断金
関羽達はなすすべもなく波に飲み込まれていった…
関羽達を飲み込んだ波は中州の沿岸部を根こそぎ洗いながら下流へと流れ去って行った。
激しく波打っていた水面も、まもなく元のように穏やかになる。
後には、水を被った木々の葉から雫が落ちるポタポタという音だけがなぜか大きく響いて聞こえる。
「かぁ~!!相変わらずえげつねぇなぁ!お前の必殺技は」
ガサリと茂みを掻き分けて中州の林から誰かが出てくる。
手に弓を持っているところを見ると、先ほど矢を射ていたのはこの漢らしい。
髪はぼさぼさで衣服も軽鎧を着崩しており、一見みすぼらしそうに見える
が、不敵に笑うその姿は闊達で陰にこもる雰囲気は皆無である。
格好こそだらしなくしているが、容姿は精悍であり身体も鍛えこまれているようだ。
漢は下流を眺めながら、遅れて出てきたもう一人の漢に笑顔を向けて言う。
「その分、溜めが長いのと使える場所が限られてるからな。使える機会はあまりない」
後から出てきた漢は同じ茂みから出てきたにも関わらす全く音を立てていない。
こちらは長い髪には綺麗に櫛が通され、衣服にも一寸の乱れもない。
なにより、その容貌は男ですら息を飲むほどに整っている。
かといって、ひ弱な印象はない。
弓の漢が熊のような強靭さを持っているとすれば容姿端麗な漢男は豹のようなしなやかさを持っている。
弓を持った漢は笑いながら、隣に並んだ漢の肩に手を回すと力強く引き寄せて髪の毛をわしゃわしゃとこねくり回した。
「ちょ、何をする!やめろ!伯符」
「おまえは~あいっ変わらず、かてぇ!
俺が誉めてやってんだから遠慮なく喜びやがれ!」
「今の言葉の中のどれが誉め言葉だ!」
「うるせぇ!俺がすげぇって言ってんだからそれでいいんだよ!」
伯符と呼ばれた漢は笑いながら髪をかき混ぜ続けて、どう考えても手櫛では元に戻らないくらいになってからようやく解放した。
「伯符!ふざけてる場合か!」
「公瑾、あれで終わったと思うか?」
乱れた髪を直そうとせわしなく手を動かしながら抗議をしようとした公瑾と呼ばれた漢が手を止めて下流を見る。
「あれで片付いた可能性はあるが…遠目にしか確認は出来ていないが…あの武、そしてあの姿は…」
「関雲長」
公瑾の言葉を遮って伯符が声を震わせながら言う。
「間違いあるまい」
公瑾の肯定の言葉に伯符は身体が震え始める。
その様子を横目で見ながら公瑾は小さく溜息をつく。
「やれやれ、また悪い癖が始まりそうだな」
「なるほど…伯符、公瑾…孫策と周瑜であったか」
「なに!」
「まさか!」
突然聞こえてきたその声に二人は同時に『振り向いて』そこにいた人物に驚愕した。
あの波に押し流されたはずの人物がまさか上流から現れるとは思っていなかったのである。
「江東の小覇王に美周郎か…たいそうな呼び名だな」
悪来に跨り、二人を高い位置から見下ろしながら関羽が湿った髯をしごく。
(今回に関してはしごくというよりは絞るといった感じだが…)
孫策 伯符
孫呉の礎を築いた3人の英傑のうちの一人。
3人の英傑とは、一人は孫策の父孫堅であり、一人は弟孫権である。
武勇に優れ、闊達な性格であったとされる。
父、孫堅の早すぎる死により若い頃は袁術の配下として雌伏の時を待つ。
やがて、時を得て一気に江東を支配下に治めて孫呉の土台を築く。
『断金の交』(=二人の友情は「断金」、つまり金属を断つほどに堅い絆で結ばれていた)と呼ばれた親友の周瑜と共に天下を取るべく意気軒昂であったが、江東平定の際の残党に襲撃を受け怪我を負う。
怪我は命に関わるものではなかったが、その後、現れた干吉という仙人を世間を惑わすものとして処刑。
その呪いにより傷が悪化して26歳の若さで死亡する。
孫策は後継に実子の孫紹ではなく弟の孫権を指名し、その補佐役として張昭と周瑜を指名した。
周瑜 公瑾
孫策の死後、君主となった孫権を補佐し全軍の指揮を任されるようになる希代の名参謀である。
また、周瑜はその容姿が端麗なことから「美周郎」とあだ名されていたとされる。
かの有名な「赤壁の戦い」においても優れた采配を取り、見事に曹軍を追い返した。
この時、自らの策を全て見透かしてくる諸葛亮を危険視し暗殺を企むも果たせず、終始ライバル視しながら対抗したが遂に敵わず病に倒れる。
臨終の際にも諸葛亮からの挑発的な書状を読み、「天はこの世に周瑜を生みながら、なぜ諸葛亮をも生んだのだ!」と血を吐いて憤死したとされる。
周喩もまた若く、わずか36歳であった。
「間違いねぇ!関羽だ…覚えてるぜ、昨日のことのように」
孫策の震えが大きくなっていく。
「俺の初陣だった董卓討伐の戦。
汜水関で猛威を奮っていたあの華雄を一刀の下に斬り捨てたあんたの姿をよ!」
漢の国を混乱に落としいれた、教祖張角による黄巾の乱が一応の収まりを見せたころ、宮中で権力を握り、都を牛耳っていたのは魔王董卓だった。
帝を傀儡とした董卓の傍若無人ぶりは、都を恐怖で覆い人々から笑顔を奪い去った。
そんな董卓を討つべしと立ち上がったのが後に魏の礎を築く曹操 孟徳であった。
彼の檄文により集まった諸侯達の連合軍は数十万に及び、董卓を討つべく都(洛陽)へと進軍。
その進路に立ちはだかったのが汜水関の関と猛将華雄であった。
華雄の勇猛ぶりは凄まじく、連合軍の武将達は次々と討ち取られ、孫策の父孫堅もあわやというところまで追い詰められた。
しかし、忠臣祖茂が身代わりになることでかろうじて難を逃れたほどである。
その華雄を当時一兵卒に過ぎなかった関羽はすれ違いざまの一刀で討ち取ってしまうのである。
「正直、当時の俺にはあの華雄はとても勝てる相手には見えなかった。
その華雄を歯牙にもかけなかった…」
「伯符!落ち着け!相手は関雲長だぞ、今までどおり連携して…」
震える孫策をなだめるように周瑜が声をかけるが孫策はその言葉を遮って叫んだ。
「滾るぜぇぇぇ!
