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三国志~武幽電~  作者: 伏(龍)


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現状確認

 その後、ホウ統の呼びかけで再び開かれた軍議において先日玄からホウ統にだけ告げられた事実が他のメンバーにも伝えられた。


 つまり、張松のおかげで拡がった到達エリアの中(綿竹関の南辺りに)に複数のマーカーが集まっている場所がある。


そこには最低でも3つ以上のマーカーが常に集中していること。


 3つを超えるマーカーが同一箇所に長時間表示されるということがシステム的どうおかしいのかということの説明。


 この状況があり得るとすればどんな可能性があるかという考察結果。


 1つめは同盟。


 2つめは相手を配下にした。

 

 3つめはなんらかの特技や必殺技による可能性。


 そして、最後に玄達がマーカーの主として可能性が高いと判断した武将名…


 そこに集まる武将達の先頭に立っているであろう人物。


 すなわち蜀の皇帝、劉備 玄徳、もしくは蜀の丞相、諸葛亮 孔明の可能性が高いということ。


 これらをホウ統は実に簡潔に分かりやすく周囲に説明したのである。


「翼徳の話に加え士元の推察…


 どうやら兄者があの先にいることは間違いないようだな」


「はい。やっとあの方に…」


「良かったわねレン。


 でも張松さんのこともあるし玄も言ってたけど再会が喜ばしい形になるかどうかはまだ分からないわよ」


 せっかくの気分に水を指された形になった孫仁だが、茜がわざと憎まれ役をかってくれているのを充分に分かっている。


 だから孫仁は素直にはいと頷く。


「玄よ。


 われらの傷はいつ癒えるか教えよ」


 玄は関羽の問いかけに頷くと関羽と孫仁のライフゲージを確認する。


 孫仁は周泰と華陀との激しい2連戦でレッドゾーン突入寸前。


 関羽に関しては結局、本気の仕合いにならなかったため張飛戦で受けた傷と許チョの攻撃から張飛を庇った傷。


 もし堀の中で土砂に巻き込まれていたらライフの全損すらあり得ただろうが蔡瑁のおかげでダメージを受けずに済んだためライフは半分近く残っている。


「関羽だけなら明日の夜には回復するけど、孫仁はさらにもう半日はかかると思う」


「私なら大丈夫です!」


 ライフは1日で約50%回復する。


 関羽だけならば明日の夜には回復し活動を開始出来るが孫仁の回復までを待てば、更に半日程度は行動が遅れることになる。


 劉備との再会を目前にして自分の怪我が関羽達の足を引っ張ってしまうことを気にしたのだろう。


 しかし、関羽はそんな孫仁に対して軽く手をあげ拒絶の意を示す。


「奥方。


 今回の戦、真にお見事でございました。


 周泰、華陀という名のある者達を相手に勝利したのは賞賛に値します」


 孫仁の健闘を讃えるつつも関羽の表情は険しい。


「ですが…


 もし奥方が万全の状態でなかったとしてもその者達に勝てたと言えますか」


 関羽の突き刺すような言葉に孫仁は小さく息を呑んだ。


 そしてためらうことなくゆっくりと首を横に振る。


「私にはそんな大それた力はありませぬ。


 どちらの戦いもほんの少し何かが変わっただけで私はこの場にいなかったはずです」


「レン。


 少しでも早く劉備さんに会いたい気持ちは分かるし、自分が原因で関羽さん達まで待たせてしまうという申し訳なさも分かるよ。


 だけど、だからこそ万全の状態でいることが必要だと思う。


 それは孫仁自身を守るということだけじゃない。


 劉備さんに何かがあった時に動ける自分である必要もあるのよ」


 孫仁はその言葉に僅かに目を見開くとやがて観念したように肩を落とす。


「関将軍や茜の言うとおりですね…


 自分の力が足りぬと後悔するのはもうしたくありません」


 孫仁の言葉に重々しく頷いた関羽は視線をホウ統へと向ける。


「士元」


「はい。


