旗槍術
小さいながらも関所として行く手を遮る綿竹関に燕人張飛がいることを最早確信していた馬超は戦いになることをも想定して心気を充溢させ綿竹へと近づいていた。
「相手はマーカーを隠そうともしてないみたいだね。
間違いなく関の中に誰かいるよ」
武仁の言葉に表向きは反応を示さず、馬超は握ったままの長槍に力を込める。
馬超の緊張感に圧倒され、次第に武仁の言葉も少なくなった頃、馬超は綿竹関を目前にしていた。
「ほっほっほ…そこな御仁、しばし待たれよ」
馬超の足が軽薄そうな声をかけられて止まる。
声のした方を見ると関の両脇を挟む渓谷の方から小柄な漢が歩いてくる。
「…お前はこの関の者か?」
「ほほ、そうとも言えるし、違うとも言えますな」
決して整った顔とは言えない小男が小馬鹿にしたように笑う。
「もし、この関の者ならば張飛殿に取り次いでもらいたい」
しかし、心気を整えている馬超は小男の挑発に全く乗らない。
あくまで礼を尽くしている。
「これはこれは!驚きましたな。
この関にいるのがあの張飛 翼徳と知りながらもここを通ろうとなさる方がいるとは」
小男はわざとらしい驚愕の表情を浮かべ楽しそうに笑う。
「些か面識がある。
我が名は馬超 孟起と申す。
張飛殿へお取り次ぎ願いたい」
「ほ!これはこれは、西涼の錦馬超殿でしたか。
わたくしめは張松 永年と申します。
ま、故あってここで関守のようなことをしてまする」
張松は無防備にすたすたと歩いてきて、綿竹関の渡し板の前に立つ。
完全に馬超の行く手を塞いだ格好である。
「…張松?」
馬超はその名を呟き記憶を探るが思い当たる節はない。
「ほほほ、知らぬとて不思議はありますまい。
生前は劉璋様の下で一文官をさせて頂いただけですからな」
劉璋字は季玉
益州の牧、劉焉の子。
劉焉の死後、後を継いで益州牧・監軍使者・陽城侯となる。
曹操が荊州を制圧すると、劉璋は使者を派遣して曹操に敬意を表した。曹操は劉璋に振威将軍の名称を与える。
しかし、彼の重臣の張松・法正・孟達らは彼の治世を見限り劉備を益州の牧として迎えるべく画策する。
この頃、比較的戦乱から離れていた益州にもようやく張魯や曹操らの脅威が迫りつつあった。
元々、戦が不得手であった劉璋は、このこともあって張松らの進言を聞き入れて、劉備を蜀に入れることを許す。
だが、張松の兄の張粛の密告で張松の内通行為が露見すると、劉璋は張松を処刑して劉備と対立。
劉備は軍勢を率いて劉璋を攻撃。
劉璋の武将の劉循・張任らが懸命に抗戦したが、戦慣れした劉備軍の前に遂に敗れ、劉備軍が成都に迫ると劉備の降伏勧告に対し、劉璋は「わしはもはや領民を苦しめたくない」と言って決断し、降伏した。
「ほう、益州の劉璋殿の臣であったか。
私が玄徳公の下に降った時には聞かなかった名だが…」
「なんと!馬超殿が劉備殿の臣に?
それはなんとも胸が躍りますな。
残念ながらわたくしめは劉備殿が蜀を平定される前に処刑されてしまいましたので見ることは叶いませんでしたが」
張松は自らが処刑されたことをさらりと語りながらも馬超の言葉に目を輝かせる。
「む、そうであったか…これは失礼した」
本人は全く気にしていないようだったが、自らの失言に気づいた馬超は謝罪し小さく頭を下げる。
シュッ
「危ない!!」
「む!」
武仁の叫び声よりも一瞬早く、馬超は腰を引くようにして跳び退さっていた。
「…どういうつもりだ?張松殿」
地に膝を着いた状態で長槍を張松に向けた馬超の視界をわずかに切断された髪の毛が舞う。
「ほ!かわされてしまいましたな」
そう言って手に持った小剣を袖の中に戻しながら張松が笑う。
馬超が頭を下げた一瞬を見計らって袖の中に隠していた小剣で無防備な首に一撃を加えようとしたのである。
馬超がとっさに避けなければその一撃で馬超は戦闘不能にされていてもおかしくはない。
「いえいえ、私としてもこんなことはしたくはないんですがとりあえず隙があれば斬れと厳命されてましてな」
有無を言わせず致死に至るような一撃を放ったにもかかわらずぬけぬけと言い放つ張松に馬超は言葉が出ない。
張松の危険すぎる攻撃に武人として反応して、思わず反撃をしそうになった馬超だが、張松の背後には張飛がいることを思えば迂闊に手を出すわけにはいかない。
張飛となんらかの関係があると思われる張松を斬ってしまえば張飛と戦闘になることはもはや避けられなくなってしまう。
「とはいえ、今の一撃が避けられるようではまともにやり合っても勝てそうもありませんな」
そんな馬超の心中の葛藤を知ってか知らずか警戒心を全く見せぬままの張松。
「多分、彼は馬超の考えてることなんてお見通しみたいだね。
張飛との戦いを出来れば避けたいと思ってることも、どうしても南へ行きたいと思っていることもね」
武仁の言葉に小さく頷いた馬超は張松の洞察力に感嘆しながらも警戒心を強める。
見た目のか弱さに惑わされてはならない。
武力だけが戦う力ではないことを曹操との戦に負けた馬超は痛いほど知っている。
