西進
昨日の出来事を思い出し、ふつふつと湧き上がる怒りを無理矢理頭を振って追い出した玄は、それぞれに物思いにふけっていた茜と武将達にわざと明るく話しかける。
「さ、これからの予定を立てよう」
怒りに任せてがむしゃらに戦うのが悪いことだとは言わない。
だが、まだその時ではない。
今は静かに怒りを力に変えて前へと確実に進む時期。
玄はそう認識している。
「そう…ね」
茜も昨日は衝撃が大きかったようだが、今は落ち着いている。
衝撃よりも戦う力もない、か弱い姉妹に理不尽な運命を強いたこのシステムに対する怒りが上回ったのだろう。
「わかっております」
儚く微笑む孫仁。
彼女こそが一番ショックを受けたはずである。
優しい義姉と、自分を姉と慕ってくれた義妹…その二人の尊厳をあのよう
な形で汚されたこと、自らの手で倒さねばならなくなったこと…
助けられなかったという後悔…
もちろん孫仁のせいではないのだが、そんなごちゃ混ぜになった気持ちの全てが孫仁の心を苛んでいるはずだった。
「よい、説明しろ」
関羽だけはその感情の揺らぎが読めない。
怒りが無いわけはないと思うのだが、いつものように泰然自若としていて、周りにしてみれば頼もしい限りである。
「うん、ここまでやってきてわかったこと。っていうか、傾向みたいなものなんだけど」
そう言って玄が先ほどの地図の○の位置を確認するように叩く。
「もちろん戦闘自体は3回しかしてないし、関羽の例もあるから確実ではないんだけど…
初戦のここ、次の戦闘のここ、そして昨日のここ。
そこで戦った武将の名前。
そして関羽のスタート地点と孫仁のスタート地点」
「それから何かわかるの?」
茜は玄の話を聞きながら思案していたが自分では関連性を思いつかなかったようだ。
「うん、確固としたものじゃないんだけど。 戦った武将と出会った位置が各武将の縁の地に近いんだ」
「あ、なるほど。
典韋は魏の武将だし、孫仁や孫策達は呉の武将だもんね」
「関羽の場合はちょっと特殊なんだけど…思い当たるふしはある?」
玄の作ったマップに無理矢理中国の地図を当てはめれば関羽のスタート地点はキ州か幽州の辺りである。
「その辺は平原にも近いし、徐州にも近い。
平原は殿が初めて官職につかれた地であるし、徐州は殿が初めて領土を得た地。
縁がないとは言えぬな」
判断基準が劉備ありきなところがいかにも関羽らしいと思いながら玄は頷く。
「まぁ、多少のズレはあると思うし、そもそも1マスに一人なんだから絶対なんて言うつもりは無いけど…
孫策は孫堅、孫権と早々に出会って戦ってる。
周瑜と出会ったのだってあの辺のはず。
と、考えれば呉の要職だった人物はほとんど呉の土地からスタートしてる。
なら、蜀の皇帝だった劉備 玄徳は…」
玄は言葉を切り、関羽と孫仁を見る。
その視線の意味を正しく理解した関羽は鷹揚に頷き、孫仁は神妙に頷いた。
「なるほど、蜀の地にいる可能性が高い。ということだな」
「はい、参りましょう」
玄の推測にノータイムで頷いたということは2人も玄mの推測がある程度信憑性が高いと判断したのだろう。
「もちろん大きく移動してる可能性もあるから確実とは言えないけどじゃないけどやみくもに探しまわるよりは可能性が高いと思う。
幸い悪来がいてくれるおかげで俺達の移動速度はかなり速いと思うしね」
「じゃあ、このまま西へ進むのね」
「うん、残りの武将達もそろそろ半分になろうとしてる」
玄達のVSのステータス画面には59と言う数字が映し出されている。
「出会おうと思えば徐々に武将達は中央へと寄ってくると思う。
だから、全てのマップを埋めるのは諦めて一番南の一列は踏破せずに行こうと思う。
それでなるべく早く蜀近辺を埋めて、その周辺に反応があったらしらみつぶしに会いに行く」
玄の言葉に関羽が頷く。
「うむ、よかろう」
「…関羽に対して言うことじゃないかもしれないけど。
今まで孫仁がそうだったように今度は関羽がかつての仲間だった蜀の人たちと戦う可能性がある」
「ふん、戦場で味方が寝返ることなど珍しくもない」
関羽が鼻を鳴らし玄の言葉を一蹴する。
「違う!
寝返った敵ならいいんだ…
昨日の戦いを忘れたの?
