第4話
青年は船頭で海を眺めて居た。その表情には悔やみの様な、屈辱感の様な、そんないたたまれない感情が映っていた。
「悔しいですか?」
私は単刀直入過ぎる言葉をかけた。青年がそう思うのは明らかに解る。それでも、何故か聴かなければ行けない気がしてならなかった。
「…………あの男は、“神の星の国”の第二市族の武長だ。噂じゃ、市族長の座も狙ってるらしい。口も達者で武闘にも優れてる。まともに争って勝てる相手じゃない」
それに、と、青年は溜息と呆れ混じりに言った。
「“神の星の国”の奴等は、みんな俺等“離島の国”の国民を見下していやがる。この船に居る大半の奴は“神の星の国”の者だからな」
敢えて結論を言わなかったのは、青年の自責の念の表れだろうか。
「……私は、殺してやりたいと思いました」
「え?」
重い、苦い、とても掬い上げられない、泥の様な感情が、私の声に重石の如くのしかかる。
「強者がすべきなのは弱者を喰らうことじゃない。
恣意でも、弱者を保護する為に、強者は敬われるべきなのに」
何故、私がこんな苦しまなければならないのか。苦しいのは青年ではないのか。何故、青年は冷静でいられるのか。
「どうして、こんなに凶暴な心が覗くのか、自分でも解らないです。でも、貴方の思いは間違っていないと、確信できます」
青年は、黙って私の論説を聴いていた。優しさの中に、冷たい厳しさを混ぜた様な瞳で。
「…そうか。ありがとう。でも、俺は弱い。君みたいに強い人が、事を上手く大きく変えてくれるのを、ただ見ているだけの傍観者さ」
虚ろな眼で、彼は微笑んだ。
「君みたいな人がまだ国に居たとはね。嬉しいよ。大方、あっちに出稼ぎにでも行くんだろう?」
目にした時からだが、不思議な青年だと思った。妙に飄々としている様で、人を寄せ付け難い。
「“神の星の国”は“離島の国”を明らかに格下に見ている。気を付けてね」
「……あぁ…はい…………」
あなたも、と言おうとして、無意識に躊躇ってしまったのは、私の未熟さだろうか。
「想像以上にキツイねぇ……まぁ、獲物の正体を掴めていない時点で、既に鬼畜な計画かな」
成人の儀、なんてモノが形だけなのは解っている。昔の王様が遺言で残したのが、私が遂行すべき計画そのもの。新米でもない私には、重過ぎる荷だ。
「第一、“天使の王子様”なんて、本当に居る訳?今時の幼子でも信じないよ、そんな御伽噺みたいなの」
でも、そうまでしないと、急激な“神の星の国”の繁栄は説明がつかないのだろう。時の国の上層部の方々は、さぞ苦労しただろうに。……まぁ、そんな苦労なんて気にならない程、暮らしが豊かになっていったから、誰一人文句を言わず、皆がよく働くのだろう。
いつのまにか、風が弱まり始めていて、“神の星の国”は、もう目前に迫ってた。
つづく