「張松殿、最後にもう一度だけ言う。張飛殿にお取り次ぎ願いたい」
この勧告が受け入れられない時は張松を斬り、先に進む覚悟を決めた馬超がゆっくりと立ち上がる。
「ほっほっほ、いいですとも」
「なっ!」
当然断られると思っていた馬超の思惑を完全に無視して張松が軽く答える。
「完全に遊ばれてるね…」
武仁の声にも若干の苛立ちが感じられる。
そうしている間にも張松はあっさりと馬超に背を向けて関の渡し板の上を歩いていく。
「私の仕事はここまで…のようですが?」
関の扉の前に立った張松がおずおずと中へ向かって声をかける。
その態度からは先ほどまでのふてぶてしさはすっかりなりを潜めてしまっている。
「ぶぅわっぁかやろう!!」
「ぶほっ!」
もの凄い大音声と共に突如勢いよく開かれた扉を避ける間もなく顔面で受け止めた張松が情けない声を上げながら堀へと落ちていく。
深さは3メートル程だが落ちどころが悪ければ命に関わるところだが、落ちた張松を見る限りは気を失っているだけのようだ。
「むぅ…」
「うわぁ…」
それを見ていた馬超は大声に思わず唸りを上げ、武仁は悲惨な張松に同情の声をあげる。
「だからおまぇは駄目なんだ!」
馬超は落ちた張松から扉の中へと視線を向ける。
関の中は一見する限りでは特に何もない空間となっており、扉の向こうの薄闇の中にはどっしりと胡床に座した大男が居るだけである。
「張松殿に責めるべき事情はなかったように思うが?」
「確かに、確かにそのとおりじゃな。
何が悪かったのかを伝えてやるとよいぞ」
正面の漢の存在感が大きすぎて、声が聞こえるまで馬超も気がつかなかったが良く見てみれば、胡床に座した漢の右隣に大柄な人影、
左隣にやや小柄な人影がある。
「な?なんだって?
そりゃ、おめぇら…あれだ!!
なんて言うか…う、うるせぇ!!うるせぇんだよ!とにかく俺が駄目だって言ったら駄目なんだ!!
あいつは素直に反省すりゃいいんだ!」
勢いで駄目だと叫んだは良いものの具体的に何が駄目だったのかを見つけられなかったので最終的に開き直り、理不尽な結論を出したのだろう。
『…』
それを見て両脇の人物は互いに目を合わせて肩をすくめる。
こんなやりとりは、もう何度も繰り返されているのだろう。
「それで、あちらの御仁はどうなされるのじゃ?」
「おぉ!そうだった!
相手があの馬超となれば、俺が行くしかねぇだろ!!
まだ決着も着いてなかったしな!」
そう言って漢はどっこいせと呟きながら胡床から立ち上がると頭上へと手を伸ばす。
「で、結局またそれを使うんじゃな?」
もはや諦めたように呟く左隣の漢に右隣の漢も溜息で答える。
「うるせぇ爺だぜ!
治すの得意なんだろうが!後でまた治しとけや!」
決して怒鳴っている訳でもないのにひたすら大きいその声で漢達を黙らせると頭上に伸びたその手が何かをつかむ。
「…」
「え?まさか…」
その様子を見守っていた馬超は無言のまま数歩を後ずさり、武仁は脳内に浮かんだ自分の推測に思わず声が漏れる。
「よい、しょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
めきめきめき…
ぐわっしゃぁぁぁぁ!!
漢の声と同時に関が悲鳴を上げたかと思うと次の瞬間、あまりにもあっけなく綿竹関は爆砕した。
そして飛び散る瓦礫ともうもうと立ちこめる粉塵の中、ぶぉんぶぉんと風切り音が鳴り響く。
その音と共に粉塵に流れがうまれ、降り注ぐ瓦礫が放射状に弾き飛ばされていく。
「なんで!?」
武仁の困惑した声が響く。
それもそのはず。
関の中にいた漢は関の上に翻っていた旗を結びつけていた自らの蛇矛を引き抜くためだけに関を破壊したのである。
そもそも関を壊さなければならないような所に武器を置くことが分からない。
置くにしても普通に引き抜けるようにしておけばいいだけのことで、そもそも旗を掲げるのに自らの武器を使う必要すらないはずである。
「武仁、深く考えるな。
そういうことを当たり前のようにやるのが張飛 翼徳という漢だ」
「な!…あんな行動が当たり前?」
そんな馬鹿なと呟きたい武仁だったが、今の行動を見ても何一つ動じていない馬超を見て今の馬超の言葉が事実なのだと悟る。
「今残っている資料なんて全然あてにならないじゃないか…」
このゲームに参加し始めて武仁が感じて始めていた思いだったが、今はっきりと実感していた。
確かに現存する正史や演義に記述されている張飛も怪力無双で乱暴者だったのだろうということは分かる。
しかし、ここまで意味不明で規格外の行動を取る人物だとは想像出来なかった。
武仁がそんなことを考えている間に粉塵が晴れ始め、その向こうに人影が確認できるようになる。
その人影は両手を上にあげて何かを振り回している。
おそらく、引き抜いた蛇矛を頭上で回転させて粉塵や瓦礫を吹き飛ばしているのだろう。
「ふ、相変わらずでたらめな膂力だな」
その様子を見て馬超が苦笑する。
「え?」
「気づかぬのか?
