3-A 歴史の授業
『Lighting』
http://www.youtube.com/watch?v=l2bPl13h6y4
小説も楽曲も全部自作。ワクワクは自給自足がモットーです。第三話、よろしくお願いします。
―――夜。部屋のドアを“再び”開けるとトイレに起き出していた母親と鉢合わせた。
「晃陽もトイレ?」
「いや、違う。少し目が覚めただけ」
「そう、ところで今日持って帰ってきたあのスコップはなぁに?」
難しい質問だった。
「―――戦利品?」
「へぇ、おめでと~」
あくび交じりの称賛に「不毛な勝利だった」と言って、ドアを閉めた。
「―――戻った」
呟く。黎が立てた仮説通りだ。
『ある時間帯―――恐らく午前四時から五時くらいの間―――にドアを開けると“あちら”へ行き、再び閉めることによって元の世界に戻ることができる』
随分と軽い条件だが、ほかに何か特別なことをしたという記憶もない。これが正解なのだろう。
つまり、夜な夜なおかしな世界への扉は開くが、閉じるのも簡単ということ。
晃陽は思案した後、PCの電源を入れた。気が立って眠れないし、考えているだけではらちが明かない予感がしたので、ゲームでもやっていようと思ったのだ。
液晶に≪WE’ll≫のロゴが現れる。
次世代携帯機器『コンパクトタブレット』略して『CT』を開発したダート社の日本支社が運営するSNS『WE'll』内のオンラインゲーム『GROUND OF THE LEGEND』をスタートする。
古臭いネーミングと既視感のある世界観で当初はあまり関心を引かなかったMMORPGも、物語の普遍性と膨大なアイテム、快適な操作性から、サービス開始から五年が経つ今も、世界最大の規模を誇る(とはいえシェア自体は国内とアジア圏に留まっているが)オンラインゲームの座を譲っていなかった。
晃陽は香美奈のキャラクターを探すが、居ない。香美奈は所謂“廃人プレイヤー”であり、晃陽らが使うサーバ内では名の通ったプレイヤーだ。中身が女子中学生だと知ったら、恐らく誰かが通報する程度に“無茶な”プレーが多い。
深夜ということもあり、人はまばらだ。一人のプレイヤーが話しかけてきた。
『Kouさん。僕らと行きませんか』
どうやら、少しレベルの高いダンジョンを攻略するために自分たちよりレベルの高い晃陽に協力してもらいたいらしい。
パーティを組んで冒険することを前提としたゲーム内で、晃陽は珍しいソロプレイヤーだ。こういう誘いは、たまに来る。
『分かった』
他のギルド(パーティ)を手伝うことはあっても、自身はソロプレイを続ける変わり者。それが、このサーバ内での、本人は知る由もない晃陽に対する評価だった。
別にギルドに入らない主義というわけではない。12歳で始めた初心者の頃は仲間と共にプレイしていた。
しかし、それが解散し、いざ一人で始めると思いの外やり易く、気が付くと一人でかなり高いレベルに達していた。因みに、このゲームの中級ダンジョンをソロでクリアしたのは晃陽だけである。
だが、上級ダンジョンはやはり多人数で挑まなければならず、ソロでレベルばかり高いまま、ここで立ち止まっている。
『ありがとうございました。Kouさんのおかげでクリアできました』
報酬としてアイテムを貰うと、ギルドと別れた。
晃陽は自分の心を理解していた。このゲームに、飽きているのだ。
それは何も、晃陽の気質だけの話ではない。彼が持つ、ある“特性”が影響していることだった。
PCに、通知がきた。晃陽はそれを開く前にゴミ箱に捨てる。タイトルに『情報海』とあったからだ。
―――それは、俺に関係ない。
晃陽はゲームを終了し、PCの電源を切った。時間的に眠ってしまうと遅刻してしまうが、外に出る気にもなれず、ベッドに寝そべった。
『つまらないかい?』
声がする。ああ、あの時だ、と合点する。4歳の自分、公園で走り回る友達を、退屈そうな目で見つめる自分に話しかける声。
『何がしたいんだい?』
サッカーがやりたかった。前の日に父親にスタジアムに連れて行ってもらった興奮が、まだ胸に残っていたのだ。だが、生憎と公園はボール遊びを全面的に禁止していた。
『そうか。それなら、自分の思ったようにやってごらん。後始末は、おじさんがつけてあげよう』
その言葉の後に晃陽は急いで家に帰り、父に買ってもらったJリーガーのサインボールを持ち出すと、公園の仲間を球蹴りに誘った。
最初は公園のローカルルールを前に渋っていた小学生の男子など、ボールを蹴り始めれば夢中になる。日が暮れ、家路につくまで“おじさん”はそんな晃陽たちをベンチに座り見つめていた。
そして、知らぬ間にボール遊び禁止の条項はサッカー限定で解除されていた。
『思ったとおりにやって』みたら、できた。ならば、何でもやってみればいいのだ、つまらないことはしなくていいのだ、と思った。
面白いことを、もっとしたかった。
