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三国志~武幽電~  作者: 伏(龍)


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孫呉


「馬鹿な!あなたは!」


「おほ!別嬪じゃねぇか」


 悪来が倒れこむ寸前に宙へと身を躍らせ、ふわりと関羽の隣に着地した人物を見て、周瑜と孫策はそれぞれに反応を見せた。


「おい!公瑾、おめぇあの別嬪と知り合いかよ。小喬って嫁がいながら隅におけねぇな~お前もよ」


「ば、何を言っている伯符!私は小喬一筋…ってそんなことはどうでもよい!


 あれは…見てわからぬのか!私よりもお前の方が!…む、だがお前が死んだ時と比べれば印象が違うのもやむを得まいか…」


 孫策が死んだときの孫仁の年を思い出して周瑜は頷く。


「あ?何言ってるんだ?」


「伯符、あの方は仁姫。孫仁様だ。


 異母妹とはいえ実の妹だぞ」


「は?おいおいレンはまだこのくらいだったんだぜ」


 孫策は腰の上辺りに手をかざしながら笑う。


「伯符…同じことを何回も言わせるな。


 孫権様も成長されたお姿だっただろう。


 この世界では肉体が最盛期の頃の年代に戻るようだからな」


「おぉ、そっか。そうだったな…じゃあ、ありゃあ本当にレンなのか」


 周瑜は頷く。


「で、公瑾。そのレンが関羽の隣にいるのはどういう訳だと思う?」


 孫策の声に剣呑な響きがある。


「く…やっぱり身内といえども敵には容赦しない感じだな」


 玄が呟く。


「孫仁様はお前の死後、劉備の下へ嫁いだ。関羽と面識があってもおかしくない」


「細けぇことはいいや、公瑾。


 レンは俺の味方か?それとも…敵か?」


 孫策の握る剣に殺気がこもっていく。


「この状況から察するに…敵だな」


「かぁ~悲しいね!親父に権に…妹まで手にかけなきゃならねぇのかよ!」


 と、言いつつも孫策は獰猛な笑いを浮かべ特に動揺しているような素振り

はない。


「く、やはり馬を逃がしたのは失策だったようだ」


 周瑜が舌打ちをして、自らも戦いに加わるべく剣を抜く。



「関将軍お待たせいたしました」


「このような運びになり申し訳ございませぬ奥方」


「よいのです。


 私も戦うと決めたのです。関将軍のお力になれて幸いです。


 悪来殿にはかなりのご負担をおかけしてしまいましたが…」


 そう言った孫仁の視線の先には、孫仁を届けると同時に気を失い、地面で荒い息をつきながら横たわる悪来がいる。


「わかり申した。


 お力をお借り致します、玄!説明せよ」


 軽く頭を下げた関羽が玄へと声をかけてくる。


「わかった。


 孫仁、正直状況は厳しいけど、なんとか勝って明日へつなごう。


 そのために、孫仁には周瑜と一騎打ちをして倒してもらわなくちゃならない。


 孫策は関羽が何がなんでも倒します。


 でも、今の関羽はその時点でまともに動くことは出来なくなる。


 だから周瑜との戦いには関羽の助けは一切無いと思ってください」


 玄の声に孫仁は小さく笑う。


「ふふ、この私があの周将軍を一人で打ち破るのですね…爽快ですこと」


「でも、周瑜は既に大技の術を2回も使っているのでかなり疲労してます。


 そして…」


「奥方、私との訓練で何度も教えたことを忘れてはおりませぬな?」


 玄の言葉を遮って関羽が孫仁へと声をかける。


「はい」


「ならば、私からは何も言うことはありませぬ」


 そう言って関羽は孫策へと正対する。


「お任せください、お背中お守りいたしますゆえ」


 孫仁も周瑜へと正対し、関羽と背中合わせに立つ。


「玄殿、一つだけ確認したいのですが…」


 周瑜を見据えながら孫仁がか細い声を出す。


「うん…さっきの孫策の言葉ですよね…」


「はい、ではやはり…」


「…孫策の剣と鎧が孫堅と孫権ということらしいです」


「…わかりました。劉玄徳の妻としてあるために、孫呉三代のしがらみを打ち破れということなのでしょう」


 そう言った孫仁の目には強い決意の色が浮かんでいる。


「では、奥方…参りましょうぞ」


「はい、関将軍」


 二人は同時に駆け出す。


 孫仁は右手に剣を握り、持ち前の身軽さでもってあっという間に周瑜との間合いを詰めると鋭く斬りかかっていく。


「姫!あなたは呉の人間だ、何故に関羽の味方をするのです。


 そもそも戦場へ出るなど…どうかご自愛ください」


 周瑜は若干肩で息をしながら、孫仁の鋭い斬り込みを自らの剣で弾き返していく。


「これは異なことを。


 周将軍、私を政略結婚の道具に利用したのはそなたではないのですか?」


 孫仁は周瑜の首を斬り付け、受けられると同時に身体をひねり足首を払う。


 跳ばれてかわされた後は更に回転を活かして胴を薙ぎにいく。


 自身の力がないのは自覚している孫仁が自らの体格に合わせて学んだ武である。


 全体の流れを常に円の動きに乗せ、速度と攻撃回数、そして変幻自在の攻めでもって相手を翻弄していく。


「そ、それは確かに私の策です。


 しかしそれは孫呉のため。それを恨みにお思いか」


 孫仁の攻撃は俊敏にして精緻、その攻撃を会話しながら受けていく周瑜もやはり智だけの武将ではない。


「ふふふ、勘違いなさらないでくださいませ、周将軍。


 むしろそなたには感謝しているのですよ」


 そう言って微笑む孫仁は戦時にもかかわらず見惚れるほど美しい。


「な…」


「私をあの方と引き合わせてくださったことをです!