あの蛇矛には先ほどまで大きな旗がくくりつけられておったのだぞ」
「あ!」
馬超の言葉に武仁は思わず声を漏らす。
「じゃあ、あんな大きな旗をつけたままの蛇矛をあのスピードで回し続けてるの?」
武仁の問いに馬超は無言で頷く。
「どれだけの力があればそんなことができるんだか…」
武仁が遠目で見た感じではあの蛇矛は応援団が使う団旗、それも大団旗と言えるレベルの巨大さがあった。
現代の人間なら持ち上げるだけでも精一杯のはずである。
重さだけでも相当な重量が予想されるのに更に旗がついていることで振り回したりすれば空気抵抗が更に加算されることになる。
それを片手で引き抜いただけでなく頭上で回転させ続ける。
それがどれだけ人間離れした技なのかはまさに一目瞭然である。
やがて、全ての粉塵が吹き飛ばされた後には『張』の旗を結びつけた蛇矛を地に立てて仁王立ちをする鋼のような口髭を生やした漢が不適な笑みを浮かべている。
(あ、あれが、あの…)
「ごほごほ…ほんにのぅ、毎回毎回埃を被るこちらの身になってもらいたいのう」
「全く同感だ」
「それに、治すのが得意と言っても儂は一応は人体専門なんじゃがのぅ」
「……」
そしてその両隣には小柄な老人と体躯逞しい軽装の武将。
「けっ!口の減らねぇ下僕共だ!
いいか!おまえらは手を出すなよ!
これは、この張飛様の喧嘩だ!」
張飛はそう言うとゆっくりと渡し板を渡り始める。
改めて張飛を見た武仁の感想は『大きい』だった。
背が高いとかではない。
背の高さだけで言えば馬超が190近い長身であることを考えれば170を超えたくらいというところだろう。
しかし、一見して分かる筋肉の量が並外れている。
馬超も鍛えられたしなやかな身体をしているが、それと比べても腕周りや胴回りが倍近い印象を受ける。
首も筋肉で覆われ太い、そしてその上には大きなたわしのような顎髭をたくわえやや丸顔にもかかわらず全く愛らしさのない獰猛な顔が載っている。
「おう!馬超!久しいな!」
「お久しぶりです。張飛殿も相変わらず大きな声でお元気そうです」
気さくに話しかけてくる張飛に対して、馬超は気安さはあるものの一応の礼を尽くして答える。
これは、劉備の臣として大先輩であり、年長でもある張飛を立てているのだろう。
「け!そんな言葉はよせや!
あの時の一騎打ちのような激しさをみせてみろや!」
「お望みとあれば…と言いたいところだが私には戦うつもりはない」
今の馬超の目的は劉備を捜すことであり、好敵手達と武を競うことではない。
「なぁに言ってやがる!
眠いこと言ってやがるとぶっ殺すぞ!」
旗付の蛇矛を(驚くべきことに)指先だけで回しながら張飛は闘気を膨らませていく。
「待て!
私は張飛殿の義兄である、玄徳公を捜している。
おそらくまだ無事でおられるなら、この先にいる可能性が高いのだ。
ここを通してくれ」
「……」
馬超の口から出た劉備の名前に張飛の表情が消える。
「私は玄徳公に受けた恩をまだ返していない。
些か皮肉な現状だが、こうして再び生を得た以上は此度こそ玄徳公に恩を返したい」
厳密に言えば『再び生を得た』というのは正しくないのだが、この世界に召還された武将達にとっては似たようなものなのだろう。
「…うちに降った後、無気力でほとんど何もしなかった漢が今更何を言ってやがる」
今までの大音声が嘘のような静かな声だが、そこから受ける威圧感は先ほどよりも増している。
直接張飛を目の前にしている訳でもない武仁が思わずひっと小さく悲鳴をあげる。
「確かに返す言葉もない。本来は会わす顔などない!
私の身勝手な理由だということは百も承知している。
だが、それでも私は自らの矜恃を取り戻すため、今一度玄徳公にお会いしたいのだ!」
「……」
馬超にとって今回の戦いは、武人としては情けないことであるが自ら貶めてしまった己の矜恃を取り戻すためのものである。
そして、そのためには劉備に会わなければならないということは馬超の中で曲げられないものとなっている。
馬超が吐露した言葉を静かに聞いていた張飛が刺すような視線をふっとゆるめて大きな溜息をつく。
「け!
不甲斐なさでいやぁ、腑抜けたお前と部下に裏切られて死んだ俺、どっちも変わらねぇか!
お前だけに怒りを向けるのは筋違いってもんだな!」
張飛にしてみれば、自らと互角に打ち合えるだけの武将が晩年それに見合う働きもせずに無気力なまま死んでいったということは腹立たしいことなのだろう。
だが、関羽の死に逆上し部下に無茶を強いて追いつめ、泥酔して寝込んだところを殺害された自分を考えれば一方的に責めることなど出来ない。
張飛の言葉を聞いた馬超は、自分の気持ちが分かってもらえたこと、そして何より戦いにならずに済んだことに安堵した。
「よし!じゃあ闘ろうぜ!」
「な!」
「なんでぇ!?」
しかし、そんな安堵も束の間。
次の瞬間張飛から出てきた言葉に馬超は絶句する。
「なぜ、我らが闘わなければならない!
私には張飛殿と闘う意志は無い。
そして劉備殿の所在や安否を知ることはあなたにとっても大事なことなのではないか!」
「待って、馬超!もしかしたら張飛の意志ではないのかも?
