第7話「鬼が出る村」(挿し絵あり)
洞窟を抜けた俺達は、そのまま山を越え、地図に載っている近くの村を目指していた。
「なんかこの地図、山ばっかりだな」
俺は地図を見ながら、イーリスに話しかける。
「アルキメス王国は、半分以上が山岳地帯ですからね……鉱山も多く、鉱石などの資源は豊富ですが、国内の移動に時間がかかるのが難点です」
「この国、何かすごい乗り物とかないのか?」
こんな山ばかりでは、移動が大変な気がする。
「飛行型のドラゴンを使った飛竜便というのがあるのですが、王都のような大きな街ににしか無いので、便利な場所は限られていますね」
飛竜便か……ちょっと興味あるけど、この辺りには小さな村しかないから、乗るのは無理そうだな。
「後は、やはり馬車ですね、次に行く村で乗れればいいんですけど……」
「それに武器や食料も補充しないとな」
サラマンダーと戦ったせいで、武器は壊れてしまったし、イーリスがたくさん食べるから食料が全然足りない。
「そうですね」
グゥゥゥゥゥゥ~
イーリスのお腹から、音が響く。
「はぁ、お腹空きました……」
最初はお腹の音を恥ずかしがっていたイーリスだが、今は恥ずかしさよりも空腹の方が勝っているようだ。
「ピィピィ」
そんなイーリスを励ますように、コハクが木の実を運んでくる
どうやら近くの木から獲ってきたようだ。
「ありがとうコハク……」
そう言ってイーリスはコハクの頭を撫でると、受け取った木の実を食べる。
「もぐもぐ……」
グゥゥゥゥゥゥ~
再度、イーリスのお腹から音が響く。
やはり木の実一つでは、イーリスのお腹は満たされないようだ。
「地図によると、もう少しで村に着くから、がんばろう」
「はい……」
「ピィピィ!!」
グゥゥゥゥゥゥ~
それから村に着くまでの間、イーリスのお腹の音は鳴り続けていた。
その日の夕方、俺達はやっと村に到着した。
「ここが、ヨロギリ村か……」
村の入り口の立て札には、『ヨロギリ』と書かれていた。
「はぁはぁ、やっと着きましたね……」
「とりあえず、どこか休める場所を……」
その時、俺達に気づいた村人達が近づいてくる。
手には、なぜかクワや斧を持っている。
「トロルがこんな村になんのようだ!?」
「えっ?」
「この村は、今ただでさえ大変なのに、トロルなんかに構ってる暇はないんだ、出てけ!!」
どうやらイーリスの事を、トロルだと思っているようだ。
「私は、トロルではありません人間です!!」
「嘘をつくな、トロルの服を着てるじゃないか!!」
確かに、今のイーリスはトロルの服を着ている。
そのせいで、村の人たちはイーリスをトロルだと思っているようだ。
「イーリスはトロルじゃないぞ、俺が証明する」
「子供の言う事なんか信用できるか!!きっとこのトロルに脅されてるんだ!!」
どうやら、俺が言ってもダメなようだ。
「そもそも、こんな醜いデブの人間がいるかよ!!消えろ、醜いトロルめ!!」
そう言って、村人の一人がイーリスに石を投げつける。
「ピィ!!」
イーリスに飛んできた石を、コハクが受け止める。
「コハク!?」
「な、なんだコイツ!?」
石の当たったコハクは、当たり所が悪かったのか、そのまま地面へと落ちていく。
その光景を見た瞬間、頭が熱くなり、怒りが込み上げてくる。
「てめぇ!!」
俺は怒りのままに、石を投げた男の顔を思い切り殴り飛ばす。
「ぐわっ!!」
「こ、このガキ、みんなやっちまえ!!」
村の男達が俺に向かって襲い掛かってくる。
「上等だ、みんなまとめて叩き潰してやる!!」
イーリスに酷い事を言って、さらにコハクを傷つけた……こいつら絶対に許さない。
「イブキ、ダメです!!」
コハクを抱きしめたイーリスが叫ぶが、俺はもう止まれない。
襲い掛かってくる男達の攻撃を避け、拳と蹴りのカウンターを入れていく。
「ぐへっ!!」
「ぐほっ!!」
男達は戦い慣れしていないのか、攻撃がわかりやすく簡単に避ける事ができる。
これなら武器が無くても、なんとかなりそうだ。
そう思った時だった……。
「これは何の騒ぎだ?」
村の奥から、俺と同じ歳くらいの黒い髪をした少女が現れた。
頭には帽子を被っており、やたらと袖が長い和服を着ている。
あまりに長くて、手の部分が隠れてしまっていた。
服装からして、この辺りの人間では無いようだ。
「嬢ちゃん、助けてくれ!!トロルを連れた変なガキが襲い掛かってきたんだ」
