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三国志~武幽電~  作者: 伏(龍)


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永別

「玄、次の我らの動きはいかにする」


 蔡瑁の最後の一粒が完全に消え去るまで全員がそれを見つめていたがそのしんみりとした空気をそんなものを全く気にしない関羽の一言が破る。


「え?…ああ、そっか。


 えとひとまず張飛がそんな状態じゃ危ないし、積もる話は後回しにしよう」


 既に自分で身体を起こすことも出来ない張飛はおそらく僅かなかすり傷でもライフゲージを全損する可能性が高い。


 なるべく早く待機状態に戻して体力を回復させる必要がある。


 そうすればおそらく今は失った形になっている右腕も再生するはずだった。


「でも今は俺たちと形の上では戦闘状態にあるからこのままじゃ戻れない。


 降伏して貰うのは可能だけど、頭脳労働が主体のホウ統の時と違って武闘派の張飛を降伏武将扱いにしてしまうのは能力面の関係からしたくないんだ」


 降伏した武将の能力値はプレイヤーキャラだった時より著しく制限される。


 ライフゲージの半減に加えて能力値が3分の1になってしまうのである。


 万夫不当と言われた豪傑張飛をそんなことにしてしまうのはあまりにももったいない。


「じゃあ残るは同盟?」


 茜の言葉に頷く玄。


「うん…確かにそうなんだけど」


「僕たちは既に同盟枠を使い切ってるってことだね」


「あ!そっか…」


 煮え切らない返事をする玄の後を継いだ武仁の言葉に茜が声をあげる。


「そう、同盟は3名までしか組めないんだ」


「そうであったか。


 ならば我らは一度同盟から抜けよう」


 玄達の会話をじっと聞いていた馬超が長槍を背負い直しながら提案する。


「構わぬな、竹」


「僕は馬超がいいなら文句はないよ」


 馬超の意志を尊重するとしながらも武仁は内心でほっと胸を撫で下ろしていた。


(正直こんな仲良しごっこみたいな関係は…好きじゃない)


 それがどんなに簡単に壊れるものかを身を以て知っている武仁にはあまり居心地は良くなかったのだろう。


「張飛殿、この綿竹の先に劉備殿がおられるのだな」


「…あぁ。


 あっちから来た永年に聞いたから間違いねぇ」


 馬超の問いかけに寝たきりの張飛が力なく答える。


「ふむ、やはり張松は兄者の居所を知っていたのだな」


「ですが、それならばどうして張松殿はあの方の下を離れたのでしょう?」


 孫仁が小さく首をかしげる。


「わからねぇ!


 だが永年のやつは何か違和感を感じたらしいぜ!」


「違和感…ですか?」


「まあ、あいつは兄者とはほんのちょっとしか一緒にいなかったしな!


 あいつが生きてた頃の兄者とはべつもんだと思っても仕方ねぇさ!」


「ほ、本当にそうでしょうか…


 張松殿は自らの風貌に自信がありませんでした。


 わ、私もそうですが…」


 そう言ってホウ統は自らの顔の傷をなぞる。


「そ、そういう人は他人の視線や顔色、場の空気などに敏感になりがちです」


「それってやっぱり周りの目を気にしちゃうから?」


 茜の言葉にホウ統が僅かに自嘲の笑みを浮かべて頷く。


「な、情けないことです。


 誰もが自分を見ている訳ではないのに一度気になり出すと被害妄想だけが膨らんでしまうのです」


「ふむ。


 そんな張松だからこそ人を美醜で判断した曹操ではなく兄者を選んだのだな」


 劉備の徳を褒め称える関羽に張飛が下から口を挟む。


「まぁ、その兄者もホウ統があんまりにも頼りなさ過ぎて最初は地方の県令に任命したんだけどな」


 がははと笑う張飛にホウ統が昔を懐かしむ眼を向ける。


「はい。


 赴任地でも私の風貌と態度を怪しんだ民が信用してくれなかったので全く仕事が片付かなくて途方に暮れていたところに張飛将軍がいらしてくれたのでした」


「そうだったなぁ!