 私はあの方と出会い、あの方の生き方に触れ、あの方の愛に包まれ、呉では寸時すら得られなかった安らぎを得ました。


 あの方に嫁いだ時から私は!今も変わらず劉備玄徳の妻なのです!」


「くっ」


 苛烈さを増していく孫仁の攻撃をかろうじて凌ぎながら周瑜は呻く。


「…私としたことが、劉備を女漬けにして骨抜きにするつもりが、逆にこちらの手駒を籠絡されるとは…なんとも浅薄な策を打ったものよ」


 周瑜の挑発とも取れる辛辣な言葉にも孫仁は微笑みを絶やさない。


「それは違います。


 あなたの間違いは私のような愚鈍な女を見誤ったこということではなく、劉備玄徳と言う漢の器を計り損ねたことです」


「はっ!笑わせないで頂きたい。たかが草鞋売りの成り上がりごときの何を計れというのですか!」


 もともと劉備玄徳はタク県楼桑村で産まれ育った。


 暮らしは貧しく、母と二人で筵や草履を編んで売り生計を立てていた。


 そんな環境の中漢の国を憂えた劉備は関羽や張飛と言った豪傑と運命の出会いを果たし国や民のために立ち上がるのである。


 そして、苦難の連続を乗り越え蜀漢の国を興すに至る。


 そんな劉備の出自(血筋自体は漢の帝室に連なるとされる)を周瑜はあげつらう。


 しかし、孫仁はその言葉に取り合わず更に言葉を続ける。


「あなたは仕えるべき相手に恵まれなかった。確かに策兄上も権兄様もひとかどの人物。


 英傑と呼ぶにふさわしい方でした。


 しかし、二人とも若すぎた。父が生きていればまた違っていたでしょうが…


 二人は若すぎたがため、あなたのような俊才を使いこなすための器が完成していなかったのです」


 そうしている間も孫仁の攻めは一時たりとも緩むことは無い。


「な、なにを…」


「彼らはあなたに頼りすぎた。


 あなたもまた若い、これからの才だったのにもかかわらず!


 だからあなたは無理をして、何もかもを背負い、一人でやろうとするしかなかった。


 それがあなたを戦場の最前線まで運び、あなたの死期を早めたのです」


 周瑜は赤壁の戦いの後、荊州は江稜を攻め取る際、自ら陣頭指揮を取った。


 そして、知略で以ってじりじりと優位に戦闘を進めていたが不運にも流れ矢に当たる。


 周瑜はそれすらも策の一部として用いて見事勝利を収めるが、その時の矢傷がもとで病を得、わずか36という若さでこの世を去ることになるのである。


「…」


「もし、あなたがあの方を主と仰いでいたなら…きっとあなたは希代の名軍師として、あの孔明軍師を超えていたかもしれませんね」


 孫仁の言葉に周瑜の目が細まる。


「言いたいことはそれだけか?」


 周瑜の声に先ほどまでの主君の妹君に対する敬意はない。


「ほほほ、逆鱗に触れてしまいましたか?


 わたくしを挑発するつもりだったのでしょうに」


 孫仁は周瑜をことさら馬鹿にするように笑声をあげ、それでも途切れることなく攻め続ける。


「え…と、あの周瑜を論戦で破るって…どんだけですか、孫仁」


 その様子を見ていた玄は緊迫した戦闘のさなかだと言うのに、思わず呆気に取られる。


 無論、余裕があるかのようなやり取りも孫仁の必死さのあらわれだ。


 単純にゲーム上の武力差はおそらく20以上離れているはず。


 本当のゲームなら数値をもとに勝敗が計算され、20の武力差というのは正直絶望的だ。


 しかし、このゲームに限っては違う。


 人と人が対戦する以上、ミスは皆無な訳はない。


 打ち合ううちに対応を間違う可能性もあるし、激昂すれば隙を見せることもある。


 現実世界では弱いものが強いものに勝つことなどさして珍しいものでもない。


 ただし、正面からぶつかるだけではその可能性は限りなく低い。


 本当に勝つつもりなら、本人の努力はもちろん、策や、運が必要なのだ。


 そのための駆け引きを孫仁はしている。


 自分の力を最大限に、相手の力を最小限に発揮させるように…

 

「ふん、確かに弓腰姫と呼ばれただけあって女人とは思えぬほどの武ですが…そんな全力の攻めがいつまで保つ。


 力尽きて息を抜いた時があなたとのお別れの時です」


 周瑜が孫仁の攻めを凌ぎながら呟く。


 孫仁はその呟きを聞き、戦闘前に関羽が言っていたことの意味を知る。


(大切なのは、常識に縛られない思考)


 孫仁は茜に教えてもらった自分の能力を思い出す。


『孫仁(孫尚香)

 体力 一〇〇

 武力 四六

 知力 六二

 技能  武器 レベル 二

     馬  レベル 四

     指揮 レベル 一

 術      レベル 三

     風  レベル 三

     水  レベル 四

 必殺技 水花燕舞(術)

     氷縛乱武(術・武)

 特殊技能 孫呉の威光』

 

(自分の能力を数値化されたと聞いても何がなんだか全く分かりませんでしたが…


 玄殿からこれだけは覚えておいて欲しいと言われた必殺技と特殊技能…昨日、茜と共に試してはみたけれども…わたくしにはどのように戦術に組み込めばよいのか判断がつきませんね…)


 孫仁は攻め続けながら、関羽が与えてくれたたった一度だけ使えるチャン

スと、自らの武、そして必殺技をどう使えば周瑜を確実に倒せるのかを考える。


 しかし、自分の手持ちの武器をどう使っていけばいいのかが分からない。


 それは、孫仁の能力的な問題ではなく、未知の能力である必殺技の存在と圧倒的な戦闘経験の無さが原因である。


 生前は呉国の妹姫として、戦闘とは無縁の生活をしていたのだから当然と言えば当然である。


 習い覚えた武術も所詮は独りよがりのもの。


 実戦でどのように使って戦えばいいのかなど本来分かりようが無い。


 それでも今、こうして周瑜を押していられるのは短くはあったが、濃密でもあった関羽との訓練の成果である。


 このままでは、攻め続けることは出来ても勝つことはできない。


 しかし、攻め続けている時間が長ければ長いほど孫仁のアドバンテージは徐々に減っていく…


 孫仁は意を決して口を開く。


「茜、見ているのでしょう?聞いているのでしょう?」


 孫仁は戦いながら呼びかける。


 優しすぎるがゆえに戦いに怯えてしまったたった一人の友人へ。


 血なまぐさい世界から遠ざけてあげたいと思ったのに…


「あなたにお願いがあります。


 私に力を貸してください。私には分からないことがあなたには分かるはずです」


「レン…でも」


 茜のか細い声が聞こえる。


「茜…私の相棒、初めての友人。


 どうか私を助けてください。負ける訳にはいかないのです。


 あの人に会うまでは!」


 孫仁の切実な声が、怖気づいていた茜の心に染み入ってくる。


(レン…私のこと相棒だって言ってた。


 私のこと初めての友人だって…言ってた。


 私は…私は…友達が困っているときに助けて上げられないような人間には…なりたくない!


 あの時、そう決めた!)