あまりの喜びに震えが止まらねぇ!
あの時の若造だった頃とは違う!さあ、おっぱじめようぜ!」
孫策は獰猛な笑みを浮かべて剣を抜く。
「伯符!」
「わ~ってるよ!俺は俺の好きなようにやる、適当に介入してこいや!」
興奮から頭に血が上り、今にも飛び出しそうな孫策を必死になだめながら周瑜は時間を稼ぐべく関羽へと問いかける。
「関将軍、先ほどの洪水。まともに受けたように見えましたが?
どのようにしてそのようなところから」
周瑜も必ずしもあの技で終わるとは思っていなかった。
しかし、岸に上がってくるのは流された後つまり下流からだと思っていた。
あれだけの勢いの水流をこらえきることなど不可能だと考えていたのである。
「ふむ、教えてやる筋合いはないな。
それぐらいは自分で考えたらどうだ?
孔明ならすぐにでも答えに行き着くと思うが?」
「くっ!…」
関羽の挑発に周瑜が唇を噛む。
周瑜の人生において諸葛亮孔明という漢は夢の行く手に大きくたちはだかる壁であった。
そこを突かれるのは周瑜にとってはこの上も無い苦痛である。
しかし、一見して余裕を見せている関羽だが事実は違う。
孫策と周瑜、直接会って話したことはないがその名前と戦場での働きぶりは聞いている。
とても余裕を持って戦えるような相手でないことは先ほどの攻めを見ても明らかである。
そんな二人が再び連携をして攻められればさすがの関羽でも苦戦は免れない。
さらに先ほどの攻撃では少なからずダメージを受けている。
種を明かせばこうだ。
「悪来!波が被る寸前に関羽ごと水中に倒れこむんだ!一気に川底まで行けるように加減はするな!」
玄はとっさにVSを操作しながら悪来に指示を飛ばす。
「おい!そんなことしたら!」
「いいから!タイミングを見計らって一気に行くんだ、早くしないと間にあわない!俺を信じろ」
「分かったよ!」
玄の叫びが終わるか終わらないかの内に更に高さを増した大波が関羽達の真上から叩きつけるようにのしかかってきた。
悪来はその波に合わせて膝を折り、一気に横向きに倒れこんだ。
水面に落ちる寸前に何かが顔の周りを覆ったが、直後に真上から激しい圧力が襲い掛かり思わず目をつぶって息を止めた。
しかし、その衝撃の後は大きな圧力はかからず川底にねそべり、流されまいと力を入れる程度で態勢を維持出来ている。
悪来はこわごわと目を開けてみる。
泥が舞い視界は悪いが、自分が水底にいるのが分かる。
隣には関羽もいて悪来の首に捕まり、流れに耐えている。
悪来には多少の踏ん張りで耐えられる流れにも体重差がある関羽にはやや力のいる作業のようだ。
そこまで状況を把握してふと気づく。
「息が出来る…」
「二人とも大丈夫?
