臨戦
玄の呼びかけに応えて姿を見せたのは、関羽、孫仁、悪来、ホウ統の四人。
一応『竹』にも連絡をしてみたが、VSの近くにいないのか返事が無かったため馬超はこの場にいない。
だが、馬超の傷の回復にはまだもう少しかかる。
さらに、廖化の力の宿ったアイテムを馬超が持っていることを考えれば1人の方が馬超の移動は安全かつ迅速。
むしろ関羽達が先行して後から追ってきて貰う方が無駄がないはずというホウ統の意見を関羽が承認。
『竹』に対して伝言を残して移動を開始していた。
「それにしても、蜀の地は本当に険しいのですね」
峻険な山道を歩きながら周囲を見回した孫仁が思わず漏らす。
「は、はい。
そうでなければ、てて天下三分の計は成り立ちませんでした」
足下が悪いにもかかわらず跳ねるように上っていく孫仁の後ろを危なっかしい足取りで追いかけながらホウ統が答える。
「ん?なんだその天下三分ってのは」
その後ろを普通の馬には出来ないような身のこなしで人と同じ速度で上りながら悪来が問う。
「あ、そうか。
悪来は諸葛亮が世に知られる前に死んじゃったから知らないのか」
「ならば玄よ、お前が説明してみよ」
一行の先頭で連理を振りながら孫仁達の為に道を作っていた関羽が玄の言葉尻を捕らえて言う。
「またぁ、すぐそうやって人を試すようなことするんだよなぁ」
「げげ玄殿、わ私も孔明軍師のてて天下三分の計がど、どの様に伝わっているのかき、聞いてみたいのですが」
「う、いいけど…
所詮は本で読んだ知識だから正確かどうかは分からないけど、それでよければ」
さすがにホウ統にまで頼まれては嫌とは言えない。
幸い広がった到達エリアのおかげで敵の接近はかなり事前に把握出来る可能性が高い。
いくら疲れないとはいえ険しい山道をひたすら行軍するだけというのは苦痛だろう。ならばのんびりとそんな話をするのもありだろう。
「えっと、どうせなら流れを追って話すよ。
話は劉備が諸葛亮孔明を軍師に迎えようとするところから始まるんだ」
西暦200年頃、曹操はとうとう河北一帯を領していた袁紹を打ち破って河北を制し中華の北半分の覇権をほぼ手中にした。
そしてその勢いで南進をするべく機会を窺っていた。
しかし、劉備は徐州陥落後に頼っていた袁紹の陣営を離れ劉表を頼り、荊州北部に新野という小さな居城を構えているだけであった。
このころになり、劉備は自分の陣営には関羽、張飛、趙雲と言った武勇は揃っているが大局を見て戦略を練り、戦場にて策ををふるう知略に優れた人材がいないことを痛感していた。
そんなときに劉備の陣営に訪れたのが『単福』と名乗る人物である。
しかし、単福というのは偽名であり本名は徐庶 元直と言った。
徐庶 字は元直
中国後漢末期の武将。
劉備と面会した徐庶はその人柄を認め仕官を希望、劉備も徐庶をいたく気に入り軍師として登用した。
その直後、南進を企てる曹操軍の先鋒として曹仁、李典率いる魏軍5千が新野城に攻め寄せる。
この攻防戦で徐庶はわずか2千の兵でこれを迎撃し、見事に打ち破るのである。
更に報復と称して曹仁、李典が2万5千の兵で南下すると、曹仁が使用した『八門金鎖の陣』という戦略を見破り完膚なきまでに叩き伏せた。
それを聞いた曹操は劉備の下に有能な軍師が付くのを恐れ程昱の策により、徐庶の母親を人質に取り、筆跡を真似た偽の手紙を送ることで魏に降らせる事に成功する。
やむなく魏に降ることになった徐庶は去り際に諸葛亮を軍師に迎えるようにと劉備に推薦して去る。
徐庶の一件でますます軍師の存在の重要さを思い知らされた劉備はその薦めに従い諸葛亮を軍師として招聘することを決める。
その頃の諸葛亮は隆中というところで晴耕雨読の毎日を送っていた。
劉備はそれを知ると関羽と張飛を連れ、自ら諸葛亮の庵を訪ねた。
しかし、肝心の諸葛亮が留守にしており2度までも空足を踏む。
そして3度目にようやく諸葛亮と会うことが出来るのだが、孔明は仕官を固辞する。
しかし、劉備自ら3度も足を運んでくれたことのお礼として提案したのが『天下三分の計』である。
当時、曹操の支配する中原は、政治・文化の中心地ではあったものの、黄巾の乱によって耕地は荒廃し、人口も激減していた。
それに比べ、乱の影響の少なかった荊州や益州は避難民なども流れ込み人口が増加していた。
特に荊州の肥沃な耕地、豊富な人材資源は突出していた。
そんな土地にもかかわらずここには強力な支配者がいなかった。
この荊州や益州を支配下に置き、防衛を固めつつ国造りを行う。
そうすれば地盤固めにおいて完全に出遅れていた劉備にも、魏や呉に比肩することが出来る。
更に勢力が拮抗した3国が鼎立されることで、どこかが争えば残りの1国が得をすることになる。
それは迂闊に戦が出来なくなるということであり、その間に地理的に守りも堅い益州で最も劣っている軍事力を養う。
その後、呉と協力して魏を打倒。
しかる後、呉との決戦に勝利して中華全土を統一する。
そこまでを見据えた広大な戦略が『天下三分の計』であった。
諸葛亮からこれを聞いた劉備は今までの逃げ続けるだけで精一杯だった我が身を思い恥じた。
そしてその壮大な計画を成し遂げる力のない自分のせいで漢王朝の滅びを止められないことに涙する。
諸葛亮は己を飾らずひたむきに国を思うその劉備の姿に感銘を受けた。
徐州の大虐殺を経験していた諸葛亮はなによりも先に国と民を思う劉備に共感するところがあったのだろう。
こうして稀代の天才軍師諸葛亮 孔明は三度庵へと足を運んだ熱意と国や民を思う志に打たれ劉備 玄徳へと仕えることになる。
