前哨戦
「では、よいな」
短いが重みのある関羽のひと言にそこに居合わせた全ての者達が小さく頷く。
既に場所はフィールド上であり、玄や茜、武仁の頷きは関羽達には見えないがその雰囲気は伝わっているだろう。
夕刻、いつも通り学校を終え茜を一度自宅へ送り届けた玄は着替えを済ませた茜を再び自転車に乗せ帰宅。
にやにやと見送る母の視線を力一杯無視すると部屋で全員を呼び出した。
今回は竹と馬超ともすぐに連絡が取れ、すぐさまフィールドへと移動。
殆ど会話もない重苦しい空気のまま前回の山上から綿竹へと向かって足早に降り、綿竹へはもうまもなくというところで足を止めた関羽のひと言だった。
「竹さんたちが言っていた旗はもうない…か」
「あの旗は張飛の腕になったからね」
玄の呟きに答える武仁の言葉はそっけないが実際の張飛を見ているせいだろう、言葉からは緊張が感じられる。
「最後に確認しておく」
関羽がそう言うと顎髭をしごきながら全員を見回す。
「敵は3名、張飛とは私がやる。
残りの2名は奥方と馬超」
「はい」
「おう」
真剣な眼差しで関羽を見ながら返事をする孫仁を静とするなら、全身に闘志を漲らせている馬超は動。
それぞれが臨戦態勢にあることが分かる。
「悪来、お前は決して無理をするな。
少し剣を使えるくらいでは意味はないぞ」
「わかってるって。
ここまで残っている武将達の中で馬の俺が勝てるような相手はそうそういないだろうってことはな」
そう言って笑う悪来の背にはホウ統の剣が宙に浮くような位置に微妙な角度で縛り付けられている。
悪来が自らの口でぎりぎり引き抜ける位置がそこだったためである。
「そして、これは我も含めてだが…
正式にこの戦場の指揮全権をホウ統、お前に預ける」
「承知いたしました」
その毅然とした返事に関羽は満足げに頷くと綿竹へと向けて歩き出す。
その後ろを孫仁と馬超が並んで続き、更に後ろを悪来とホウ統が追いかけていく。
「さすがはホウ子元だね。頼もしいよ」
竹の賛辞は最近のホウ統しか知らないからこその言葉だろう。
「はい、ホウ統は凄い軍師ですよ。
きっとみんなの助けになってくれます」
しかし、玄は自信を持ってそう答えると茜と顔を見合わせて小さく笑う。
ほんの少し前のホウ統を知っていれば竹のその言葉は無かっただろうと思ったからである。
ほどなくして一行は綿竹関のすぐ前まで到達する。
玄は関羽達の背後からの視点で綿竹関を見る。
張飛が旗を抜くときに壊したはずの綿竹関は綺麗に修復されていてとても一度木っ端微塵になったようには見えない。
だが、馬超との戦いの際に崩れたと言っていた堀はそのまま残されており、激しい戦いがあったことを証明していた。
ギギィ…
そんなふうに玄が関の様子や周囲の地形を確認していると、関の扉が重苦しい音を立てゆっくりと開いていく。
関羽達はそれを見ても微動だにせず、静かに成り行きを見守る。
関羽達にとってはどうせ戦うなら関や堀の近くではなく存分に戦える広い場所の方が都合が良い。
だから相手が出てきてくれるというならそれにこしたことはない、ゆっくりと相手の出方を待てばいい。
やがて、開ききった扉の中から蛇矛を肩に担いだ小柄ながら筋肉の固まりのような漢が歩いてくる。
その後ろを白い顎髭を撫でながら楽しそうに笑う老爺と、長身細身でありながら弾けるような肉体をした無表情な漢が並んで続く。
おそらく老爺が華佗、無表情なのが許チョであろう。
3人は何も言わずに橋を渡ると無造作に関羽達に近づき10歩の距離で止まった。
関羽と正対して張飛、孫仁と正対して許チョ、馬超と正対して華佗。
関羽達の後ろにやや離れて悪来とホウ統という位置関係である。
ピリピリとした緊張感の中最初に口を開いたのは関羽だった。
「久しいな翼徳」
「ああ、会えて嬉しいぜ…関羽」
そっけなく聞こえる関羽のひと言だが、生前の状況と今の状況を合わせて考えればそのひと言に込められたものは玄達には計り知れない。
しかし、そんな関羽とは対照的に蛇矛を肩にとんとんと弾ませながら軽薄な笑いを浮かべる張飛。
「話をする気はあるか」
「ないな。
まずは…こいつで、だろ?」
張飛はそう言って蛇矛の先を関羽へと向ける。
「ふん、なるほど…士元!」
「は、はい!」
張飛の挑発には乗らず、薄く笑みを浮かべた関羽がホウ統を呼ぶ。
「いかに考える」
「は、はい。
私の知る張飛将軍とはいささか気質が違うように感じます。
ただ、それが私の死後に形成されたものなのか、何か別の要因によるものなのか…
今の段階では分かりません」
若干おどおどした感じは残っているもののはっきりとした物言いをするホウ統。
しかも、先日よりホウ統は戦場で知的モードを発動していない。
今や自己暗示に頼ることなく軍師としての采配を奮おうとしている。
「我と同意見だな。次!」
「はい、まずは存分に戦ってください」
「よかろう。
