豹変
「ぐ…まさかこの俺が腕を飛ばされるとはな…」
切断された当初は派手に血飛沫を上げていた張飛の右肩だが、既に血は止
まっている。
血は止まっていたとしても痛みは本当に腕を斬られた時と変わらないはずだが、馬超からやや離れた位置で片膝をついた張飛はなおも獰猛な笑みを浮かべている。
「…武仁。説明してもらおう」
その様子を真っ直ぐに見据えながら馬超が出した声は凍り付くように冷たい。
「…くっ…も目的はこ、ここを抜けることだよ」
馬超の迫力に押されながら、かろうじて武仁が答える。
「ちょ、張飛と良い勝負をすることが目的じゃないんだよね…」
「…」
「張飛は強いよ、僕から見たらほとんど化け物だ。
そんな相手に強烈な一撃を加えるチャンスがあるなら…それは逃すべきじ
ゃないと思う」
自らの考えを口にしている内に落ち着いてきたのか武仁の口調がしっかりとしてくる。
武仁のその言葉に馬超は目指すべき方向の空を見た。
それからゆっくりと視線を落とし張飛の背後にいる二人の武将を見る。
そして、最後に未だ膝をついたままの張飛を見て静かに目を閉じた。
「馬超?」
心配そうに声をかける武仁の声に小さく息を吐いた馬超がゆっくりと目を開く。
「武仁、確かにお前の言うとおりだ。
私の目的は玄徳公に会うこと。
…張飛殿と武を競うことではない」
そう呟く馬超の表情は苦渋に満ちている。
武人としての矜恃を取り戻すために戦っていたはずの馬超。
そのために劉備に会うと決め、それを行動理由の最優先に上げてきた。
しかし、馬超の心中にはこの結末が本当に自らの矜恃を取り戻すことになるのかと疑問がよぎったのだろう。
「がはははは!いい攻撃だったぜ!馬超!」
「な!」
沈鬱な表情で立ちつくしていた馬超の眼前で大笑しながら立ち上がった張飛は片腕を無くしたにもかかわらず更に闘志を漲らせているように見える。
「あそこで必殺技を絡めてくるとはな!
さすがの俺でもちょっとかすっちまったぜ!」
「かすった…て?片腕無くなってるのに!」
「馬鹿な!
張飛殿、単純な武のみで決着をつけられなかったのは本意ではないが、片腕を失ってしまってはこの戦いは終わりだ。」
武仁の唖然とした呟きにかぶせるように焦った馬超が叫ぶ。
「言ったはずだ、私はここを通りたいだけだと。
通してくれさえすれば、待機に戻り腕を治癒することもできよう」
馬超の言うとおり、戦闘状態が解除され待機モードに戻れば失った腕もライフゲージの回復と共に復元されていく。
常識的に考えれば相手がこれ以上戦う気がないと言っているのなら一度退くのが正解だろう。
「ざけんなぁ!ぼけがぁ!
たかが、腕一本斬ったくらいで勝った気になってんじゃねぇぞ!」
張飛は虎髭を逆立てつつ叫びながら左手で握った蛇矛の石突を地に打ち付ける。
びきぃ!!
張飛の蛇矛は重々しい音と共に地面を陥没させた。
確かに片手だからと言って侮る訳にはいかない力だ。
「くっ、確かに片手になったからといって楽に勝てるとは思わぬが逆に負けるとも思わぬ。
そんな状態の張飛殿に勝ったとて勝ったとは言えぬ」
「……」
馬超にしてみれば、張飛の膂力は未だ脅威ではあるが片手になった上にダメージの疲労が加わった張飛に負けるとは思えない。
それほど、二人の実力は伯仲していたのだ。
ほんの少しの小さなミスが勝敗を分ける。そういう戦いをしていた二人にとって片腕を失うというハンデがどういう意味を持つのか双方ともに理解している。
「どれ、そこまで言うなら儂がその問題をちょっくら解決してやろうかの」
「…また余計なことをすると怒られるぞ、老師」
事実上勝敗は決したにも関わらず互いに譲れぬまま睨みあう二人にどこかとぼけた声をかけてきたのは張飛の背後で成り行きを見守っていた武将達だった。
「構わんよ、儂らは張飛の同盟者でも下僕でもないのじゃからな。
今でこそ張飛の特殊能力で下についてはいるがな」
「ふ、好きにするがいい。俺はまだ動くつもりはない、巻き込んでくれるなよ」
「くかかか!
