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第4話「トロルの村」

「はぁはぁ、イブキ……少しだけ待ってください」


 後ろを振り向くと、姫様は体中から大量の汗をかいて苦しそうにしていた。


「姫様、大丈夫か?」

「はぁはぁ……これくらいで息切れするなんて、自分の体じゃないみたいです」


 さすがに200キロ近い巨体で、山道を歩くのはきつかったようだ。

 トロルならこれくらい問題ないのだが、姫様は人間なのだ。


「そこの木陰で、少し休もうか?」

「すみません……」


 その後も、何度か休憩を挟みながら進み、なんとか俺の生まれ育った故郷の村の入り口まで辿り着く。


「よし、到着」

「はぁはぁ、やっと着きましたか……」


 姫様は体中から、汗を流してぐったりしていた。


「ピィ……」


 コハクは、そんな姫様を心配そうに見ている。


「まずは家で、少し休もう」

「すみません……」


 そんな話をしていると、村のトロル達がやってくる。


「誰かと思ったら、イブキじゃねえか!!今までどこ行ってやがった!!」

「なんだその娘、滅茶苦茶美人じゃねえか!?」

「もしかしてイブキの嫁さんか!?これは早く村長に報告しないと……」

「おーい、みんなー!!イブキがすごく美人なトロルの嫁さんを連れて帰ってきたぞー!!」


 俺達の周りにどんどんトロル達が集まってくる。

 

「イブキが、トロルの嫁さん連れて来たって!?」

「マジですげぇ美人じゃねえか!!さすがイブキだぜ!!」

「イブキ兄ちゃんが、美人な嫁さんを連れてきたと聞いて!!」

「その娘、なんか具合悪そうじゃないか……まさかイブキの子供を妊娠して!?」


 なんか色々と話が広がって、おかしな事になっている。

 だが今は、姫様を休ませるのが先だ。


「この人の具合が悪いから、先に家で休ませてくれ、詳しい事は後で話すから」

「おお、そうだったのか!?それは悪かったな」

「それじゃあ、おばちゃん達が家まで運んであげるわね」

「あっ、あの……」


 すると姫様が何かを言う暇も無く、トロルのおばちゃん達にあっという間に運ばれていった。


「俺達も行こう」

「ピィ!!」


 俺はコハクを頭の上に乗せ、自分の家へと向かった。




 家の扉を開けて中に入ると、しわくちゃで髭面の老いたトロル……村長が立っていた。

 俺は旅立つ前は、村長の家で暮らしていたのだ。


「村長、ただいまー」

「まったく、何普通に帰ってきとるんじゃ、おまえは……」


 村長は、呆れた顔で俺を見る。


「竜騎士になると言って、村を出て行ったと思ったら、今度は女を連れて帰ってくるとは……どういう事か説明してもらおう」

「その前に、俺の連れて来た人は?」

「その娘なら水を飲ませて、おまえの部屋で休ませておる」

「そっか、なら良かった……」


 しばらくは姫様を休ませてあげよう。


「とりあえず、村長には姫様の事もちゃんと説明しておくか……」


 姫様が人間だって事は、何かあった時のために村長には話しておいた方がいいだろう。


「どういうことじゃ?」


 俺は、村を出てから『心竜の森』で姫様達と出会い、黒いドラゴンに襲われた事を説明した。


「あの娘は人間で、アルキメス王国の姫じゃと……信じがたい話じゃな」

「嘘じゃねえよ」

「ピィピィ!!」


 頭の上で、コハクも抗議する。


「だが、その白いドラゴンを見たら信じるしかあるまい……本当にドラゴンと契約してくるとは思わなかったぞ」

「まあ、見た感じミニマム級のドラゴンだけどな」


 かわいいけど、これじゃあ乗るのは難しそうだ。


「だがドラゴンはドラゴンじゃ……契約できたと言うなら試験を受ける事をわしも認めてやろう」

「本当か!?村長ありがとう!!」


 村を出る前に、一番反対していた村長にそう言ってもらえると、なんだかすごく嬉しい。


「ふん、わしは結果さえ出せば文句は言わん……せいぜいがんばるんじゃな」

「ああ、俺は絶対竜騎士になってやる!!」


 なんだかやる気が沸いてきた。


「それとおまえが連れてきた娘の事だが、今日泊めるつもりなら夕飯の材料を集めて来い」

「おお、わかった!!それじゃあ村のみんなと話すついでに貰ってくるよ」


 この村では、採れた食材をみんなで分け合っているのだ。


「行くぞコハク、おまえの食べる分も用意しなくちゃな」

「ピピィ!!」


 そう言って、俺はコハクと一緒に家を出た。




 それから一時間後、俺は持ちきれないだけの食材を抱えていた。


「こんなにたくさん俺は食えないってのに……」


 たぶん姫様の事をトロルだと思ってるから、こんなにたくさんの食材を渡してきたのだろう。

 トロル達は人間の俺よりも体が大きい分、俺の倍以上は食べるのだ。


「まあせっかく帰ってこれたんだし、今日は豪勢に行くか」

「ピィー♪」


 どうやらコハクも夕飯を楽しみにしているようだ。

 そういえば、ドラゴンって何を食べるんだろう?

