脅威
「どうしたの?玄。あんたが遅刻ギリギリなんて珍しいじゃない」
チャイムと同時に教室に駆け込んだ玄にクラスメイトが冷やかしの声をかける中、茜が心配そうな声をかける。
日頃からゲーム三昧で夜更かし上等な玄だが、それを両親に咎められないためにゲームを理由に学校を遅刻、欠席することは絶対ない。
それを茜は良く知っているため、遅刻しそうになったことを冷やかすクラスメイトとは違い心配が先に立つ。
「…ん、まぁ、ちょっとね」
昨晩あったことをここで話す訳にもいかないし、そもそも茜に伝えるべきかどうかも迷っていた玄はクラスメイト達に笑顔で手を振りながら曖昧な回答を返す。
「なるほど、なんかあったってことね。
じゃあ、後で私にも教えなさいよ」
「え?ちょ、ちょっと」
そう言うと教室に入ってきた担任の野村に視線を向けた茜は既に玄の弁解の言葉を聞く気はないらしい。
そんな茜の様子を見て早々に説得を諦めた玄は疲れたため息をつくと鞄を下ろして自分も席に座る。
担任の挨拶を適当に聞き流しながら鞄から荷物を出そうとしているとふと思い出したように茜が玄を見た。
「あ、そうそう。
今朝、例のやつの未登録件数がとうとう0になったね」
「え!」 ガタッ!
思わず叫んで立ち上がった玄にクラス中の視線が集まる。
「あ…」
「徳水~」
「す、すいません!」
担任からの呆れた声とクラスメイトの注視に慌てて席に座り直す。
いつもはあまり取り乱すことのない玄の失敗にクラスメイト達が笑う。
すると、それを見て教室内で勢いよく立ち上がった者がいる。
「くそ!ゲーオタのくせに俺より目立とうなんて許せん!こうなりゃ俺の肉体美で!」
野球部の皆川が立ち上がると同時に制服を脱ぎ出す。
いつもの皆川節にそれを煽る者も加わり、クラスメイト達の注意はそちらへと集まる。
それを見計らって玄の方へ身を乗り出した茜が囁く。
「知らなかったの?」
無言で頷きを返す玄に茜は大きく息をつく。
「昨日は本当に大変だったみたいね…
じゃあ、その辺の事情をじっくり聞くから今日は玄の家まで乗っけていってね」
玄はその言葉に小さなため息と共に黙って頷く。
有無を言わせぬ茜の言葉に反論出来ない訳では無い。
だが、ここまで一緒に戦って来てくれた茜に対していくら危険があるからと言っても隠し事をするのはやはり良くないと考えたのである。
全てを話した上で続けるかどうかを問えばいい。
それが玄が出した結論だった。
「脱・ぐ・な!」
バシーン!
教室内の騒動も担任の出席簿が腹筋をむき出しにした皆川の頭上に落ちたところで終息に向かい始めた。
それを確認した玄はこれ以上目立たないようにと話を切り上げる。
「じゃあ、放課後いつものとこで」
「了解」
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「ちょっと!なんで!」
放課後、玄の自転車に乗り玄の部屋を訪れた茜の第一声がこれだった。
「何が?」
その言葉の意味するところを玄は正確に把握していたがあえて聞き返す。
「ゲームに関する物は大事に扱う玄がパソコンのディスプレイを壊すなんて…八つ当たりでもしたの?」
玄はその茜の言葉に改めて自分の受けた現実的な損害を認識して重苦しいため息をつく。
「まだ俺も少し混乱してるんだけど…
どうやら冗談じゃなく身に危険が及ぶ可能性も出てきたっぽいんだ。
一応昨日あったことは全部話す。
その上で今後どうするかを決めて貰おうと思う」
玄の言葉に茜は小さくため息をつく。
「…正直言えば茜はプレイヤーから降りた方がいいと俺は考えてる」
(『決めて貰おうと思う』『茜は』か…
自分が降りるつもりは全くない…てことね)
そんなことを考えつつも、壊れたディスプレイと玄の様子を見れば、ただならぬものを感じざるを得ない。
茜は大きく一回深呼吸をすると静かに玄を見返す。
「…とりあえず話を聞くわ」
「…了解。
ホウ統、補佐をお願いしていいかな?」
「は、はい。し、し承知しました」
玄の呼びかけに部屋の中で黙考していたホウ統が答える。