儂とて今はまだ時期尚早じゃよ。
今回のはあくまでさーびすというやつじゃ」
老人は楽しそうに笑うと両手のひらを上に向けたまま肘から先を前に出すと小さく呟く。
『出でよ、青嚢書』
老人の声に応えるかのように老人の手元が光りだす。
そして、その光が収まると老人の手の中には表紙が蒼く大ぶりな一冊の本が開かれていた。
「かかか。ちぎれた腕を繋ぐなど簡単過ぎてつまらん。
…それよりはやはりこっちかのう」
嬉しそうに頁を繰る老人の手がある箇所でぴたりと止まる。
「これじゃな。では、いってみようかのぅ。
『施術開始』じゃ」
老人のかけ声と同時に本の頁が再び淡い光を放つ。
その光は粒子となり張飛の持つ旗へと流れていく。
そしてその粒子を吸い込んだ旗は意志を持ったかようにゆるゆると動きだして張飛の腕が切断された後の右肩の切断面へと集まっていく。
「む!」
「な!なんだこりゃ!おい、てめぇ!爺ぃ!なにしてやがる!」
その様子に気づいた馬超が明らかに不自然な動きに警戒を強め眉をひそめる。
同時に思い当たる節があったのか、張飛はすぐさま老人の仕業だと見抜き振り返って怒声を上げる。
「かっかっか!そう怒るものではないぞ。さーびすじゃさーびす」
張飛の雷のような怒声にも全く動じることなくことの成り行きを楽しそうに見守る老人。
そうしている間にも旗はうねうねと蠢き張飛の肩口を覆い隠して徐々に形を成していく。
「なんと…旗が腕に」
馬超の唖然とした呟き。
蠢く旗は徐々にではあるが確かに腕の形へと変わりつつある。
「うるせぇ!
俺と馬超の勝負に余計な手出しはいらねぇってんだよ!」
張飛は蠢く旗に逆らうように左手で蛇矛を引き、自らの肩口を覆う旗の固まりを斬り落とす。
「その馬超殿との戦いを存分にやってもらうための治療ですぞ。
おとなしく受けなされ。
ちなみに、斬り落としたとて無駄じゃ」
「ぐぉ!」
老人の言葉の通り、一度は斬り離された旗の固まりはすぐにまた肩口に取り付いていく。
「てめぇ!爺!
俺の言うことを聞かねぇってことは、今反逆するってことでいいんだな!」
「滅相もない!
儂の行動は張飛殿を助けこそすれ、敵対行動は何一つ取っておりませんぞ。
助けるなという指示に逆らうことは反逆にはならんということじゃ。
儂は恐ろしゅうて反逆などせんよ」
大袈裟に肩をすくめる老人を張飛はそれだけで人を殺せそうな視線で睨め付ける。
「…ち、確かに戦闘状態に切り替わらねぇ。
だが、俺の邪魔をしやがったことについては後できっちり落とし前つける!
覚悟しとけ華佗!」
「なんだって!」
張飛が漏らした名前に武仁が思わず叫ぶ。
華佗字は元化(元方)
中国の後漢末期の薬学・鍼灸に非凡な才能を持つ伝説的な名医。「華陀」とも書く。
華佗は医術や薬の処方に詳しく、麻酔を最初に発明したのは華佗とされており、麻沸散と呼ばれる麻酔薬を使って腹部切開手術を行ったという。
そのため、民衆から「神医」と呼ばれた。
そして三国時代においても様々な武将達の治療をしている。
呉では、猛将周泰の重傷を治療。
また、ホウ徳との戦闘で毒矢の傷を受けた関羽を治療するため荊州に出向き、ひじの骨を削って毒を除いたという話もある。
このとき関羽は、顔色一つ変えずに酒を飲みながら馬良と碁を打っていたという。
治療後、関羽は華佗を名医と認め、華佗も関羽を名患者だと言ったという。
やがて評判を聞いた曹操の典医となり、持病であった頭痛の治療に当たる。
しかし、頭痛の治療において開頭手術を勧めたところ「ぬしは予を殺すつもりか」と曹操の怒りを買い、華佗は投獄され拷問にかけられた末に殺されてしまう。
獄中の華佗の世話をしていた獄吏に自らの医学書「青嚢書」を死の直前に渡すが獄吏の妻が「医術を極めても、結局は獄死するのでは何もならない」と、夫の身を案じて焼き捨ててしまったという。
「華佗って言ったら、有名な医者じゃないか!