 茜は中学2年の時、仲の良かった友達がいじめにあっている事実を知りながら助けることが出来なかった経験がある。


 その子は半年程経った時、逃げるように転校して行った。


 その別れ際に茜を見た、その子の目が今でも忘れられない。


 友達を転校へと追い詰めたくせにへらへらと笑う加害者達の顔が忘れられない。


 そんな奴らと同類になってしまった自分が許せない。


 その時に、茜は決めた。


 2度と友達を見捨てない。


 今度は一緒に戦ってやる!と…


「…かね、茜!大丈夫か!」


「…うん、平気よ玄。


 もう大丈夫…今でも、正直迷いはある。


 でも!そういうこととは別に、私は純粋にレンを助けてあげたい。


 相棒を、友達を助けてあげたい!」


「!!…茜、ありがとう」


 茜の言葉に思わず目頭を熱くした孫仁が涙声で呟く。


 嫌がる戦場へと誘う自分を未だ友だと言ってくれることがありがたい、そして嬉しいのだ。


「ふ、何をさっきからぶつぶと話しているのです。


 助けて欲しい?馬鹿なことを!


 聞けば我らを甦らせた者たちは戦の経験もない、それどころかろくに喧嘩すらもしたことがないような子供ではないですか!


 この戦場において彼女らの出る幕などないのですよ」


 孫仁の攻撃を笑って受けながら周瑜が言う。


「ふふふ、愚かですわね周将軍。


 なまじ智者であるがゆえ、生前の常識にいつまでも縛られる」


「何?」


 孫仁は怪訝そうな顔をする周瑜にはあえて答えずただ微笑むのみ。


「茜、孫仁の有利な点分かってるか?」


「分かってる!散々訓練してるのを見てたんだもの!


 そして、必殺技、特技…


 うん、多分行ける!」


「そっか、分かった。


 …茜、茜ならできる。


 だってお前は…俺の自慢の一番弟子だからな」


 冗談めかした玄の言葉に茜はくすりと笑う。


「うん、ありがと。


 精一杯やる、レンとならやれる」


「ええ、あなたを信じてるわ」


 孫仁が明るい声で答える。


「ありがとうレン。


 いい?私の声は周瑜には聞こえない。


 だから技の合図は私がするわ。


 孫仁はそのままの勢いで攻め続けてある程度打ち合ったら手ごろなところで距離を取って…


 することはわかるわよね?」


「ええ、そこから先はあなたに任せます」


「任せて!きっとうまくやるから」


 その言葉を聞いて玄は頷いた。


 そして、自らは関羽の戦いに目を向ける。


 孫仁達と少し離れた所では、関羽と孫策が相変わらず激しい攻防を続けている。


 その形勢は先ほどとは変わらず関羽の劣勢である。


 孫策の激しい攻撃を関羽がかろうじて防いでいるという図式である。


「関羽、聞こえてた?


 孫仁達はまもなく勝負をかける。


 布石を活かすならこっちも同時に仕掛けるべきだと思う。


 状況に余裕が無ければ無理に合わせる必要はないけど、あっちの声にも少し注意していてくれ」


 玄の声に返事はしないが、関羽は分かっている。


 その証拠に押し込まれつつ立ち位置を変え、孫仁達を視界の隅に捉えられる所へ移動している。


 それを見た玄は汗でしっとりした手を、座っていたベッドで拭う。


「ここで決着がつく…」


 関羽は典韋戦以降、自らの努力により必殺技の出し方と、特性を既に把握し自分のものとしている。


 自ら判断して最適のタイミングで必殺技を放ち勝負に出るだろう。


 すなわち玄は見守るしかない。


 もちろん、不測の事態には備えなくてはならないため完全に傍観者になる訳にはいかないが…


「おらおらおらぁ!最初の頃の威勢はどうしたぃ!関羽さんよぉ!」


 孫策が亀のように防御一辺倒の関羽を挑発している。


「……」


「けっ!だんまりかよ。


 もういいや、勝つ気ねぇんだろお前。


 一気に勝負つけてやるよ『虎身』」


 叫んだ孫策の身体が淡く光り始める。


「まずい!さっき使ってた身体強化の技だ」


 孫策の動きが目に見えて早くなる。


 強化と言ってもそれ程大きな強化するような技を設定する訳がない。


 玄の目算と推測からすればせいぜい1.2倍といったところだろう。


 それでも今の関羽には負担が大きい。


「…く」


 早く強くなった孫策の攻撃をそれでもなんとか凌いではいるが、剣の攻撃は身体をかすめるようになってきている。


 小さなダメージだが、これ以上ダメージを受ければ必殺技をうてなくなる可能性もある。


「茜、孫仁、まだか…」


 二人の集中を乱さぬように押し殺した声が玄の口からこぼれる。


「姫!終わりです」


 周瑜の冷淡な声が響く。


「…くっ」


 息を乱しながらも、更に攻撃を繰り出していく孫仁だが最初の頃の鋭さは

既にない。


「女人にしては驚くべき体力でしたが、あれほどの動き長く続くはずも無い。


 私はひたすら受けに徹していればよかったのですよ」


「…ま、まだです!…きゃ!」


 周瑜の言葉を力強く否定し、更なる攻撃を繰り出そうとした孫仁の足元が乱れる。


「そこ!」


 大きく体勢を崩した孫仁を周瑜が見逃すはずもない。


 一転して攻勢に回った周瑜が流麗な動きで孫仁へと斬りかかっていく。


 バランスを崩していた孫仁は数合も打ち合わないうちに、周瑜の強撃を受け背後に飛ばされた。


 ずざざざっ!

 

 地面を転がりながら弾き飛ばされた孫仁は半身で地面にうずくまりながら肩で息をしている。


「主君の妹姫に対する最後の礼儀です。


 苦しまぬようひとおもいに止めをさしてさしあげましょう」


 周瑜から孫仁への死刑宣告…


 その言葉を証明するかのように倒れ伏す孫仁へ向かって剣を構えて周瑜が一気に間合いを詰めてくる。


「…くっ!」


 必死に呻き立ち上がろうとしている孫仁までの間合いを一瞬で詰めた周瑜はその白い首筋めがけて必殺の軌道で剣を振り下ろす。

 

 ざんっ!!