我が愚弟を叩きのめしている間に策を練るがよい」
連理を構え顎髭を揺らした関羽の全身に闘気が満ちていく。
そんな関羽を頼もしげに眺めながら玄は思い返す。
つい先日まで関羽とそんなやりとりをしていたのは自分だったのだ。
そのポジションはホウ統の加入によりホウ統へと移っていってしまった。
そのことに一抹の寂しさを感じない訳ではない。
だが、関羽達の為にはホウ統に任せた方がいいと玄も納得している。
「はい、必ずや私と玄殿で勝利への策を練り上げてみせます」
「え?…あ、うん!もちろん!」
「ふん、ぬかるなよひよっこ!」
「な!そ、そっちこそ!」
そんな玄の心情を読み切ったかのようなホウ統の言葉に動揺した玄を叱咤する関羽。
しかし、その言葉の中に微かにからかうような雰囲気があると玄が感じたのは勘違いだろうか。
だが、そんなやりとりもそこまで。
互いに武器を向けたまま睨み合う関羽と張飛の間には瞬く間に余人の立ち入れぬ緊迫した空間が出来つつある。
もはや二人には相対する者しか見えていないだろう。
ゲーム内での設定部分を除けば、お互いに手の内は知り尽くしているため相手の技を探る必要がない。
後は自らの武が相手を上回ると信じてぶつかるだけである。
「なんか、張飛って…確かに筋肉とか凄いし力強いけど…思ってたより小柄よね…」
張りつめていく空気に耐えかねてか口を開いた茜の言葉に内心で玄も頷く。
玄がこれまでに見てきた本や映画などでも張飛のイメージは大男という感じだったからである。
「…だけどなんで、なんでこんなに怖いの…
関羽さんより大きい訳ないのに…」
茜の誰にともなく呟くその声は僅かに震えている。
その気持ちは同じ場所から見ている玄にもよく分かる。
張飛の発する気に呑まれたための錯覚だと頭では理解しているのに玄達には張飛が2倍にも3倍にも大きくなったように感じるのである。
茜を落ち着かせようと茜の手を握ったものの自らも全身から血の気が失せているのか手が異様に冷たい。
張飛が戦闘態勢に入ったことで全身からあふれ出た闘気は無造作に放出されているためその場にいる全員が同じような威圧感を感じているはずである。
「…戦場での張飛将軍は誰よりも大きいお方なんです」
視線は戦場から片時も離さずにホウ統が口を開く。
しかし、その表情は青ざめている。
さらに悪来のたてがみを掴んでいるのは足が震えてそうしなければ立っていられないのだろう。
「しかし…敵に回すとこれ程とは…」
「大丈夫か?ホウ統!」
その様子に気がついた玄が慌ててホウ統を気遣う。
ゲームを通して張飛を見ている玄達ですらこの有様である。
直接その場で対峙しているホウ統が感じているものはおそらく玄達が感じているものとは比べものにならないだろう。
「だ、大丈夫です…戦いが始まれば周囲への威圧は薄まるはずですから。
それよりも…」
何かを言いかけたホウ統の表情が突然鋭くなる。
「奥方様!馬超殿!」
そしてほぼ同時に今までのホウ統らしからぬ大きな声で孫仁と馬超を呼ぶ。
「はい!」
「承知!」
しかし、そのホウ統の声よりも先に二人とも駆けだしていた。
「関将軍の邪魔はさせません!」
「怪しげな術は使わせん!」
急に動き出した戦場に玄が慌てて許チョと華佗を見るが、その時には既に関羽に向かって許チョが何かを投擲した後であった。
キンッ
だが、いち早く駆けだしていた孫仁が関羽との間に立ちはだかり投擲された小柄をたたき落とす。
「おひょ!」
そして、手元に青い本を広げて何かをしようとしていた華佗に対しては駆け寄った馬超が長槍で下から本を斬りつけていた。
「こいつを斬られる訳にはいかぬよ」
ひょひょと笑いながら華佗は青い本を光の粒子に変えて消すと軽く後ろへ跳ぶ。
「そうか、関羽は今張飛しか見てないから他からの攻撃に無防備なんだ」
ホウ統が何を心配していたのかに気がついた玄が呟く。
だが、その心配は孫仁と馬超によって解消され、戦場では完全に関羽対張飛、孫仁対許チョ、馬超対華佗の様相になっている。
「はじまります」
三者三様のにらみ合いの中ホウ統が呟いたひと言が合図だったかのように関羽と張飛が動く。
互いに一直線に相手へと向かって走り、それぞれが持てる力の全てを込めて大上段から互いの武器を振り下ろす。
!!!!!
「きゃ!」
思わず耳を押さえて悲鳴を上げる茜。
連理と蛇矛が全力でぶつかった音はもはや音というよりは衝撃波とも呼ぶべきものであり玄達の耳には耳鳴りとしてしか聞き取れない。
「関羽!」
同じように耳を押さえながら叫ぶ玄の視線の先では交差する連理と蛇矛を間に挟んで睨みあう関羽と張飛。
「俺の一撃を完全に受け止められるか。
腕はおとろえてないな関羽」
「…ふん、お前が弱くなっただけではないのか?」
虎髭の中から牙のような歯をむき出しにして笑う張飛に対し、無表情のまま返す関羽。
「け!吠えるんじゃねぇ!