ちょっとダメージは受けちゃったけど、なんとかうまくいったね。
今、二人の顔の周りを関羽の水術で空気を取り込んだ泡で覆ってる。
周囲の流れに対しても気休め程度だけど流れを抑制するように術をかけてる。
どっちもレベルが違い過ぎて長くは保たないけど…」
「あれだけの水量が押し寄せた割りには水中は穏やかなのだな」
関羽が収まってきた流れにやや力を抜きながら呟く。
「自然のものと違うせいもあると思うよ、術の力を水面近くの水に作用させたんだ、きっと」
関羽達と同じ視点のため部屋が水没している玄は落ちつかない感じで天井=水面を見上げる。
「関羽の術は長くは続かない。
水量が増えてて姿を隠してくれている今のうちに上流へ向かって水底を歩くんだ。
こうしてる間にも関羽の体力は少しずつ減ってる、これから戦闘になることを考えたら長居はしない方がいい」
「うむ、良い判断だ。悪来行けるか?」
「おう、なんとか歩けそうだ」
玄の言葉に頷いた二人は流されないよう重心を低く保ちつつゆっくりと上流へ歩いていく。
やがて、ある程度上流に歩いたところで静かに中州に上陸したのである。
一息をついて辺りを見回したころ、孫策と周瑜が下流を意識しながら川べりに立っていることに気が付いた。
その時点で、関羽達にはいくつか選択肢があった。
相手の初手をなんとか凌ぎきったことで産まれたわずかなアドバンテージである。
一つはこのまま、相手をかわして中州の反対側へ回り逃げること。
一つは悪来で一気に駆け寄り、二人を一刀の下に斬り捨てること。
そして最後は…正面から打ち破ること。
逃げる選択肢はリスクが大きかった。
中州の反対側から渡河を試みても、再度同じように術を使われれば今度も凌げるとは限らない。
不意打ちの選択肢…おそらくこれを選ぶのが正解だったはずである。
相手の力量からすれば避けられる可能性はあるが、少なくとも態勢は崩せるしうまくいけば一人を戦闘不能もしくはそれに近い痛手を与えることが出来たかもしれない。
しかし、関羽も悪来もそれを良しとはしなかった。
負けられない戦いであることは関羽も十分に理解している。
それでも『無防備な背中に斬りつけるような戦いはしたくない。
それは関羽雲長の戦ではない』と、そう言った関羽を玄も信じることにしたのだ。
「こまっけぇ~ことはいいだんよ!
俺達は既にこのおっさんに一度殺されててもおかしくなかった。
そこをわざわざ声をかけてもらっといてぐだぐだ言うのはかっこわりぃぜ!公瑾」
「むぅ…確かに我らの意識は完全に下流へと向いていた」
孫策に言われて初めてその可能性に気が付いた周瑜は言葉を詰まらせる。
大局的な物事を把握して計画を立て、実行するなら自分と並ぶものはそうはいないと周瑜は自負している。
しかし、こと対人においては孫策の直感というか野性の感性には遠く及ばない。
そしてそこに人は魅かれる。
「ふ、伊達に小覇王と呼ばれていた訳ではなさそうだな」
関羽は、楽しげに笑うとゆっくりと下馬して武器を構えた。
(悪来、周瑜は頼んだぞ。戦う必要はない、玄の指示があったときだけ邪魔をすればいい。後はなるべく人語を解することを悟られるな。相手が常識に縛られていればそれは武器になる)
悪来は分かってるとばかりに小さく嘶く。
「そんな称号知らねぇよ。周りがなんと言おうが関係ねぇ!
俺は俺だ」
孫策がシャリンと小気味良い音を立てて剣を抜く。
抜き放たれた剣を見て玄はその剣は初期装備のものではないことに気が付いた。
よく、見てみれば孫策はその身に軽鎧と言えばいいのか要所を薄い金属で保護した防具をも装備している。
「関羽!…なんか、あの剣と鎧はやばい気がする。まともに打ち合わない方がいいかもしれない」
孫策が持っている剣は鞘や柄に煌びやかな装飾がされており、その刀身はガラス細工のように澄みわたって景色を写すほど磨き上げられている。
軽鎧も華美にならぬ程度に装飾が施され、布部分にも金糸銀糸でところどころ刺繍がされている。
見た目の防御力としては要所(胸、肩、小手、膝下)に薄くした板金や革を貼りつけただけに見える。
「ふん…業物には見えぬな」
「忘れたの?ここがどこだか。
まず、装備を持っている時点であれが、誰か武将が変化させられたものであることは確実。
そして、このゲームを作った人がいるなら、プレイヤーを楽しませる為にも強力な武器や防具は視覚的に楽しめるものでなきゃダメなんだ。
意味もなく華美にする可能性もあるけど、孫策がああして自身満々に構えてるんだから疑ってかかった方がいい」
玄の言葉に関羽はしばしの沈黙の後頷く。
「よかろう、まずは様子を見ていく」
関羽は無造作に距離を詰め、孫策との間合いぎりぎりで薙刀を構えた。
「へへ…やべぇぜ。
向き合って構えただけで肌がぴりぴりしやがる」
やばいと言いつつも孫策の表情は嬉しそうだ。
今の間合いはぎりぎり関羽の薙刀の間合いの外、関羽なら一歩踏み込めば孫策へ届くだろうが、孫策は2歩~3歩を詰める必要がある。
関羽は孫策から注意を逸らさずに、孫策の後ろにいる周瑜に意識を向ける。
(今のところ動く気配はなさそうだな)
相手が1対1の戦いをしてくれるなら関羽にとっては願っても無い状況である。
周瑜が戦いに参戦する前に孫策を無力化出来れば数の不利を考えないで済む。
そうとなれば、関羽は迷わない。
「ゆくぞ!」
小さく呟いた関羽は大きく一歩を踏み出し、薙刀を上段から振り下ろした。
速度も威力も申し分ないその攻撃を孫策は横に飛んでかわす。
しかし、それこそが関羽の狙いである。
振り下ろされた薙刀の威力をそのままに空中で軌道修正し、孫策が逃げた方向への横なぎの一撃に変化させたのである。
しかも、速度は振り下ろしよりも早い。
身をかわしたばかりの孫策はその動きに対応が出来ない。
「むぉ!」
「伯符!」
わざと一撃目の速度を抑えて孫策の油断を誘っての一人時間差とも言える攻撃である。
周瑜が孫策の字を叫ぶが、外からの助けが間に合うタイミングではない。
関羽の薙刀の刃部分は正確に孫策をトレースし、その胴体を真っ二つにするコースを走っている。
「こりゃ避けきれねぇ!ははは~!権!頼むぜぇ」
孫策は今にも両断されそうなこのときに高らかに笑いながら、着地と同時に関羽へと踏み込む姿勢を見せる。
「馬鹿が!血迷ったか、ふん!」
関羽はそれを見ても動きを帰る必要が無い、孫策が前に出ようと踏み込んだ瞬間に刃が孫策の胴を捕らえる。
キィィィン!
