暗躍
(…っかりしろ)
(…ん、…あぁ兄上)
何かに流されるような感覚の中、眼を開いた司馬昭がきょろきょろと視線を巡らせる。
(…どうやらうまくいったみたいだね)
小さく頷く司馬師に腕を掴まれ引きずられるように光の通路を流されながら司馬昭が大きく息を吐く。
(ふぃ~…やれやれだよ。
あんな状況では二度と出会いたくないね)
司馬昭が最後に覚えているのは、司馬昭の懇願に僅かに頷いたかのように見えた黒ずくめの漢とその直後に閃いた刹那の光だった。
(あの状況では打てる策はほとんどない。
この世界に一番興味を持ち、楽しんでいるお前でなければ切り抜けることは難しかったであろうな)
脳内に響く司馬懿の思考からは呆れるような響きと同時に賞賛も含まれている。
(まぁね…はっきり言って絶対に使うことはないと思ってた脱出方法を使うハメになるとはね…)
(ふ、お前の遊び心もたまには役に立つ)
司馬懿の能力を検証するにあたって行動不能になった司馬師、司馬昭を一度能力解除して消した後、再度具現化した時にどこに具現化されるのかの検証は司馬懿の意向で行った。
しかし、司馬昭はそこから更に身体が切断されてパーツが複数に分かれ、更にそれぞれの距離があいているような場合はどこに復活するのかを知りたがった。
司馬懿達はそこまでの検証は必要と考えていなかったが、司馬昭の勢いに押し切られる形で検証をした。
その結果、切断された部位の大小や数は関係なく頭部のあるところへ復元されるという結果を得ていたのである。
(あそこまで近づけたから大丈夫だとは思ってたけど…
うまく命中したみたいでよかったよ)
(ふん、世界広しと言えども自らの首を投げたのはお前だけであろうよ)
司馬懿の思考に司馬昭は苦笑だけで答える。
言葉として伝わらずとも雰囲気は届く。
あの時、司馬昭は自らの髪を掴んだ手に力を込め、首が刎ねられた時に首が飛ぶ方向が黒い渦になるように誘導した。
首が狙い通りに飛ぶかどうかは完全に賭だったが、ある程度距離を詰められたことと黒い渦に僅かでも触れれば後は固定されて吸い込まれるという条件下なら勝算は高いと司馬昭は思っていた。
後は、自分で自分を斬ったのでは首を切断する程の威力は出せないため、いかにして黒ずくめの漢に首を刎ねて貰うかだけだった。
その課題も黒ずくめの漢の武人としての部分に訴えかける演技でなんとかクリアした。
(で、父上これからどうするのさ)
(そうだな…口惜しいが外へ出るのはまだ尚早だったようだ。
更なる情報収集を重ね、少なくとも互角にやり合えるだけの知識と方法を得なければならんだろう)
(…だね。
でも先に僕たちの制限を完全に解除しておいて欲しいな)
今回、全力で動けないことで苦労した司馬昭の言葉だけに軽い調子にもかかわらず重みがある。
(ふむ、お前も同じか?)
(はい)
司馬懿の問いかけに間髪入れずに司馬師が答える。
(よかろう、では回復までは情報収集。
回復後、速やかに獲物を狩り吸収。
その後は今までのように情報をなんでも取り込むのではなく、戦うために必要な知識を優先する)
(はっ)
(りょ~かい)
― ― ― ― ― ― ― ― ―
カタタタタタタタタッ
「くくく、これでしばらくは彼らも大人しく研究に専念するだろう。
泳がされてるとも知らずにね、くくく」
カタタタタッ
青白いモニターの光だけが光源の部屋で軽快に鳴り響くタイプの音に混じって聞こえる男の声は弾んでいる。
「それにしても、相変わらず君の働きは私の期待を裏切ることがないね。
彼らに本当にぎりぎりで逃げ切ったと思わせる立ち回り、ただ強いだけじゃ出来ない芸当だよ」
数あるモニターの中の1つに親しげに話しかけた男の視線の先には黒い布を破られ素顔を露わにした黒ずくめの漢が映っている。
「さ、次の改造にかかる前にさっきから覗き見をしてる彼を脅かしてきてもらおうかな。
まだリタイヤされても困るから手加減しなよ」
頷きもせずに画面の中で振り返って去っていく黒ずくめの漢。
「…さて、そろそろ黙っていられなくなってきたんじゃないのかな」
カタタタタタタタタタッ
くくくくくくくく…
― ― ― ― ― ― ― ― ―
ピーーー!!