そんな人がどうしてこんなところで戦いに参加してるんだよ…」
だが、当然武仁の疑問に答えられる者などこの場にはいない。
「今は、それを気にしている場合ではないな。
どうやらやっかいなことになりそうだぞ」
馬超の深刻そうな声に武仁は張飛を見る。
そこでは抵抗している張飛をあざ笑うかのように徐々に浅黒い腕が形成されていく。
「ぐぉ!うぉ、ぉぉ…」
「やはりのう…
武将の化身した旗を儂の術で腕に作り替えるということは強化薬を身体に取り入れた時と同じような変化があるようじゃな」
「え?」
一人呟きながら納得している華佗の言葉に武仁はひっかかるものを覚えた。
しかし、その意味を考えることを周囲の状況が許してくれなかった。
「ぐぉぉぉぉぉぉ!!」
まとわりつく旗と呻きながら格闘していた張飛が一際大きな叫び声を上げた。
「張飛殿!」
「がはぁ!はっ…はっ」
ただならぬ張飛の様子に声をかける馬超には応えず、肩で息をする張飛。
その右肩には既に右腕が復元している。
その右腕は左腕よりも明らかに浅黒く、元の右腕よりも二回りは大きい。
そして、なによりも見る者を不安にさせるような雰囲気を漂わせている。
「…何だよ、あの腕」
「…」
武仁の呟きに馬超は答えられない。
「なんと禍々しい…」
直接張飛と対峙している馬超には武仁以上に感じるものがあるのだろう。
馬超の武人としての勘は今すぐにでも斬りかかれと訴えかけているが、張飛を倒す訳にはいかない馬超はその衝動を必死に抑えなければならなかった。
「くっふぁぁぁぁ!」
そうして見守るしかない馬超の前で完全に右腕が復活した張飛が気の抜けた溜息を吐き出す。
それはまるで風呂につかった時に思わずこぼれるようなリラックスした感じを思わせるような吐息。
直前までの異様さからは考えられないその吐息は武仁達に安堵を与えるものではなくむしろ得体の知れない不安感を与えるだけだ。
「くぅ~…いい気分じゃねぇか。
力が漲ってくるぜ!」
そう呟きながら顔を上げた張飛の表情は歪んだ喜悦に満ちている。
先ほどまでの潔いまでの豪放磊落さとは明らかに雰囲気が違う。
張飛は右手に蛇矛を持ち替えると凶暴な笑みを浮かべる。
「さあ!続きをやろうぜ!」
「張飛殿!」
ヒュン
「!」
馬超がそんな張飛の様子に焦燥の声を上げた次の瞬間、空気を切り裂く音がする。
その一瞬後、馬超の首筋からゆっくりと血が流れる。
「馬超!」
何が起こったか全く分からない武仁には叫ぶことしか出来ない。
「ば、馬鹿な…全く見えないなど…」
呆然とした馬超の呟き。
「ぐだぐだうるせぇ。
どんな事情があるにしろ、ここは戦場なんだぜ。
向かい合った以上はヤるしかねぇだろうが!」
「くっ!」
張飛から向けられる殺気に思わず後ずさりながら馬超は歯がみする。
確かに今のような言葉は張飛という漢なら言いそうなことだが、さっきまでの張飛なら同じ言葉を使ってもここまでの殺気を発することは無かったはずだ。
何が張飛を変えたのか。
「あの腕が張飛殿を変えた…そうとしか考えられぬ」
「馬超、これ以上は穏便にここを抜けるのは無理だと思う。
遠回りしてでも迂回しよう」
一人呟く馬超に虚空から武仁の声がかけられる。
「…致し方ない。問題は…」
張飛の変貌と得体のしれない力、そして背後に控える華佗ともう一人の武将、更に落とされていた堀から自力でよじ登ってきつつある張松…
これら全てを馬超一人でなんとかするのは難しい。
というより不可能である。
今までは張飛さえなんとか納得させれば通り抜けることだけなら可能だと考えていたが、今の張飛を相手ではそもそも対話すら成立するとは思えない。
ここで最短距離にこだわり張飛と戦いを続けることは馬超の目的にとっての最良の方法ではなくなった。
「退かせてもらえるか…だね」
武仁の重苦しい言葉に馬超は無言で小さく頷く。
「油断せずに構えたまま耳だけ貸して」
武仁に言われるまでもなく馬超は油断など微塵もしていない。
今の張飛に油断などしようものならその瞬間に戦いは終わる。
「普通に逃げるのは多分無理だよね。
全力で走ったって逃げようとした瞬間に…」
馬超が背中から突き刺されるシーンを想像して武仁が思わず身震いする。
「と、なれば逃げるための隙は自分達で作らなきゃいけないってことになるよね」
「…死中活」
「そうだね、死中に活を見いだすためにはこっちの最大の攻撃をぶつける。
それでも相手に隙が出来なければ…」
僕たちの戦いはここで終わる。
武仁は続けようとした言葉を飲み込んだ。
今、命をかけているのは馬超である。
『僕たち』なんて括りは命をかけている馬超に対してあまりにもおこがましいと思ったのである。
言い淀んだ武仁の気配を察した馬超がふっと口元を緩める。
「『我ら』の戦いはまだまだ続くぞ。武仁」
「え!」
小さくはあったがはっきりと聞こえたその言葉に武仁の胸はどうしようもないほどに熱くなる。
「も、もちろんだよ!
まだまだ僕はこのゲームを楽しみたいんだから、馬超に負けてもらっちゃ困るよ」
「ふ、よかろう。
お前の楽しみを少しでも長く伸ばしてやる」
照れ隠しなのだろう、不自然なくらいの早口で憎まれ口を叩く武仁に馬超が優しい笑みを浮かべる。
そして、次の瞬間馬超の気が急速に膨れあがっていく。
「おほ!
いよいよその気になりやがったぜ!
それでこそすぐに殺らなかった甲斐があるってもんだ!」
まるでいつでも勝負をつけられたと言わんばかりの張飛が高笑いをしながら歓喜の叫びをあげる。
「武仁!よいな!」
「うん!」
「おおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
武仁に声をかけたと同時に更に集中を高め始めた馬超が腹の底から湧き上がるような雄叫びをあげる。
「へ、そう来るか!いいぜぇ!馬超!
