第11話「守るモノ」
黒い刃に頭を刺されたハイマルは、絶命していた。
「なっ!?」
そしてハイマルを刺した刃は、空へと飛んでいく。
俺が頭上を見上げると、木の上に全身を漆黒の鎧で包んだ人物が立っていた。
身長は2メートルくらいで、ハイマルよりも細身で小さい。
「余計な事を話されては、困るのでな」
声を聞くと、鎧の人物が男だということがわかる。
「なんだ、おまえ!?」
鎧の男は、木から飛び降りると俺達に近づいてくる。
男の鎧には、いくつも刃がついており、刃の部分が血のような色をしていて、どこか禍々しい感じがする。
素顔は隠れていてわからないが、頭には二本の角が生えているので、この男も鬼なのだろう。
「あなたは……!?」
シズクが驚いた表情で、鎧の男を見ている。
「まさかシズクが一緒だとはな……あの女、わざとオレに教えなかったな」
男はシズクを見ると、そう呟いた。
「それじゃあやっぱり、森にあった冒険者達の死体は……」
「そうだ、オレが始末した」
冒険者達を殺したのは、ハイマルではなく、この男だったようだ。
シズクの知り合いのようだが、もしかして……。
その時、鎧の男に向かって、長い氷柱が飛んでくる。
鎧の男はそれを片手で受け止めると、握りつぶした。
「何のつもりだ?」
「見つけた……お母様を……お母様を殺した鬼め!!」
イーリスはそう叫ぶと、鎧の男を憎しみのこもった瞳で激しく睨みつける。
だがその表情とは逆に、イーリスの太い足は震えていた。
「イーリス?」
「その鬼が、私のお母様を殺したんです!!6年前のあの日に!!」
イーリスの母親を殺した……この目の前の鬼が?
「ほう、憶えていたのか」
「あたり前です!!あなたを殺すために私は……」
「だが、それは叶わんよ……貴様はここで死ぬのだからな、アルキメス王国第二王女イーリス・アルキメス」
鎧の男がそう言うと、右手についていた刃が飛び出し、イーリスに向かって飛んでいく。
「イーリスは、やらせない!!」
俺はその刃を、白い槍で弾き返す。
「あれを弾き返すとは……なるほど、それが心竜の力か」
「おまえは、いったい何者だ!?」
なぜこの男はシズクだけでなく、イーリスやコハクの事を知っているのだろう?
「オレは『斬鬼』のシンゲツ、邪魔をするなら貴様も……」
シンゲツと名乗った鬼は、なぜか途中で黙り込む。
「似ているでしょう、シグレに……」
シンゲツに向かってシズクの投げた札が飛んでくる。
するとシンゲツの背中の刃が飛び出して、シズクの投げた札を切り裂いた。
「シズク、オレの邪魔をするのか?」
「兄上は、ワタシが殺す……そのためにワタシはここにいる!!」
やはりシンゲツは、シズクの兄だったようだ。
「この鬼がシズクさんのお兄さんって……どういうことですか?」
事情を知らないイーリスが、困惑した表情を浮かべる。
「すまない、イーリス……ワタシは鬼人なんだ」
シズクが帽子を脱ぎ捨てると、頭の小さな角が露になる。
「そんな……シズクさんが鬼だったなんて!?それじゃあシズクさんが探してる鬼って言うのは……」
「この男だ、ワタシはこの男を殺すために、今までずっと旅をしてきたんだ……そしてその旅も今日で終わらせる!!」
するとハイマルの時と同じように、黒い霧のようなモノが現れてシズクの全身を包み込む。
黒い霧が消えると、シズクの全身がシンゲツと同じ色の漆黒の鎧に包まれていた。
だが、その形はシンゲツとは大きく異なり、鎧の胸の部分が大きく盛り上がって女性的な形をしており、両腕には大きな爪がついている。
「ワタシは斬鬼のシズク……鬼人の戦士として、あなたを殺す!!」
シズクは大きな爪をシンゲツに向けて、そう宣言する。
「無理だな、おまえではオレには勝てない」
「昔のワタシとは違う、あなたには負けない……イブキ、ここはワタシに任せてイーリスを連れて逃げるんだ!!」
「オレを殺すと言いながら他人の心配をする……やはりおまえは昔と変わっていないな……だが、逃がしはしない!!」
シンゲツの鎧から、無数の刃が飛び出しイーリスに向かって飛んでいく。
「イーリス!!」
シンゲツの刃が自分に向かってきてるのに、イーリスはなぜかその場から動かない。
いや、動かないんじゃない、動けないんだ……。
イーリスの太い足は、まだ震えている……恐らく目の前の鬼に恐怖しているのだろう。
「なんで私は、お母様の仇が目の前にいるのに動けないの!?」
俺は、イーリスに向かってくる刃を槍で弾き返すが、あまりにも数が多すぎる。
すると、風のような速さでシズクがイーリスの側まで移動し、残った刃を大きな爪で、すべて弾き飛ばした。
