第9話「討伐前の準備」(挿し絵あり)
俺達は宿屋の食堂で朝食を食べながら、鬼討伐の準備について話し合っていた。
「とりあえず武器は必要だと思うんだ」
サラマンダーとの戦いで、俺の槍は壊れ、イーリスの槍は熔けて消滅してしまった。
コハクが槍に変身できるとはいえ、何があるかわからないし、二人分の槍は揃えておくべきだろう。
「私は服を買いたいです、またトロルに間違われても困りますから」
この村に来た時のような事がまたあっても困るし、イーリスには人間の服を着てもらったほうがいいだろう。
「それじゃあ、まずはイーリスの服を買いに行こう」
「そういえば、この村で服を売ってる店ってどこなんでしょう?」
「それなら、雑貨屋に行くといい」
声のした方を振り向くと、シズクが立っていた。
「シズクさん、おはようございます」
「ああ、おはよう……イブキもおはよう」
「おはよう」
数時間前まで一緒にいたせいか、なんだか挨拶するのも変な感じがする。
「ピィピィ」
コハクも「おはよう」と言っているようだ。
「ふふっ、キミもおはよう」
シズクは優しい笑みを浮かべて、コハクにも挨拶をする。
「それで、雑貨屋に行けばいいんですか?」
「ああ、この村にある店は雑貨屋だけだからね、必要な物があるならそこで揃えるといい」
「私の着れるサイズの服があればいいんですけど」
今のイーリスの体型は、トロルとほとんど変わらない。
そんなイーリスが着れるサイズの服が、人間の雑貨屋に売っているかは正直わからない。
「鬼の討伐は明日の早朝に出発しようと思ってる、それまでに準備を済ませてほしい」
「鬼ってどこにいるんだ?」
そういえば、どこに鬼がいるとか聞いてなかった。
「ここから東の森の洞窟に住みついているらしい」
「この村に来た時に戦うのではなく、こちらから攻めるんですか?」
「ああ、村の中で戦えば被害が出る可能性が高い、だから鬼が来る前にこちらから攻めようと思う」
「なるほど、確かにそうですね」
確かにそっちの方が、他の事を気にせず戦えそうだ。
「他に何かあるかい?」
「一緒にパーティーを組むなら、出発前に作戦等も話し合っておきませんか?」
「そうだね……それじゃあ改めて自己紹介と一緒に、お互いの扱う武器や魔法について話しておこう」
そういえば、俺はシズクがどんな戦い方するのか全然知らない。
一緒に戦うなら、そういうことも知っておくべきだろう。
「わかりました」
「それでは、ワタシから紹介しよう……ワタシはシズク・コノハ、冒険者の符術師だ、扱える武器は無いが格闘術を習っていたことがあるので、前衛でもそれなりに戦えるだろう」
符術師というのは聞いた事がないが、いったいどんな能力を持っているのだろうか?
「符術師とは珍しいですね、やっぱりシズクさんは他の国の人間なんですか?」
「まあ、そんなところだ」
質問してきたイーリスに対して、シズクはそう答える。
本当はアビスフレイム出身の鬼人だ、なんて言うわけにもいかないしな……。
「それで符術師っていうのは、どんな能力を持ってるんだ?」
「名前の通り、符術と呼ばれる術を使うのだが……簡単に説明すると、符と呼ばれる札に魔力を込めて使う魔法のようなものだ」
シズクはそう言うと、着ている服の長い袖から、長方形に切られた札を出した。
「この札に魔力を込めることで、術を発動するんだ」
「ただの紙切れにしか見えないけど……」
こんな紙切れで、本当に戦えるんだろうか?
「なら試してみようか」
シズクは俺の額に一枚の札を貼り付けてくる。
すると、急に体が重く感じる。
「なんだこれ!?急に体が重くなったぞ」
動けないほどではないが、背中に大きな石でも背負っているような感覚だ。
「符術はこうやって相手の動きを鈍らせて妨害することができる、他にも敵の攻撃を防いだり、逆に攻撃することも可能だ」
シズクが俺の額から札を外すと、体の重みが消えた。
「ただの紙切れじゃないってことは、わかったよ」
とりあえず俺で試すのは、やめてほしい。
「それじゃあ次は、キミ達の事を改めて教えてもらえるかな?」
「では、私が先に紹介しますね……私は、イーリス・アル……」
そこまで言って、イーリスは話すのを止める。
「どうしたんだい?」
「いえ、ちょっとご飯が喉に詰まってしまって……ごくごく、もう大丈夫です」
イーリスはテーブルにあったコップの水を飲むと、改めて自己紹介を始める。
「私はイーリス・アルトリア、竜騎士を目指しています、得意な武器は槍ですが、前の戦闘で壊れてしまって今は武器がありません、魔法に関しては下級の治癒魔法、下級の水属性魔法が使えます」
どうやら王女だとバレないように、偽名を使う事にしたようだ。
「それではイブキ、次をお願いします」
「わかった……俺はイブキ・ユーフレット、イーリスと同じく竜騎士を目指してる、得意な武器は槍だけど、イーリスと同じで今は武器が無い、あと魔法は使えない」
二人の真似をしてみたが、自己紹介ってこんな感じでいいんだろうか?
