第20話「青の森人Ⅲ」
エルフの里から出た俺は、サユキと一緒に森の中を歩いていた。
「なあ、さっきから同じ道を歩いてないか?」
一時間以上歩き続けているのだが、辺りには同じような木や草ばかりが生えていて、さっぱり風景が変わっていない気がする。
「ここはそういう森なのよ、私についてくれば大丈夫だから安心しなさい」
「それならいいけど……」
自分ではどうする事もできないし、今はサユキを信じよう。
「でも、なんで同じような風景ばかりなんだ?これじゃあ、知らずに森に入ったら絶対に迷うぞ」
「あたりまえよ、そういう風に作られているんだから……この森は、人間を里に近寄らせないために、私達の先祖が魔法で細工したらしいわ」
エルフが人間を嫌っているのは知っているが、なぜそこまでするのかわからない。
「そこまで人間を寄せ付けない理由っていうのは、なんなんだ?」
「簡単に説明すると、人間から身を守るためね」
「それって、亜人狩りみたいな事があったのか?」
「亜人狩りみたいに、無条件で殺されるのとは違うわね……昔、人間は里のエルフをさらって売り飛ばしてたのよ、奴隷にしたり、見世物にしたりね」
そんな事があったなら、エルフが人間を嫌いになるのも仕方ないのかもしれない。
身を守るためなら、結界を張ったり、この森に細工をしたのも納得できる。
「今は禁止されてるけど、隠れてやってる奴らはいるわ……自分で言うのもなんだけど、エルフって長寿で美人だからね、人間の女よりも高く売れるそうよ」
「なんで、そんな事できるんだよ……」
俺には、そんな事が平気でできる連中の事が、まったく理解できない。
「お金のためでしょうね……里を出てから、私も何度か襲われた事があるし、まあ全部返り討ちにしてやったけどね」
「サユキでも襲われるのか」
「『でも』って何かしら?」
サユキは突然立ち止まると、俺に近づいてきた。
「言っておくけど、私が人間の街に行ったらモテモテなのよ!!今まで何人の男の告白を断ってきたことか……」
なんか急にモテ自慢しだしたけど、たぶん嘘だ。
確かにサユキは美人だと思うけど、正直モテるとは思えない。
「まあ、子供には大人の魅力はわからないか」
「むかっ……年増のくせに」
子供と言われて、ついそんな事を言ってしまう。
「誰がババアですって!?」
「そこまで言ってないだろ!!」
やっぱり年齢に関しては、触れない方がいいみたいだ。
「モテるかどうかは別として、サユキは、いい母親にはなれると思うぞ」
サユキに抱きしめられた時、いい匂いがして、とても安心できた。
きっとサユキには、子供を安心させる才能があるんだと思う。
「それはないわ……私に母親の資格なんて無いもの」
それだけ言うと、サユキは前を向き、再び歩き始めた。
「サユキ?」
それからサユキは、何を言っても無言だった。
怒っているようには見えなかったけど、いったいどうしたんだろう?
しばらく歩くと、木が生えていない広場のような場所に出た。
その真ん中には綺麗な泉があり、辺りには青い花が咲いている。
「やっと違う場所に来たな」
「ここで少し、休憩しましょう」
泉の近くにあった大きな丸太の上に、サユキは腰を下ろす。
そして、片方の手で座っている丸太を叩いた。
どうやら俺に隣に座れと言っているようだが、もう機嫌は治ったのだろうか?
「そんな顔しなくても、もう大丈夫よ……さっきは悪かったわね」
「俺の方こそ、変なこと言って、ごめん」
母親というものに対して、サユキは何か思う所があるのかもしれない。
「もういいから座りなさい、たくさん歩いて疲れたでしょ?」
まだ歩ける気はしたが、せっかくなので、俺も丸太に座って一緒に休むことにする。
「ほら、家からお菓子を持ってきたから食べなさい、喉が渇いてるなら水もあるわよ」
サユキは、鞄から袋に入ったチョコレートと水筒を取り出し、俺に渡してくる。
「ありがとう、準備いいんだな」
この森を抜けるのは、まだ時間がかかるみたいだし、こういうのは助かる。
本当は自分で用意するべきなんだけど、俺の荷物は馬車の中に置きっぱなしなので、今はどうすることもできない。
「この森には慣れてるからね……泉まで来たし、半分以上は進んだと思うわ」
「この泉って、なんだか不思議な感じがするな」
周辺に咲いている青い花は見た事がないし、泉が微妙に光っているように見える。
心竜の森の洞窟にあった『光り石』のようなモノが泉の中にもあるのかもしれない。
「ここは、森の中でも一番魔力が高い場所だからね、昔ドラゴンが住んでいたくらいだし」
「えっ、この泉にはドラゴンがいたのか!?」
ドラゴンと聞いて、なんだか興味が沸いてきた。
「100年前の戦争で死んで、今はもういないけどね……」
「そのドラゴンって、エルフの竜騎士と契約していたドラゴンか?」
戦争で死んだなら竜騎士と契約していたはずだし、場所的に契約者もエルフの可能性が高い。
「ええ、契約していたエルフは未熟だったけど、ドラゴンの方はかなり優秀だったわね」
なんでそんな事まで知っているのだろう?
