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三国志~武幽電~  作者: 伏(龍)


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情報


「それにしてもまさか海外のサイトを経由してたとはね」


 自室で一人、机上のパソコンに向かってキーを叩きながら玄が呟く。


 ひとまずの会議を終えた玄達は明日の夜の集合時間を決めると一度解散した。


 玄は別れ際に竹から聞いた武幽電に関するページへと繋がるアドレスを直接入力していた。

 

 玄の小脇に置かれたVS上では縮小投影されたホウ統が玄と同じようにディスプレイを眺めている。


「げ、玄殿、それが『あどれす』で、すすか?」


「凄いねホウ統。もうそんなことまで覚えたんだ」


「わ、私が死んでいるあ、間にままさか1800年も過ぎ、こんなにもせ、生活水準が変わっていたとはお、驚きまました」


 確かに、1800年前から突然現代に来たホウ統にとってはほとんど異次元に来たのと同じくらいの変化だろう。

 

「でも、それなのにすぐに現代の知識をものにしちゃうのはさすがだよ」


「そそそそんな、買いかぶりです玄殿。

 

 わわ私はただ、目新しい知識がお、おもしろいだけで…」


「いいんじゃないかな?それで。

 

 『好きこそものの上手なれ』って言葉もあるし。


 これ、俺の好きな言葉なんだよね。


 ゲーム好きの自分を正当化するみたいでちょっとずるい気もするけどね」


 そう言って笑う玄にホウ統も思わず表情を緩める。


「確かに、わ私も学ぶことが好きでした。


 ままさかそれがぐぐ軍師になることになるとは思いもししませんでしたが」


「ありゃ、そうなんだ」


 いつも緊張しっぱなしのホウ統の冗談めかした言葉になんとなくうち解けてきた気がして玄は嬉しくなる。


「ホウ統は、当然諸葛亮を知ってるんだよね。

 

 諸葛亮もホウ統みたいに勉強が好きだったのかな?」


「……」


 特に深い意味も無く単に好奇心から尋ねた玄の言葉にホウ統が固まる。


「え、ごめん。何かまずいこと聞いた?」


「いえ…失礼いたしました」


 そう答えるホウ統は何故か知的モードに変わっている。


 先ほどの硬直はそのための間でもあったようだ。


「確かに孔明殿も知識には貪欲でした。


 それは私などより遙かに」


 ホウ統は一瞬だけ躊躇うかのように言葉を止める。


「…玄殿から見せて頂いた書物の中にもありましたので玄殿も承知だと思いますが、孔明殿は徐州の大虐殺を経験しています」


「うん、あくまで本の中の出来事としてだけど…」


 徐州の大虐殺


 反董卓連合瓦解後雄飛の時を過ごしていた曹操は黄巾賊の残党討伐などで地盤を固めた。


 そこで曹操は父である曹嵩を自らの下へ呼び寄せたが徐州を通る際に徐州を治めていた陶謙とうけんが曹操との友好関係を築こうと付けた護衛が欲に目がくらみ曹嵩らを殺害するという事件が起きた。

 陶謙は大きな勢力となりつつあった曹操の仇敵となってしまう。


 曹操は仇を討つため徐州に攻め込み、陶謙は十数城を奪われ、各地で敗退。

 この時、陶謙は近隣に救援を求めたが曹操に敵対することを恐れる諸侯から援軍は来なかった。


 そんな中、劉備は小勢ながらも陶謙の元へと向かい、大いに陶謙に感謝される。

 曹操が兵糧不足等で退いた後、陶謙は病が重くなり、徐州を劉備に託すことになる。


 曹操はこの侵攻途中の各地で住民を殺戮し、その数は男女あわせて数十万人ほどとなり、犬鶏まで残らず殺し、泗水の流れを堰き止めるほどであったと言われる。

 それまで中央の戦乱からの避難民で豊かとなっていた徐州は壊滅的な打撃を受けた。



「あの時まだ幼かった孔明殿は、叔父上殿に連れられ戦火の中を逃げまどったそうです」


 ホウ統の語る言葉には戦を知っているが上の生々しい凄惨さが感じられるが本当の意味でその言葉を理解することなど出来ない玄は静かにその言葉を聞くしかない。


「それから孔明殿は表向きは世俗のことなどに興味のない振りをしながらも、その裏ではそれこそ狂ったように知識を追い求めていました」


 玄が知る三国志の逸話の中の諸葛亮はどれも余裕たっぷりで相手を翻弄する大軍師としての姿である。


 だが、諸葛亮がそうあるためにどれだけの努力をしてきたのかは全く伝わっていない。


 おそらく諸葛亮は自らの力を蓄え、それを自らの認めた者のために使える日が来るまで目立たぬようにしたかったのだろう。


 そしてそれは成功した。


 だからこそ後世に伝わる諸葛亮は最初から大軍師として登場するのだ。

 