「ふざけんな!!イーリスに酷い事言って、最初に石を投げてきたのは、そっちだろ!!」
俺は男を睨みつける。
すると少女は、黙って俺とイーリスに目を向ける。
「ふむ……そちらの女性は、トロルの服を着てるが人間だぞ」
「え?」
「耳も尖ってないし、牙も生えていない……それに髪や肌がトロルにしては、綺麗すぎる」
少女は、冷静にイーリスの事を見ているようだ。
「だ、だがよ……」
「そもそも大の大人が武器を持って、子供に殴りかかるなんて、そちらの方が人としてどうなのだ?」
「そ、それは……」
男達は何も言えなくなり、黙り込む。
「あなた達の事情もわかるが、先入観だけで人を判断するべきではない」
そう言うと、少女はイーリスに近づいていく。
「大丈夫か?」
「は、はい……この子も治癒魔法をかけたので、大丈夫だと思います」
「ピィ!!」
コハクは、元気に飛び上がる。
どうやらイーリスの治癒魔法が、ちゃんと効いているようだ。
「治癒魔法が使えるのか……だったら、彼らの治療もお願いしていいかい?」
少女はそう言って、男達の方を見る。
「はい、わかりました」
イーリスは嫌な顔一つせず、男達に治癒魔法をかけていく。
どうしたらいいかわからず、俺はただ呆然としてしまう。
少女の登場によって、俺の中にあった怒りは萎えてしまった。
そんな俺に、黒髪の少女が話しかけてくる。
「キミは、男……いや女の子?」
「俺は男だぞ」
どうやら俺の性別が、わからなかったらしい。
イーリスの事はすぐ人間だってわかったのに、なんで俺の事はわからないんだろう……。
「それは失礼した、ワタシの名前はシズク・コノハ……君の名前は?」
「俺は、イブキ・ユーフレットだ」
特に教えない理由も無いので、素直に名乗る。
「イブキ、良ければキミ達がこの村に来た理由を教えて欲しい」
「ああ、それは……」
俺達は、竜騎士の試験を受けるために王都を目指して旅をしていると説明した。
ちなみにイーリスが王女だと言う事は黙っておいた。
「なるほど、それでドラゴンを連れていたのか……」
「そういうシズクは、この村の人間じゃ無さそうだけど?」
シズクは服装だけでなく、雰囲気も村の人間とは違う気がする。
「ああ、ワタシは冒険者なんだ……この村に出る『鬼』を殺しに来た」
『鬼』という単語に、俺は聞き憶えがなかった。
「『鬼』ってモンスターの名前か?」
するとシズクが、驚いた顔をする。
「キミは、竜騎士を目指しているのに鬼を知らないのか?」
「鬼というのは、ドラゴンとは間逆の邪悪な存在です」
イーリスが、そう言って俺達に近づいてくる。
「イーリス、もういいのか?」
「はい、みなさんたいした怪我では無かったので、私の治癒魔法でも治せました」
それなら石を投げたあの男は、もっと強く殴っておけば良かったかもしれない。
「イブキ、そんな残念そうな顔をしてはいけませんよ」
どうやら顔に出ていたようだ。
「でも……」
あいつ等のやったことが、俺には許せない。
「確かに、石を投げたのはやりすぎだと思います、ですが勘違いだとわかってくれたんですから、ここは許してあげましょう」
イーリスは、そう言って優しく微笑む。
「ピィピィ」
コハクも怒っていないようだ。
「ワタシからも頼む、どうか許してやって欲しい……この村の人間達は、鬼の存在に怯えて精神的に不安定になっているんだ」
「むー……わかったよ」
俺は、渋々そう答える。
「それで、鬼ってのは結局どんなやつなんだ?」
「鬼というのは、このアルクラン大陸の北にある『魔国アビスフレイム』に住んでいる魔族です」
魔国アビスフレイムというのは、100年前に魔王がいた国だ。
そこに住んでるのが魔族らしいのだが、詳しい事は俺もよく知らない。
「魔族ってのは、人間や亜人達とはどこが違うんだ?」
「魔族は、基本的に人間や亜人達よりも、長寿で優れた魔力や肉体を持っている……だが、その変わり数が少なく、100年前の戦争の時はモンスターや亜人達を使役していたらしい」
そう答えたのは、シズクだった。
「そして亜人にも、トロルやゴブリンやハーピー等の種類があるように、魔族にも様々な種類がある」
「その中の一つが鬼って訳か……」
「正確には、鬼人というのだが……人間達は、鬼と呼んでいる」
鬼人……という事は人に近い姿をしているのだろうか?
