4.『羞恥』
「そこの美人な旅人さん!滅多に手に入らない、珍しい魔石のアクセサリーがいっぱいだよ。大きな街の魔石屋なんかじゃとても手が出ない一級品ばかりだ。特別に安くしとくから、売り切れる前に覗いてきな!」
「魔石の腕輪ー、魔石の指輪ー、魔石のペンダントもあるよ~。名入れのサービスもやってるから、旅の記念に是非どうぞ~」
当初朝食を摂ったらすぐ出立する予定だったテレーズとカーマインの二人は、しかし宿の女将の強い勧めでぐるりと村を一回りしていくことになった。
なんでもこの日はかねてから準備していた年に一回の祭りの日だということで、前日から宿泊していた商人らが朝早くから店を出したり、村の特産品で作ったフレッシュジュースや軽食の出店が並び始めていたりする。
確かに祭りがあるとは聞いていたが、正直田舎村の祭りといってもたかが知れているだろうと侮っていたカーマインは素直に驚き、祭り自体未経験のテレーズは興味津々といった様子である。
「なんだか魔石売りの店が多いですね。……この辺りの特産なんでしょうか?」
「確かに、トルク地方で時折採れる魔石は上質なものが多いと聞いたことはあるが。ただ、村祭りでここまで大々的に魔石を売り出していることには、少し違和感を感じるな」
聞いてみるか、とカーマインは魔石を取り扱う店の中でも一番広いスペースを取っている店に足を向け、しゃがみこんでまじまじと商品を眺め始めた。
その店は装身具のみならずインテリアなどに使えそうな鏡や置物なども置いてあり、その殆どに様々な色合いの魔石がはまっているのが見て取れる。
一般的な旅人が身につける旅装である簡素なシャツとズボン、そんなありふれた格好をしていても隠し切れない際立った美貌の男とそれに引けを取らない少女、という明らかにどこからどう見ても上客のにおいがする二人を前に、しかし店主は「いらっしゃい」と声をかけたきり何のアピールもせず、少し距離を置いている。
買って欲しいがあからさまにセールスして嫌がられたら困る、というスタンスなのかもしれない。
しばらくそうしてあれやこれやと物色しながら、カーマインの目は置いてある商品の価値を判定していく。
魔石を謳いながら違う石が紛れていないか、細工が雑ですぐ壊れそうなものはないか。
そうして一通り眺めたところで、ようやく彼はそのうちのひとつ……角度を変えて熱心に見ていた指輪を手に取り、「この魔石の効果は?」と店主に問いかけた。
「赤の魔石は一般的に火属性の魔力を浴びたものだと言われてますがね、そいつは火トカゲの生息地から採れたもんだそうですよ。アクセラ国で鑑定してもらったところによると、初級の火魔法であれば10回は使えるんじゃないか、ってことです」
「なるほど。この透明感、この色の濃さ、強ち誇大広告というわけでもなさそうだな。わかった、ではこれを貰おう」
「へい、毎度!」
嬉々として代金を受け取り、手早く箱に入れて包装までしてしまうその手つきは明らかに慣れている。
恐らく固定の店を持たず、祭りやイベントごとに出向いては出店で稼ぐタイプの商売人なのだろう。
そうして店主の態度が軟化したところで、カーマインはこの祭りにどうして魔石の出店が多いのか知っているか、と問いかけてみた。
「知ってるも何も……この祭り自体、魔石が大きく関わってますんでねぇ。というか、お客人は何も知らずにこの村に立ち寄られたんで?」
「あぁ。我々は今故郷に帰る途中でな、時間もあるのでゆっくり見聞して歩いているんだ。今日が祭りだというのも、着いてから知った話だ」
「そうなんですか。まぁ地方の村なんかじゃよくあるような、伝承めいた話なんですよ」
そう前置きして、店主はこの祭りの由来について語り始めた。
昔、今と同じように農耕が主だったこの村で、ある日一人の青年がキラキラと光る石を一粒拾って持ち帰ってきた。
偶然村に立ち寄ってきた鑑定スキルを持つ商人がそれを鑑定したところ、石はただの石ではなく上質の魔石であることがわかった。
青年は商人の言い値でそれを売り、そして愚かなことに欲をかいてもっともっと魔石を手に入れられないか、と考えた。
しかし、そこで悲劇は起きた。
実はその魔石は森の奥に住む魔物が生み出したものであり、青年が棲家を荒らしたことで怒った魔物が村を襲ったのだ。
村は壊滅的ダメージを受け、誰もがもうダメだと己の死を覚悟したその時。
一人の村娘が慌てたように家から駆け出してきたかと思うと、己の何倍も大きな魔物の前にその小さな掌を開いて見せた。
『これはお返し致します、申し訳ありませんでした。ですからどうか、怒りをお鎮めください』
それは、青年が魔物の棲家から盗んできた数粒の魔石だった。
娘の言葉が通じたのかどうかはわからない、だが魔物は彼女の差し出した魔石をぱくりと咥えて飲み込むと、そのまま棲家へと戻って行った。
飲み込まれたのは魔石だけではない……青年の恋人だった娘もまた、大きな魔物の口の中に飲み込まれ……悲鳴も、青年に対する恨み言すら言わず、尊い命を散らしてしまった。