「徐州のようなことがまかり通るような世の中を変える。


 天下万民が全て安らげる国を創る。

 

 そんな、大きな志が孔明殿の中にはあったのです」

 

 諸葛亮が影でどれだけの努力をし、心中ににどんな想いを抱えていたか。


 諸葛亮はそれを決して表に出さなかったのだろう。


 諸葛亮の細かな所作などからそれに気づけるような者はホウ統を含め、ごく僅かだったに違いない。


「自らの知識欲を満たしたいだけだった私とは…」


「そんなことないよホウ統。


 知識を身につける動機は関係ない。


 その身につけたものを何に役立てようとしたかが重要なんじゃないかな」


 自らを恥じるようにうつむくホウ統を見て玄は思わず口を開く。


「玄殿…」


「本当の戦がどんなものなのか全く知らない俺はそんな偉そうなこと言える立場じゃないけど…


 諸葛亮もホウ統も、もちろん関羽だって悪来や孫仁達も皆自分たちの信じるもののために命を賭けて戦ったんだ。


 それは…凄いことだよ」


 玄の言葉にホウ統は戸惑いの表情を見せる。


「俺たちが生きる現代じゃ命をかけて何かをするような人はほとんどいない。


 そこまで必死にならなくても普通に生きていけてしまうから…」


「玄殿、それでいいのだと思います」


「え?」


 玄の言葉に静かに答えたホウ統が優しく微笑む。


「私たちとて、普通に生きていられたならそうしたに違いありません。


 ただ、私たちが生きた時代はそれが許されなかっただけなのです」


「それはそうだと思うけど…」


「今の玄殿達の暮らしがあるのは、何度も過ちを繰り返しつつも人という種が成長したという証。


 大事なのは今を生きるあなた達も成長すること。


 一人一人はほんの少しで構わないのです。


 それらが積み重なり連鎖することによりまた少し人という種全体も成長していくのですから…」


 ホウ統の言葉の意味は分かる。


 しかし、話のスケールが大きすぎて実感が湧かないというのが玄の正直な感想である。


「そっか…ほんの少しでもいいのか」


 だが、ホウ統のほんの少しという言葉は玄の肩を軽くした。

 

 自分が人としてほんの少し成長することができればそれが少しずつ世の中を変えることになる。


 天下の大軍師の言葉となればそんな気宇壮大な話も何となく信じることが出来る。


「ありがとうホウ統。


 なんか、励まされちゃったね」


 玄は微笑みながら小さく頭を下げた。


「そそそそんな、わ私が励ますなんて!


 すすいません偉そうなことを…」


「いいんだって!それはお互い様。


 ほら例のサイトが開くよ。ホウ統も一緒に見て、気づいたことがあったら教えて」

 

 玄のまっすぐな感謝の言葉に狼狽えたのか、急に通常モードに戻ってしまったホウ統に苦笑しながら玄がディスプレイを指さす。

 

「ははは、はい」


 ディスプレイでは真っ黒い画面の中央で小さな文字で『Now Loading…』という文字が点滅している。


 やがて、その文字が消えると画面中央に白いボックスが出てくる。


「ここに、武幽電と打ち込む」


 玄がゆっくりとキーを叩き入力すると、ボックスの上に文字が現れる。


『フィールドの数から現在の敗退した武将と残存武将の差を引け』


 パスワードを指示する問題を見て玄はなるほどと呟く。


 確かにこれなら実際に武幽電を手元においてプレイしている者しか答えは分からない。


 フィールドの数が100だと知っていれば最悪100回入力すれば正解を導き出せるだろうが、知らなければその回答数は膨大になるうえに当然複数回続けて入力ミスをすれば入力自体を拒否されるようになるはず。