その勝負受けてたってやるぜ!
ごぉぉぉぉぉぉ!」
高まる馬超の気を見ていた張飛が歪んだ笑みを浮かべながら自らも雄叫びを上げ始める。
「くっ、張飛も気を高め始めた」
この世界では高まる気も一定量を超えると目に見えるようにエフェクトがかかる。
馬超や張飛の身体が淡い光に覆われていく。
その光の強さや大きさが純粋な気の量と比例するのかどうかは定かではないが、武仁が客観的に見た感じでは遅れて気を高め始めた張飛の方がまだ幾分小さいように見える。
しかし、その増幅速度は馬超の比ではない。
「このまま気を高め続けたら不利だ…
馬超!」
二人の高められる気の最大値がどの程度なのかは分からない。
分からないが、今回は倒すのが目的ではなく逃げるための布石。
そうである以上、それを確かめる必要はない、少しでも有利な状態で技を放つ方が良い。
「承知!」
応えた馬超が僅かに槍を引く。
「おおおおおお!
『豪気槍』(ごうきそう)」
高められた馬超の全ての気が長槍へと収束され渾身の力で放たれた馬超の突きへと流れ込んでいく。
「おもしれぇ!
ごぉぉぉぉぉぉ!『豪気旋槍』(ごうきせんそう)」
受けて立つ張飛も馬超とほとんど同じ動作で突きを放つ。
「まさか同じ技?」
同じように繰り出された張飛の技に対して武仁が叫ぶ。
ただ一つ違うのは、大気ごと貫かんばかりに突き出した馬超に対し張飛は大気を巻き込むように捻りながらの突きだということである。
二人の武器が纏っていた必殺の気は二人の突きに乗り、槍先から相手の胸をめがけて一直線に放たれる。
馬超が放った気弾は疾く鋭く巨大な一本の槍のように、張飛が放った気弾は大きく回転しつつ押し寄せる砲弾のように一気に両者間の距離を詰め、二人のほぼ中央で激突した。
不自然なほど静かに衝突した二つの気弾は衝突に巻き込まれ荒れ狂う大気の中央でじりじりとせめぎ合う。
実際には瞬きするほどの時間がとてつもなく引き延ばされ、その場を見守る全員の目が危うい均衡を保つ気弾に注がれる。
その危うすぎる均衡は互いの気弾の威力がほぼ互角だったために産まれたものだろう。
どちらかの威力が勝っていれば、相手の気弾を呑み込むか、弾き飛ばすなりして相手を捉えていたはずである。
張飛の余力がまだまだありそうだったことを考えれば早めに技に踏み切った武仁達の判断は正解だった。
やがて、全ての視線を集めたその均衡は互いの気弾が持つ性質の影響を受け徐々に変化を見せ始める。
張飛の気弾の捻りが馬超の気弾を僅かに下方へと押し下げたのである。
そして、その僅かは均衡を破るのに十分過ぎた。
綺麗に正面からぶつかったことでそれぞれに力をせき止められていた二つの気弾。
馬超の気弾が押し下げられたことによりずれたそれぞれのベクトルの方向へその全ての力が吸い込まれていく。
すなわち馬超の気弾は張飛の足下へ、張飛の気弾は馬超の胸元へ。
「くっ!」
「ちっ!」
二人の焦燥の呻き。
必殺技を放った二人の呻きの理由は発動後の硬直時間にある。
技の発動からここまでの時間はわずか1秒程度、しかし馬超と張飛の技の硬直時間も約1秒。
軌道を少しずつそれた気弾がすれ違った直後に硬直が解けた。
張飛は地面を踏み抜かんばかりに両の足に力を注ぎ、かろうじて半歩ほど後退することに成功した。
まさにその半歩の位置に着弾した馬超の気弾が盛大に地面を穿つ。
と、同時に轟音が響く。
「な!なんだそりゃぁぁぁ!!」
直撃を見事に避けた張飛にとって災難だったのはある意味自分の酔狂で作った堀を背にして戦っていたことだ。
堀を作っていたがために崩れやすくなっていた地面は馬超の気弾の威力に耐えられず着弾地点から堀までの地面全てが堀の中へと滑落したのである。
さすがの張飛も自らが立つ地面が崩れてしまっては為す術がない。
崩れゆく土砂に巻き込まれるように堀へと落ちていった。
一方、馬超も迫り来る張飛の気弾を目前にしていた。
もともと身体の中央に迫っていた気弾は軌道をずらした結果、馬超の胸元からせり上がるように迫ってくる。
硬直が解けたばかりの馬超は胸元から迫る気弾に身を屈めることでは対処出来ないと判断し全力で身体を反らす。
だが、そんな馬超の回避行動も空しく気弾は馬超の左胸付近に着弾。
「馬超!!」
武仁の叫びと同時に馬超は糸の切れたマリオネットのように後方に弾き飛ばされる。
不自然な回転をしながら10メートル以上も宙を飛んだ馬超は、地面に叩きつけられてからも砂煙を巻き上げながらごろごろと更に10メートル近くも飛ばされてようやく止まる。
「馬超!馬超!大丈夫?!」
うつぶせになって動かなくなった馬超に武仁が声をかける。
武仁の目に見える馬超のライフゲージは一気に4分の1を割り込み赤く点滅している。
だが、裏を返せば0になっていない以上は馬超はまだ生きているということである。
「う…くっ」
ぐったりと大地に投げ出されていた馬超の手が小さな呻きと共に動く。
「馬超!頑張って!