「なに?!」
胴を断ち割るはずの一撃が甲高い音と鈍い手応えを関羽に返して来た。
鎧部分は避け確実にわき腹へと斬りつけたはずの一撃だったのにである。
想定外の結果に関羽の動きが一瞬止まる。
「なんだ?今の」
完全に決まったと思った一瞬に垣間見えた不思議な光景に玄も驚きを隠せない。
しかし、二人が驚愕している暇は無かった。 関羽の一撃を凌いだ孫策が既に間合いに入り込んでいる。
孫策は長身の関羽相手ということか低い体勢から関羽の懐にもぐりこみ、一気に剣を切り上げる。
常であれば、下がってかわすところだろうが、攻撃を弾かれた驚愕に動きのテンポが遅れていた関羽はその鋭い攻撃をかわせないと判断した。
「むん!」
かわせないと判断した関羽は股間から切り上げてくる剣を後ろに身を引きながらかわしつつ手に持った薙刀を両手で水平に構えて下からの剣を上から押さえ込もうと力を込める。
スパ!
「!!」
止めたはずの剣の衝撃が全く無い。
(切られた?)
本能で武器が切られたことを理解した関羽は渾身の力でもって身体を後ろへと反らす。
「関羽!!」
玄が叫ぶ。
「く…」
後ろに倒れこむようにして身体を投げ出し、かろうじてその一撃をかわした関羽は倒れざまに孫策の身体を蹴り飛ばしていた。
そしてその勢いを使って後転して距離を取った。
孫策は蹴られて体勢を崩されたため追撃は出来なかったがダメージはない。
お互いにゆっくりと立ち上がり再び対峙する。
「邪魔な髯が少しなくなってさっぱりしたんじゃねぇか」
孫策が不敵に笑って言う。
先ほどの一撃が関羽の顎鬚の先を数センチ切り落としていたのである。
「ふ、お前が切りたかったのは髯か?
それとも儂か?」
関羽はその挑発に乗ることなく中程で断ち切られた薙刀から標準装備の剣を取り外す。
もともと槍だったものは腰の帯に2本とも差す。
「ち…確かにな。
あのタイミングで髯先のみとはな」
孫策が握った剣をくるくると回しながら忌々しげに呟く。
「関羽!見た?」
「何をだ」
「さっきの関羽の一撃を防いだものだよ」
「鎧に当たったのではないのか?」
関羽にしてみればそれしか考えられない。
確実に防具の無いわき腹を狙ったつもりだが、相手も動いている。狙い通りに当たらないことなどむしろ当たり前だ。
関羽が驚いたのは仮に鎧に当たったとしてもその衝撃で孫策を吹き飛ばせる自信があったからだ。
「鎧に当たったのは間違いない。でも…
あの鎧動いた」
そう、あの瞬間玄の角度からは胸の部分を覆っていた金属が溶け出すようにわき腹に流れ込んで関羽の武器を弾いたように見えた。
常識であれば考えられないことだが…
「何を馬鹿なことを。鎧が動くわけ無かろう」
関羽のその感想は常識に照らせばもっともである。
「でも、確かに見たんだ…」
「あ?動くぜ、これ」
玄と会話する関羽の呟きを聞いた孫策が鎧の胸部分を親指でコツコツと叩きながら何でもないことのように答える。
「伯符!!」
あっさりと秘密をばらした孫策に周瑜が非難の視線を向けるが孫策は笑ったまま手を振って周瑜を黙らせる。
「いいじゃねぇか別に。借りは早いうちに返しておいた方がいいんだよ。それにな」
終始楽しそうな表情を崩さなかった孫策が始めて真顔になる。
「親父と権、そして俺。孫呉三代の力の結晶を見せびらかして行きてぇじゃねぇか」
「伯符…」
「まさか…あの鎧が孫権であの剣が孫堅っていうこと?」
孫策の言葉に玄は驚愕した。
孫策の父、孫堅と言えば董卓討伐戦で先陣を勤めたほどの猛将であり、孫呉の礎を築いた人物であり、弟の孫権はと言えば呉の初代皇帝となり三国の中で最も長く国を守り続けた英傑である。
そんな高名な二人が武具に変化しているとなればその性能はいかばかりか。
「関羽…」
「何をうろたえておる。
どんな武具を持っていようと相手は人間。最後は鍛え上げた武が勝負を決める」
関羽は孫策の言葉に全く驚いた様子はなく、ただ静かに精神を研ぎ澄ませているように見える。
「…そうだよな。どんな相手でも負ける訳には行かないんだ、今の条件でどうやって勝つかを考えなきゃ」
関羽の後姿に勇気を得て玄は落ち着きを取り戻す。
「関羽、鎧はどうやらこちらの攻撃に合わせて勝手に変形して防御する自律型の鎧で硬度も関羽の一撃を完全に受け止める程高いみたいだ。
これをどうするかは…ごめん、今は思いつかない。
でも、考えるからそれまで時間を稼いで欲しい」
「ふん、言うようになったな。
よかろう任せておけ」
調子を取り戻した玄の声に笑みを浮かべて頷く。
「武器に関しては、そのまま標準装備の剣で戦うんだ。
孫堅が変化した剣は物凄い斬れ味だけど、その標準装備の剣は性質上破壊できないはずだから、安全に打ちあうことが出来るはずだよ」
「承知」
「孫呉三代の絆なんてくっせぇこと言うつもりはないけどよ!
