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三国志~武幽電~  作者: 伏(龍)


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義兄弟

 見慣れた自分の部屋の天井を眺めて玄はこみ上げてくる何かを必死に堪えていた。


 それが悲しみなのか悔しさなのか怒りなのか涙なのかそれとも別の何かなのかははっきりしないが、叫び出したい程の衝動だった。


「玄…」


 そんな玄の様子を見つめる茜も同様の痛みを感じていたが、茜にとってはその痛みも辛いが、大切な人を失って傷つく玄を見ている方が辛かった。


 本当は玄を抱きしめお互いに励まし合いたい。


しかし、今の玄は傷ついていてもまだ折れていない。


 折れていないのに自分が彼女面して手をさしのべるのは自分の自己満足なだけで、ただの馴れ合いにしか過ぎない。


(私もしっかりしなきゃ!)


 茜は自らの顔をパチンと両手で挟むと部屋の中を見回す。


 そこには膝をつきうなだれるホウ統。


 袖で顔を隠し悲しみを堪える孫仁。


 連理を手に静かに目を閉じ仁王立ちしている関羽。


 そして、意識のないまま横たわる漆黒の巨馬…


 しかし、その場に張飛の姿はどこにもない。


 茜は胸を締め付けるような悲しみを必死に堪えながらあの瞬間を思い出す。



「おっけぇ!おっけ!


 このヘルプさまにお任せ!YO-!」


「ヘルプ!


 何か良い方法があるのか!」


 軽薄なヘルプの言葉に縋り付くように食いつく玄をヘルプはまあまあと手で宥めながら驚くべき方法を提案した。


「残念だがこのままでは悪来も張飛も助からないZE!


 だが、今すぐにならどっちか…いや張飛だけなら意識は残せる」


「どういうこと?」


「時間がないぜ!手短に説明するから即決してくれ。


 いいか、既に悪来は絶命してる。だが、悪来の最後の想いがあの馬の形を未だ留めてるんだ。


 張飛も既に末期状態で意識はない。こっからの回復も無理。後は死後にアイテムにするかどうかを選択出来るだけだ。


 だが!悪来が残してくれたこの馬の身体データがあれば張飛の魂を乗せ替えることが出来るかもだぜ!」


 玄はすぐさまヘルプの言いたいことを理解した。


 アイテムへの変化は生物型のアイテムに変化させる場合には相手を絶命させてからでは出来ない。


 残った身体を馬に変え、意識をそこに入れる必要があるためである。


 その理屈で行くと今の張飛は身体があっても意識が無いため馬の形には出来ても意識が残らないため生物型アイテムには変化できない。


 だが、悪来が馬の身体を残している今なら残った張飛の全てを意識を復活させることに費やすことができる。


 そのためには悪来と張飛どちらが消えてしまっても駄目だった。


 ヘルプの言うとおり確かに時間はない。


「関羽!」


 玄は全ての説明を省き、関羽に決断を委ねる。


 関羽は玄のその呼びかけの意図を正しく理解していた。


 何をどうして、どうなるのかをおそらく理解はしていないにもかかわらず全く迷いを見せずに頷いたのである。


「分かった!ヘルプやって!」


「応!YO-!」



 それから玄のヘルプが悪来の身体に張飛さんの魂を入れた…


 ヘルプはうまくいったって言ってたけど…張飛さんはまだ目を覚まさない。


 結局その場で目覚めるのを待つより、とにかく戻った方が良いということで部屋に戻って来たのよね。


 で、この状況。


 

 回想から戻った茜は小さく溜息をつくとまずは自分の相棒である孫仁に向かって話しかけることにした。


「レン、大丈夫?あなた悪来とは妙に気が合ってたから…」


 心配げな茜の声にぴくりと肩を反応させた孫仁は目元を袖でいささか乱暴にぬぐうと茜に微笑みかけた。


「はい。

 

