9-A 囚われの王子
『Lighting』
http://www.youtube.com/watch?v=l2bPl13h6y4
この歌の主人公が晃陽に戻ってきました。最終章です。よろしくお願いします。
「そうか、そんなことになったか。」
二色町商店街にあるとあるカフェで晃陽からの話を聞いた氷月は続ける。
「黎が“影無人”だったのは分からなかった。俺の失態だ。許してくれ。」
頭を下げる元教師に、晃陽は何も言えないでいた。いったい何から聞いたらいいのか分からなかったのだ。
代わりに、明が質問する。
「先生は、どこまで知っているんですか?
あの夜、病院の屋上で氷月と晃陽の話を盗み聞きしていた小柄な少女に、氷月は少しだけ悩むような仕草をした後、「全て話すよ。」と言って居住まいを正す。
「“上”の連中は文句を言うだろうが、君たちは知らなければいけないことだ。」
氷月は目を閉じ、一つずつ思い出すように話を始めた。
「今から十年前、俺は、“13人”という組織から任務を言い渡され、あの世界に入った。君たちが“暁の街”と呼んでいる世界だ。任務の内容は、“S”の捕縛。」
「“S”?」
「我々は、そう呼んでいた。放っておくと、厄介なことを引き起こしかねない男でね、ことを起こす前に、捕まえようということになったんだが―――」
そこで一旦言葉を区切り、氷月はテーブルのコーヒーに口を付けた。カップを置くと、続ける。
「しかし、任務は失敗した。俺はやむなく、犠牲を払って“S”を世界ごと消した。」
「世界ごと?」
「その世界は、たった一つのある物で均衡を保っていた。俺はそれを盗み、世界を、“S”の存在ごと壊した。」
そこで、氷月の顔が少し崩れたように見えたが、一瞬で平静を取り戻した。
「黎は、あの世界の生き残りだ。そして、彼の行動の背後には“S”がいる。奴の狙いは、恐らく同じ世界の仲間だった黎だ。何をしようとしているのかは分からないが、このままでは、黎が危ない。」
「先生、その世界の人たちは、どうなったんですか?」
明が恐る恐る訊く。しかし、氷月は首を横に振り、「分からない。」と言う。
「どちらにしろ、俺は“暁の街”に行かなければならない。もし、君たちが―――晃陽、大丈夫か?」
氷月が話す間、まったく口を開かなかった晃陽に、氷月が心配そうに声をかける。
俯いている晃陽は、何かを呟いていた。耳を澄ます。
「囚われた友達。謎の組織から来た男。黎を影で操る男―――」
「晃陽?」
「うひゃひゃひゃひゃ。」
あの氷月が若干引いた。
「面白くなってきた!!」
人目もはばからぬ大声に、さらに体を引く。
「俺は、俺の思ったようにやる。これまでも、これからも。だから、俺は黎を助ける。氷月!」
突然の呼び捨てに少し驚いたが、「どうした?」と、平静を装う。
「協力してくれ、俺の物語を、こんなところで終わらせたくない。俺を、あの世界にもう一度連れて行ってくれ!」
たまらず、氷月が破顔する。
「あはははは!」
ほかの客がいるのも構わず盛大に笑い終えると、席を立った。
「では、行こうか。君の物語を、完結させるために。」
そう言って伸ばしてきた手を、晃陽は思い切りよく掴んだ。
「ああ。“S”とやらも、俺が絶対に止めてみせる。」
「ちょっと男子。勝手に盛り上がらないで。ほかのお客さんに迷惑。」
盛り上がっていた男子二人が、明の声を聞いてゆっくり座り直した。
「どうした、明。」
「私も行く。」
晃陽は「え?」と驚き、氷月は「ふっ」と笑った。
「いや、明―――」
「危険だ、とかいうのはやめてね。」
ぴしゃりとした物言いに、晃陽は押し黙る。
「氷月……さん。私も連れて行ってください。この人、東雲くんは、小暮先輩みたいに誰か抑え役がいないと危ないし。」
「言われているよ、晃陽。」
「うるさいな、明の話を聞けよ。」
晃陽が面白くなさそうに言う。
「すまない。それで、理由はそれだけかい?」
明は、少し言い淀んだ後、「これは、私の物語でもあるから。終わらせなきゃ、いけないから。」と言った。
声は小さかったが、一言ずつはっきりと言った。
氷月は何度も大きく頷く。
「君たちに話して良かった。行こう、そろそろこの街に来る頃だ。」
※※
歴史上、やや黒い部分があるとはいえ、二色町に重要な文化財は、ほとんどない。故に、町外れにある『二色博物館』も、社会科見学でもなければ閑散としている。
「とはいえ、セキュリティが甘いというわけでもないけれどね。」
氷月が、博物館の駐車場に二世代前のガソリン車を停め、言った。こんなレトロな車を乗り回す氷月という男が、さらに分からなくなった晃陽が「ここで何をするんだ?」と言った。
