告白
「玄くん、ちょぉ~といいかな?」
そう言って野球部の皆川から声をかけられたのは、なんだかいい気分で目覚めた朝のテンションをいい具合に持続させ気分良く学校での一日を終え、後は所用で職員室に行っている茜を待って家に帰るだけという時だった。
「なんだよ気持ち悪いな。
部活行かなくていいのか?もうすぐ大会があるんだろ」
「おお!部活は行くさ!行くけどちょっと聞きたいことがあってさ」
そう言って皆川は玄の肩を抱くようにして教室の隅へと連れて行く。
野球部で期待されている皆川は玄よりも10㎝近く背が高い上に身体自体も練習で鍛えられているため横幅も広い。
連れられていく玄を後ろから見たらちょっとしたいじめの現場にしか見えない。
だが、部活一辺倒の皆川とゲーム一辺倒の玄は対極の位置にいるようで仲はそれほど悪くはない。
それぞれ比重をかけている部分が違い過ぎるため一緒に遊んだり、話したりすることはあまりないがその道のスペシャリストとして互いに一目置いているからである。
「ここでいいのか?深刻な話なら場所を変えてもいいぞ」
ホームルームも終わりクラスメイト達は三々五々散り始めているがまだ半数ほどは教室内で雑談などに興じている。
教室の隅とは言え密談をするのに適しているとは言えない。
「あ~、まあいいさ。
ちょっと確認しておきたいことがあっただけだからさ」
「なんだ気持ち悪いな。
ゲーム以外のことは聞かれたって大概答えられないぞ」
「あぁ、分かってる。分かってるんだが…まあ、あれだ!」
なにごとも直球勝負が信条の皆川にしては随分と歯切れが悪い。
その歯切れの悪さに玄はなんとなく皆川の用件に気がついてしまった。
気がついてしまった以上は詭弁を弄して誤魔化すのは友人に対して不誠実。そう考えた玄は内心でびくびくしながら思い切って自分から切り出した。
「あ~そういうことか。…すまん、うすうすおまえの気持ちに気づいてない訳じゃなかったんだけど…
正確にははっきりと付き合うことになった訳じゃないが、茜にはもう了解をもらってある。
…近いうちにそうなると思う」
そう、皆川は森崎茜のことが好きだった。
別に皆川本人から打ち明けられた訳ではない。
だが、自分のことには鈍いが周囲の空気を読むことにはむしろ鋭い方の玄はうすうす感づいていた。
おそらく部活一辺倒だった皆川が自分に話しかけてきたのも、もともとは茜と仲の良い玄に近づくことで茜と接する機会を増やしたり情報収集がしたかったからだろう。
そして決定的だったのは昨年末に茜から相談を受けたことだった。
―――――――――――――――――
『ねぇ、玄。私、野球部の人に告白されたんだけど…どうしたらいいかな?』
もじもじと手をいじりながら相談してくる茜に玄は言葉を詰まらせる。
『…お、俺に聞かれても困る。
恋愛シュミレーションは苦手分野だからな』
『あ、あのさ、わ…私が…誰かと付き合っても構わない…の?』
そんな玄を問い詰めるように茜が一歩距離を詰める。
『だ…だから、なんでそれを俺に聞くんだ?
決めるのは俺じゃない。茜だろ』
『そ、そうだけど…』
突き放したような玄の回答にがっかりしたように茜は肩を落とした。
『まあ、野球部のマネとかになってゲーム同好会を辞められちゃうのは痛いけどな』
その空気に耐えきれずついこぼした冗談だった。
『そう…なんだ。わかった、もういい。玄に相談したのが間違いだった』
それが、決定的に茜の機嫌を損ねたらしく今まで見たこともない怖い目で玄を睨み付けたあとさっさとその場を去って行ってしまった。
おそらくあの時の相手が皆川だったのだろう(ちなみにその後しばらく茜は口をきいてくれなかった)。
「だぁ~!!やっぱりかぁ!
最近は更に仲が良さげだからもしかしてと思ってたらやっぱりそうだったのかぁ!
まさかゲームオタの玄と学年のアイドル森崎さんがくっつくとはなぁ!
くそ!完全に失恋だぜ!