 私も武家の娘。こういったことには慣れています」


 孫呉の姫として育った孫仁は確かに戦の中で孫家に仕えた漢達が死んでいくのを幾度も経験してきたのだろう。


 だが、悪来ほどに孫仁と常に対等に接した相手はいなかったはずだ。


 特に戦場において時には助け、時には助けられ、それを冗談のように貸しだ借りだと楽しそうにやりあっていた2人。


 そんな関係を世間ではなんと言い表すのだろう。


 茜は自分なりにその答えを見つけていた。


(多分…それは『戦友』って言うのよレン)

そして孫仁にとって悪来は紛れもなく初めて得た戦友だった。


 そんな相手を失って平気なはずはない。


「でも!」


 なおも言い募ろうとする茜に孫仁は優しい微笑みを浮かべて首を振る。


「わかっています。


 …ありがとう茜。


 ですが私に向かって悪来殿は最後に言ったのです。


『後は任せた』と…


 ならば私はその信頼を裏切る訳にはいきません」


 一体悪来は何をどう孫仁に任せたのか。


 即死に近い傷を受けていた悪来に細かいことを考えられる思考力は残っていなかったはずである。


 ただ一気に薄れゆく意識の中、僅かに捉えた孫仁の顔に反射的に出た言葉がそれだったのだろう。


 たったそれだけの言葉に悪来は全ての想いを込めたのだ。


 だから孫仁はその言葉に込められた信頼に応えたいと思ったのだ。


 具体的に何をすれば応えられたことになるのかは分からない。


 だから孫仁は自分で『もし傍に悪来殿がいたとしたら…その時に恥ずかしくない自分であること』がそうであると決めた。


 逆の立場なら自分も悪来にそうであって欲しい。そう考えたからだった。


「…うん、分かった」


 茜と話しているうちに自分の中で明確な形になっていなかった気持ちがはっきりと固まったのだろう。


 今の孫仁は悲しみを内に抱えつつも吹っ切れた表情をしている。


 それを見て茜も孫仁はもう大丈夫だと信じることが出来た。


 ひとまず胸を撫で下ろした茜は再び周囲を見回し、とある一点で視線を止めた。


「レン、ホウ統をお願い…」


 茜の言葉に促され小さく頷いた孫仁はホウ統へと歩み寄り声をかける。


「ホウ統軍師、お立ち下さい。


 あなたはそんなところでうなだれていてはなりません」

 

 失意のホウ統に向かってかけられた言葉は優しいものではない。


「わ、私は…わ、私のせいで…」


 顔をあげぬままホウ統が絞り出した言葉は自責の言葉だった。


(なんで!ホウ統のおかげで助かったことはたくさんあったけど、ホウ統がミスしたことなんて全くないのに!)


 ホウ統の言葉にたいして茜は即座に否定の言葉を思い浮かべる。


 ホウ統が戦場の全てを把握していてくれたからこそ華陀の針も見破れたし、蔡瑁の正体にも辿り着けたし、落石の計に全員が巻き込まれずに済んだのである。


 ホウ統がいてくれなければ玄達は今日全滅していた可能性すらあった。


「ホウ統軍師、あなたがいてくれたからこそ私達は今こうしてここに帰ってこれたのですよ。

 

 あなたの功は称えられるべきものです」


 同じことを孫仁も感じていたのだろう。


 茜が言いたかったのもまさにそのことだった。


「駄目です!


 私は…私は気付けた!いや、気付いたのに見過ごしたのです!


 あれほどまでに曹操殿に執着していた許チョ殿が張飛将軍を倒すことを決して諦めることはないと知っていたのに!


 許チョ殿は張飛将軍が死んだのかどうかを自分が戦場を離脱出来るようになったかどうかでいつでも確認出来たのです。


 ならばどんな状況にいようとも張飛将軍を倒すための何かを必ずしてくるのは必然。


 私は許チョ殿を倒しきるまでほんの僅かでも警戒を緩めてはいけなかったのです!