 言うこと聞かない奴らに俺がお前の言うとおりに指示をしてやったんだった。


 そしたら!本当にあっという間に仕事が片付いていったっけな!


 あれは爽快だったぜ!」


 その後、ホウ統の力の片鱗を実感した張飛はすぐさま劉備の下へと帰りホウ統をもっと重職に就けるように進言するのである。


「そう言えば兄者はその一件を酷く恥じておられた。


『あやうく天下の傑物を掌中から逃すところだった』とな。


 もともとあまり人を身分や外見などでは差別しない兄者だったがそれ以後は更に人の本質を見るように努めるようになった」


「はい、だからこそ張松殿は劉備殿に感激し劉備殿に蜀を託したいと思ったのでしょう。


 そんな張松殿が玄徳様に違和感を感じたと言うのならばその言葉は無視する訳にはいかないと思うのです」


 ホウ統の言葉に孫仁も頷きを返す。


「そうですね。


 たとえあの方がどんなことになっていたとしても狼狽えないように張松殿は私たちに覚悟のなんたるかを身を以て教えてくれたのでしょう」


「ふむ、ならば私も張松殿の忠告をしかと受け止めて行かねばな」


 孫仁の言葉に長槍を背負って旅仕度を調えた馬超が重々しく頷く。


「竹さん、今同盟を解除してしまうと戦闘状態に入ってしまうので一応エリアを一つ移動してから同盟解除の操作をお願いします」


「そうだね。


 疑う訳じゃないけど、解除と同時に襲われる可能性も無い訳じゃないしね」


 玄の懸念を即座に理解した武仁に玄は内心で唸る。


(確かにその通りだけど…なんかトゲがある気がするなぁ)