俺より弱いくせによぉ」
きぃん
微かな刃鳴りの音を残して互いに後ろに跳んだ二人がすぐさま突進し再び斬り結び始める。
今度は力任せの攻撃ではなく、技と経験を駆使した激しい打ち合いである。
「あぁなってしまえば実力の伯仲したお二人のこと…
簡単に決着はつきません」
戦闘が始まり、張飛の気が関羽に向かったことで幾分楽になったのだろうホウ統は悪来から手を放し自らの足で立っている。
「その間に何か打開策を見つけなきゃってことか」
「はい、関羽将軍との戦いは張飛将軍にとっても全力を尽くさねばならない戦いのはずです。
だからこそ、その戦いの中ではいろんな意味で嘘はつけないと思うのです」
「なるほどね…」
玄には本気の戦いというのがどういうものなのか、実感として知っている訳ではない。
だが全力を出している時に嘘がつけないだろうというのはなんとなく理解が出来る。
基本的に嘘や虚飾は精神や肉体に余裕が無ければ生まれ得ないからだ。
「玄!レン達も始まるわよ」
「馬超も動くよ」
ホウ統と玄が話している間も自らの武将達から注意を逸らさなかった茜と武仁が知らせてくる。
「ホウ統!」
「はい、見えています」
「え?見えてるって」
玄の見る限りホウ統の視線は関羽と張飛に釘付けにされているように見える。
「はい、奥方様も馬超殿も視界に入っています」
さも当然のように答えるホウ統に思わず玄は絶句する。
(『入っています』って…
確かに視界には入るんだろうけど…)
人間の視野は片目で約160度、両目だと200度程度は見えると言われている。
だが、その見えている全てを正確に認識している訳ではない。
その中で必要な情報、見たい情報だけを無意識に選択して集中的に見ている。
逆に言えば余分な情報をそうして排除しなければ情報が多すぎて脳内で適切に処理することが出来ないのだ。
しかし、今のホウ統の言いぶりでは視界に入ってさえいれば全ての出来事を常人が集中している状態のように把握出来るということになる。
しかし、当の本人はそれがどれほど特異なことなのかを全く理解していない。
(…関羽が気に入るのも、それでいてもどかしく思うのも納得)
内心で呆れつつも改めて鳳雛たるホウ統の力に感嘆する玄。
激しく斬り結ぶ義兄弟の脇で次に動き出したのは孫仁である。
「孫呉の弓腰姫にして劉備 玄徳が妻、仁。
お相手願います!」
二つの剣を眼前で交差しながら直立不動のままの許チョへ向かって名乗りを上げる。
「…許チョ 仲康」
表情1つ変えぬまま名乗りだけを返した許チョは臨戦態勢にある孫仁を前にしても全く構えを取ろうともしない。
しかも一見して見る限り腰に佩いた初期装備の剣以外は目立った装備はない。
先ほど小柄を投擲したことからまだ何本かを手元に持っている可能性はあるが手にはしていない。
身体にも鎧などの防具は無く、心持ちゆったりとした服が静かに風に揺られているだけである。
「なんと見事な自然体でしょう。
やはり心してかからねばなりませんね」
許チョの立ち姿を見た孫仁が緊張した顔つきで呟く。
「レン!
びびっちゃだめよ。
あなたは関羽さんのお墨付きもらってるんだからちゃんと戦えるはずよ」
「茜…」
虚空から聞こえてくる元気の良い相棒の声に孫仁の表情がふ、と緩む。
「そうでしたね。
ありがとう、茜。頼りにしてますよ」
そう言って孫仁が交差した剣先を許チョへと向けたまま一気に駆け出し間合いを詰めていく。
その動きに堅さは無い。
いつもの孫仁の動きである。
軽やかに間合いを詰めた孫仁は右の剣をそのまま許チョの喉元へ突き出し、左の剣は許チョの左脇腹を薙ぐように払う。
キン!
しかし、その孫仁の連撃を許チョはあっさりと受け止める。
「まさか!」
思わず驚愕の声を漏らす孫仁。
関羽との厳しい訓練を重ねてきた孫仁の攻撃はいずれも神速と呼べる域に達しつつある。
と言っても自らの攻撃が防がれたことに対するものではない。
許チョは左脇腹への一撃を腰にさした剣を半分抜くことで対応した。
そこまではいい。
もともと孫仁も当たるとは思っていない。
孫仁が思わず声を上げてしまったのは喉元への突きを許チョが無造作に左腕の甲辺りで受け止めたからである。
そんなことをすれば、今の孫仁の突進からの一撃は人の腕など容易く貫きその向こうの許チョの喉を貫く…はずだった。
だが、孫仁の手が感じた感触は許チョの剣で止められた左手よりも許チョの左腕に止められた右手の方が衝撃が大きい。
「ハッ!」
「きゃ!」
孫仁が意外な方法で攻撃を受け止められたことに一瞬気を取られた瞬間、許チョから発せられた気合いに孫仁が吹き飛ばされる。
「レン大丈夫!どうしたの?