 これから明日の夜までは待機状態のまま傷を癒します。


 訓練は今まで通りしていただいても大丈夫です。


 明日の夕方頃には関羽将軍は傷が癒えますので戦闘はしないように気を配りながら綿竹を抜け南下します」


「さっきまで俺が塞いでたからな。


 あそこより南には敵はいないはずだぜ」


 張飛がひひんと鼻を鳴らして胸を反らせる。


「そうですね。


 その辺りは玄殿のれぇだぁでも確認済みです。


 それでも警戒は怠らずに南下し、人が集まっている区域の北側に隣接した区域に入ったところまで移動をお願い致します」


 綿竹はエリアの北側の境界線上に建てられていた。


 そして劉備達がいると思われるマーカーは2マス下の真ん中程の位置である。ということは丸々2マスと半分。


 この世界のマップが1マス10㎞四方なので直線にしてまだ25㎞は離れていることになる。


 さらに、この辺りは峻険な山岳地帯のため実際の距離感としてはもっとあるだろう。


「その日はそこで待機に戻ります。


翌日には奥方様も回復していますのでさらにその区域の逆端まで移動します」


 ホウ統は1日に1マスずつ10㎞を踏破していくことを想定しているのだろう。


「同区域に入ってしまえば相手に存在が知られてしまうのは避けられません。


 とは言っても当然周辺区域は踏破しているでしょうからもっと早期に存在は露見していると思います。


 ですがあれだけの数を抱えているにも関わらず今まで移動する素振りがない以上、少なくとも同区域に入らなければ我々を目指して移動してくることはないと考えています」


「ふむ…だが士元よ。


 少し慎重過ぎるのではないか」


 ホウ統の予定通りに行くならば劉備達と思われる集団に接敵するのは3日後ということになる。


 孫仁が全回復するのには1日半、移動に倍の時間をかける計算になってしまう。


「はい。


 ですがその日程ならば相手と対峙する日は玄殿と茜殿が終日共に戦えるのです」


「え?…あぁ、そっか。今日は水曜だから三日後は土曜で学校が休みだ」


「ていうかホウ統ってばいつの間に私たちの予定まで把握したのかしら」


 確かに玄はホウ統に学校に行っているため日中は動けないと伝えていた。


 だがホウ統が仲間になったのは今週の日曜日であり、その時は一週間先のことまで考える余裕はなかったため次の週末のことなど全く話題にしていなかった。


 それなのにホウ統が休日のことを知っているということは玄がぱらぱら漫画のように見せた本の数々や一緒に見ていたネットの画面などから学習したのだろう。


「相手の数から考えて、もし戦いになってしまった場合はそれなりの時間がかかることも考えられます。


 その場合玄殿と茜殿は生身ですから我らと違い怪我をしなくても疲労が蓄積していきます。


 夕方から夜半にかけて戦が長引けば玄殿達の疲労は無視出来なくなると思います」


「確かにそうですわね。


 茜もなかなか良い身体をしていますが…」


「ちょ!ちょっとレン!どこ見てるのよ!」


 じろじろと身体を眺め回す孫仁に茜は胸元を隠しながら顔を赤くする。


「ふふ、そうではありませんよ茜。


 もちろんあなたに女性的な魅力が無いというわけではありませんが」


 茜の勘違いに気づいた孫仁が口元を抑えて笑う。


「おまえなぁ…どう考えたって今の流れなら身体が鍛えられてるって意味だろ」


 呆れたように突っ込む玄に茜は『あ』と一声漏らしますます顔を赤くする。


「でもそれは、あくまでも平和な世の中でのこと…私たちと同じように茜と玄殿にも万全の状態で臨んでもらう為の行軍予定なのですね」


「はい」


 ホウ統の返事と同時に全員が自然と関羽を見る。


 方針を提案し、その理由まで述べたら最後の判断は関羽がする。これは誰が決めた訳でもなくいつの間にか決まっていたことだった。


 もちろんだからと言って関羽が否と言ったことをそのまま受け入れる訳ではない。だが関羽の了承なしで事を進めるということもまた無い。


 この軍の総大将は関羽だとこの場にいる誰もが認めている証拠だろう。

 