「じゃあ馬超僕らは行こう」


 玄の内心の葛藤などどこ吹く風で竹はドライに出発を宣言する。


「承知した。


 では一足先に行かせて貰うとしよう。


 関羽殿、張飛殿何か分かれば竹を通じて伝えます」


 髭をしごきながら頷く関羽と一瞬だけ目を合わせた馬超は次の瞬間身を翻し穴の底から駆けだして行った。


「私たちはどうするの玄?」


 その姿を見送った茜の問いかけに玄は頷く。


「うん、とりあえず待機して馬超から同盟解除されたら張飛と同盟を組んで張飛を待機状態に戻す。


 そのタイミングで俺たちも1回待機に戻って今後の話は傷を癒しながらそっちでやろう」


 今回の戦いでは張飛はもとより、関羽や孫仁も少なからず負傷している。


 不測の事態を避けるためにもなるべく早く待機状態に戻す必要がある。


 この場を立ち去った馬超はあまりライフは減っていなかったはずだが、それでも同盟解除後は一度待機状態に戻すだろう。


 一度死んでしまえば終わりのこのゲームではどれだけ慎重を重ねても慎重過ぎるということはない。


「ホウ統、張飛には俺たちの声は聞こえてないはずだからちょっと聞いて欲しいんだけど」


「は、はい。何でしょうか?」


「張飛の操者が俺たちの同盟に賛成してくれるのかどうか」


 張飛自体は関羽と共に行くことをもはや躊躇わないだろうが、本来張飛を操作するはずの人間もそうだとは限らない。


 ゲームのキャラとして張飛自身が存在する以上、張飛の意志だけではどうにもならない。


 張飛の操者が話の分かる人物であることを願うしかない。


 ホウ統は玄の問いかけの意味を正しく理解しそれを張飛へと伝える。


 しかし、ホウ統の問いかけに返ってきた張飛の答えは恐るべきものだった。



「いねぇぜ!そんなもの」



「な!そんな馬鹿な!そんな訳…


 じゃあ張飛はNPCだってこと?」


 NPCノンプレイヤーキャラクターというのはゲームの世界では良く聞く言葉であり、プレイヤー(つまり人間)が操作しないキャラクターは全てNPCである。


 だが、この武幽電というゲームにはNPCはいないと玄は考えていた。


 あくまで玄達の推測に過ぎないが、この世界は電脳世界と現実世界、そして魂の世界(ざっくりと言えばあの世)、3つの世界を巻き込んだ制作者の壮大な実験場である。


 そしてその目的はおそらく操者にゲームを楽しませることではない。


 未だ玄達の推測に過ぎないが、


『強固な意志を持った豪傑や知将達にこの環境下で命がけの戦いをさせることで現代の常識では考えられないような何かを生み出すこと』。


 そのために過去の英雄達や現代の人間達を様々な形で争わせているのではないかと考えていた。


 そして、既にゲームではあり得ない状況が実際にいくつも起きている。


 それは魂の電子データ化から始まり、武将達が自らの意志でアイテムへ変化するなどのシステムの上書きとも言える抵抗。


 操者の束縛を嫌った武将達がやはり自らの意志で操者の操作に抗い始めたこと。


 そしてついには武幽電という世界から電脳世界へと自力で抜け出し、さらには現実世界にすら影響を及ぼし始めている。


 これらの異常事態こそが制作者の目的だとすれば、制作者側はゲームのストーリー進行(そもそも武幽電にはストーリー性は皆無だが)を円滑に進める必要もゲームバランスの調整等も全く必要ない。


 最低限必要だと思われる情報だけをヘルプ機能で知らせることが出来れば事は足りてしまうのである。


「あぁ違う違う!


 いねぇっつうのは最初からいなかった訳じゃねぇ」


 玄と同じように考えたホウ統の再度の問いかけに対して張飛が首を振る。


「で、では張飛将軍にも最初は誰かいたのですね」


「まあな!確かに最初はいたんだが、たいした野郎でもないのに俺様に偉そうに命令ばっかりしやがるからちょいと撫でてやったら派手に吹っ飛んでたぜ」


「翼徳よ。


 確かにあちらの人間を殴ったのか?」


 玄達と触れ合ったことなどない関羽が髭をしごきながら眉を寄せる。


「ん~よくわかんねぇ!


