今のこと
天高く馬肥ゆる秋。そんな言葉を思い出す空。天は高い。どこまでも、どこまでも。手を伸ばしてみても、届かない。握りしめた手は、何も掴めなかった。視線を感じてそちらを見やると、電線の上に烏がいた。指鉄砲。「ばーん」と声を出し、撃ったところで烏は首を傾げただけだった。通学途中の黄色い帽子を被った男の子たちが「変な姉ちゃん」と口々に言い合いながら歩いていく。黒いランドセルが光を吸い込んでいる。さて、私も行かなくてはならない。
私立桜桃女学園。ミッション系の偏差値の馬鹿高い女子校。ちなみに授業料も馬鹿高い。幼稚舎から大学まで純粋培養される生粋のお嬢様たちの箱庭である。私は高等部からの途中入学であり、最初は本気でごきげんようという挨拶をする人種がいることに驚愕した。そんな生活も3年目になると手慣れたもので、ごきげんようという挨拶もしっかりと存在するヒエラルキーも地雷を踏まないで軽やかにこなしている。ロシア人の母親ゆずりの容姿が目立つので不安だったが、でしゃばらず、謙虚に、控え目にしていたらそれなりの立ち位置まで至ることができた。バレンタインには後輩からチョコレードがたくさんもらえる。そこまでチョコレードは好きではないし、お返しがめんどくさいのだが、気持ちの問題と思うことにしている。
白いセーラー服に紺のタイをきちんと結び、校則を守った長めのスカートに学校指定のソックス。まさか中学生の頃はこのような生活を私がするとは思っていなかった。目を閉じると浮かぶ残像を振り切り、私は校門をくぐる。あちらこちらで「ごきげんよう」の声がする。私の目は、今を見なくてはならない。