 関羽はそんな周囲の視線を受けつつ悠然と髭をしごくと僅かに黙考したのち口を開いた。


「…よかろう。


 士元の案を採用する」


「はい」


 関羽の承諾に歯切れ良い返事をしてホウ統は拝礼する。


「では関将軍。


 この間に多対1の立ち回りについてご教授くださいませ」


 話がまとまったと見るやすぐさま訓練の話を始める孫仁に関羽が顎髭を揺らす。


「承知しました。


 ですが奥方の傷が癒える前に負傷時の立ち回りについて少し訓練いたしましょう。


 幸いなことに今なら翼徳がいます。翼徳に訓練を見せておけばきっとおもしろい意見が聞けるはずです」


 天然の天才である張飛はどんな状況下においてもベストパフォーマンスを発揮する戦い方を自然と選択する。


 そんな張飛に戦い方を見てもらうことは今までの戦い方や、これからの戦い方について有益な助言を得られる可能性があるということだろう。


「なるほど…わかりました。


 張将軍よろしくお願いいたします」


「おう!よくわからねぇが任しとけ!」


 関羽の言葉に素直に頷き張飛へと頭を下げる孫仁をみながら関羽にしては珍しく小さな溜息をつく。


「問題は…


あやつの言うことをうまく翻訳出来るかどうかだな」

 

 関羽の漏らした深刻な呟きを類い希な聴力と認識力で唯一聞き取ったホウ統は玄と話しつつ思わず苦笑した。


 関羽の心配していることはそのままホウ統の心配でもあったからである。 



「じゃあ、今日はここまでかな」


「はい。関羽将軍達にはこのまま傷を癒しつつ訓練をして頂ければ良いと思います。


今後のことについてはひとまず私と玄殿で」


「ちょっと待ってよ!