イルシャードの事といい、もしかしてサユキは……。
「サユキが……その竜騎士なのか?」
「そうよ、私があなたの言っていたエルフの竜騎士……って言っても随分昔の話だけどね」
サユキは、あっさりそう答えた。
だとすると、サユキは100歳以上ということになる。
100年以上も生きて、見た目がこんなに若いなんて、エルフというのは相当長寿なようだ。
「それじゃあ、この泉にはサユキが契約したドラゴンがいたんだな」
「そうよ、私を庇って死んでしまったけどね……彼女もイルシャードも私を置いていなくなってしまったわ」
そう言って、サユキは遠い目をする。
「やっぱりイルシャードとも知りあいだったんだな」
「知り合いどころか、私はイルシャードと付き合ってたのよ……彼の子供だっていたんだから」
同じ竜騎士だから知り合いだとは思ってたけど、まさか恋人だったとは思わなかった。
しかも子供まで産んでいたとか……予想外すぎる。
「サユキって子持ちだったのか!?」
「子供っていうか、産まれてきたのは『卵』だったんだけどね……」
突然サユキが訳のわからない事を言い出す。
「えーと、ブルーエルフって卵から生まれるのか?」
「そんなわけないでしょ!!そもそも人間とブルーエルフの間には子供ができないって教えたじゃない」
「じゃあ、人間のイルシャードとの間になんで子供ができたんだ?それって別の……」
「別の男となんかしたことないわよ!!前も後ろも全部イルシャードにしか捧げてないんだから!!」
すごい勢いで否定されてしまった。
でも、前はともかく後ろっていうのは……いや、今は深く考えないことにしよう。
「なら、イルシャードがハーフエルフだったとか?」
それなら子供ができてもおかしくないし、一番可能性が高い気がする。
「彼はそんなこと言ってなかったけどね、それにブルーエルフが卵を産んだなんて話、私は一度も聞いた事ないわ」
亜人だと、ハーピーやリザードマンは卵から生まれてくるって聞くけど……やっぱりエルフは違うようだ。
「それで、その卵からは何が産まれたんだ?」
「わからないわ……私が『あの子』を産んだのは、戦争が終結して半年後よ、それから80年以上経っても卵は孵らなかったの」
80年以上も孵らないって事は、その卵はきっと……。
「もちろん、中身が死んでいる可能性も考えたわ……それでも、あの戦争で彼女とイルシャードを失った私には『あの子』しかなかったのよ」
契約したドラゴンと恋人のイルシャードを失ったサユキには、自分の子供である卵だけが、生きる希望だったのかもしれない。
「でも『あの子』は奪われてしまった、今の王によってね……」
「えっ!?」
「あの王は竜騎士を使って、私から『あの子』を力づくで奪っていったのよ……わざわざ、人が住んでいない辺境の山奥まで来てね」
イーリスの父親が、サユキの子供を奪ったっていうのか……。
どんな理由があるにしろ、王だからって、そんなことをしていいわけがない。
「『あの子』を取り返すために、必死でいろいろ調べたわ……そしてわかったのは、『あの子』を奪っていった竜騎士が、城に戻る途中でモンスターに襲われて行方不明になったっていう事だけだった」
「それって……」
おそらく、竜騎士と一緒に卵も行方不明になってしまったのだろう。
だとしたら、サユキの卵はもう……。
「そういう事よ……『あの子』はもういない、もう帰ってこないのよ」
サユキ自身も、その事を理解しているようだ。
それがどれだけ辛い事なのか、それはきっと本人にしかわからない。
「そういえば、あなたは両親がいないって言ってたけど……」
「ああ、俺は亜人の里にあるトロルの村で育ったんだ」
「亜人の里って……本当なの!?」
サユキがとても驚いた顔をする。
きっとトロルに育てられた事に驚いているのだろう。
「ああ、15年前に竜騎士がドラゴンに乗って、亜人の里にあるトロルの村にやってきたんだけど、その時、一緒にいた赤ん坊が俺だったらしい」
「15年前ってまさか……もっと詳しく教えてもらえるかしら?」
「詳しくって言われても、竜騎士もドラゴンも酷い怪我をしてて、すぐ死んだらしいからな」