まあこれですっきりと部活に打ち込めるってもんか!」
「ば!ばか!声がでかい!」
大袈裟にリアクションしながら大声で秘密を暴露する皆川の胸元を掴んで止めようとするが時既に遅し。
クラスに残っていた生徒達は1人残らず沈黙し、こちらを注視している。
そして間の悪いことにそんな状況の中、茜が職員室から戻ってくる。
「玄、おまたせ!帰ろ…う…って、なに?この空気」
次の瞬間クラスメイト達の時間が動き出す。
「茜!とうとう玄くんと付き合うことにしたの!?」
「森崎さん!なんでなんだよ!あんなゲームヲタじゃなくて俺と付き合ってくれ!」
「ねぇねぇほんとなのその話?ちょっと詳しく聞かせてよ!茜」
「まじかよ!嘘だと言ってくれよ~」
「え?え?え?…え~!!!」
人混みに埋もれていく茜を痛ましげに眺めながら玄は大きく溜息をつき、皆川のシャツから手を離した。
「やってくれたな…」
「へ!悪く思うなよ。俺は森崎さんの味方だからな。
『正確には』とか『いずれ』とか森崎さんに失礼すぎんだろおまえ。
悔しいが森崎さんがおまえのこと好きなのは聞かなくても分かってたしな」
「…もういい。おまえなんかさっさと部活行っちまえ」
「わかったわかった。
…玄、仲良くやれよ」
そう言って手を振って教室を出て行く皆川に玄はこめかみを押さえたまま追い払うように手を振った。
「あははは!そうだったんだ。
完全に皆川くんに一本取られたわね玄」
なんとかクラスメイト達の好奇心から逃げるように脱出しいつもの通り自転車に乗って帰る途中でことの顛末を説明された茜の第一声である。
「なんだか嬉しそうだな」
ぶすっとした顔で玄が背後に声をかけると玄の肩を掴んでいた茜の手が優しく肩を揉んでくる。
「そうね…冷やかされるのは凄く恥ずかしいけど、公認されるのはやっぱり嬉しいし…それに玄のことが好きなライバルとかに対してもちょっと安心するかな。
まぁ、私たちの現状も分かってたから不満は無いつもりだったんだけどね」
「そんなライバルいないって。
こんなゲームヲタでも良いなんてのはお前くらいだろ」
呆れたような玄の口調に茜は玄の後ろで微笑む。
玄はすぐに自分のことをゲームヲタクを理由に卑下する。
だが以前舞に言われたとおり、それでも玄とそれなりに関わりが出来ればその人となりをいいかもと思っている女子は意外と多いはずだと茜は思っている。
そしてそういう女の子達がこれをきっかけに本気になる前に諦めてくれるといいなぁなんて思ったりもする。
(まぁ、私がしっかりしてればいい話なんだけどね)
「どっちにしろ…親にも学校にもオープンになったんだったら俺達の間だけで意地張ってても意味ないかもな」
「うん、ちゃんとレン達のことに全力を尽くす。私たちの間にその気持ちがちゃんとしてれば付き合ってるとかどうとかの形は関係ないと思う」
「だな。
…結局俺がつまんない意地はってただけってことか。
悔しいけど皆川の方がおまえのことよく考えて分かってたのかもな。あぁ!もう!」
玄はなんとも言えない恥ずかしさで顔が火照ってくるのを感じ、それを誤魔化すためにペダルを踏む足に力を入れる。
「そうだね。皆川くん格好いいね」
笑いながら素直に認める茜の言葉に玄も自分より皆川の方が男気があると認めざるえない。
だがだからと言って茜が皆川を賞賛するのはなんだかおもしろくない。
そんな気持ちを発散すべく爆走する玄の後ろ姿を見て茜は微笑む。
最近はいつも自分ばかりがやきもきさせられていたので玄のその様子を見れて実はちょっと嬉しい。
「すねないの。私は皆川くんじゃなくて『玄が』好きなんだから」
その浮かれた気分のままいつもなら恥ずかしくて言えないようなことを『玄が』に力を込めて言って見る。
「あ~…それはど~も」
素っ気ない口調で返事をする玄だがそれが極度の照れだということは赤くなった耳で一目瞭然である。
「で、でもなんでおまえ皆川の告白断ったんだ?俺が言うのもなんだけど…良い奴だぞ」
そんな気持ちを落ち着けるためか玄が話題を変えてきたので茜もそこは乗ってあげることにする。
「う~ん、なんでだろう。
あの時はまだ玄のことが好きだっていう自覚は全くなかったし、皆川くんに何か不満があった訳じゃないのよ」
「…」
「ねぇ…玄。
私が相談した時のこと覚えてる?」
「…覚えてる」
「私、玄が『付き合うのかどうかを決めるのはお前だ』とか『付き合って野球部のマネになっちゃえば?』みたいなこと言われてなんか無性に腹がたっちゃって2、3日機嫌が悪かったの」
いや、そんなふうには言ってないだろうと思いながらも玄は確かにあの後しばらく口をきいてくれなかったのは確かなので黙って頷く。
「そしたら、それを見かねた舞が『あんた最近感じ悪いよ』って」
「お~、谷中さんらしいストレートな物言い」
「あはは、確かにね。でもちゃんとはっきり言ってくれるからいつも助かってる」
「良い友達だな」
「うん。で、その良い友達が私の話を聞いて言うのよ。
『あんたは玄くんに腹立ててるみたいだけど玄くんはなんにも悪くないじゃない。
そもそもそんな大事なことを女友達である私とかじゃなくてわざわざ玄くんに相談している時点でおかしいのよ。