 手応えは無かった気がするんだが、奴は確かに吹っ飛んだからな。


 殴ったんじゃねぇのか?」


「ちょ、張飛将軍。そ、その方はその後どうなったのでしょうか」


「あ?知らねぇぜ。


 なんか透明な壁を突き破って見えなくなっちまったからな。


 だがその後に誰かが服を取りに来たりしてたみてぇだし生きてるんじゃねぇか」


 とんでもない事実をがははと笑いながら語る張飛を見て軽い頭痛を感じた玄は溜息をつきながらこめかみを揉む。


「ホウ統、どう思う?」


「おそらくですが、張飛将軍はその時実際には操者の方を殴ってはいないと思います」


「理由は?」


「張飛将軍が鍛えていない現代の人間を殴ったらよくて首が折れて即死、悪くすれば身体ではなく首から上だけが吹き飛びます」


「うへぇ、なんかとんでもない理由だけど妙に納得できるのが嫌ね」


 普通なら理由にならないような理由だが妙に納得してしまった茜がその状況を想像して顔をしかめる。


「じゃあ、なんで張飛の操者は窓ガラスを突き破る程の勢いで吹き飛んだんだろう?」


 重くなりそうな場の雰囲気を幾分軽くしてくれた茜の気遣いに内心で感謝しつつ玄は疑問をこぼす。


「げ、玄殿、おそらくその答えは既に玄殿の身体が知っているのではないでしょうか?」


「え?」


 思いがけずかけられたホウ統の言葉に玄は間の抜けた声を漏らす。


「…俺が知ってる?」


 思い当たる節は全く無かったが天下の大軍師ホウ統がなんの根拠もなくそんなことを言ってくるとは思えない。


 ならば、とこのゲームを始めてからのことを思い出してみようかと考えた時ひらめいた。


「あ!…そうか、そういえばさっきも」


「なになに?どういうこと?それって私も知ってるもの?」


 何かを気づいた玄の袖を茜が引っ張る。


 現実世界に影響することだけに茜も気になる部分なのだろう。


「多分…な。


 さっきの土砂崩れ凄かったよな」


「え?うん、確かに凄かったわね。


 地響き?とか震動とか本当にリアルで思わず逃げ出しそうになったもの。


 …でも、それって関係あるの?」


「茜、あれはあくまでVSから投射された映像なんだ。


 音は出ても部屋は揺れてない」


「え?」


「本当にあれだけ揺れてたらうちの母親が俺たちの様子を見に来てもおかしくない」


「あ!なるほど…」


 茜が思わず口に手を当てて目を見開く。


「ホウ統、つまりは思いこみ。


 暗示みたいなものってこと?」


 ホウ統が頷く。


「はい、人の身体は精神と密接に繋がっています。

 

 強い想いは時に肉体へも作用することがあります」


「確か…ただの鉛筆をもの凄く熱した鉄の棒だと信じ込ませて押しつけると本当に火傷したかのように水ぶくれが出来たりすることがあるって聞いたことがある」


「お恥ずかしい話ですが、そのような手法は私達の時代では拷問の一種として使われていたのです。


 劉備殿は拷問自体がお嫌いで密偵や刺客などを捕らえても決してそういったことはするなと厳命していましたが…」


 ホウ統が目を伏せ言葉を濁らせる。


「士元、戦乱の世であった。


 主君の命に背いてでもやらねばならぬこともある」


 急に歯切れの悪くなったホウ統の言葉を関羽が引き継ぐ。


 それは単に過去の事実を述べただけのような簡潔な言葉。


 しかし、劉備ために劉備の意に背いてまで手を汚してきたホウ統を擁護する言葉でもあった。


 確かにホウ統は自分が立ち会える間者の拷問全てに立ち会っていた。


 当然それは拷問がしたいからでも、楽しいからでもない。


自分が立ち会うことで問いに対する間者の僅かな反応から素早く真実を見抜くことで無駄な拷問を無くし、少しでも軽く早く終わらせるためだった。


 その事実を関羽ももちろん知っていたからこその言葉なのだろう。


 そんな関羽の気持ちを察しホウ統は小さく「はい」と答え背筋を伸ばす。


「確かにあり得る。


 だとすれば張飛の操者はあまりにもリアルな張飛に本当に殴られたと思いこんでしまった。


 それに身体が無意識に反応して自分で吹っ飛んだってこと…か」


「…で、現在も入院中ってこと?


 じゃあVSはどうなってるの」


「うん…それも気になるけど、そもそもどうやって張飛は待機状態と戦場への往復をしてるのかが一番の問題かな。ホウ統」


 玄の呼びかけに小さく頷いたホウ統が更に張飛へと問いかける。


「張飛将軍、ここにいると体力が回復しないというのはご存知だと思うのですが回復出来る場所へはどのように移動しているのですか」


「ん?

 