あまくみてっと後悔するぜぃ!」
孫策が剣を振りかざして突進してくる。
技もなにもない力任せの突進にしか見えない。
「ふっ」
関羽は短く呼気を吐くと孫策の一撃を寸前でかわして左にに回りこみつつ右手の剣で孫策の首を払う。
ぎぃん!
孫策の肩当てから変形した鎧がその一撃に合わせて首へと移動して関羽の剣を弾く。
この鎧の変化の力は強力だが最もやっかいな能力はその衝撃吸収力である。
関羽の一撃を受けても装着者である孫策がその衝撃を全く感じていない。
関羽のように幾多の戦いを繰り返してきた武将は自分の攻撃力を無意識に理解している。
その攻撃がかわされれば相手の攻撃を遅らせられるし、受け止められたとしてもその衝撃である程度相手の行動を制限できると思っている。
当たったのに何事も無かったように動き回る相手というのは、常識的に考えてありえない。
ただでさえ攻撃の後には隙が出来るもの。
しかし、それは長い鍛錬の後にその隙を限りなく小さくすることが出来る。
関羽の隙も本来であれば自らの攻撃に対して相手が対応したことで出来る一拍で消える程度の小さいものである。
しかし、その隙が消えるまでの一拍を孫権の変化した鎧は生み出さない。
だから孫策はあえて無防備な一撃を繰り出し、反撃してきた相手の隙を万全の態勢で攻めこめる。
孫策は自分の首が落とされる寸前だったにも関わらず、楽しそうに笑いながら攻撃を出し切った後の関羽に向けて孫堅の変化した剣を、今度は洗練された技量により放つ。
「むう!」
やはり、反応が遅れる関羽はその一撃を剣で受けることは出来ない、そして剣以外のものではあの剣は受けきれない。
しかし、かわすにも態勢が悪すぎる。
関羽は胴を薙ごうとしている孫策の一撃にとっさに反応して膝を折り、重力をも利用して首を払った時の位置にある剣を握ったまま手の肘を孫策の腕に落とす。
手を攻撃することで相手の剣の軌道を反らしたのである。
それと同時に再び距離を取ろうとするが、剣の軌道を逸らしきれずに剣先が右の太ももをかする。
「む…」
一瞬赤い花が散ったかのように血がしぶくがその後も流血していく気配はない。
ただ、ライフゲージが減り関羽の着衣が斬られ傷跡だけが残る。
傷の痛みをおして更に距離を取った関羽はうかつに攻撃することの愚を悟る。
休む間を与えずにまたも無防備に突っ込んでくる孫策に対して関羽は足を止めた。
隙だらけの孫策の切込みを丁寧に剣で受け止めていく。
もともと当たったら儲けものというような大降りの攻撃である。
関羽にとって捌くだけなら造作も無い。
「…なるほど、さすがだぜ」
孫策が関羽のその待ちの体勢を見て嬉しげに笑う。
孫策の攻撃に隙を見出し攻撃すれば完璧な防御能力を誇る鎧によって自身にわずかな隙が出てしまう。
そこを突かれて反撃を受けるなら孫策の隙は隙に見せかけた罠、関羽はそう判断して受けに専念することにしたのである。
だが、あの鎧を突破する方法が無ければどれだけ防御をし続けても意味がない。
一度でも攻撃を受け損なえばあの剣によって致命的な傷を負いかねない。
それでもあえて関羽が防御を選択したのは…
「俺を信じてくれたからだ」
玄は必死に考えていた。
孫策と出会ってから、今関羽と打ち合っている最中までの全てを思い返
し、あらゆる可能性を考えていた。
おそらく周瑜は孫策の鎧の防御を破られない限りは手出しはしてこない。
なぜなら負ける可能性がない。それなら孫策の好きなようにやらせてやろうと考えるはずだ。
