第二幕『晃陽くんの、忙し過ぎる二日間』
日をまたいでしまいましたが、とりあえず毎日更新記録は継続中。ということにしておいてください。
次の日の日曜日。何とか生活のリズムを保つことに成功した晃陽は、CTの通話着信の音で目が覚めた。時刻は午前七時。
『こうちゃん、起きてる?今グラレやってるんだけど、一緒にやらない。』
まさかの朝ゲームに誘う香美奈に「間に合っている。」と、寝ぼけた返事をして通話を切る。
今日こそ二度寝をしてしまうのか、などと思っていると、二度目の着信。今度は月菜からだ。
『おい、東雲!今日ソフトの大会だって言ってあっただろ!早く来い。』
なんで部員でもない自分が行かなければいけないのだ、と言う以前に、そもそもそんなこと聞いていない。と返事をする。
『あれ?そうだっけ。でもいい。とにかく来い、いいな。』
一方的に通話が切れた。恐らく行けど地獄すっぽかせど地獄の状況だったが、晃陽は渋々前者の地獄を選んだ。もう七月に入って、暑いのだが。
のっそりと着替えていると、また着信。また香美奈からだ。
『あ、こうちゃん?』
「すまない香美奈。さっき月菜から呼び出しを喰らってゲームの方には行けそうにない。」
言うと、しばらく沈黙があり、ややあって「そう。」という返事が聞こえた。」
『なら、帰ってきてからでいいから、一緒のギルドでやろう。今夜、テラレイドスを倒すから。』
「はぁ!?」
眠気が吹き飛んだ。テラレイドスとは、『GROUND OF THE LEGEND』のマップにランダムで現れる超上級モンスターだ。倒せばレアアイテムをドロップするが、何しろ強い。そして、一度補足しても、目を離すとすぐに逃げてしまうので未だかつて誰も倒したことがない。聞いた話では、ある上級プレイヤーたちが三日三晩寝ずに戦闘を繰り返したが、ついに倒しきれなかったので、開発元に抗議のメールを一万通送ったという噂がある。しかし、結局テラレイドスの設定は変わらなかった。
「なんでまたそんなことをする気になったんだ?」
『いいから。今晩、あたしに付き合って。お願い。』
「―――分かった。」
通話を終了すると、晃陽は急いで着替え、ソフトボール部の市大会会場に向かった。
―――と、部屋を出る前に、立ち止まり、少し考えてから、晃陽はあるものを持って出かけた。
※※
二色中学ソフトボール部は、苦戦していた。エースピッチャーの二年生藤岡月菜は制球が定まらず、毎回ランナーを置く苦しいピッチングの中、何とか三回を0点に抑えてはいたが、ついに四回、捕まってしまった。
四球二つと単打でランナーがたまったところで、相手チームの四番に走者一掃のスリーベースを打たれ3-0。
「月菜!落ち着いていけ、まだ逆転できるぞ。」
晃陽はイニング終わりに選手たちに配る清涼飲料水を用意しながら、声をからして叫んだ。周りから「あの雑用やってる男子マネージャーうるさいな。」などと声が飛んでくるが、気にしない。
月菜は汗をぬぐいながら、晃陽に向かって頷いて見せる。ノーアウト三塁。このランナーは返してしまっても構わないから、まずはアウトを重ねていくことが先決だった。
しかし、公式戦。負けられない緊張感は、状況判断を狂わせる。
五番バッターが初球をスクイズ。どう考えても一塁に投げるパターンだったが、打球を処理した月菜はキャッチャーの方に投げた。ランナーは生還し、さらに守備時に無理なダッシュをしたせいで、足を挫いてしまったようだ。
監督はピッチャー交代を決断。
晃陽はベンチに放心して座る月菜に、黙って飲み物を差し出した。紙コップの上に涙が落ちるのを、見逃しはしなかった。
「月菜、泣くのはまだだ。仲間を信じるんだ。絶対に逆転してくれる。」