今相手は何もしてなかったはずなのに」
「分かりません…ですがもの凄い力で弾き飛ばされました」
飛ばされた勢いで間合いを取り、再び剣を構えた孫仁が茜の問に答える。
「それって、許チョが持ってる術ってこと?」
「いえ、違います。
ほんの一瞬ですが許チョ殿の身体が膨張したように見えました」
首を捻る茜に正面を見据えたままのホウ統が口を開く。
戦うべき相手にもかかわらず敬称をつけてしまうのがいかにもホウ統らしい。
「それって?」
「おそらく、奥方様の剣を受け止めたのも奥方様を弾き飛ばしたのも許チョ殿の血の滲むような鍛錬によるもの」
「鍛えあげた肉体で私の剣をとめた…と?」
信じられないというように一瞬目を見開く孫仁。
「はい、鍛えに鍛え、絞りに絞った許チョ殿の筋肉はおそらく常人の数倍」
「ちょ!ちょっと待ってよ、許チョの身体は普通の人と変わらないじゃない。
どこにそんな筋肉があるの、筋肉って鍛えれば鍛えるほど膨張するんじゃない?」
ホウ統の言葉に改めて許チョを見た茜が当然の疑問を口にする。
「その筋肉をあの体型になるように凝縮しているのだと思います。
どうしてそんなことが出来るのかと聞かれれば…鍛錬と意志の力としか答えられません」
「なるほど…その凝縮された筋肉にわたくしの剣は止められたのですね」
「お気をつけください奥方様。
今の許チョ殿の身体はぎちぎちに縮められたバネの固まりのようなもの。
その力があればおそらくどんな体勢からでも最速、最大の攻撃を繰り出す事が出来るはずです」
一瞬だけ目を孫仁へと向けたホウ統に孫仁は優しく微笑みを返す。
「そこまで洞察していただければ心配は無用でございます。ホウ統軍師」
「孫仁、いくら許チョが強靱な肉体を持っていたとしても全身で剣を防げるとは思えない」
会話の流れを黙って聞いていた玄が口を開く。
「全身で剣が防げるなら今の攻撃も剣や左腕で防御する必要は無かったはずだよ」
玄の言葉をホウ統が小さく頷いて肯定する。
「承知いたしました。
ならばわたくしの戦い方は変わらないということですね」
孫仁の戦い方は比翼と双剣を巧みに使い、円を基調とした変幻自在の動きで相手の虚をついて戦うものである。
一撃二撃で結果を求める必要はない、延々と攻撃を繰り出し少しずつ許チョの防御を崩し、剣の通る場所へと攻撃を導いていけばいい。
自らの戦い方に方針が示されたことでやるべき事に迷いが消えた孫仁は小さく息を吐くと不動のままの許チョへと厳しい眼差しを向けた。
「いきます」
「馬超!」
再び許チョへと斬りかかっていく孫仁と時を同じくして武仁の叫びが響く。
「む…今度は右腕か」
そう呟く馬超は左足を引き摺り右腕をだらりと下げている。
武器である長槍は左脇に抱える形で華佗へと向けている状態である。
「まさか、やられたのか?」
そんな馬超の様子を見た玄がとても信じられないと呟く。
「やられたと言えば確かにそうですが、玄殿が心配しているようなものとは違います」
「え?どういうこと?」
玄の言葉を否定するホウ統に玄が首をかしげる。
玄は関羽や孫仁の戦いに気を取られて見ていなかったが、馬超と華佗の戦いは最初に孫仁が許チョに斬りかかったそのすぐ後に始まっていた。
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「おぉ怖い怖い、西涼の馬超の名はしがない名医の儂でも知っておるでな」
馬超の斬り上げをかわした華佗が笑う。
「自らで名医と言っておきながらしがないとはふざけた言い回しだなご老体」
楽しそうな華佗とは対照的に、にこりともしない馬超は真っ直ぐに華佗へと長槍を向ける。
「そうかの?
世間で名医、名医と言われていても最後には治そうとした患者に投獄されて殺されるようなしがない人生じゃぞ」
人を救うために麻沸散(麻酔薬)を発明し腹部切開術などの医術を実践。いつしか神医と呼ばれるようになった華佗であるが、その最期は救おうとした曹操に投獄、拷問の末に殺されている。
確かにそんな生涯を振り返れば自虐めいた皮肉も言いたくなるのだろう。
「あなたの噂は俺も知っている」
じりじりと足の位置を変え、いつでも攻撃に転じられる体勢を整えながら馬超は続ける。
「本来医者であるあなたが、このような戦いの場にいる必要はない。
退いてもらえぬか」
「ふむ…話に聞いていたのと違い随分と理性的じゃな。
もっと荒々しい若武者のような印象じゃったが」
馬超に話し合いの意志があると判断したのか華佗はにやにやと口元をゆるめながら警戒を解き垂れ下がった白い顎髭を撫でる。
「返答やいかに。
退けぬというならこちらも目的達成の為には手加減は出来ぬ」
「ひょひょひょ
青いのう、そんなこと言っとらんと一気に攻め込んでおれば勝てたかもしれんのにのぅ」
華佗の自信に満ちた言葉に馬超の視線がすっと細くなる。
馬超にしてみれば武人でもない華佗との戦いで自らが敗北することは考えていない。
この世界ゆえの必殺技次第で多少は手こずるかもしれないとは考えているが最終的に勝利することは間違いないと確信していた。
「命はいらぬ…と?」
だが、今の華佗の言葉は馬超に対する勝利宣言に等しい。
馬超が武人として侮られていると判断して怒りを感じても不思議ではない。
押し殺した馬超の声には先ほどまでと打って変わり明確な殺気が込められている。
「ひょひょ!