「関羽達にも聞いて貰った方がいいと思う?」
「そ、そうですね…と特に必要はな、ないかと。
今回のことは、かか、関羽将軍や奥方さ、様の目的には直接は関係し、しません。
い、未だ不確定なことも、お、多いですので今は張飛将軍とのた、戦いに集中させてあげた方がよよ、よいかと」
「そっか…確かに今回のことは俺たちの側の問題か。
そんな問題でこれから張飛達と戦おうとしてる関羽を煩わせる訳にはいかないか。
じゃあ、ひとまず茜に昨日あったことを順を追って説明しながら昨日出来なかった考察を加えていこう」
玄の言葉に静かに頷いたホウ統が目を閉じるとゆっくりと息を吸って吐いた。
「承知しました。
事の始まりは竹殿から教えていただいた『あどれす』に『あくせす』したところからです」
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「えっと、つまり…制作者側の目的はデータ化した霊魂達をサイバー兵器として使うってこと?」
一通り全てを聞いた茜が自分なりにまとめた結論である。
「はい、ですがおそらくはそれは目的の第一段階」
「え?」
それなりに自信のあった回答に三角をつけられた茜が疑問符を浮かべる。
「多分茜が考えてるのは武将達をウィルスみたいに使うってことだろ?」
その様子を見た玄が補足するべく口を開く。
「違うの?」
「それだって大問題だけどね。
俺の推測だけど、意思を持ったデータである関羽達の進入を阻めるセキュリティなんて多分無い。
今この世界にあるどんな強力なセキュリティだって関羽の連理の一振りで吹っ飛ぶんじゃないかな」
「う…私もそう思う」
関羽達の戦いを間近で見てきた茜は乾いた笑いを浮かべる。
「でも、ホウ統も言ってたけど多分それは制作者側にとっては通過点なんだと思う」
そう言って玄は壊れたディスプレイの画面を指でなぞる。
「ただのウィルスじゃ物理的にこれを壊すことは出来ない」
「それはそうだけど…じゃあ結局はどういう事になる訳?」
茜の問いかけに対し一瞬視線を交わした玄とホウ統。
玄の小さな頷きにホウ統が茜へと視線を向け口を開く。
「制作者の最終的な目標は私達のような存在が現実世界に影響を与えられるようにすること」
「?…どういうこと?」
「んっと、つまり今ここにいるホウ統が現実世界、例えば俺や茜に触れることが出来るようになるってこと」
「…良くわからないんだけど、それってやばいの?
私はレンと触れあえたら凄く嬉しいけど?」
普通の女子高校生である茜が今ひとつホウ統達の言葉から危機感を感じられないのも無理はない。
ホウ統はそんな茜に僅かに微笑みを返すと更に続ける。
「はい、茜殿達が生きるこの世界ではもはや『いんたぁねっと』等の電子技術は切り離せないほどに社会に浸透しています。
そしてそれらの関連技術はありとあらゆる仕組みに使用されていると言っても過言ではないでしょう」
もちろん本当に全世界の人々がそうかと言えばそうではない。
だが、先進国と呼ばれる国においては電子技術が無ければ社会が維持できなくなるほどに細かいところまでその技術が使われている。
「それ自体は人類が積み重ねてきた進歩であり悪いことではありませんし、むしろ誇るべきことでしょう。
ですが今回の出来事が実証してしまったことは、半ば電子化された私達はその電子の世界を自由に行き来することが出来るということなのです」
「つまり、世界中の携帯やパソコンにほとんどノータイムで移動出来る。
そんな彼らが物理的な影響力を持ってしまったら…」
ようやく話の大きさが飲み込めてきた茜の喉がこくりと小さな音をたてる。
「突拍子もないことから言えば軍事兵器のシステムを乗っ取ることも破壊することとかも可能かもしれない。
逆に身近な危険で言えば自分の携帯電話から出てきた誰かにいきなり殺される可能性だって考えられる」
玄の例えは本当に極端なものだが、最悪の事態を考えればそういうこともあり得る。
「殺されるって!そんな!そんなこと言ったらもう私達がどうこうするレベルを超えてるじゃない!