「十年ほど前に、この街で見つかった“オーパーツ”。知っているだろう?」
どの時代に作られた金属なのか、そもそも金属製であるのかすら疑わしい謎の物体。多くの大学を渡り歩き、結局何もわからないまま、元の場所に戻ってくるのが、今日だった。
「それが“暁の鐘”だ。それを盗む。」
大胆な犯行予告を聞かされた明は驚き、晃陽は笑った。
「そもそも、大学に流したのは俺だ。下手にどこかに安置して盗まれても嫌だったからね。まぁ、俺自身が盗人になるとは思わなかったが。」
そう言ってへらへらと笑う盗人に、明は、降りたいと言うのを懸命に堪えて「ほかの方法は無いんですか?」と訊いてみた。恐らくないのだろう。だからこんな無茶なことを―――
「あるよ。」
「あるの!?」
じゃあそうしろよと思う。
「あるにはあるが、面倒くさい。」
またもへらへらと言う氷月。あれ、この人こんなキャラだったっけ。
「色々と、“上”に話を通さないければいけないし、あの連中のご機嫌をうかがうより、こうした方が手っ取り早いからね。」
なんというスットコドッコイな理由だ。
「うひゃひゃ。面白くなってきたじゃないか、明。」
「東雲くん、次にその気持ち悪い笑い方か私の気に障るようなこと言ったら蹴り出すから。」
あれ、この子こんなキャラだっけ。という具合に黙った晃陽を面白そうに見ていた氷月が「では、行ってくる。」と言って運転席から出ていく。
「晃陽、ハンドルを持っていてくれ。」
去り際、助手席に座っていた晃陽に言う。
「え、俺は中学生だぞ?」
「アクセルを踏み、ハンドルを動かす。簡単さ。」
確かに、そう言われれば、無免許の中学生にもできそうな気がするが―――
「理由の説明を要求する!」
「いずれ分かるさ。できるだけ、無いようにはするつもりだが。」
日の暮れかけた午後5時30分。氷月は博物館の方に姿を消した。
―――三分後。
「晃陽!出せ!」
叫びながら、そして警備と警官らしき男たちを多数引き連れながら、氷月が戻ってきた。
助手席に乗り込む寸前に言った「ゴー!」の掛け声を受け、晃陽は生まれて初めて、明確に法を侵した。
※※
「いつもの軽口はどうした?」
「うるさい!話しかけるな!
車の外観を見た時も、やけにマフラーが大きいと思っていたが、どうやら外観からはほとんど気付かれないような改造をしているらしい車で市街地を走る晃陽は余裕のない様子で怒鳴る。少しアクセルを踏み込むだけで、あっという間に80キロに達する。
「そう怒るな、大丈夫。免許不携帯なんて、あとでいくらでも揉み消せる。気にせず突っ走れ、君の心が命じる通りに。あ、そこを左折しろ。」
指示の通りにハンドルを切る晃陽は生きた心地がしない。
「運転を代われ!」
「だめだ。止まっていたら、団体さんが追い付いてくる。よし、次も左。そこからは、ひたすら真っ直ぐだ。明!」
突然話を向けられ、ペーパー未満ドライバーの運転に戦々恐々としている明が「なに!?」と引きつった顔で言う。
「暁井家の私有地に今から突っ込むんだが、いいかい?」
「だめって言ってもやるんでしょ!いいから早く降ろして!」
形ばかりの許可を得た氷月は「了解!」と言って、手に抱えていた荷を開ける。
「もうすぐにつく。あ、晃陽、左足は添えるだけだ。ブレーキも右足で踏むんだ。」
※※
「うわああああああああああああ!!!!」
二人分の叫び声と共に、車は森を突き抜け、開けたところに出た。
「ふー、死ぬかと思ったが、とりあえず第一関門はクリアと言うところだな。」
氷月は涼しい顔で言うと、魂の抜けた二人の中学生を現実に引き戻すべく、クラクションを鳴らした。
けたたましい音で我に返った晃陽と明に言う。
「放心している暇なんてないぞ。さぁ行こう、黎を助けに。」
黎という言葉に反応した晃陽が即座に「何をすればいい?」と訊く。
「入って、救って、出てくる。」
「―――それは簡単そうだ。」
言った晃陽は、車を降りて場所を確認する。
暁の街でも見た、やぐらが建っていた。
「私、この場所知ってます。」
ようやくショックから立ち直ったらしい明が出てきて言う。
「小暮先輩、あの時の―――」
光が仲良くしていた、男友達、今の今まで気付けなかった。
「やはり黎も、ここを通ってきたようだね。」
「氷月、ここは何なんだ?」
晃陽が問いに、「この地と彼の地を繋ぐ場所さ。」と言った氷月は両手で少し余るくらいの包みを二人に見せた。
「そして、これがその鍵、“暁の鐘”だ。」
包みをほどくと、中から緑色の光沢がある鐘が出てきた。