覚悟しておかなきゃいけないのは、本心から関羽と戦いたくない。
関羽の戦友達を操られてるからって斬れるのかってことなんだ!」
やはり昨日の事件は玄の心に影をおとしていたのだろう。
ついつい語調が荒くなる。
「…玄よ。
お主こそ、昨日のことを思い返してみよ。
奥方は見事にやり遂げたのだぞ」
「!!」
関羽の言葉に玄ははっと胸を突かれた。
確かに孫仁は迷いながらも自らの義妹をその手で倒している。
「奥方が辛い戦いを乗り越えたというのに、同じことがこの関雲長に出来ぬと言うか?」
出会った頃の関羽なら玄の言葉に激しい怒りを見せただろうが、今の関羽は諭すように玄へと語りかける。
これは、玄と関羽が戦場で培ってきた信頼関係の現われかもしれない。
「……相手が玄徳公でも?」
「む…」
「玄殿それは!」
関羽が呻き、孫仁が非難の声を上げる。
しかし、玄はその全てを受け止めて続ける。
「孫仁も聞いておいて。
これから蜀に向かうということは玄徳公に会える可能性は増す。
でものんびり再会を喜べるような形になるとは限らない。
プレイヤー次第では無理矢理玄徳公を操作して関羽や孫仁に斬りかかってくると思う。
その時どうするのか…考えておいて欲しい。
ただ、後で揉めたくないから言っておく」
玄は厳しい目を関羽へと向ける。
「俺は、関羽や孫仁のために出来るだけのことはするつもりだ。
だけど、玄徳公が悪いやつに操られて二人を害そうとするようなら…
関羽を強制操作してでも玄徳公を倒す」
「玄…」
玄の決意に満ちた目を見て茜は思う。
一番冷静そうに見えていた玄、玄こそが昨日の事件に一番傷ついていたの
だと。
玄は優しい。
一歩間違えば欠点になるくらいに優しい。
昨日の可愛そうな姉妹の件はそれを斬らざる得なかった関羽や孫仁のことも含めて深く傷ついていたのだ。
だからこそ、最悪の場面を想定し、いざその時が来た時は自分でその罪を被ろうとしている。
劉備玄徳と戦い、それを倒すことは関羽や孫仁には出来ないかもしれない。
玄はいつもそう考えている。
武幽電について話している時の会話から茜は漠然とそれに気づいていた。
おそらくなにもしないで見ていれば二人は黙って斬られるだろう…
そう玄は思っていたはず。
でも、私達はこのゲームをなんとかしたい。
劉備玄徳に会うまでがゴールだと考えていない。
ならば、劉備に会ったとしても負けるわけにはいかない。
本人達に出来ないのなら自分がやるしかない。
仮に恨まれ、憎まれたとしても…自らの意思で劉備を斬らせるよりはいい。
そう考えたのだろう。
「…ったく、少しは女心にも推測働かせなさいよ」
苦笑しつつ小声で呟いた茜が、膠着状態の場の空気を切り裂くように手を上げる。
「はい。
…レン。私も玄と同じよ。
もしも、あなたが操られた劉備さんに黙って斬られるようなら強制操作してでも劉備さんを倒します」
「茜!」
驚愕して茜を見た玄の目に飛び込んできたのは茜の目。
それを見た瞬間に玄は、なんとなく納得してしまった。
全てを承知の上だということを…
「…ありがとう、茜」
玄には最早感謝の気持ちを伝えるくらいしか出来なかった。
茜はそんな玄に優しく微笑む。
「く、くっくっ……これは参りましたな、奥方」
噛み殺すような低い笑い声と共に関羽が呟く。
「…はい。ですが、嬉しゅうございます」
孫仁も口元を隠しながら微笑んでいる。
「??」
玄と茜にしてみれば、それなりに重大な決意を込めた申し出だ。
二人を強制操作して劉備を倒してしまえば、以後二度と協力関係など築く
ことは出来ないと覚悟していたのだから。
それが二人から笑われると言うのは些か拍子抜けである。
「すまんな、主らのようなわっぱ共(子供のこと)にいらぬ決意をさせた」
関羽が顎鬚をしごきながら笑う。
「え?」
「わたくし達もこの世界の決まりに大分詳しくなってきているのです」
「我らの間では既に、その可能性は検討されていた」
関羽と孫仁が玄と茜に暖かい眼差しを向けて告げる。
「わたくし達は、確かに玄徳様に再会するのが望みです。
ですが、この世界の決まりに照らせばわたくし達が思い描く最良の形の再会などは無いと考えた方がいい」
孫仁が悲しげに目を伏せる。
「もともと、このようなことに巻き込まれねばお互いに死した身で再会などあり得ることではなかったのだ」
「そのとおりです。
あの方と会えるかもしれない。
その一点だけは感謝していますが…」
「このようなことはあってはならぬ。
その気持ちは我らもお主達と同じ気持ちなのだ、玄」
関羽と孫仁の声には決意がにじんでいる。
「私達は、自分達の自己満足のためにあの方に会おうとしているだけなのです。
あの方に会い、一言…たった一言だけでいい。伝えることが出来たならそれでいいのです」
「レン…」
茜には同じ女として、孫仁の気持ちが良く理解できる。
自分のしたことを裏切りだと己を責め、それでも抑えきれない気持ち。
そんな自分勝手な気持ちを罵られても鼻で笑われても構わない。
それでも自分の思いを伝えたいのだろう。
「玄よ、この関雲長にとっては…
兄者が何者かに意に沿わぬことをさせられていることこそが何よりも許しがたいのだ。
もし、我が兄者への対応を誤るようなら遠慮なくわれを使え」
「茜、あなたもですよ」
「関羽…分かった。
ありがとう…そしてごめん」
玄は小さく頭を下げる。
「わかったわレン。
あなたの信頼に私もちゃんと応えるから」
茜が孫仁に向かって微笑む。
「今日ここでこうして話すことが出来て良かった。
これで俺は西へ向かうことに何も不安はない。すぐに出発しよう」
関羽達と話合い、思いがけず全員の決意を知ることが出来たことを玄は素直に喜ばしいと思う。
その決意はどれも悲しい結果を想起させるようなものではあるが、その決意がきっとこの先を戦っていく自分達にとって必ず必要になると思うから。
「もちろん、異論はないわよ」
茜が…
「わたくしもです」
孫仁が…
「うむ」
関羽が仲間でよかった。
心からそう思う。
玄は小さく頷くとVSを手に取る。
「わかった。
じゃあ行こう。うまくすれば今日中に蜀だったあたりに辿り着けると思う」
新たな決意を胸に一行は西へと向かう。
三国時代、蜀と呼ばれた劉備玄徳の国へ…