プレイヤーの意志で闘いを選択されたら武将達は逆らえない」
「む…」
馬超の言葉にかぶせるように武仁が一つの可能性を指摘する。
「張飛殿、もしかしたらそれは操者の意向なのではないか?
張飛殿の本意ではないのなら、何か方法を考えれば…」
馬超のなんとか戦いを避けようとする言葉に張飛が大袈裟に溜息をつく。
「めんどくせぇ!
おまえ、いつからそんなめんどくせぇ漢になりやがった!
漢が一度やると言ったら本気に決まってんだろうが!
操者?おまえ、まだそんなもんに操られてんのか?
どうりであまっちょれぇ!」
「な!それはどういう…」
「いくぜぇ!!」
「ま、待て!」
張飛の言葉にうろたえる馬超が制止の言葉を投げかけるも張飛は旗付のままの蛇矛を大上段から振り下ろす。
「むお!」
旗が付いたままとは思えないほどの速度で振り下ろされる蛇矛を馬超はかろうじて後ろに跳んで避ける。
振り下ろされた蛇矛は地面にぶつかる寸前に横へと軌道修正され、くるりと円を描く。
蛇矛の後を追う旗が馬超の眼前でトンネルのように円柱となり張飛の獰猛な笑みを浮かべた顔をクローズアップさせる。
その顔を見て馬超の中で何かがカチリと音を立てた。
「ふ、どうやらやらざるを得んようだ」
「でも、劉備を探してるなら彼を殺してしまう訳にはいかないね」
この世界においても義兄弟を殺した者を劉備は決して許さないだろう。
それは味方であった馬超であっても変わらないはずだ。
「だが、手を抜いてなんとかなるような相手ではない。
なるようになると思ってやるしかない」
そう言うと馬超は長槍を構える。
「やっとその気になりやがったか!
じゃあ、今度こそあの時の決着をつけようじゃねぇか!」
張飛が叫ぶと目の前で回していた蛇矛にくるくると瞬く間に旗が巻き付いていく。
そして、その蛇矛で高速の連突き。
「ふ!」
張飛の突きは並の武将などとはもちろん比べるまでもないほど凄まじいものだが速度だけに限って言えば馬超にとってさほど早いと言う訳ではない。
余裕をもって一撃一撃を打ち払っていくが、その力が並外れている。
「く、普通に打ち払うだけで手に痺れが残る。
一瞬でも気を抜けば槍が飛ばされるな」
今や汗すらかけない身体と成りはててはいるが背筋に冷や汗が流れる感覚を覚える。
「延々と打ち合うのは不利だな」
内心で呟いた馬超は張飛の突きの合間をぬって自ら突きを繰り出す。
速さなら馬超の突きの方が確実に速い。
徐々に形勢は張飛の攻め、馬超の受けという形から馬超の攻め、張飛の受けに変わっていく。
「ほ、ほ!こりゃはえぇ!はえぇ!」
守勢に回っているにもかかわらず馬超の突きを受け流している張飛は心底戦いを楽しんでいるように見える。
「よっ!」
馬超の突きを蛇矛で打ち落としたと同時に張飛は手首をすっと捻る。
すると一瞬で巻き付いていた旗が馬超の眼前で一杯に拡がってその視界を塞ぐ。
「く!」
馬超は完全に張飛を見失う。
旗は蛇矛に付いているのだから、冷静に旗の動きを追えば蛇矛の位置から張飛の位置を推測することは出来るはずだが、激しい戦いの中で突然視界を塞がれればそこまで悠長なことはしていられない。
馬超は牽制を兼ねてあえて不確かな旗の向こうへと攻撃を繰り出すか、更に間合いを空けて一度仕切り直すかを一瞬だけ迷う。
しかし、その瞬間に旗の向こうから湧き上がった殺気に反応してしまった馬超の身体は旗に向かって突きを繰り出してしまう。
「ち!」
判断に迷ったが故に、突然の殺気に身体が反応してしまったのだろう。
突きを出した瞬間に馬超もその突きが誘導されたのだと察したが今更それを引き戻しても大きな隙を生むだけである。
誘いに乗ってしまった以上は中途半端な攻撃は逆に命取りになりかねない。
馬超は長槍に意識を集中し、その一撃に渾身の力を込めた。
行くも戻るも危険ならば、その一撃に更に気迫を乗せ相手の予測を上回る一撃に昇華させることで自分に有利な流れを作る。
瞬時にそう決断した馬超の一撃が『張』の字の真ん中を貫く。
「え?」
しかし次の瞬間、武仁の目に映ったのは馬超の長槍が宙を舞っている光景だった。
「ふ、その旗…伊達や酔狂で付いている訳ではないのか」
長槍はくるくると虚空で回転し計ったかのように張飛の傍らの地面へと刺さる。
馬超は腰に吊した初期装備の剣を抜きながら賞賛の言葉を口にしつつ今の一瞬に起きたことを思い返す。
自らの渾身の突きが眼前に拡がった旗を貫くと思った瞬間、旗が急に力を失い軟体動物のようにぐにゃりと蠢き長槍を包み込んだ。
その巻き付き方は巧妙で、焦って槍を引こうものなら更に強く巻き付き槍を握ったままの馬超もろとも張飛の思うままに引き寄せられていただろう。
そこで馬超はとっさの判断で長槍を手放すことを選択したのである。
不安定に宙に浮く布を刺し貫くことは容易なことではないが、馬超の長槍と技をもってすれば赤子の手を捻るよりも簡単なことだったはずである。
しかし、それをなさしめなかったのは張飛の力だけではない卓越した技量。
馬超の長槍が旗を貫く寸前に旗を弛ませ、逃がし、回り込ませるように包み込む。
馬超を相手にそれだけの複雑な動きを蛇矛についた旗にさせるためには、いったいどれほどの修練をすればいいのか。
「かっ!馬超!この俺が一騎打ちに手を抜くと思ってた訳じゃねぇだろぅよ!」
左手で張の旗をなびかせながら、右手で馬超の長槍を掴んで張飛ががなり立てる。
「確かに。
そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ないな。
ただ、旗がついていても普段と遜色なく蛇矛を扱える、その程度の認識だったのは認めよう」
「まぁな。
徐州を出た頃からは使わなくなったからな…あまり知ってる奴もいねぇ」
張飛の声がやや小さくなり、昔を懐かしむような響きを帯びる。
その頃までの張飛は長兄と慕う劉備と共に長い間、諸国を放浪しながら闘っていた。
身分もなく、与えられた大軍もなく、その胸の志一つだけを武器に義勇軍を率い、官軍顔負けの戦功を上げていたのである。
そんな劉備軍が初めて、確固とした地盤を得たのが徐州の地であった。
「あの頃の俺らは誰からも馬鹿にされるような本当にちっぽけな雑軍だった。
だが、俺らは黄布党にも董卓軍にも呂布にだって本当の意味じゃ負けなかった!」
張飛の声が静かなものから徐々にまた大声へと戻っていく。
「そんな俺らのただ一つの武器、志ってやつは常に長兄と共にあった!
