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テレーズのために  作者: 久條 ユウキ
護衛の章:メフィスト・ワルツ
18/26

3.『偵察』

「今日はどうなさいますか?」

「街中に……えぇと、雑貨屋やブティックのある若年層向けのエリアに行きたいんですが」

「…………かしこまりました。ではそのように」


 田舎の小さな町などでは武器屋の隣に薬屋、雑貨屋、服屋、などといったように、一回りすれば必要な品が買い揃えられるような商店街があるのだが、帝都のような巨大な街になると武器屋は防具屋などと同じエリアに、薬屋は魔石屋などと同じエリア、雑貨屋やブティックは数多く存在するためエリア分けではなく、ターゲットの年齢層別に分けて街のあちこちに分散している。

 ということで、着いた初日にこの街の地図とにらめっこしていたテレーズの希望は、非常にわかりやすいものだった、のだが。


(まずは予備知識をつけた上で買い物に出向く……確かに不自然さはありませんね)


 そう、不自然さはない。

 つけた予備知識が、常識の範囲内であったなら……だ。


 テレーズが図書館で読み漁ったのは、このアルファード帝国に関するものだけでなく、隣国ミシェルナや彼女の生国であるアクセラ、更にその東の端にある小さな島国についての、主に地図や歴史書ばかり。

 その合間合間に息抜きのようにファッション情報誌だったり、食べ歩きマップだったりに目を通していたことから、いずれは街を歩きたいと言い出すだろうな、とはシルヴィにも想像はついていた。

 だがしかし、実際に年相応の令嬢らしい行き先を指定されてしまうと、この少女は一体何をしたいのかという疑問が先立ってしまい、返事をするのが数秒遅れてしまった。


 不自然さはない、ないからこそ不思議だったのだ。

 どうして、今そこに行きたいのか。そこに彼女の求める何があるのか、と。

 そう思ってしまう段階で、シルヴィもすっかりテレーズ式に慣れてしまったのだが、その辺りは今あえて考えないようにした。




 ショーウインドーをゆっくりと見て歩きながら、時折中を覗き込んで興味深そうに表情を緩める、プラチナブロンドの少女。

 彼女の今日の服装は、そこそこ財のあるご令嬢が着るようなフレアワンピースである。

 色は淡いブルー、腰に大きめのリボンを結んだデザインは、年齢相応の可愛らしさを演出している。

 道行く彼女と同年代、もしくは少し年上くらいの少女達もちらりちらりと視線を向けてくるほど、今のテレーズは愛らしい。

 もっとも、


「……このショールは西のシズーリ産ですか。確かにシズーリは織物がさかんですが……それにしてもこの値段はどうにも上乗せしすぎな気がしますね。……いくら外交が盛んではないと言っても、店側の利益が大きすぎないでしょうか」


「これはまた高いですね……皇帝陛下がお目に留めた工芸作家の作品ですか……お目に留めただけで、贔屓にしたとは書いてないわけですが、それにしても随分大胆な煽り文句ですね。それが本当なら、逆にこんな()()で売り出されるはずもないでしょうに。騙されてしまう購入者が軽率、ということなんでしょうか。不条理ですね」


 と、何処かの毒舌評論家のようなことを呟いているのを聞かれなければ、の話だ。


 なるほど、とシルヴィはそこでようやく今回のテレーズの意図を悟った。


「ワタクシ、お洋服が欲しいの」

「可愛らしい雑貨も揃えたいわ」


 というような少女らしいおねだりでないことはわかっていたが、彼女の狙いは更に斜め上……市場調査マーケティングリサーチであったようだ。

 それならば確かに、ここしばらく傍で見ていて感じ取った『テレーズ』の印象と合致する。


 合致するにはする、のだが……。


「シルヴィさん、そろそろ他のエリアも回ってみたいので案内してもらえますか?」

「…………何も買わなくてよろしいのですか?」


 一応、欲しいと言われれば上から下までひと揃え買い揃えられるだけのお金は用意してきた。

 だが少女は、緩々と首を横に振る。


「今の私には必要ありませんから」


 魔族は感情が希薄だと言われている。

 だがどうしてだか、寂しげな少女の双眸にシルヴィの胸が締め付けられるように痛んだ。

 と同時に、どうしてそこまで自分に自信がないのか。どうして他人を頼ろうとしないのか。そう詰ってやりたい気持ちも湧き上がってきたが、彼女はあまりに魔族らしくないその感情を黙殺した。




 次に、とテレーズが選んだのはやはりと言うべきか、魔石を取り扱う店が立ち並ぶエリアだった。

 魔石と言っても価値はそれぞれであるため、魔石屋以外でも薬屋や雑貨屋、宝飾店などで扱う場合もある。

 そのため彼女は最初に雑貨屋のあるエリアを希望して出向き、魔石以外でも予想以上の高値で売られていることを確認してから、本命の魔石屋に足を運んだというわけらしい。


「いらっしゃいませ」


 いくつかガラス越しに店内をのぞいてみて、テレーズが選んだのは比較的落ち着いた店構えの魔石屋だった。

 他の店のように派手派手しいディスプレイもなければ、『セール中!』という引っ掛けのような煽り文句も掲げていない。

 店員の対応も落ち着いたもので、見るからにイイところのお嬢様風である若年層の少女が入ってきたというのに、怪訝そうな顔も面倒そうな態度も見せず礼儀正しく一礼し、そのままカウンター内に留まっている。


