事が頭から離れなくなった。それも、普段の彼女がよく見せていた明るい笑顔や、無邪気な振る舞いなんかではなく、ただただあの一瞬だけ垣間見た、榮あおいという仮面の隙間から垣間見た、あの実に忌まわしい、世界を呪っているかのような表情が、頭から離れないのである。
あおいは今、どうしているのだろうか。彼女の傍には誰がいるのであろうか。どうして彼女は私に、あんな顔を見せたのであろうか。どうしても彼女が、頭から離れない。
わたしは元々、ぼんやりとした性質であったが、最近はますますぼんやるとするようになった。両親はそんなわたしを心配して、あれこれ尋ねてきた。こんな具合に。
「何か心配であるの、りょうちゃん」
「幸福の紙はちゃんとよく読んでいるのかね。あれに従っておけば、心配などすぐ消えるよ」
両親、いや、彼らは正確には旧時代には両親とは呼ばず、義両親とでも呼んだのであろう。今の時代はみなそうだが、最適な両親をコンピュータが割り出し、最適な子供が配置されるのである。
つまりわたしは、旧時代には決して実現されることのなかった幸福な家庭で、幸福な子供として育ち、そしてこれからわたしも同じ道を辿るのであろう。それはとても良いことのはずだ。
親子関係で悩むこともなく、自分の適性について悩むこともなく、友人関係で悩むこともなく、進学関係でも就職関係でも、結婚についてだって思い煩うことはない。まして、餓えや貧しさなど、もはや死語にさえなりつつあるほど、幸福なわたしたちからは縁遠い言葉だ。
この世界は、幸福なのだ。榮あおいは、どうしてそれが分からなかったのだろう。そしてわたしはどうして、彼女の事が忘れられないのであろう。そして何よりも恐ろしい事実、わたしからも幸福が急速に失われつつあるのは、気が付けばあの幸福の紙をどこかへ捨ててしまいたくなる衝動に駆られるのは、何故であろうか。
わたしはぼんやりとそんな事を考えながら、誰にも気が付かれぬように、真夜中に家をそっと出る。明日、いや今日か、わたしは街中である女性と知り合い、やがて恋に落ち、結婚をするのだ。そして、誰もがそうしているように、幸福な生涯を送り、幸福のうちに死ぬ。
幸福の紙にそう書いてあるのだから、それはもう決まった事なのだ。それなのにわたしはどうして、それに逆らおうとしているのだろう。わたしはどこへ行こうとしているのだろう。こんな事をするなど、紙には一行も記されていないのに。
榮あおい。彼女の顔が、どうしても頭から離れない。彼女の不幸が、どうしても忘れられない。わたしは彼女を追って、そっと暗い夜道を辿り始めた。
わたしは、この幸福な世界を壊して、不幸な世界を作ることにした。




