芸夢
「えー!そりゃないよおじさん!いくら何でも定価って事はないじゃん。
俺とおじさんの仲だろ。ちょっとくらいまけてよ」
狭苦しい店内で響いたその声には切実な響きがこもっている。
「駄目駄目。
いくら玄くんの頼みでもこっちも商売だからね。
VS端末はどんなに需要があっても出荷量はホストコンピューターの指示する台数しか出せないんだよ。
第一回の出荷は五十万台。
これ以上は最低でも半年は出荷されない。言ってみればレアってことなんだ。
そのスペックの高さは前評判でも金色の折り紙付きなんだ」
視線を動かさずに全てを見渡せる狭い店内の奥で白髪交じりの初老の男性がカウンターの向こうに座っている。
そのカウンターに身を乗り出して顔を近づけてくる玄の額を店主は押し返す。
今年高校二年生に進級したばかりの徳水 玄はあまり背の高い方ではない。昨年の身体測定では百七十センチにはまだ五センチも足りなかった。
だから店主に詰め寄ろうとすればどんどんカウンターの上に身を乗り出さざるを得ないことになる。
「つまり、仕入れれば仕入れた分だけ確実に売れるんだよ。
利益が計算出来るんだ。
うちみたいな小さい店には滅多にないことだよ。
しかも、VS端末を仕入れるためにいろいろ手を回したおかげで多少元手もかかってる。
どうしたって定価で売らざる得ないんだよ。
本当ならプレミア扱いでもっと高く売りたい位なんだから」
店内には他にお客はいないため客と店主の会話は誰にも聞かれてはいない。
「わかってるよ!
だからどうしても欲しいんじゃないか!
どんなにレアでもおじさんのところなら必ずどっかから手に入れてくると信じて裏予約したんだから」
玄は顔面を変形させながら店主の手を押し返してとうとうカウンターの上に乗り上げて正座した。
「ちょっと玄くん。
カウンターの上に座らないでよ。
なにも売らないとは言ってないんだよ。
むしろ玄くんに売ってあげるつもりでちゃんと1つ残してある。
他の場所では開店と同時に売り切れ確実で実際に売り切れているし、ここだって開店15分で私が掻き集めた50台のうち49台は完売してる。
にも関わらず学校が終わってからここに来た玄くんはまだ購入出来る可能性が残っているんだ。
後は定価の4万9千8百円(税抜き)を払ってくれさえすればいいんだよ」
「…だっておじさんは学校さぼって買いに来たって売ってくれないのはわかってるしさ。
だから我慢して学校にも行ったんだよ。
お願いおじさん!4万にまけて!」
カウンターの上で正座をしながら両手を合わせて頭を下げる玄に店主は大きく息を吐き出した。
「玄くん…無茶を言わないでおくれよ。
お金がない訳じゃないんだろう?」
「そりゃ…確かに財布には6万円きっかり入ってるよ。
学校に内緒で夜中にコンビニで働いて必死で貯めたんだ」
店主はそれを聞いて微笑む。
「いいねぇ玄くんは。
本当にゲームが好きなんだね」
「何だよ今更。
ゲームが死ぬほど好きでなきゃおじさんと付き合っていける訳ないじゃないか」
店主はそれを聞いてもっともだと頷き、声を出して笑う。
「頼むよおじさん!
端末に定価を払っちゃうとどうしたってソフトが買えないんだよ。
せっかく端末を手に入れてもソフトがなかったらMPのない魔法使いと一緒だよ」
いかにもゲーム好きらしい例えを持ち出して手を合わせながらひたすら頭を下げる。
「なるほど、相変わらず上手いこと言うなぁ。
確かにそりゃ宝の持ち腐れ、役には立たないなぁ」
「だろ!だから何とかしてよ。
何もVSを必ず値引きじゃなくてもいいんだ。
同時発売のRPG『あるいはこんな冒険者』と一緒に税込みで6万!お願い!」
「うーん。
あれだって定価は2万2千8百円だからね。消費税も合わせれば7万6千円を超えるんだよ」
店主は手元の算盤を弾きながらカウンターの上に正座する玄を見上げる。
「いくら玄くんでも7万!税込み7万までが限界だよ」
店主の言葉にがっくりと肩を落とした玄はすぐに勢いを取り戻して店主に詰め寄る。
「そんなぁ!…じゃあつけ!