 ましてや許チョ殿の存在を失念するなど!


…あってはなりません。…悪来殿は私が」


パァン


 乾いた音と共に室内が静寂に包まれる。


 そしていつもの物静かな様子からは考えられないほどに取り乱していたホウ統が床に倒れていた。


「ちょ!レン!」


 孫仁の加減のない平手がホウ統の頬を捉え、その威力に堪えきれなかったホウ統は床へと叩きつけられるように倒れたのである。


「悪来殿を侮辱することは許しません!」


 床に倒れ伏したままのホウ統の肩が小刻みに揺れ、小さな嗚咽が聞こえる。


「悪来殿は自らの力と意志で出来ること、やれることを命を賭してやりきったのです。


 それを『誰かのせい』だなどと失礼にも程があります」


「……」


「あなたも同じですよホウ統。


 あなたがいつも全力で戦ってくれていることは皆が知っています。


 そんなあなたが気付けなかったことを誰が責められるのです。


 あなたが『まだ、もっと出来た』と思うのは構いません。


 それはきっとあなたを更に成長させてくれるはずです。


 ですがあのときは『出来なかった』のです。


 …どんなに悔しくてもそれは認めなければなりません。


 それが今のあなたの全てだったということなのですから…」


(厳しいけど…レンの言う通りね)


 孫仁の言葉の意味を理解した茜が小さく頷く。


 全員が手を抜かずに全力だった。


 その結果が今の現状である。


 時間と記憶を巻き戻して同じ場面を繰り返せたとしてもおそらく結果は同じだろう。


 それが今の、ホウ統だけではなくこの部屋にいる者達全員の実力なのだ。


 実力が足りなかったから悪来が生き残る未来を得られなかった。実力が足りなかったから張飛を人の姿で助けることが出来なかった。


 これからも後悔したくないのならばそれを認めた上でより強くなるしかない。


 孫仁が言っているのはそういうことだった。



 その言葉を背中で聞いていたホウ統の震えがいつの間にか治まっていた。


 ホウ統はもぞもぞと動きだし起き上がる直前に目元を拭うとしっかりとした足取りで立ち上がる。


 そしてゆっくりと孫仁に振り返ったその顔に茜は思わずドキリとさせられた。


(うん、格好いい。


 今までは大軍師と言ってもどこか幼い感じがしてたのに…なんか『漢』って感じになった気がする。)


 その決意に満ちた眼を孫仁と交わしたホウ統は静かに頭を下げた。


「この悔しさ…決して忘れません」


 孫仁は僅かに微笑みながら小さく頷いた。


 ホウ統は生前鳳雛、鳳凰の雛と呼ばれていた。


 だが、ホウ統は戦場で自ら策を奮う機会をあまり得ずして世を去ったため自らの失策で大きな物を失うことの怖さを頭では知っていも真に理解はしていなかった。


 だが今回本当の意味で策を奮うことの責任と怖さを理解したホウ統はもはや雛では駄目だということに気付いたのだ。


 その責任感が表情に表れたのだろう。


 茜はそんなホウ統を心から頼もしく感じる。


(三国時代の兵士達が名将や名参謀に感じていた気持ちってこういうものだったのかも…)


