最終話「新たな始まり」(挿し絵あり)
アルクラン暦1101年 8月。
あれから村を出て『鉱山都市カルデナス』に着いた俺達の耳に、王都が滅んだという情報が入ってきた。
王都の近くの街へ飛ぶ臨時の飛竜便に乗り、そこから王都へと向かったのだが……。
「そんな……」
王都が以前あった場所は荒野と化しており、何も残っていなかった。
近くに生えていた草や木すら枯れ、何一つ生命を感じない。
「おそらく魔女抜きで邪神を召喚しようとして、失敗したんでしょうね」
「これはすべて邪神のせいだって言うのか?」
「そうよ……これが邪神の力を求めた者の末路、あの力は人間がどうにかできるものじゃないわ」
サユキは……母さんは、過去に父であるイルシャードと一緒に邪神と戦った事がある。
だからこそ、その恐ろしさも知っているのだろう。
「それにしても、こんな形で王都に戻ってくる事になるとは思わなかったわ」
母さんは、あれからエルフの里には戻らず、俺達についてきていた。
これからどうするのかと聞かれたので、イーリスと王都に行くと言ったら、自分も一緒について行くと言い出したのだ。
「話には聞いていましたけど、ここまで酷いなんて……」
イーリスは地面に膝をつき、何も無い荒野を見つめていた。
その目には、涙が浮かんでいる。
「お姉様もあの娘も……みんな死んでしまったんですのね」
「イーリス……」
俺はイーリスの前に立ち、その大きな体を抱きしめる。
「ううっ、イブキ……私は……私は……」
今、俺がイーリスにしてやれるのは、こうやって抱きしめてやることだけだ。
すると、コハクが後ろからイーリスの体に抱きついた。
「ママ、泣かないで」
「コハク……大丈夫よ、わかっていた事だもの」
俺の胸から顔を上げると、イーリスは涙を拭って立ち上がった。
「イーリス、無理しなくても……」
「ここで泣いていても、何も変わりません」
イーリスは、きっと無理をしている。
無理をしてでも、何かをしなければいけないと思っているのだろう。
「私はアルキメス王国の第二王女として、父が犯した罪の責任を取らないと……」
「責任を取るって、どうするつもりかしら?」
母さんの声は、なんだか怒っている感じがした。
「それは王都を復興させて……」
「どうやって復興するつもり?アルキメス王国の第二王女は死亡した事になってるのよ、今のあなたを見たって誰も王女だとは信じないでしょうね」
カルデナスで母さんが調べてくれた情報によると、イーリスは心竜の森で死亡した事になっているそうだ。
それに、今この国では「王都が滅びたのは、国王が禁忌の魔法を使ったから」という噂が各地で広まっている。
さらに国王のやり方は以前から国民の反感を買っていたのもあり、アルキメス王家に対する風当たりがかなり強くなっているのだ。
「今の状況で、もしあなたが王女だと分かっても、たぶん殺されるだけよ」
確かに、今イーリスが王女だと分かれば、命を狙われる危険性が高い。
「あなたは生き残ったのよ、だったら死んだ人達のためにも生きるべきだわ」
100年前の戦争で、たくさんの仲間や大切な人を失った母さんだからこそ、その言葉には重みがあるように感じた。
「でも、それは王女としての義務を放棄することに……」
「面倒臭いわね……あなたにとって、一番大切なモノは何?」
「私にとって一番大切なモノ……」
そう言って、イーリスは俺とコハクの方を見た。
「それがあなたの答えよ」
「なるほど、私は……王女失格ですね」
イーリスは王女としての義務より、俺達と一緒にいる事を選んだって事か……。
嬉しいけど、イーリスにとっては辛い選択だったはずだ。
「そうね、王族としては最低かもね」
母さんはそう言うと、イーリスの隣に並んだ。
「だけど、この先あなたが誰に何を言われようと、イブキとコハク……ついでに私もあなたの味方でいてあげるわ」
「サユキさん……」
イーリスと母さんは、実は結構仲が良かったりする。
最初、母さんはイーリスの事をあまりよく思っていないようだったが、気がつくといつの間にか仲良くなっていた。
なんでも俺のいない所で、イーリスと本音で語りあったらしい。
どんな事を話したのかは教えてくれなかったが、二人が仲良くしてくれるのは俺としても嬉しい。