「鬼って、人間に似てるのか?」
「見た目は人間に近いですが、頭に角が生えていて強靭な肉体を持っています……中身は残虐非道で邪悪な化け物ですが」
なんだろう……イーリスが、怒っているような感じがする。
「それに100年前の魔王戦争で、ドラゴン達がたくさん死んだのは鬼のせいだと言われています」
ドラゴンが戦争でたくさん死んだのは知っていたが、それが鬼のせいだったとは知らなかった。
「鬼っていうのは、そんなに強いのか?」
「ドラゴンと同じで鬼にもいろいろいるからね、強さはそれぞれさ……まあ強いやつは、そこらのドラゴンよりも強いと思うよ」
鬼にもドラゴンと同じで、ミニマム級やレジェンド級とかあるのだろうか?
「どちらにしろ、教団からも鬼は邪悪な存在と言われています……竜騎士にとっては倒すべき敵なんです」
「ふっ、『竜神教団』からして見れば、人間以外の種族は邪悪な存在だろうさ……」
イーリスの発言に対して、シズクがそう呟く。
「なんだか気になる言い方ですね?」
「気に障ったならすまない、ワタシは竜神教徒ではないのでね」
急に二人の間の空気が悪くなった気がする。
「えっと……『竜神教団』って何?」
とりあえず、気になった事を聞いてみる。
「イブキ、竜神教団を知らないのですか!?」
「驚いた……この国にいて竜神教団を知らないとはね」
二人とも俺の発言に驚いているようだ。
竜神教団ってのは、そんなに有名なんだろうか?
「竜神教団と言えば、竜騎士と同じくらいこの国で有名な存在ですよ!!」
「そうなのか?」
二人は、呆れた顔で俺を見ている。
なんだろう、知らない俺がそんなに悪いんだろうか?
「し、仕方ないだろ!!ずっと山奥の村にいたんだから!!」
俺は悪くねぇっ!!
「それでは、イブキにもわかるように簡単に説明しますね」
イーリスのその言い方が、ちょっとむかつく。
「まず『竜神』とは、アルキメス王国を守護するドラゴンの神の事です、そしてすべてのドラゴンの頂点に立つ存在と言われています」
「竜神のことは、俺だって知ってるよ」
昔、村長にドラゴンの神様がいるって聞いたことがある。
「このアルクラン大陸には、『女神』『竜神』『海神』『獣神』『魔神』五体の神がいると言われている……竜神は、その中の一体でアルキメス王国を守護する神なんだ」
シズクの話によると、竜神以外にもいろいろな神様がいるようだ。
「『竜神教団』というのは、その竜神様を信仰する組織のことです」
「組織ってことは、たくさんいるのか?」
「この国の人間のほとんどが竜神教徒だからね……この村にも教会はあるし、かなりの規模だと思うよ」
竜神というのは、思った以上に有名なようだ。
「他の神様は、この国じゃ人気ないのか?」
「別の国から来た方など、他の神を信仰してる方ももちろんいますよ……ですが、やはりこの国を守護している竜神様が一番信仰されていますね」
「逆に別の国に行けば、その国を守護している神が一番信仰されている訳さ」
どうやら国によって、守護する神様が違うので人気も違うようだ。
「まあワタシのように、どの神も信仰していない人間もいるがね」
「それは自由ですからね……信仰というのは人に強制するモノではありませんから」
シズクのように神様を信仰していなくても、特に問題無いようだ。
「それじゃあ話は変わるけど、この村の鬼っていうのは……」
グゥゥゥゥゥゥ~
俺の会話の途中で、イーリスのお腹から音が聞こえてくる。
「ふむ、立ち話もなんだし宿に行こうか、案内するよ」
「すみません……」
イーリスは顔を真っ赤にしながら俯いた。
俺達は、シズクに案内されて宿屋に向かう。
宿屋に着いた俺達は、お金を払って部屋に案内してもらうと、荷物を置いて食堂に向かう。
そして料理を注文して数分後……。
「ガツガツ、むしゃむしゃ……もぐもぐ」
イーリスは、運ばれてきたカレーライスを凄い勢いで、あっという間に食べてしまう。
「おかわり、お願いします!!」
そう言って、料理を運んできた店員さんに皿を突き出す。
「すごい食欲だね……」
一緒のテーブルに座っていたシズクだけでなく、料理を運んできた店員も驚いてる。
ちなみに俺はもう慣れたので、気にせず自分の分のカレーライスを食べる。
「ピィピィ」
俺の隣で、コハクはシチューを食べていた。
「それにしても、他の客がいないみたいだけど?」
食堂の中を見回しても、俺達以外の客がいなかった。
「それは鬼のせいだね……今この宿に泊まっているのは、ワタシとキミ達だけだよ」
「この村に出る鬼っていうのは、どんなやつなんだ?」
「それについては、わしがお答えします」
声のした方を振り返ると、杖をついた老人が立っていた。
「じーさん、誰だ?」