―――晃陽は、これが夢だと気付いていた。自分が眠っていることに気付いていた。しかし、自分が変わった日の心地よさを前に、目覚められなかった。
だから遅刻した。
固く閉ざされた校門は、くぐることも乗り越えることも難しく、裏門で待つ教師の許可を取らなければ入れない。
こう見えて無遅刻無欠席だった晃陽は多少気落ちしたが仕方ない、裏に回ろうとするその時、聞き慣れない低い声がした。
「今開けるから、少し待ってろ」
教師にしては長髪の男が門の向こうから言い、鉄製の門を開けてくれた。
「いいんですか?」
「いいよ。書類手続きが面倒だからね」
何とも軽い。「あの、先生なんですよね」と訊く。
「そうだよ。氷月だ。今日から産休の先生のピンチヒッターとして勤める非常勤だ。よろしく」
口調は穏やかだが妙に砕けていて、教師という感じがしない。
そしてそれは、授業でも同様だった。
晃陽のクラスの一時限目に、さっそく氷月が現れ、生徒に教科書をしまわせ、自己紹介を始めた。
「30歳で教員免許を取った、老けた新人ですが、よろしくお願いします」
少しの笑いとどよめきが起こる。氷月の立ち振る舞いは確かに落ち着いていたが、外見、特に顔は20代前半にも見える若さだった。
いや、22歳と言われても、35歳と言われても驚くし、納得してしまう雰囲気を纏っている。
「では、今日は皆さんに歴史の面白さを知ってもらうために、この二色町という不思議な街の歴史をお話しします」
そう言うと、話し出した。
「二色という名は平安時代の文献にも残っています。さらに町全体の、今に至る骨格は鎌倉時代、既にできていました。東西南北に伸びる道、モデルは京の都です。商業的に栄えていたわけでもないこの場所が、何故記録に残っているのか。それは―――」
授業前はまだ眠気の残っていた頭が冴えた。氷月の軽妙な語り口のせいだろうか。
「―――鬼です」
唐突に飛び出したオカルトじみたフレーズにも、誰も噴き出すことは無い。
「こと平安時代というのは、人が人を呪う“鬼”の時代でした。
平安京という都自体が、長岡京時代に起こった藤原種継暗殺事件に関わったとして処された早良親王の怨霊から帝を守るため作られた“鬼”に対する防衛都市の側面があり、その中でも日々、呪い呪われの権力闘争が行われていました。
そんな中、この二色は、帝に仇なすものへの流刑地として機能していました。」
そう言って氷月は、手に持ったCTを操作し、二色町の大きな地図を教室の壁に映し出す。
「街に灯りは無く、昼は明るく、夜は暗い、ただその二色が繰り返される故に二色と呼ばれた土地は、やがて怨念を溜め込んだ場所として恐れられるようになりました」
そう続けると、さらにCTに内蔵されたプロジェクターで平安京の地図を呼び出し、二色町に重ねる。
「平安京のシステムと同じく、風水にのっとって北に山と森、東には現在用水路となった川があり、西には現在国道の走る大きな道、南には駅の再開発で埋め立てられた大きな池がありました。
しかし、平安京が鬼門、つまり北東の方角に加茂神社、比叡山延暦寺を置き、その守りを強固にしたのに対し、二色には北西に社、南東に二色神社を置きました。無論意図的なものです。
“外から入るものを防ぐ”平安京とは逆に、二色の構造は“外に出さない”ためのもの。ここで生まれた世を呪う“鬼”をとどめておくための“裏平安京”。それが、二色という土地の成り立ちであり、闇の歴史です」
淀みなく、すらすらと話す氷月は、また生徒の反応を窺うように話を切った。晃陽はあまり歴史が好きではなかったが、“闇の歴史”という言葉を聞いた瞬間好きになった。
「そんな怪しげな経緯で全国的に名を知られる場所になったものの、室町時代以降は、急速にその存在感を失います。もちろん怨霊のせいなどではなく、ここを治めていた戦国武将がへっぽこだっただけです」
へっぽこ、という間の抜けた単語に教室の雰囲気が弛緩し、空気の抜けたような笑いが起こる。
「ヘッポコ侍のせいで他国にあっさり侵略され、元々地形的にそれほどの要所でもなかったことから、江戸時代には何の変哲もない一つの街という形に落ち着き、現代に至るわけです」
氷月はプロジェクターを切りながら、話を続ける。
「今話したのは歴史の“本道”ではありません。あくまで脇道にある、断片的な物語の一つです。ですが、興味深くもあります。そうしたことを語り継ぐことにも、歴史の魅力があります。
特に皆さんの住む街は、不気味だけれど少し面白い物語を持っているので今日一回の授業を潰してお話ししました。どうか興味を持って学んでください。それでは、少し早いですが、授業は終わりにします」
そう言うと、終礼を五分ほど残して教室を出て行った。
晃陽はこれ幸いにとノートを取り出し、何か書き始めた。
「―――面白くなってきた!」
一ページにするには少し長いかなと思いましたが、キリの良いところがあるのでこうしました。あまり間をおかず、この章は終わりにしたいと思います。