 たまには私もホウ統さんとの会議に出たい」


 茜にしてみればなんだか小難しいことはいつもホウ統と玄の間で話し合われ、自分はいつも結果だけを聞いているような気がしていた。


 話を聞いても良く分からない可能性はかなりある。


 たとえそうだとしても自分だってちゃんと仲間の1人なのだから一緒に話し合いたかった。


「もちろん俺は構わないんだけど…


 今日のところは明日も学校あるし、そろそろ帰っておいた方がいいと思うぞ」


「え?」


 窓の外に向いた玄の視線を無意識に追いかけた茜の視界にすっかり暗くなった空が映る。


「うそっ! いつの間に!」


 慌てて目を落とした先の腕時計の短針はもうすぐ7を指そうとしていた。


「…確かに帰った方がよさそうね。


 お互いの親の目も一応気にしておかないとね」


 いくら玄の家だとは言っても平日から遅くまで入り浸るのは双方の親の印象を悪くしかねない。


 武幽電のことだけを考えれば別に構わないとも言えるが、玄との交際を大前提にしている茜にとっては看過できるものではない。


「打ち合わせた結果はちゃんと後で報告するよ。じゃあ、行くぞ」


 そう言って立ち上がった玄はすたすたと部屋を出て行く。


「ちょ、ちょっと待ってってば!じゃあレンまた明日ね」


 それを見て慌てて上着を拾った茜も訓練中の孫仁に一声かけて後を追う。


 しきりに夕食を勧める恵の誘いを丁重にお断りして玄宅を辞去し、玄の運転する自転車で自宅まで送ってもらった茜はふと思いついて自転車の向きを変えた玄を呼び止めた。


「ねぇ、玄」


「ん?どした」


「あの…さ


 う、うちの両親にも言っておいた方がいいわよね?」


「ん?何を?」


「だぁかぁらぁ……あんたと私が…その…つ、付き合うことになった…って。


 …まあ、今のところ実態は形だけだけど」


 いつもはきっぱりはっきりした茜が顔を赤くしながらもじもじとする姿に思わず『くらっ』としながらもかろうじて玄は「あぁ、そうだな」と素っ気なく答えることに成功する。


「そ、そうよね!うん、分かった。じゃあさっそく今日にでも伝えておくわ。


 そしたら明日の移動は私の部屋からでいいし…」


「あぁ…でも多分だけど」


 そんな報告を今までしたことのない茜はその場面を想像して嬉しいやら恥ずかしいやらな状況なのだろう。


 何かを言いかけた玄の言葉など耳に入らないかのように乙女モードに突入している。


 そんな茜を見て玄は苦笑しつつ「ま、いっか」と呟くと自転車に跨った。


「んじゃ、明日は俺が一旦帰ってVS 回収して茜の部屋からスタートってことでいいか」


「え?あ、うん分かった。じゃあ気をつけて帰ってね」


「おう」


 そう言って手を振りつつ去って行く玄が角を曲がって見えなくなるまで見送った茜は熱くなった頬をぱたぱたと仰ぎ、深呼吸をしてから玄関を開けた。


「ただいまぁ」


 靴を脱ぎリビングへと入るとちょうど茜の母がエプロンで手を拭きながら台所から出てくるところだった。


「あら、おかえりなさい。茜ちゃん。


 今日も玄くんちに行ってたのかしら?」


「う、うん…そう」


「相変わらず仲良しねぇ。ご飯はどうするの?」


「うん、食べる。


 …あの…さ。母さん。あのね、ちょっと話があるんだけど?」


「なあに?茜ちゃん。そんな改まっちゃって」


「え?いや、べ別に…たいしたことじゃないんだけど」


(しまった!)

 

 みるみる火照ってくる顔を母から隠すため視線を下げた茜は激しく後悔していた。


 母に報告するにしても先日の玄のように勢いでさらりと言ってしまうべきだった。


 そうすれば後は部屋にでも駆け込んでしまえば必要以上に狼狽えることもなかった。


 それなのに改まって話を切り出してしまったがために玄と付き合うという事実を必要以上に意識してしまったのである。


 そうなってくると今度は母に交際報告をするということにもなんだか訳の分からない恥ずかしさが込み上げてきてしまい肝心の言葉が言い出せなくなってしまった。


「珍しいわね、茜ちゃんが躊躇うなんて。いったい何かしら?」


「う、うん…」


「そんなに言いにくいことなの?まさか茜ちゃん悪いことじゃないわよね?」


「な!そ、そんなことしないわよ!自分の娘をもっと信用しなさいよ」


「そうよねぇ。茜ちゃんに限ってそんな訳ないわよねぇ。じゃあいったいなにかしらぁ。


 お勉強のこととか、あと『運動部に入ろうと思うの』とかっていうのもあるかしら?」


(もう!母さんたら暢気なんだから!これじゃ余計にちゃんと話せないじゃない!…ん?)


 内心で毒づいた茜は微かな違和感を感じた。


(ちょっと待って!娘が改まって話があるって言ってるのに黙って聞こうとしない親ってどうなのよ?


 正直うちならありえそうだけど…って待てぃ!)


 違和感に思考を巡らすことで頭に昇った血が下がり冷静さを取り戻してきたためだろう。


 下げた視線の先、母のふくよかボディが小刻みに震動していることに気がついた。


(わ、笑ってる?…まさか!)


 茜は最悪の予感を抱きながらこっそりと上目遣いに母の顔を覗き見る。


(…やっぱり!)