その気迫は見事じゃが無理じゃよ、その足でどうやって戦うつもりじゃ」
華佗が笑いながら馬超の左足を指さす。
「ふ、何を言っているご老体…!」
華佗の言葉の真意を測りかね失笑を漏らそうとした馬超の表情が強ばる。
「どうしたの馬超?」
「…左足が動かぬ」
武仁の問いに答えながらも馬超は足を動かそうと試みるが左足は馬超の動きに引っ張られるように地を掻くだけである。
「なんで!
華佗は何もしてないのに…」
武仁の困惑する声が響くが、何もされていないことは当の馬超が一番分かっている。
しかし、戦闘中に分からぬことをいつまでも悩んでいても仕方がない。
「だが、片足が動けばその細い身体を貫くのには十分」
馬超は潔く動かぬ左足を諦め、右足で深く地を掴みながら長槍を構えた。
「それが青いというのじゃよ。
その一瞬の迷いがお主の勝機を失わせるというのに…」
「なんだと?」
「もはやその右腕では槍は持てまい?」
片手で顎髭を撫でながら馬超の右手を指さす華佗の表情は心底楽しげである。
ざすっ
「く」
華佗の言葉の真偽を問う前に構えた長槍の先端が地を穿つ。
しかし、それは馬超の意図するものではない。
長槍を握っていた右手が突如として力を失ったためである。
馬超は左腕に力が入ることを瞬時に確認すると左手を器用に捻り長槍をくるりと回し左の脇に抱える形で構え直す。
その体勢になって初めて自らの右腕を確認した。
そして
「む…今度は右腕か」
先ほどの場面へと繋がっていく。
---------
「まさか、やられたのか?」
そんな馬超の様子を見た玄がとても信じられないと呟く。
「やられたと言えば確かにそうですが、玄殿が心配しているようなものとは違います」
「え?どういうこと?」
玄の言葉を否定するホウ統に玄が首をかしげる。
「いずれにしても…」
その玄の問いにすぐには答えずホウ統は視線を再び孫仁の方へと少しだけ向ける。
そこでは一歩も動かない許チョに対して怒濤の攻撃を続ける孫仁がいる。
しかし、孫仁の攻撃を受ける度に許チョの防御は孫仁を弾き跳ばしてしまう。
そのため、許チョを『崩す』ための連続攻撃に繋げられずただ徒に攻防を繰り返すだけになっていた。
「戦略の立て直しが必要です。
秋茜殿、竹殿お二人をこちらまで呼び戻してください」
瞬時に決断したホウ統は孫仁と馬超の操者である2人に声をかけた。
直接孫仁や馬超に声をかけると許チョや華佗に引き際を狙われる可能性があることを考慮したのだろう。
「わかったわ。
レン、ホウ統からの指示よ。一旦ここまで退いて」
ホウ統の言葉に即座に反応した茜はすぐさま孫仁へと声をかける。
それを聞いた孫仁は許チョに悟られぬように小さく頷きを返すと退く機を窺う。
そして再び防御によって弾き飛ばされたタイミングに合わせて後方に大きく跳んだ。
「馬超、ホウ統が退けって言ってるみたいだよ。
どうする?」
一方で武仁の方はあくまでも馬超の意志が最優先なのだろう。
指示ではなく問いかけの形で馬超へとホウ統の言葉を伝える。
「…承知。
ここでの指揮権は彼にある」
やや、悔しげに呟くと馬超は右足一本で地を蹴り身体を反らせ長槍を地に刺す。
そこから槍のしなりと腹筋の力を利用して後方宙返りの要領で一気に華佗から距離を取ると片足とは思えないほどのスピードで退がる。
その結果、ほぼ同時にホウ統の前方に2人が揃う。
もちろん視線は互いの相手を見据えたままである。
再び彼らが関羽と張飛に介入しそうな素振りを見せるならばすぐにでも動き出せる体勢である。
「奥方様、馬超殿。
戦いの最中に申し訳ありません」
そんな2人の背中に話しかけるホウ統の声は心底申し訳なさそうである。
「事態は予断を許しませんので結論だけ言います。
奥方様と馬超殿はそれぞれ相手を交代してください。
以後は奥方様は華佗殿と、馬超殿は許チョ殿と戦って頂きます」
「わかりました」
「私も構わないが…」
ホウ統に全幅の信頼を置く孫仁が即座に答える。
同時に馬超も頷くが動かぬ自らの左足と右腕を恨めしげに睨む。
さすがに片手片足で許チョと戦えると自惚れてはいないのだろう。
「しばしお待ちください。
奥方様、 馬超殿の左足首辺りを甲の辺りから撫でてみてください」
「はい」
ホウ統の言葉を全く疑うことのない孫仁は素早く馬超の足下へと屈むと左足の甲辺りに白い手を添えゆっくりと足首へと動かしていく。
しかし、その動きがピタリと何かに止められる。
「!…これは?」
首をかしげた孫仁がゆっくりとそれを確かめて何かをつまみ上げた。
「…針?ですね。
透き通る程に細く研ぎ挙げられた針です」
「右腕は肘のあたりです」
ホウ統の指示に従い、同じように馬超の右肘を調べた孫仁がやはり何かを見つけて引き抜く。
「…動く」
呟いた馬超が右腕を挙げ左足を捻る。
「針?