警察に言うべきよ」
確かに玄の話が本当だとすれば一高校生にどうにか出来るようなレベルではない。
「どうやって?」
「え?」
「人間の魂がネットの中を移動してテロ行為や暗殺を行う危険があるのでなんとかしてください?」
「…誰も信じる訳ないわね」
事態に直面している自分ですら嘘にしか聞こえないようなことが警察に信じてもらえるはずなどない。
「よろしいですか?玄殿」
玄と茜の問答が一段落つくのを見計らったようにホウ統が口を開く。
「玄殿がおっしゃったような危険は当然あります。あるのですが…
なんというか…この者はそういうところに目的を設定していない気がするのです」
「…どういうこと?」
「玄殿が危惧するような現実的な危険を伴うようなことが目的ならば、このような形態を使って実験をしないと思うのです。
最後の最後まで秘密裏に事を運び、確実なものに仕上がってから一気に攻勢に出るのが戦略の定石」
ホウ統の言葉に玄はなるほどと呟く。
確かにテロや暗殺が目的ならそんな技術があるということはぎりぎりまで隠しておいた方が良いだろう。
「そうであるならばその目的は?」
ホウ統の問いかけるような目に玄は自分の考えを整理しつつゆっくりと答える。
「…実験によって生み出される技術によって得られる成果が目的じゃない。
だとすれば…その一歩手前?技術そのものが目的ってこと?」
玄の回答にホウ統が僅かに微笑み頷く。
「はきとは申せませんが、可能性は高いかと。
この手の傾向は豪商や有能な職人などにしばしば見られる傾向なのです」
「豪商や職人?」
「そうです」
玄とホウ統の会話になんとかついて行こうと必死な茜の呟きにホウ統が頷く。
「例えばお金を得ることが目的なだけの豪商。
こういった人たちは得たお金は更にお金を得ることにしか使おうとしません」
「儲けることが目的になっちゃってどう使うかをあまり考えてないってことね。
確かに今の世の中でもそういう人たくさんいるわね」
「そして、職人」
「あぁ、それは言われなくてもなんか分かるかも」
これに関しては茜もすんなりと頷いた。
昔も今も職人の気質は変わらないらしい。
「おそらくこの戦いが終わるまでは、私達が心配しているような危険はないと思います」
「良かったぁ、それなら」
「ただし!」
ホウ統の言葉に胸を撫で下ろそうとした茜の言葉を強い口調で遮ったのもまたホウ統だった。
「え?」
「この戦いに参加している者に関しては保障の限りではございません」
ホウ統の表情はいつものホウ統からは考えられないほどに厳しい。
その厳しさが頬を走る傷とあいまって威圧感を醸し出している。
「…く…ふふふ」
その威圧感に気圧され、一瞬うめくように声を漏らした茜だったがすぐにこわばった顔を無理矢理に笑みの顔へと変えていく。
「ふふ、ホウ統もそうしてるとやっぱり三国時代の英雄ね」
「な!
…そそそんな、め、滅相もなない」
茜の賛辞の言葉に動揺したホウ統の威圧感が緩む。
その一瞬の隙をついて茜が叫ぶ。
「玄は!あんたはどうなのよ!」
「俺は…」
「いいわよ!言わなくて」
答えようとした玄を強い口調で遮った茜は鋭い視線を玄へと向ける。
その目が涙ぐんでいるかのように見えるのは玄の気のせいではないだろう。
「どうせやめるつもりなんて無いんでしょ。聞かなくたって分かるわよ。
だったら私だって同じ、あんたがやめない限り絶対にやめてなんかやらない!」
真っ直ぐに玄を見据えたまま言い切った茜に玄も負けじと言い返す。
「でも危険なんだ!
前にネットを調べたって話をした時に霊障の書込が増えてたって言っただろ。
ここまで来ると多分無関係じゃない。
それに今回の書込の中では死にかけたってはっきり言ってる人だっていた。
本当に死ぬかもしれなくなってきてるんだ!怖くないのかよ!」
「馬っ鹿じゃないの!そんなの怖いに決まってるじゃない!!」
「う…」
「でもね!
