第一幕『番外編だからって何してもいいってわけじゃない』
「何が始まるんです?」
「第三次大せ……作者の悪ふざけだ。」
「面白い奴だ。殺すのは読んだ後にしてやる。」
せっかくのフラグを放ってはおけない!作者は(別にいいのに)立ち上がったッ!
十分な睡眠をとったはずなのに、再び寝てしまって結局休日の午前中が潰れてしまう現象に、正式な名称はあるのだろうか、と考えながら、東雲晃陽は時計を確認した。時刻は、午前九時。
―――よし、まだ眠れるな。
うん。分かっている。それは“二度寝”と呼ぶのだ。そして、先程思ったことを実行すると、今夜は眠れなくなる。ゲームしちゃうのだ。そして、日曜日は明け方に眠る羽目になり、また夜に眠れなくなり、月曜日は完徹状態で学校に行かなければいけなくなる。
うんざりするほど繰り返してきた流れだ。しかし、様々なことに抗ってきた自分だが、どうしようもなく抗えない運命と言うのはこの世に存在する。
「東雲くん、起きてよ。」
声がする。薄眼を開けると、ショートカットの小柄な少女が立っていた。なるほど夢か。俺も焼きが回ったものだ。こんなベタなラブコメまがいの夢を見るようになるとは。
晃陽は再び目をつぶる、が。
「起きろぉ!晃陽!!」
先程とは違う野太い声と共に布団が引っぺがされた。寝ぼけ眼が今度捉えたのは、目元の涼しげな背の高い美少年だった。
これが夢ならば、正直ちょっと危ないなと思いながら、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている少年の名を呼ぶ。
「何で黎が俺の部屋に入ってきているんだ?」
文芸部の部長で、一つ年上の親友は、剥がした布団を丁寧に畳みながら言う。
「セキュリティが甘いぞ晃陽。今度から、窓の鍵はちゃんと閉めておけ。」
不法侵入者にしゃあしゃあと防犯対策を教授されながら、晃陽はむっくりと起き上がる。
「これからの参考にしよう。ところで、何で光もいるんだ?」
黎の隣で、男子の部屋をしげしげと見まわしている少女を指して言う。
「あれ?晃陽くん、何であたしが光って分かったの?さっき“東雲くん”って呼んだじゃない。」
「明は、どんなに面白そうでも、人の部屋に土足で上がったりはしない。」
と言うか、あわよくば妹に罪を被せる気でいたのかこいつは。と、パタパタと足音がこちらに近付いてきた。
「ちょっと、お姉ちゃん、小暮先輩、だめですよ勝手に入っちゃ!」
部屋のドアを開けた暁井明は開口一番二人の不作法をたしなめる。しかし、二人は全く答えた様子もなく。
「まぁ、晃陽だったらいいんじゃないか?」
「まぁ、晃陽くんだし、いいんじゃない?」
と、ご丁寧に声と文字数まで揃えて(句点・句読点含む)言うものだから、明は「はいはい。」と言うしかない。
「ああ、すまないが三人とも、ちょっと着替えたいから出てくれないか?」
寝間着姿の晃陽が言う。しかし、その願いは聞き入れられなかった。
「あらぁ、晃陽のお友達?どうぞゆっくりしていってくださいね!」
ほかならぬ、母親によってだ。
「あ、ごめんなさい。すぐにお暇しますので。」
明が丁寧に謝罪するが、晃陽の母、東雲真由は構わない。『気にしないで、好きなだけいて良いから』とかそういうことではなく、単に人の話を聞いていないだけだ。斯くして、全くかみ合わないトークが始まる。
「母さん、俺、着替えたいんだけど。」
「晃陽、この子たちは?どっちが本命?っていうか、この子たちそっくりね。あ、あっちの男の子、イケメンじゃない。」
「会話のキャッチボールをしたいなぁ!投げたボールで投げ返して欲しい!新しいのと取り換えないで欲しい!」
隣で黎が爆笑しているのを苦々しく見つめながら、晃陽は狭い部屋に集まってきた四人を追い出し、神速で着替え、リビングに向かう。
「晃陽くんも、お母さんの前ではあんな感じなんだね。」
「ああいう母親だったら、得意の屁理屈マシンガントークも通用しないしな。」
「あ、東雲くん、ごめんね、勝手に。」
悠然とくつろぐ黎と光と、ただ一人謝る明を見て深いため息を吐くと、晃陽は黎に用事を訊く。
「何しに来たんだよ。」
「まぁ、特にないんだけどな。」
「帰れ。」
「そう言うな。俺たちは文芸部だ。と言うわけで、休日返上で部活をすることにした。」
どうもこの黎、暁の街の出来事が終わってから憑き物が落ちたように開けっ広げな性格になったようだった。
「何をするんだ?」
「……何をしよう?」
こんな調子である。今まで振り回してきた晃陽の役目が、そのまま移ったかのようだ。
「その場の思い付きで行動するなって、お前に教わったような気がするが?」
「教訓は忘れるためにある。今日の教訓だ。」
訳の分からないことを言って立ち上がる。
「よし、図書館に行くか。晃陽、黒歴史ノートを持ってこい。四人で小説を書こう。」