今起きあがれば、ここから離脱出来るよ」
張飛が堀に落下したことに加えて、自らも激しく吹っ飛ばされたことで張飛達から一瞬で距離を取ることが出来ている。
激しく減ったライフは確かに危機だが、同時に今の状況はこの上もない好機だった。
だからこそ武仁は少しでも早く馬超の意識を覚醒させるために呼びかけを続ける。
「馬超!
しっかり!まだ、こんなところで挫ける訳にはいかないんだろ!」
「く…無論だ」
武仁の言葉に馬超が歯を食いしばりながら応える。
震える手に渾身の力を込め地を掴むとゆっくりと上体を起こしていく。
その途中で馬超と同じように飛ばされてすぐそばに転がっていた長槍を掴むと今度はそれを支えにする。
長槍に掴まりながらもなんとか立ち上がった馬超は、まだ衝撃から立ち直れないのか軽く頭を振る。
「!ば、馬超!その傷…」
立ち上がった馬超を見て驚愕の声を上げた武仁に馬超が自らの胸元を見下ろす。
「…ふ、また友に助けられたようだ」
そう呟く馬超の胸元は左胸から左肩にかけて深く抉られている。
そして、その周辺には銀糸で編まれていた鎖帷子が無惨に切り裂かれて垂れ下がっている。
おそらく馬超の必死の回避行動だけでは張飛の一撃から生き残ることは出来なかった。
ホウ徳が変化したこの鎖帷子が威力を減殺し、受け流してくれていたからこそ派手に吹っ飛ばされ浅からぬ傷を受けたにもかかわらず命を取り留めることが出来たのだろう。
「馬超!走れる?とりあえずここから離れるんだ」
しかし、事態は切迫している。
感慨に浸っている暇はない。
「む、承知!」
無論馬超も今の状況を把握している。
ふらつく身体に活を入れるように長槍を地に打ち付けると、すぐさま踵を返し走り去ろうとする。
「ぶほぉ!っくしょぉ!
永年!逃がすんじゃねぇぞ!」
「やれやれですな…」
だが、土砂の中から這い出た張飛の怒声が堀の中から響くと同時に馬超の行く手を遮った者がいた。
「え?なんで!」
「これはまた…奇怪な」
気怠そうに溜息をつきながらも、剣を構えて馬超の前に立ち塞がった武将を見て馬超と武仁は声を漏らす。
なぜなら、馬超の行く手を遮った者はそれもまた馬超だったからである。
「ほ、驚かれましたかな?」
「え?その口調って…」
「張松殿か?」
「いかにも」
馬超の姿に似つかわしくない口調から張松だと分かったものの、それが分かったからといって何一つ状況は好転しない。
不可思議な現象に対する警戒感が高まっただけだ。
「気は進みませんが、その逃走阻ませていただきますぞ」
しかも、そう言って構えた剣から立ち上る闘気はとても先ほど出会った文官の出せるものではない。
身の危険を感じた馬超は無意識のうちに長槍を構え戦闘態勢へと入ろうとする。
「ちょ!