「玄殿!」
「わかってる!」
部屋中に鳴り響くアラーム音は玄が向かい合っていたパソコンからであった。
玄達はサイト内の成り行きを固唾を飲んで見守っていた(玄達から確認出来たのは司馬懿達の会話が書込として表示された『 』内の部分のみ)。
そして司馬昭らしき人物が倒されたところで一段落がついたと判断し、ホウ統と書かれた内容について話し合っているところだった。
その最中に突如パソコンからアラーム音が鳴り響いたのである。
同時に掲示板が映し出されていたディスプレイもズビュッ、ズビュッという鈍い音と共に時折赤く染まる。
その様子は玄に、ガンシューティングゲーム等で主人公が敵から攻撃を受けた時の様子を連想させ危機感を抱かせる。
ホウ統の声に我に返った玄はすぐさまサイトからログアウトするべくマウスを握る。
「…なんで?だめだ!全然受け付けない!」
「玄殿、落ち着いてください。
元を断ちましょう」
何度もマウスをクリックしながら叫ぶ玄にホウ統が落ち着いた声をかける。
「そうか!じゃあ強制終了を…」
マウスを投げ捨てキーボードに飛びついた玄がいくつかのキーを押す。
「…これもダメだ!」
そうしている間にもディスプレイは赤く点滅し続けミシミシと軋んだような音を立て始めている。
「なら!コンセントだ!」
叫んだ玄がパソコンが繋がれているコードを力一杯引っ張る。
ビキィ! ブツッ…
はぁはぁはぁ…
室内に玄の激しい息づかいが響く。
電気の供給を絶たれ完全にブラックアウトしたディスプレイをしばらく凝視していた玄はやがて、「まじかよ…」と呟き力尽きたようにベッドに仰向けに倒れ込む。
「大丈夫ですか?玄殿」
ベッドに倒れ込んだまま動かない玄にホウ統が心配そうに声をかけてくる。
「…ちょっと待って」
ゆっくりと息を整え、小刻みに震える手を布団で手汗を拭いながら押さえつける。
そうすることで激しく脈打つ鼓動を静かに落ち着けていく。
「…よし、大丈夫」
やがて鼓動も収まり、冷静さを取り戻した玄は自らに小さく気合いを入れると身体を起こす。
そして改めてディスプレイを見る。
そこには一体どんな力が加わったのか無惨にヒビが入ったディスプレイがあった。
「…なんとなくわかった気がする」
「はい」
大きなため息を付きながらかすれた声を出した玄とは対照的に明瞭な返事をするホウ統。
「武幽電という世界は、こういったことを出来るようにするための実験場なのでしょう」
「…うん。
…あ~!今日はいろいろありすぎて疲れたぁ」
重苦しくなった雰囲気を嫌うように、明るい口調で大声を出した玄が再びベッドへと倒れ込む。
今日あった張松との戦い、馬超から聞いた張飛の話、そしてこの件、立て続けに起こる事態の変化に玄は心身共に疲弊していた。
「ふふ、玄殿は我々とは違って生身なのですから無理はせずお休みになってください。
このことの考察は私がしておきます」
「…うん、ありがとうホウ統。
今日ばかりは関羽になんて言われようとお任せするよ」
苦笑しながら答えた玄がふと思いついたように辺りを見回す。
「どうかされましたか?玄殿」
「いや、どうでもいいことなんだけどさ。
いつも昔話とかをしてると呼んでもないのに出てきて周囲を疲れさせる奴が今日は出てこなかったなって」
「あぁ……へへ、へるぷ殿ですか。
な、なんでも今日は、よ、用事があるとかでどどこかへ出かけられたようです」
「はぁ?じゃあ、今呼んでも出てこない訳?