つけといてよおじさん!後2週間すれば残りのバイト代が入るからさ」
「じゃあ、それからおいでよ。
取っておいてあげるから。
さすがに高校生のうちからつけで物を買うなんて事は覚えさせられないからね」
店主は優しく玄を諭す。
「えー!それはないよおじさん!おじさんが青少年の教育に厳しいのは知ってるけどさ。
そこを何とか!こんな宝箱を目の前にしながら引き返すみたいなこと出来ないって!」
またしてもマニアックな例えを持ち出して必死に食い下がる。
玄だって普通の例えが出せない訳ではないのだがお互いに認め合う程のゲーム好きの2人だ。
こういった例えの方が気持ちを理解して貰えるらしい。
「うーん…確かに。
宝箱が見えてるのに瀕死の重傷を負った身で後数歩が歩けない。
しかしかろうじて帰還の呪文は使える…全滅すればそこまでの苦労は全て水の泡。
敵と遭遇しないと信じて数歩を強行するか、それとも泣く泣く帰るか…
…それまでの苦労を考えると帰るしかない…辛いなぁそれ」
妙に具体的な納得の仕方をしながら頷く店主。
「おねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおじさん!」
怪しげな呪文を唱えるかの様にひたすら懇願する玄を見て弱り果てた店主。
端末数に限度があるVS関連の物は何から何まで割高である。
需要が高い割に購入出来る人数は限られているためソフトもその台数を遙かに上回る量は市場に出しても売れない。
だがそのVSシステムを利用したゲームは絶対に利用者を虜に出来る。
だから高い開発費の割に少ない売り上げ数をカバーするだけの値を付けざる得ないソフトにもVS端末所持者の購買意欲はいささかも衰えない。
それ程までにメーカーはVSシステムに自信を持っている。
店主は玄の為に取っておいた最後の一台を置いてある自分の背後の棚を見て溜息をついた。
徳水 玄は自分の数少ない友人である。
自分の趣味と実益を兼ねたこのリサイクルゲームショップ『芸夢』が開店した時の一番最初の客でもある。
天涯孤独の我が身をおじさんと呼んで慕ってくれる得難い友人である。
本当ならただであげてもいいくらい玄が可愛いというのが本音である。
ただ、だからこそ玄を特別扱いして甘やかしたくないのである。
欲しい物は自分で努力して稼いだお金で正当な対価を払って買う。
自分の孫や甥のように思っている玄だからこそ、そんな当たり前のことを忘れて欲しくはないのだ。
それでもあまりに必死に頼む玄の様子にちょっとは妥協してもいいかと思い始めた頃、その視界の端に一本のソフトが目に入った。
店主は「あっ」と小さく呟くと自分の思いついた考えにいたく満足して満面の笑みを浮かべた。
「玄くん!」
「な、何だよ…おじさん。
突然大きな声出してさ。もしかしてしつこくて怒った?」
慌ててカウンターを降りて姿勢を正した玄を見て笑って首を振る。
「違う、違う。
玄くんは結局のところ6万円でVS端末と何か一つソフトが手に入ればいいんだよね。
RPGは2週間後のバイト代の後でも構わないよね」
玄は突然の店主の言葉にちょっと考える仕草をすると慎重に答えた。
「…うん。
確かにそうだけど、確か今日発売のものって…後はギャルゲーじゃなかったっけ。
興味ない訳じゃないけどそれにお金は使えないよ。
これから欲しいソフトもどんどん出てくる予定だし」
玄の言うギャルゲーというのは物語の主人公になった自分が、出会う様々な女の子達と仲良くなっていくというものである。
玄だってバーチャルで投影される女の子達に興味がない訳ではないが予算に限りがあるのなら自分の好きなRPGやシュミレーション系のゲームを優先したい。