駄目だよ馬超!今は戦っちゃ駄目だ!」
馬超の動きに慌てた武仁が慌てて声をかけながら周囲を見回す。
「…仕方ないか。
馬超左手に見える林、というか崖みたいな斜面の山。
あそこを抜けよう」
武仁の言葉にすっと視線だけでそちらを確認した馬超が一瞬眉をひそめる。
「逃げるのが不本意なのも分かるし、あそこへの逃走経路が厳しいのも承知してる」
あの木々の生い繁った崖のような斜面を駆け上りながらの撤退は逃げ切るという点から考えれば確かに正解ではない。
走りにくい上に、どうしても派手な音を立てなければならないため追っ手を引き離すことも撒くことも難しいからだ。
そもそも向かい合う張松がそれを簡単に許してくれるかどうかも分からない。
今対峙している距離から考えれば、追いつかれずに林に飛び込めるかどうかは五分五分と言ったところだろう。
「でも考えてる暇はないよ。
時間を取られれば張飛が這い上がってくる。
そしたらもう逃げることは無理だよ」
「…」
長槍を構えたまま黙り込む馬超の心中には葛藤があるのだろう。
自分の真似をする張松に対してくつくつとした怒りもある。
文官ごときに背を向けねばならないという矜恃もある。
だが武仁の言いたいことも分かる。
そして、それが正しい。それが全てだった。
「むぅん!」
「…うぁ!」
静かに長槍を構えていた馬超が、一瞬に高められる限界まで自分の闘気を高めそれに一片の迷いもない殺気を乗せた。
その一瞬の圧力は凄まじく、自らに向けられた訳でもないのに武仁が思わず縮こまる程であった。
「ぬ!!…ぅ!」
そして、そんな殺気を咄嗟に向けられた張松はたまったものではない。
純粋に間合いの外にいたにもかかわらず身の危険を感じ、思わず防御態勢を取った。
「馬超!」
「む!」
それこそが馬超の狙い、同時に馬超は左手の林へと一気に駆け出す。
「く、逃がしませぬぞ!」
そう言いながら馬超を追おうとする張松だが、そのスタートが僅かに遅れる。
一瞬とは言え防御のために落とした重心が走り出すための1歩目を邪魔したのである。
幾度も戦場を経験した武将なら相手の殺気に当てられても動きを硬直させるようなことは無かっただろう。
だが、見た目は馬超であったとしても本来は文官だった張松にはそこまでの胆力は備わっていなかった。
戦闘経験が少ないという張松の弱点の一つを馬超は直感で見抜いたことになる。
「さすが馬超…」
武仁は結果として殺気一つで『背を向けて林に飛び込む』という危険な賭を高確率で成功するところまで引き上げた馬超の判断力と戦闘能力に改めて驚嘆する。
「ごらぁ!」
時を同じくして土砂にまみれた張飛が堀から這い上がってきて怒声を上げる。
しかし、馬超は既に林の中へと駆け込んでいた。
「ちぃぃぃ!
ボケ永年!追え!殺せ!潰すまで帰ってくんな!『命令』だ!」
「な!」
「くかか!これはこれは…」
張飛の怒りにまかせた言葉を聞いていた二人の武将達がそれぞれに驚きの声を漏らす。
「むう、張松殿」
「行くも地獄、帰るも地獄じゃな。
幸いなのは相手が手負いなことじゃが…」
二人の武将達が張松を憂えているのには理由がある。
それは張飛の特殊能力に起因している。
『蛮勇の代償』
張飛に与えられたこの特殊能力は、戦闘で倒した相手を3人まで強制的に配下に置くことが出来る。
しかし、その配下達は降伏した場合と違いゲームから離脱した訳でも能力を制限される訳でもない。
基本的に配下として張飛の意に添う行動を強いられるが張飛への明確な反逆行動さえ取らなければ自由は確保されている。
そしてこの能力の最も特徴的なのは、配下になった武将達には『反逆』することが許されているのである。
いつでもどこでも自分が張飛を倒せると思った瞬間に反旗を翻していい。
ただし、一度『反逆』認定をされてしまえば強制的に戦闘状態になり、どちらかが倒れるまで解除されることはない。
それはその場を離脱しても同じである。
戦闘状態が解除されないということは待機状態にも戻れず、徐々にライフも減っていくため仕切り直しも出来ない。
しかもライフが減るのは反逆した側だけである。
だが、戦闘状態にある以上は張飛も待機状態には戻れない。
『反逆』は張飛にとっても配下になった武将達にとってもかなりのリスクが伴うのだ。
そして、明確な敵対行為を取る以外にもう一つ『反逆』認定がされてしまうことがあり、それこそが今回二人の武将達が張松に同情の念を抱かざるを得ない理由である。
それは張飛が明確に発言した『命令』に逆らうこと、もしくはそれを達成出来ないことである。
今回、張松に対し張飛は考えあってなのか、勢いからなのかは分からないが『命令』をしてしまった。
命令をされてしまった以上、張松はその命令を遂行する、つまりいくら手負いとはいえ西涼の錦と呼ばれた馬超を倒すか、『反逆』をして張飛を倒すしかない。
更に今回は命令を達成しようとしても馬超は完全に逃走を決め込んでいるため追いかけていくしかない。
完全に逃げ切られてしまえば命令違反と判断されて『反逆』認定がされてしまうだろう。
そうなれば今度は一か八か張飛を倒すために綿竹まで戻らなければならず、どこまで追って行ったかにもよるが戻る間もライフが減り続ける張松が張飛に勝つことなどもはや不可能に近い。
張飛の特殊能力で配下にされてしまっただけの3人の間に仲間意識など皆無だが、同じ状況下にある身である。
先ほどの命令に自分たちの名前が出る可能性もあった以上白羽の矢が立てられた張松に同情もしたくなるのだろう。
「まあ、戻ってくるのは無理じゃろうのぅ。
あわよくば3人での同時反逆という策もないではなかったが…」
「ふん、心にもないことを…協力の名の下に我らに怪しげな施術をしたいのが本音だろう」
「かかか!
噂ほど馬鹿ではないようじゃの!