…お出かけとかってどんだけ自由人なんだあいつ。
まぁ、確かに今日はヘルプ機能が必要な場面はもうないだろうけどさ」
「そ、そそうですね」
急に知的モードが解除されたかのようなホウ統の姿に思わず微笑んだ玄はようやく肩の力が抜け、再びため息をつきながら眼を閉じた。
そうして眼を閉じると時間としては短いにもかかわらず密度の濃かった一日が脳裏に一気に溢れ出していく。
何かに吸い込まれるように薄れていく意識の中、それらを1つずつ整理しているうちに、ほどなく玄は小さな寝息を立て始めていた。
「お疲れさまでした。玄殿」
その様子を微笑みながら眺めていたホウ統
が呟く。
「それにしても…想像以上に管理者側の実験はうまくいっているのかもしれません」
そう呟いて険しい表情を浮かべたホウ統の視線の先には画面がひび割れたディスプレイがある。
「玄殿は見えなかったようですが…
一瞬だけ画面を飛び出して見えたもの…あれは、確かに槍の穂先。
そんなことがもし本当に技術として確立してしまえば…」
現代の知識を急速に身につけつつあるホウ統にはその危険性が分かる。
「この時代のことだから私達には関係ないと言ってしまえばそれまでですが…」
そう言いながらホウ統はすーすーと寝息を立てる玄を見る。
「力を貸してあげたいと思わせるところまで玄徳様のようです」
小さく呟いたホウ統は玄に布団すら掛けてあげられぬ我が身を悔しく思いつつ静かに眼を閉じ深い思考へと入っていった。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
「ようやくセキュリティを一枚抜けたか…」
絶え間なく動かしていた手を止め、肩を揉みほぐしながら呟く。
「それにしても…腕をあげたのはもちろんだろうが、こんなセキュリティを維持するためには常に誰かが手動で作業をする必要があると思うんだが…」
肩を揉みほぐしていた手を今度は眉間に持っていくと身体を反って背筋を伸ばしながら天井を仰ぐ。
まぶた越しに感じる電灯の光すら疲れた目にはまぶしく感じる。
ゆっくりと眼を開け、今度は首を回しながら周囲を見回す。
部屋の中は明るい電灯で照らしだされているが窓などの自然光を取りこむような物がない。
そのため外を見て時刻を予想することは出来ないが壁に掛けられた大きめの時計の日付はそろそろ代わろうとしている。
時計の他は部屋の中には本棚が1つと小さな冷蔵庫が1つあるだけで後は大きな机とその上に所狭しと並べられたパソコンとそれが置いてある机、そして自らが腰掛ける椅子しかない。
「それだけあいつも本気ということか…」
溜息をつきながら姿勢を正すと再び作業を始める。
おそらくこの部屋はそのパソコンを使った作業をするためだけの部屋なのだろう。
置いてあるパソコンは一見なんの変哲もないような普通のパソコンに見えるが、よく見ればディスプレイやキーボード、周辺機器のどれもが市販されているものと一致しない。
つまりは完全なるハンドメイド品。
おそらく今ここでこれを使っている所有者以外ではこのパソコンのスペックを完全に使いこなすことは出来ないだろう。
「とりあえず、突破したここを橋頭保にすればこの先はもう少し楽になるだろう。
今日のところはここまで…か」
1人呟きながらも、タイプをする手は霞むような速度で動く。
「…ん?なんだ」
画面を見ていた人物が怪訝な表情を浮かべて束の間手を止める。
「攻撃を受けてる?…って訳でも無さそうだが、何か大きなデータが流入してきている。
こちらのセキュリティも決して緩い訳ではないんだが…一応止めておくか」
そう呟いた人物は、本来の作業のペースを全く落とさぬまま同時進行であっという間に新たなプログラムを組みあげると流入してくるデータにぶつけた。
「…手ごたえがない、か。
データの流入は止まらない、追跡型の防壁にも反応しない…」
この人物が今組み上げて走らせたプログラムは、アクセスしてくるものに対してその発信元を突き止めた上で発信元へ逆に攻撃を加えるものだった。
優秀なハッカーならその足跡を消し、こちらの動きに気づいて逃げだすということも考えられなくはない。
だが、今回のは違う。
データの流入は止まらないのに、その足跡をたどることが出来ないのである。
この状況を言葉で表すなら『ネットワーク上で自然発生したデータが自らの意思でここに流入してきている』だろうか。
「…いやいやまさか。
…でも、まぁそれもおもしろい」
自らの頭をよぎったそんな考えに失笑しながら防御のために動かそうとしていた手を止める。
未知の現象に対して湧き起こった好奇心の前に驚くほどあっさりと白旗を振ったのだろう。
流入してくるデータが不可解なものである以上、かなりのリスクを背負うことになるはずだが、それに対する心配は全くしていない。
「さて、どうなるかな」
そう呟いた人物は楽しげに事態を見守る。
しかし、好奇心に満ちたその顔は徐々に驚愕へと変わっていく。
「…そ、んな」
かろうじて絞り出した言葉と共に何かをしようとして動かそうとした手を止める。
何をすれば良いかが分からなかったためだ。
「…こんなことが?…が言っていたのはこれなのか?」
いきなり突きつけられた非現実的な出来事に圧倒されつつも、その目に映る光景に歳と共に忘れかけていた何かが強く揺さぶられる。
『あなたに頼みがあるのです』
「…頼み?私に」
『このセキュリティを抜けられるだけの技を持つ人を私は待っていたのです』
ぶるっ
その言葉に年甲斐もなく武者震いで身体が震える。
おそらくこの時点で答えは決まっていた。
『申し遅れました。私の名は』