「馬鹿な!!」


 周瑜が叫ぶ。


 なぜなら孫仁の首を斬り落とすはずの一撃が地面を叩いたからだ。


「そんな訳が!」


 周瑜は見ていた。


 自分の攻撃が当たる寸前に、今までよりも更に早く孫仁が動き自分の視界から消えて行くのを。


 地に倒れ伏したように見えた孫仁の体勢も四肢がしっかりと地面を掴み、即座に動ける体勢だったと気づいたが、遅い。


「どこにそんな体力が!」


 地面を叩き痺れる手で剣を離さぬ様握り直し即座に孫仁が逃れた方へ視線を向ける。


「周将軍、ご覚悟を」


 そこには地面に剣を浅く突き立てた孫仁が静かに佇んでいる。


『氷縛乱武』


 そして、周瑜が完全に振り向く前に孫仁の声が響く。


 その声と同時に孫仁の立てた剣に青い光が蓄積されていき、剣を握り締めた孫仁が天へと向けて斬り上げる。


 剣に蓄積された青光は氷となって地面を走り周瑜へと襲い掛かっていく。


 と、同時にその後を追い孫仁が駆け出していく。


「く、甘いぞ!孫仁!


 そんな技をわざわざ受けてやるほどお人よしではない」


 周瑜がとうとう姫の呼称までをも棄てて叫び地を走る氷から身をかわそうとする。


「レン!今よ!」


 茜の声が響く。


『控えなさい!周瑜!』


 一歩を踏み出そうとした周瑜に孫仁の凛とした声が響く。


 そして、中空にプレイヤーにしか見えないエフェクトが出る。


 『孫呉の威光』


「はっ!」


 そう叫んだ周瑜の動きが一瞬、ほんの一瞬だけ止まる。


 それが、孫仁の特殊技能『孫呉の威光』の力だった。


 敵対武将が呉の国に属したことのある武将だった場合、連続した戦闘中に

一度だけ、ほんの一瞬だけ動きを強制することが出来る。


 しかし、1対1の戦いにおいて一瞬でも動きが止まることは大きなアドバンテージを得られる。


 そしてこの一瞬こそ孫仁と茜が欲しかったもの。


「く!何故!」


 自分の不可解な動きに戸惑いの声を上げた瞬間、周瑜の足元に氷が到達し

た。


 ビキキキキキキ!!


「うおぉぉ」


 周瑜に命中した氷は足元から一気に駆け上がり周瑜の腰までを氷で覆う。


 完全に機動力を奪われた周瑜に孫仁が急迫する。


 孫仁の技、氷縛乱武は氷で足止めした敵に対して連続攻撃を加えるところまでが一連の流れであり、この攻撃は孫仁の意思ではとめることは出来ない。また、常の孫仁では出来ないほどの速度の連続攻撃になる。

 

 1撃! 2撃! 3撃!


「く、く…」


 周瑜が自由になる手に握った剣でかろうじて捌く。


 4撃! 5撃!キィン!


「う!」


 しかし足捌きが使えない状態の不自由な体勢からでは腕力が弱い孫仁の攻撃でも凌ぎきれるはずはなく剣が弾かれた。


 6撃! 7撃! 8撃! 9撃!


 孫仁の攻撃が全て周瑜の身体を切り刻んでいく…

 

 そして…孫仁は一拍を置いた後、溜めた一撃を周瑜の身体の中心に突き立てる。


 10撃!!


 パキィィン!