 微かに視界に入った母の顔は若干引きつり、明らかに笑いを堪え楽しんでいた。


 そう気づいた途端に下がったはずの血が今度は怒りで再び一気に上昇した。


「ちょっと茜ちゃん。大丈夫?急に大人しくなって…言いにくいなら別に今日でなくてもいいのよ」


 言葉だけは娘を気遣う優しい母親のものだが今の茜はそれが文字通りのものではないことに気がついてしまっている。そのためその言葉はさらに怒りを駆り立てるものでしかない。


(なるほどね…そう言うことか)


「ねぇ?母さん」


「何かしら?茜ちゃん」

 

 何かを抑えるかのような茜の声を聞いても母の態度に変化はない。


「もう『知ってる』のよね?」


 引き攣った笑みを浮かべながら顔を上げるとにんまりとしたいやらしい笑いを浮かべていた母が目を泳がせた。


「な、なんのことかしら~。


 あっといけない!お鍋、火にかけっぱなしだったわ」


「待って母さん。ほら、火なんてついてないじゃない」


 白々しい言い訳をしながら台所へ逃げようとする母の肩をがっしと掴むと台所を示す。


「知ってた!…のよね?


 おそらく恵さんから速攻で連絡が来て、昨日の段階から既に知ってたのよね?


 なのに!わ・ざ・と、私が言い出すまで知らない振りをして、私の反応を楽しみたかった…そうでしょ。ね~母さん」


「ほほほほ!何を言っているの茜ちゃん。


 玄くんと茜ちゃんがラブラブだなんてことは今に始まったことじゃないでしょ」


 茜のにこやかな追及に訳の分からないことを言って逃れようとする母に茜は笑顔で首を振る。


「うんうん、それはもういいの。


周りにそう見られていたことについてはもう諦めたから」


「あらまあ、ちょっと前まではムキになって否定してくれたのに。


 これじゃあ有耶無耶に出来ないじゃないの」


 まったく悪びれることもなく残念がる母親にこめかみをひくつかせながら母の肩を掴んだままの手にぎりぎりと力を込める。


 ただ茜の力ではどんなに力を込めても母のふくよかボディにダメージを与えることは出来ないのだが。


「娘が結構本気で重大報告するつもりだったのにそれをこんなふうに楽しもうとするのは駄目だと思わない?母さん」


「ほほほほ、まあいいじゃないの」


「よくない」


「茜ちゃん」


「今度はなによ!」


「おめでとう」


「え?…」


 優しく微笑みながら唐突に告げられた母の祝福の言葉は真心に満ち、本気の言葉であることは疑いようもなかった。


「あ、ありがとう」


 豹変した母の態度に完全に毒気を抜かれた形になった茜は溜息と共に脱力し、母の肩に食い込んでいた手を離した。


「茜、玄くんは良い子だし私も文句はないわ。


 でもあなたの人生はこれからなんだから玄くん1人にこだわる必要もないのよ」


 その言葉に思わず『む』と思った茜だが、これまでにない程にまじめな顔の母に反論はできなかった。


「もちろんあなたが今、大切に想ってる人とこれからもずっと一緒にいられるのが一番いいわ。


 でも辛くなってしまったら無理しては駄目よ」


 茜は父と結婚するまでの母の恋愛歴を知らないがそれなりにいろいろあったのであろうことを臭わせる言葉には重みがある。


 きっとこれは初めて恋人が出来た娘に対する母からの警告であり、エールなのだろう。


「後はたくさん楽しんで、たくさん喧嘩して、たくさん幸せにしてもらいなさい。


 がんばってね茜ちゃん」


「母さん…あ、あり」


 母の言葉に感動し思わずこぼれそうになる涙を堪えながら述べようとした感謝の言葉。


「でも『ヤる』ときは流されちゃ駄目よ!ちゃんと然るべき時期に然るべき場所で、ちゃんとした準備がある時にしなさいね!