肩を強く叩き、鼓舞された月菜は「うん。」と言って立ち上がると大声を上げて代わったピッチャーを応援し続けた。
しかし、投打のエースを欠く二色中学に反撃の手段はなく、、結局コールド負けの初戦敗退を喫した。
そして、試合終了後、本格的に泣き出した月菜を、晃陽が家まで送ることになった。
「なんで俺が。」
「いいから。東雲くんなら、安心だから。」
チームメイトの女子たちに言われ、仕方なく家路をたどる二人。
「月菜。まだ来年がある。そう落ち込むな。」
しかし、月菜は「今の三年生は今年が最後だったんだ。もう一緒のチームではやれない。」と言って取り合わない。
無闇に慰めようとしない方がいいな。晃陽は思い直し、黙って月菜の横を歩き続ける。
「なぁ、東雲。」
やおら口を開く月菜。
「なんだ?」
「そのスコップ、どうしたんだ?」
月菜は、晃陽の右手に握られているものを指して言った。
「うむ。もしかしたら必要かと思ってな。」
「何に!?」
言ってから、笑い出す。
「本当に面白いな、東雲は。」
そして、今日のような無茶なお願いも聞いてくれる。月菜は傾きかけた陽に照らされた晃陽の横顔を見ながら、思った。今なら、言えてしまうかもしれない。
「なぁ、東雲……。」
だが、言葉が詰まる。答えを出して、聞くのが怖かった。
「どうした月菜?ひょっとして、足がまた痛み出したのか?」
(違うわ。このトーヘンボクが。)
それを言うなら朴念仁だ。
「ゆっくり歩いていたつもりだったんだが。よし、月菜、俺がおぶってやる。」
朴念仁のとんでもない申し出に気恥ずかしさが振り切れた月菜。
「な、な、なんだよそれ!別に良いよ!大丈夫、もう走れる!じゃあな!」
と言って走り出し、突き当りの角を曲がる。
「いや、俺の家もこの方向なんだがな。」
そう言って小走りで追いかける晃陽。月菜と同じルートを通ると、その先には剣呑な雰囲気が出来上がっていた。
どうやら出合い頭にぶつかってしまったらしい、数名の、年の頃は晃陽と同じくらいの男たち。月菜の右腕を掴んでいる。
「あ、東雲……。」
月菜が、怯えた顔を晃陽に向ける。
「おい、お前、藤岡だろう?」
一人の男子が言った。
「あ、お前……道場の。」
どうやら月菜の空手道場の門下生らしい。
「何だこいつ、知り合いかよ。」
「ああ、小学生の時な。男子相手にボコボコ殴ってきやがってさ。」
「そ、そんなこと……」
「ああ!?」
腕をつかんだリーダー格らしい男が凄む。月菜が体を震わせ、身を引くが、腕を押さえられているので動けない。
しかし、それは晃陽のスコップによる攻撃で、強制的に解かされた。
「わ!何だこいつ!」
問答無用の一撃に怯む男たちに、晃陽はスコップを肩にかけ、言った。
「事情は知らないが、月菜を怖がらせることは許さない。立ち去れ。」
男たちはたじろいだ。彼らは空手をやっていて、多人数。片や相手は得物を持っているとはいえ、一人だ。しかし、下がる。晃陽は、微動だにせず、彼らを真っ直ぐ見据えている。
普通ならば勝負にすらならないであろう両者の間合いに差をもたらしているもの、それは、“実戦経験の多寡”。己の強さを信じることができる唯一にして絶対のファクター。
暁の街における、膨大な命を懸けたやり取りが、晃陽の精神に、見せかけではない絶対的な自信を与えていた。
およそ立ち会った時点で、彼らは晃陽に敗れていたのだ。
などと、格闘小説のようなことを長々と書いているうちに、連中は去っていった。
「大丈夫だったか、月菜。」
大丈夫ではなかった。すっかり弱ってしまった月菜は、晃陽の胸に顔をうずめて泣き出した。
晃陽は月菜の頭を撫でながら「もう大丈夫だ。さぁ、帰ろう。」と言った。