2030年にもなって手書きのノートにメモを取っている稀有な存在である晃陽に言う。
「却下。」
「何でだよ。」
「黒歴史ノートじゃない。封印されし黒の書だ。」
「しょっちゅう開いてるだろうが。いいから、行くぞ、文字数が勿体ない。このままじゃ軽く一万字を超える。」
「そういうことを言うな!」
なんだかんだで、出かけることになった四人。真由の「行ってらっしゃい。晃陽と付き合うときは私に報告してね~。」という声は無視して、街の南にある図書館へと向かう。
―――。
さて、『暁の鐘』の本編は終わったわけである。なぜ、まだ続いているのか。彼らが歩いている間に書き記しておこう。何しろ歩いているだけのことを描写するのは大変なのだ。
かと言って、はい、着きました。という一行を以てワープさせてしまうのも、小説として、あまりよろしい方法ではない。この作者は、そういうことをしょっちゅうやるが。だが、物語にはテンポ感というものがある。移動距離に準じた字の文を常に書くとなると、それはそれで退屈だし、なけなしのボキャブラリーを消費して得られるのは、やたらと冗長になった場面説明や、読者が求めているとは思えない世界観の裏設定を暴露するのみとなる。そうならない描写ができる人もいるが、この作者にそんな高等技術は求めるべくもない。
例えば、この二色町という街は、作者の中でなんとなく『四国の方にあるっぽい』という脳内設定や、黎の義理の母親は病気がちで(子宝に恵まれなかった、という事柄から派生した完全に思い付きの設定である。)、あまりストーリーの本筋に絡ませられなかった事情などがあるが、そんなものを知ったところで何になるというのだろう。新鮮な水のように、余分なものをろ過してできたものが、良い小説なのであるという確信があるので、これからも、少なくとも本編はできる限りカラッとした文体で書いていく所存である。
本題に戻る。
作者は反省していた。基本的に己の行動と創作物は省みないタイプで、重大な誤字脱字も数週間見逃しっぱなしになっていることもざらな作者が、反省していたのだ。
何を、と言えば、思いのほか、重い話になってしまったことを、だ。
当初の予定では、『S’s~暁の鐘』という作品は、もっと軽妙な作品になるはずであった。しかし、作者の硬派好きなところがところどころで前面に出てしまい、結果的にかなり重たくなってしまった。
そんな作品なので、こういった“番外編”と言うのを設け、思い切り馬鹿げた話をやろう、できればラブコメをやりたい。ということになったのである。つまりは本来無くても良い長いエピローグ。有体に書いてしまえば、蛇足だ。
馬鹿らしくしたかったので、サブタイトルも『あかつきっ!』である。まるで全年齢対象恋愛ADVが18禁タイトルに移植されたかのようだが、暁井明・浅井香美奈・藤岡月菜・三好貴江という、作品の中に出した四人の少女の頭文字を取っただけであり、そういう描写は一切ないので、通報とかはしないでほしい。タイトルがアレなだけである。
そうこうしている間に、図書館に辿り着いた。そこで香美奈に出会う。
「あ、こうちゃん、と文芸部ご一行。」
賢明な読者の皆さんは、間違っても、こんな雑な出くわし方でキャラを登場させてはいけないと分かっているはずであるが、つまりはそういうレベルだから“番外編”なのだと分かってほしい。
「浅井さんおはよー。どうしたの?こんなところで。」
「いや、友達に勉強教えることになっちゃって。」
「あれ、暁井姉妹に小暮先輩に、東雲、なにしてんの?」
ほら、月菜が現れましたよ皆さん。既存キャラは口調で大体誰だか分かるようにしておきましょう。逆に新キャラを投入したいときは、こういう場面を利用するのが良いんです。もう新キャラ出す気力は残っていないので、ここでははしませんが。
「藤岡さんと浅井さん、仲良かったんだ。」
「あたしは全クラスの子とパイプがあるから。」
「だからお前は何者だよ。」
ワイワイと言いながら、図書館内に入り、席を確保する。
「さて、何をしようか?」
黎が出かける前に言ったことを忘れてように言う。
「小説書くんじゃなかったのか?」
「いや、もうなんかめんどくさい。」
「お前、ちょっとキャラ変わり過ぎだぞ黎。」
そこから少し離れたところで、女子たちがひそひそと会話していた。
「ねぇ暁井さん。」
「なに?」
「なに?」
光と明が同時に返事をする。香美奈が「ああ、そうか。」と言って笑う。
「ややこしいな。名前で呼んでいいか。」
月菜の提案に姉妹がまたそろって「いいよ。」と言う。まるで双子だ。
「じゃあ光……ちゃん。小暮先輩とは、どうなんですか?」
香美奈の単刀直入な質問に光が「どう、とは?」と、はぐらかしにかかる。だが、クラス委員の眼鏡っ子は視線を外さない。