これがかの有名な『三顧の礼』である。
「…って感じかな。
三顧の礼の部分は余談だけどね」
語るべきことを語り終えた玄がおそるおそる周囲をうかがう。
自分の知っていることをなるべく主観を交えずに話したつもりだが、実際にその場にいた関羽や経緯を知っているだろうホウ統がどういった反応するのかが分からないためである。
「ふん、細かな違いはあるが大筋は間違ってはいないようだな」
「は、はい。
ふ不思議なも、ものですね…
あのと、ときのことは特にだ、誰も言いふらしたりはし、してないはずなのに」
つまらなそうに感想を述べる関羽にホウ統も続く。
どうやら後世に伝わっている話は概ね正しく伝わっていたらしい。
「ふん、実際には我らも3人で行った訳ではないからな。
供の兵どもからおもしろおかしく伝わったものもあろう」
「そそそうですね」
「それにしても、あの方はやはり凄いお方だった。
俺の死後僅か3年であの強大だった袁紹を破り天下の半分を手中にするとは」
典韋が感極まったように声を震わせる。
もともと典韋が死んだ戦いの原因は当時勢力争いをしていた張繍を破り降伏させた曹操が張繍の族父張済の未亡人を無理矢理に側妾にしたことで張繍の恨みを買ったことにある。
しかし、典韋がいつも通り曹操の周囲を厳重に警備していれば張繍に反乱を起こす隙を与えなかったかもしれない。
なぜなら張繍は反乱を起こす直前に典韋を酒に酔わせ武器を奪っている。
これは張繍が典韋の力を恐れていたからに他ならない。
事実、武器を奪われていたにもかかわらず典韋は獅子奮迅の働きをし張繍軍は少なからぬ被害を受ける。
そして、典韋は立ったまま絶命する最期の一瞬まで自らが守る場所からは一兵も敵を通さなかったのである。
だが、状況が絶望的なことは当時の典韋も把握していた。
その中で曹操が無事に逃れられたかどうかすら確認出来ないまま死んでしまった典韋にとっては悔いが残る最期だった。
しかし、自分が命をかけて守ろうとした人が無事にその場を生き延びてくれた。
なおかつ天下を牛耳る程に成長してくれたという事実は自らの死が無駄ではなかったという証明。
悔いが無くなるわけではないが少しは救われたような気がするのだろう。
「そういえば悪来は自分が死んだ後の事は今まで一度も聞かなかったよね」
「む…ま、まぁな」
玄の問いかけに歯切れの悪い返事をする悪来。
「ふん、おおかた自分が迂闊だったせいで曹操殿に迷惑をかけたのではないかと思って聞けなかったのだろうよ」
「な!なんだと関羽!」
「わわ、ああぶないです!あ悪来殿」
関羽に喰ってかかろうとする悪来に弾きとばされそうになったホウ統が悲鳴をあげる。
「馬鹿なことだ!
あの曹操殿がその様なことを思うはずもない」
「む!…」
関羽の強い言葉に後ろで暴れていた悪来の動きが止まる。
「曹操殿は言っていた。
『私の私怨や私欲の為に死んでいった将兵や、民がいる。
私の見栄や意地に付き合ったが為に犠牲になった者達もいる。
だが、私はそれを改めようとは思わぬ。
私が変わるのではない、私が世界を変えるからだ。
だが、勘違いするなよ関羽。
死んでいった者達をないがしろにする訳ではない。
私が変わらずとも私に逆らえぬように世界を変えれば私の為に死ぬ者はいなくなる。
それは死んでいった者達にとって何よりもわかりやすい成果だとは思わぬか』
とな」
「…凄いな」
思わず呟く玄に関羽が珍しく声を上げて笑う。
「確かにな、私も最初はなんて傲慢なことだと思ったものだ。
いつも誰かが死ぬことを嫌い、常に自分自身の有り様に思い悩んでいた兄者とは対局であったからな」
関羽の言葉に劉備を思い出したのか優しく微笑んだ孫仁も口を開く。
「ですが、それこそがあの方の最大の魅力。
…まぁ、最も悪いところでもあるのですが…」
そう言って孫仁は小さな笑みを漏らす。
その笑みは何とも言えぬ愛情に満ち,欠片も欠点だと思っていないことが分かる。
「そそそれを成すだけの、ち、力が無ければ本当にただ傲慢なだけのぐ、愚者なのですが…」
「敵ながらまさに傑物であった」
関羽は昔、拠点であった徐州を曹操に攻められ敗れた際に長兄である劉備の消息すら分からない状況になったことがある。
その時の関羽は当時の劉備の妻子の護衛も命じられていた。
その妻子を守るため、曹操麾下にいた張遼の勧めに従い一時期曹操の下に降っていたことがあった。
先ほどの曹操の言葉はその時に聞いたことなのだろう。
「曹操はそれだけの力があったってことよね…はぁ」
関羽達の会話を聞いていた茜が思わず感嘆のため息を漏らした。
実際に当時を生きていた者達から語られる生の人物像に思わず感動したのだろう。
黙ってその言葉に頷く玄にしてもそれは同じ。
むしろ三国志への思い入れが強い分より感動していた。
関羽達から誰がどんなことを『言った』とか『した』ということを聞くということはそれは紛れもなく本物の歴史。
後世に残された資料にはそれを作成した人の主観や想像、または第三者の意志が含まれているため本当に正しいかは分からない。
そして何より実際に誰が何と言ったかなど1つ1つの言葉までは記されていない。
「そうか…曹操様がそんなことを…
なんとあの方らしい」
いつものように感動に浸っていた玄の耳にそんな呟きが入ってきた。
そちらへと視線を送ると馬なので表情はわかりにくいが、妙にすっきりとした表情で呟く悪来がいた。
「本当はずっと気にしてたんだね…典韋さん」
「ああ」
同じように悪来へと視線を向けた茜に小さく頷く。
「ふん、お前が助けてしまったがために我らは苦労させられたわ」
「かかか!