 キラキラと氷片が宙を舞い、周瑜と孫仁を覆い隠す。


 茜の視界からは氷が光を乱反射して二人を確認することは出来ない。


「レン…」


 茜のの心配そうな呟きが聞こえる。


 しかし、勝負はついたはずだ。


「ぐ…な、ぜ」


 孫仁は周瑜の身体を貫いたまま、頭を周瑜の胸に預けるようにして答える。


「この世界では動き回ることによる疲労はないのです…周将軍」


 周瑜の目が見開かれる。


「…な、なるほど。おもいあた…る」


 何故、関羽があれほどの傷を負いながら孫策の猛攻を耐えていられたのか。


 何故、孫仁が女人としての体力であれほどの攻撃を長時間続けられたのか。


 同じように、何故孫策があれほどの執拗な攻撃をし続けていながら息切れしないのか。


 気づける要素はたくさんあった。


 しかし、必殺技を使ったときの疲労が周瑜自身にあった。


 傷ついた関羽も疲労していたし、孫策の猛攻を受けて動きも徐々に鈍っていた。


「関羽…」


「そうです。


 関将軍が私のために布石を打ってくださいました。


 あえて策兄上の攻撃を受け続け、疲労があるかのように演じることで女の身の私の体力が長くは続かないとあなたに思い込ませるために」


「くくく…私を逆上させようとしたあの論戦も、私の思考を…そちらへむ、けないた…めでしたか…」


 周瑜の身体がゆっくりと反り返って行く。


「周将軍、あなたの勇姿は呉にいたときの私にとって憧れでした」


 倒れゆく周瑜に視線を向けず孫仁は目を閉じた。


「姫…強くなられた…ものだ」


 地に倒れた周瑜が一人呟いたその時。 


「ぬおぁぁぁぁ!」


「伯符!」


 壮絶な叫びに、事切れる寸前の周瑜の目に力が戻る。


 必死の思いで動かした視線の先には窮地に追い込まれようとする孫策の姿が映る。


「お前を死なせる訳にはいかない!」


 周瑜は無意識に腹部を抑えていた右手を握った。


 ここでしばし、時はさかのぼる…


「…ま、まだです!…きゃ!」


「孫仁!……そうか!関羽!」


 孫仁が弾き飛ばされた姿に玄は一瞬動揺するが、それが茜達の作戦の一部だと気づき関羽へと声をかける。


 しかし、玄が声をかける前に既に関羽は動き出していた。


「ふ、ふざっけんな!なんでぼろぼろのお前が虎身を使ってる俺より早いん

だよ!」


「ふん、まだわかってなかったのか?」


 先ほどまでとは打って変わって孫策は守勢に回っている。


「単なる力の差だ」


「なんだとぉ!!」


 小馬鹿にしたように告げる関羽に孫策が激昂する。


 実際は関羽と孫策の武力にさほど違いはないはずである。


 むしろ、身体的な能力だけで言えば虎身を使っている孫策の方が優れているはずだ。


 しかし、孫策にも孫仁と同じ欠点があった。


 それは、圧倒的な経験値の足りなさ。


 関羽は30年以上も最前線で戦ってきた。しかし孫策は26で他界。仮に15から戦場に出ていたとしても関羽の3分の1にも満たない。


 関羽の30年積み上げてきた武と経験からくる自らの武に対する洗練の高さ。


 経験からくる無意識の予測。


 そういったものが、純粋な身体的能力の差を埋め、戦いが長引けば経験により戦い方の引き出しが多い方が徐々に有利になっていく。


 つまり関羽が言っていることは間違っていない。


 経験を持ち越し、全盛の肉体で戦えるこの世界だからこその力の差なのだ。


 疲労の演技というストッパーを外した関羽は残りの全て力を振り絞って孫策を一気に押し返していく。


「くっ…そったれ!」


 急に動きの良くなった関羽に圧倒的有利だった立場を覆された孫策の動き

がだんだんと雑になってきている。


 この辺も経験の差なのだろう。


 関羽はどれだけ劣勢になってもうろたえたりすることは無かった。


 常にその時の自分に出来る最善のみを尽くしていた。


 その上で負ける可能性はもちろんあっただろうが、それは自分の力が足りなかっただけ。


 そう思い定められるだけの人生経験が関羽にはあった。


 そして、動きの荒くなった孫策を逃がす関羽ではない。


 さらに一歩を踏み込み、力強い一撃で孫策の剣を弾いて体勢を崩すと腰に差していた半分になった槍の槍先を鎧の無い右の脇の下へ突き立てる。


 ガキン!


 鎧が無いと言っても、孫策の鎧は胸当ての位置から変形してその一撃を防ぐ。


 しかし、即座に繰り出された関羽の左の膝蹴りに鎧も孫策も対応出来ない。


「うごぁ!」

 

 関羽の膝は孫策の鳩尾に綺麗に入り、苦痛の呻き声を上げる孫策を後方へ吹っ飛ばした。


「が、がはっ!」


 横隔膜を突き上げられ、呼吸を乱された孫策はうずくまっている。


 そして、関羽は静かに剣を構えた。


 正眼に構えた剣を大上段に振りかぶりそのまま右肩に乗せる。


 関羽の身体から青白いオーラが立ち上り、関羽の口が静かに言葉を紡ぐ。


「…青竜斬」


 前回の典韋戦で使ったときは玄の操作によるものだったせいか演出過剰なほど豪快な技の名乗りだったが、今回は関羽の意志なのだろう。


 静かに深みのある技の名乗りだ。


 立ち上ったオーラは両手を伝い、武器に流れ込み、流れ込んだオーラは竜を形作る。


 そして関羽は大きく一歩を踏み出して孫策へと剣を振り下ろす。


 今回は罠を潰す用途はない。


 地面に打ち込むようなことはせず全ての威力は孫策へと向かう。


「ぬおぁぁぁぁ!」


 そして孫策の叫び、孫仁対周瑜の決着がついた直後である。

 

 ようやく、腹部の衝撃から立ち直った孫策が顔を上げた時には既に青龍は眼前に達しようとしていた。


「くそがぁ!『熊身ユウシン』!」


 かわせないと察した孫策は叫んで両手で首から上を覆って急所を守る。


 しかし、青龍の攻撃は水属性による衝撃とその余波に付与された斬属性による。


 まともに食らえば耐え切れるものではない。


 しかも、関羽は技の発動と同時に駆け出している。


「…急げ、関羽」


 一連の戦闘を見ながら玄は関羽に聞こえないように呟く。


 玄の視界にある関羽のライフゲージは既にレッドゾーンを突破し、微かな部分だけが白く点滅している。


 この状態になれば、その白い部分は何もしなくても減っていきいずれ気絶モードに至る。


 もちろん一撃でも食らえば敗北だ。


 ここまでくれば関羽の疲労度も最大になっている。本来なら立っているのも辛いはずだ。


 関羽の青龍が孫策にそのあぎとで襲い掛かる。


「ぐぁぁぁぁぁぁ!」


 孫策の絶叫が響く。


 命中した青龍はその衝撃の全てを孫策へと注ぎ込み、その余波は水刃となってさらに孫策を切り刻んでいく。


 そして、その中へと関羽は臆せずに飛び込んで行く。


 そして短くなっている槍を左手で握り、孫策の頭部へと突き出す。


「ぐおぅりゃぁ!!」


 青龍の攻撃を凌ぎきった孫策が自らの剣で槍を払う。

 

 キィン!


 しかし、孫策は青龍のダメージから、関羽は疲労と短い槍という武器の性質上から同時に武器が宙を舞う。


 ここで二手。

 

 そして関羽には右手に持った剣がある。


「これが三手目だ」

 

 関羽が呟きその剣を振り下ろそうとする。


 関羽の技の威力を受け、剣も弾かれた孫策にはかわすべき術はない。


「ち、ここまでかよ…」


 孫策の小さな呟きを聞きつつ最後の一閃が振り下ろされた。


「むぅ!!」


「関羽!どうして!」


 玄が叫ぶ。


 なぜなら、とどめの一撃を放とうとした関羽がその剣の軌道を突如として

変え、何も無い空を切り払ったのだ。


「む、その気概見事なり…周瑜」


 剣を持ったまま仁王立ちになった関羽が呻くように呟く。


 そして糸が切れたかのように静かに膝をつく。


「え?」


「玄!今、周瑜が自分の血を術で!」


 茜の叫ぶような声が聞こえる


「!…なんだって?」


 玄は慌てて周瑜を見る。


 しかし、周瑜は安らかな顔をして、既に事切れていた…


「最後のライフを削って…遠くの水を呼ぶ力もないから自らの血を刃に変えた…


 最後の力を孫策のために使ったのか…」


「関将軍!」


 孫仁の叫びに玄は再び関羽に視線を戻す。


 関羽のライフゲージはもうほとんど見えない。


 気絶の一歩手前。


 最後の周瑜の一撃を受ければ関羽は死んでいた。


 そのため、それを防げばとどめの一撃が繰り出せなくなると分かっていても関羽は防がざるをえなかったのだ。


「ぐ…くっ、公瑾!て、てめぇ!なにをかってなことしてやがる!」


 関羽の必殺技からの連続攻撃を受け満身創痍の孫策がふらふらと立ち上がり、周瑜へと向けて歩き出す。


 目の前で動けない関羽には見向きもしない。


「おい!聞いてんだろ!公瑾!