「玄くんの好みはわかってるつもりだよ」
そう言って玄の前に差し出したのは透明なケースだ。
入れられたMOサイズのソフトには何のデザインもされていない。
ただそのケースに貼られたシールに印字された文字でそれの識別だけは出来る。
「三国志…ぶ…ゆう…でん。て読むのかな、これ?」
ケースを手にとって訝しげな表情をする玄に店主は頷く。
「みたいだね。
『三国志~武幽電~』
VS対応ゲームなんだけど、まだ試作段階っていうか、取り敢えず限定百本で体験版みたいに出されたんだ。
非公式な物らしくて店頭には並べずに手渡しで売ってくれっておかしな制約つき。
だから大きな販売店よりもうちみたいな小さな店に優先で回してるらしくてVS端末の確保に走ってたときにある経路から手に入れたんだ」
「ある経路って…しかもそんな怪しげな…」
といいつつ玄はそのソフトを手に取りきらきら輝く目でそれを見つめている。
店主は想像通りの反応を見せる玄を見てにやりと微笑む。
「三国志と名が付いたらどんな『くそゲー』でも……」
「やらずにはいられない!おじさんこれいくら!結構こういう怪しげなルートの物ってすっげー面白かったりするんだよね。
おおー早くやってみたい!」
そう、徳水 玄の好きなものはゲーム。
そして三国志。
小学生の頃に某メーカーの三国志のゲームにはまった玄はそれ以後漫画、小説、テレビ、ビデオ、映画、果ては人形劇三国志に至るまでありとあらゆるものを網羅しようと日々、研鑽しているのだ。
「そう来ると思ってたよ。
定価は1万5千円だけどVS端末とセットできっかり税込み6万円。それでどうだい」
「買った!ありがとうおじさん!」
残りのバイト代が入るまでの2週間ひもじい生活を強いられる事になるがもとより覚悟のうえである。
思い切りよく財布の中身を掴み出してカウンターに叩きつけた。
「毎度あり…あっ、それと玄くん。
VSを開けるのはきちんと家に帰ってからにするんだよ。たちの悪いかつあげの的にVSは充分なんだからね」
走り去ろうとする玄の背中に声をかける。
「わかってるって。
本当におじさんはお堅いんだから。
なんだか本当の親戚みたいだ」
玄は店主が外から見てわからないように包装してくれたVS端末を感無量で抱きしめながら笑う。
「私には家族がないからね。
息子や甥がいたらこんな感じかなと楽しませてもらってるよ」
店主も玄に手を振りながら笑う。
「ちぇっ、皮肉ってら。
無理矢理商品値切ろうとする客が可愛いわけないじゃん」
「ほう、無理矢理値切ってるという自覚はあったわけだ」
「おおっと、やぶへび!
じゃあねおじさん、またなんかあったら頼むね」
無邪気な笑顔を見せながら店内を飛び出していく玄を店主は暖かい微笑みで見送る。
「さて…あれを持ってきた人の売り口上がもし本当ならすぐにでも玄くんが戻って来ることになるかもしれないが…まさかね」
『芸夢』の狭い店内へこぼれた、店主の憂いを帯びた溜息は来店したお客の為に作られた笑顔の中に溶けて消えた。
『芸夢』は玄の自宅から自転車で15分ほどの所にある八千代駅周辺の賑やかな所から少し外れた場所にひっそりと営業している。
しかし、さえない店構えの割に知る人ぞ知る名店としてマニアの間では有名な店になっている。
なぜなら本当に面白いゲームは必ずここで手に入るのである。
どんなに品薄な物でも注文後3日以内に必ず入荷の連絡が来る。
そのかわりあまり大きな値引きや中古の買い取り、販売などはほとんどしない。
今時珍しいくらいの硬派な店、それが芸夢だった。