機知に長けたあの方に世渡りの下手なお前らが適うはずなどなかったということさ」
「ふ、ふぬけがぬかしよる」
悪来の憎まれ口に苦笑する関羽だが、怒っている様子ではない。
悪来の言葉が半ば照れ隠しによるものだと分かっているせいだろう。
「なんか、こういうの…いいわね」
「ここまで一緒に戦ってきたんだもんな。
きっと俺たちじゃわからないような絆みたいのがあるんじゃないかな」
そう言って玄は山道を登っていく関羽達をまぶしそうに眺める。
「あら、私達は茜や玄殿とも一緒に戦ってきたと思っていますよ。
ねぇ、ホウ統軍師」
「孫仁…」
「ははは、はいい。も、もちろんです」
「ホウ統…」
「けっ、何を今さら。
お前の力で切り抜けた場面もあっただろうが」
「悪来まで…」
「良かったね、玄」
「あぁ…」
次々とかえってくる歴史上の英雄達からの暖かい言葉に思わず涙がこぼれそうになる玄に同じく涙ぐんだ茜が微笑みかける。
「ふん、戦はまだ終わっておらんのに悠長なことだ。
お前達もあまりひよこを甘やかすでない」
和やかな空気を一瞬で吹き飛ばしたのはやはり関羽であった。
「う…分かってるって、せっかく人が感動してたのに」
「ほほほ、関将軍は相変わらずですね」
ぼやく玄に対してだろう、孫仁が微笑みながら呟く。
おそらく孫仁は関羽も気持ちは一緒だと言いたいのだろう。
だが、関羽はそれを素直に口にしない。
そのことは玄にも分かる。
しかし、今は孫仁からは玄の姿は見えない。
そのため表情などで玄の心情を判断できなかった孫仁は今の言葉を真に受け、玄が傷ついていないかと気遣ってくれたのだろう。
「大丈夫です。分かってますから」
だから玄は孫仁を安心させるようにはっきりとそう答えた。
「それはようございました」
「ふん…無駄口を叩くのもその辺までだ」
先頭を歩いていた関羽の足が止まっている。
「あれが…」
少し遅れ気味だった孫仁も関羽へと追いついて呟いた。
玄は手元のVSを操作して視点を調整し、関羽の頭上あたりからの視点へと変える。
どうやら話をしているうちに関羽一行は大きな山を登り切っていたらしい。
そこから見下ろす景色は木々に覆われた下り斜面とその先に拡がる平野。
そして平野部に抜ける道を塞いでいる建造物だった。
「ああ、あれが、ば馬超将軍が言っていた」
「綿竹関ってやつだな。
さて、関羽。この程度の道と距離なら疲労のない俺たちなら今日中にたどり着けるぜ」
悪来の問いかけにひとしきり顎髭をしごいた関羽がゆっくりと背後を振り返る。
「お前次第だな」
「え?俺?」
「馬鹿が…お前ではないわ」
「玄、後ろ!」
「え?…うそ、いつの間に」
茜の指摘を受けて振り向いた玄の前に立っていたのは長槍を背負った馬超であった。
玄達が出発した後に伝言に気付いた竹が馬超を出陣させ関羽が切り開いた道を駆けて来たのだろう。
「お前の話によれば、敵は我が義弟を含めて3人。
並の将なら3人相手でも臆することなどないが、張飛が相手となれば他に気を配ることはできん。
しかし残りの2人を奥方1人にお任せするのは危険が多すぎる」
厳しい表情で馬超を見据える関羽に対し馬超は気圧されることもなく静かに口を開く。
「張飛殿を目の前にした関羽殿には申し訳ないが、私の傷が癒えるまでには今しばらく時がかかる。
張飛殿の相手は関羽殿に譲るとしても、残った二人も油断のならぬ相手」
確かに、許チョに関して言えば紛れもなく一流の武人。
華佗にしてもこの世界にいる以上はどんな特殊能力を与えられているのか分からない。
ゲームバランスという点から考えれば戦いようによっては関羽すら倒せるような能力を与えられていてもおかしくはない。
そんなことを考えながら馬超の言うことに耳を傾ける玄は成り行きを見守る。
「武人として負傷をおして戦に出なければならないことがあるのも承知のうえ。
しかし、私はまだ死ぬわけにはいきません。
どうしても今すぐ行くというのならば、この同盟を破棄して頂きたい」
毅然とした表情の馬超からは本気であることが十分伝わってくる。
「え?竹さん!」
綿竹での戦いは3対3の戦いになると計算していたにとって馬超に抜けられるのは正直痛い。
多対1の戦いが厳しいものになるということは孫策と周瑜の二人と戦った時に思い知らされている。
「言ったはずだよ。
僕は馬超の意志を最大限尊重するって」
そんな玄の戸惑った声に馬超の操者たる武仁の冷静な言葉が静かに返ってくる。
「で…」
