4-A 戦う力
いよいよ物語にブーストがかかる第四話スタートです。
あ、その前にこれを
http://www.youtube.com/watch?v=l2bPl13h6y4
氷月の話を聞いてから改めて二色の夜を観察すると、自分がかつていた街よりも濃い闇に包まれているような気がする。実際、晃陽が住んでいる社宅の周りには街灯もあまりなかった。
「晃陽、お前は穴掘りにでも行くつもりか」
間もなく四時になろうかという頃、晃陽宅に入り込んだ黎の第一声に晃陽が「武器だよ。用意しておこうって話しただろう」と答え、手に持ったスコップを軽く一振りする。
そういう黎はどこから調達してきたのか、ボウガンを持っている。
「やっぱり社長の家は違うな」
「それは言うな」
珍しく晃陽が黎に軽口を叩き、黎がそれを制する形になった。
「なんでだよ。俺が生活できるのはお前の父親の会社のおかげだぞ」
「結果的にそうなっているだけだろ。さ、行くぞ」
少し苛ついた様子で、部屋のドアを開ける黎。現実の夜より明るいが、それ故に不気味な薄暗いゴーストタウンが目の前に現れた。
※※
暁井家は、二色という土地で何代も続く地元の名家として知られている。明の祖父、曽祖父は二代に渡り二色市長を務め、明の父の兄、つまり伯父は県議会議員に収まっている。
本来ならば明の父も一企業の一社員よりかはずっと良いポジションを与えられる予定だったが、問題があった。
保守的な思想を持つ祖父が、離婚歴を持つ息子の結婚相手を認めなかったのだ。幼いながらも親子間の確執を肌で感じていた明だが、個人的に祖父は孫には優しく、よく遊びに行っていた記憶があるので、あまり悪い印象は無かった。
母を認めなかった祖父も、息子を勘当するようなことはしなかったようだが、父は実家から距離を取っている。一般企業に大卒で入り、転勤も経験したが、結局生まれ育った町に家を建て、戻ってきた。
明からすれば、父も祖父も似た者同士だ。お互い風習や伝統や義理に縛られて柔軟な発想ができない古い頭の人間だ。
昔から、男の子は変なところで妙なこだわりを持っているんだな、と思っていたが、最近できた男友達は、なんというか、ただただ“変”で“妙”だ。頭が良さそうで考え無しで、思い切りが良いが、ちょっとしたところでやけに繊細で、とても不器用で、それでいて優しい。
「あれ?」
そんなことを考えていたのではない。明は思考回路を修正する。彼のことではない。自分の家のことだ。
とにかく、明自身は「変な家に生まれてしまった」というくらいの認識で、日常生活を送る上では至って普通の家庭だと思っていたので、父にこんな質問をする日が来るとは思わなかった。
「お父さん。小学生の時のことなんだけど」
リビングで本を読んでいた父親は明らかに動揺した。
「私、“消えて”たんだよね」
微妙に実家からは離れた位置に建てられた持ち家の居間のソファに座っている父は、姿勢を正して、隣に座った明に言った。
「思い出したのか」
完全にかまをかけた質問だったが、大当たりだったようだ。明は体が震えるのを抑えて、こくりと頷く。
「別に怒ってないけど、なんで誤魔化してたの?」
少し考えた後、父が話す。
「何が起きたのか、分からなかったんだ。ある日突然明が消えて、5日後、ひょっこり帰ってきた。お爺ちゃんは神隠しなんて騒いでいたけど、そんなもの、あるはずがない。
明もなんだか記憶が朧気だったから、少し迷子になっただけなんだと言い聞かせた」
つまり、何が何だか分からないことが起こったが、面倒なので事実を捻じ曲げたというわけか。
「お父さん」
「明、ごめんよ」
「ううん。怒ってないよ。でも、やっぱりお父さんてお爺ちゃんの息子なんだね」
合点がいかないという様子の父に言う。
「事実の隠蔽。情報操作。政治家っぽい発想」