だからその象徴である『劉』の旗だけはいつも!どんなときだって燦然と翻ってなきゃならねぇ!」
「まさか張飛殿自らが旗持ちをしていたのか!」
それぞれの軍の所在を示す軍旗、それらを持ったまま戦に加わるのが旗持ちである。
旗持ちは大きな旗を守りながら常に軍の位置を示し続けなければならない。
その性質上武器を持つことは難しく戦場で敵を倒すことは希である。
純粋に膂力と持久力に長けた兵を選抜して任せるのが通例だ。
「おおよ!
『劉』の旗を守るのに俺ほど相応しいやつはいなかったからな!
金のねぇ俺らが全財産をかけて作った劉旗を傷つけたり汚したりする訳にはいかねぇ!
かといって小軍の中にあって俺が戦わねぇなんてもってほかだ!」
「なるほど…そのための技か」
「ま、俺の我流だがな。
一応なんのひねりもなく『旗槍術』って名付けちゃいるが、俺の他には誰も習得出来なかったから武術としては残っちゃいねぇがな」
確かにあれだけの旗を自由自在に操り敵を倒す技など張飛かそれと互角の力量を持つものにしか無理だろう。
そして、それだけの実力があるものは将として一軍を率いているのだから旗持ちをする必要などない。
いかに優れた技だとしても伝えるべき相手がいないのでは廃れていくしかなかったのだろう。
「では、ここではその『張』の旗印を守りたいと?」
「け!
こんな世界で旗印なんかに意味なんかねぇ!
ただ…」
「ただ?」
「いや!なんでもねぇ!
ただの思いつきだ!そういうことにしとけ!」
馬超は一瞬目を見開い後、小さく苦笑した。
おそらく張飛には張飛なりの感傷があるのだろう。
だからこそ旗槍術があるとはいえども、普通に蛇矛を扱うよりは不利になることを承知でその戦い方を選んだはずだ。
しかし、それをうまく口にすることが出来ない上に素直な心情を吐露することにも気恥ずかしさを感じたのだろう。
「承知いたした。
思いつきで選んだ戦略とは言え、その旗槍術は見事。
我も全ての武技を尽くしてお相手いたす」
「け!
相変わらずかてぇやろうだ!」
張飛はそう言うと、右手に持っていた馬超の長槍を無造作に馬超へと投げる。
「む!……良いのか?」
小さな放物線を描いて向かってくる長槍を事も無げに掴んだ馬超が張飛へと問う。
「ま、武器のせいで負けたなんて言われるのも癪だからな!」
蛇矛を再び右手に構え直しながら張飛が不敵に笑う。
「私が本当にそんなことを言うとは思っておるまい」
「っせぇな!『そういうこと』にしておけや!」
「ふむ…」
馬超は手に持った長槍を眺めて頷く。
張飛は自らの心情にあえて踏み込まなかった馬超に借りを返したつもりなのだろう。
と、同時に槍を得意武器とする馬超に槍を返し全力の馬超と戦いたいという思いがあってこその行動だろう。
「ここまでされては燃えない訳にはいかぬな」
そう呟いた馬超はゆっくりと剣を腰に戻して軽く腰を落とすと、静かに槍先を張飛へと向けた。
「おほ!
やっとその気になりやがったか!
槍の先からすげぇ気がびんびん伝わってくるぜ!