『でも』と言いかけた玄が馬超を引き留めたいと思うのは自分達だけの都合であることを思い出し言葉を飲み込む。
「くくく!よかろう。
もともと当初からその手筈であったからな」
「え?」
馬超がもし抜けるならば関羽と孫仁でどう戦おうかと考えようとした玄をあざ笑うかのように関羽が馬超の言い分をあっさりと承諾してしまう。
「ふん、一度敗れたとはいえ冷静なようだな。
無理にでも突っ込もうとするようならこちらから切り捨てるところだったのだがな」
顎髭をしごきながら笑う関羽に一瞬だけ目を見開いた馬超も苦笑を浮かべる。
「関羽殿も人が悪い。私を試されましたか」
「まぁ許せ。
だが、お前も知ってのとおり我が義弟張飛は強い。
無論、戦わずに話がつくにこしたことは無いが相手は張飛だからな…
少しでも不安要素は排除しておきたい」
こくり…
隣で茜が小さく喉を鳴らすのを聞きながら玄も驚愕せざるを得ない。
これまで圧倒的な強さを見せてきたあの関羽が手放しに強いと認め、万難を排してまで臨まなくてはならないと言わしめる漢、 張飛 翼徳。
なんとなく湧き上がる嫌な予感を払拭するように玄は首を振る。
「じゃあ、あまり近づきすぎるのも危険だからフィールドはここで終わりにしよう。
再集結は明日の夕方6時」
張飛の話を聞いてから玄は張飛のいる地点のマーカーをこまめにチェックしていた。
その結果常に1人は綿竹関に待機していることを確認している。
おそらく、綿竹に待機している誰かが綿竹に近づく者を察知すればすぐさま連絡が行き、三人が揃うことになるのだろう。
つまり今回は目的の相手と出会う為に操者の生活リズムを考える必要はない。
だが、それは裏を返せば張飛達が操者の管理下にいない可能性を示唆している。
馬超の話の中にあった張飛の言葉…
『張飛殿、もしかしたらそれは操者の意向なのではないか?』
との馬超の問いかけに張飛は
『操者?おまえ、まだそんなもんに操られてんのか?』
と答えている。
出来れば張飛になんとかそのあたりを聞きたいと玄は思っているのだがそれを成り行きが許すかどうかは微妙なところだろう。
「よかろう。
奥方はそれまで、今一度動きの確認を致しましょう」
「承知いたしました、関将軍」
孫仁がにこやかに微笑んで頷くと関羽はホウ統にも視線を向ける。
「ホウ統、お主は例の件の考察をしておけ。
今回は戦場後方にて策を振るってもらうぞ」
「は、はははい。
お、お、お任せく、ください」
「む?ほう…よし、任せる」
ホウ統のいつになく前向きな回答に一瞬動きを止めた関羽が僅かに髭を揺らすとホウ統の背中を叩く。
「ごふ!」
「おっと!ってことは俺は軍師殿のおもりかね」
軽く叩いたつもりの関羽の一撃に吹っ飛ばされたホウ統を悪来が自らの横腹で受け止める。
「お、お世話にな、なります。こほ…」
「竹さんもそれで大丈夫ですか?」
「…いいよ。そのころには馬超も回復するし、僕の方は問題ない」
「秋茜さんも…」
「もちろんOKよ」
竹にしてみれば茜が玄の隣いるとは思ってないはずであり、茜のプライバシーを守る意味でも3者は別の場所からアクセスしているという形にしておいた方がいいと考えた玄はあえて声に出して茜へと確認を取る。
「馬超よ、明日はその力十二分に発揮してくれような」
「もとより。
玄徳公にお会いしたときに誇れる戦果を挙げて見せましょう」
静かだが闘気に満ちた目で宣言する馬超の姿は茜が思わず目を奪われるほど凛々しい。
「ふん、兄者に誇れる戦果…か。
まぁよかろう。
だが馬超、これだけは言っておくぞ」
馬超の勇ましい宣言に対し苦笑した関羽が顎髭をしごく。
「『兄者をがっかりさせるな』よ」
「言われるまでもない。
そのために私は戦っている」
関羽の言葉にむっとしたのだろう些か乱暴な口調で言い返す馬超。
その様子を脇に控えて見ていた孫仁が困ったような笑みを浮かべて見守っている。
「レン?どうかしたの?」
「いえ…何でもありません。
あの方の本当のお心、それに気がつくのは馬超殿自身でなければならないのでしょうから」
「え?なんて言ったのレン」
茜の問いかけに明るく微笑んで首を振る孫仁。
「玄!そうと決まればここに長居は無用」
「了解、じゃあ竹さん、秋茜さん明日よろしくお願いします」
「わかった」
「は~い、了解」
返事を確認した玄はすぐさまVSを操作。
同時に周囲を囲っていた木々の映像が消える。
「では、奥方始めましょうか」
「はい」
「って、ちょっと待ってよ!