 やっぱり肉なんだろうか?

 それともコハクは、生まれたばかりだからミルクの方がいいんだろうか?


「おまえって何食べるんだ?」

「ピィ?」


 本人にも、よくわかっていないようだ。

 とりあえず村長に聞いてみて、わからなかったら色々試してみよう。

 俺は、台所で夕飯の準備を始めるのだった。




 ――そして夕食の時間……。


「ガツガツ、むしゃむしゃ……」


 すごい勢いで、姫様が料理を食べていく……。

 俺の作ったカレーを、もう五杯以上はおかわりしている。

 まるでトロル並の食欲だ、よっぽどお腹が空いていたのだろう。


「ご、ごめんなさい……普段はこんなに食べないんですけど、なんだかすごくお腹が空いてしまって」

「たくさん作ったから、気にしなくていいよ」


 ちなみに俺は、二杯て終了した。


「いい食べっぷりじゃな、トロルにとってたくさん食べる女というのは、いい女の条件の一つなんじゃ」


 確かにこうやって、自分の作った料理をおいしそうにたくさん食べてもらえるのは、なんだか気分がいい。


「体型もまさに男達の理想じゃし、これでトロルだったなら、この村にぜひ住んでもらいたかったんじゃがな」

「あ、あはは……」


 姫様は、返答に困って苦笑いしている。


「そ、それにしても、イブキって料理ができたんですね」

「まあ簡単なモノしか作れないけどな」


 トロルは基本的に味より量なので、一回にたくさん作れるような大雑把な物しか作れない。


「ピィピィ!!」


 コハクもカレーを食べていた、他にも木の実等も食べていたので、俺達と食べる物はあまり変わらないのかもしれない。


「それで、おまえ達は今後どうするつもりじゃ?」


 カレー食べながら村長が聞いてくる。


「私は王都に戻ろうと思っています」


 姫様がそう答える。


「確か、竜騎士の試験を受けるのって王都に行かなくちゃいけないんだよな、だったら俺も行くぜ」


 それに、今の姫様を一人で帰らせる訳にはいかない。


「なるほど、それでは二人とも王都に行くのじゃな?」

「一緒に行ってもいいよな、姫様?」


 念のため、姫様に確認を取っておく。


「はい、もちろんです……私達は同じドラゴンと契約している訳ですし、目的地が同じなら一緒に行動するべきだと思います」

「ピィピィ!!」


 コハクもそう思っているようだ。


「ただ、私達はドラゴンと同時契約してしまっているので、これが試験でどういう扱いになるかはわかりません」

「最悪試験を受けられない可能性があるってことか?」

「はい……その可能性はあります」


 そうだとしても、俺のする事は変わらない。


「だからって、何もせずにあきらめるつもりはない……俺は行くぜ、竜騎士になるんだ!!」

「イブキ……」


 姫様が真剣な瞳で、俺の事を見てくる。

 いったい何を言われるのだろうか?