「思ったより、小さいな。」
晃陽が言う。確かに、物体の質感は“夜明けの塔”のものに似ていて、あの世界の物だと分かったが、世界を一つ変えてしまう力を持った物には見えなかった。
「こんなものの為に、君の友達を巻き込んですまなかった。やはり、あるべき場所になければいけない。」
そう言って、やぐらだと思っていた鐘つき堂を昇っていく氷月。二人も続く。
昇り切ったところで、氷月が鐘を掲げていた。
「さぁ、ここが入口だ。行くぞ。」
氷月は、懐から金槌を取り出すと、天井に向かって鐘を叩く。
音は無かった。その代わり、空間が捻じ曲がり、視界に闇が訪れた。
※※
目を覚ますと、そこはあのクモ型の影喰いを倒した薄暗い森の中だった。晃陽は傍らで眠っている明と、氷月がいないことを確認すると虚空に向かって右手をかざす。
「来い、デイブレイカー!」
右手に、剣がもたらされる。晃陽は破顔し「よし!」と、大声を上げる。
「わっ!なに?」
明が飛び起きる。
「明、着いたぞ。暁の街だ。」
「ここが?同じじゃない……って、なに?それ。」
明が晃陽の剣を指さす。晃陽は得意げにそれを掲げると、言った。
「この剣で光を助けたんだ。影喰いを打ち払う、退魔の剣。名はデイブ―――」
「“シルディア”。」
突然下から声が割り込んできた。見ると、氷月が立っていた。
「周囲を探索したが、どうやら影喰いは居ないようだ。降りてきてくれ。その剣について、晃陽に話しておきたい。」
※※
「まぁ、名前に関しては何でもいいんだが、この世界では“シルディア”と呼ばれていた。また、俺とこの剣を使っていた仲間は、これの特性に合わせて“ライズブレード”と呼んでいた。」
「シルディア……ライズ、ブレード……。」
晃陽は何かを考え込むように呟いていたが「東雲くん、呼び名をどれにするか悩むのは後にして。」という明の言葉で我に返った。
「それで、この剣の特性とはなんだ?」
「空を飛べる。」
「へ?」
間の抜けた声が出た。
「今はまだできない。だが、暁の鐘を戻したことで、この世界のバランスが元通りになれば、また使えるようになる。」
氷月は腕時計を二人に見せる。時刻は、午前四時から、秒針が動いていた。
「この世界の時間が、動き出した。夜明けまでに片を付ける。」
「夜明けには、ここの出入り口が閉じてしまうということか。」
晃陽の推測に、頷く氷月。
「そして、今度こそ出られなくなる。」
一瞬の重い沈黙。破ったのは明だった。
「なら、早く行こう。小暮先輩と、一緒に帰ろう。」
氷月が微笑み、言った。
「そうだな。しかし、明はここにいてほしい。俺たちは今から夜明けの塔に向かう。塔に入れば、外の状況が分からなくなってしまうから、鐘を叩いて、合図をしてほしい。この世界の中なら、あの鐘の音はどこまでも響く。」
「―――はい、分かりました。」
一人で残る、という不満と不安を押し殺して、明は承諾した。
「ありがとう。空が白み始めたら一回。陽が見えた二回。完全に明るくなってしまったら三回鳴らして、俺たちが戻ってこなくても一人で戻れ。まずないと思うが影喰いが現れたら何度も鳴らして、すぐに逃げるんだ。いいね。」
てきぱきと出された指示に反論を許す気配はなく、明は「はい。」とだけ言った。代わりに、晃陽が疑問を口にする。
「影喰いがまず来ないというのは、どうしてだ?」
「あいつらは肉体を欲して動き回る虚ろな存在だが、それ以上に“影無人”に引き寄せられる性質がある。今頃、黎は影喰いのハーレム状態だろうな。」
「そんな嫌なハーレムがあるか。」
「その通り。可哀想な王子様を、高い塔のてっぺんから逃がしてあげよう。」
氷月の言葉に頷いた晃陽も言う。
「お姫様が待っているしな。光には、黎が必要だ。絶対に連れ戻してやるからな、黎。」
晃陽と氷月が、夜明けの塔に向かって走り出した。
※※
―――暗闇だった。光源の一つも無い、真の闇。目を開けているのか閉じているのかも分からない。耳を澄ましても何も聴こえない。体を動かしても、何にも触れられない。生きているのか死んでいるのか、それすらも判然とせず、ただ、ここに“居る”ということだけが分かる。
何もないようで何もかもあるような、何も見えないのに、全てを見透かせてしまえるような、寂しいのに、体が温かいような。
―――俺私は。
―――誰何だ?
―――私俺は。
―――何誰だ?
―――私は―――。
「深淵に潜む、邪悪なる影よ―――」
―――声?
「夜明けの光に滅しろ。そして―――」
―――何者だ?俺を呼ぶ、声。
「黎を、返せ。」
―――変な奴、来た。