第3話「亜人の里」(挿し絵あり)
頬にくすぐったさを感じて、目を覚ますとそこは森の中だった。
「ここは……」
「ピィピィ♪」
すぐ横でかわいらしい鳴き声がしたので振り向くと、羽の生えた白くて小さなドラゴンが、俺の頬を舐めていた。
「なんだ、コイツ?」
「どうやらあの卵から、生まれたドラゴンみたいですね」
声のした方を振り向くと、肥満化して巨体になった姫様がいた。
どうやら二人とも助かったみたいだ。
「姫様、無事だったか……」
「ええ、どうやらその子のおかげみたいです」
そう言って、姫様は小さなドラゴンに視線を向ける。
「なんかすごく小さいけど……見た感じはミニマム級だな」
子犬みたいなサイズだが、こいつが本当にレジェンド級の心竜ってやつなんだろうか?
「正直その子が、私の探していた心竜なのかはわかりませんが、この森に転移させたのは確かだと思います」
確かにあの状況だと、それ以外考えられない。
「助けてくれて、ありがとな」
そう言って、小さなドラゴンの頭を撫でる。
「ピィピィ♪」
「喜んでるみたいですね」
こうして見ると、結構かわいいかもしれない。
「そういや、あの二人はどうなったんだ?」
あの時、テンパスとガルドンを見かけなかったが、やっぱりあの黒いドラゴンにやられてしまったのだろうか?
「二人は、あの黒いドラゴンとの戦いで亡くなりました」
「そうか……」
どうやら予想通りだったようだ。
その時、小さなドラゴンは俺から離れて、姫様の方に飛んでいく。
すると脂肪が詰まった大きなお腹に抱きつき、顔を擦り付け出した。
「人懐っこいやつだな……ところでコイツの契約者って、いったいどっちになったんだ?」
「それなんですけど……左手を見てください」
言われた通り左手を見てみると、紋章みたいなモノが浮かび上がっていた。
「な、なんだこれ?」
「それは、ドラゴンとの契約の証ですね」
……ってことは、俺がこの小さなドラゴンと契約したってことなのか?
「そして私の右手にも同じモノがあります」
確認してみると、確かに姫様の手にも同じ紋章が浮かび上がっていた。
「つまりどういうことだ?」
それでは契約者が二人いる事になってしまう。
「どうやら、私とイブキの二人がこの子の契約者になったようです」
「えっ!?」
同時契約ってことなのか?
「そんなことありえるのか?」
「普通はありえませんが、実際に起きてしまってますからね……」
「ピィピィ♪」
小さなドラゴンは無邪気に。姫様の大きなお腹に甘えている。
なんだかすごく柔らかそうで、気持ちよさそうだ。
「この紋章って、ずっとそのままなのか?」
もしそうなら、隠してないと目立ちそうな気がする。
「いえ、意識すれば見えなくする事ができます」
試しに消えるように念じてみると、紋章が消えて見えなくなった。
「おお、本当に見えなくなった!!」
「普段は隠しておいた方が、いいかもしれないですね」
そう言うと、姫様の手に浮かび上がった紋章も見えなくなった。
「それにしても、ここは心竜の森ではないようですけど、どこなんでしょう?」
心竜の森とは違って、どこかで見たことある感じがする。
「あれ、ここって……」
辺りの風景を見回して、俺はすぐに気づいた。
「俺の住んでた村の近くの森じゃないか!!」
「そうなんですか?」
「ああ、間違いない」
ここは狩りをする時に、よく来る森だ。
なんでこんな所に、俺達は飛ばされたのだろう?
「とりあえず、俺の住んでた村まで行こうか」
「わかりました」
「それじゃあ、ついて来てくれ」
そう言って歩き出すと、姫様が少し歩いた所で立ち止まってしまう。
「姫様、大丈夫か?」
「えっと……」
姫様は、顔を赤くして何か言いにくそうにしている。
体に肉が付きすぎて、歩くのが大変なのだろうか?