もし、玄が私の知らないところで戦って傷ついて、死んじゃうかもって思ったらその方が何十倍も怖いわよ!」
一気に言い放った茜の目元から涙が零れ落ちる寸前、玄の眼前にはキラリと輝く切っ先が突きつけられていた。
「…え?うわ!」
一瞬の間の後それが何かに気づいた玄は短い悲鳴と共にその剣の持ち主を見る。
そこには視線だけで人を殺せるのではないかと思わせる程に鋭い視線を向けてくる孫仁がいた。
「玄殿。
これ以上私の相棒の気持ちをないがしろにするつもりならただではおきませんよ」
「レン…」
自分を守るかのように玄との間に立ちふさがり自分の為に怒ってくれている孫仁の背中に茜は胸が一杯になると同時に急速に冷静さを取り戻していた。
「男どもはなにゆえにこんな簡単なことがいつも分からないのでしょう。
残されていく女の気持ちとはそんなに不可解なものですか?」
「ふふ、駄目よレン。
男の子はいつだって英雄でいたいんだもの」
背中から聞こえる茜の声にいつもの調子が戻りつつあるのを感じて孫仁は僅かに微笑む。
「それこそ傲慢というものです」
「そうね、自己犠牲がかっこいいと思っちゃうのよね男の子って」
「女を馬鹿にするにも程があります」
「うんうん、レンの言うとおりよ。
ちょっと痛い目を見ればいいんだわ」
剣を突きつけられたままの玄のことなど既に忘れたかのように楽しげに男の駄目さを語り合う二人に呆気にとられていた玄にホウ統が囁く。
「玄殿。
我らの完敗です」
玄は小さい吐息と共に頷く。
「…結局、ホウ統の言うとおりになったか。
ホウ統の迫真の演技も無駄にしちゃったな」
なんとか茜を危険から遠ざけようとホウ統には厳しい態度で臨んでくれるように玄が頼んでいたのである。
「それは構いません…ですが、あの…」
小さく首を横に振ったホウ統が、更に続けようとして躊躇う。
「何?」
「は、はい、では玄殿。
女人にあまり縁のなかった私でも今回のことでさすがに気づいたのですが…」
「ああ、それはいいよ。言わなくて。
分かってる」
そう言ってホウ統を見る目はみなまで言うなと訴えかけている。
「…なるほど。わかりました」
その目で全てを悟ったホウ統は頷いて優しく微笑む。
そんな二人の様子を茜と会話しながら見ていた孫仁も玄への視線を和らげ微笑みかける。
「玄殿、では」
「あぁ、もう!そっちも分かってる。
ちゃんとする!」
「ならばよし。
ホウ統軍師、私達は一度席を外しましょう」
「承知しました。奥方様。
それでは玄殿、御武運を」
そう言って二人は一瞬で姿を消した。
そして、間に立ちふさがっていた孫仁が消えたことで再び向かい合う事になった玄と茜が残される。
互いの視線は未だ厳しいままである。
「どうしてもやるのか?」
「玄がやめない限りね」
「本当に危ないかもしれないんだぞ」
「わかってる」
「はぁ…」
「…」
「俺の好きな人を危険にさらしたくないって言っても駄目か?」
「駄目。そんなの私だって同じよ。
それに、こんな可愛い彼女が出来るのよ」
「…あえて突っ込まないけど、それが?」
「…ちょっとむかつく。
まあいいわ。でも、そうしたらこれからいろいろ楽しいことあると思わない?」
「…あるな、多分」
「じゃあ、死ぬなんてもったいないじゃない?」
「確かに。
…俺も健全な男子高校生として、いろいろ期待することもあるしな」
「…すけべ」
「嫌いになってもいいぞ」
「その手には乗らないわよ。
それに今さらそのくらいで嫌いになんかなれないわよ」
「う……わかった…降参する」
「よろしい。もうこのての話を蒸し返すのは無しよ」
「約束する」
結局全面降伏をすることになった玄だが、嬉しそうに笑う茜を見てこれで良かったんだろうと思うことにした。
まだ本当に現実に危険があるのかがはっきりした訳ではない。
それにホウ統の言う様に相手が技術探究者としてこのゲームを管理しているのならばこのゲームが終わるまでは何もしないというのは正しい意見に思える。
それに加えて玄はもう一つ違う印象を受けていた。
それは管理者はゲームが好きなのではないか?と言うことである。
仮に霊魂を使役出来る技術が完成したとしても普通の人はそれをゲームとして使おうとは思わないはず。
もし、ゲームが好きな人物ならばゲームのルールを無視するようなことはゲーム好きとしてのプライドが許さないだろう。
玄のゲーマーとしての勘はそう告げていたのである。
「茜」
「わかってるわよ。
この件が片づくまでは、でしょ」
神妙な面持ちで声をかけた玄が何かを言う前にひらひらと手を振りながら茜が言う。
「…よく分かったな」
「玄の言いそうなことよ」
「ごめんな」
「何で謝るのよ、私は自分の気持ちと玄の気持ちを確認出来ただけで十分嬉しい。
そしてそうなるきっかけをくれたのはこのゲームなのよ。
レンとも出会えたし、感謝こそすれ恨む筋合いは全くないわよ」
若干頬を赤らめながらもはっきりと言い切る茜の言葉に嘘はない。
「…だな」
頷く玄も気持ちは同じである。
「よし、じゃあ頑張りますか」
「うん、あ!玄。
全部終わったらちゃんともう一回玄から告白してよね」
VSを手に取ろうとした玄の動きが止まる。
「……マジで?」
「当然でしょ」
さっきまでの流れは深刻な事態の中で勢いで言えたことである。
だが、改まってとなると今まで告白なんてしたこともされたこともない玄には少々荷が重い。
「…ホウ統!みんなを連れて出てき来てくれ。
移動を始めよう」
「あ、逃げた」