「付き合っちゃったりしてるんですか?と訊いています。」
と、畳み掛け、顔を赤くする―――なぜか明と月菜まで―――様子を楽しんでいる。
「う~、あの~。」
いつもはかなり直截的なはずの光が、しどろもどろになっている様子をしばし楽しんだ後。
「もういいよ。つまり、まだそういうところなんだよね。」と言って、解放してやる。
「うん。黎は、どう思ってるのかな?」
言った光が肘をつきながら、晃陽と何事か話し込んでいる黎を見る。
「小暮先輩も、好きだと思うんだけどなぁ。」
香美奈は言って、そこで言葉を切った。これ以上は野暮だと思った。
「さーて、じゃあ月菜ちゃんはどう?」
急に話を振られた月菜が狼狽する。
「ウチ?そんなのないよ。」
「そうかな?体育会系のスポーツ少女にしては、随分と乙女な顔をされてましたが。」
浅黒い顔を再び紅潮させる月菜。体も顔も小さいので、こうして見ると小動物のようだ。
「ほらほら、潔く言っちゃいなよ。じゃないと勉強教えてあげないよ。」
「な……それは卑怯だぞ香美奈!」
一つ一つ大きな反応を返す。こういうところが面白くてよくつるんでいるのだ。
「ほらほら~。あとであたしも言うから~。」
「う、じゃあ、口で言うのは恥ずかしいから、指差す。」
「え?」
香美奈は驚き、あたりを見渡す、月菜が左側を指さす。
「だから、ここでバトル展開にする意味はあるのかって訊いてるんだ!」
「面白いだろうが。晃陽だって好きだろう?」
そして司書に、「お静かにお願いします。」と言われ注意されている、最近やけに身長が伸びてきて顔立ちが精悍になってきた同級生の姿。
局地的な真空状態が出来上がったような沈黙が、香美奈の半径二メートルで起こった。
「―――本当に?」
「うるさいな。ウチも言ったんだから香美奈も言えよ。」
どうしよう。と、一瞬考え、いや、どうすることでもないか、と思い直す。この子も、彼にはしょっちゅう助けてもらっているのだ。知らない間に好きになっていたのだろう。自分のように。
これからはライバルだ。と、香美奈はいっそ清々しい気分で宣言しようとした矢先、視線の端にとんでもないものを捉えた。
「明ちゃん!大丈夫!?」
『暁井明、深刻なエラーが見つかり機能停止』いや、ロボットではないが、本当にそう表してしまえるようなフリーズ状態だ。
「まさか。」
『【悲報】まさかの四角関係なう。』いや、書き込んだりはしないが。
しかし、なんということだ。この子はまだ彼と出会って数カ月。そんな短期間にどれほどのフラグを積み上げたのだあの男は。
香美奈はこれから起こるであろう厄介な出来事に思いをはせながら、小声で激論を交わしている男の方を見る。
「これが伏線になるんだよ!」
「いや、いくらなんでもヤシの木に頭をぶつけたのが伏線は間抜けすぎるだろう。」
どんな話だ。いや、どうでもいいけど。
「あら、みんなどうしたの?」
「貴江ちゃん。」
節操なくキャラを出す。賢明なる読者諸氏は、『せっかく色んなキャラクターを作ったんだから一つのシークエンスで全部出しちゃおうぜ』みたいなことをする作者を信用してはいけない。自分のことじゃない。これは番外編だから。うん、本当に違うから。
「みんなで勉強会?」
「ううん、そうだったけどついさっき事情が変わった。」
光の言葉に首を傾げる三好貴江。横目で男子二人のいる席を見る。
「ああ。」
察した。おっとりしたように見えて、実は鋭いのだ。
「ふふ、そっか。私も、もういい加減にしないとなぁ。」
独り言のように言う。さっきから図書館の中なのに喋り過ぎなんじゃないかと思いますが、あくまで小声で会話しているので許してくださいごめんなさい、会話シーンで持たせないと長い文章書けないんですコイツ。
「何を?」
間に入る字の文が長いと、会話の前後の繋がりが分かりにくい。光の言葉は「もういい加減にしないとなぁ」に対して発せられています。こうやって読む人に優しい、バファリンのような小説家を目指します。
「ばいばい、光ちゃん。また遊びに来てね。」
「何なんだろうね貴江ちゃん。ねぇ明、そろそろフリーズから復帰しても良くない?」
光が明の肩を揺する。
「で、最終的にヤシの実が切り札になるんじゃないか!今までのはなんだったんだよ!」
「それでいいんだよ、ここでアルマが覚醒することで読者にカタルシスが―――」
「お前らは何の話をしとるんじゃ!ちょっと気になってきただろうが!!」
「香美奈、キャラ変わってる。落ち着いて。」
かように、番外編だからって何してもいいわけじゃない。地の文が生命を宿したり、キャラ崩壊させるのもほどほどに。
後半に続く。
あまりやったことのない文体で書いてみましたが、如何だったでしょうか。これで評価ポイントが0になったらもうしません許してください。