あまりにも直截的で辛辣な人物評価に絶句してしまった父親を置いて部屋に戻ろうとする明。
「ちょ、ちょっと待って、明」
父親の狼狽した声に立ち止まったが、特にもう話すことはない。いや、一つだけあった。
「中学の友達にね、ちょっと変だけど、すごく自分に正直な人がいるの。私は―――」
羨ましい、その人みたいになりたい……?自分は何故また彼のことを話そうとしているのだ。明は再び思考を断ち切ると、父に再度訊く。
「もう隠していることはない?」
「……ない」
(ああ、これはあと二つ三つあるな)
直感で察したが、いよいよ父が可哀そうに見え始めたので、それ以上の追及は止めておいた。とりあえず、今日のところは、だ。
自分の部屋に戻ると、明は息を吐いた。
神隠しも、晃陽や氷月の言っていたことも、本当だった。
自分の掌を見つめる。もしかして、あの日からずっと続いている、自分の一部が欠落した感覚も―――
「東雲くん……」
零れた声は、全くの無自覚だった。明は部屋の外を見つめながら、彼の名を呼んだ。
※※
一方その頃。
「「うわあああぁぁぁぁ!!!!」」
晃陽と黎は、逃げていた。後方不注意で、“影”に見つかってしまったのだ。
「近くにいたら分かるんじゃなかったのか!」
「そんなこと知るか!聞こえないときもあるんだろう!」
疲れが無いので、走りながら喋っていても走力はほとんど落ちないが、大型犬のような形の“影”は執拗に二人を追う。
「よし、晃陽。俺が奴を引き付けるから、この先の角で待ち伏せろ」
入り組んだ住宅地に入ったところで黎が言う。晃陽が驚くが「俺なら大丈夫。この辺りの道は頭に入ってる。そのスコップで思い切りかましてやれ!」との言葉に意を決し、頷く。
「―――分かった」
軽くサムアップを見せた黎がやや減速し、道を左に折れる。“影”が黎についていったことを確認すると、晃陽はまっすぐ走り、T字路の角で止まる。
―――来い。
左に折れたのだから、左方向から走ってくるだろうと読み、スコップを構えて待つ。
しかし―――
「くっ……!晃陽!」
黎の苦悶に満ちた声。急いで駆け出すと、黎が大型の“影”に腕を噛まれていた。
「黎!!」
叫び、無我夢中でスコップを振り回す。手応えはほとんどなかったものの、“影”が離れた。
黎がすかさずボウガンを放つと、“影”がわずかに怯んだ。
「逃げるぞ!」
二人で遮二無二走り回り、気配がしなくなった。振り切れたようだ。
「こんなものじゃ、戦えない」
苛立った声で晃陽がスコップを投げ捨てる。
「ボウガンも、多少牽制にはなったけど、ほとんど役に立たなかったな」
黎が言いながら左手を見る。瞬間、目を見開き、一つ息を吐いてから、晃陽に見せた。
「見てみろ晃陽、さっき“影”に喰われたところだ」
「食われたって……え?」
左手首から先が半透明になっていた。これはまるで―――
「神社にいた明みたいじゃないか」
「というか、同じ症状だろうな。ほら、手で触れない」
黎の右手が左手を通り抜ける。
「痛むか」
「逆だよ。何ともないのが不気味だ。ほら、だんだん戻ってきてるぞ」
確かに、よく見ると少しずつ実体に戻ってきているようだ。
「放っておくと治るのか」
「そんな軽い虫刺されみたいにはいかない気がするけどな。しばらくは様子見―――」
『―――!!』
―――唸り声。晃陽はとっさに動いた。
「黎!伏せろ!」
黎を突き飛ばすと、既に“影”が三体、こちらに飛び掛かってきた。
―――コンティニューは、ないよな。
視界が、闇に染まっていく。
意識ははっきりとしているが、何も聴こえず、匂いもしない。どちらを向いているのかすら分からないが、妙に心は落ち着いていた。
―――亜空間?光と闇の狭間の世界?パラレルワールド―――いや、流石にそれはないな。
ひとしきりの推察を終えて、どうやらまだ死んでいないようだと気付く。
―――なら、もがくまで!