それは、玄の想像であったが早逝した親友が事情はどうあれ今、活き活きと戦っている。
それを止めたくはないのではないか?と。
ならば、今はあえてそちらを考えず孫策との戦いに集中すべき。
鎧を打破できる可能性を見出してから周瑜を警戒しても遅くはない。
玄が必死に考えている間に戦いの様相は変わってきた。
関羽が受けに回ってからは孫策は無謀な攻撃を繰り出さなくなった。
さっきまでの荒々しい攻撃が嘘のように剣技で関羽を攻め立てている。
「くぅ~!痺れるぜ!こっちは防御考えずに全力で攻めてんのにあたりゃし
ねぇ!」
孫策は間断なく攻撃を繰り出している。
そのどれもが剣の威力もあいまって必殺の威力がありそうだが、関羽は初期装備の剣を巧みに使って全てを受け止めている。
互いにこの攻防によることの疲労はないが、先ほどの水攻め、太ももの負傷によりライフを減らしている関羽の動きはやや精彩を欠く。
攻防が長引けば対処を誤り攻撃を受けてしまう可能性もある。
「ふむ…らちがあかんな」
幾度目かの仕切りなおしの睨み合い。
膠着した状況に関羽が呟く。
「関羽…」
「何か思いついたか?」
関羽の問いかけに見えないと知りつつも首を振る。
「…何かが、引っかかってるんだ。もう少しで何かに気づきそうなんだけど…」
苦し紛れに嘘を言っている訳ではない。
孫策と出会ってから今までの攻防で何かを忘れてる気がするのである。
「ほう…ならば少しつついてみるか」
「え?」
関羽がにやりと笑い、今度は自ら孫策へと攻撃を仕掛けて行った。
「おほっ!そうこなくっちゃ面白くないぜ」
孫策は嬉々ととして受けて立つ。
関羽の剣の攻撃を受け、払い、時には鎧で覆った手で受け止め、防御により体勢が崩れそうなときにはあえて鎧で防御する。
「へ、武神と言ってもこの程度かよ!」
得意げに攻撃を受ける孫策を関羽は相手にせず、孫策の頭、首、腕、胸、腰、脚、あらゆるところに攻撃を加えていく。
そのいずれも、鎧による防御を引き出した時点で攻めるポイントが変わっていく。
(俺に情報を提供してくれているんだ…)
玄はその意図を正確に理解していた。
(関羽は手加減って程ではないけど…力をセーブしてる。そして鎧に当てたい時だけ一瞬だけ全力を出してるんだ)
普通に全力で攻撃をすれば、鎧の防御でこちらの隙を突かれる。
だから関羽は孫策が確実に対応できる速さで攻撃を続け、孫策の反撃が出来ない体勢まで手数で誘導してから全力の一撃を繰り出している。
関羽のその技量に改めて感嘆しながら玄はありがたくその様子を目に焼き付ける。
(関羽の攻撃をたびたび鎧は変化を繰り返して防いできた…
その変化のスピード、硬さ、正確さは付け入る隙が無い。そして鎧に当てた衝撃は装着者には伝わらない…
つまり、鎧で受け止めた攻撃では孫策は体勢を崩さない…それがやっかいなんだ。
衝撃さえ伝われば鎧の上からでも打撃を加えることで少しずつダメージを与えられるのに…どうやったら衝撃を伝えられるのか…)
深く思考しながらも戦いを凝視していた玄の視界では関羽が孫策の足首を狙う一撃を繰り出したところだった。
「うお!」
踏み出した孫策の右足の着地を狙い繰り出した関羽の一閃は狙い違わず孫策の右足首を捉える、かに見えたが脛当てから変形した鎧が足首を覆う。
しかし、関羽の本当の狙いは左の軸足だったらしくそのまま右足首を打たずに左手で抜いた槍の残骸で左足首を打った。
がぃん!