それでこそ槍を返した甲斐があるってもんだ!」
張飛が嬉々とした顔で蛇矛を振り回す。
「だから、それを簡単に片手で振り回さないで欲しいよ…」
武仁の嘆息の声はもちろん張飛には届かない。
「西涼の地で鍛えた我が武、たやすく打ち破れるとは思わぬことだ」
「くは!いいぜぇ!燃えてきた!」
感極まったように叫んだ張飛が地が揺れるような踏み込みと共に蛇矛を横薙ぎに振るう。
大振りの一撃を軽く下がってかわした馬超は同時に踏み込もうとして出しかけた足を止める。
蛇矛に付けられた旗が邪魔をして間合いを詰められなかったためだ。
たかが旗と強引に踏み込むことも考えられたが、馬超の突きをも無傷で包み込めるような旗槍術相手に迂闊に旗に触れることは危険を伴うと判断したのである。
「ならば…これならどうだ」
旗をなびかせながら折り返して来た蛇矛に対し馬超は自らの長槍を逆側からぶつけるように力一杯叩きつける。
鋼と鋼のぶつかり合う強烈な音が周囲に響く。
「くっ!」
「くは!あめぇ!」
互いの中央でぶつかり合った蛇矛と長槍は時を止めたかのようにぴたりと止まる。
だが向かい合う馬超と張飛の表情は全くの正反対だ。
馬超が張飛の一撃を受け止めるために渾身の力を込めて踏ん張っているのに対し、張飛の楽しそうな表情は全く変わらない。
馬超があえて蛇矛に長槍を打ち付けた理由は、あの大きな旗を自在に振り回すためには、ある程度の勢いが必要なはずだと考えたからである。
何かを持ち上げる際や、全力で走る際などを考えてみればわかりやすい。
重い荷物も一度持ち上げてしまえば意外と簡単に運べてしまえたりするが、持ち上げる際には大変な労力を必要とする。
走る時もそう。
止まった状態から最高速を出すためには、最高速を維持するよりも大きな力を必要とするだろう。
張飛の蛇矛に至っても同じことである。
勢いに乗って振り回している時は良いが、一度動きが止まればあれだけの
旗がついた蛇矛を振り回すための初動の負担は計り知れない。
動きを止めてしまえば、次の振り始めの一撃にはわずかばかりの隙が出来ると馬超は推測した。
隙が出来ないまでも、それを繰り返すことで張飛の苛立ちや疲労を誘えると考えたのである。
但し、疲労を誘えると思ったのは未だ馬超がここでの戦いの法則を理解していないための勘違いで、この世界ではライフが減らない限り疲労することはない。
しかし、馬超の判断は間違っていない。
張飛はその振り出しの隙を少しでも小さくするため、蛇矛を振り回していないときは常に旗を高い位置に維持している。
これは旗の役割を考えれば当然だが、旗槍術においては攻撃の際の隙を小さくすることにもなる。
なぜならその普通なら不利にしかならないだろう蛇矛と旗の重みは少し傾けるだけで自重による加速が得られるからである。
だが、今の様に蛇矛を止めてしまえば地面に近すぎて自重による加速は得られない。
「俺の旗槍術がそんなことで破れるかよ!」
張飛が楽しそうに叫んで蛇矛を引く。
「なに!」
そのあまりに想像を上回る程に速すぎる引きの速度に馬超は驚愕の声を上げる。
「教えてやる!
そうやって止められた時は旗の重みは無くなるんだぜ!」
教えてやると言いつつ全く説明になっていないことを叫ぶ張飛。
「そうか!」
その言葉に即座に反応したのは武仁である。
「慣性の法則だ…
蛇矛だけを止めても振られた旗の勢いは止まらないんだ。
だから、蛇矛を止めた瞬間に蛇矛にかかっていた旗の負荷はほとんど無くなる」
もちろん張飛がそんな理屈を知るはずもない。
おそらくは経験から得たものをそういうものだとなんとなく納得しているだけなのだろう。
そう言っている間にも旗は勢いを減じつつではあるが武器が衝突した地点を越えて馬超の長槍に覆い被さっていく。
そして、張飛が蛇矛を引いたことで旗に動きが加えられ再び馬超の長槍を包みむように蠢く。
「いかん!」
その動きを察した馬超は、自らもすぐさま長槍を引き戻す。
同時に自らの作戦が失敗したことを悟った馬超は長槍を引いた勢いを利用して張飛との間合いをあけた。
「…」
ゆっくりと牽制の槍先を向けながらも変幻自在の動きをする張飛の旗槍術に有効な攻め手が見つからない馬超は自ら動き出せないまま沈黙する。
「馬超、ちょっとごめん」
そんな馬超を見かねて思わず声をかけたのは武仁である。
「僕が言うべきことじゃないかもしれないけど考えすぎない方がいいと思うよ。
確かにあの旗槍術はやっかいな技だと思うけど…
僕にしてみれば馬超の武術だって似たようなものなんだよね。
萎縮して中途半端な攻防を繰り返すくらいなら馬超らしい攻撃をした方がいいと思う」
自分の意見が馬超の戦略に影響を与えることなどないだろうと思いつつも武仁が素直な気持ちを馬超に伝える。
しかし、武仁の言葉を聞いた馬超の口元がわずかにあがる。
「確かにそのとおりだ。私らしくもなかったな…感謝する」
そう武仁に謝意を告げる馬超はどこか吹っ切れたように見える。
そんな馬超の様子を見ながら再び蛇矛を立てた状態に戻した張飛が楽しげな笑みを浮かべている。
「ふ、いつまでも笑っていられると思うな」
あくまでも余裕の姿勢のまま動かない張飛に馬超は躊躇のない踏み込みで一気に間合いを詰めると長槍をくるりと回すように下から斬り上げる。