「ピィピィ!!」
自分も紹介して欲しいのか、コハクが俺の頭の上に乗ってくる。
「こいつはコハク、俺とイーリスの契約したドラゴンで、槍に変身できるんだ」
「ピィピィ♪」
「武器に変身するというのは珍しいけど、それよりもドラゴンと契約できるのは一人だけのはずだが?」
シズクは、俺とイーリスがコハクと同時契約していることが気になったようだ。
「それについては、私が説明しますね」
イーリスは、自分が王女だということを隠して、心竜の森であったことを簡単に説明した。
「つまり卵の時に、同時に契約を呼びかけたらそうなったと……」
「私とイブキの手には、契約の証があるので間違いないと思います」
イーリスが右手の証をシズクに見せたので、俺も左手の証を見せる。
「契約の証を見せられたら、信じない訳にはいかないね」
証の効果は絶大のようだ。
「それじゃあ次は、パーティーの役割を決めようか」
役割か……まあ俺は前に出て戦うことしかできないから、前衛だろうけど。
「三人しかいないので、魔法の使えないイブキが前衛、符術師のワタシが中衛、治癒魔法と水属性魔法を使えるイーリスが後衛でサポートする……という感じでどうだろう?」
予想通り、俺は前衛だった。
「俺は、それでいいと思うぞ」
イーリスは素早い動きができないので、後衛からサポートしてもらったほうが俺も安心して戦える。
「イブキだけを前衛にするなら、私も前衛に回ったほうが……」
おそらくイーリスは、サラマンダーと戦った時に、俺が無茶をしたのを気にしているのだろう。
「回復役はパーティーにとって重要な役割だ、前衛は後衛のサポートがあるからこそ安心して戦えるんだ、それを忘れてはいけないよ」
シズクは冒険者なだけあって、パーティーの事をわかっているようだ。
「そうですね、すみません……」
自分が間違っていた事に気づいたのか、イーリスはしょんぼりして俯く。
「イブキの事が心配なら、イーリスが後衛からしっかりサポートしてやればいい」
「わ、私は、別にイブキだけが心配な訳では……」
イーリスは、なぜか顔を赤くして否定する。
「それにワタシもできる限りの事をするつもりだ、イブキだけに無理をさせるつもりはない……もちろん、イーリスだけに無理をさせるつもりもないよ」
「……年下にそんな風に言われたら、私も駄々をこねてる訳にはいきませんね」
そう言って、イーリスは顔を上げる。
「言っておくけど、ワタシは24だよ」
「えっーーーーーー!?」
シズクの発言に、イーリスが驚いて大声を上げる。
24歳ってことは、俺より9歳上か……。
「ほ、本当に24歳なんですか?」
シズクは、どう見ても俺と同い年くらいにしか見えない。
「ああ、なぜかよく年下に間違われるんだが……やはり胸が無いせいか」
たぶん、そこじゃない。
「ごめんなさい、ずっと年下だと思ってました!!」
「俺も同い年くらいだと、思ってたよ」
「別にかまわないさ……年上だからといって偉いわけじゃない、あまり年齢の事は気にしないでくれ」
本人は、そんなに気にしていないようだ。
「そういえば、イーリスは何歳なんだ?」
俺より年上だとは思うけど、少し気になったので聞いてみる。
「私は17歳です」
「ってことは、俺より二つ上か」
「うふふ……もしかして、もっと上に見えましたか?」
イーリスの笑顔が、なんだか怖い。
「ふふっ、二人とも若いね……」
「シズクさんも、十分若いですよ」
「ワタシとしては、年齢より胸の方が気になって……いやなんでもない」
女性というのは、いろいろと気になる所が多いようだ。
「えっと、それじゃあパーティーの役割は、これでいいんだな?」
脱線しそうになっていた話を戻す。
「はい、問題ありません」
イーリスは、納得してくれたようだ。
「では役割も決まったし、キミ達は雑貨屋で装備を整えた方がいいだろう」
確かにイーリスの服や武器等、いろいろと買う物がありそうだ。
「シズクは、この後どうするんだ?」
「ワタシも、討伐のための準備をしようと思っている」
「じゃあ、シズクも一緒に雑貨屋に行かないか?」
パーティーを組むなら、シズクも一緒に来てもらった方がいい気がする。
「そうですね、必要な道具や武器を買うなら、冒険者のシズクさんの意見も聞きたいです」
「わかった、ワタシも買いたい物があるから一緒に行こう」
朝食を終えた俺達は、シズクに案内されて村の雑貨屋へやって来た。
雑貨屋の中には食材から武器まで、いろいろな物が置いてあり、衣服や薬なんかも置いてあった。
「武器は売ってるけど、やっぱり種類は少ないな」
村では武器を買う人がいないのか、剣と槍と斧が二本ずつ売っているだけだった。
「キミ達は槍を使うんだったね……まあ二本しか売ってないから選ぶ必要は無いか」
「仕方ないですね、これを買いましょう」
