3-B 二色
二色と言う地名はあるそうです。でも全然関係ありませんので。
「黎!!」
昼休み。教室のドアを開け、大きな声を上げ友を呼ぶ下級生に唖然としている先輩方に構わず、晃陽は黎を図書室に連れ出した。
「下らない用事だったら、その顎に右アッパーを食らわせる」
「怖い顔するな。面白い仮説を思いついたんだ」
そして、晃陽は手に持っていたノートを開く。
「出た、黒歴史ノート」
「うるさいぞ黎、良いからこのページを読むんだ」
「『地下に暮らす少女、地表に暮らす男、二人が出会うとき、物語が―――』」
「そこじゃない!もういい返せ、自分で説明する」
温めていた小説のネタを読まれた晃陽は黎からノートをひったくる。
「≪暁の街 照らす光は闇の中 夜明けの塔 開く鍵は影の中」憶えてるだろう。あの文章の意味が分かったんだ」
晃陽の推理はこうだ。
まず≪暁の街≫とは、あのゴーストタウンと化した二色町のこと。≪夜明けの塔≫は円柱の高い塔のこと。
そこまでは簡単だ。では残りの二箇所の意味は―――
「この街には、罪人の流刑地という“闇の歴史”がある。朝の光と、夜の闇が繰り返されるだけの場所。光とは朝日。闇とは、夜のことだ。
“照らす光”が“闇の中”にあるとは、“夜明けの朝日”が闇に包まれた“暁の街”の中にあるということ。光が隠されているのが闇の中の“夜明けの塔”ということだ。“夜明けの塔”に、あの街を照らす光があるはずだ」
うーん、と唸る黎。いつもならば反射的に「考えが浅い」と切って捨てる黎の様子に気を良くした晃陽は尚も続ける。
「≪開く鍵は 影の中≫、この文の“影”とはあの化け物のことだ。そしてその正体は、恐らく怨霊。この世を呪って死んでいった反逆者たちのな。
“開く鍵”というのは、“夜明けの塔”を開く鍵のことだ。“影”共が持っている“鍵”を使うことで塔の中に入れる。そして“暁の街”に光は戻り、二色神社に眠る明の半身も目覚め、こちらの世界の明に戻る。どうだ、黎。面白くなってきただろう」
また唸る黎。そして呟く。
「確かに、面白いな」
それを聞いた晃陽は有頂天だ。
「そうだろう!黎にもようやく俺の洞察力と推理力が分かってきただろう!」
「いや、相変わらず逞しい妄想力だと思ってる」
ガクッとうなだれる晃陽。
「ただの思い付きで話を進めちゃだめだ。細かいところまで色々と詰めないとな。部活の時、ゆっくり話そう。俺も考えをまとめておく」
※※
放課後になり、明を伴って部室へ。図書準備室に入るには図書室を抜ける必要があるのだが、そこで氷月と鉢合わせた。
「あれ、何してるんですか」
氷月は、何かを読んでいる様子だった。顔を上げると、晃陽を見てにっこりと笑う。
「面白いものを見つけたんだ。君のだろう、晃陽」
と言って、読んでいた物を晃陽に見せる。
「あーーーーーー!!!」
叫び声を上げながら神速でノートを奪い取る。
「ここの机に置きっぱなしだったよ。大事なものなら、ちゃんと管理しないとな」
氷月は笑いながらひったくられた手をひらひらとさせる。
「なんで東雲くんの物だって分かったんですか」
明が訊くと、氷月は柔らかい口調はそのままに、思慮深い目つきになってこう言った。
「入学して一ヶ月足らずで校内に幽霊がいる、という噂を振り撒いて騒ぎを起こし、図書室に自作の連載小説を勝手に置いて三回で断筆し、タメ口を注意した三年生を口八丁で言い負かし、頼まれればどんな雑用も手伝いも率先して引き受ける割に飽きっぽくて途中までしかやらないこともあるけれど学校を休んだことが無くて成績は良好な生徒だったら、これくらいの物は書きそうだと思っただけさ」
氷月の言葉を受けた明は晃陽を見た。口をあんぐりと開けたただならぬ様子に合点がいったのか、こう言った。
「東雲くん、一体学校で何をしてるの?」
しかも彼はまだ二年生になったばかりである。この教師の話は全て一年生の間のことのようだ。
「それ、ちょっと見せて」
「だめだ。俺以外の人間が読むと発狂してしまう黒の書だ。明には見せられない」
「俺には読ませようとしてただろう。晃陽の中で俺は人外なのか」
いつもの気楽な口調で入ってきた黎は、時ならぬ訪問者の方を見て言う。
「氷月先生、これから部活なので」
「ああ、知ってるよ。ただ、一つだけ訊かせてくれ。晃陽のノートには、この街の歴史の暗部に関わる記述があるんだが、どこで聞いたんだい?“暁の鐘”について」
※※
「この街は本当に興味深い。現代にまで根強く残る神隠しの伝説と、それに連なる“影の街”の伝承。それを“暁の街”と呼び、実際に目の当たりにした君たち」
そう言って、晃陽、黎、明を順に指さす。
図書準備室兼文芸部部室にて、晃陽が黎の制止を聞かず、今までのことを全て話してしまった後の、氷月の感想がそれだった。