槍先が地面をこすりそうなほどに大きな円を描く一撃。
「地旋」
「おっと!」
張飛はその斬り上げに対してさほど慌てた様子も無く半歩下がることで間合いを外す。
馬超はそんな張飛の回避行動など意に介さず、更に一歩を踏み込みながら流れるように長槍を回転。
半回転した長槍の石突きを同じように下から振り上げる。
「地摺」
「ほっ…とぉっ?」
同じように余裕で下がりながら、間合いを外そうとした張飛が驚愕の声を上げる。
馬超の振り上げた石突きが地面を穿ち、回避のタイミングをずらすと同時に削った砂礫を張飛へと向けて放ったからである。
同じ流れの攻撃を馬超に化身した張松から受けた関羽は背中で砂礫を受けることで対処した。
しかし、義弟である張飛は全く焦ることもなく蛇矛を目の前で軽く回転させる。
ただ、それだけで張飛の前には旗が広がり無数の砂礫を全て無効化していく。
もちろん馬超も綿竹関が崩れたときの張飛のあの行動を知っている。
その砂礫を張飛が旗を使って防ぐことは想定の範囲内だろう。
だが、背を向けた関羽と同じように一瞬とは言えど馬超が視界から消えることには変わりはない。
「跳猿!」
「お?どこ行きやがった!」
馬超はその一瞬に自らの長槍を地に刺し、その反動で大きく跳躍。
その跳躍は張松の時とは比べものにならぬほど高く、『張』旗の更に上を越えて無防備な張飛の頭上へと到達する。
そして、上空からの鋭い三連突き。
「鷹爪!!」
「上か!」
完全に死角を取ったはずの馬超の三連突きに直感的に反応した張飛はすでに防御体勢に入っている。
後に関羽ですら一瞬対応が遅れた馬超の技を直感だけで反応して万全の体勢で迎えうてる張飛は、やはりこと戦に関しては天才と言うしかない。
馬超の上空からの高速三連突きを蛇矛の先端で素早く小さく的確に弾き返す。
張飛らしくない繊細な動きだが、旗に動きを阻害される蛇矛を操って相手の攻撃をいなすためには無駄な動きを一切排除する必要があるのだろう。
「おおおおおおおおぉぉぉお!」
三連突きを弾かれた馬超は張飛の後方に着地するや否や雄叫びを上げ、着地の衝撃を無理矢理ねじ伏せる。
そして長槍の石突きで後方を薙ぎ払いつつ即座に反転。
「ち!」
馬超が背中を向けた一瞬の好機をその一振りで潰された張飛の軽い舌打ちを聞きながら馬超は張飛と直近で向かい合う。
「おおおおおお!!驟雨!!」
(※驟雨:短時間で降り止んでしまう雨、もしくは降水強度の変化が激しい雨のこと)
だが、にらみ合う間もなく馬超の連続攻撃が始まる。
長槍の半ばを持ち手に槍先と石突きとを使った怒濤の攻め。
その様はまさに驟雨の如し。
「く、こりゃぁ凄ぇ!」
その馬超の攻めにさすがの張飛の表情からも余裕が消える。
相手にそこまで間合いを詰められてしまうと旗槍術を以てしても旗は邪魔でしかない。
それでも張飛は蛇矛を最小限の動きで操りながら馬超の攻撃を受けていく。
「あの状態で馬超の攻撃をまだしのげるなんて…」
張飛との邂逅以来、武仁のぼやきは止まらない。
「おおおおおおぉぉぉ!!」
武仁がぼやく間も馬超の怒濤の攻撃が続く。
右、左、右、左と続くかと思えば上からや下からの攻撃にも変化する。
それらを小さく鋭く捌いていく張飛だが、間断なく続く馬超の攻撃に徐々に対処が遅れていく。
どうしても対処が遅れがちになるのは体幹から遠い部分、腕や腿に馬超の攻撃がわずかに触れ、そのたびに僅かな血しぶきが舞う。
ここでの戦いでは疲労がないため馬超の攻撃は衰えることはない。
このまま攻撃を続ければいつかは大きな一撃が張飛に入ることは間違いない。
「く!よ!」
にも関わらず張飛の表情からは再び余裕が感じられつつある。
身体に触れていた馬超の攻撃もだんだんと当たらなくなってきていた。
「馬超!張飛の旗が!」
そんな二人の攻防を第三者の視点で見ていた武仁が馬超には見えていないにもかかわらず思わず張飛の旗を指さして叫ぶ。
「む!いつのまに」
しかし、その言葉の真意に馬超は即座に気づいた。
「へへっ!
ようやく動きやすくなってきたぜぇ!」
獰猛な笑みを浮かべながらそう呟く張飛の旗はいつの間にか蛇矛の周囲へと巻き付けられていたのである。
「あの馬超の攻撃を受けながら旗を巻き取ったってこと?」
武仁の呆然とした呟きも無理はない。
それは、自らの身体をかすめる程に猛烈な攻めを寸分のミスも許されない状態で受け続けながら少しずつ蛇矛を回転させあの大きな旗を巻き取っていったということだ。
「ふ、今更驚きはせぬ!我は我の武を全うするのみ!」
更に荒々しく攻撃を繰り出しながら馬超の気が徐々に高まっていく。
その勢いたるや凄まじく、驚くべき技術で旗を回収し、蛇矛を自由に操れるようになった張飛を以てしても防御するだけで攻めに転じることが出来ない。
「いいぜぇ!あの時のお前に戻ってきやがった!
ぎらぎらと復讐に燃えてた時のお前だ!」
「それは違う!あの時のただ復讐だけのために戦っていた私はもういない!」
「じゃあ、こんな世界で何のために戦うっていうんだ!お前はよ!」
「そ、それは…私は玄徳公を探しに!」
「け!!結局お前は未だに自分で戦う理由すら見つけられてねぇってことだ!」
一方的に攻められながらにも関わらず張飛の言葉は途切れることなく続く。
「兄者を探すためだぁ?