「―――だめだった。体が、動かなかったの。空手やってたのに、腕、掴まれたら、怖くて。」
「なら、今度からは口を動かせ。俺を呼ぶんだ。どこにいても駆けつける。」
「東雲……。」
「そんな顔をするな、当たり前だ。友達だろう。」
しかし、月菜は晃陽の腕の中で首を振った。
「月菜にとっては、そうじゃないんだよ。東雲。」
見上げていた晃陽が、顔をそむけた。その原因を、月菜は当初分からなかった。晃陽が「月菜、お前、そんな風に自分を呼ぶのか?」と含み笑いで言って、家でしかしない言葉遣いをしていたことに、気付いた。
「あーーーーーー!!」
叫びながら、正拳突きを恩人の鳩尾に食らわせる。
「ぐっ!」
「いいかっ!忘れろよっ!絶対だぞ!」
ばーか、ばーか、と、小学生のようなことを言いながら小走りで去っていく月菜を、呼吸困難に陥りながら、晃陽は見送った。
※※
テラレイドスは、巨大な四足歩行に翼の生えた双頭の赤竜だ。何とも節操の無いデザインであるが、詰め込み過ぎなビジュアルに違わぬ実力を持った隠しボスだ。
非常に装甲が堅く、魔法は通さない。全身武器と言われる攻撃は、全方向に大ダメージを与える。
そんな竜のHPが、半分にまで減っていることに驚愕する晃陽は、急いで香美奈のギルドに入る。
『こうちゃん、ありがとう。こっから長くなるからね~』
香美奈のキャラクターが言う。ギルドメンバーに訊くと、どうやら昨夜からぶっ通しで戦っているらしい。
『kouさんはasumiさんと一緒にアタックしてください。俺たちがサポートします。』
asumiとは香美奈のハンドルネームだ。とにかくテラレイドスは攻撃が強いので、回復役が多くいないといけない。ここまでの戦果は、ほぼ香美奈一人で削ったものらしい。
『こうちゃん、徹夜の準備はできてる?行くよ~!』
活き活きとした様子の香美奈に、よもや一時間くらい遊んだら寝るつもりでしたとは言えず、付き合うことになった。
晃陽も香美奈も、オーソドックスな剣士タイプ。レベルを上げて物理で殴るキャラクターを操る。
そしてこのゲームには、プレイヤーの息を合わせて行う“連携”というコマンドがある。遠く離れた場所にいるプレイヤー同士で、同じタイミングで攻撃を繰り出すと、威力が二倍になるという特殊コマンドだ。
昨年の春。中一になった晃陽は初めて話した女子生徒が、香美奈だった。「クラスのパイプ作り」という、謎の身辺調査を行っていた香美奈に、秘密組織の潜入捜査官と言うあらぬ疑いをかけたところから話が広がり、気が付けば、同じゲームをやっているということを知ったのだ。
『やっぱりこうちゃんと一緒にやると、はかどるわ~』
香美奈が言う。晃陽も、面白いように決まる“連携”に、爽快感を憶えながら、順調にテラレイドスを削って行った。
それにしても、香美奈の気合は尋常ではない。何か覚悟を決めたようにも感じる。
不眠不休。回復役のMPを回復する役目を回復する役目まで付けたギルドによるテラレイドス討伐は、次の日の朝方まで続いた。
そして、午前五時。苦節三十時間を経て、ついに、歴史的瞬間が訪れた。
「や、やった。」
パソコンの画面に、ゆっくりと倒れていく赤い巨躯。画面いっぱいに表示される『CONGRATULATION!!』の文字。
『ありがとうこうちゃん。』
香美奈から、直接電話がかかってきた。
「ああ、お前のせいで今日は大変だ。」
『ごめんね。で、さ。ちょっと学校で、話したいことがあるんだけど、いいかな?』
「今ここでじゃダメなのか?」
『直接じゃなきゃ、だめなの。お願い。』
「分かった。じゃあ、あとでな。」
そう言うと、通話を切った。画面には歓喜の輪を作るキャラクターたちが飛び跳ねていた。
※※