 その辺は玄くんも理解してるとは思うけど、まだまだ若いし男の子だからブレーキが効かないこともあるかもしれませんからね。その辺はちゃんと茜ちゃんがリードして導いてあげないとね」


 茜の感謝の言葉に喰い気味に被せてきた母の教えが茜の中で消化されるまで約2秒。


「こ、この!セクハラ女ぁ!」


 羞恥と怒りでMAXまで増幅された茜の渾身のパンチが母のふくよかボディにめり込み母の高笑いが森崎家のリビングに響く。


 いつもと変わらない森崎家の日常だった。

 

     


―――――――――――――――――


 茜を送り届け自宅に帰った玄は自転車を施錠して玄関へと向かいながら茜の言葉を思い出す。


「報告っていってもどうせうちの母さんから既に知らせが行ってるんじゃないかなぁ…


 どうなることやら」


 茜の母の下ネタをものともしない豪快さを良く知っている玄はなんらかの形でからかわれているであろう茜に軽く同情しながら扉を開け帰宅。


 その後、ほぼ時を同じくして帰宅した父と共に3人で夕食を摂り入浴を済ませた後、テレビを見ながら両親とたわいもない話を交わし自室へと戻った。


「おまたせホウ統」


「いえ、もうよろしいのですか?」


「飯も食ったし、風呂も入ったし後は眠くなったら寝るだけ」


 ベッドへと腰をおろしながらホウ統に答える。


「食べて寝る。こんな身になるとそんな当たり前のことが人としてとても幸せなことだったんだと良く分かります」


 玄の軽い口調にあわせてホウ統も微笑みながら答える。


 2人とも悪来を失った悲しみから完全に立ち直ったとは言い難い。


 だがそれでも前を向くと決めた以上は暗い顔をしているのはマイナスでしかないと2人とも分かっていた。


「そっか…


 ホウ統達はもう食べたり、寝る必要がないんだもんな」


「はい」


 だが、だからと言ってホウ統は食事や睡眠が取れないことを苦にしている訳ではない。


 ホウ統達は食べる必要がないため空腹感は感じない。


 睡眠により疲労を回復することもないため眠くもならない。


 試しに目を閉じて寝ようとしてもいつまでも意識が落ちることはなかったらしい。


 だが彼らにはおいしいものを食べたときの喜びや睡眠を充分摂れた時の充足感は生前の記憶としてある。


 だから、それらがいかに大切なものだったのかということはよく分かるのだろう。


「だから玄殿は無理をせずしっかりと食べてゆっくりと休んでください」


 これは今回の戦いで玄がかなり疲労していることを見抜いたホウ統の気遣いだろう。


「うん、分かった。ありがとうホウ統。


 じゃあ明日以降の簡単な打ち合わせだけして、今日は寝ることにするよ」


 そして玄も時を追うごとに疲労を実感しつつあったため、ホウ統の言葉をありがたく受け入れることにする。


 結局ホウ統は玄と南下ルートや劉備と思われる人物の技の検討、そしてそれぞれの推測にたいする対抗策などを簡単に打ち合わせ玄を布団へと送り込んだ。


 ホウ統に就寝の挨拶をして布団に潜り込んだ玄は掛け布団を上げ、一息ついたと同時に眠りに落ちた。よほど疲れていたのだろう。


 眠りに落ちる玄を優しい笑顔で見守っていたホウ統は表情を引き締めると訓練をしている関羽達の下へと向かった。



「だからぁ!


 さっきから言ってるじゃねぇか!」


「翼徳。さすがにそれでは奥方も分かるまい。


 もう少し分かりやすく説明出来ぬのか?」


「あぁ?…うぅんとな


 だから、あれだろ?手がいてぇんだよな。それを気合いでがぁってやろうとすっと、うまくねぇ時があんだろ?


 そうすっと危ねぇから逆にそんときの動きをうひゃっと使うとむしろびゅぅ!て感じに出来るだろ!


