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S’s~暁の鐘  作者: 祖父江直人
8.少年の物語
18/23

8-D 追想④

夜明け前を指す“黎”には“光”が必要だと思ったことが、暁井光というキャラができた原点です。

※※


 翌日の学校で、所在なさげにしていた明に部活の勧誘を装って声をかけた。


 自分のことを憶えてはいないかと期待したが、初対面のような接し方に、少し落胆する。姉とは違い、人見知りで引っ込み思案なのか、活動内容不明の部活に誘う黎への警戒をなかなか解かなかったが、少しずつ笑顔も見せてくれるようになった矢先、晃陽じゃまものが乱入した。


 明との接点が消えかけたが、その後のやり取りで、どうやら晃陽を気に入ったらしい明の入部が決まった。


「ラブコメはほどほどにしろよ。」


「え?」


「ところで、明―――って俺も呼ぶが、いいか?―――には、きょうだいは居るのか?」


「いえ、私は一人っ子です。


「そうか。」


 その後何度かやり取りをして、改めて理解した。明は、光のことを完全に忘れている。否、消えていた。晃陽の一見それらしい無茶苦茶な意見にも、なんとなく頷いてしまっている。


 ―――やはり、光を救えるのは、俺しかいない。


 そんな思いを再び強く持ち、黎は晃陽と共に“暁の街”へ入っていく。


※※ 


 薄闇に包まれた世界で、約二年ぶりに、肉眼で光と対面した。晃陽は横たわる少女を明だと思っているようだったが、敢えて説明はしなかった。何を話したところで分かってはもらえないだろうと思っていたからだ。


「触れない……か。」


 眠りの状態なら触れられたが、こうして生身の肉体ではすり抜けてしまう。一歩近づいたと思ったら同じだけ離れていたように。黎は、晃陽に気付かれないように唇を噛んだ。


※※


 翌日。二色神社の社殿。


「今日の探索はお休みかね。」


「覗きとは趣味が悪いな。」


 虚ろな体で、光の髪を撫でているところに、男がやってきた。


「少し試したいことがあってな。」


 この状態の光が、晃陽の部屋から繋いだ、この世界への出入り口ということは、光を目覚めさせた後の脱出路としてはあまり期待できない。


「言ってみれば、この光の状態は“影無人”と同じ。一時的にではあるが、世界を繋ぐ能力を有していると、そういうことなだろう。」


 反応は一切期待していない独り言のつもりだったが、男は「そうだ。」と言った。


「あんたも化け物にやられた口か?光のついでに体を取り戻してやってもいいぞ。」


「私に、肉体への執着は最早ない。それに、近いうち、また会うことになるだろう。」


 何度目かの謎めいた言葉を残した翌日、氷月という非常勤講師がやってきた。


 こいつがあの男かと思ったが、どうやら違うようだった。だが、信用はしない。氷月の存在は、黎にとっての新たな懸案となった。


「あの教師は何者だ?お前が送り込んだのか?」


 男に訊くが、相変わらずどこか外れた答えが返ってくるばかりだった。


「私からは何とも言えない。君にとっては味方にも、敵にもなり得る存在だ。せいぜい気を付けることだ。」


「なぁ、コミュニケーションって分かるか?投げたボールは、ちゃんと返せ。」


 男は消えた。本当に意味不明だ。だが、声だけが聞こえる。


「奴が氷月か。ふん、“基樹もとき”の意思を継ぐ者、ということか。」

 

※※


 眠っている間に使えた“作り変える”能力は生身では行使できないことも分かった。恐らく、もう一つの“出口を作る”能力も同じだろう。こちらの世界で眠ったら、ということも考えたが、疲労が無いので眠りにもつけない。


 探索は思った以上に困難だった。“影喰い”と名付けられた化け物に対して、こちらは完全に無力。

 そうこうしているうちに、黎自身が影喰いにやられてしまった。


 しかし、光のようにはならず、少しずつ実体に戻って行った。


 そして、その直後、晃陽が影喰いに襲われ、その手に不思議な剣を携えて戻ってきた。


※※


「それが、“影無人”の力だ。」


 何故自分は影喰いにやられても大丈夫なのか。晃陽が手に入れた剣は何なのか、と訊いた後の、男の第一声がそれだった。


「生身の君は、あの怪物の力を取り込み、我がものとすることができる。君が“影”に攻撃されても全て吸収してしまうのだ。傷が治ったように見えたのは、君が取り込んだ“影”の力が外に放出されただけに過ぎない。」


 微量に取り込んだくらいでは何も起こらなかった。では、大量に取り込んだら?