 俺を…今度こそ俺に天下取らせてくれるんだろうが!」


 歩く孫策の身体から、孫権が変化した鎧がぼろぼろと剥がれ落ちていく。


 おそらく、孫権も兄を守ろうとした。


 孫策の全身を襲う衝撃や水刃を性能限界をはるかに越えた変形で強引に防御したのだ。


 孫策がかけた『熊身』も武将の身体を硬化させ防御力を上げるものだった。


 それらをもってしても関羽雲長の必殺技をまともに喰らってしまえば、生き残るのが精一杯だったのだ。


「おい…公瑾よぉ…公瑾!…


 そうか…そうだったのか…公瑾。


 お前もあの時こんな気持ちを味わったんだなぁ…」


 孫策は倒れた周瑜を見下ろしながら呟く。 生前は周瑜を置いて、孫策は早逝した。


 残された周瑜は今の孫策と同じような喪失感を味わったはずだ。

 

 そして、自らの身体からゆっくりと剥がれ落ち崩れていく鎧…


「権…お前も俺を置いていくのか…」


 剥がれ落ちていく鎧をぼんやりと見つめながら孫策のか細い声が漏れる。


「兄上」


 うちひしがれたように立ち尽くす孫策へ孫仁は話しかける。


「よぉ、レン…置いてかれるってのはつれぇもんだったんだなぁ」


 孫仁の問いかけに首だけを後ろに向け孫策が答える。


「はい、兄上が亡くなられた時も国中が悲しんでおりました」


「そうかい…俺の軽率さが招いた死だったんだがなぁ…」


 力ない受け答えをする孫策に孫仁は厳しい眼差しを向けながらゆっくりと剣を構える。


「さあ、兄上。決着をつけましょう」


「レン!」


 孫仁の言葉に茜の咎めるような呼びかけが響くが孫仁は答えない。


「あぁ、そうだな…公瑾も権も俺を守るために逝ったようなもんだ。


 その俺がいつまでもうじうじしてちゃいけねぇよな…」


 孫策の目に光が戻りつつある。


「どうして…ねぇ玄。どうして戦わなきゃいけないの?


 いいじゃない孫策とも同盟すれば!一緒に戦って行けるのに!兄妹で戦わなくて済むのに!」


 茜の問いかけに玄は苦しげに答える。


「それは…出来ない」


「どうして!」


「彼が…望んでないから。


 孫策は最後まで呉の君主として戦うつもりなんだ、誰かの下につく気はないよ」


「でも!同盟なら対等じゃない!」


「違うんだ…今のこの状況で結んだ同盟は対等にはならない…


 俺達がいくら対等だと言っても、周瑜を倒され自らも深く傷ついた状態でまだ元気な孫仁に同盟を持ちかけられても…


 孫策にとっては降伏勧告にしかならない」


「だからって…」


「それに多分…」


 玄が呟く。


「え?」


「いや、いいんだ。俺達は見守ろう。


 茜、お前はまだ孫仁と戦わなきゃならないんだ集中して」


「……うん、わかった」


「兄上と手合わせをするのは初めてですね」


「あぁ、お前が剣を好きなことは知っていたがな。


 あの時のお前はまだ小さかったからな」


 ゆっくりと振り向いた孫策が、近くに落ちていた周瑜の剣を拾う。


 すぐ傍には孫堅の変化した剣も落ちているのだが迷わずに周瑜の剣を握った。


「父上と権兄様は…」


 剣を構えたままの孫仁はそんな孫策の行動を邪魔せずに見守る。


「ああ、俺に敗れはしたが立派な戦いぶりだったぜ。


 権も武術は苦手だったはずだが、経験だな。いい太刀筋してたぜ。


 親父は…強かったなぁ。権が守ってくれなきゃ、周瑜が助けてくれなきゃ

ぁ、とてもじゃねぇが勝てなかったかもな」


 孫策が自らが手にかけたにもかかわらず父と弟を誇るかのように嬉しそうに語る。


「そうですか…父上や権兄様と剣を交えられた兄上を羨ましく思いますわ」


「すまねぇな…俺ばかり良い思いしてよぉ」


「構いません。こうして話を聞けましたし、何より策兄上と剣を交えることが出来ます。


 私は一度で良いから兄上と剣を交えてみたかった」


 孫仁が儚く微笑む。


 孫策が豪快に笑む。


「いくぜぇ!」


「はい!」


 二人は一気に間合いを詰める。


 初手を取ったのは早さに勝る孫仁である。


 得意の円の動きを取り入れた連続攻撃を間断なく繰り出していく。


 それを孫策は少ない動きで堅実に防御していく。


 大きな動きをする孫仁に対して、孫策は極端に動きが少ない。


「わかるか!レン。


 これが権の武だ。最小の動きで防御に特化し、いかなる相手にも簡単には屈しないという粘り強い剣だ」


 そう言うと孫策は一転して攻めに回った。


「くっ」


 強く荒々しい、それでいて時に流れるような雄々しい剣だ。


「これが親父の剣だ!孫呉の礎を築いた開拓者たる親父の器のでけぇ剣だ」


 明らかに重傷を負い、動くのも辛いはずの孫策が楽しそうに孫仁を攻め立てる。


 その巧みな攻めに孫仁の動きは制限され得意の円の動きを繰り出す暇もない。


「いくぜぇ!そしてこれが…」


 孫策の動きがまたしても変わる。


 更に猛々しく、攻撃に特化した苛烈な攻めをこれでもか、これでもかと叩きつけてくる。


 関羽ならなんなく凌げた攻めも、腕力に劣る孫仁には剣を弾き飛ばされないように受け流すので精一杯である。


「玄…これって、まるで…」


 茜の戸惑う声が聞こえる。


「うん…多分そうだ」


「なんだか、わかんなくなってきた…皆傷つくのに、痛い思いしてるのに…

戦うなんて馬鹿げてる。やめて欲しいって思うのに…」


「ああ…」


「胸が熱い…孫仁達の戦いをもっと見たいと思っちゃうの…」


 震える茜の声を聞きながら玄も心の中で同意する。


「茜、最後まで目を離すなよ」


「うん」


「く!なんて力強い剣。これが策兄上の剣なのですね…」


 全身の力を使ってようやく孫策の剣を受け止めていた孫仁が呻く。


 激しい勢いに押されて自分の間合いが取れず自らの武器である早さも、変幻自在の動きも全く発揮できない。


「このままでは…やむをえません『孫策!止まりなさい!』」


 孫策の猛攻から逃れて間合いを取り直すために孫仁は一瞬の間が欲しい。


 だから孫仁は特殊能力の『孫呉の威光』を発動した。


「け!止まれと言って止まるかよ!!」


 孫策が笑いながら更に強烈な一撃を孫仁へとたたきつけた。


 孫仁は自分の特殊技能が効かなかったことの一瞬の驚愕から反応が出来ず、かろうじて孫策の剣の軌道上に自分の剣を出すのが精一杯だった。


「くぅ!あぁ!…」


 グワラキィィン!!