「あなたが王女を捨ててイブキを選ぶなら、一人前の花嫁になれるように私が鍛えてあげるわ」
「ううっ……サユキさん!!」
イーリスは泣きながら、母さんの体に抱きついた。
「ちょ、ちょっと苦しいわよ!?」
さすがに200キロ以上あるイーリスに抱きつかれたら、母さんでも身動きできないようだ。
「はぁ……もう、仕方ない娘ね」
それからしばらくの間、母さんはイーリスが泣き止むまで、黙って抱きしめられていた。
「結局、泣いてしまいました」
泣いたせいで目は赤かったが、イーリスはさっきよりもすっきりした顔をしていた。
母さんが年上だから、イーリスも安心して泣く事ができたのかもしれない。
「泣ける時に泣いたほうがいいのよ……イブキも遠慮せずにママに甘えていいからね♪」
母さんはそう言うと、俺に抱きついてくる。
俺が自分の息子だとわかったあの日の夜から、母さんは俺に抱きついてきたり、やたらと甘やかそうとしてくるようになった。
「やっぱりイブキはかわいいわね、さすがママの子供ね」
さらに頭を撫でたり、俺の頬に自分の頬を擦り付けてきたりする。
「母さん、人前でこういのはやめてくれって……」
「ばーちゃんずるい!!あたしもパパに甘えたい!!」
話してる途中で、今度はコハクが俺に抱き着いてくる。
「誰がババアじゃあ!!」
「パパのママだから、ばーちゃんだもん」
サユキが俺の母さんだと教えてから、コハクは母さんの事をばーちゃんと呼ぶようになった。
いくら若く見えても、俺がパパのコハクにとっては、母さんはばーちゃんらしい。
「わ、私もイブキに甘えたいかも……」
さらにイーリスまで、俺に近づいてくる。
まずい、このままでは完全に身動きが取れなくなってしまう。
そしたら三人が飽きるまで、ひたすら撫で繰り回される事になる。
「そ、それより、これからどうするのか決めようぜ!!王都がこれじゃあ竜騎士の試験も受けれないし」
実際、王都が滅んで竜騎士になる事もできなくなったし、今後どうするかは決める必要がある。
「確かにそうですね、今後どうするべきなのか話し合いましょう」
「仕方ないわね……イブキを甘やかすのは今後の事を決めてからにしましょう」
「うー、わかったよ」
とりあえず三人とも、俺から離れてくれた。
別に三人の事が嫌いなわけではないが、もう少し場所を考えて欲しい。
「じゃあ一人ずつ、これからどうしたいか言ってくれ」
「私は、イブキについて行くだけよ」
「あたしもー」
まあ、この二人はそう言うと思っていた。
「イーリスは、まだ竜騎士を目指すつもりなのか?」
イーリスが竜騎士を目指すというなら、俺も一緒に付き合うつもりだ。
今の状況で、どうやったら竜騎士になれるのかはわからないが……。
「いえ、私はもう竜騎士にはなりません」
「本当にいいのか?」
母親のような竜騎士になるのが、イーリスの夢だったはずだ。
「はい、私はもっと大切な夢を見つけましたから」
「それって、どんな夢なんだ?」
「私の夢は……」
――数年後。
あれからいろいろな事があった。
だけど、今日やっとイーリスの夢を叶えてやる事ができる。
「このドレスどうですか?」
そこにいたのは、純白のドレスに身を包んだイーリスだった。
体重が200キロ以上あるイーリスが着れるドレスがなかったので、特注で作ってもらった。
「うん、すごく似合ってる……とっても綺麗だ」
「ありがとうございます、こんな体になった時は結婚なんて絶対にできないと思っていたのに……」
イーリスの青い瞳から涙がこぼれる。
「おいおい、まだ式は始まってないんだぞ」
「すみません、今までの事を思い出して……」
今日は、俺とイーリスの結婚式だ。
今から泣いていたら、これから何度泣く事になるかわからない。
「でも、こんな体重が200キロ以上あるデブが妻で本当にいいんですか?」
「何度も言わせるな、俺はイーリスじゃなくちゃダメなんだ……今のイーリスは俺にとって誰よりも魅力的な女性だよ」
どんなに痩せて美人な女性だろうと……。
世界中の人間がイーリスを醜いデブだと言おうと……。
俺にとっては、今ここにいるイーリスが最高の女性なんだ。
「さあ行こうぜ、みんなが待ってる」
「はい、イブキ……私はあなたと出会えて本当に良かったです」
竜騎士と体重200キロ以上になった姫 ~完~