「わしは、この村の村長のポポスといいます……村の若いのが迷惑をかけたようで、すみません」
「いえ、気になさらないでください」
いつの間にかイーリスは食べるのをやめて、真面目な顔でポポスの方を向いていた。
「それで、この村に現れる鬼について教えていただけますか?」
「はい、一ヶ月くらい前から村に鬼が現れるようになりまして……自分の要求に従わなければ村人を全員殺すと言ってきたのです、最初は食料を要求してきたのですが、それからお金に変わり、最近になって村の若い女を差し出せと言ってきたんです」
鬼のくせに、やってることが山賊とあまり変わらない気がする。
「鬼って話せるのか?」
「魔族だから知能的には人間と変わらないよ……身体能力は、まったくの別物だけどね」
シズクがそう教えてくれる。
だとしたら、山賊と同じようなことをしていても、おかしくないのか。
「鬼が出る前までは、この辺りは珍しい薬草等が採れたので、村にもそれなりに人が来ていたんですが……鬼を恐れて誰も来なくなってしまったんです」
だから宿屋には、俺達しか客がいなかったのか……。
「騎士団には、報告しなかったんですか?」
「報告はしましたが、騎士団はこんな田舎の村にわざわざ来てくれませんよ」
「そんな……」
ポポスの言葉に、イーリスは悲しそうな顔をした。
王女として、思うところがあるのかもしれない。
「イーリス……」
「大丈夫です」
イーリスはすぐに気を取り直して、次の質問をする。
「それでは、冒険者ギルドは?」
冒険者ギルドっていうのは、お金を払って依頼を出せば、冒険者達が依頼を受けてくれる場所だったはずだ。
「冒険者ギルドに依頼は出しましたが、村から出せる少ない報酬では、なかなか受けてもらえないようです……相手が鬼なので仕方ないのかもしれませんが」
「鬼といえばドラゴンと同等か、それ以上の相手だからね……ランクが低い新米は受けさせてもらえないし、ベテランも報酬が高くないと受けないと思うよ」
冒険者ギルドに依頼を出せば、なんでも受けてもらえる訳ではないようだ。
「あなたは冒険者なんですよね?それじゃあなんで依頼を受けたんですか?」
シズクの発言を疑問に思ったのか、イーリスが尋ねる。
「ワタシは冒険者だけど依頼なんて受けてない、依頼が張り出されているのを見て、勝手にこの村に来ただけだよ」
シズクからは、そんな答えが返ってきた。
「なっ……依頼も受けずに、わざわざ一人で鬼を倒しに来たって言うんですか?」
「そうだよ、それがワタシの目的だからね」
何の迷いも無く、シズクはそう答える。
シズクには、無理をしてでも鬼を倒さなければならない理由があるのかもしれない。
「シズク殿が来てくれたのは、嬉しいですが……やはり彼女一人にまかせるのは、こちらとしても難しいと思うので、良ければお二人にも協力してもらえませんか?」
「そんなこと、いきなり言われてもなぁ……」
鬼の強さを考えると、すぐに「はい」と言えるような内容ではない。
タンク級のサラマンダーはコハクの力を借りて倒せたけど、この村を襲っている鬼が倒せるかどうか……。
「聞けば、お二人は竜騎士の試験を受けるために王都を目指しているんだとか……ならドラゴンと契約しているはず」
どうやら、俺とシズクの会話を聞いていた村人がポポスに話したようだ。
おそらく竜騎士の力を当てにしているのだろう。
「少しですが報酬も用意します、どうか助けていただけませんか?」
ポポスが俺達に向かって、頭を下げる。
「別にワタシは一人でも構わないよ……もちろん、君達が手伝ってくれるのを拒否するつもりもないけどね」
シズクはそう言っているが、鬼の強さがドラゴンと同等だというなら、ドラゴンと契約していないシズク一人では勝ち目があるとは思えない。
もし俺達が手伝わなければ、シズクは死ぬかもしれない……そしたら村の誰かが犠牲になるかも知れないのだ。
「イーリス、どうする?」
「いくらなんでも、彼女一人で行かせる訳にはいきません」
イーリスは協力する事に賛成のようだ。
「……それに鬼は竜騎士の倒すべき敵ですからね」
今まで聞いたことの無いような冷たい声で、イーリスが呟く。
「ですが、イブキが嫌なら断っても構いませんよ……これは単なる私のわがままですから」
そう言ったイーリスは、いつもの優しい声に戻っていた。
イーリスもシズクと同じように、鬼を倒したい理由があるのかもしれない。
俺は、どうするべきか考える……。
「わかった、協力しよう」
やっぱり、このままシズクを一人で行かせる訳にはいかない。
それに……ここで断ったらイーリスが一人で鬼を倒しに行ってしまうような、気がしたのだ。
「お二人ともありがとうございます!!」
こうして俺達は、シズクと一緒に鬼を退治することになった。