針を投げて馬超の手足を麻痺させてたってこと?
でもいつのまに…」
馬超の戦いから目を離していなかったにもかかわらず武仁にはいつ華佗が針を放ったのかが全く分からなかった。
「華佗殿が馬超殿の足や腕を指さした時です。
針の向こうの景色が僅かに歪んだのがおそらく見えたと思いますが」
どんなに細く研ぎ澄まされていてもその針が物質である以上は光になんらかの影響を与える。
どんなに細くしても僅かに光を遮断するし、ガラスのように透き通っていても光を屈折させてしまう。
おそらくホウ統は針によって屈折した光が僅かに歪ませた景色を見て針の存在に気がついたのだろう。
「ちょっと待ってよ!
こんな間近で見たって見えないような針の向こうの景色がどうとかわかる訳ないよ」
さも当然のように紡がれるホウ統の言葉のとんでもなさに武仁が思わず叫ぶ。
その武仁の叫びはもっともである。
おそらくこの場にいる者の中ではホウ統以外に見えた者はいない。
実際に針を投げた華佗ですら投げた後の軌跡は見えていないだろう。
更に驚くべきはホウ統はそれを注視していた訳ではないということである。
ここまでくればホウ統の『見る目』は本人が気づいていないだけで間違いなく常人離れした天性の才能である。
「奥方様、その針は比翼を通りますか?」
武仁の叫びには答えぬままホウ統は矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「…いえ、押される感じはありますが刺さるまではいきませぬ。あ!」
ホウ統の指示に従い比翼の上から腕に針を刺そうとした孫仁が答え、何かに気づく。
「なるほど、だから交代なのですね」
「はい、華佗殿の針では奥方様の比翼を貫くことは容易ではないはず。
無論、過信は禁物ですが…」
ホウ統の言わんとするところを理解した孫仁が頷いて華佗へと向かっていく。
「秋茜殿、華佗殿の力はまだ奥が知れませぬくれぐれも注意をお願いします」
「了解!頑張る」
「馬超殿」
「応!」
ホウ統の呼びかけに小気味よい返事が返る。
どうやら今までのやりとりで馬超もホウ統の力を認めたらしい。
先ほどまで僅かに見せていた不信感は払拭されている。
この辺はやはり馬超も関羽と同じ一軍を預かる武人なのだろう。
自らを納得させるだけの力を示せばその相手の指示に従うことに不満はないらしい。
「許チョ殿の肉体は凝縮された筋肉の固まりです。
その力を要所で解き放つことで驚異的な力と速さを生み出しています」
許チョの方へと歩を進める馬超の背中にホウ統の言葉が投げかけられる。
「おそらくその戦い方と許チョ殿が先ほどから一歩もあの位置を動いていないこととは無関係ではありません」
馬超はその言葉に小さく頷きを返すと長槍を構えて許チョと正対する。
そして、その采配の見事さに玄は感嘆しホウ統にお思わず見とれてしまう。
「ホウ統…」
孫仁と馬超の戦いについて的確な指示を出しながらも激しく打ち合う関羽と張飛からは相変わらずホウ統は目を離さない。
その姿からはどんな小さな手がかりも見逃すまいとする執念すら感じられる。
「華佗殿と許チョ殿の力…まだその片鱗しか見ていませんが、先ほどよりは相性での不利は解消されると思います」
玄の呟きを問いかけだと勘違いしたホウ統が自信無さ気に答える。
もともと気の弱いホウ統である。
今までは暗示の力に頼りなんとかやって来たことを今回はいろんなものを振り絞って暗示に頼らず戦っている。
気丈に言葉を紡いではいるが精神的なプレッシャーを相当感じているのだろう。
「ホウ統、もっと自信を持って。
今の指示だってホウ統だからこそ出来た的確な指示だと思う」
「俺もそう思うぜ。
俺達みたいなのは力があっても使いどころがよく分かってないのが多いからな。
おまえみたいなのがそうやって的確に力の使いどころを教えてくれるのはありがたいもんさ」
ホウ統の隣で戦況を見つめていた悪来もそう言って歯をむき出しにして笑う。
「ホウ統。
ホウ統が俺達の軍師で本当に良かった。
俺は心からそう思ってるよ」
「玄殿、悪来殿まで…」
「さあ、ホウ統。
戦いは始まったばかりだ、気合い入れていこう」
2人の言葉に僅かに肩を震わせるホウ統に玄は元気よく声をかける。
「…は、はい!」
いくらか吹っ切れた感じの返事をしたホウ統の視線の先ではちょうど激しい打ち合いが一段落した関羽と張飛が離れて対峙したところだった。
「どうだった?ホウ統。
申し訳ないけど俺じゃ2人の攻防を細部まで見極めるのは無理だし、そもそも以前の張飛を知らないからどこがどう違うかも全然わからないんだけど」
「私にも分かったことは僅かなんですが…」
そう前置きしたホウ統は玄に張飛と睨み合う関羽へ同時通訳を依頼する。
ホウ統が直接伝える為には大声で叫ばなければならないが、操者である玄が伝えるなら
