第8話「シズクの秘密」(挿し絵あり)
目を覚ますと、そこはベットの上だった。
「あれ、いつの間にか眠ってたのか……」
部屋の中を見回すと、隣のベットでイーリスが眠っていた。
コハクは、イーリスの大きなお腹の上で気持ちよさそうに眠っている。
部屋の時計を見ると、午前二時を少し過ぎたくらいだった。
「確か、食堂で飯を食ってから部屋に戻って……」
部屋に戻って、すぐに眠ってしまったらしい。
いろいろあったから、疲れていたのかもしれない。
「トイレ行こう……」
俺は、イーリス達を起こさないように、そっと部屋から出る。
トイレで用を済ませ、部屋に戻る途中の廊下で、宿屋の店員に出会う。
「お客さん、まだ起きてたんですか?」
「ああ、早く寝たせいで目が覚めて……」
俺がそう言うと、店員はにっこり微笑み。
「それなら、露天風呂に入ってきてはどうですか?」
「露天風呂?」
「はい、外にあるお風呂です」
昔、村長に連れられて、亜人の里の山奥にある温泉に行ったことがある。
あれみたいなモノだろうか?
「この宿には露天風呂があるんです、あまり大きくはないですが……今日はお客さんも3人だけですし、この時間なら誰にも気にせず一人で入れると思いますよ」
汗もかいてるし、入ってみるのもいいかもしれない。
それに、どんな風呂なのかちょっと気になる。
「それじゃあ、入ってみるかな」
「はい、それではご案内しますね」
俺は店員に案内されて、露天風呂の扉の前まで移動する。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
「案内ありがとう」
俺を案内すると、店員はどこかに行ってしまった。
目の前の扉を見ると、『混浴』と書かれた紙が張ってあった。
「混浴ってなんだ?」
意味はわからないが、どうせ中には誰もいないだろうし、気にしなくても大丈夫だろう。
「まあいいや」
扉を開けると、中は脱衣所になっており、その奥にある扉の向こうが露天風呂になっているようだ。
俺は、服を全て脱ぐと置いてあった籠の中に入れる。
「よし、入るか」
露天風呂への扉を開くと、天井には屋根が無く、外灯の変わりに月明かりが辺りを照らしていた。
少し歩くと、大きな風呂があり湯気の向こうに人影が見えた。
「あれ、誰かいるのかな?」
あの店員は、誰もいないって言ってたけど……。
とりあえず、近づいて確認してみる。
「えっ……」
人影の正体は、全裸のシズクだった。
小柄で胸もお尻も小さいが、引き締まった綺麗な体をしている。
ほんのりと膨らんだ胸に、思わず目がいってしまいそうになるが、それ以上に気になる部分があった。
彼女の頭には、二本の小さな角が生えていたのだ。
「キミは……」
シズクは、俺に気づくとこちらに向かって歩いてくる。
「ご、ごめん!!」
俺は慌てて顔をそむける。
彼女が何者だろうと、女性の裸を見るのはよくない。
とりあえず、ここを出よう。
そう思って、後ろを振り返った瞬間……。
「……待て」
後ろから、いきなり手を引っ張られる。
「うわっ!?」
床が濡れていたせいで足が滑り、俺は体制を崩してしまう。
「危ない!!」
すると後ろから、シズクに抱きしめられる。
「大丈夫かい?」
風呂で温かくなったシズクの体温と一緒に、背中に柔らかい感触が伝わってくる。
「お、おう」
抱きしめてきたシズクの手を見ると、普通の人間よりも、鋭い爪をしていた。
だが、それよりも今は、背中の感触の方が遥かに気になる。
「と、とりあえず、いろいろと当たってるから離してくれ!!」
この状況は、なんというか色々と危険だ。
「そういえば、キミは男の子だったな」
察してくれたらしく、シズクは俺から体を離した。
「最初に会った時に、男だってちゃんと言っただろ」
シズクの方に振り返り、文句を言う。
「ふむ……確かに、男の子のようだな」
俺の下半身に視線を向け、シズクが納得した顔をする。
「ど、どこ見てんだよ!!」
思わず大事な所を手で隠してしまう。
「ふふっ、かわいいな」
なんか遊ばれてる気がする。
シズクは、俺に裸を見られて恥ずかしくないのだろうか?