「キミ達がどうにかできる相手じゃない、早く逃げるんだ!!」
「でも……」
だからって、シズクだけを置いて逃げるわけにはいかない。
「あの男が狙っているのはイーリスだ、キミが彼女を大切に思っているのなら、今どうすればいいかわかるだろ?」
シズクにそう言われて、俺は自分が取るべき行動を決める。
「……わかった、イーリス行くぞ!!」
正直納得はしていない、だけどイーリスの事を考えるならここから逃げるべきだ。
俺はイーリスの手を引っ張るが、イーリスは動かない。
「ダメ、怖くて足が動かない……」
「無駄だ、その女は、オレへの恐怖で動けなくなっている」
動けないなら抱き上げて運びたいが、イーリスの体重が重すぎてそれもできない。
「イーリス、ワタシの言ったことを思い出して……一度目を瞑って、深呼吸して冷静になるんだ」
「無理です!!目を瞑ってもあの鬼が……お母様を!!」
イーリスは、恐怖のあまり混乱しているようだ。
「イブキ、イーリスの手を握ってやってくれ、キミなら彼女を落ち着かせる事もできるはずだ……その間、あの男はワタシがなんとかする!!」
シズクはそう言って、シンゲツに向かっていく。
俺は言われたとおり、イーリスの手を握る。
「大丈夫だイーリス、おまえは俺が必ず守る……だから怖がることなんて一つも無い」
「で、でも……」
イーリスを守りたい、ただそれだけを考える。
すると握っていたイーリスの右手が突然輝き出し、契約の証が現れる。
気がつくと、俺は広い部屋の中にいた。
部屋の中は、窓ガラスが割れ、大きなテーブルや椅子が壊れて滅茶苦茶になっている。
「ここは……いったい?」
その時、足に何かがぶつかる。
足元を見ると、手足を切断された死体が床に転がっていた。
「な、なんだこれ!?」
周囲をよく見てみると、手足を切断された死体があちこちに転がっていた。
「これもシンゲツがやったのか……でもさっきと場所が全然違うし、どうなってるんだ!?」
正直、訳がわからない……さっきまで俺は、イーリスの手を握っていたはずだ。
それがどうしてこんな所にいるんだろう?
「お母様!!しっかりして!!」
声のした方を振り向くと、10歳くらいのドレスを着た少女の姿があった。
金色の綺麗な髪をしており、全然太ってはいないが、顔立ちがイーリスにどこか似ている。
少女は、倒れている女性に抱きついて泣いていた。
おそらく少女の母親なのだろう。
「おい、いったい何が起きて……」
少女に声をかけようとしたその時、刃のついた黒い鎧の男が……シンゲツが少女の側にやってくる。
俺は嫌な予感がして、少女に向かって走り出す。
シンゲツは腕から刃を飛ばす……。
そして、少女の目の前で母親の首を切り落とした。
「おか……あ……さ……ま?」
少女は、目の前で起きたことが信じられず呆然としている。
そんな少女に向かって、シンゲツは手を伸ばす。
「やめろぉぉぉぉ!!」
俺は、シンゲツを殴り飛ばすと少女を抱きしめた。
「イーリスは絶対に俺が守る!!何があっても守ってみせる!!」
いつの間にか、そう叫んでいた。
「イブキ?」
少女が俺の名前を呼ぶ。
名前を呼ばれて俺は理解した、この少女はイーリスだ。
「イーリス、ここから出よう」
よくわからないが、ここに居てはいけない気がする。
「でも鬼が……お母様が……」
イーリスは、ぼろぼろと涙を流して頼りない顔をしていた。
「大丈夫だ、俺が一緒についてる」
腕の中にいるイーリスの頭を優しく撫でる。
「イーリスは一人じゃない……約束しただろ、必ず二人で協力するって」
「二人で?」
イーリスは顔を上げると、大きな瞳で俺の顔を見つめてくる。
「ああ、二人ならきっと大丈夫さ……なんたって、俺がついてるんだからな」
そう言って、イーリスに笑いかける。
「イブキ……」
イーリスの小さな手が俺の頬に触れる。
「そうでしたね……今の私は一人じゃないイブキがいる」
「おう、わかったら行くぞ」
抱いていたイーリスを離すと、俺は手を差し出す。
イーリスは細い指をした小さな手で、俺の手をしっかりと握り締めた。
「はい、一緒に行きましょう」
イーリスの手を引いて、俺は近くにあった扉を開ける。
すると、扉の向こうから光が溢れ出し、俺達を包み込んだ。
気が付くと、俺は元の場所に戻っていた。
イーリスの姿は元の太った姿に戻っており、右手の契約の証はもう輝いていない。
「もう大丈夫です……イブキが一緒にいてくれるから怖くありません」
イーリスの瞳には、強い意志を感じる。