普通に話しかければいい上に相手にその言葉を聞かれずに済む。
「まず1つ目。
張飛将軍は関羽将軍のことを当人同士の間では親しみと信頼を込めて『兄貴』と呼びます。
もちろん公式な場などでは別ですが今回の場面では些か不自然です」
ホウ統の言葉に玄はなるほどと頷く。
「そうか…関羽と張飛は義兄弟で張飛は関羽の訃報を聞いて激昂するくらい絆は固かったはず。
そんな関羽に思いがけず再会出来たのにあの対応は確かに不自然かも」
「ただ、戦うことが前提で対峙しているのならばそういうこともあるかと思いますのでさほど気にすることではないのかもしれませんが…」
ホウ統の言葉を伝え聞いた関羽は僅かに頷く。
関羽自身も若干の違和感を感じていたのだろう。
「2つ目。
2つ目は張飛将軍の戦い方です。
張飛将軍は武に関しては天然の天才です。
その戦いっぷりからはただ力任せに戦っているような印象が強いですが、その動きは本人も意識しないまま理に適ったもの」
「天然の天才って…」
奇妙な言い回しだが今まで聞いていた張飛のイメージに妙に当てはまる。
「にもかかわらず、今の張飛将軍の戦い方はほんの僅かですが無駄があるように思います。
そしてそれらの傾向が強く現れるのはやはり右腕が絡んできた時です」
「それって張飛が右腕を使いこなせてないってこと?」
玄の問いかけにホウ統は小さく首を振る。
「その可能性もありますが、私が感じたのはそうではありません。
武術には詳しくないのではきとは言えませんが…」
ホウ統が僅かに言い淀む。
感じた違和感を言葉にするのが難しい上に武術に疎い自分が言って良いことなのかどうかを迷っているのだろう。
「ホウ統、関羽が『申せ』…だって」
「は、はひ!つまり…」
「ほう、つまり右腕が絡んだときだけは翼徳らしからぬ動きが混じる…と?」
張飛とにらみ合いを続けながら関羽が髭を揺らす。
「そうみたいだね。
でもそれは張飛が右腕を使い切れていない訳じゃないらしい。
ホウ統の見解としては右腕の基になった武将の影響じゃないかって」
「ふむ…」
「確かにアイテムに変えられた武将達にも僅かながら意志が残ってるってのは今までで証明されてる」
関羽の連理や孫仁の比翼も関羽達が話しかければ僅かながら反応をすることがある。
だが、なによりも孫策が装備していた変化する鎧。
孫権が変化していたこの鎧こそが無器物に変化した武将にも意志があることを証明している。
意志があったからこそ関羽のフェイントも通用したし、何より孫策を守るために性能の限界を超えてまで無茶をすることが出来た。
「そう考えれば右腕にも意志があって不思議はない…
しかもその右腕は完全に張飛と繋がってる訳だから…」
ホウ統の意見をゲーム的な視点から玄が検証していく。
「うまく言えないけど…混じっているのかもしれない」
「む、確かにそう考えれば本来の翼徳らしからぬ違和感にも説明がつくやもしれぬ」
玄が考えたことと同じような結論に関羽も行き着いたのだろう、玄の曖昧な例えにもあっさりと同意する。
「さっきから何をぶつぶつ言ってんだ関羽よぅ!
せっかく良い感じにあったまって来たところだろうが!」
距離を取って以降動かなくなった関羽にしびれをきらした張飛が蛇矛をくるくると回しながら怒鳴る。
「ならばいかにする士元」
怒鳴る張飛を関羽は無視すると顎髭をしごきながらホウ統へと問いかける。
「…混じるというのがどういうことなのか、混じっているとすればどの程度張飛が右腕の人格の影響を受けているのか…
その辺を探るために今度は『揺さぶり』をかけてくれってさ」
「ふん、次は内面からも…か。
一皮剥けた我が軍師は頼もしいではないか、なぁ玄よ」
にんまりと笑う関羽を見て玄も同じように笑う。
「もちろん!でも今頃気がついたの関羽?」
「む? くくくっ…
違いない!許せよ、子元!」
玄の皮肉めいた言葉に肩を震わせた関羽が楽しげに答え、冗談めかしたホウ統への謝罪の言葉と同時に張飛へと向かっていく。
「おほ!きやがったぜぇ!」
喜々としてして蛇矛を構える張飛に向かって関羽は一気に間合いを詰めると大上段から連理を振り下ろす。
「ひょお!っと」
もちろんそんな攻撃が当たる訳もないが関羽の連理を受け止めた張飛の動きが止まり交差した武器越しに2人の視線がぶつかる。
一瞬の沈黙の後、関羽がゆっくりと口を開く。
「旗槍術を使っていたそうだな」
「…だからなんだってんだ」
思いがけないひと言だったのか張飛の顔から一瞬にして喜色が消える。
「ふん…
あれは我らが兄者と一緒に死に物狂いで戦っていた時期にお前が創り上げたものだ」
「…」
「あの技には我らの『兄者と兄者の軍を絶対に守る』という誓いが込められていた」
「う…そ、それがどうした!こんな世界じゃ関係ねぇ!」
「うむ、確かに関係ないな」
張飛の言葉にあっさりと頷いた関羽が次の瞬間、連理に力を込める。
「ならば何故使った!