「やっぱり、体が重くて歩くのが大変か?」
「それもあるんですけど、その……できれば新しい服が欲しいです、このままでは色々と見せたくないモノまで見せてしまうので」
姫様の見ると、体の肉で服が破れて、あちこち見えてしまっている。
「あ、あんまり見ないでください……こんな脂肪まみれの醜い体でもやっぱり恥ずかしいので」
「ご、ごめん……でもそんな醜いとかは思わないけど」
「ピィピィ!!」
その時、小さなドラゴンが俺の腕を引っ張った。
「な、なんだよ!?」
引っ張られた方を振り向くと、大きなリュックを背負ったトロルが歩いているのが見えた。
「トロルですね……なんでこんな所に?」
「あれって……俺、ちょっと行って来るよ」
「えっ、イブキ……まさかトロルと戦うつもりじゃ!?」
俺は、トロルの近くまで移動すると声をかける。
「おーい!!」
「む、おまえは……イブキじぇねえか!!」
「やっぱりブライアンだったか」
ブライアンは、俺だとわかると笑顔で近づいてくる。
「おまえ、竜騎士になるって言って、村を出て行ったんじゃなかったのか?」
「ああ、ちゃんとドラゴンとも契約してきたぞ」
そう言って、俺の腕にしがみ付いている小さなドラゴンを見せる。
「ふーん、おまえに似て随分かわいいドラゴンじゃねえか」
「うるせーよ」
「所で、さっきからおまえの後ろにいる、美しいお嬢さんはいったい誰なんだ?」
後ろを振り向くと、姫様が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「えっと、イブキの知り合いなんですか?」
「ああ、俺のいた村に住んでるブライアンだ、亜人相手にいろいろと商売をやってるんだ」
「どうも、うちのイブキがお世話になってます……それにしても美しいですね、もしかしてその白くて綺麗な肌は、白トロルなんですか?」
「え゛っ!?」
姫様が固まる。
どうやらブライアンは、姫様をトロルだと思っているようだ。
確かトロルって200キロ近く体重があると思ったけど、今の姫様もそのくらいありそうな気がする。
「王女の私がトロルに間違われるなんて……」
姫様は、かなりショックを受けているようだ。
「えっと、姫様は人間だぞ、俺はこの人に助けてもらったんだ」
「に、人間……まさか人間にこんな美しい人がいたなんて知らなかったぜ!!」
なんだか驚く所が、少し違うような気がする。
「それより姫様が着れそうな服を売って欲しいんだ、ブライアンならそういう服も持ってるだろ?」
「確かに、服がボロボロだな……このまま見ていたい気もするが、いいだろう」
そう言って、ブライアンがリュックから取り出しのは、トロルの服だった。
「まあこのサイズなら、お嬢さんの体系でも着れるだろう」
「なるほど、これなら今の姫様でも着れるな」
「えっ、それを私が着るんですか?」
姫様は、なんだか嫌そうな顔をする。
「大丈夫だ、ちゃんと女性用のトロルの服だから」
ブライアンが服を広げて見せてくれる。
「胸も隠れるし、それなら安心だな」
「え、えーと……」
姫様は、なぜか困った顔をしていた。
「それに、これを着てトロルだって言えば、他の亜人達も誤魔化せるはずだぜ」
「どういうことです?」
「イブキは例外だが、人間を嫌ってる亜人達は多いのさ……」
そんな話を昔、村長も言っていた気がする。
「あの……もしかしてここは亜人の里なんでしょうか?」
「そうだが、お嬢さん知らなかったのかい?」
「確かこの辺にある山が、そう呼ばれてるんだっけ?」
前に誰かに教えてもらった気がするけど、なんだかうろ覚えだ。
「イブキ、自分の住んでる場所のことくらい憶えておけ」
怒られてしまった。
「この辺りの山は、俺達トロルやゴブリン、オーク、ハーピー等の亜人が集まって住んでいる事から、亜人の里と呼ばれてるんだ」
「人間はいないのですか?」
「ああ、オレの知ってる限りコイツだけだな」
ブライアンはそう言うと、俺の頭に大きな手を置く。
「そうなのですか……やはり亜人達は人間を嫌っているのですね」
「お嬢さんも知ってると思うが、100年前の戦争で亜人の大部分は魔王側についたんだ」
その話は知っている、魔王戦争と呼ばれるもので、最後は人間達が魔王を倒して勝利したのだ。
「魔王軍は人間達に負けて、俺達亜人は人間達から住む場所を追われ、こんな山奥に住む事になったんだ」
「それで人間を、怨んでいるんですね」
「魔王戦争が終わってからは、亜人狩りとかもあったからな……その影響も大きいだろう」
俺が生まれるずっと前の話だけど、アルキメス王国では、騎士や冒険者達を使って亜人達を一掃しようとしていた時期があったらしい。