戻っていきなり始めちゃう訳?」
フィールドを出た途端にいきなり訓練を始めようとする二人に茜が思わず口を挟む。
「関羽、『それほど』なのか」
訓練に水を差した茜に煩わしそうな視線を向ける関羽の視線を遮るように茜の前に立った玄が真剣な眼差しを向ける。
関羽は一瞬の正対の後、小さく顎髭を揺らしゆっくりと口を開いた。
「…この関雲長が心よりその武に感嘆し、我より上だと認めた者はこの世に我が義弟ただ一人」
本来であれば関羽にとって誇らしいことなのだろうが、敵になるかもしれないという現状では嬉しい事実ではない。
「関羽がそこまで…
でも、ということは呂布よりも上だってこと?
確か三人がかりでも勝てなかったんじゃなかったっけ」
「ふん、確かに虎牢関であやつとやり合った時は我が三兄弟と互角であった」
関羽が言っている戦いは反董卓連合軍が洛陽へと攻めあがっている途中の戦いである。
この直前の戦いで董卓軍の勇将華雄を関羽が討ち取り士気軒昂だった連合軍の勢いを虎牢関で迎え撃った呂布はその類い希なる武勇と堅固な関で完全に止めた。
その際に方天画戟で戦場を暴れ回る呂布を迎え撃ったのが張飛である。
二人は互角の打ち合いをするが、その決着つかぬ間に関羽と劉備が助太刀に入り3人がかりで呂布を討とうとしたが呂布はこの攻めすら凌ぎきって戦場を離脱する程の豪傑だった。
「だが呂布の武は驚くほどに洗練され、あの時点で殆ど完成していた。
しかし、我らの武は荒削りでまだまだ伸びしろがあった。
特に翼徳に関しては天賦としか言いようがない。
限界がないのだ」
「限界?」
「そうだ。
翼徳は型に囚われぬ。
囚われぬが故に『極める』ということがない。
だがだからこそ無限なのだ。
『極める』というのは言い換えればそこが上限ということだからな」
「なるほど…」
関羽の語る言葉はやや抽象的だが武術を知らない玄にもわかりやすい。
「『極める』ということに特化した武という意味では趙雲や黄忠がそうだな。
趙雲の槍術、黄忠の弓術は我から見ても凄まじい。
こと、その一点で競ったならば我とて適わぬだろうな」
戦友達の勇姿を思い浮かべたのか関羽の表情が変わる。
本来なら昔を懐かしんだ笑みでも浮かべる場面なのだろうが、関羽の顔に浮かんでいるのは闘志を漲らせた獰猛な笑みである。
(うわぁ、全く負けるとは思ってないみたいだね)
そんな玄の内心の呟きをよそに関羽は続ける。
「だが、翼徳は野生の勘とでも言うべきか…何かを思いついたり、誰かの技に影響されたり、ひどいときにはふとした気分の変化だけでも『何故か』飛躍的に強くなるのだ。
それも何度でもだ」
関羽の呆れたような最期のひと言に黙って聞いていたホウ統も頷く。
「はははい、わ私にも張飛将軍のあ、あの現象はえ、永遠にな、謎です」
「ホウ統さんにも謎なのね…
なんだか聞いてた話以上にとんでもない人みたいね。
つまりは『今日は良い天気だなぁ、あ!強くなれそうな気がする』で強くなっちゃったりするんでしょ」
「ふふっ、さすがにそれは極端過ぎませぬか茜」
茜の脳天気な例えに孫仁が口元を抑えて上品に笑う。
「はは、確かにね~。まぁとことん大げさに言えばってことだけど」
「うむ、そういうことだ!」
「「え~!」」
ところが、大まじめに頷いた関羽に茜と孫仁が全く同じタイミングで声をあげる。
「馬超の話の中で出てきた『旗槍術』という技があったな?」
「ああ、軍旗を使って戦うってやつ」
「あれを身につける前日まで張飛はちゃんと軍旗を片手に持ち、もう片手で蛇矛を持って戦っていたのだ。
だがある朝起きたら
『兄貴!今日は目覚めが良くてよ!ちょっとくっつけてみた。
ちょっと仕合ってくれよ』
と言って急に軍旗を蛇矛に縛り付けて現れた」
「全く意味がわからないんだけど…」
茜の呟きに玄も頷かざるを得ない。
「そう言ってくれるな。
この我とて理解出来ぬのだからな。
だが仕合った時、既にしっかりとした武術になっていた。
そして、あれを覚えたことで今まで直線的な動きが多かった翼徳の武に円の流れが自然と加わるようになり翼徳は飛躍的に強くなった」
「…確かにとんでもねぇな、そりゃ」
同じ武人として強くなること、極めることの難しさを良く知っている悪来も驚愕が隠せない。
「お、おそらくですが、それまでぐ、軍旗を持ちながら戦っている間にち、張飛将軍のか身体の中に旗の動きと槍の動きの経験が蓄積ささ、されていたのだとお、思います」
ホウ統が身振り手振りを交えながらなんとか張飛の強さを理論づけようとする。
「なるほどね…リアルレベルアップか」
「何それ?」
そんなホウ統ですら説明に苦慮するような出来事を妙に納得している玄に茜が説明を求める。
すると玄は後ろを振り返りそこに乱雑に積み上げてあったソフトの中から『ファイドラ』を手に取って見せる。
「これが何?」
ファイドラとは『ファイティング ドラゴン』というタイトルの大人気ロールプレイングゲームである。
主人公の少年が龍族との戦争の中で様々な龍達と時に戦い、時に仲間になりながら世界の平和を目指すと言う王道RPGであり、現在は3までが発売され、いずれも100万本以上を売り上げている。
「この手のゲームのレベルアップを現実に当てはめて考えてみて。
主人公達はガンガン戦闘して経験値を貯める。
でもどんなに戦っても経験値が一定値に達するまではまるっきり強くならないんだ」
「…あぁ、なるほど。
確かにレベルが上がると能力値がいきなり上がるわよね。
でもそんなの現実じゃありえないじゃない」
茜の言葉は正しい。
現実ではゲームの様にいきなり成長したりはしない。
日々の努力の積み重ねで少しずつ能力を身につけていくのだ。
「それが通用しないから張飛 翼徳なんだろうね多分」
「本当に規格外なのね…」
呆れたようにため息をつく茜を尻目に玄は再び関羽へと視線を向ける。
「関羽、張飛との戦闘は避けられそうにないの?」
「…我とて戦いたくはないが、あいつは思いこむと人の話を聞かぬところがある。
それに例の腕のこともある。
ゆっくり話をするにしても一度叩きのめさねばならくなるだろうな」
顎髭をしごきながら張飛のことを話す関羽はまさに弟を心配する兄である。
「そっか…
それで例の腕に関しての対策をホウ統に?」
「うむ、それに関してはお前も士元に協力してやってくれ。
お前の得意な『げぇむ』とやらの知識が士元の役にたつやも知れぬからな」
「了解、わかった。
訓練の出鼻を挫いちゃってごめん。
でも、少しでも張飛について知ることが出来て良かったよ」
「ふん。
では、奥方」
「はい」
連理を構えようとした関羽がふと思いついたように脇にぼぉっと突っ立っていた悪来に声をかける。
「悪来、お前もやるか?