虎…ぐ!」
楽しげに笑いながら漢に話しかけていた華佗が突然言葉を詰まらせる。
なぜなら話しかけていた相手が突然、華佗の胸ぐらを一瞬で掴み、右手一本で宙吊りにしたためだ。
小柄とはいえ成人した人間一人を片手で持ち上げる膂力、この漢もただ者ではない。
「私をそう呼ぶことが出来るのはこの世でただ一人だと言ったはずだ」
漢は宙吊りにした華佗に淡々とした言葉を浴びせる。
しかし、その声には並々ならぬ迫力があり、殺気と見紛う程である。
「く、くかっかか…怖い、怖いのう、虎痴」
「!!貴様!!」
喉を詰まらせながらも笑いを絶やさず言い放った華佗の言葉に漢は激昂し空いている左手を腰の剣へと伸ばす。
「おう!おめぇら!
何そこでじゃれてんだ!さっさと関を直しておけ!」
馬超を追っていく張松を全く気にもかけず、殺気すら漂わせる2人の様子にすら興味を示さず、張飛は言いたいことだけを言い残しあっさりとその場から姿を消した。
馬超の逃走により戦闘状態が解除されたので自らの傷をいやすために待機状態へと戻ったのだろう。
「…相変わらず傍若無人じゃのぅ」
吊り上げられた状態で暢気な溜息をつく華佗も人のことを言えたものではない。
「…ふん」
張飛や華佗の様子にすっかり毒気を抜かれた漢は小さく鼻を鳴らすと華佗から手を放す。
「っと!
年寄りはもうちょっと丁寧扱うもんじゃぞ許チョ」
「…」
見かけは老体にもかかわらず、咄嗟に放り出された華佗はよろめきもせずに着地する。
その身のこなしは武の心得がないただの医者とは思えない。
許 チョ(きょ ちょ)字は仲康
魏の武将。曹操の親衛隊。
身長8尺(およそ184㎝)で容貌は雄々しく毅然として、武勇は人なみはずれていた。
力は虎のようであったが、ただ痴(頭の回転が鈍い)であったので曹操からは「虎痴」と呼ばれていたという。
曹操が淮・汝の地方を支配した時、許チョは軍勢を挙げて曹操に帰順。
曹操は許チョの勇壮な雰囲気をいたく気に入りその日のうちに許チョは都尉の官を受ける。
張繍征伐に従軍したときは先鋒となり、一万ばかりの首を挙げ校尉に昇任。
その後も曹操に対する謀反を未然に防ぐなどし、曹操はますます許チョを信愛し常に許チョを身近に左右から離さないようになる。
潼関の戦いで韓遂・馬超と戦った時、曹操が黄河を渡る際に、馬超が兵を率いて曹操軍に雨のように矢を降り注がせた。
許チョは曹操を船に乗せたが、他の兵も競って乗ろうとしたので船が重さのため沈没しそうになると許チョは船によじ登ろうとする味方を斬り捨て、左手で馬の鞍を掲げて曹操を矢から庇った。
そしてさらに船頭が流れ矢に当たって死ぬと許チョは右手で船を漕ぎ、ようやく危地を脱した。
後に曹操は、「許チョがいなければ命がなかった」と述懐したという。
その後、曹操は韓遂・馬超らと一騎で語り合う機会があったが、そのときにも許チョだけを連れて行った。
馬超は自分の武術の腕を頼りにその場で曹操を殺そうと考えていたが、曹操の従者が許チョだと知ると、馬超はあえて危険をおかさず引き返したという。
許チョもまた曹操を心酔しており、その忠義は厚く、曹操の死後許チョは号泣して血を吐いたという。
「ふ、まただんまりかいの?
まあよい。まあよい。
我らが暴君の命令じゃ、さっさとやってしまうかのぅ」
そう華佗が呟く前に既に許チョは瓦礫の山を整理にかかっている。
そんな許チョを見てかかかと笑った華佗はあることに気づいて手を打つ。
「おお!そうじゃ。
もう旗はなくなってしもうたんじゃから蛇矛を抜くたびに関を壊されることもなくなったということじゃのぅ」
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「そこまでが僕たちが知っていることだよ。
最後の方はかなり投影距離の限界だったから多少は正確性には欠けるかもしれないけどね」
馬超と武仁の長い話を聞き終えた玄達はそれぞれがそれぞれの理由で沈黙していた。
関羽や孫仁は張飛の話を聞いて、これからどう張飛と対応していくかということだろうか。
茜や悪来はただ純粋に話の内容に驚嘆しているのだろう。
そして、玄とホウ統は今の話から得られた情報を自分たちに役に立つものとそうでないものとに選別し、集められた情報から今後の方針を立てるべく黙考していた。
「ふむ、ひとまず翼徳が無事なことは分かったが…」
「はい、馬超殿のお話では突然様子が変わられたとのこと」
全ての話を聞き終えた関羽が漏らした言葉に孫仁が答える。
「確かにもともと粗暴な義弟ですが、本質は稚気の固まりみたいなものです。
馬超が感じた違和感というのもなんとなく分かる気が致します」
「稚気の固まり…
なるほど、さすがは義兄である関羽殿の言葉、実にしっくりとくる」