そういうことだよ!」


「は、はぃ…」


 張飛の言葉の意味が理解できずに苦笑いを浮かべる孫仁。そして関羽はこめかみを揉んで肩を落とす。


 ホウ統が戻ってきたのはそんな場面の時だった。


「つまり、負傷した傷をそのままに無理にいつも通りの動きを取ろうとすると痛みや怪我の影響でいつも通りの動きが出来ないことがあり認識のずれから危険を招くことがある。


 ならば反射的に傷を庇おうとする無意識の動きに逆らわず、意図的に攻撃の中に組み込んでいけばむしろ今までよりも速い攻撃に繋がる。


 そういうことでよろしいですか?張飛将軍」


 張飛の言葉の内容を自分なりに推測して翻訳したホウ統が張飛に確認を求める。


「あぁ?あいかわらず軍師共の言ってることは何言ってるのかわかんねぇ!ガハハハハハハハッ!」


 しかし、今度は翻訳したホウ統の言葉の意味が理解できなかった張飛は理解自体を諦めて豪快に笑う。


「ふむ…士元の言った意味。奥方はわかりましたか?」


「はい!確かに張将軍の言葉を軍師殿の言葉に置き換えると妙にしっくり来ます」


「おそらくさらに要約すれば無意識の反射的な動きを意識的に使えるようになれば速度も攻撃の幅も広がるということ…か。


 理屈ではその通りだろうが、それをいとも簡単なことのように指摘するとは…わが義弟ながらたいした奴だ」


 例えば熱い物を触ってしまった時などに人は反射的に手を引く。


 その動きは無意識故に最速にして最適な動きに近いと言える。


 怪我をした身体を無理に動かそうとすれば痛みを避けようとする身体は反射的にその動きを抑制しようとする。


 もちろん関羽達程の武人になれば戦闘中は受けた傷の痛みなど無視して動き回れるだけの強い意志がある。


 だが、それは痛みを無視出来るということであって傷を受ける前と寸分違わぬ同じ動きが出来ると言うわけではない。


 そして、その僅かな差異が紙一重の戦いをしている中では生死を分けることはよくあることだった。

 

 そんな危険を冒すくらいならいっそのこと、その反射的な動きを自らの武の中に組み込んでしまえばいい。張飛が言っているのはそういうことだった。

 

「張将軍の言っていることは分かりましたがそれを実戦で使うのは難しいですね」


「確かに。


 いつどこにどの程度の怪我をするか分かっていればそれに備えた訓練も出来るやもしれんがな」

 

「馬っっ鹿だなぁ兄貴!


 難しく考えるから駄目なんだ。


『ここ斬ろうと思ったら痛ぇからやめた。やめたついでの勢いでじゃあこっちから斬ろう』

 

 これだけでいいんだぜ!」


「むぅ…」


 ヒヒンと鼻を鳴らしながら得意げに語る張飛に言葉に詰まる関羽。


 張飛の言うことはそれほど容易いことではない。


 おそらく張飛が言うその域に達するためには自らの身体のあらゆるところを手指のように操れるほどに身体能力を上げ、さらに常人離れした反射神経を要求されるはずだった。


「どうやら一朝一夕に身につけられるものではなさそうですな。奥方」


 溜息混じりの関羽の言葉に孫仁は微笑みながら頷く。


「はい。改めて張将軍の凄さを思い知らされました。


 ですが状況に応じて傷を庇わない動きをあえて選択するというのは自らの武にこだわりがちな窮地の時の動きに幅を持たせられます」


「むぅ…確かに自らの武に自信がある者ほど多少の傷を負っても自らの戦い方にこだわりたくなるものかもしれませぬな」


 孫仁の柔軟な思考に関羽が顎髭をしごきながら頷くとホウ統も口を開く。


「確かに名だたる将軍の方達の中では傷により戦い方を変えることが矜恃を傷つけると考える方は多いかもしれません。


 しかし、決まった武の形を持たない張飛将軍にはそのような矜恃は持ち得なかったのでしょう」


「は?『きょうじ』ってなんだ?