 空中ぶん殴ると文字が出てくるだろ。その中のこの辺にあるやつをもう一回殴ると行き来が出来るんだぜ」


 起き上がれない為、寝ながら空中に手をぶらぶらさせる張飛の言っていることは今ひとつよく分からない。


「ごめんホウ統、訳して」


「はい、その前に一つだけ。


 張飛将軍、それを教えてくれたのは誰ですか?」


「ああ、羽のついたちいせぇ女だったぜ」


 張飛の言葉に玄と茜は顔を見合わせる。


「それって私のソフトに最初にいたやつよね?」


「…」


 その問いかけに玄は頷きを返すがその表情は険しい。


「つ、つまりこの世界を創った者は、何らかの理由で操者を失った武将が独自に戦いを続けることも認めているということですね」


「でも、それならホウ統だって」


 玄の言葉にホウ統は苦笑しつつも頷く。


 今ここにいるホウ統も操者の身勝手により放置され、フィールドから出られなくなっていたのである。


「は、はい。それが時期的なものなのか、張飛将軍だけが特別なのかは分かりません」


「おい!玄。


 難しい話はわからねぇが、ちょっと地面が怪しいみたいだぜ。


 とりあえずここから出た方がいい」


 悪来の言葉にはっとして周囲を見ると、蔡瑁が抜けた時には持ちこたえていた地盤に細かい亀裂が走り始めている。


 時間が経って中の空洞を支えていた土が重みに耐えられなくなってきているのだろう。


「本当だ、一度穴の底から出て少し離れよう。


 ここでまた崩落に巻き込まれたらシャレにならない」


「関羽、張飛は俺が運ぶ。背中に乗せな」


「うむ、任せた」


「それではわたくしと軍師殿は先に参りましょう」


「は、はい」


 先行してホウ統と孫仁が斜面を登っていく。


 少しでもその場にかかっている重みを減らしておく方が良いと判断してのことだろう。


「張飛、この喋る馬は悪来と言ってな。


今は馬の姿をしているが元は曹軍にいた典韋だ。


 いろいろあって今は我らと行動を共にしている。構わぬな?」


「何を言ってんだ兄貴。


 兄貴が俺を任せる相手として認めてるんだろう?


 そんな相手を俺が疑う訳がねぇだろが!


 すまねぇが頼むぜ悪来」


 見知らぬ相手に瀕死の自分の身体を預けることに抵抗を感じるかもしれないと慮った関羽の言葉を張飛は一笑に付す。


「ふはは!


 お前はあの頃と変わらぬな。どこまでも強く、どこまでも真っ直ぐだ」


 悪来の脳裏に昔見た義兄弟達の姿が蘇る。


 詳細は覚えていないがその時の3人は子供のようにはしゃぎ回る張飛を関羽が宥め、劉備が苦笑しつつも暖かく見守っていた


悪来はそんな3人を呆れながらもどこか羨ましく思ったものだった。


「よし、では頼んだぞ悪来」


「おうよ!」


 関羽の手により背に乗せられた張飛の重みは、同時に関羽からの信頼の重みである。


 先ほどまでの作業で何度も往復していたため自分が登りやすいルートは把握しているが うっかり張飛を落としたりしないよう慎重に悪来は斜面を登っていく。


「そういやお前はなんで馬なんてやってんだ」


「ん?馬も意外と悪くないぜ」


 瀕死のくせによくしゃべる張飛に思わず苦笑しつつ軽口を返す悪来。

 関羽に負けて馬になったことを敢えて言おうとしないのは恥ずかしいからでも悔しいからでもなくむしろ逆である。


 悪来は関羽と全力で戦いきったことをこの上もなく誇りに思っていた。


だからこそ後に関羽達の力になることになんの不満もなかった。むしろまだまだ戦えることに喜びすらあったのである。


その手助けが馬としての形だったのは意外ではあったが些細なことだった。


 人の身でないことで積極的に戦いに関与できず苦戦する関羽達を見てもどかしい思いをすることもあったが、逆に馬だからこそ役に立てた部分も数多くあった。


だから悪来は馬も悪くないと自信を持って言えるのだ。


馬になった過程などはどうでもいい。自分と関羽だけが知っていれば済むことだった。


「へぇ、確かに馬も気持ちよさそうだな。


 兄貴の赤兎なんかは本当に雲の上を走るようだったしな!」


「今の俺は赤兎にも負けぬ程に走るぞ!」


「うほ!マジかよ!


 回復したら是非乗せてくれ!」


 赤兎馬


 馬体が赤く一日千里を走ると言われた名馬。

 当初は董卓が所持していたが、敵対していた丁原の養子呂布があまりにも強いため丁原と離間させるために李粛の策で呂布に贈られ、その見返りに呂布は丁原を殺し董卓に仕えた。