「ふん、シズクは体を隠さなくていいのかよ?」
「ここは混浴だ、気にする必要はないだろう」
そういえば、ここに来る前の扉にも、そんな事が書いてあった気がする。
「混浴ってなんなんだ?」
「なるほど、知らなかったのか……混浴というのは男女が同じ浴場で入浴することだ、つまりキミとワタシが一緒に入っても問題無いということだ」
「なん……だと……」
そんなモノが存在していたなんて、知らなかった……。
だけど、やっぱり女性と一緒に風呂に入るなんて問題がある。
「でも、やっぱりダメだ!!」
そういうのは、恋人とか夫婦とか大人の店でするものだって、ブライアンが言ってた。
「真面目だね……わかったよ、それならワタシが先に上がろう」
シズクは露天風呂の扉に向かって歩き出す。
「あっ、おい!!」
「風呂から上がったら、私の部屋に来てくれ……話がある」
そう言うと、シズクは扉を開けて出て行ってしまった。
「俺、シズクの部屋がどこか知らないんだけど……」
とりあえず、風呂から上がってから考えることにしよう。
露天風呂を出た俺は、シズクの部屋を探していた。
すると扉の取っ手の部分に、鈴がついてる部屋をみつける。
おそらく、シズクが自分の部屋だと俺にわかるように、目印を付けたのだろう。
とりあえず、ノックしてみる。
「どうぞ」
中からシズクの声がした。
この部屋で間違いないようだ。
「入るぞ」
扉を開けると、シズクがベットの上に座っていた。
今は、ちゃんと服を着て、帽子を被っている。
「あの鈴はやっぱり、シズクのだったか」
「部屋の場所がわかるように、故郷の鈴を目印にさせてもらった」
「シズクの故郷って、どこなんだ?」
服装を見る限り、この辺りの出身では無いだろう。
「『魔国アビスフレイム』にある村だよ」
「それって、魔族が住んでるっていう……」
それじゃあ、やっぱりシズクは……。
「ワタシは鬼人……人間達に鬼と呼ばれる者だ」
シズクは俺の目を見て、はっきりとそう答えた。
「シズクが鬼?」
その時、イーリスとの会話を思い出す。
『鬼って、人間に似てるのか?』
『見た目は人間に近いですが、頭に角が生えていて強靭な肉体を持っています……中身は残虐非道で邪悪な化け物ですが』
しかしシズクは、イーリスが言っていた鬼とは、かなり違う気がする。
小柄だし、全然強靭な体に見えない。
普通に会話もできるし、角や爪を隠していれば、人間の女の子と同じだと思う。
「そうだ」
だが、シズクの目は嘘を言ってるようには見えない。
「でも、イーリスが言ってた鬼と全然違うし、普通のかわいい女の子にしか見えないぞ」
「そ、そうか……」
シズクは、なぜか頬を赤らめる。
「だが、キミも本当のワタシを知れば、きっと……」
シズクが俺から目を逸らす。
「どういうことだ?」
「いや、なんでもない……それよりもワタシの事は、他の人間には話さないでもらいたい」
「ああ、わかった」
村の人間に話したら、きっと俺達が村に来た時みたいに追い出されるだろうから、黙っておこう。
イーリスも鬼を嫌ってるみたいだし、教えない方がいいだろう。
「随分あっさりだね……ワタシは鬼なのに本当にいいのかい?」
「鬼の事はよくわからないけど、シズクは悪いやつじゃなさそうだからな」
こうやって俺が宿屋に泊まれているのは、シズクがイーリスを人間だと証明してくれたからだ。
それに俺には、やっぱりシズクは普通の女の子にしか見えない。
「そうか、ありがとう」
だが、シズクには一つだけ気になることがある。
「でもシズクが鬼なら、なんで他の鬼を退治する必要があるんだ?」
この村を襲っているのは悪い鬼なのかもしれないが、それをわざわざシズクが退治する理由って何だろう?