 孫策の一撃は孫仁の剣を弾き飛ばし、そのまま孫仁の右肩へと食い込んで止まった。


「レン!」


 孫仁の肩から血が飛沫き、それを見た茜が悲痛な声をあげる。


「なんで、技が効かないのよ!」


「…多分、孫策は呉の臣下じゃないからだ。呉の国の中では孫仁と同格、君主なんだからむしろ格上。だから通じない…」


 玄が技の性質を考えて推測を述べる。


「もう!だったら最初から言っておいてよ!玄の馬鹿!」


 孫仁のピンチに動揺した茜が理不尽な怒りを玄にぶつける。


「え?…あ、ごめん」


「次から気をつけてよね!」


 思わず勢いで謝った玄が、『俺って悪くなくね?』と思うのはまだ先のことである。


「よく止めたな…さすがは孫家の娘だ」


「うっ…あ、当たり前です。


 私は……あの劉玄徳の妻なのですから!」


 叫んだ孫仁は肩に食い込んだ剣を白刃取りのように両手で挟むと強引に引き離し、一気に間合いを空けた。


 距離を取った孫仁が肩の傷を抑えながら荒い息をつく。


 必殺技や特殊技能の使用に加えて肩の傷、孫仁のライフも既にイエローゾーンに達している。


「そうか…おめぇは嫁に行ったんだな。


 めでてぇじゃねぇか。幸せだったか?」


 孫策が孫仁へとゆっくりと向かってくる。


 剣を弾き飛ばされた孫仁はゆっくりと後ずさることしか出来ない。


「はい…ですが、私には遣り残したことがあるのです。


 あの方にもう一度会わねばなりません」


 孫仁の目はまだ諦めていない。強い力を込めて孫策をにらみ返す。


「そうか…昔、戦に出る俺達を心配して嫌がる大喬や小喬達のことを公瑾が言ってたな。『漢は夢に生き、女は愛に生きる』だったか…まぁた、くせぇ野郎だと思ってたがお前の目を見てると良く分かるぜ。


 俺達と同じ目をしてらぁ」


 孫策が剣を構える。


「死ぬまでやってやってやりつくして最期は後悔しねぇ!


 そういう目だ…いいんだな?レン」


「愚問ですわ、兄上。


 兄上こそ、その身体では確実に勝てるとは言い切れますまい」


「ま、やってみるさ」


 そう言って孫策が間合いを詰めるべく孫仁へと駆け出す。


「茜!」


「分かった!」


 孫仁の求めに、茜はすぐさま手元のVSを操作。


 その操作を受けた孫仁が孫策の攻撃をひらりとかわす。


「参ります『水花燕舞』」


 孫策は口元に笑みを浮かべながら先ほどと同様に激しく孫仁へと攻撃を繰り出す。


 しかし、孫仁は軽やかにステップを踏み舞うように…いや、舞っている。


 日本の古来の舞踊に剣舞というものがある。 その名の示すとおり、剣を持ち舞う。


 だが、舞の動きというのは何かの動きを舞として昇華させたものも多いという。


 剣を使う舞であるのだから、中には戦における動きを舞にまで昇華したものがあっても不思議はない。


 今、孫仁が舞っているのはそういう意味で飾りではない本当の剣舞と言える。


 舞の動き一つ一つが回避であり、攻撃でありフェイントなのだ。


 孫策はその動きに翻弄されつつもさらにその攻撃を荒々しくしていく。


 孫仁は舞の中でその攻撃をいなしながら舞を続ける。


 そして舞を舞えば舞うほどに孫仁の周囲に水の花の蕾が現れる。


 現れた花は孫仁から一定の距離を保ったまま宙に浮き、時間とともに一つ、また一つと増えていく。


「レン」


「まだです茜!兄上を倒すにはまだ早い」


「でも、本来は剣を持って舞うものなのよ!このままじゃ攻撃を防ぎきれない」


 そう、本来であれば剣舞は当然ながら剣を持って舞うものであり舞の全ての部分に剣を持つことが前提の動きが組み込まれている。


 しかし、剣のない孫仁は舞いのタイミングを調整したり、時には身を挺して孫策の攻撃をあえてかすめさせたりしながらぎりぎりの舞を続けているのだ。


「へ、読めたぜぇ。舞えば舞うほど花が増えて、舞の終了と同時に襲いかかるってか?」


「やばい!見破られた!レン!」


「構いません!今は少しでも長く舞を続けるのです」


「そうとわかりゃぁ、させねぇよ!」


 孫策は攻撃の手数を減らし、その代わりに足捌きに神経を集中して有効打になりうるだろう一撃だけを的確に放つ。


 そして、動きを先読みし相手の機先を潰すように攻撃を組み立てていく。


「くぅ、さすがは兄上…」


 孫策の緻密な組み立てに徐々に舞いの流れが阻害されていく。


 孫仁の周りに浮いている水花の蕾は20前後…


「そこだ!」


 孫策の声と共に繰り出された一撃は孫仁の舞の流れを完全に遮断する軌道に繰り出される。


 あくまで舞を止めるための一撃だったため直接孫仁に危害があるわけではないが、舞の流れを無理やり止めざる得なかった孫仁は大きくバランスを崩

して地面に倒れこんだ。


「レン!」


「くっ!やむを得ません!


 咲きなさい!『水花』!」


 地面に倒れた状態から孫仁が叫ぶ。


 その声に反応した蕾達がゆっくりと花を咲かせて行き回り始める。


 その花弁は薄く鋭く研ぎ澄まされている。


 それに回転力を加えればその一つ一つの威力は普通の斬撃よりも強力になり得る。


「レン!もっと距離を…」


 茜が叫ぶ。


 この技は確かに強力だが、その分制約が多い。


 舞の時間も然りだが、舞の後の水花の起動にも若干時間がかかってしま

う。


 孫仁の舞を止めた孫策が振り返って孫仁との間合いを詰め、止めをさせる程度には…


「く!」


 孫仁は僅かな時間を稼ぐべく恥も外聞もなく地べたを転がって孫策との間合いを取ろうとする。


「終わりだな…レン。いい勝負だったな」


 しかし静かにそう告げた孫策が孫仁に向けて走り出すのと開花し回転力を

つけた水花が孫策へ向けて一斉に襲い掛かるのはほぼ同時だった。


「レン!」


 孫仁は茜の叫び声を聞きながら目を閉じた。

 

(やれるだけのことはやりました。


 仮にここで兄上に討ち取られたとしてもそれが戦。恨みに思うことはありません…


 あの方に会えないのは心残りですが、私が討ち取られたとしても、私の技で兄上もおそらく…


 そうすれば、少なくとも関将軍はこの戦に勝利したことになる。


 関将軍ならば、私の思いをあの方に必ず届けてくれるはず…)


 孫策に切り裂かれるまでの一瞬にそこまで孫仁は考えて思わず微笑んだ。


「ばっかやろう!」


「え?」


「戦で敵を前にして目を閉じるボケがいるかぁ!…かはっ」


 激しい叱責に驚いた孫仁は自らに訪れるであろう死の瞬間を忘れてゆっくりと目を開けた。


「あ、兄上!」


 そこには、目の前で剣を振り上げた姿勢で無数の水花に切り裂かれて血まみれになった孫策が仁王立ちしていた。


「…いいかレン!目を閉じるな…最後まで諦めるな。思いを遂げろ!…それが、俺からの最後の…教…え…」


 ぐらり…


「兄上!」


 前のめりに倒れゆく孫策を孫仁が抱きとめる。


「何故です!