「ブライアンさんは、人間の事をどう思ってるんですか?」
「オレは商人だからな、相手の種族とか、そんな事はあんまり気にしないのさ……だからこの服もただでプレゼントしてやるよ」
ブライアンは、トロルの服を姫様に手渡す。
「えっ……いいんですか?」
「お嬢さんには、イブキを助けてもらったみたいだしな……その礼だ」
「あ、ありがとうございます」
「その服を着て、王国の北部の山に住んでる白トロルだって言っておけば、お嬢さんの体型なら誤魔化せるだろう」
どうやらブライアンなりに、気を使ってくれたようだ。
「ブライアン、お金じゃないけどコイツを受け取ってくれ」
俺は鞄からキラーウルフの牙を取り出して、ブライアンに渡す。
「ほう、こいつはいい牙だな……ありがたくいただいておくぜ」
ブライアンは、そう言うとキラーウルフの牙をリュックの中にしまった。
「それじゃあ、俺は仕事があるから行かせてもらうぜ、それじゃあな」
「ああ、またなー」
「ありがとうございました」
ブライアンは俺達に背を向けると、森の中を歩いてどこかに行ってしまった。
「トロルって、もっと乱暴だと思ってましたけど、あんな方もいるんですね」
「ブライアンには、子供の頃からいろいろと世話になってるからな……」
「イブキは、どうして亜人の里で暮らしていたのですか?」
「昔、とある竜騎士がドラゴンに乗って俺の住んでる村にやってきたらしいんだ……その時、一緒にいた赤ん坊が俺らしい」
さすがに赤ん坊の頃の事は憶えていないので、すべて村長から聞いた話だ。
「どういうことです?」
「竜騎士もドラゴンもすぐに死んでしまったから、詳しい事は誰もわからないらしいけど、生き残った俺を村のみんなが育ててくれたんだ」
村の誰に聞いても、みんな詳しい事はわからないと言っていた。
「そうだったんですか……」
姫様は、なんだか申し訳なさそうな顔をしている。
「ピィピィ♪」
そんな俺達の周りを、小さなドラゴンが元気に飛び回る。
「そういえば、コイツの名前って決まってるのかな?」
「いえ、生まれたばかりですし、まだ名前は無いと思います」
なんだか名前が無いと呼びにくい気がする。
「それなら、俺達で名前を付けてみるか?」
「そうですね、名前があった方が呼びやすいですし」
姫様も名前を付けるのには、賛成のようだ。
「それじゃあピィピィ鳴いてるからピィーっていうのはどうだ?」
「安直ですね、もっと真面目に考えてください」
怒られてしまった。
「じゃあ白いからシロとか」
「却下です」
これもダメだったようだ。
「それじゃあ、姫様はどんなのがいいんだ?」
「そうですね……『コハク』というのはどうでしょう?」
小さくて白いからコハクなのかな?
「ピィピィ♪」
どうやら本人も気に入ったようだ。
「ならコハクにしようか」
「わかりました、それではよろしくお願いしますね、コハク」
「ピィー♪」
小さな白いドラゴン……コハクも名前が決まって嬉しそうだ。
「それじゃあ、村に向かおう」
「あっ、ちょっと待ってください……せっかくブライアンさんから頂いたので、服を着替えてきます」
「じゃあ俺は向こうの方で待ってるよ」
「はい、すみません」
着替えを除く訳にはいかないので、姫様の姿が見えなくなる位置まで移動する。
それから少しすると、背後から物音がしたので振り向くと、トロルの服を着た姫様が立っていた。
「ど、どうでしょうか?」
姫様は、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「すごく似合ってるよ」
毛皮を縫い合わせて作られたその服は、姫様の体型にとても似合っていて、まるで本当のトロルみたいだった。
「これなら絶対、みんな姫様の事をトロルだって思うよ」
「……すごく複雑な気分です」
なんだろう、褒めたはずなのに姫様がすごく嫌そうな顔をしている。
「俺は、その服を着た姫様好きだよ」
「えっ……」
「その服を見てると安心するんだ……俺を育ててくれたトロル達は、みんなその服を着てたから」
男と女で服の形は異なるが、俺の育った村のトロル達は、みんな似たような毛皮の服を着ていた。
「そうでしたね……イブキにとってのトロルと、私が思っているトロルは違うんでした」
「ん?」
どういうことだろうか?
「ピィピィ♪」
「ほら、コハクも似合ってるって、言ってるみたいだ」
「わかりました、今は気にしない事にしておきます」
何だかわからないが、とりあえず機嫌は直ったようだ。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
俺達は、故郷の村を目指して歩き始めた。