 更に現在の状況を知らなければ答えが導き出せないということは勝ち残っている人しかログイン出来ないことになる。


 単純だが良く考えられていると玄は感心する。


 竹の話によればパスワード問題自体も何度か変わっている。


 作成者は最初にヘルプ機能より聞かされる守秘義務に対しある程度配慮したのだろう。


「ホウ統」


「はい。げ現在の、の残り武将はよ、42。

 未登録がい、1です。

 

 敗退武将は57ですので差は15。

 ここ答えは85です」


「了解、8、5っと」

 

 玄が入力すると同時に白いボックスが粉々になって飛び散り画面が白く染まる。


「あれ?間違えたかな」


「い、いえ間違いなないです」


 玄がメモを見直そうとするのをホウ統がディスプレイから視線を離さないまま止める。

 

「え?


 あ、ほんとだ。出てきた」


 ホウ統の言葉に視線を戻した玄が呟きと同時にディスプレイにページが表示される。


 画面は至ってシンプルでなんの飾り気もない。


 書き込まれた文章が履歴に加えられていくだけのサイトだった。

 

『入室者 1』


 画面の左上に表示された数字を見た玄は今このページにインしているのは自分だけだと確認。


「もともと100人でやるゲームなうえに、こんなに分かりにくいところだったら気づかない人の方が多いか…」


 玄の呟きに言葉を返そうとしたホウ統ははっと気づいたように目を閉じて息を整える。


「玄殿。

 

 まずここに書いてある書き込みを最初から見せてください」


 知的モードになったホウ統の言葉に玄は黙って頷くとマウスで履歴を前へ前へとたどっていく。


「長いな…」


 ぱっと眺めてハンドルネームを確認して分かる範囲では書き込みをしている人の人数は多くない。


 だが、書き込まれている量はかなり多い。


 それぞれが固定のハンドルネームを使っていると仮定しても10人程度だろう。


 もしインした日によってハンドルネームを変えている人がいたとすればその数は更に減る。


 ただ、竹のように履歴を見ただけで書き込みをしないプレイヤーもいるのでこのサイトを知っている、もしくは見たことがあるという人数はもう少し多いかもしれない。

 

 そんなことを考えながらゆっくりと履歴を遡り書き込みの最初へと辿り着くと今度は順を追って読み始める。


 履歴を遡った時点で全てを暗記したホウ統は目を閉じて内容を反芻しているので玄は自分のペースで読み進める。


「…」


 しばし、互いに一言もしゃべらないままの静寂の時間が過ぎる。

 

 書き込みの最初はこの掲示板を作成した人物の興奮した文章から始まる。


 内容はゲームのクオリティやシステムについての賞賛だ。

 

 この辺を見る限り作成者はこの掲示板を秘密を知ってしまった床屋が『王様の耳はロバの耳!』と叫んでいた穴のような物として使用していたようだ。


 誰かが絡んで来ることを必ずしも期待してなかったように思える。

 

 しかし、玄がネット上で情報を求めたのと同じようにこのゲームについて調べようとした人がここに気づく。


 それから急激にここでの会話は盛り上がっていき、徐々に参加者も増えていった。


 だが、すぐにそんな雰囲気も終わる。


 ここの作成者が敗退したのである。

 

 既にこのゲームに感情移入していた作成者は深く落ち込んでいたようだが翌日から全くログインしなくなる。


 そして、この日に入室パスワードの問題が変更されて以降、問題は変更されていないらしい。

 

 ここで玄の頭に疑問がよぎる。


(作成者が敗退した以上、パスワードは武幽電に入らなくても分かるものに変えないと駄目なんじゃ…


 そもそも今の問題、いつ答えが変わるかも分からないのにリアルタイムに変更することが出来るのか?)