 ひとまず店員は合格、とばかりにテレーズはゆっくりとショーケースを覗き込んでは、商品とその横につけられた説明文を見比べて、うんうんと頷きながら店内を歩き回っていく。

 傍から見ていても胡散臭いことこの上ないが、やはりデキた店員は嫌な顔ひとつせずその場を動かない。

 シルヴィも外よりは多少距離を縮め、お嬢様の傍付きメイドですという表情で、後をついて回りながら店員以外の気配がないか、怪しい動向はないか警戒する。



 天然ものを見終わって、さて次に人工魔石をとショーケースを移動したところで、彼女は初めて「あ、」と声を上げた。

 近寄って、シルヴィも斜め後方からショーケースの中を覗き込む、と。


「この指輪…………同じ、ですね」

「……えぇ。見た限りは、ですが」


 そこには、テレーズが右手の中指に嵌めているのと同じ色、同じデザインの指輪があった。

 注釈には、火の魔力をこめた人工魔石だと書いてある。

 産地までは書いていないが、少なくともトルク産ではないことは値段の安さからしてもほぼ間違いない。


「すみません、この指輪を少し見ていただきたいんですが」


 彼女はそれまで銅像と化していた店員を呼び、近寄ってきたところで徐に右手を差し出した。

 彼はルーペのようなものを懐から取り出し、「失礼」と断ってから彼女の中指に嵌った指輪をじっくりと覗き込んだり、外させて内側を見たりしていたが、ややあって僅かに表情を曇らせたまま


「同じもので間違いないでしょう」


 と、判断を下した。

 どうやら彼は、この指輪を天然ものだと偽って売りつけられたことまで見抜いたようだ。

 というのも、どうやら同じように『人工物』を『天然物』だと偽って高価に売りつける輩が後を絶たないらしく、仕入先にそれとなく注意を呼びかけてみるものの、やはりあちらも商売だからか完全に断ることはできないとのこと。

 しかしこのままでは悪い評判は『魔石屋』全体に及び、こちらの商売にも影響を及ぼす危険性があることから、軍に訴えようかどうしようかと仲間うちで悩んでいるらしい。




「……この指輪は、証拠品ということですね……」


 テレーズが右手を空にかざすと、真紅の魔石がキラリと光る。

 彼女がカーマインから『御守り代わりに』と貰ったものが、まさか不正の証拠品だとは。

 そんなものを堂々とつけて歩けば、いかにも狙ってくださいと言わんばかりである。

 そうしてこれ見よがしに見せびらかして歩き、不審な動きをした者を一網打尽にしようと言うのか……それとも大きな動きがあるまで放置するつもりか。

 囮にされていることはある程度わかっていたのだが、もし証拠品をわざわざ見せびらかすために渡されていたのなら、もっとわかりやすく大胆な行動に出るべきなのだろうか。


 あれこれと考えながら中央広場まで戻ってきたところで、ふとシルヴィが足を止めた。


「甘味はお好きですか?」

「…………は?」

「甘いものはお好きですか、と聞いたのですが」


 いいからさっさと答えろ、とドスのきいた副音声が聞こえた気がして、テレーズはこくこくと水飲み人形のように首を縦に振った。

 わかりました、と足早にどこかへ向かっていったシルヴィ、首を傾げる間に戻ってきたその手には焼きたてのクレープが握られている。


 どうぞ、と押し付ける勢いで差し出されたそれを受け取り、一口かじると甘い果物のソースが口いっぱいに広がって。

 ああそうか、とテレーズは気づいた。


(シルヴィさん、もしかして私を慰めようとしてくれた?)


 視線を向けても、黙々と己の手の中にあるクレープにかじりついている彼女の真意は見えてこない。

 だが、意地でもテレーズの方を見ないようにしようと視線を逸らしているその姿から、テレーズは何となく不器用な気遣いを悟って頬を緩めた。



 生まれてからずっと、必要とされずに育ってきた。

 テレーズを必要としてくれたのはヴェゼルだけで、彼もまた家同士の柵から抜け出せず彼女の傍から離れていってしまった。

 彼女にできるのは、生まれ持った高い魔力適性を生かすこと……そして貪欲に知識を求め、それを使って無難に面倒ごとを起こさないように振舞うこと、それだけだ。

 それだけだと、思い込もうとしていた。


 視野が狭かったのだ、周囲を見ようともせずに諦めるのはもうやめようと決めたばかりだというのに。


「…………綺麗」


 どうして気づかなかったのだろう。

 毎日見ているはずの邸の庭が、こんなにも綺麗だったなんて。

 決して華やかではないけれど、豪華でもないけれど、色とりどりの花が、木々の緑が、丁寧に刈り込まれた植え込みが、優しく迎えてくれていることに。


「……栄養のいい土のお陰でしょう。特別な土を使っていますから」

「そう、なんですか?」

「ええ。ですから……これほど喜んでいただけて、()()もきっと満足していますよ」


 庭師さんのことですか、という無邪気な質問にシルヴィは答えず、意味深に微笑んだ。




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