「……わかった、話そう」
すると、シズクは冷静な顔で静かに語りだした。
「7年前、ワタシの住んでいた村は、とある鬼人によって滅んだ」
「えっ!?」
それはあまりに、予想外の内容だった。
「その鬼人は、ワタシ以外の村の鬼人をすべて殺して姿を消した……ワタシは、その鬼人を見つけ出して、殺さなければならない」
表情は変わらないが、シズクが怒っているのが俺にも伝わってくる。
「そのためにアルキメス王国に来て、情報を得るために冒険者になり、鬼を探している」
だから冒険者ギルドで依頼も受けずに、直接この村まで来たのか。
「シズクの村を滅ぼした鬼人っていうのは、どんなやつなんだ?」
少し間を置いて、シズクが答える。
「ワタシの……兄だ」
一瞬、聞き間違えかと思った。
「ワタシは一族の生き残りとして、兄を……あの男を殺さなくてはならない」
シズクの目は本気だった、本気で自分の兄を殺そうとしているのだ。
「でも、だからって……」
本当にシズクは、それでいいんだろうか?
シズクの気持ちが俺にはわからない。
「理解する必要は無い、してもらおうとも思わない……ワタシは自分の目的を果たすだけだよ」
俺が何か言う前に、シズクに拒絶される。
「つまらない話をしたね……もう遅いし部屋に戻った方がいい」
部屋の窓から外を見ると、明るくなっていた。
「シズク……」
何を言えばいいのかわからない。
ただやるせないような、悲しい気持ちだけが、俺の中に広がっていた。
「ワタシの事情はキミには関係の無いことだ、だからキミがそんな顔をするな」
手を伸ばし、シズクは俺の頭を撫でる。
その手はとても優しくて、さっきまで自分の兄を殺すと言っていたのが嘘のようだ。
「ワタシには、兄の他に妹がいたんだ」
「妹?」
その妹もシズクの兄に殺されたのだろうか?
「妹は、村が滅ぼされる1年前に亡くなったんだ……」
死んだのは、シズクの兄が原因では無いようだ。
「キミが妹に似ているせいで、つい話さなくていい事まで話してしまったようだ……」
正直、妹に似てるなんて男として複雑だが、今は文句は言わないでおく。
「シズクは、妹が好きだったのか?」
「ああ、もちろんだ」
優しい笑みを浮かべながら、シズクは即答する。
本当に妹のことが大好きだったのだろう。
「それじゃあ、お兄さんのことは?」
「それは……」
即答できないシズクを見て、俺は理解する。
シズクは兄の事を、本気で憎んでいる訳ではない様だ。
それがわかっただけでも、良かった気がする。
「キミは意地悪だな……だが、そういう所も妹に似ているよ」
そう言って、シズクは苦笑する。
「それじゃあ俺は、自分の部屋に戻るよ」
「ああ、それではまたな」
シズクの部屋を出た俺は、自分の部屋へと戻るのだった。
■
イブキが部屋を出て行った後、ワタシはベットに横になる。
「何をやっているんだ、ワタシは……」
昨日、出会ったばかりの少年に、ワタシはいったい何を話しているんだろう……。
イブキを見ていると、妹の……シグレの事を思い出してしまう。
「今さら何を考えているんだ……もう終わったことだ」
もうシグレはいないし、兄上も村を滅ぼして去っていった。
あの頃にはもう戻れない、考えても無駄なことだ。
「兄上……」
ワタシは、故郷の鈴を握り締める。
そして目を閉じ、眠りについた。