天使の振る舞い。
過日。
僕と妻は東京の、震災の追悼イベントに参加していた。
喪服を着た人々の、献花の列に並んでいた。
「あ」って、妻が叫んだ。
その目線の先には、ひとりの外国人がいた。
北欧系の、30代半ばぐらいの女性だった。
彼女はひとり、地べたにしゃがみこんでいた。
玉砂利の上に手をついて、嗚咽をこらえていた。
誰のために泣いているのかはわからない。
誰のために祈っていたのかもわからない。
だけど彼女は泣いていた。
一心不乱に祈っていた。
「……ありがとうって、言って来る」
妻の決断は早かった。
一切の躊躇がなかった。
女性に近寄り、肩を抱いた。
二言三言、囁いた。
女性の、弾かれたように驚いた顔が、印象に残った。
やがて戻って来た妻は、事もなげにこう言った。
「ありがとうって、言って来た」
「……伝わったの?」
半信半疑で、僕は聞いた。
「伝わったよ、絶対。心をこめたもん」
ろくに英語も話せないくせに、迷いなく返答した。
五月の晴天みたいに、晴れやかな顔をしていた。
彼女には時々、そういうところがある。
僕の想像を超え、天使じみた振る舞いをすることがある。
あの時もそうだった。
「幸せだったね」
ある時、彼女は言った。
「なんで過去系?」
半笑いで、僕は聞いた。
「あの窓さ。富岡にいた頃の、台所の窓。わたしはいつも、文句を言ってたじゃん」
「うん」
「狭いし、スペースが狭いって」
「うん」
「でもさ、あの窓さ。ちょうどよかったんだよ」
「何を」
「○○ちゃんがジョギングするじゃん」
「うん」
「帰って来ると、音がするじゃん。砂利の音」
「うん」
「わたしが窓を開けると、ちょうど○○ちゃんがストレッチしてて、わたしに『ただいま』って言って、わたしが『お帰り』って言うじゃない」
「……うん」
「そのスペースさ、今から考えると、ちょうどよかったんだよ。ワンオンワンでさ。そんなことがさ、わたしは、幸せだったんだって、思ったんだ」
「……」
僕はしばし、答えに窮した。
彼女のイノセントな言葉が、僕の胸を突き刺した。
そういうことが、よくあった。