そのことを深く嘆き哀しんだ青年はせめてもの償いにと村の復興に力を尽くし、そしてもう二度と魔石に目を眩ませることのないようにと、堅く心に誓ったのだそうだ。
「この祭りは元々鎮守祭と呼ばれてましてね、トルク地方で採れる魔石を魔物がいたという森に捧げて、向こう一年間の村の安全を祈願するものだったそうですよ。……とはいえまぁ、いるかどうかもわからん魔物に捧げるには、この地方の魔石は上質で尚且つ希少ですからね。今でも一応儀式は続けてるそうですが、その際はほら、こんな無色透明な価値の低い石を使ってると聞いてます」
ほら、と差し出されたのは商品が陳列されたラグの隅に置かれてあった、無色透明の石がついたピアス。
透明な石は生まれたての魔石であり、まだ何の魔力も溜め込んでいないただの石と言ってもいいシロモノだ。
ただの石と違うのはこれから魔力を溜め込むことができる容量がある、というだけ。
魔石としての価値は微塵もなく、故に人気もないためこうして隅っこに追いやられてしまったのだろう。
「……透明なのも綺麗なのに。勿体無い」
価値が低いから、誰も欲しがらないから、他に目を惹くものがあるから、そんな理由で隅に追いやられてしまった透明な魔石。
それはまるで、テレーズ自身のようだと彼女はそう感じた。
寂しげなその言葉に気づいた店主はおや、と目を見張り……そしてその透明な魔石のついたピアスを手早く拭き清め、どうぞと手袋をした手でカーマインに向けて差し出した。
「どうせ置いてあっても売れないんだ、そちらのお嬢さんに差し上げてくださいよ」
「何故私に差し出す?」
「旦那、わかってないですねぇ……誰だって、こんなおっさんよりはイイ男から贈り物された方が嬉しいに決まってますぜ。それに、お二人は所謂イイ仲なんでしょう?だったらなおさらだ、ほら受け取って受け取って」
イイ仲、と言われた二人は揃って顔を見合わせ、そしてどう反応していいかわからずに困り果てて視線を逸らした。
(散々、妻だとか夫婦だとか婚姻だとか言ってたのに……そんな反応されたら、困るわ)
彼ほどの王子様的な美貌を持つなら、これまで異性には不自由していなかったはずだ。
いくら竜人族にとって【唯一】が大事なものだとしても、半分人であるからにはそういった欲求もあるだろうし、何より寄ってくる女性が後を絶たないだろうから手馴れているだろう、とも思っていた。
だがこの様子を見る限りでは、どうやら彼はそういった方向について竜人族の血が濃く現れているらしい。
【唯一】と感じた相手以外をそういう目で見ることができなかった、ということなのだろう。
そう考えると途端に気恥ずかしさに襲われる。
彼の言う【唯一】とはつまり、テレーズ自身のことなのだ。
彼が女性として見るのも、妻として扱うのも、彼女一人。
不貞だの浮気だの目移りだの裏切りだの、そういったこととは全く無縁の運命の相手……それがテレーズなのだと、彼はそう言ってくれたのだから。
彼女に、彼に対する愛情や執着はまだない。
そのことが申し訳ないと思うくらいには、彼女は彼のことを信頼し始めている。
彼の存在を、心地よく感じ始めている。
今はまだ、それだけだ。
「これを。……お守り代わりだと思って受け取ってくれ」
差し出されたのは、先ほど購入した赤の魔石がはめられた指輪。
サイズは中指にピッタリだったため、彼女は「ありがとうございます」とそれを受け取り、指に嵌める。
日の光に透かすと、それはまるで彼の双眸のように真紅の鋭い光を放つ。
(御守り、というだけではないわね。きっとこれは、囮の意味もあるんだわ)
質のいい魔石が採れるというトルク産だという魔石の指輪、これを指につけていることで魔石を欲している連中の目を引くことができる。
彼があえてこれを『御守り』だと称したのは、いざとなればこの魔石の魔力を使っても構わないという意味だろう、とテレーズはそう解釈した。
そして、あの時おまけにと貰った透明なピアスを取り出し、それをそっと手で握りこむ。
魔力を持つ者は、魔石にその魔力を注ぐことができる。
魔力がそう多くない者ほどそうする傾向が高いようで、彼らはもし魔力切れを起こした時予備で使うためにと、あえて価値の低い魔石を購入してずっと身につけているのだという。
そういった魔力を注ぐ方法は知識としては知っていた、だが実践するのは初めてだ。
彼女は魔石を壊さないように緩々と魔力をこめていき、もうそれ以上魔力が流れないとわかった時点で手を開く。
そこには、深い青に染まった一対の魔石があった。
くるりと一回転させてみるが、どこにもひび割れや欠けは見当たらない。
「どうぞ。水の魔力をこめてあります。……その、使えるかどうかわかりませんが」
深い青に染まったそのピアスを彼の指がつまみ上げ、そして真紅の双眸が柔らかく細まった。
「ありがとう。…………君の色だな」
「…………」
言われて初めて、彼女は恥ずかしくなった。
どうにも彼といると、身体がむずむずするような気恥ずかしさを感じることが多い。
(私ったらなんてことを!……お互いの色を身につけるなんてまるで……)
意外と耳年増な彼女は知っていた。
そういうのを『バカップル』と呼ぶのだ、と。