 呂布の死後、赤兎馬は曹操の手に渡るが気性が荒く乗りこなせる者がいなかった。

 そこで曹操は一時期自らの下にいた関羽の気を引くために赤兎馬を与えたところ関羽は見事に赤兎馬を乗りこなしその後常に関羽と共に戦場を駆けたと言われている。

 関羽が呉との戦に敗れ処刑された後は呉の馬忠に下賜されたが、赤兎馬は関羽に殉じるように馬草を食わなくなりその生を終えたとされる。



 真の武人にとって良い馬に巡り会うことは己の半身に出会うようなもので、金銀財宝には替えられないのものである。


 もちろん張飛も世間一般から見れば名馬と呼ばれるような馬に乗っていたはずだがそれでも赤兎馬には及ばなかったのだろう悪来の赤兎馬以上という言葉に目を輝かせる。


 あまりにも純粋な張飛の反応に気を良くした悪来は自慢げに嘶きを上げる。


「よし!いいぜ!張飛。お前に真の名馬とはどういうものか教えてやる!」


「くぅぅ!そりゃありがてぇ!楽しみだぜ!」


「翼徳。あまりはしゃくでない。


 うっかり滑り落ちるだけで今のお前は死にかねんのだぞ」


 動かないはずの身体で今にも悪来に跨りそうな勢いの張飛を関羽が苦笑しつつたしなめる。


「分かってるって兄貴!」


 白い歯を剥き出しにして笑いながら威勢良く返事をする張飛が本当に自分が瀕死だということを理解しているのかどうか疑問である。


「さぁ、穴から出たぞ。


 後は馬超からの連絡を待つだけだな」


 無事に張飛を穴の外まで連れ出すことに成功したことで緊張を解いた悪来が鼻を鳴らす。


「そうだね。


 何も無ければそろそろのはずなんだけど」


 VSで馬超のマーカーを確認していた玄も頷く。


「あ!来たわよ玄」


 甲高い電子音のメロディと共に玄達の目の前にウィンドウが開く。


『馬超が同盟を破棄しました』


 同時にライフゲージの上に表示されていた同盟名も『竹玄秋同盟』から『玄秋同盟』に戻っている。


「よし!じゃあ張飛に同盟申請を出すよ。


…ヘルプを呼ぶまでもないか」


 短い間だったとはいえ共に戦ってきた馬超達と同盟を破棄しなくてはならないことに喪失感が無い訳ではないが、張飛の状況を考えれば感慨に浸っている暇はない。


 同じ理由でテンションの高いヘルプの相手をしている間も惜しいと思った玄は既に3度目の手続きということもあり、自らのメニュー画面から同盟申請の手続きを進めていく。


「後はこれで…悪来、張飛に伝言を頼む。


 同盟申請が行ったら受諾してくれって。


その後はすぐに待機状態に戻るように伝えて」


 玄の頼みに軽い嘶きで答える悪来。


 本来ならホウ統に頼むのだが穴を出る際に悪来とホウ統達の登坂ルートが違ったためホウ統達は少し離れたところにいる。


 関羽に至っては不測の事態に備えるためか全員が穴を出るまで待機していたらしく、ようやく穴を登り始めたところだった。


 悪来は自分の背中にいる張飛に玄の言葉を伝えるべく首を回す。


「ちょ…」


 張飛に声をかけようとしたその矢先だった。


 悪来の背後にあった山陰に沈もうとしていた夕日が木々の隙間から一瞬だけ反対側の山肌を照らしたのである。


 それだけなら何の問題もないし、悪来も気にも留めない。


 しかし、その光がほんの僅か何かに反射し悪来の目を突いたのである。


 その瞬間、悪来はその光の正体に思い至る前に全身を走った悪寒に全力で反応した。


「おわ!」


 それはつまり背中の張飛を一か八か振り落としてでもその光から守るということだった。


「悪来!そんなことしたら張飛が!」


 玄が乱心したかのような悪来の行動に叫びを上げ、


「え?」


 茜は何が起こったのか分からずに目を見開く。


「悪来殿!」


 孫仁は何が起こったのかは分からぬまでも何かが起こったのだと理解しすぐさま駆けだし、


「悪来殿!駄目です!」


 ただ1人悪来と同じものに気がついたホウ統が悪来のしようとすることを察して悲痛な声を上げた。


「…」


 そして、関羽は全ての事情を無視し張飛を受け止めるためだけに全力で駆けだしていた。


 そんな各々の一瞬の後。


 ドブともブシュとも聞こえるような鈍く嫌な音が全員の耳に不吉に響いた。