手を差し出す。虚空を掴むように、前へ、真っ直ぐに、動かす。
こんな時、漫画なら目の前に正体不明の後光が差した誰か現れて『力が欲しいか』みたいなことを言ってくれて―――こんな状態にも関わらず逞しい妄想力をエンジンに手足をバタつかせるが、希望するシチュエーションはやってこない。
だが、力は欲しかった。
―――このまま戻っても、自分は無力。黎を、明を、救う『力』が。
「欲しい!」
右手が、何かを掴んだ。
「おおおおおお!」
雄たけびを上げ、手に掴んだ『力』を振り回した。闇が晴れ、視界が戻った。
黎が顔中の穴を全開にしてこちらを見ている。
周りを見ると、三体の“影”が倒れていた。
「晃陽……?」
驚愕の表情と同じく、こんな間の抜けた黎の声を聞くのは初めてだった。
「何をしたんだ?それ、何だ?」
黎が指差した先には晃陽の右手、に握られたもの。
「剣?」
それは、両刃の長剣だった。とりあえず晃陽は西洋風の剣を持ったらやりたいことをやった。
「うわ、危ない!振り回すなよ。」
「黎はクラウドのポーズを知らないのか」
「はぁ?」
「まぁ、7世代前のゲームだしな。ところで、これは本当に俺がやったのか」
「憶えていないのか」
黎が言うには、晃陽が“影”に纏わりつかれた次の瞬間に“影”は吹き飛び、剣を携えた晃陽が立っていたという。
「そうか」と言う晃陽は手に持った剣をしげしげと見つめている。
また何か妙なことを考えている晃陽を一旦おいて、黎は動かなくなった“影”に近づいていく。もう左手はほとんど回復していた。
「晃陽、ちょっと来てみろ。気持ち悪いものが見えるぞ」
言われた晃陽は嫌そうな顔をした。中二な彼も、そういうものへの耐性はあまりない。恐る恐る“影”に近づき、見ると、“影”の前脚部分に、人の腕がぶら下がっていた。
「何だよこれ」と慄く晃陽に、黎は涼しい顔で「晃陽、これ、斬れ」と言った。
「斬る!?」
どうやら先程までの勇気は完全に萎んでしまったらしい晃陽が素っ頓狂な声で返す。
「俺に考えがある。いいからズバッといけ」
「軽ッ!?そんなこと黎がやればいいだろう」
そう言って、剣を黎に押し付ける。
しかし、黎が手に取った瞬間、剣が光を放ち、弾かれるように手から落ちた。
「痛っ。どうやら、俺じゃダメみたいだな」
剣に弾かれた手を押さえながら黎が言った言葉に、晃陽は思いを巡らせる。
―――黎ではだめ→俺なら使える→剣が俺を選んだ→俺=選ばれし者!
「よし、俺が斬ろう」
「うん、お前の脳内でどんなことが起こったのかは聞かないでおいてやるから、とっととやれ」
剣を構える晃陽。
「さぁ、契約に基づき、我が力となれ―――」
「そういうのいらん。普通に斬れ」
「外連味のわからん奴め。仕方ない―――はっ!」
気合を込め、“影”に垂れ下った異物を斬り落とす。
『―――アリガトウ』
声が聞こえたと同時に、斬った腕が消えた。
「何が起こったんだ?」
「行くぞ晃陽、二色神社だ」
黎と晃陽が足早に向かった先、もう一度晃陽が訊く。
「黎、どういうことだ。」
「俺の考える通りなら、戻っているはずだ」
黎はそう言いながら社殿の中に入る。
「やっぱりだ。晃陽、触れてみろ」
黎が眠っている少女の腕に触れながら言った。晃陽もそれに倣うと、確かに感触がある。
「何とかなりそうな目が見えてきたな」
嬉しそうに語る黎に応えるように「そうだな」と、晃陽も笑った。