「カレーのおかわり貰ってもいいですか?」

「お、おう……」


 結局夕食では、姫様は九杯のカレーを食べ、その後にデザートの果物も食べていた。







 その日の夜、私はイブキと一緒の部屋で寝る事になった。

 居間では村長さんが寝ているため、他に休める部屋がないらしい。

 男の人と一緒の部屋で寝るなんて、初めてなのでドキドキしていたら、イブキはあっという間に眠ってしまった。


「こんなに早く寝られると、一人でドキドキしていた私がバカみたいです……」


 ちなみにコハクは、イブキの枕元で眠っている。


「私も早く眠ろう……」


 目を瞑ると、今日あったいろいろな事が思い出される。

 心竜の森でイブキに出会って、黒いドラゴンに襲われて……。

 テンパスとガルドンが死んで、私もこんな体になってしまった。


「なんでこんな事になってしまったんでしょうか……」


 思わず涙がこぼれそうになる。

 だけど、今は泣いてはいられない……私は母のような竜騎士になると決めたのだ。


「私は、あきらめません」


 あの時、イブキは最後まであきらめなかった……。

 だから私も、あきらめずにこうして生き残ることができたのだ。


「……」


 私は、眠っているイブキに視線を向ける。

 するとかわいらしい顔で、すやすやと眠っていた。


「不思議な子ですね……」


 イブキからは、私よりも年下とは思えない強い意志を感じた。

 もしかしたら、この子にも何かあるのかもしれない。


「こうやって寝顔だけ見てると、やっぱり女の子みたいなかわいい顔していますね」


 顔に似合わず口が悪いのは、たぶんトロルに育てられたからなのだろう。

 だけどそういうギャップもいいかもしれない。

 かわいらしい男の子もいいけど、やっぱり恋人にするなら男らしい部分もあった方が……。


「……って私は何を考えているんです!!」


 少し頭を冷やした方がよさそうだ。

 私は重い体を動かして、布団から起き上がると、部屋を出て居間へと移動する。

 村長さんを起こさないように、静かに外に出ようとすると……。


「眠れんのかね?」


 背後から声をかけられた。

 どうやら村長さんも起きていたようだ。


「は、はい」

「ふむ……それなら少し、年寄りの話にでも付き合ってくれんかね?」

「いいですけど……」


 いったい何の話をするつもりなのだろう?


「それじゃあ、茶を入れるからそこの椅子にでも座りなされ」


 言われた通り、食事の時に使っていたテーブルの椅子に座る。

 すると少しして、村長さんがお茶を持ってきた。


「ありがとうございます」

「うむ……」


 村長さんもテーブルの椅子に座ると、お茶を飲み始めた。


「それでお話というのは?」

「イブキの事じゃ……」


 そう言って、村長さんは飲んでいたお茶の湯のみをテーブルの上に置く。


「15年前にドラゴンに乗った竜騎士がこの村にやってきてな、その竜騎士が抱いていた赤ん坊がイブキだったのじゃ」


 この村に来る途中に、イブキから聞いた話のようだ。


「その竜騎士はいったい何者だったのですか?」

「わからん、ドラゴンも竜騎士も傷だらけで、この村に着いた途端に死んでしまったのでな」


 イブキが言っていた通り、詳しい事は村長さんもわからないようだ。


「それにあの頃のわし等は、人間達を憎んでおったからな……生きていたとしても助けてはおらんかっただろう」


 やはり亜人達は、人間を憎んでいるようだ。

 だが、それならなぜイブキを助けたのだろう?


「だから村人達で話し合った結果、人間の赤ん坊は殺すことになったんじゃ……」

「えっ!?」


 予想外の展開に驚いてしまう。


「赤ん坊を殺すのは村長である、わしがする事になった……わしは村人達の前で赤ん坊を殺すために持ち上げた」

「そんなっ……」


 今目の前にいる、村長さんがそんな事をするなんて、信じられない。


「すると赤ん坊は笑ったのじゃ、何も知らない無邪気な顔で……殺すために持ち上げたというのにな」


 当時の事を思い出しているのか、村長さんはなんとも言えない複雑な顔をしていた。


「その時、わしは思い出してしまったのじゃ、死んだ自分の子供が生まれた時の事を……気が付くとわしは、涙を流しながら赤ん坊を抱きしめておった」

「村長さん……」


 やはりこの人は、私の想像していたトロルとは違うのかもしれない。


「そんなわしの姿を見たせいか、結局、誰も赤ん坊を殺すことはできんかった……その後、赤ん坊はイブキと名づけられて、村人全員で育てる事になったんじゃが、人間の子供など育てた事が無かったから色々と苦労したもんじゃ」


 苦労したと言いながらも、その顔は嬉しそうだった。


「イブキを育てるために人間の事を調べ、あれだけ憎悪していた人間と交流までして人間の衣服や薬を買ったりもした、たった一人の人間の赤ん坊がわしを……この村のトロル達を変えていったのじゃ」

「そうだったんですか……」


 子供を思う気持ちは、人間も亜人も変わらないのかもしれない。


「まあ他の里のトロル達からしてみたら、信じられない話じゃろうがな」


 確かに、私の知ってるトロルのイメージからは考えられない話だ。


「でも、どうして私にそんな話をしたのでしょう?」

「単なる年寄りの気まぐれじゃよ……」


 そう言って、村長さんは何事も無かったようにお茶を飲む。

 もしかしたら村長さんは、これからイブキと一緒に旅をする私に、この話を知っておいてもらいたかったのかもしれない。


「おそらくあの子は、自分が何者なのか知りたいのだろう……自分をこの村に連れてきた竜騎士になれば、何かがわかるかもしれないと思っているのかもしれんな」


 自分が何者なのか知りたい……。

 本当の両親を知らないイブキには、きっと大切な事なのだろう。


「だからもしあの子が、その事であなたを頼るようなことがあれば、力になってやってはくれんだろうか?」


 イブキのおかげで、私はあきらめずに生き残ることができた。

 だったらその恩を返してあげたい。


「わかりました……私に何ができるかわかりませんが、その時は力になりたいと思います」

「ありがとう……息子の事を頼みます」


 この人にとってイブキは、血の繋がりどころか種族が違ったとしても、自分の子供なのだろう。

 そんな風に思ってもらえるイブキが、なんだかちょっと羨ましく思えた。


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