「…ぁ、悪来?」


 目の前の光景が理解出来ない玄。


何が起こったのかを問いかけるために悪来に声をかける。


「……」


 だが、悪来からの返事はない。


 そもそも玄の言葉すらもう聞こえてはいないかもしれなかった。


 なぜなら悪来の首と胸部、更に胴体の真ん中は槍のような物で串刺しになっていたからである。


 それはもはや誰が見ても一目で分かる程に致命傷だった。


「悪来殿!悪来殿!」


 僅かに遅れて悪来へと辿り着いた孫仁が悪来の首へと縋り付きつつ呼びかける。


「しっかりしてくださいませ!悪来殿!」


「………」


 耳元で叫ぶ孫仁の声に反応したのかどうか僅かに悪来の口が動く。


「悪来殿!」


「あぁ!悪来の身体が…」


 茜が玄の腕を無意識に握りしめながら呟く。


 その視線が捉えたものは先ほど蔡瑁が消える際に見たばかりのもの。


「悪来…」


悪来の尾の先から舞い昇る白い粒子を呆然と眺めながら玄は悪来がもう助からないことを理解してしまった。


 幸いなことに玄はこのゲームを始めてから敵対武将は何人か倒してきたが仲間になった人達を失わずにここまで来た。


 だが,こんな世界である以上はいつかは誰かを失う日が来るかもしれないと思ってはいた。


 しかしそれは覚悟とはほど遠いものでいざ悪来を失うという事態に直面し玄の思考は現実逃避のためほぼ停止しつつあった。


「玄殿!


 し、しっかりしてください!


なぜ悪来殿が即死するほどの傷を負いながらもああして立ち続けているのかわからないのですか!」


「え?」


 そんな玄の意識をいつもからは考えられないほどの強い口調で殴り飛ばしたのはホウ統だった。


「またいつ来るか分からない許チョ殿の追撃から張飛将軍を守るために最期の最後まで盾で有り続けてくれているからではないですか!


ならば我々はそれを無駄にしてはなりません!


悪来殿が命を賭してまで守ろうとしたものを守り通すのです!」


 悪来が本能で察知した危険をホウ統は類い希なる視力と観察眼で正確に把握していた。


 ホウ統の目は山中に潜んでいた許チョが大型の弩を発射する瞬間を捉えていた。


 既に引き絞られていた弩を固定していた縄、それを斬るために振り上げた許チョの剣が僅かに反射した陽光を悪来は見たのである。


「あ…悪来が守ろうとしたもの?」


 ホウ統の言葉にはっと我に返った玄の脳裏にはすぐさま答えが浮かぶ。


(そんなものは決まってる!)


「関羽!張飛は!」


 どんなに悲しくても今は消えゆく悪来を名残惜しむ場面ではなかった。


 玄はすぐさま視線を巡らせ、悪来に振り落とされた張飛とそれを助けに走っていたはずの関羽に声をかける。


「なんとか受け止めはしたが…」


 さすがの関羽もあの状況では張飛の落下地点に両腕を差し入れるまでが限界だった。


だが、そこまでたどり着けたことだけでも驚異的な反応速度と身体能力を持つ関羽だからこそだろう。


「翼徳!聞こえるか!」


 ゆっくりと張飛を抱えたまま立ち上がった関羽は張飛に声をかけるがぐったりとしたままの張飛は目を閉じたまま返事をしない。


 おそらく気絶レベルにライフが落ち込んだせいだろう。


 ライフが気絶レベルになるまで減少するとその武将は意識を失う。


 おそらくこの機能はライフゲージの減少と共に疲労感が増すという機能と目的は同じである。


 さっきまで元気に話していた人がライフが0になった途端にいきなり動かなくなるのでは現実とあまりにもかけ離れ違和感がある。


 一般的な対戦格闘ゲームならライフが0になってKOされるまでどんなにダメージを受けても動きが鈍くならなくても構わない。


 だが、それでは武将達や操者達が死に対してリアリティを感じられないと制作サイドは考えたのだろう。


 制作者の目的が『現実の常識やシステムを超えるような奇跡的な現象を生み出す』などという荒唐無稽なものだとすればそれはよほどの強い意志が無ければ起きえない。


 だからこそ死に対してリアリティを持たせるために痛み、疲労、瀕死(気絶)などのゲームとしては全くなくても構わないような機能が搭載されているのではないかと玄達は推測していた。