仕方なく、鉄で作られた二本の槍を購入する。
それでもトロルの村の槍よりも丈夫そうだ。
「後は、イーリスの服も買わないとな」
このままトロルの服を着ていたら、別の村や町に行った時に、また間違われるかもしれない。
「すみません、私でも着れるサイズの服はありませんか?」
「うーん、お客さんが着れそうな服は、ちょっとないですね」
やっぱり200キロ近い巨体のイーリスが着れる服は、この村にはないようだ。
「そ、そうですか……」
イーリスは、すごく残念そうな顔をしていた。
なんとかしてあげたいが、俺にはどうすることもできない。
「それなら、この店で売っている一番大きいサイズの服を見せてくれないか」
隣にいたシズクが突然、そんな事を言い出す。
「いいですけど、お客さんの体型では着るのは難しいと思いますよ?」
「構わない」
シズクは、いったい何をするつもりなんだろうか?
「シズクさん?」
「まずは、見てみようじゃないか」
シズクには、何か考えがあるようだ。
「では、こちらが特大サイズになります」
店員が持ってきたのは、かなりサイズが大きい地味な服とズボンだった。
シズクはそれを手に取ると、イーリスの体に当てる。
「ふむ……見た目は地味だが、仕立て直せば着れない事もなさそうだね」
「本当ですか?」
イーリスが、シズクに期待の眼差しを向ける。
もしかして、シズクは裁縫ができるのだろうか?
「だけど、お腹回りだけはどうにもならないから、そこは我慢してもらう事になる」
イーリスのでっぷりとした大きなお腹を覆い隠すのは、確かにこの服では無理そうだ。
「わかりました、お願いします」
「では、この服は買っていこう」
シズクはお金を払うと、服を受け取る。
「あっ、お金は私が……」
「たいした額ではないから、気にする必要はないよ」
特大サイズの服なので、それなりの値段はしていたはずだ。
「ですが、そこまでしてもらうのは……」
「なら、イーリスが竜騎士になった時にでも返してくれればいいよ、王都に行くなら今は節約するべきだ」
おそらくシズクは、本気で返してもらうつもりなんて無いのだろう。
「ありがとうございます、その時は必ずお返しします」
「それでは、他に必要な物を買ったら宿に戻ろう」
その後、買い物を終えた俺達は、宿へと戻った。
■
宿に戻った私は、シズクさんの仕立て直しが終わるのを、自分の部屋で待っていた。
イブキは村を散歩してくると言って、コハクを連れて部屋を出て行ったので今はいない。
「私の体でも着れるといいんですけど……」
私は、新しい服の事が気になっていた。
トロルの服も着心地は悪くないのだが、やっぱり人間の服を着たい。
この村に来た時に、トロルに間違われて酷い事を言われたのは、本当はすごくショックだった。
だけど、それを表に出したらきっと泣いてしまうから……。
イブキには、余計な心配をかけたくない。
「もっと強くならないと……」
その時、扉をノックする音が聞こえてくる。
「はい、今開けます」
扉を開けると、大きな服とズボンを持ったシズクさんが立っていた。
「仕立て直しが終わったよ」
「お疲れ様です、それでは中に入ってください」
私はシズクさんを部屋に招き入れる。
「イブキはいないんだね」
「はい、コハクと一緒に出かけています」
「そうか……それでは、これを受け取ってくれ」
シズクさんから、大きな服とズボンを受け取る。
「ありがとうございます」
「無駄な布地が多かったから、サイズを大きくする事はできたと思う」
服を広げてみたが、特に違和感は感じない。
むしろ前よりも、見た目が綺麗になった気がする。
「シズクさんって裁縫が得意なんですね」
「昔、妹の服を作ったりしていたからね」
「シズクさんにも妹がいるんですか?」
自分にも妹がいるので、急に親近感が沸いてくる。
「ああ……妹がかわいい服を着たいっていうから、ワタシが作ってやっていたんだ……ワタシ自身はそういうのに興味が無いんだけどね」
シズクさんの見た目なら、かわいい服も似合いそうな気がする。
でも年上にそんなことを言うのは失礼な気がするので、黙っておく。
「シズクさんって、妹さんには甘いんですね」
妹のために服を作るなんて、よっぽど大事にしていたんだろう。
「ふふっ、そうかもしれないね……」
シズクさんの笑顔が、なぜか少し寂しそうに見えた。
私は、昨日から気になっていた事を聞いてみることにした。
「あの……シズクさんは、どうして鬼を退治しようとしてるんですか?」
ギルドの依頼も受けず、個人で鬼を倒そうとするなんて普通ではありえない。
「自分の目的のためだ」
「目的ってなんですか?」
「ワタシは、とある鬼を探している……」
シズクさんが探してる鬼って、いったいどんな鬼なのだろうか?