その竜騎士が何者だったかは、結局わかっていない。
「竜騎士が村に来た日付とかは憶えてるの?」
「3月の3日目だって、村長は言ってたけど」
ちなみに、その日が俺の誕生日という事になっている。
でも、なんでサユキがそんな事を聞いてくるのか、わからない。
「こ、これって、やっぱり偶然じゃないわよね……でも、この子は男の子だし……けど卵から産まれたなら例外もあるはず、それに顔だって」
「さっきから、何をぶつぶつ言って……」
その時、辺りが突然薄暗くなり、上空から鳥のような羽音が聞こえてくる。
「この音はっ!?」
座っていた丸太から立ち上がると、俺は槍を手に持って上空を見上げる。
空は黒い雲に覆われ、昨日俺を襲った巨大な空飛ぶ蛇が飛んでいた。
「オマエラ殺ス」
空飛ぶ蛇が口を開くと、耳ざわりな声が空から響いて聞こえてきた。
「シャベッタァァァァァ!!」
まさか話す事ができるなんて思わなかったので、驚いて変な声が出てしまう。
「ちっ、大事な話をしている時に……私が撃ち落すから、あなたは離れてなさい」
サユキが両手を上空に向けると、魔方陣の様な模様が現れ、大きな氷柱がいくつも現れる。
「フリーズ・バースト!!」
サユキの叫び声と共に、無数の氷柱は上空の巨大な蛇に向かって飛んでいく。
「ソンナモノ当タランゾ」
巨大な蛇は空中で素早く動き、氷柱を避けようとする。
すると、氷柱の飛ぶ方向が急に変化し、巨大な蛇の後を追うように進路を変更した。
そして……。
「グオァァァァ!!」
無数の氷柱が巨大な蛇の体に突き刺さった。
巨大な蛇は、大きな叫び声を上げながら、地上へと落下していく。
「よし、やったな」
「気をつけなさい、まだ生きてるわ」
巨大な蛇は地上にぶつかる瞬間、ボロボロの羽を動かし上昇すると俺達の方を向く。
「貴様ラァァァ!!」
そして、怒り狂ったように叫ぶと、俺達に向かって突進してくる。
低空飛行なため背の高い木にぶつかるが、止まることなく、そのまま薙ぎ倒していく。
「私が奴の動きを止めるから、そしたら顔を狙いなさい」
「止めるって、いったいどうやって?」
あの勢いを見るかぎり、そう簡単には止まりそうもない。
「簡単よ」
サユキが地面に両手を置くと、足元に魔方陣が現れる。
「アース・バインド!!」
サユキが叫ぶと、周囲の地面から無数の太いツタが飛び出してくる。
太いツタはムチのように伸びると、突進してきた巨大な蛇の体に絡みつく。
「ヌググ、小癪ナ!!」
巨大な蛇は暴れて抵抗するが、その体を無数の太いツタに拘束される。
「本当に止まった……」
エルフが魔法を得意だという事は知っていたが、ここまですごいとは思わなかった。
さすがは、元竜騎士なだけはある。
「長くはもたないわ、早くとどめをさしなさい」
「おう、わかった!!」
俺は動けない巨大な蛇に向かって駆け出すと、歪んだ頭部に向かって三又の槍を思い切り突き刺す。
「倒れろぉぉぉぉぉ!!」
「グオォォォォ!!」
巨大な蛇は耳ざわりな叫び声を上げると、その場に倒れて動かなくなった。
突き刺した三又の槍を頭部から引き抜くと、その体が光り出し、目の前から消えてしまった。
「おい、消えたぞ!?」
「大丈夫よ、倒されたことで、元の世界に戻ったんだと思うわ」
「元の世界?」
「ここではない、異世界の事よ、あの蛇は私達とは違う世界の生き物なのよ」
こことは違う世界……そんなものが本当にあるのだろうか?
「それより、さっきの話の続きを……って訳にはいかないみたいね」
サユキが背後の林に視線を向けると、ドスンドスンと何か大きなモノが歩くような足音が聞こえてくる。
「また魔女の召喚したモンスターか?」
「そうだとしたら、かなりの大型ね」
徐々に足音は大きくなり、林の奥から足音の正体が姿を現した。
それは、機械のような黒い鎧をまとった巨漢……いや巨女だ。
かなりの肥満体で、軽く200キロ以上はありそうに見える。
「うわっ、すごい体してるわね」
サユキは、巨女の体型に驚いていたが、俺は別の事に驚いていた。
「あれって!?」
怪しげな装置のような物で目が隠れていたが、その顔を間違いなく、イーリスだった……。