「試してみるといい。もう一つの質問に対する答えだが―――」


 そこで男が言葉を切った。少しの沈黙の後「彼の手に渡るとはな。彼は何を考えているのだか。」と、呟く。


「おい、自分の世界に入るな。晃陽みたいな奴だな。」


 黎が言うと、男が、今度ははっきりとした口調で言った。


「あのつるぎだけが、彼女を救える。上手く使うことだ。後、“影”は肉体を欲して彷徨っている。君の友が襲われないように、気を付けたまえ。」


「ああ、せいぜい見守っていてくれ。」


 手を出すな、という思いを込めて、言った。



※※


 男の言っていたことを試す機会が巡ってきた。


 駅の構内で、晃陽が猿型の影喰いに連れ去られ、黎自身も単独で複数の影喰いとの戦闘を余儀なくされてしまった。


 駅ナカのテナントが立ち並ぶエリアにおびき寄せ、影喰いたちと相対する。


一匹ずつ、と思ったが、晃陽のこともある。


「まとめてかかってこい、猿ども。」


 飛び掛かってくる影喰いの攻撃を、微動だにせず受け止める。腕に噛みついてきた一体が、体に吸い込まれるようにして消えていく。腹部に爪を立てた個体も、頭に覆い被さってきたものも、黎の体に取り込まれていく。


 力がみなぎってくるのを感じる。まるで空のコップに水が注がれていくようだ。


 黎は十体ほどの影喰いを全て飲み込み、半透明化した自身を見た。力が、満ちてくる。これが、“影無人”の力―――


『ヤメロ』


 体の内側を叩くような声が聞こえた。黎は片膝をつき、抑え込もうとする。


『ワレラヲマタ、アヤツルキカ』


 正体不明の声を鎮めるため、体に力を込める。半透明になった体に、少しずつ実体が戻り、声も消えていく。


 ―――霞んだ視界に、水滴が落ちた。自分の汗だ。疲労しないはずのこの街の中で、ここまで冷や汗をかくことになるとは思わなかった。


 気分が落ち着くのを待って、立ち上がる。掌を見た。影喰いを取り込んだ部分に、薄く黒い膜のようなものが出来ていた。膜は思いのままに移動し、体から糸のように出したり、一部に集めることもできたが、体から離すことはできないようだ。


 黎は、この力の使い方が“分かっていた”。どんなにブランクがあっても、泳ぎ方や自転車の乗り方を忘れないように、体が憶えていたのだ。


 ―――やはり自分は、人間ではないようだ。なら、光が目覚め、戻った世界に、自分の居場所は無い。


 だから何だというのだ。


「よし。」


 黎は誰ともなしに呟くと、影の力を解除した。体が軽くなり、覆っていた黒膜が剥がれていく。


 自分が何者だろうが、あの男が何を企んでいようが、するべきことはただ一つ。寂寥感に酔っている暇など無かった。


 まずは、と、晃陽を助けに行く。


 もし危なくなっていたら、最悪の場合、自分の力を使わなければならないことも考えたが、二色駅の線路上で大型の影喰いを単独で撃破し、勝ち名乗りを上げている晃陽がいた。


 成長したな。晃陽。


「おーい、晃陽!大丈夫か!?」


「だぁー、もう!」


 嬉しさのあまり、口上を遮ってしまったようだが、気にしない。黎は確信した。この後輩になら、光を任せられる。



※※


 “眠りの時間”だった。黎は、神社に安置されている光を見つめていた。


 四体の影喰いを晃陽と共に倒し、頭と胴体以外は既に実体だ。こうやって見ると、外見は本当に明とよく似ている。晃陽の言ったような“半身”とまではいかなくても、双子のようには見える。