「っとぉぉ!」
両足首を狙われた孫策が不安定な体勢だったためたたらを踏んで距離を取った。
左足への衝撃でバランスを崩した訳ではないが、体勢を崩した孫策を見るのは珍しい。
しかし、今の攻防とバランスを崩した孫策を見て玄の脳裏に甦った光景があった。
「あ!今…それに確か…そうだ!あの時!」
玄が叫ぶ。
「ふ、何か思いついたようだな。言ってみろ」
孫策が距離を取ったため、関羽も一息をつき距離を取っている。何かを伝えるにはいいタイミングである。
「とりあえず、気づいた事が2つ」
「ほう」
「まず一つ。今の足への攻撃、あの鎧は右足への攻撃がフェイントだって気が付かなかった」
「む…」
「そして、その結果かどうかは分からないけど左足の防御のための変化が若干遅れた気がする。
それは多分、右足の変化を解除してからの変化だったから」
「…なるほど。もう一つは?」
「あの衝撃を通さない鎧を着ている孫策がバランスを崩したことが一回だけある。
今みたいに自分で体勢を崩したんじゃなく関羽の攻撃で」
玄の言葉に関羽は孫策との立会いを思い返す。
「最初のぶつかりあいのときか」
「そう!関羽が薙刀の柄を斬られて、攻撃をかわす時に放った蹴りの時。鎧は作動しなかった」
「ということは?」
「いくつか考えられるけど…
あの鎧は武器による攻撃にのみ反応する。
とか、
致命傷にならない攻撃には反応しない。
とか…もしくは」
「鎧は不意打ちには反応できない…だな」
「うん、多分それが正解だと思う」
玄が思いついた鎧の性質は2つ。
変化は一箇所のみ。
鎧には人のような意思がある。
だからフェイントにも引っかかるし、関羽の思いもかけないような体勢からの蹴りにも対応し切れなかった。
弱い蹴りに反応しなったという可能性もあるが、『弱い』や『蹴り』を自動的に判断できるとは思えない。
では意思があると仮定すると、攻撃によってはあえて無視したという可能性も残るが、あの場面では蹴りを防いでおけば孫策が決定的な追撃をすることが出来たはずであることを思えば無視したというよりも反応できなかったというべきではないだろうか。
それに、あの鎧がもともと孫権という一人の人間だったことを考えれば意思があると考えた方がしっくりくる。
「一人ではなく二人を相手にしていると思えば良い。そういうことだな」
玄は「ん」と頷く。
「玄、良い洞察だった。ここからは我の仕事だ。後は任せておけ」
「え?」
関羽の誉め言葉に思わず声を漏らす。
「なんだ?我が信用できないのか?」
関羽が含み笑いをしながら問い返す。
「いやいやいや!そんな訳ない。
こと戦闘において俺が心配することなんて何もないよ」
玄は慌てて首を振り力強く答える。
「ふ、では参るとしよう」
「うん、反撃開始だ」
「伯符、楽しむのもその辺にしたらどうだ」
孫策の後ろで腕を組んで戦況を見つめていた周瑜が声をかける。
「なぁ~に野暮なこと言ってんだよ。これからじゃねぇか。
すげぇぜ関羽は、こんだけ装備面で圧倒してるのに攻めきれねぇんだからよ」
孫策はどこまでも楽しそうだ。
「苦言を呈すが…今のまま打ち合ってもお前が関羽に決定的な一撃を加えることはできそうもないように見えるが?」
「っか~!言うねぇ!
俺にそんな舐めた口きくのはお前くらいだぜ公瑾」
「真面目に聞け!
そろそろ我らの操者も痺れを切らすころだぞ」
周瑜が虚空を見つめながら告げる。
「ちっ、おい!奈津に沙耶!
俺達の戦いにちゃちゃ入れるんじゃねぇぞ!これからがいいところなんだからよ」
孫策が虚空に向かって叫ぶ。
『……』『…』『……』
「あ~うるせぇ!うるせぇ!どうして女の声ってのはこうキンキンと響くかねぇ。
奈津!お前も沙耶みてぇに大人しく見てりゃいいんだよ!」
周瑜は緊張感無く言い争いを始めた親友の姿にこめかみを押さえながら溜息をつく。
(それにしてもさっきの攻防…明らかに何かを探っていた。問題はその答えが出たのかだが…
場合によっては伯符の怒りを買ってでも介入せねばなるまい)
周瑜が密かな決意を固めた頃、同じように何かを話し合っていた関羽が武器を構えなおすのが見えた。
「伯符!ふざけるのはそこまでにしろ。来るぞ」
「っと、了解了解」
こちらに向き直り構えた孫策に向かって、関羽が静かに告げる。
「様子見は終わりだ」
ぶわっ
と何かが膨れ上がるような気配が玄にまで感じられる。
「うお!す、すげぇ闘気だぜ…ほんとに今までが様子見だったって言うのかよ…」
孫策の表情から始めて余裕が消える。
「馬鹿な…伯符を相手に…手を抜いていたというのか」
周瑜の表情も驚愕に彩られている。
「手など抜いてはいない。
『今度は倒す』という気構えの差だ」
関羽は落ち着いた声で言うと無造作に間合いを詰めていく。
「く…」
孫策は近づいてくる関羽の気に飲まれて硬直してしまう。
「伯符!」
「…っのぉ!らぁぁ!」
硬直していた孫策は周瑜のひと声で我に返り体中に気合を入れることで呪縛から解き放たれる。
「なめんな!おらぁ!」
自分が一瞬とは言え恐怖めいたものに飲まれたという事実に激しい怒りと屈辱が湧き上がった孫策は、関羽が間合いに入るのを待たずに自ら斬りかかっていく。
「伯符!」
周瑜の叫びも、何かを払拭しようとする孫策には届かない。
関羽はがむしゃらに斬りかかってくる孫策の切り下ろしを自らの剣で綺麗に受け流すと、剣を返して孫策の首を薙ぐ。
キィィン!