 という疑問である。


 この問題について玄は一つの可能性を思いついたがそれについての検証は後に回してさらに読み進めていく。


 掲示板では、この頃から入室者がまばらになってくる。


 おそらく、パスワードの変更により敗退者が入室出来なくなったからだろう。


 人数が減ったことで会話らしいものは発生しなくなり、一言書き残して去るような書き込みばかりになる。


 そして、竹からも聞いていた意味深な言葉の数々。


『ゲームバランスを無視した武将がかなりの勢いで武将たちを狩っている』


『裏技ハケーン!5人以上倒すとドーピング可能?』


『皆さんも気を付けてください。


 私はこのゲームで死にかけました…もう関わりたくありません。


 最後に忠告だけさせてもらいに来ました』 

 

 全てを読み終えた玄は我知らず深い溜息をついた。


「ホウ統、どう思う?」


 玄が読み終える前から既に内容については脳内で全てを読み終えたホウ統は、玄の準備が終わるまでの間静かに自らの考えに集中していたのである。


「はい、まずこの掲示板についてですが既に作成者の手を離れ他の誰かに管理者が変わっていると思われます」


「うん、そうだね。


 しかも、武幽電の運営側の人間…だよね」


 ホウ統の言葉を引き継ぐような玄の言葉にホウ統は一瞬だけ驚愕の表情を浮かべる。


「さすがは玄殿です。


 私もそう考えました。


 そうでなければ『ぱすわーど』に関して説明がつきません」


 玄は頷く。


 昼夜を問わず続けられている戦いで刻一刻と変わるパスワードの答えを変更し続けるのは個々のプレイヤーでは無理だ。


 そんなことが出来るのはゲーム内の情報を個の武将の勝敗とは無関係に把握出来る人物でなければならない。


 そんな人物は武幽電を管理している側にしかいないだろう。


 武幽電を管理しているのであれば、ゲームの経過を自動的にパスワードへ反映させるようプログラムして設定することも可能だろう。


「玄殿の話によれば、この『げぇむ』の話はほとんど世に出ていないとのこと。


 それはおそらく、管理する側の人間が情報操作をしているせいでしょう」


 それは玄も考えていたことである。


 だが、メディアの発達やインターネットの普及により爆発的に膨れあがった現代の情報社会において完全に情報をシャットアウトすることは不可能に思えた。

 

 何より、そこまで情報を出したくないにしては最初の守秘義務の説明が適当に過ぎる。


 もっと厳重な注意喚起があってもよいはずだった。

 

 そう告げた玄の言葉にホウ統は一瞬の思考の後、口を開いた。


「理由の一つは人の心理をついたものでしょう。

 

 絶対に漏らすなと言われた秘密を守り通すのは難しく、また漏れた時に情報に重みが増し信憑性が高くなり、水面下で一気に拡がります。


 ですが、今回のような『知られて困るものではないが出来れば他言しないように』程度であれば精神的に余裕が出来て逆に秘密は守られやすいものです。


 そして、本人もその情報が重要だと認識していないため聞いた側も話を重要視はしません。


 それが、今回のような荒唐無稽な話ならなおのこと。


 結果として情報の漏洩は狭い範囲で収まったり、広い範囲まで拡がっても話が立ち消えたりするのです」


「なるほど…」


 ホウ統の言葉はいわゆる情報戦というものに縁がなかった玄でもわかりやすいもので充分理解出来る。


「知られたくないものを隠そうとすればするほどどこかにその痕跡が残ります。


 全てを隠そうとするのではなく、あえて緩やかに管理することで核心を隠す。


 もしくは囮となる情報をあえて漏洩させその影に本来隠したいものを隠す。

 

 諜略戦の基本の一つです」


 知的モードのホウ統は頼もしすぎる!


 玄は内心で喝采を上げる。

 

 だが、関羽にも釘を刺されているようにホウ統に頼り切る訳にはいかない。


「…もしかして、今の状況ってまさにその状態だってことを言いたい?」


 ホウ統は生徒を教え導く教師のように僅かに微笑んで頷く。


「そのとおりです玄殿。

 

 緩やかな情報規制。


 そして、現代では『三国志』として大衆に広く知られた世界を『げぇむ』とすることでそちらに興味を向けさせ真の狙いをその影に隠す」


「問題はその狙いがなんなのか…か」


「はい、それがまだ見えてきません」


 申し訳なさそうに目を伏せるホウ統。


 しかし、僅かな期間でみるみる現代の知識を身につけ、それを自らの知識にしっかりと適応させつつある。


 それは誰にでも容易く出来るようなものではない。


 だが、『そこまで出来る』ことのプラスの自己評価よりも『まだ分からないことがある』というマイナスの自己評価が遙かに大きくなってしまうのがホウ統という人物なのだろう。