場面は変わって学校。※※というのは結構使い勝手がいいのでお勧めですよ。
朝のHRが終わると、晃陽は電話を受けた。相手は三好貴江。
『晃陽くん、ちょっといい?』
「構わないが、何の用だ?」
『黎のことで。』
「ああ。あのことか。」
以前から、貴江から恋愛相談を受けていたことを思い出す。とはいえ、晃陽自身もあまりそう言ったことには詳しくないので、良いアドバイスはできないでいたが。
「いよいよ告白する気になったか。」
『……うん。』
小さな声で、しかしはっきりと言う。晃陽は深く頷きながら「そうか。で、晃陽を呼び出せばいいんだな。」と、貴江の頼みを察する。
『お願い、できる?』
「もちろんだ。俺は、貴江の味方だからな。」
一応、光のこともあるが、晃陽個人の立場としては、そういうことになっていた。なに、最終的な判断を下すのは黎だ。
「それでは、放課後に黎を三好神社にやるから、幸運を祈る。」
通話を切り、三年生の教室に向かう。
黎は取り込み中だった。
「ああそう!じゃあね、バイバイ!」
怒ったような声がする。この声は、なかなか判断しづらいが、光のものだ。
「どうしたんだ?光。」
「あ、晃陽くん。いや……ねぇ、放課後、予定ある?」
晃陽は、一瞬逡巡する。えーっと、香美奈は、“ちょっと話がある”で、貴江は“黎に陽がある”ので―――
「ああ、大丈夫だ。放課後は、空いている。」
「なんか忙しそうだね。まぁいいや。じゃあさ、学校終わったら、デートしようよ。」
全く、土日を経て三日で様々なことが起こるものだ、と冷静に俯瞰していたのも束の間、晃陽は言葉の意味を反芻し、「で、デート!?」と、ちゃんと驚くことができた。
「そう。何か不都合はある?」
小首を傾げる光に、少し考えて「いや、無い。」と言う。デートと言うのは言葉の綾だ。つまりは一緒に遊びに行くということだろう。と解釈した。
「じゃあ、またね。」
そう言うと去っていく光。晃陽はその後姿を見送ると、自分の用事を思い出した。
「黎、ちょっといいか?」
教室に入り、黎を呼ぶ。が、こない。何故か自分の机に突っ伏している。
「どうしたんだ?黎。」
心配になって覗き込む。しかし、黎は反応しない。光と、喧嘩でもしたのだろうか。
だとすると、貴江にとっては追い風かも知れないなと思った。出し抜くようだが、恋愛とはそういうものだろう。と分かった風なことを思う。
「黎、聞こえているんだろう、伝言だ。放課後、貴江のところに行ってくれ。三好神社だ。いいな。」
相変わらず反応は無かったが、ちゃんと聞こえてはいるだろう。晃陽は目的を果たし、教室を後にした。
※※
昼休み。真剣な表情の香美奈に呼ばれ、空き教室に入った。
「一体何の用だ?香美奈。」
「こうちゃん。今から、あたし泣くから。」
晃陽は耳の穴に指を入れ、少し内側を掻いてから「もう一回どうぞ。」と言った。
「泣くの。だから、慰めてね。」
そういうと、香美奈はCTを取り出した。3Dの立体画面が呼び出される。
「香美奈、何を―――」
晃陽の問いかけには答えず、すらすらとCTを操作する香美奈。『WE'll』の個人アカウントに行き当たった。こんなところでもゲームをするつもりか?と思っていたら。
『退会の手続きを行います。』
「え?」
『GROUND OF THE LEGEND』はSNS『WE'll』に登録していないとプレイできない。退会は、即刻ゲームができなくなることを意味する。
香美奈は無表情で淡々と退会手続きを終了した。時間にして数秒。そして、予告通り泣き出した。
慰めてくれ、と言われた晃陽だが、彼にしては珍しく、この状況は絶句するしかなかった。廃人プレイヤーの香美奈にとって、ゲームは生きる糧のようなもの。それを自分から捨ててしまうのは、ほとんど自殺と同じだと言えた。