 私の技はあと一歩間に合わなかったはず。そもそも最初から本気を出していれば…」


「い…んだよ、こ、これで。


 …おれぁ分かった…んだ。


 俺の…ゆ、め…公瑾とい…しょに天下を…ることだ…たってな」


 孫策の視線が泳ぎ周瑜を捉える。


「兄上…」


「レ…ン、孫呉、3代…の技を持っていけ…おれか、らの…餞別だ がぼっ」


 孫策が気管に流れ込んだ血にむせ返りながらさらに言葉を続ける。


 おそらく長い言葉ではない。


「レン…け…こん、おめ…とう…め、めで…てぇなぁ…


 …なぁ公…行こう、ぜ…天下…」


 微笑みながら空をかいた孫策の手がことりと地面を叩く…


「兄上…」


 孫仁は孫策を大事そうに抱えると周瑜の隣へとそっと横たえた。


「ありがとうございました兄上…


 兄上の教え、決して忘れません」


 孫仁が呟いた瞬間、孫策と周瑜の身体が白い粒子となって宙を舞う。


「なんで?…ヘルプ!俺達は何も言ってないのになんでだ」


 死んだ武将をアイテムに変換するのは勝利したものの権利だが行使するかしないかも選択できる。


 玄達はまだどうするかさえ考えていなかった。

「ほぅほ~いっとな!」


 無駄に明るい声で出てきた麻雀牌の『六萬』に扮したヘルプが粒子に分解されていく二人を見た。


「お~!


 スゲェな玄!断金の交と呼ばれた二人をまとめて破ったのか」


「そんなことはいい!あれはどういうことだ!」


 孫策達を指差して玄が叫ぶ。


「あ?


 ああ、あれね。なんか結構あるんだよな。敗れた武将達が勝手に変化してアイテム化しちまうことがさ」


「は?」


「名のある武将に結構多いみたいだぜ。


 死の間際に相手に協力的だったりすると、自分でその武将に一番役立ちそうなものに変化しちまうらしい」


「…彼らの遺志なのか?」


「ま、そういうことになるかな」


「そうか…彼らも必死にシステムに抵抗してるんだな…」


 システムに縛られているはずの武将達が死の間際に抵抗をしている。


 玄にはそう思えた。


 孫仁の前できらきらと輝きながら舞う白い粒子は孫策の粒子が関羽のもとへ、周瑜の粒子が孫仁の周りを取り囲む。


「これは…」


 粒子に触れようと手を伸ばすが、孫仁の手はすり抜けてしまい、それに触れることは出来ない。


「孫仁、それは二人の意思だよ。


 二人が俺達に協力したいと思ってくれたんだ…


 二人を信じられるなら力を抜いて楽に…」


 玄の声に孫仁は頷いて目を閉じた。


 今まで争っていたとはいえ、二人を疑う余地などない。


 周瑜の粒子は孫仁の身体を包み込むように舞い、やがて淡く白光すると孫仁の身体に吸い寄せられていく。


 目を閉じている孫仁は分からなかったようだが、脇で見ていた玄達には一瞬目を閉じざる得ないほどの光が発せられ…


 収まったとき、孫仁の服は呉を象徴する薄青を基調とした衣に変わっていた。


 やはり漢民族の衣装で袖は振袖のように長く裾もゆったりと広がっている。


 ゆっくりと目を開けて、自分の姿を確認して袖を持ち上げた孫仁が何かに気づき思わず微笑む。


「周将軍…ありがとうございます」


 衣をかき抱くように自分を抱きしめると孫仁は震える声で呟いた。


 関羽は…


 知らぬまに膝をついた姿勢で気絶していた。


 限界を越えたようだ。


 おそらく孫仁の死闘も見届ける時間も無かっただろう。


「関羽の手…」


 玄が関羽の手に見つけたのは、虎の意匠が施された見事な青金の偃月刀だった。


「孫策…関羽が武器に苦労しているのを…汲んでくれたんだな」


「玄…なんか…嬉しいね」


 茜の声に玄は見えないと知りつつも頷く。


「確かに、戦いは残酷だったけど…でもそれだけじゃなかった。


 うまく言えないけど…私も戦っていけると思う」


「ああ、頑張ろうな…茜」


「うん…私がくじけそうになったり危なくなるような、いざという時は玄が守ってくれるんでしょ」


 茜が落ち込んでいたときに玄が言った『不良に絡まれていたら助ける』という言葉を最大限自分に都合の良いように拡大解釈した言葉だ。


 玄はそれに気づいて、顔を赤くし言い返そうと口を開きかけて思いとどまる。


 そして諦めたように小さく息を吐くと改めて口を開いた。


「ああ、お前は俺が守ってやるよ」


「え?」


「じゃあ、関羽達を休ませたいから先に出るよ」


「え?、え?」


「茜、私も今日はもう一歩も動きたくありません。もどりましょう」


「あ、はい。ぽち え?でも玄が…え?」


 関羽と典韋が消え、孫仁が消え、戸惑う声だけを残して茜の気配も消えた…



 ガサリ…


 そんな戦場後へ中洲の木立の中から現れた者がいる。


 全身を黒ずくめの衣装に包み、顔すら黒布で巻きつけ視認できるのは目元のみ。


 黒ずくめの男は足音すら立てずに戦場を一回りすると音もなくその姿を消した。


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同時連載中です。
スキルを交換する能力を持った主人公のお話です。
転生物ではないですが転生要素はあります。ケモミミの幼馴染やエルフ奴隷もでます^^
もしよければ読んでみてください
スキルトレーダー【技能交換】 ~辺境でわらしべ長者やってます~
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