兄者はそんなこと望んじゃいねぇ!
結局お前は兄者に甘えたいだけの弱っちぃガキだ!」
「……なんとでも言え!
それでも…それでも私は玄徳公に会うと決めたのだ!」
馬超は張飛の嘲りの言葉に対し真っ向から答えられる言葉を見つけられなかった。
しかし、この世界に来て感じた後悔、友から受け継いだ想い、廖化と出会って託された願い…
それらを全て受け止めた上で玄徳公に会うと馬超自らが決断したのである。
それが張飛の言うとおり己の弱さからくる甘えだったとしても、それを知り後悔するのは成し遂げた後でいい。
馬超の攻撃が更に力強さを増す。
「け!
ガキはガキなりに迷いはねぇってかよ!」
吐き捨てるように言い放つ張飛。
だが、馬超の勢いに押され形勢はどんどん不利になっていくにもかかわらずどことなく嬉しそうに見えるのは目の錯覚ではない。
馬超との緊迫した戦いが楽しいのか、それとも自らの義兄である劉備をそこまで慕ってくれることが嬉しいのか、あるいはその両方か。
「我が西涼の槍術、受け切れるものなら受けてみよ!」
高まった馬超の気が身体を淡く発光させている。
だが、そのことに本人は気づいていない。
(馬超、ごめん)
内心で呟きつつ武仁が手元のVSを操作したのと馬超が技を繰り出したのはほぼ同時だった。
「弧月!」
西涼槍術の中では地旋・地摺から始まる連続技は最も多様性に富み、最大
連携数も多い。
だが、鷹爪から驟雨、弧月までを実際に繋げられる者はほとんどいない。
鷹爪自体高度な技術を要するうえに、その反動を抑え込んですぐさま驟雨へ繋げるためには更に強靱な肉体が必要となる。
そこから決め技となる弧月を繰り出すには更に高度な技術と持久力が求められるからである。
弧月という技は槍を使った神速の斬り上げと斬り下ろしの2段技であり、そのあまりの速さ故に残像を描く槍が朧な月のように見えることから命名されたものである。
驟雨の攻撃は槍先と石突きを使っての左右の連打が主であり、相手の意識を左右の防御に傾けさせる布石でもある。
そこへ神速の斬り上げ、それをとっさにかわしすか受け止めても本命は更に速い斬り下ろし。
ここまで怒濤の連続攻撃を凌いできた強敵でもそう簡単にどうこうできるものではない。
「ぐおぉぉ!」
張飛ほどの豪傑においてもそれは同じであった。
馬超の神速の斬り上げを下がってかわすのではなく、咄嗟に腰を落として蛇矛で受け止めに行ったのはそれまでの驟雨の連続攻撃を受けていた名残であろう。
そして、一旦腰を落としてしまえば返しの斬り下ろしを下がってかわすことは出来ない。
更に下からの攻撃に対して反射的に全力で対応してしまった肉体は張飛の力を以てしても即座に次の行動に移る命令を受け付けない。
だが、最初から技の流れで動いている馬超は斬り上げを止められても、返しの斬り下ろしの速度の方が速い。
「ちぃぃぃ!」
眼前に迫る馬超の長槍を凝視しながら張飛が盛大な舌打ちをする。
普通に防御したのでは対処しきれないと直感で悟った張飛の取った行動は全身全霊の力を導入して斜め後方に倒れ込むことだった。
馬超の斬り上げを止めるために落とした重心は馬超の斬り下ろしに対するあらゆる防御行動をほんの僅かだが遅らせてしまう。
馬超の弧月を相手にその僅かはまさしく致命的。
ならばその重心を活かした回避行動を取るしかない。
そしてその行動とは落とした重心を勢いのままにさらに落とすことである。
そんな判断を動物的な生存本能だけで察した張飛の反応は常人ではあり得ないほど速い。
その動きを流れの中で察知した馬超が内心で舌を巻く。
このままでは完全に致命傷となるはずの自らの一撃はかわされるまではいかないが肉を斬る程度にとどまる。
しかも張飛は回避に入る段階で潔く完全回避を諦め急所が集中する正中線(脳天から股間までを真っ直ぐに繋いだ線)だけは死守出来るように僅かに身を捻っている。
これでは張飛の右肩から脇腹にかけてを浅く斬り裂くのが精一杯だろう。
瞬時にそう判断した馬超は張飛の武に感嘆しつつも自らの武を存分に奮える喜びも感じていた。
馬超の闘争本能は既に次の流れを無意識下で練り始めながら弧月を振り抜く。
『槍気斬』
同時に馬超の口が勝手に動き短い言葉を吐き出す。
馬超の身体がまとっていた光が瞬時に長槍に流れ込み槍先へと集中していく。
槍気斬は槍武器使用の必殺技で高めた気を槍先に集中して気の刃を纏わせる技。
それは、その分だけ槍の間合いが伸びるということである。
「おい!そりゃあさすがにっ!!ぐあ!」
「ば、馬鹿な!私は使ってない!」
二人の噛み合わない叫びが響く。
そして馬超の視界の端をくるくると回りながら飛んでいくものがある。
どちゃ…
そして鈍い音と共に飛沫を上げて地面に落ちたのはまるで足のように太い張飛の右腕だった。