 そんなことを考えつつも茜はホウ統はもう大丈夫だと判断して孫仁に声をかける。


「レン」


「はい」


 孫仁は短く返事をすると茜の言いたいことを既に理解していたのか、ゆっくりと関羽の前へと移動する。


「関羽将軍」


 この部屋に戻ってきて以降、立ったまま眼を閉じ不動を貫いていた関羽がその呼びかけに眼を開けると胸の前で右拳を左手で覆うように組み頭を下げた。


「お見事でございました。


 まるで兄者の言葉を聞いているかのようでした」


「お戯れを…私の言葉は戦場で培われたものではありません。


 あの方ならばホウ統軍師に手をあげることも無かったでしょう」


 関羽の言葉に苦笑しつつ小さく首を振る孫仁。


 そんな孫仁に関羽は僅かに顎髭を揺らす。


 確かに孫仁とは違い劉備は常に戦場で戦い続けてきた人である。


 黄巾の乱に始まり、董卓討伐、徐州争奪戦、官渡の戦い、荊州での撤退戦、赤壁の戦い、荊州南郡平定戦、蜀平定戦、そして呉に対する関羽の復讐戦…


 だが劉備軍は常に小勢力だったため戦力は常に不足していた。


 そのため,何1つ楽な戦など無かった。


 そんな戦の中で劉備は数多くの仲間を得、そして失ってきたのだ。


 それだけの経験をしてきた劉備という漢ならばホウ統をもっと良い形で立ち直らせることが出来た。


 孫仁はそう信じていたのである。


 そしてまた関羽も劉備と共に,数多の戦を最前線で戦い抜いてきた漢だった。


 悪来を失ったことに何も感じていないということではないだろうが落ち込んでいる訳ではない。


 茜は黙ったままの関羽にそういう雰囲気を感じたのかもしれないが,それは勘違いだと孫仁は知っていた。


 だから悪来を失いはしたが,馬の身体となった張飛を得た自分たちが今後どうするべきかを思案していた関羽の名を孫仁はただ呼べば良かったのである。


 仮に関羽に喝を入れる必要があったとしても今回は既に関羽に喝を入れていた者達が既にいた。


 それは関羽が張飛を堀へと運ぶ際に投げ捨てて土砂に埋もれていたはずの連理である。


 孫策と大喬が変化した連理が今,関羽の手元にあるのは何も探し出して掘り起こしたからではない。


 玄達がフィールドを離脱する直前に連理の柄が土中から突き出ていることにホウ統が気がついたのである。


 あれだけの土砂の下敷きになって流された連理が巡り巡って偶然地表に出ていたなんてことは常識的に考えて有り得ない。


 おそらくそれは偃月刀に変化した孫策がまだ戦意を失っていないということだった。

 

 それは自分の武器に『まだ戦えるだろ?なら俺が必要なはずだ』と言われたに等しい。


 関羽にしてみればそんな喝は不必要なものだったが,ムードメーカーでもあった悪来の死は周囲にそんな心配を抱かせるほどに大きなものだったのだろう。

 

「あれ?


 関羽さんは別に落ち込んでる訳じゃなかったのね…」


 関羽と孫仁の雰囲気を見て自分の勘違いに気がついた茜は1人照れ笑いを浮かべつつさらに視線を巡らせる。


「となると後は…


 意識を取り戻さない張飛と…」


 意識が戻らない張飛は仕方がないので茜は再び玄に視線を向けた。


「あ」


 そこには思わず茜が声を漏らすほどに凛々しい玄がいた。


 自分の中で荒れ狂っていた衝動を乗り越えたのか抑えつけたのか、それとも昇華したのかは分からない。


 だが、孫仁やホウ統の新たなる決意が玄の力になったことは間違いないだろう。


(ふん、ひよこどもめ。


 少しはマシな顔になったようだな。悪来よ、お前に感謝しなければならんな)