もしかして、私と同じ……。
「その鬼って……」
「そろそろイブキが戻ってくるかもしれない、早く着替えた方がいいだろう」
シズクさんは、私から視線を逸らし後ろを向く。
どうやら、これ以上話すつもりは無いようだ。
気になるけど、今は聞かないほうがいいだろう。
「すみません、すぐに着替えます」
私はトロルの服を脱いで、シズクさんが仕立て直してくれた服を着てみる。
こんな地味な服は今まで着たこと無かったが、それでもトロルの服よりかはマシだ。
「キツイ……」
とりあえず着ることはできたが、腕や足が太すぎて袖や裾が捲れあがってしまう。
そして一番問題なのが、贅肉がたっぷりついた大きなお腹が丸出しになってしまうことだ。
これはかなり恥ずかしい……トロルの服も露出はあったが、お腹はちゃんと隠れていた。
「恥ずかしいし……やっぱり地味かな」
鏡に映る自分の姿を見ながら、そう呟く。
他の人が見たら、そんな体型で何を言ってるんだと思われるだろうが、それでも私だって女なのだ。
気になる人の前では、少しでもかわいいと思ってもらえる格好をしたい。
「ふむ……少し待っていてほしい」
「シズクさん?」
シズクさんは、私を残して部屋から出ると、五分くらいで戻ってきた。
「即席だが、これを付けてみてくれ」
そう言って、シズクさんから渡されたのは白い頭巾とエプロンだった。
「これは?」
「宿屋の店員から譲ってもらった物だよ、エプロンを着ければ少しはお腹も隠せると思ってね……頭巾は、エプロンとセットで着けたら似合うと思ったんだ」
シズクさんは、私がお腹や地味さを気にしている事に気づいて、わざわざ持ってきてくれたようだ。
「ありがとうございます、さっそく着けてみますね」
シズクさんに感謝しつつ、エプロンを広げて着けてみる。
「えーと……」
お腹が大きすぎて、全然隠し切れなかった。
「すまない、もう少し大きな物を用意するべきだった」
シズクさんは、申し訳なさそうな顔をしている。
「いえ、それでも前よりは良くなったと思います」
せっかく持ってきてもらったので、頭に頭巾を巻いてみる。
なんだか、村娘っぽくなった気がする。
これならトロルに間違われることはないだろう。
「トロルから村娘にレベルアップですね」
王女に戻れる日は、まだ遠そうだ……。
その時、廊下から物音が聞こえてくる。
「ただいまー」
「ピィピィ」
部屋の扉が開いてイブキとコハクが帰ってきた。
「ふ、二人ともおかえりなさい」
イブキに今の姿を見られてると思うと、なんだか緊張してしまう。
「あっ、イーリス、新しい服に着替えたんだな」
「はい、どうですか?」
イブキに変だと思われていないか、不安になってくる。
「すごくかわいいと思うぞ」
「ほ、本当ですか?」
「うん、なんだか優しい感じがして、俺は好きだな」
イブキのその言葉で、顔が急に熱くなっていく……。
きっと今、私の顔は真っ赤になっているだろう。
「そ、そうですか……ありがとうございます」
冷静な振りをして、なんとかお礼を言う。
「ピィピィ♪」
コハクも、似合ってると言ってくれてるような気がする。
「うふふ、コハクもありがとう」
コハクの頭に手を乗せて、優しく撫でる。
「ふふっ、良かったねイーリス……」
シズクさんは、そんな私達を優しい目で見ていた。