「俺は全部話しました。だから、先生も知っていることを話してください。何なんですか“暁の鐘”って」
晃陽が言う。氷月は足を組み、額に右人差し指を当て何か思案する様子。話そうか迷っているというより、話の順序を整理しているようだ。
「君たちには、もう二色の街の歴史については話したから、その裏側の話からしていこうか」
やがて、話し始めた。
「この国の神隠し伝説は多いが、二色のそれは、少し特殊でね。行先までセットになっているんだ。それが“影の街”」
「ただのオカルトでしょう」
黎が言う。氷月は否定しなかった。
「確かに、その実態は、村単位での間引きや集団失踪事件がおどろおどろしく伝えられただけのものが多い。いなくなった人が忽然と姿を現す“神隠し”としてね。
ただ君たちは実際に体験したんだろう。晃陽の部屋から“影の街”、君らのいうところの“暁の街”へと行った。―――良いネーミングだね。“夜明けの塔”というのは初耳だが、興味深いよ」
ここで「少し話が逸れたね」と言って、また話し出す。
「大昔から、罪人や政治犯の受け皿―――強制収容施設兼強制労働施設のようなものだったらしい―――を引き受けてきた街だけあって、奇妙な伝承が残っているのさ。“神隠し”もそう、“暁の鐘”もだ」
いよいよ話が“暁の鐘”に及んだところで、晃陽は椅子に座り直し、集中する。
「ここに流された者にとって、夜とは、真の闇だった。自分が生きているのかさえ分からなくなるような暗闇に怯えていた者に朝の光は待ち遠しいものだった。
そこで誰かが鐘を鳴らした。朝日が昇るその瞬間、打ち鳴らされるその音が、罪人たちにとっての希望だった。
いつしか鐘の音は意味を変えた。“朝を告げる鐘”ではなく“朝を呼ぶ鐘”。夜の闇を溶かす“暁の鐘”」
「朝を、呼ぶ?」
「という伝説だよ。本当は何の変哲もない、ただの鐘さ」
「あの、先生」
明が律儀に手を上げて発言する。
「その“影の街”で神隠しにあった人は、どうなるんですか」
「明は、そこが一番気になるだろうね」
晃陽は明の事情を慮り、神隠しについては話さなかったが、明自身が自分から話した。氷月は、明の目を真っ直ぐに見据え、こう言った。
「戻ってきた人もいるし、戻らなかった人もいるようだ。その辺りは他の神隠しと変わらないね。ただ一つ、行先が決まって『誰もいない街』であること以外は」
氷月は細く、鋭角なの顔に手を当て、「しかし、これは―――」と、しばし考え込む。
「正直、晃陽の話も半信半疑だったが……明、君は、その神隠しのことについて、もう一度、ご両親と話した方がいい。絶対に何かあるはずだよ」
「はい」
意を決したように頷く明に満足そうな表情を見せた氷月。
「では、俺はもう行かなくては。非常勤とはいえ、やることはあるからね。また何かあったら教えてくれ」
と言って、部室を出て行った。
※※
「不思議な先生だね」と明。
「ああ、只者じゃなさそうだけど、面白くなってきた」
「また妄想が始まったバカは放っておいて、とりあえず今日か明日にでも、神隠しのことについて訊いてみてくれ。俺たちは、またあっちに行ってくるから」
「気を付けてください。ねぇ、東雲くん」
明は一足先に“あっちの世界”に旅立とうとしていた晃陽を呼んだ。
「なんだ?」
再び怪しげなノートに怪しげなことを書き連ね始めた晃陽は生返事だったが、構わない。
「ありがとう、私のこと、話さないでくれて。でも大丈夫、私も、私に何があったのか、知りたいから」
「そうか。なら俺も協力する。お前の半身は、必ず取り戻す」
「半身?」
よく分からないという表情の明を差し置いて、一心不乱にペンを動かす晃陽。そのやり取りを聞きながら、黎は氷月の出て行った扉の向こうをずっと見つめていた。
「ねぇ、良いから見せてよ。何書いてるの?」
明がノートを取り上げる。気を許した相手には大胆に振る舞える性質らしい。
「だぁー!やめろって言ってるだろうが!」
「人の目に触れるところで気になることしてる方が悪いんでしょ」
「忘れないうちに書いておくことが重要なんだ。いいから返せ、目が潰れるぞ」
後輩二人のやり取りを眺めていた黎は、微笑み、硬質な髪を軽く撫でた。
「明、その辺にしておいてやれ。晃陽も黒歴史を中二病で塗り潰そうとするな。将来ベッドで転げまわるネタが増えるだけだぞ」
そう言って二人を止めながら、氷月が出ていった扉の方をチラリと見て、小さな声で、こう呟いた。
「本当に退屈しない奴だよ―――お前は、俺が守ってやる」
※※
≪少年が抱く謎と決意は深まり、物語は混迷していく―――≫
ここで第三話は終わりです。お疲れ様でした。第四話は、明日からスタートです。