使う必要の無いものを戦場で使うお前ではなかろう翼徳!」
「ぐ!」
連理に押し込まれるように膝を曲げた張飛の表情に初めて焦りの色が現れる。
「お、俺は…あ」
「兄者の行方を知っているのだな」
有無を言わせぬ関羽の問いに張飛の目が驚愕に見開く。
「!」
「だからこそお前はここに関を建てた」
「そうか!なんでこんな所にわざわざ関なんか作って動かないのかと思ったら…」
関羽の言葉は玄が疑問に思っていたことの回答だった。
張飛はこの関を越えた先に劉備がいることを知っていた。
それなのに何故劉備の側にいないのか、その理由は分からない。
だが、劉備がいる南へ南下するための主要路であるここへ関を築き他者を遠ざけることで張飛なりに劉備を守ろうとしたのだろう。
「おまえは…」
「どりゃぁ!!」
更に問いつめようと関羽が口を開こうとした時、関羽の問いかけに動揺していたはずの張飛の表情から一瞬にして迷いが消え、もの凄い力で関羽を弾き飛ばした。
「むぅ!」
「今、右腕が…」
その直前、関羽と張飛のやりとりを玄の通訳で聞きながら2人を見守っていたホウ統が呟く。
「うん、ちょっと蠢いたよね?」
「もしかしたら…混ざっているのではないかもしれません」
「どういうこと?」
「ごちゃごちゃ言わずに殺し合おうぜ!」
戦場では弾き飛ばした関羽に今度は猶予を与えずに自ら間合いを詰めた張飛が怒濤の攻撃を仕掛けている。
そうなってしまうとさすがの関羽も張飛の攻めを凌ぎながら無駄口を叩く余裕はないらしく防戦一方である。
「混ざっているのではなく2つの人格が張飛将軍の身体の中で支配権を争っているのかもしれません」
先ほどまでより少しだけホウ統の声が明るい。
「えっと、1つの身体に2つの人格って意味じゃ混ざっててもそうじゃなくても同じことだよね」
「はい、ですが今後の展開においてその違いは我らにはとてつもなく大きいのです」
「俺達にとっては混ざってない方がいいってこと?」
玄の自信無さ気な問いかけにホウ統が頷く。
「はい。
混ざってしまった物を再び別々に分けるのは困難ですが、くっついているだけの別々の物を切り離すのは比較的容易です」
「あ!なるほど」
そのホウ統の言葉で言わんとするところを理解した玄が手を叩く。
「1つの袋に入れられた酒と水をまた2つに分けるのは無理だけど、1つの袋におしこんだ饅頭と肉まんはまた2つに分けられる。
そういうことか!」
「その通りです。
これならやり方次第で元の張飛将軍にお戻しすることが出来るかもしれません」
もしホウ統の言うとおりならば確かに玄達にとって明るいニュースと言える。
「ただ問題は、『どうやって』…か」
「はい。
それを今から私達で考えなくてはなりません」
「確か…馬超の話では斬り落としても駄目だったんだよね」
先日聞いた馬超の話を思い起こしながら玄が確かめるように問いかける。
「はい」
「やっぱ意志があるからなかなか離れないのかな…
ん?ちょっと待てよ…そもそもどうして右腕がそんなことになったんだっけ?」
「それは馬超殿が張飛将軍の腕を」
玄の言葉に答えようとしたホウ統を玄が慌てて手を振って止める(もちろんホウ統にはその様子は見えないのだが)。
「あぁ、違う違うそれはわかってる。
んと、俺が言いたいのはあれを腕にして、くっつけようとしたのは誰だって話」
「…それは華佗殿ではないかと。
張飛将軍が右腕に抵抗していたときに華佗殿に激昂していたという話ですので」
「ん、だよね…でもいくら華佗が名医だとは言っても人の魂を右腕に加工してくっつけるなんて医術がある訳ない」
「そうですね、少なくとも私は聞いたことはありません」
「うん、だとすればそれはこの世界での華佗に与えられた『特殊技能』の1つ。
とすると、ゲームの定番の1つに『術を破る為にはその術者を倒せばいい』ってのがあるんだけど…」
「…なるほど。
確かに玄殿の案は一理あります。
魂を腕たらしめているのが華佗殿の術によるものならば華佗殿ならばそれを解くことも出来るかもしれません」
「あ、そうか単純に倒すだけじゃまずいよね」
玄は単に華佗を『倒す』つもりで話していたが、場合によっては華佗を倒してしまっては誰も術の解除が出来なくなってしまう可能性もある。
「はい、となれば関羽将軍には再び持久戦をお願いしてください。
情報収集を続けつつ、華佗殿を説得します」
「でも、説得って言っても…」
玄の言葉にホウ統も申し訳なさげに頷く。
「はい、今までの情報からだと華佗殿が私達の言葉に耳を傾けてくれるとは思えません。
可能性は低いですが、少なからず面識のある奥方様にお任せするしかありません」
「了解。
ホウ統、説得だって俺達が取るべき手段の1つでしかないよ。
説得の結果はどうあれ俺達は次案を考えなきゃ」
「玄殿…はい!そのとおりです」
力強く頷くホウ統に玄も頷き、今の内容を自分達の戦いに集中していた茜へと伝える。
「なるほどね…分かった、やってみる」
玄の言葉に頼もしく答えた茜だが、華佗との戦いは苦戦を強いられていたのである。