「香美奈―――」
膝を抱え、うずくまって泣き続ける香美奈の顔の高さに、顔を持ってくる。眼鏡を外した赤い目と合った。
「すまない。俺には、何も言えない。」
正直に言う晃陽に、笑う香美奈。
「うん。こっちこそごめんね。ちょっと待って、こうちゃんがよく見えないから、眼鏡かけるね。」
気が付けば、彼の顔を、目を、ちゃんと見られなくなっていた。今日からは、ちゃんと直視しなければ。そのために、今日こうして自分の意思を貫いたのだから。
「こうちゃん。」
眼鏡をかけ、立ち上がり、晃陽の困惑する目を見つめる。
「あたし、こうちゃんが好き。」
―――言えた。あまりにもあっさりと、こんなに簡単なことなのか。
「ゲーム越しじゃなくて、たくさんいる友達の一人としてでもなくて、特別に、なりたいの。こうちゃんと。」
だからゲームを消したのだ。あんなものにかまけていては、気が付かないうちに好きな人が遠くに行ってしまう気がした。自分の想いが本気だと伝えるための、覚悟のつもりだった。
晃陽は、香美奈から目を逸らさなかった。そして、言った。
「香美奈のことは、好きじゃない。」
※※
放課後。
「東雲ぇ!」
月菜が、いつものようにやってきた。晃陽が「今日は何だ。」と言うと、急に顔を赤らめる。
「ちょっと、話しがあるんだ。」
明が「先に部室に行ってるね。」と言った。
「ああ、すまない明、今日は俺も部室には行けない。」
「―――そう、分かった。」
聞き分けよく頷いた明を見送ると、教室には二人きりになった。
「どうした?月菜。」
月菜は後ろ手にもじもじとしながら、俯いている。
「お前らしくないな。俺に言いにくいことなんてあるのか?」
その言葉が引き金になったように、月菜は大声で言う。
「好きだ!東雲!!」
もう、ほとんど怒ったような口調で、しかし、少し震えた声を聞いた晃陽は、口をぽかんと開け、立ち尽くす。
月菜は「あれ?あれ?」と言いながら周りをきょろきょろと見回す。言葉が足りないのかと思って、さらに言いつのる。
「初めて会ったときから、色々親切にしてくれて嬉しかった。悩みも聞いて貰って、元気づけてくれて、いつでも我がまま聞いて貰って、優しくしてくれて、全部嬉しかった。だから―――」
「ああ、分かった、もういい。」
晃陽が洪水のように溢れ出る言葉をせき止める。別に言葉が足らなかったんじゃない。少しびっくりしただけだ。
晃陽は深呼吸をして、精神を整えてから、言った。
「月菜、お前のことは、好きじゃない。」
※※
「あ、晃陽くん、何してたの?」
光が校門で待っていた。晃陽は一言「色々あってな。」と、答えた。
「じゃあ行こっか。ゲームセンター?カラオケ?」
言いながら、行く場所を思いつくままに上げる光に、晃陽は言う。
「そうだな、じゃあ思いついた場所、全部行くか。」
「さすが晃陽くん。分かってるねぇ。」
晃陽と光は、似ていた。自分の心の赴くままに動き、飽きっぽくて、直情的だ。まだ会って一ヶ月にも満たないが、話しがとても会う友人同士になった。
しかし―――
「なんか、違うね。」
「ああ、そうだな。デートと言う感じじゃない。」
デートという言葉から読み取れる色気のまるで無い行程に同意する二人。
「少し休むか。」
「うん。」
公園のベンチに腰掛ける。
「ねぇ、何か面白いことあった?」
唐突、且つ適当の極みとも言える話の振りに、しかし今日の晃陽は答えられる。
「今日、なんと二人の女子から告白されたんだ。」
「おお、モテるねぇ晃陽くん。」
「まさかだ。多分、人生で一回きりだろうな。」
「いや、多分あと一回くらいあるかもだよ。」
妹のことを思いながら、光は言った。