「そして、忘れてはならないのはもう一つの理由です」


 ホウ統に何か言葉をかけようかと迷っていた玄にホウ統が真剣な目を向けている。


 知的モードのホウ統は冷静に努めようとするあまりか感情の起伏が少ない。


 そうすることで長く落ち込まないようにしているのだろう。


「もう一つの理由?」


「はい、先ほど言った方法は確かに諜略の基本ではあります。


 しかし、それを実行するには力が必要になるのです。


 情報を厳しく規制するためには直接的な強制力が必要になります。


 それは見張りを付けたりすることが出来るだけの権力であったり、恐怖を与えるための暴力だったりします」


 ホウ統の言葉に玄は思わず息を飲む。


 外では絶えずどこからか見張られる。


 室内では盗聴や盗撮。


 そして違反をすればどこからともなく屈強な男達が現れて拉致される。


 そんなイメージが浮かんだからである。


「ですが、そんな方法は裏を返せば力の限界を感じさせるものです。


 見張りを振り切り、暴力を跳ね返すだけの策を練れば良いのです。


 もちろんそれとて簡単なことではありませんが、時間をかければ無理なことではないでしょう。


 何より自分の置かれている危難に対して身構えることができます」


「…そっか、ある意味問題点がはっきりしてるからそこの対策だけ出来ればいいんだ。


 そう考えれば希望が持てるしね」


 ホウ統は頷いて続ける。


「しかし、今回のような手法は違います。


 緩やかな規制から漏れ出ていく情報を全て把握し、危険なものは完全に潰す。


 それが出来てこそ、この手法は完全なものとなります」


「でも!そんなこと!」


「はい、直接的な統制よりも遙かに大きな力が必要になります。


 もちろん、それだけの力が無くてもそうできると思わせて相手を威圧することもできますが…」


「この掲示板にまで手が伸びるってことは、はったりじゃなく本当にそれだけのことが出来るってことだよね」


 ディスプレイの文字達を眺めながら玄が呟く。


「はい、そう考えていた方が良いと思います。


 なにより、今回の相手からは強い自信のようなものを感じます」


「…うん」


「こういった相手は力の底が計り難く、対策も難しくなりがちです」


 玄はその言葉の重みを感じながらも今はただ頷くしかない。


「うすうす分かってはいたけど、君たちを解放するのはやっぱり険しい道のりになりそうだってことか…」


 それでも相手すら見えずにただゲームを進めていた時に比べれば、こうして相手が見えてきたことだけでも先に進んだと言えるのかもしれない。


「面倒をおかけして申し訳ありません」


「うん、でも自分で決めたことだからね。


 出来るだけのことはやる。それでも駄目だったらごめん」


 素っ気ない素振りで言い放つ玄にホウ統は思わず微笑む。


 表向きの軽い言葉とはうらはらに玄の真摯な想いは付き合いの短いホウ統にも伝わってくる。


 それがホウ統達には嬉しいのだ。


 おそらく関羽も言葉や態度には出してはいないが感謝しているはずだとホウ統は思っている。


「ちょっと、思ったんだけどさ」


 そんなことを考えていたホウ統に玄が鼻の頭を掻きながら声をかける。


「はい、なんでしょう」


「本当の目的を隠すために有名な『三国志』を使ったって言ってたよね」


 ホウ統は小さく頷く。


「そっか…あのさ。


 ホウ統や関羽達には本当に申し訳ないと思うんだけど…」


「はい」


「俺…三国志を選んでくれた誰かに、ちょっとだけ…本当に少しだけど!