 とは言っても痛みや疲労などと比べて気絶という症状は実際の戦闘の中ではほとんど起きることはない。


 なぜなら武将達のライフにおいて気絶レベルと称されるゾーンはほんの僅かなもので実際の戦闘では武将達の攻撃で一気に削れてしまうからだ。


 関羽が孫策達と戦った時のように本当にたまたまダメージの累計が気絶レベルに達するか、微少ダメージや継続ダメージなどでじわじわライフを削られでもしなければ気絶する機会などない。

 

 だが一見無意味にも思われるこの気絶機能には副産物的な効果がある。


 それは『末期システム』とも言うようなものでライフが0になるような攻撃を受けて敗退しても気絶レベル分のライフゲージは至極ゆっくりと減っていくのである。


 つまり、身体はほとんど動かすことは出来ないが死んで消えてしまう前にほんの少しだけ残された者と会話を交わしたりすることが出来るのである。 


 ここで問題となるのは張飛が落下の衝撃時に受けたダメージがどの程度だったかということである。


気絶レベルを削りきる程のダメージを受けていなければこのまま気絶した状態が続くが、落下の時の衝撃ダメージが残ライフゲージ量を上回っていれば遠からず張飛も消え始めるはずだった。


「くそ!どうすれば張飛を助けられるんだ!

 

  許チョがまだ生きている以上は仮に同盟が成立したって張飛は待機に戻れない。


  かと言って今から許チョを倒しに行く時間もない」


 そうこうしている間にも悪来の消失は進み続けている。


 悪来が完全に消え果ててしまえば再び許チョの大弩の射線に晒されることになってしまう。


「…いたしかたありません」


 小さく呟いたホウ統の言葉に気がついた者はいない。


「玄殿!すぐにへるぷ殿をお呼び下さい!


なにかげぇむ的に張飛殿を救う方法がないかをお尋ねするのです! 」


「え?ヘルプに…いや、分かった!」


 ホウ統の進言の有用性に一瞬疑問を感じた玄だが、今はそんなことを問いただしている場合ではなかった。


 すぐさま玄はVSを操作しヘルプ機能からヘルプに呼出をかける。


「ヘルプ!早く出てこい!」


「ほいよ~!YA-HA!久しぶ」


「挨拶はいい!この状況で張飛を助ける方法を教えてくれ!」


 麻雀牌の『七萬』でいつのようにハイテンションで出てきたヘルプに有無を言わせぬ口調で玄は問いかける。


「お?」


 その様子にただ事でないものを感じ取ったのかヘルプは素早く周囲を見回すと『七』の両脇についてる目を細め、顎(『七』の下辺り)に手を当てる。


「っと…確かにやばい状況みたいだな。

 なんとかしようにも悪来も張飛も完全にライフは尽きてる。完全消滅は時間の問題。

 だが、これから先を考えれば張飛を失う訳にはいかない…

 あの者の力を借りればなんとか出来ないこともないが…我らのことを気付かれる危険は増す…か。ならば」


「ヘルプ!なに唸ってんだよ。時間がないんだ!」


 ヘルプの呟きは小声な上に恐ろしく高速でなされていたため、言葉は何重にも積み上げられ玄の耳にはヘルプがほんの一瞬唸ったようにしか聞こえなかったのである。


「おっけぇ!おっけ!


 このヘルプさまにお任せ!YO-!」


 ヘルプの頼もしい言葉に僅かに希望を見いだし表情を明るくした玄達だが,続くヘルプの説明に言葉を失う。

 

 そして…玄達は豪快で強く優しい頼れる漢を失った。



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スキルを交換する能力を持った主人公のお話です。
転生物ではないですが転生要素はあります。ケモミミの幼馴染やエルフ奴隷もでます^^
もしよければ読んでみてください
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