第2話
目指す“神の星の国”までは10日程の船旅だ。
夕日の温もりを浴びながら、船尾楼に居る人々は互いの話に花を咲かせていた。
貨物船にも関わらず、たくさんの人で溢れている船内。私の母国である“離島の国”は貧しく、他国へ密入国する者が多い。
領土が海に囲まれているため、移動は専ら船だ。普通の客船では検問に引っ掛かってしまうからと、貨物船を利用して密航する者が後を絶たない。
「おねーちゃん!おねーちゃん!」
「どうしたの?…わっ可愛い!」
十歳にも満たぬ女の子が持っていたのは、真っ黒い仔猫だった。
「でしょー!お家で飼ってたの!でもお母さんが置いていけって…だからこっそり持ってきたんだ……」
「えっ?じゃあ持ってたらバレちゃうんじゃない?」
女の子は俯いて、そうなのと悲しげに言った。
「ばれたら海に捨てられるぞってお兄ちゃんが言っててね…………どうしよう…………」
少女の話を聞いて、自分の幼い頃を思い出した。
四歳位の時、巣から落ちた鳶の雛を弓の練習の最中に見附け、こっそり世話をしていた。しかし、学舎(民族の子供達が学びに来る学校)の友達に見せようと連れ出したら、鞄に偲ばせておいた籠から脱走して教導士のラファーゴ先生の髪の毛を引っ張ってしまった。その鳶は当然山に離されてしまったが、私はそれから毎日山に鳶に会いに行った。お陰で口笛を吹けばいつでも私の元へ飛んできてくれる迄になつき、今も私の乗る船の上空を飛んでいるだろう。
だから、目の前の女の子の気持ちは、とてもよく分かる。
「…………じゃあ、港に着くまでお姉ちゃんが預かってあげよっか?」
些か出過ぎた真似かという懸念はあったが、それが最良の方法だと思った。こういった密入国者を乗せる船には、どんな奴が乗っているか解ったモノではない。下手に逃がしたりしては、面白がって身勝手にモノを壊したりする狂った連中が仔猫を殺して仕舞いかねない。
「本当!?……じゃ、お願いします…。またね、チル」
少女は目を輝かせた。だが、その瞳には少し寂しい様な、不安な感情も添っていた。
「うん。任せて。お名前聞いてもいいかな?」
「ミカル!ハリハル・ミカルって云うの!」
その苗字には聞き覚えがあった。でも、上手く思い出せず、思考は寸での所で止まった。
「ミカルちゃんね。よろしく!私はカスタリア・ジン。何かあったらいつでも話かけてね」
少女は嬉しげに、うん!と言い、倉合に駆けていった。
腕の中の暖かい命の鼓動を感じながら、海の向こうに思いを馳せた。
何故、私達はこんなにも苦しまなければならないのか。
何故、毎日食べる事の為だけに、命と身を削り、仲間や親族、友人の亡骸を踏みながら生きねばならない?
何故、神は裏切りの天使を愛したのか。
私が取り返して魅せる。
祖国の栄華を、誇りを、富を。
当たりは薄暗くなり、月が煌々と海面を照らし始めていた。
つづく