 ホウ統と玄の顔を見た関羽は全く表に感情を出さぬまま笑った。


 思えばいつもそうだった。


 自分たちもいつも苦しい戦いで負けに負け続け、その度に悔しさを噛みしめながら強くなっていったのだ。


「ふん、ならば…おい!起きろ!翼徳」


 そう言うと関羽は意識を失ったままの漆黒の巨馬の後頭部に連理の石突きを茜が思わず目を覆う程の勢いでたたき込む。


「…だからぁ,普通はそれ死んじゃうレベルだってば!」


「いってぇ…相変わらず容赦ねぇな兄貴」


 茜がこぼした非難めいた呟きが馬鹿らしくなるほどに暢気な声が黒馬から漏れる。


「いい加減起きろ。


 そして現状を確認しろ翼徳」


「は?」


 関羽の言葉に首をかしげようとした張飛が自らの身体の違和感に気付く。


「なんだこりゃ?ってこりゃ蹄じゃねぇか!」


 起き上がろうとして伸ばした手の先が視界に入ったのだろう。


 さらに張飛は長くなった首をせわしなく動かし、自らの身体を確認していくとしばらく考え込む。


「あ~…つまり俺は馬になったってことか」


 関羽に視線を向けてそう問いかけた張飛に関羽は重々しく頷く。


「そうか!ま、そういうこともあらぁな!


 よっ!と」


 目が覚めたらいきなり馬になっていたという超常現象をそれだけですませた張飛は軽いかけ声と共に一気に起き上がった。


「え?」


 あまりにも軽々と起き上がった張飛に玄が思わず声を漏らす。


 なぜなら(当たり前だが)人間しかしたことのない者が急に骨格からなにから全く違う生き物になったらそう簡単にその身体を使いこなせないはずなのだ。


 普通の人間ならば一日で背丈が5センチ違ってしまっただけでもしばらくは違和感で動きが鈍るだろう。


 それが人から馬,更に武将達は武を究める過程で人体の効率の良い動かし方を骨の髄まで叩き込んでいる。


 その分更に違和感は大きくなっているはずだった。


 それがどれだけ大きなものかと言えば、あの悪来ですら最初は立ち上がることもままならなかったほどである。


 ただ、悪来も少し身体を動かしただけで動きは急激に良くなっていった。


 その理由としてはおそらく武人として自分自身の身体の制御の仕方を知悉していたからだろう。


 悪来ですら当初は戸惑った馬の身体に張飛はまったく苦を感じさせずに動いた。


 そのことに玄は驚きの声をあげたのである。


「なんでそんな普通に動けるの!


 馬だよ馬!今まで2足歩行だったのが四つ足だよ。


 退化したようなもんなのに!」


「はぁ?お前馬鹿だな。


 自分の身体を動かしただけじゃねぇか。不思議なことなんか何もねぇだろうが!」


「うっ…張飛に馬鹿にされた…」


 世に数ある三国志ゲームの中で張飛の『知力』関係のパラメータは軒並み底辺である。

 

 そんな張飛に馬鹿にされるというのは玄でなくてもショックだろう。


「玄殿。


 張飛将軍のすることに理屈を求めてはいけません」


 ホウ統は僅かに苦笑しながら達観した意見で玄を慰める。


「翼徳は学こそ無いが、こと武に関する限りは天才と言っていい。

 

 己の身体がどんな状態であろうとそれに対応した最適な動きを瞬時にすることが出来るのだろうよ」


「な、なるほど…」


 つまり、片手が使えなければ片手で戦う為の、足が動かなければ足を使わないで戦う為の合理的かつ最適な動きを即座にすることが出来るということだろう。


確かにそうであるなら旗持ちで片手が使えない時に旗槍術のような技を突然編み出してしまうのも頷ける。


「それでは一度現状を皆で確認しましょう。


 先の戦いの反省やまだ関羽将軍達にお伝えしていない情報もあります。


 それらを踏まえた上で今後の方針を決めます」


 はっきりとした言葉を紡ぐホウ統に張飛が馬の口にもかかわらず器用に口笛を吹く。

 