馬の身体とはいえ剣が持てぬ訳ではなかろう。
お前なら身体は違ってもそこそこ使えるのではないか?」
「ん?…あぁ!
なるほど、口で銜えりゃいいのか。
そりゃ面白そうだ。混ぜてくれよ」
「む、よかろう。
我の剣は奥方が使っている、士元の剣を借りるがよい」
「おう、わりぃな。貸して貰えるか」
「ははい、ど、どうぞ」
武人であれば自らの剣を貸すこと、ましてや口で銜えられることに忌避感があるのかもしれないが、ホウ統にはそれはないらしい。
危なっかしい手つきで腰から剣を抜くと柄の部分を悪来の方へと向ける。
「じゃ、ちょっと失礼するぜ」
やはり剣を持って戦えるかもしれないということが嬉しいのだろう、楽しげに剣の柄を銜える。
「むが…っと、よっ…
やっぱり力が入るのは横だな」
ホウ統から借りた剣を器用に横向き縦向きに何度か銜え直した悪来が手応えを試して呟く。
「どうやらいけそうだ。
後は実戦で試してみないとな、関羽頼むぜ」
全身を戦いの予感に震わせる悪来に関羽は静かに頷く。
「よし、ならばまずは奥方と立ち合え」
「んが?俺は構わんが…」
てっきり関羽と出来ると思っていた悪来は残念そうに首を落とす。
「奥方、悪来がどんな戦い方をするのかは私にもわかりません。
実際に今の悪来の戦い方が参考になる相手はいないでしょうが、出方のわからぬ相手との戦いを控えた今、どんな戦い方をするのか想定出来ぬ相手と立ち合うことは決して無駄にはなりますまい」
そんな悪来には見向きもせず、孫仁へと視線を転じた関羽は悪来との仕合いの必要性を説く。
「もちろん私には是非はありませぬ。
ですが、なるほど…そういう理由なのですね。
そうならば、むしろこちらからお願いしなければなりませんね」
そう言うと孫仁は剣を銜えたままの悪来に向かって小さく頭を下げる。
「どうか、お手合わせ願います。悪来殿」
「ちょ!ちょっと待ちなよ姫さん。
ただの訓練じゃねぇか、俺だって少しは役に立ちたいからこうして訓練しようとしてるんだ。
水くせぇことは無しでいこうぜ」
丁寧に礼を尽くす孫仁に迂闊にもがっかりした態度をしてしまったことが後ろめたくなった悪来が慌てて首を振る。
「ふふ、では手加減はなしに願います」
「おお!もとよりこっちも慣れない馬の身だ、加減なんか出来ないぜぇ」
二人が臨戦態勢に入ったところで関羽が玄へと視線で合図をしてくる。
「了解」
玄はそれを受け素早くVSを操作し三人を画面の中へと移す。
部屋の中で等身大で暴れ回られるのは玄達にとってもごめんこうむりたいところだろう。
3人を画面に戻したのを確認した玄はVSを机の上に置くと大きく息をついた。
「それにしても…あんな関羽は初めて見るよ。
なんか余裕が無いって言うか…切羽詰まった感じ?」
玄と関羽の付き合いなど短いものだが、関羽はいつでも威風堂々として余裕を失うことはなかった。
それを聞いたホウ統は目を閉じると静かに深呼吸をする。
そして、ゆっくりと目を開け知的モードに突入したホウ統は淡々と語り始める。
「はい、ですがそれは関羽将軍が本当の意味で臨戦態勢に入ったということでしょう」
「え?」
「もちろん今までの戦いにおいても手など抜くはずもありません。
ですが、関羽将軍は将なのです。
多くの部下を抱え、軍勢を率い、国のために勝たなくてはなりません」
「確かにそうだけど…」
「将が揺れればその軍全部が揺れます。
だからこそ将はどんなに追いつめられた状況でも泰然自若としている必要があるのです。
玄殿は関羽将軍の戦い方を見て何か気がついたことはありませんか?」
ホウ統の問いかけに玄は関羽の戦いを思い出してみる。
関羽の凄さは玄の脳裏に焼き付いている。
だから関羽の戦いぶりは詳細な部分まで脳裏に思い描くことが出来る。
それでもホウ統が意図しているような何かは思いあたらない。
「ごめん、漠然と聞かれるとちょっと思いつかない」
「では、戦う場面において関羽将軍が慎重だと思ったことは?」
「…あ!…ある。
致命傷を避けるのはもちろんだけど、ここで思い切って攻めれば多少の傷を負っても相手を倒せるんじゃないか?