 そういや馬超のやつも言ってた気がするな」


「いえ、張飛将軍が強くて凄いという話です」


「お!なるほどな。なんだホウ統!おまえ世辞がうまいじゃねぇか!ガハハハハ!」


 難しい言葉の説明を最初から放棄し要点だけを回答したホウ統に張飛が豪快に謙遜する。


「む?翼徳。

 おまえ『世辞』がどういう意味だか分かっておるのか?」


「あ?知らねぇぜ!


 兄者が誉められたときに良く言ってただろ!


 だから真似してるだけだぜ!」

 

「む!」

「…まぁ」


 自信満々に答えた張飛に関羽は唸り、孫仁は苦笑しつつ声を漏らす。


「確かに兄者の口癖ではあったな…」


 懐かしそうに目を細めた関羽は当時を思い返す。


 それは放浪時代のことだった。


 旗揚げ以来劉備は少しずつ着実に名をあげてきた。


 血筋はよく品行方正。率いる軍も規模こそ小さかったが劉備を慕う士気の高い精鋭で更に関羽張飛と言った豪傑を要していた。


 それだけの力がありながら劉備は自らの力で立つことを重んじ権力者達の後ろ盾を得ようとはしなかった。


 劉備は劉備軍であることを何よりも大事にしていたのである。


 そのため軍の維持のため常に困窮しており、そこにつけ込み援助を申し出てその力を利用しようとする輩は後を断たなかった。


 劉備軍はそういう者達から支援を受け、時に協力することで軍を維持していたのである。


 そして、劉備はそういった者達が主催する宴席では劉備軍をもっと利用しようとする者達の世辞を嫌と言うほど浴び続けてきた。


 だが劉備はそんな世辞を真に受けのぼせ上がるようなことは無かった。その際に世辞を受け流すためによく使っていた言葉なのである。


「あの方はその頃の話をあまりしてくださいませんでした。


 関将軍達と耐え忍んだ雌伏の時を誇りに思っていることは間違いないようでしたが、それを女の私に言うことは気恥ずかしかったようです」


 孫仁の言葉に関羽は思わず声をだして笑う。


「それは仕方ありますまい。


 あのころの私たちはそれこそお世辞にも格好いいとは言えませんでしたからな。


 漢として自慢出来るようなものではありませぬ」


「何言ってんだ兄貴!


 俺はあの頃が一番楽しかったぜ!」


「ああ…そうだな翼徳。


 私とて兄者との思い出を思い起こすといつもあの頃のことが最初に浮かぶ」


「関将軍も張将軍もなんだかずるい気がします。


 私もその頃のあの方と一緒に過ごしたかったですわ」


「何言ってんだ奥さん。


 女のあんたは兄者とねやを共に出来るじゃねぇか!おあいこだよおあいこ!」

(※ねや- 寝室のこと)

「まぁ!」

「翼徳!」


「いだっ!なにすんだ兄貴!」


 張飛の言葉に顔を赤らめた孫仁、そして即座に連理で張飛の横面を打ち据えた関羽。


 それに抗議する張飛、そしてそれを見て笑う孫仁。


 いつもしかめ面をしていた関羽ですらもう何度も声を出して笑っている。


 それを見ていたホウ統は思わず目元が潤む。


(本当に良かったです。関将軍も張将軍もあんなに…)


 ホウ統は目元を抑えつつ振り返ると静かに寝息を立てている玄の顔を見る。


(玄殿…心より感謝いたします)


 ホウ統は玄に向かって小さく頭を下げた。


「ええぃ!もういい!おまえと戯れている場合ではなかった。


 奥方、不肖の義弟が失礼をいたしました。こやつは放っておいて訓練を始めましょう。


士元!訓練を始めるぞ」

  

「は、はい!ただいま参ります」


 慌てて関羽達の下へと戻っていくホウ統の背後で玄の寝顔が僅かに嬉しそうに微笑んだ。



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