 張飛の記憶にあるホウ統はいつもおどおどとしていた。


 もし,あの時その実力を見ていなければいらいらしてすぐに怒鳴りつけてしまっていたはずである。


 そのホウ統が見違えてしまっていた。


 まだまだ足りない感じはあるが張飛の記憶の中にある最高の軍師諸葛亮の姿に近づいた。


 それを張飛は嬉しく思ったのだ。


「まずは先の戦いの顛末を張飛将軍に補足して頂きながら確認させてください」



「そうか…この身体は悪来が残してくれたものだったんだな」


 今回の一戦について話を終え、自らが馬の身体になった経緯を知った張飛が自分の身体を再度眺めて呟く。


「乗せてくれるっつう約束を守ってくれたんだな。


 けっ!義理がてぇ野郎だぜ!」


 僅かに目元を潤ませながら憎まれ口を叩く張飛を関羽が暖かい目で見守っている。


 関羽にとって再び義弟と共に過ごすことはどんなに望んでも二度と得られないはずだった時間である。


 姿こそ馬になってしまっていたが昔と変わらない張飛の姿を見ることが出来ることを関羽は喜ばしく感じているはずである。


 またそうでなくてはここまで必死に戦ってきた皆も報われない。


「翼徳」


 そんな関羽が呼びかけたその声は玄達には優しいものに聞こえ,本当に再会出来てよかったと思った。


 ビクッ!


 しかし,唯一声をかけられた張飛だけが緊張に身を固くしたのである。


「あ、兄貴?

 こうしてせっかく再会出来たんだし!な!わかるだろ!」


「なになに?どうしちゃったの張飛さん?」


 なぜ張飛が狼狽しているのかが全くわからない茜は玄の袖を引っ張り問いかける。


 だが玄にしたって理由などわからない。


「お前が兄者に顔向けが出来なくてあそこに陣取っていたのは分かった。


 兄者に合わせる顔がないのは我も同じ。それはよい。」


 関羽が顎髭をしごきながら訥々と語る。


「顔向け出来ないなりに兄者を守ろうとしたその思いは賞賛に値すると言ってもいい」


「お、おう…いや!そ、そんなことねぇ!俺は本当に馬鹿だからそれしか思いつかなかっただけでよ!」


「よいよい。


 おまえなりの必死な思いがわからぬ兄ではない。


 この世界に来てからのおまえの行動には何一つ落ち度はない。


 許チョに踊らされ私に蛇矛を向けたことすら気にしておらぬ」


 至って機嫌良さそうに話している関羽だがさすがにここまでくると玄達にもなにかがおかしいと気づく。


「もしかして関羽さん、もの凄く怒ってる?」


「た、多分」


 茜の問いかけにこわばった表情で玄は頷く。


「あ、兄貴…」


 まだ何一つ責められていないのに絶望的な声を漏らす張飛。


 関羽と深い絆で結ばれている張飛は呼ばれ方一つでその怒りを察したのだろう。


「す、すまねぇ!俺が悪かった」


 馬の身体で器用に土下座をする張飛を見下ろしながら関羽はため息をつく。


「何が悪かったのかわかっているのか?翼徳」


「………えっと、あれか?…いやあれは兄貴には知られてねぇはずだ。厳顔がしぶしぶ隠蔽工作を請け負ってくれたからな。


 じゃああれか?でもあれはたしか趙雲のやつに押しつけたから俺のせいじゃなくなってるはずだよな…」


「もうよい。わかっておらぬということが良く分かった」


 あれやこれやと思考を巡らせる張飛の独り言にさすがの関羽もこめかみを押さえる。


「おまえは何故死んだ?」


「あ…」


 関羽の静かな問いかけに張飛は小さな呻きを漏らしてうなだれる。


 関羽のその一言で関羽が何に対して怒っているのかを察したのだろう。


 張飛の死因それは関羽の死後、呉への報復戦を劉備に承諾させ戦の準備をしている最中に部下に寝首をかかれたことだ。


 張飛の部下であった張達と范彊はんきょうの裏切りの理由。


 それは張飛に3日以内に麾下の軍勢全員分の白装束を用意せよという無理な命令を受けたことに始まる。


 張飛にしてみれば関羽の弔い合戦として白装束に身を包んだ軍勢を率いるという案を良案だと思っていたのだろうが、命令を受けた側にしてみれば何万もの将兵全員分の白装束を3日以内に用意することなど到底出来る訳がない。