みたいなことはあった」
玄の言葉にホウ統は小さく頷く。
「そっか…その時に思ったんだ。
関羽は一軍を指揮する立場だから自らが負傷して戦線を退く訳にはいかない。
だから慎重を期して確実に勝ちにいくんだなって…」
ホウ統は小さく頷く。
「まさしくその通りです。
軍というのは巨大な生き物であり、将は急所なのです。
特に晩年の関羽将軍は荊州の全権を担っていましたからその傾向は更に強くなっていたでしょう」
「つまり関羽は将としての関羽から一武人としての関羽になりつつあるってこと?」
「違います。
表現しづらいのですが敢えて言うなら『戻りつつ』あるのです。
私が見る限り関羽将軍は将として類希な力を持っていますが、本来最もその力を発揮出来るのはなんの枷もなく個の武を発揮するときだと思うのです」
ホウ統が言うように確かに関羽は為政者としても有能であった。
それは荊州をしっかりと治め領民からも慕われていたという歴史が証明している。
しかし、なまじ有能であったが故に剛情で自信を持ち過ぎる傾向があった。
そのため曹操を討つ為にには関係を良好に保ち続けなくてはならなかった同盟国である呉の君主孫権が自分の子と関羽の娘の縁談を持ち込んできた時も『孫権ごときに虎の娘はやれん』と一蹴して孫権を怒らせたりもしていた。
しかも、これはほんの一例である。
関羽は自らの力を過信し、孫呉を侮り、自分さえいればなんとかなると思っていたのだろう。
しかし、その考え方こそがまさしく個を重んじる人間の思考。
「最初の頃は将としての癖があったでしょう。
その後は奥方様をお守りするという使命感がありました。
ですが、奥方様は当初より見事な覚悟を示され、厳しい関羽将軍の指導を見事にこなされてきました。
そして関羽将軍が認める程の武を奥方様は身につけたのだと思います」
「レン、凄い頑張ってたもの。当然よ」
茜の言葉にホウ統も頷く。
「それでも並の相手ならば関羽将軍は奥方様を気遣う戦をしたでしょうが…」
「でも今回はそんな余裕はない…か」
「はい」
「厳しいわね…みんな無事で丸く収まるといいんだけど」
茜の言葉に玄も心よりそう願わずにはいられない。
形として敵になったとは言え、今まで出会った武将達の誰1人辛い思いなどさせたくはなかった。
そしてこれから出会う武将達にも…
コンコン
そんなしんみりとした空気の中、控えめに玄の部屋の扉が叩かれる。
「はいよ、なに?」
玄は素早くVSを布団の中にしまう。
そうしないと投影されているホウ統を見られてしまうからである。
カチャ
「玄、いい?」
「何?」
「ま、あんたはどうでもいいんだけどね。
茜ちゃん借りたいんだけど」
「え?私ですか。恵さん」
ドアを開けてのぞき込む玄の母の言葉に茜は自分を指さす。
それを見てにこりと微笑んだ恵はドアを全開に開く。
「そう!実はさっき、例のお洋服が届いたのよ!
そしたらちょうど茜ちゃんが家にいるじゃない?
これはもうすぐに着せろっていう神様のお告げだと思うのよ」
身振り手振りを交えながら興奮している母を見て玄は小さく溜息をつく
「そんな大げさな…でもあれ、もう着いたんですね」
恵の興奮ぶりに苦笑しつつも茜もやはり女の子である。
気に入った服が届いたとなれば気になるらしい。
「茜、行ってこいよ。
…ていうか、行ってきてください。
じゃないとまた後で俺が怒られるし」
「ははは、そうね」
先日、実際に怒られているところを見ているので茜も素直に頷く。
それを聞いてにぱぁっと表情を輝かせて何度も頷く恵。
どっと疲れたような玄とは対照的である。
「こっちは俺とホウ統でとりあえず話しとくから」
「わかった。ちゃんと後で報告してね」
「了解」
玄の返事に満足げに頷いた茜が立ち上がって部屋を出て行こうとする。
「あ、母さん。
俺と茜、正式に付き合う事になったからそのつもりでよろしく」
「ちょ、ちょっと玄!なんで今言うのよ!」
なんの心の準備もないところへいきなり親への紹介という局面に放り込まれた事に慌てる茜の隣で一瞬きょとんと固まった恵の表情が次第に歓喜へと変わっていく。
「…まぁ!まぁまぁ!玄!でかしたわよ!
ちょっと遅い気もするけど結果オーライ。
母さんあんたをちょっとだけ見直したわ!