関羽の言葉に反応した馬超が深く頷く。
「そう考えれば違和感の正体もなんとなく見えてきます。
強いて言えば…そう、悪意の有無」
「であろうな…
翼徳の粗暴さはもちろん褒められたものではないが、幼子が暴れるようなもの」
「ふふ、張飛将軍の勇猛ぶりを幼子が暴れると例えるのはどうかと思いますが、なんとなく分かります。
そんな張飛将軍が変わってしまったのは、華佗老師が行ったという右腕の再生の後…
やはり原因はそこにあるのでしょうか…」
孫仁も呉にいたころ華佗を見かけたことがある。
医の道に優れ、人徳がある立派な医者だという評判に違わず街では民衆に囲まれ病の治療法や予防について講義をしていた。
そんな華佗がそのような悪意ある治療をするとは孫仁には信じがたかったのである。
「とりあえず、その辺の原因究明は後に回そう。
馬超さん、華佗と一緒にいたのは本当に許チョで間違いないですか?」
「私も直接見たのは一度だけ、しかも今回は間近で見た訳ではないが間違いない」
玄の問いかけに答える馬超の言葉には自信が感じられる。
ただ一度相まみえただけでも、名のある武将同士感じるものがあったのだろう。
「うん、分かった。じゃあ、それを前提に動こう。
関羽、一応確認するよ。
張飛のいる綿竹関を迂回して劉備を捜すという選択肢もあるけど、どうする?」
張飛の所在が知れたことは大きな収穫だが、最大の目的は劉備を捜すことである。
得体の知れない術を使う華佗や豪傑と名高い許チョのいる場所へ向かい危険を犯すよりも劉備探索に力を注いだ方が得策と言える。
「む…奥方の許可が頂けるのであれば、翼徳のもとへと向かいたいと思うのだが」
「関将軍、私はもちろん構いません。
あの方も張飛将軍も関将軍にとっては大事な人達でございましょう?」
関羽の逡巡するような言葉に孫仁は優しく微笑みながら頷く。
「…かたじけない」
関羽が深々と頭を下げたのを見計らって玄は口を開く。
「分かった。
じゃあ目的地は綿竹関として、そこには張飛、華佗、許チョの3人が待ちかまえている。
そういうことで動こう」
関羽と孫仁が真剣な面持ちで頷く。
「で、竹さんと馬超さんはどうしますか?
劉備を捜すことを優先するならここで同盟を一度破棄することもできますけど」
自分達の方針が固まったところで玄は馬超達にも同じことを問いかける。
「そうだね、だけど僕はどっちでもいいよ。
馬超が決めればいい」
馬超は武仁のその言葉に小さく頷く。
「ならば今しばらくは関羽殿と奥方様に同行させていただきたいと思います。
関羽殿には必要のないことかと思いますが、廖化殿に関羽殿の助けになって欲しいと頼まれたこともありますゆえ…」
「ふ、律儀な奴だ」
関羽にしてみれば、確かに馬超の言うとおりことさら助けが必要だとは思わない。
だが、廖化が死の間際まで自らのことを気にかけてくれたこと、そしてそれを引き受けた馬超の心意気は無下には出来ない。
「それに、綿竹に向かうのなら相手は3人。
さすがの関羽殿でも張飛殿を相手にしては他の2人にまで手を回すのは難しいはず。
ならば残りの2人は私が引き受けます。
3対2でも関羽殿と私となら…」
「馬超殿。3対3、でございます」
馬超の猛々しい言葉をやんわりと遮った孫仁が馬超へと微笑む。
「な、なんと申されます!奥方様にそのような危ないことは!」
「馬超、よい。
奥方の武は決して我らに劣るものではない。
むしろこの世界の法則に従って戦う限り、戦い方によっては我らよりも強いかもしれぬ。
無論、何があってもお守りはするがな」
なおも言い募ろうとした馬超だが、自らを見つめる関羽の眼は紛れもなく本気であった。
そして、微笑みながら視線を向けてくる孫仁の眼にも迷いや甘えは微塵も感じられなかった。
「ふ、どうやら私の取り越し苦労のようです」
「よし、決まった。
じゃあ、一番傷の深い馬超の傷が癒える明後日の夜全員で出陣しよう」
「ちょっと待って、そんなの時間がもったいないよ。
明日の夜も移動はすればいい。
綿竹の直前までは進めるはずだし、張飛達に挑むのは明後日になったとしてもその方が無駄がないしね」
武仁の言葉に玄も納得して頷く。
「そうですね。
関羽の傷は明日には癒えます。
突発的な戦闘が起こっても、馬超さんに無理をさせるようなことにはならないと思います」
「申し訳ないけどそうして貰えると助かるよ」
「はい、では明日の詳しい時間の打ち合わせと…さっきのサイトの話」
「ああ、あれね…気味の悪い書き込みとかあってあんまりお勧めはしたくないんだけど、知りたいなら教えるよ」
言いよどむ竹の言葉に不安をかき立てられながらも重要な手がかりである。
玄はありがとうございますとお礼を言いつつメモを取るべく机に向かった。