何が起きたのかよくわからないが、イーリスは恐怖を克服できたようだ。
「それじゃあ逃げるぞ」
「はい!!」
イーリスは、力強く頷くとその場を走り出す。
「バカな、あの程度でトラウマになるほどの恐怖に打ち勝ったというのか!?」
走り出したイーリスを見て、シンゲツが驚いている。
そんなシンゲツに向かって、シズクが大きな爪で斬撃を繰り出す。
「あなたは相変わらず、女心がわかっていないんだね」
「恋心が、恐怖心に打ち勝ったとでも言うつもりか?」
シンゲツは両腕についている刃で、シズクの斬撃を受け流す。
「さあどうだろうね……それは本人にしかわからないさ」
「だが、結果は変わらない!!」
刃のついた足でシズクを蹴り飛ばすと、シンゲツはこちらに向かって走ってくる。
俺は逃げるイーリスを守るようにして、シンゲツの前に立つ。
「シグレに似ていようと邪魔をするなら手加は無しだ、防げないほどの一撃を喰らわしてやろう」
シンゲツの鎧の刃がすべて飛び出すと、合体して一本の巨大な剣になる。
「どんな攻撃が来ようと、イーリスは俺が守ってみせる!!」
そうだ、俺がイーリスを守るんだ。
シンゲツがシズクの兄だとしても、イーリスを殺すというなら容赦しない。
「その意気や良し!!だが、気持ちだけではどうにもならないことを教えてやろう!!」
白い槍が輝きだして、コハクが俺に力を貸してくれる。
「これならっ!!」
シンゲツの巨大な剣が、大地を切り裂くように振り下ろされる。
俺は巨大な剣を、輝く白い槍で受け止めるが……。
「くっ!!」
シンゲツの力の方が強く、俺の腕はじわじわと押し戻される。
「終わりだ」
シンゲツがそう言うと、巨大な剣が血のような禍々しい光を放ち、圧倒的な力で俺を吹き飛ばす。
「うわぁぁぁぁ!!」
俺の体が地面に叩き付けれる。
その衝撃で白い槍が手から離れて、地面に落ちるとコハクも元のドラゴンの姿に戻ってしまう。
「ピィ……」
「イブキ!!コハク!!」
イーリスの声が聞こえる……。
すぐに立ち上がって、イーリスを守らなくちゃいけないのに体が動かない。
「所詮気持ちだけでは、大切なモノは守れない……必要なのは、何を犠牲にしても守り通す意志と誰にも負けない圧倒的な力だ!!」
シンゲツの巨大な剣がバラバラになって無数の刃に戻ると、俺に向かって飛んでくる。
だけど体が動かない、吹き飛ばされた時に背中を強く打ったせいかもしれない。
そして、無数の黒い刃が俺に迫ってくる。
「イブキ!?」
その時、黒くて硬いモノが覆いかぶさり、俺の体を抱きしめた。
「ぐっ……!?」
それは……シズクだった。
シズクの背中には、鎧を突き破り無数の刃が突き刺さっていた。
「シズク、なんで……」
「バカな……その少年はシグレではないんだぞ!!なぜそこまでしておまえが庇う必要がある!?」
シンゲツが動揺した声を上げる。
「ただの自己満足さ……あの娘を死なせてしまったワタシの……」
シズクがそう呟くと、全身を包んでいた鎧が消滅する。
「シズク!?」
俺の頬にシズクが手を伸ばして触れる。
「たった数日だが……キミ達と一緒に過ごした時間は、妹が帰ってきたみたいで楽しかったよ」
シズクは、今まで見せたことのないような優しい笑みを浮かべていた。
「だったらこれからも一緒に……」
そうだ、シズクが一緒に旅について来てくれるんなら、すごく心強い。
イーリスだって、そう思ってくれるはずだ。
「イブキ、キミは生きてくれ……あの子のためにも……キミは……」
話の途中でシズクが目を閉じると、俺の頬に触れていた手が力なく落ちた。
「シズ……ク?」
話しかけるが返事がない。
それが何を意味するのか、俺は理解した。
「なんだよこれ……」
目の前で起きたことが信じられない、いや信じたくない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
シンゲツが突然叫び声をあげると、俺の側に駆け寄ってくる。
「シズク!!おまえが死んだらオレはいったい何のために……シグレが死んだのはおまえのせいじゃない!!すべてこのオレが悪いんだ!!」
シンゲツは、俺の体の上にいるシズクを抱き上げる。
「くっ……少年、次は無いぞ」
シンゲツは俺に背を向けそう呟くと、シズクを抱いたまま風のような速さでその場から去っていった。
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、シンゲツは俺達を見逃してくれたようだ。
「ちくしょう……」
俺の胸の上には、シズクが持っていた鈴だけが残されていた。