ほんっっと煮え切らないでぐだぐだして、いつまで茜ちゃんを待たせるのかと思ってたのよ。
こんなゲームおたくな息子だけどよろしくね茜ちゃん。
なんかあったらなんでも言いなさい!私が玄をとっちめてやるから。
だから捨てないであげてね」
天にも昇りそうな勢いでテンションマックスな恵は感極まって茜に抱きつくとそのまま階下に拉致しようする。
「あ、ありがとうございます…っていうか、恵さんも知ってたんですか?」
茜にとっては自分ですら気づいていなかった気持ちを、親友である舞に看破されてたことだけでも衝撃だったのだ。
「……ん?どうして知られてないと思ってたの?」
心底不思議そうに逆に問い返してくる恵に茜は耳まで赤くなる。
「はぁ、ここでもか…」
小さく呟く茜を見て恵は玄と茜を交互に見ると盛大な溜息をついた。
「どっちもどっち…ってことね。
まぁお似合いって言えばお似合いよね。
さあ、そんなことより二人の馴れ初めの話でもしながら着せ替えタイムよ」
「えぇ~いくら恵さんでも恥ずかしいですよそんなの。
言えませんってば」
「いいから、いいからお母様の言うとおりになさいな」
抵抗する茜をものともせずに連れ去ろうとする母に玄はもう一度声をかける。
「母さん、と言うわけだからこれからもちょくちょく茜がウチに遊びにくると思うけどあんまり邪魔しないでくれよ」
そう言って茜を見た玄の視線は決してのろけるようなものではない。
そもそも彼氏彼女の関係は玄自らが封印しようと言い出したことなのだ。
「なぁる…そういうこと…か」
その目を見て、玄の意図を正確に理解した茜も恵にばれないように小さく頷き返す。
(つまり、これから武幽電を2人で進めていく上で私が玄の部屋に来やすい環境を作ってくれたって訳ね)
「はいはい、わかりました。
と言っても毎日ゲームばかりじゃ茜ちゃんが可愛そうじゃない。
…よし、茜ちゃんとのデートに使用するという限定で月3千円のお小遣いをあげましょう」
「あ、お小遣い云々はともかく外でのデートを推奨してくれるのはちょっと嬉しいかも。
確かに玄とだとゲーム三昧になりそうだし。
さすがは恵さん、玄を理解してますね」
素直に喜ぶ茜に恵はふふん、と胸を張る。
「ま、俺は小遣い上がるなら何でも良いけどね」
内心でラッキーと叫びながらなんのゲームを買おうかと考えつつ冷静なふりを装う玄。
そんな玄の内心を完全に見透かしている恵はにやりと微笑む。
「あ、もちろん玄には渡さないわよ。
毎月茜ちゃんに渡して管理してもらうから」
「なんで!」
「え、わたしに?」
「そうそう、今のうちから家計のやりくりの基礎を学んでおくと後で楽よ」
そう言いながら茜を連れて恵は去っていった。
「…やれやれ、やっぱりちょっと早まったかなぁ」
大きな溜息をつきながら布団の中に手を入れVSを取り出す。
と同時に再び空間にホウ統が投影される。
「なんというか…その…玄殿の母君も面白いお方ですね」
再び投影されたホウ統がさりげなく口元を抑える。
知的モードのホウ統にしては珍しく笑いをこらえているらしい。
「ははは…ま、ね。
それより、俺たちもしっかり準備をしよう。
やっと関羽の目的の1つに辿りつけるんだから」
あまりその辺を突っ込まれたくない玄は曖昧に返事を濁し、話題を元に戻す。
「…まだ関羽には言ってないけどホウ統には言っておく。
張松のおかげで拡がった到達エリアをチェックしてたら綿竹関の南に複数のマーカーが集まっている場所をみつけたんだ」
その玄の言葉にホウ統の表情が引き締まる。
玄はエリアが拡大して以来、こまめなチェックをし続けていた。
その結果、恒常的にマーカー表示されている地点を確認した。
マーカーが重なり合い正確な数は分からなかったが最低でも3つ以上のマーカーがそこへ集中しているらしいことまでは確認していた。
しかし、それが誰のものかは当然分からない。
分からないなら張飛との戦いを控えた関羽達には敢えて今、告げる必要はないと判断したのである。
だが、玄の立場としてはそこにマーカーが集中していることの意味をある程度考えておく必要がある。
そこで玄が独自にこのマーカーについて考えたことはこうだ。
まず、マーカーが出ているということは彼らは戦闘状態にはない。
戦闘状態になればマーカーは消えるからだ。
だが敵対するもの同士が接近すればその時点で戦闘状態に移行してしまうのがこのゲームである。
では、何故マーカーが1つの場所に集まっているのか?
玄が思いついた可能性は3つ。
1つめは玄達のように同盟を組んでいる。
但し、同盟なら合わせて3人までなので3つ以上のマーカーがあることに疑問が残る。
2つめは相手を配下にした。
配下は能力は制限されるものの戦闘能力はあるため生き残っている武将と同じようにマーカーを表示するようにしないとゲームのシステムとしては不公平になってしまう。
現にアイテムとして変化させられた悪来のマーカー表示はないが、配下として降ったホウ統のマーカーはきちんと表示されている。
玄が考えた中ではこれが一番可能性が高そうなものである。
そして3つめはなんらかの特技や必殺技によるもの。
ただ、これに関しては実際にその場に行って確認しないとどんな能力のどんな効果なのかは確認のしようがない。
いずれにしろ生存者が半数を切るこの段階になって蜀の首都があった付近でそれだけの大勢力を築けそうな人物はそう多くない。
玄が思いつくのは蜀の皇帝、劉備 玄徳、もしくは蜀の丞相、諸葛亮 孔明くらいである。
真剣な眼差しを玄へと向けているホウ統も当然のように同じ結論に達したのだろう。
「では…なおさら負ける訳にはいきませんね。
関羽将軍、馬超殿…そして奥方様、そして出来れば張飛将軍も…
玄徳様の大切な方々を誰1人欠けさせる訳にはいきません」
「ああ、必ずみんなで劉備 玄徳に会いにいこう」
こうして玄とホウ統も臨戦態勢へと入るのであった。




