“S”のシナリオ
短いエピローグと、ちょっとした答え合わせみたいな回です。
法廷のようだ。
秘密組織『十三人』の大会議場に通され、“被告人席”に立たされた氷月は思った。
まぁ、組織の方針に背いた自分を牢に入れておく余裕は無いだろうということも想像できたので、気持ちは落ち着いていた。
「“S”は生きています。」
斯くして氷月の言葉に、『十三人』はどよめいた。
「どういうことだ、氷月。報告では、“S”の思念が取り憑いた影喰いを、“影無人”の少年と“シルディア”を手に入れた少年が消滅させたと聞いているぞ。」
氷月は、目の前の円卓に座った『十三人』の面々を眺めると、ゆっくり円を描き歩きながら話す。
「状況だけを見ればその通りです。しかし、いつだって奴はこちらを出し抜いてきた。十年前、確かに基樹氏と相討ちになり、『シャドウワールド』ごと消滅したと思われていた“S”が、こちらにも気づかれないうちに活動していた。私が二色町に着任した時、既に状況は二年以上も動いていました。」
『十三人』から吐息が漏れる。自分たちが感知できないことがあったことが衝撃だったのか。だとすれば、随分とナイーブだと思った。
“S”の侵した禁忌は、最早人の所業ではない。命あるものが行う域のことではない、それほどの―――
氷月は飛びかけた思考を現在に戻し、また話し始める。
「『シャドウワールド』に居た住人は、あの事件の際、“S”を除いて全員避難していたはずだ。だが、彼らの消息を把握する立場にある“上”の連中すらも把握していなかった“影無人”の少年がいた。
“S”は、最初からこの展開を読んでいた。故に、我々にも気取られないような準備ができた。」
「あの“影無人”が、そうだというのか。」
円卓のさらに奥から、嗄れ声が聞こえてきた。氷月はほくそ笑む。彼を引き出すことができれば自分の勝ちだ。
「奴の能力を行使すれば、『シャドウワールド』から自力で脱出することは造作もない。影喰いを我々の世界に溢れさせることも。しかし、それをせず、少年を影から操っていた。」
氷月はゆっくりと前に歩み出る。
「奴の目的は、単純な混乱、動乱ではなく、あなた方が『S-World』と読んでいる数多の世界に対する、明確な破壊です。それを行うためには、虚ろなる存在である影喰いに憑依するだけでは足りない。しっかりとした、肉体が必要です。」
“S”は意識レベルで何とか生きている状態だ、と“彼”は言っていた。ならば、目的はおのずと―――
「『シャドウワールド』の戦いにおける最後の攻防。奴は非常にチンケな攻撃を仕掛けました。」
影喰いの子分をばら撒くという。まるで“彼”に餌を与えるような攻撃。
「彼は“影無人”の力で奴を縛り、その隙をついて“シルディア”に選ばれた少年が倒しました。そういう、シナリオでした。」
そう、予め決定されたシナリオだったのだ。彼女―――暁井光が『シャドウワールド』に迷い込んだことも、“彼”が影の力に飲み込まれることも、彼の親友である東雲晃陽が“彼”を救いに来ることも。
「“S”はまんまと肉体を手に入れました。小暮黎の、『太陽と影の世界の王』サハル・シャリルの肉体を。」
円卓の向こう側、玉座の如き場所に座った老人の目の前まで来て、言う。
「ここ数年、イレギュラーな事態が数多く起こっていますね。昨年の“AB事件”、三年前には新東京市で、別世界からの侵攻があったと聞きます。」
「全ては“S”による仕業、ということかね。」
深い皺から覗く双眸が、氷月を射抜く。その視線を受け止め「その通りです。」と、言った。
「これから、その動きは加速するでしょう。ご英断をお願いしたい。」
強大な力を持った“S”に対抗し得る力を、結束する。そのための―――
「―――“チーム”か。彼らに任せられるのか。」
「そんなことは問題ではありません。失敗したら全員死ぬだけです。」
何事か思案する様子の老いた重鎮に、氷月は最後の言葉を叩きつける。
「世界を、救うためです。」
『S's』 続く
これで『S's~暁の鐘』は終了です。読んでくださって、本当にありがとうございました!祖父江直人の次回作にご期待ください―――なんか打ち切りみたいになってしまいましたが、これはちゃんと過不足なく完結です。