 …感謝してる」


 目を伏せた玄の言葉の真意を測りかね、ホウ統はほんの少しだけ眉を細める。


「三国志という世界が大好きだった俺にとっては本物の武将達と会えたことは本当に嬉しいことだったんだ。


 事情を知って何とかしなきゃって思うようにはなったけど、関羽や孫仁、ホウ統達に出会えたことは本来なら本当に絶対あり得なかったことで…


 だからちょっと感謝もしてる」


「玄殿…」


 このゲームを始めて以来、玄が常に考えていたことであった。


 こんなゲームあってはいけない。


 絶対に関羽達を解放する。


 そう思っているのに、三国時代の英雄達と会話し共に戦えるという現状に胸躍らせる自分が確かに存在していた。


 そのことを玄は密かに後ろめたく思っていたのである。


「そんなことは気に病むような問題ではありません。玄殿」


 玄のそんな心中を知ってか知らずかホウ統は小さく首を振った。


「確かに我々は死後もこうしてここにいます。


 それは、形だけみれば我らにとって腹立たしいことですが…


 みな、玄殿と同じです」


「え?」


「この状況を決して受け入れている訳ではない関羽将軍や奥方様ですが、この世界で玄徳様を追い求めています。


 そして…私も玄徳様や孔明殿の期待に今度こそ応えたいと思っています」


 ホウ統の目には暗示のせいだけとは思えない強い意志の光がある。


 劉備や諸葛亮に期待され、重職を与えられたにもかかわらずその能力を発揮することが出来なかったホウ統。


 ホウ統もまた、悪来や馬超、張松らと同じく今度こそ自らの力を存分に奮いたいと思っていた1人なのだろう。


「玄殿、私たちは人間なのです。

 

 心があり、感情があります。

 それは自分ですら止められるようなものではないのです。


 そして、それを責めることなど誰にも出来ません。


 だから私は、私が見て感じたままを大事にしようと思っています。


 その上で私は玄殿に対して心から感謝しています」


 ホウ統の静かだが力強い言葉に玄はホウ統の優しさを感じ目頭が熱くなる。


「…ありがとうホウ統」


 そう返した玄はやはり、このゲームを作ってくれた誰かに感謝する。


「でも、それとこれとは話が別だよね。ホウ統」


「はい」


 ホウ統達と出会えたことを感謝することと、このゲームを許せないと思うこととは相反しない。


 そう考えて出た玄の言葉を正確に読み取ったホウ統は小さく頷く。


「もう少し、ここの文章について整理しておきましょう玄殿」


「了解、ホウ統は他に何か気がついたことあった?」


「はい、ただこれは多分に推測の要素が含まれることになりますが…」


 ホウ統はそう前置きをすると、表示されたままのディスプレイの中の一文を指さす。


「ここの部分ですが…」


 ホウ統が示したのは『裏技ハケーン!5人以上倒すとドーピング可能?』という一文である。


「裏技か…5人って結構な人数だよね。


 うちは、関羽が倒したのが典韋、孫策と周喩は結果的に孫仁が倒して、大喬は関羽、小喬は孫仁、ホウ統は…倒したうちに入るのかな?

 

 そうすると捕らえたのは孫仁か…で張松を倒したのは関羽だから…


 最大で関羽が3人、孫仁が4人を倒したことになるのか」


「いずれにしろ、私たちの軍においてはまだその条件を満たしていないので実際に確認が出来る訳ではないのですが…」

 

 ホウ統はそう前置くと玄に対して質問を投げかける。


「たしか、『どぅぴんぐ』とは肉体を強化するための薬物投与というような意味でしたか?玄殿」


「うん、そうだね。間違ってないと思う。

 

 ただ、そこまで正確な意味で使ってるかどうかはわからないけど…」


「どういうことでしょうか?」


「まあ、俺もちゃんと意味を知ってる訳じゃないから、ドーピングって聞くとただ単純に『違法なパワーアップ』くらいの認識なんだ。


 普通の人は実際にドーピングとかするような環境にいないから正確な意味を理解して使ってるのかどうかは微妙だと思う」


 玄の言葉を聞いたホウ統がなるほどと頷く。


「むしろ玄殿の言葉の通りに考えた方が筋が通るかもしれません」


 取るに足りないような情報の欠片から次々と何かを組み立てていくホウ統。


「えっと…でこの書き込みから何が分かるの」


「思い出しませんか?馬超将軍の話を」


「え?」


 ホウ統の言葉に玄はさっき聞いた馬超達の話を思い出してみる。


 張松との邂逅、綿竹関の崩壊、馬超と張飛の戦い…そして


「あ!」


「そうです、張飛将軍の右腕復元後の状態がそれに近いものではないかと考えました」


 玄が張飛のことに思い至ると同時にホウ統の言葉が続く。


「張飛将軍の場合は武将の変化した旗を右腕として再生したことで、人格の変貌と大きな力を得ています。


 今回のこの文の内容も、おそらく勝利後の武将の処遇が関係していると思われます」


「…そっか。

 

 確かに武将を5人も倒せば、武器や防具、馬とかこの世界で欲しい物はたいがい揃う。

 

 そうなれば、危険を犯して戦い続けるのはリスクだけが大きくなっていく。

 

