表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

天使の振る舞い。

 過日。

 僕と妻は東京の、震災の追悼イベントに参加していた。

 喪服を着た人々の、献花の列に並んでいた。


「あ」って、妻が叫んだ。


 その目線の先には、ひとりの外国人がいた。

 北欧系の、30代半ばぐらいの女性だった。


 彼女はひとり、地べたにしゃがみこんでいた。

 玉砂利の上に手をついて、嗚咽をこらえていた。


 誰のために泣いているのかはわからない。

 誰のために祈っていたのかもわからない。

 だけど彼女は泣いていた。

 一心不乱に祈っていた。


「……ありがとうって、言って来る」


 妻の決断は早かった。 

 一切の躊躇がなかった。

 女性に近寄り、肩を抱いた。

 二言三言、囁いた。

 女性の、弾かれたように驚いた顔が、印象に残った。


 やがて戻って来た妻は、事もなげにこう言った。


「ありがとうって、言って来た」


「……伝わったの?」

 半信半疑で、僕は聞いた。


「伝わったよ、絶対。心をこめたもん」


 ろくに英語も話せないくせに、迷いなく返答した。

 五月の晴天みたいに、晴れやかな顔をしていた。




 彼女には時々、そういうところがある。

 僕の想像を超え、天使じみた振る舞いをすることがある。


 あの時もそうだった。


「幸せだったね」

 ある時、彼女は言った。


「なんで過去系?」

 半笑いで、僕は聞いた。


「あの窓さ。富岡にいた頃の、台所の窓。わたしはいつも、文句を言ってたじゃん」

「うん」

「狭いし、スペースが狭いって」

「うん」

「でもさ、あの窓さ。ちょうどよかったんだよ」

「何を」

「○○ちゃんがジョギングするじゃん」

「うん」

「帰って来ると、音がするじゃん。砂利の音」

「うん」

「わたしが窓を開けると、ちょうど○○ちゃんがストレッチしてて、わたしに『ただいま』って言って、わたしが『お帰り』って言うじゃない」

「……うん」

「そのスペースさ、今から考えると、ちょうどよかったんだよ。ワンオンワンでさ。そんなことがさ、わたしは、幸せだったんだって、思ったんだ」

「……」


 僕はしばし、答えに窮した。

 彼女のイノセントな言葉が、僕の胸を突き刺した。

 

 そういうことが、よくあった。 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