「光は、何があったんだ?黎と、喧嘩したのか?」
「ううん。あたしが、一方的に怒っちゃっただけ。あいつ、どうしても自分のことになると自虐的になっちゃって。」
かなり明るくなったと思っていたが、どうやら根本は何も変わっていないようだ。
「本当はね、あたしも今日、黎に告白するつもりだったんだ。でも、あいつがあんまり、俺とはあまり一緒にいない方がいい、みたいなこというから、つい怒っちゃった。」
「それは、黎が悪いな。」
“影無人”と言うのがどういう存在なのかは分からないが、黎は黎だ。誰も黎を化け物などとは思っていない。しかし、黎自身が、自分が自分であることを許さなければ、何も解決はしないだろうと思った。
「よし、光を困らせた罰として、黎には修羅場を経験して貰おう。」
「修羅場?」
「面白くなってきた!」と、いつもの調子を取り戻した晃陽が光に伝える。
「光、三好神社に行くんだ。今ならまだ間に合う。」
※※
誰もいない。
明は、図書準備室兼文芸部部室にポツンと座り、一人活字を追っていた。
転校してきて、三カ月が過ぎようとしていた。新しい環境にも慣れ、いなくなっていた姉も戻り、こうして部活をやっている。
でも、今は一人だ。思えば、自分は自発的に行動することなく、この居場所を手に入れた。
その中心には、いつでも彼がいて、自分を引っ張ってくれた。いつの間にか自分の中で、彼は大きな存在になっていた。
しかし彼は、ほかの人にとっても等しく大きな存在だった。当たり前だ。あんなに積極的に物事に関わり、自分の心のままに動き、解決してしまう。彼自身は当たり前だと思っているだろうが、それはとても難しいことで、羨ましいことだった。
現にこうして、自分は一歩も動かないまま、一人で本を読んでいる。何も変わってはいない。引っ込み思案で、弱虫な自分。
ため息が出る。自虐的になり過ぎて良いことなんて無い。
帰ろう。そう思った矢先、扉が開いた。
「あ、いたのか明。」
「東雲くん。」
不覚にも、泣きそうになってしまうのをぐっとこらえて、明は平静を装う。
「予定があるんじゃなかったの?」
「そうだったんだが―――」と、頭を掻きながら晃陽が言うには
「人違いだったようだ。」
らしい。色々あったのだろう。
「なんだかこの二日間は、疲れたな。」
椅子に座り込み、机に上半身を投げ出す晃陽。
明は、今の状況を冷静に観察した。狭い教室に二人きり。そして、一昨日の顛末を思い出す。早く告げなければいけない。そう思った。
「東雲くん。」
「ん~?」
「……。」
だが、やめた。彼に対して、何一つ自分から動いていない自分が、藪から棒に「好きです。」などと言ったところで、彼は困惑してしまうだろう。
困惑するが、生真面目な彼のことだ。その場で答えを出そうとするだろう。
「明のことは好きじゃない。友達としては、もちろん好きだが、恋愛感情は、無いんだ。すまない。」
こんな調子で言うに決まっている。だから、今は言わない。その代わりに少しだけ、自分から距離を縮めるのだ。
「晃陽くん、あなたのおかげで、私、今とても楽しいよ。本当にありがとう。」
「……。」
しかし、彼の返答はない。
そっと覗きこむと、寝ているようだ。どうやら、相当忙しかったらしい。
「名字呼びはよそよそしいって言うから、勇気出して呼んだんだよ~。ちゃんと答えろ~。」
起こさないように小声で言った。
明は小さく頷くと、自分に言い聞かせる。
仕方ない。今日はこんなところだ。後は、最終下校時刻になったら彼を起こして、二人で一緒に帰るのだ。もちろん、誘うのは、自分からだ。
『あかつきっ!』とりあえず、完
でも、まだもうちょっとだけ続きます。大丈夫『暁の鐘GT』とか始まったりしませんから。