 プレイヤー次第では無理に戦わずに他の敵が減るのを待つという方針に切り替える人も出てくる。


 そんなプレイヤーが増えたらゲームとしての盛り上がりにも欠けるし、ゲームがなかなか終わらなくなってしまう。

 

 なら、そうならないようにするためには、戦闘に勝つことに魅力を持たせる為にもう一工夫が欲しい…」


 ホウ統の推論を頭で整理した玄が確認のためにゆっくりと言葉にしていく。


「装備で武将の強化が出来なくなるなら今度は武将自体を強化出来るようなシステムを作ればいい。


 それは、基本ステータスを強化するものだったり、新必殺技や新しい術の習得、戦場でライフを回復出来るアイテムだって充分強力なアイテムになる。


 そして、倒した武将達をそれらに変化させることは開発者側にとってはさほど難しいことじゃない」


 武器や防具などの無機物に変化させたり、人体の構造を無視して声帯を取り除いたり出来るならそのくらいのことは当然出来る。


 むしろ最初からそれらが出てこなかったのはゲームバランスを考えた上で序盤から出すのを差し控えたのだろう。


「はい。そしてここからが完全な推測になりますが…


 武将達を武器や防具として身に纏うのとは異なり、肉体を強化するために何らかの方法で取り込むというのは副作用をともなうのではないでしょうか?」


「副作用?」


「副作用と言って良いのかはわかりません。


 ただ、武将達の魂のようなものを何らかの形で取り込んで強化するのだとすればそれは、一つの身体に二つの魂を内包するということになるのではないでしょうか?」


「なるほど…」


 玄はホウ統の推測はおそらく正しいと直感的に判断した。


 玄の脳裏に浮かんだイメージとしては1人の人間という器を表す風船に本人が入っているところへ無理矢理もう1人を詰め込むようなイメージである。


 膨らんだ風船の大きさを単純に強さと仮定すれば確かに強くはなるが器である風船には大きな負担がかかる。

 

 しかし、この世界においては肉体的な負担は無視出来るので風船はどれだけ膨らんだとしても決して割れない。


 だが、中に詰め込まれた人のストレスは相当なものだろう。


「精神面において大きな影響が出るのも無理はない…か」


「そう考えれば『ゲームバランスを無視した武将が』という部分も…」


「早々に5人以上倒した誰かが武将の強化を繰り返した結果」


 玄の言葉にホウ統が頷く。


「そうすると今後は強化された相手とどうやって戦うかを考えないと…」


 武将の取り込みによる強化はいささか反則みたいな感じもするが、システムとして認められている以上は愚痴っても仕方がない。


 それよりも、ここで得た情報がなければ関羽達が条件を満たした時に副作用があるなどと思わず安易に『強化』という選択を選んでいたかもしれない。


 この世界において彼らが唯一自分のものとして自由になる心、それすら失うかもしれない危険を未然に避けられたことは玄にとっては何よりの収穫だった。

 

 玄が三国志系のゲームに夢中になっているのはゲームとしての面白さはもちろんのことだが、なによりも三国時代を生きた人々の生き方に魅せられたからである。


 ゲームに勝つためとは言え彼らの人格に影響が出るようなシステムを玄は到底受け入れることは出来ない。


 それに強化の秘密さえ分かっていればこれからぶつかるだろう張飛やその他の強化武将達との戦いにおいても何か対抗策を考えることも出来るかもしれない。


「そうですね。


 同じ条件下なら関羽将軍が負けるとは思えませんが、相手が人外の力を得ているとすれば一筋縄ではいかないかもしれません」


「そうだね…」


「どの程度強化されているかにもよりますが、単純な個人の武で対処出来ないような場合にどのように戦えばよいかを考えておく必要はあると思います」


 そう言いつつも既にホウ統の頭の中ではめまぐるしくその方法を模索しているはずである。


 玄には戦い方についての助言は難しい。


 だがゲームとしての面からなら少しは役に立てることもあるだろう。


「ホウ統」

 

「…お待ちください、玄殿」


 そう考えてその旨を伝えようとした玄の言葉をホウ統は強引に遮った。


 いつも控えめなホウ統にしては珍しいことである。


「え?」


「画面を…」


 そんなホウ統に思わず疑問の声を上げかけた玄だったが、画面を指さすホウ統を見てすぐに視線を画面へと向ける。



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