 張飛の部下達はそれでもなんとかしようと努力し、せめてもう数日期限を延ばして欲しいと張飛に上申したのである。


 だが運悪く張飛は大酒に酔っていた。そればかりではなく自分の案にも酔っていた。


 張飛は部下達を大喝し棒で叩きつけた上、「期日までに用意できなければ斬る」とまで脅した。


 そのため、張達・范彊は進退に窮まってしまう。


 その結果このまま味方である張飛に殺されるくらいならその張飛の首を土産に呉に降ることを選ぶのである。


「酒を呑み部下に狼藉を働くことは二度としないと我らと約していたことを忘れたとはよもや言うまいな」


「…すまねぇ」


 三国一の猛将が見る影もなくしょんぼりとしている。


「そっか…そんな約束があったんだ」


 会話を聞いていた玄が2人の邪魔にならないように小さな声で呟きながら頷く。


「どういうこと?」


「張飛の酒での失敗談とか暴走談は結構いろいろあるんだけど、ある時期からそんな話がほとんどなくなるんだ」


「じゃあその約束があったから?」


「今の話を聞くとそうっぽいね」


 関羽は項垂れた張飛を見下ろしながらなおも続ける。


「お前のその失態がどのような結果を招いたは聞いたか?」


「…詳しくじゃねぇが大体は知ってる。


 兄貴が死んだって聞いてかぁっとしちまって…俺ぁ約束を忘れちまった。


 兄貴を失ってあんなに傷ついていた兄者に俺は…」


 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら張飛は自責の言葉を吐き出す。


 その様子を見ていた関羽は大きく息を漏らすとしゃがみ込んで張飛の頭に手を乗せた。


「それが分かっているのならよい。


かくいう私もお前を責めることは出来ん。


 結局は私の驕りが荊州を失わせることになり、自らの命取りにもなったのだからな」


「兄貴…」


「二人で共に兄者に叱られに行こうではないか。翼徳」


 張飛へと優しい眼差しを向けながら顎髭を揺らす関羽。


「あぁ!そうだなぁ…そうなるといいなぁ兄貴!


 兄貴と一緒に兄者に怒られるなんていつ以来だろうな!」


「おいおい翼徳。


 われらは叱られにいくのだと言うのに」


 目をキラキラさせながら関羽と二人で怒られる場面を妄想する張飛に関羽は呆れたように苦笑する。


 だがその目は関羽自身も張飛と同じ気持ちだと言っていた。


「私もあの方に叱られに行くようなものですね」


 微笑みながら孫仁も呟く。


「それを言うならこれからと言うときに死んでしまった私もです」


「あらあら、それでは私たちは皆あの方に叱られに行くために戦っているのですね」


 微笑みながら孫仁は沈痛な表情を浮かべるホウ統の頬に優しく触れる。


「ちょっと強すぎましたか?」


「と、とんでもない!むしろ感謝しています。

 今まで靄がかかっていたような頭が妙にすっきりして、なんだか生まれ変わったような気分です」


 そう言って微笑むホウ統の顔がその言葉が嘘ではないことを証明している。


 大袈裟に首を振り感謝の言葉を述べるホウ統に孫仁は思わず目をみはり楽しそうに微笑む。


「そんなに感謝されてしまうのもなんだか申し訳ない気も致しますね」


 そんな孫仁につられるようにホウ統も笑みをこぼした。



「よし!ホウ統。


 これからの話にうつろう。


 例の件を皆に説明してもらっていいかな」


 それぞれの会話が一段落したのを見計らい玄はホウ統へと声をかけた。


 むしろこの話し合いはここからが本番なのだ。


 ホウ統もそれは理解しているのだろう。

 

「承知しました」


 表情を引き締めて頷いた。





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