 しかし、口を開けば正反対だ。もう、あの自己主張が激しく我儘でやかましいおしゃべりには付き合えない。


 そっと、口元の辺りに右手を伸ばすが、左手で遮る。いつまでも未練たらしく光に触れようとする手を内心で叱りつけ、黎は、恐らく最後になるであろう眠りから、覚めた。



※※


 「さて、この森か。」


 晃陽と共に入る森の中で黎は奇妙な懐かしさを感じていた。


 森の中には、尋常ではない数の影喰いの気配。今までのような、生身のサポートだけでは間に合わない可能性がある。黎は覚悟を決め、晃陽に言った。


「晃陽、ここから先、何があっても立ち止まるな。」


 晃陽に、秘密を知ってもらうときがきたということだ。友の怪訝そうな顔を見ないように、まっすぐ進むと、鳥居と社とやぐらのある広場に出た。


「何だこれ、随分朽ちているな。」


 それに触れた瞬間、頭に鋭い痛みが走り、記憶が蘇った。そうだ、ここは、光と初めて出会った場所だ。何故今まで忘れていたのだろう。


 数秒の沈黙の後、“影喰い”の気配を四方から感じ、言った。


「晃陽逃げるぞ。ここは、連中の餌場だ。」


 だが時すでに遅く、クモ型の団体が集まってきた。黎は考え、晃陽に無茶な指示を出す。


「飛べ、晃陽。」


 渋る晃陽を焚き付け、影喰いの群れの方に飛び込む。光の頭を乗せた大型影喰いに殺意を憶えるが、あくまで冷静に影喰いをおびき寄せる。


 晃陽がやぐらを昇り切ったのを見届けると、影喰いたちを取り込み始めた。ざっと五十体。逆に飲み込まれてしまう恐怖を振り切り、影の力を腕に集中させる。


 ―――今だ。飛べ、晃陽。


 黎の心の声が聞こえたようなタイミングで、大きく跳躍した晃陽に向かって、影を縄状に伸ばし、腰のあたりに巻き付ける。大型の頭部まで持っていくと、デイブレイカーと名付けられた剣が、影喰いを斬った。


 サポートはしたが、あそこで跳んだのは間違いなく晃陽の勇敢さが為せる業だ。黎は満足げに微笑み、ようやく長い苦悩の日々が終わることを悟った。


「黎!」


 晃陽が駆け寄ってくる。今まで見たことも無い、泣きそうな表情だった。そうか、こいつは光によく似ている。だからつい、いじめてやりたくなってしまうのか。


「大丈夫か?」


「多分、無理だ。」


 猿芝居だと自分では思ったが、本当に泣き出した晃陽を見て、つい熱が入った。


「明との約束、果たせ―――助けてやってくれ、明の―――」


 大切な姉さんを、そう言いかけてやめた。今のうちから混乱させてしまうのはよくないと思った。


 黎はゆっくりと目を閉じ、集中する。影の力を全てコントロールするため、自分の存在を影そのものにするイメージを固め、闇に溶けて行った。黎が力尽きて消えて行ったように見えたのだろう。完全に影の力と同化したと同時に晃陽の叫び声が聞こえた。


 ―――そう喚くな。また、すぐ会うことになるのだから。


 駆け出した晃陽に、「頼むぞ。」と言った。


 追いかけたかったが、やはり数が多すぎたようだ。こいつらを全て手なずけるには、まだ少し時間がかかりそうだった。


『―――!!』


 無数の声。雑踏の中で、全ての声が耳元で鳴っているような。駅で経験したものとは段違いの、自分が飲み込まれ、蝕まれていく感覚。


「ひか……り、光……。」


 今にも気が狂いそうな不気味な感覚を必死で制御しにかかる。こんな化け物の力を以てしてまで救いたい、たった一人の人の名前を呼びながら。


 ―――闇に囚われても構わない。そもそも自分はこの影と闇が覆う街に生まれた。それに戻るだけだ。黎は狂気の如き感情に身を任せた。


※※


―――どれほど経ったのかは、分からない。永遠かと思えた苦痛に耐え抜き、黎は立ち上がった。


「光、今行くぞ。」


 目指すべき場所へ。自らを犠牲にした終わりに向かって、黎は歩き出した。



でも実は、黎という名前はダブルミーニングで“Ray(光)”という意味もあったりします。南斗水鳥拳の使い手とかは関係ありません。

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