「馬鹿が!そんな攻撃は俺には効かねぇ!」
したたかに地面を斬りつけた自分の剣を振り上げようと腕に力を込める。
「ふん…若いな」
「なんだと!うっ…」
関羽の冷笑に反論しようとした孫策の動きが止まる。
「いつの間に…」
関羽が孫策の首に右手で剣を当てたまま、左手に持った半分になった槍の切断面を孫策の鳩尾にぴったりとつけている。
「お前の鎧はこれで役にたたんぞ。
首の変化を解けば首が落ちる。
仮に同時に変化が出来たとしても、こうもぴったりと密着した武器との隙間に入ることは出来んし、入らせる猶予も与えるつもりはない」
「く…だが、そんなに密着した状態から攻撃なんて出せんのかよ」
孫策が慎重に隙を窺いながら剣を振るタイミングを測りながら言う。
「だから若いと言うのだ…
若くして死んだお前とは積み上げてきた武が違う!ふん!」
関羽の左腕が膨れ上がった(玄にはそう見えた)次の瞬間孫策は悲鳴を上げる暇もなく吹っ飛んでいた。
「伯符!」
「凄い…零距離からの発勁?」
玄のメディアからの知識では発勁という言葉しか思いつかなかったが、関羽にしてみれば長い鍛錬のもとに身につけた技の一つに過ぎない。
どのような理屈でどのように放つかは問題ではない。
そういうことが出来るということを関羽が知っている。関羽にとってはそれだけのことである。
そして、鎧に対する攻め方も完璧だった。
孫策の態勢を崩し、剣の攻撃をあえて鎧に受けさせる。
そして、変化を維持させたままの第2撃。
槍の穂先を使わなかったのは、鎧の変化が刃等に反応するものじゃないことを確認するため。
あえて密着させてからの攻撃にしたのは2箇所以上の変化が可能かどうかの確認と密着状態からの攻撃を鎧が防げるかどうかの確認。
そしてこれで鎧の能力はほとんど解き明かされた。
「……かっ…は…」
身体がくの字に折り曲がったまま数メートルを吹っ飛ばされた孫策は天を仰いだまま鳩尾を押さえ、ままならない呼吸を必死に繰り返していた。
「大丈夫か!伯符」
駆け寄った周瑜が孫策の背中を支え抱き起こそうとする。
「……ん…な」
「無理をするな!伯符」
「触わんなっってんだ公瑾!」
周瑜の手を振り払い、よろめきながら身体を起こした孫策は獣のような目で関羽を睨みつける。
「気に喰わねぇ…俺を若造と言い、余裕ぶった態度が気に喰わねぇんだよ!!
目にもの見せてやらぁ!『虎身!』」
叫んだ孫策の身体が淡い光を帯びるに当たって周瑜が叫んだ。
「奈津!伯符を止めろ!」
『…!』
「ぐ!…公瑾!て、めぇ」
関羽に飛びかかろうと身をかがめた孫策の動きが不自然に固まる。
周瑜の言葉に孫策のプレイヤーが操作で介入したのであろう。
介入させた周瑜に向かって歯をむき出す孫策に周瑜はゆっくりと近づいていく。
パシンッ!
「いい加減頭を冷やせ伯符。だから若いと言われるのだ…」
孫策の左頬に強烈な平手をお見舞いして静かに周瑜が言う。
「…っつ……公瑾…」
「なんのために私がいるのだ。
お前一人でなんとかならないものをなんとかするために私がいるのではないのか?
お前はまた!私にお前を失う痛みを負わせるつもりか!」
「…」
「…一騎討ちに拘りたいお前の気持ちも分かる。
だが、それ以上に我らは負ける訳にはいかんのだ…
お前自ら孫堅公と孫権公を手にかけたのを忘れたのか?
敗れたのちも笑ってお前の力になってくれた二人の気持をお前の意地で無
にするつもりか!」
周瑜の言葉に孫策の目が理性の光を取り戻す。
周瑜はそれを見て空に向かって手を上げる。
と、同時に孫策の束縛が解かれた。
「…わりぃ…良いの1発もらって血がのぼっちまった」
孫策が申し訳なさそうに頭をかく。
「分かってくれたのならよい。
伯符よ…まずは認めよう」
「あ?」
「関雲長は我々が個々にかかったのでは敵わない可能性が高いことを」
「ちょっと待てよ!」
「分かっている!
戦に絶対などないことも、伯符の力や私の知を以ってすれば勝てる可能性があるということもだ!」
周瑜は見かけからはあまり想像もつかないような荒々しい声で叫ぶ。
「それでもだ!
それでも…そこから始めなくては。これは我らの気持ちの問題なのだ伯符。
つまらぬ自負に拘り、戦局を誤らないようにするためのな…」
苦渋の声を出す周瑜の様子に孫策も頷く。
「そうだったな…お前は俺よりも負けず嫌いだったよな」
「ふん、お前ほどではないぞ」
二人の間の空気が束の間だけ緩む。
「分かった、認めるぜ。悔しいが関羽は俺よりつえぇ!」
「…すまん」
「いいってことよ!
確かに先制攻撃にでかいのかまして、装備で圧倒しておいてそれでもこの劣勢だ。
冷静に考えればそのとおりさ」
孫策は剣の腹で肩を叩きながらさばさばと言う。
視線は関羽から外していないが、向こうも今のところ追撃してくる気配はない。
「ああ、そうだな。
その優勢な関羽が何故今追撃して来ないか分かるか?」
「俺がつえぇから!」
「違う!…伯符、本当に分かってるのか?」
孫策の言葉に思い切り脱力した周瑜が呆れた声を出す。
「ち、わ~ってるよ。あちらさんは俺が使った必殺技を警戒してるんだろ」
「そうだ。お前が勢いで使った『虎身』を警戒しているんだ。そこでだ…」