あんたは大好きな玄くんに反対して欲しかっただけ、自分が誰かと付き合っちゃうかもよって玄くんに知らせて玄くんに危機感を持って欲しかっただけよ。
それが思い通りにいかなかくて拗ねるのはあんたの勝手だけど、それは玄くんのせいじゃないし、ましてやまわりに八つ当たりして迷惑をかけるのはもっと筋が違う』てね」
あの時玄は別に茜の相談に興味が無かった訳ではない。
だが玄は自分のヲタ属性を充分理解していたので誰かに告白するつもりも、誰かと付き合うつもりもなかっただけである。
そんな人間が内心では好意を持っている人が自分以外の誰かと付き合うのが嫌だと思っていたとしても反対など出来る訳ない。
かといって強がって付き合えばいいと勧めることもしたくはなかった。
その結果『自分で決めることだ』と答えるしか出来なかっただけだ。
「『別に玄のことが好きな訳じゃない!!』本当はそう言って舞に言い返してやりたかったんだけど…
結局言い返せなかったのよね。どうしても喉まで出かかったその言葉が口に出来なかった。
でも、自分の行動がまわりに迷惑かけてることだけは分かったからそこはすぐ反省したんだけど…」
そう言って茜は照れくさそうに笑う。
「そっか」
「うん。
そのあとに家でもいろいろ考えたんだけど…気がつくと考えてるのは皆川くんと付き合うかどうかじゃなくて、なんで玄に相談したんだろう?なんで玄の答えに腹が立ったんだろう?ってことばっかりだった。
つまり私の中では皆川くんに関することよりも玄に関することの方が大事だったってことよね。
それに気づいたらやっぱり皆川くんの気持ちには応えられない、応えちゃいけないんだって思ったの」
まさか玄は自分の独りよがりな自虐精神がまわりにそんな影響を与えているとは思っていなかった。
確かに谷中 舞が言うように玄の回答は当たり障りのない一般的な回答で責められるべきことではないのだろう。
だが、自分の気持ちを表に出さずに押し隠したために茜を傷つけ、茜の友達に嫌な思いをさせ、谷中 舞に親友を叱らせるはめになり、皆川の気持ちを中途半端なままにしてしまったような気がしたのだ。
玄は大きな溜息を一つつくと小さな公園に自転車を乗り入れて止めた。
住宅街に
「ん?どうしたの玄」
自転車が止まったのでステップから降りた茜が訝しげに問う。
「…こりゃ、確かに皆川を責める訳にはいかないな。はっきりしなかった俺が一番悪い」
それには答えず小さく呟いた玄は自転車を降りてスタンドを立てると茜へと振り返る。
「結局、俺が自分に自信が持てなかったことが悪いんだよな。
『人の目なんか気にしないで好きなことをする』って言ってるくせにどっかで引け目を感じてたんだ。
だから茜とのことも『なんであんなヲタが』とか言われたくなくて武幽電を言い訳にして皆に知られることを先延ばしにしたかったのかもしれない」
「玄…」
まっすぐに茜を見る玄の眼差しはこれ以上ないくらいに真摯であり、それを受け止めた茜はかつてないほどに自分の鼓動が激しくなっているのを感じる。
「よく考えてみれば恋人でいることと、期限付きで恋人らしいことをしないこととは矛盾しないよな」
そう言うと玄は自分を落ち着かせるように一度大きく息を吐く。
「約束…だったよな」
茜は小さく頷く。それは初めて2人の気持ちを確認したときに冗談交じりに押しつけた自分の願望。お互いの気持ちが確認出来た以上本当なら全く必要ない甘えのようなものだった。
「俺はお前が好きだ。皆川だろうと誰にだろうと譲るつもりはない。
俺と付き合ってくれ」
あまりにも真っ直ぐな告白に茜は嬉しさのあまり息が詰まったように言葉を失う。
すぐにでも返事をしたいのに今声を出すといろんなところから何かが溢れ出てしまう気がして口を開くことができない。
「え?駄目…じゃないよな?」
自分なりに一大決心の下にぶっ放した告白なのに返事もなく固まってしまった茜に徐々に不安になった玄のテンションがどんどん下がっていく。
それを見て茜は慌てて首をぶんぶんと横に振ると次の瞬間には感極まって玄に抱きついていた。
「…ありがと、玄。…大好き!」
想像以上に柔らかな感触、鼻腔をくすぐる微かな香り、今まで努めて意識しないようにしてきていた女としての部分を否応にも意識させられパニックで思考が停止しそうになった玄だが自分を抱きしめるその肩が僅かに震えているのに気がついた。
その途端、パニックを起こしかけていた脳内は急速に冷静になっていく。
同時に強ばっていた全身からもすっと力が抜けた。だから自然に茜の背中に優しく自分の腕を回すことが出来た。
「…泣くなって」
「うん」
「今まではっきりしなくてごめんな」
「うん」
「こんな駄目なヲタクだけどよろしくな」
「うん」
「…こんな愚図でのろまな亀だけど」
「うん」
「俺ってイカす?」
「うん」
「宝くじに当たるのに必要なのは?」
「うん」
「っていうか聞いてないだろ」
「うん」
「「……」」
一瞬の沈黙の後、どちらとも無く肩を震わせ始める。
ぷっ…くくくくく
身体の底から湧き上がってくる笑いの衝動に耐えきれなくなった2人はついに大きな声で笑いあうのだった。




