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S’s~暁の鐘  作者: 祖父江直人
8.少年の物語
17/23

8-C 追想③

この作品を書く上で黎という文字を何度も手書きしたおかげで覚えました 笑

 2029年4月。


 覚悟は決まったものの、それ以外の計画は一切立てられないまま、月日だけが悪戯に過ぎて行った。


 貴江が卒業し、一人になったことで教師から文芸部について、「部員をもう一人入れないと存続できなくなる」と言われた。


 無くなっても構わないとは思ったものの、光が戻った時の居場所を減らしてしまうのも気が引けた。

 かと言って、こんな活動実態の全く無い部活に来るのはよほど変な奴以外、居ないだろう―――と、部室のドアが開いた。


「貴様がこの学校に巣食う魔物か!?」


―――変な奴、来た。

 身長は低いが、目鼻立ちははっきりとしており、聡明そうな顔つきをしていたが、話すことがおかし過ぎる。


「こんなところで、放課後に一人で何をやっている?」


 お前こそ何をやっているんだと訊きたかった。


「二色南に魔物が通っているという噂の正体は、やはりお前か。」


「さっき“巣食ってる”って言ってただろうが。」


 黎が冷静に発言の整合性の無さを指摘する。


「悪魔の種子を育てているのか?」


「魔物なのか悪魔なのか。」


 妄想設定の詰めが甘いのは、この頃から変わっていなかった。


 仕方なく、自己紹介をしてやる。


「俺は小暮黎。ここの二年生で、この世界じゃない場所からきた怪物だ。」


「―――え?」


「おい、キョトンとするな。頑張って乗っかってやっているんだぞ。」


「あ、ああごめん、俺は東雲晃陽。」


 あの反応は、冗談ではないことを悟ったからかも知れなかった。その程度には人の心の機敏には敏感な性格だと、後々知ったからだ。


※※


 晃陽は、黎が他人に対して作るようになった壁を易々と突破し、文芸部に入ってきた。


 さらにこのおかしな後輩は、中学生になって半年の間に同級生の女子から部活の雑用を押し付けられ、黎の家に上がり込んで高価な調度品を破壊したり、後輩をいじめる三年生に単独で食って掛かったり、それらのとばっちりを黎にも食らわせたり、謎のオカルトを仕入れては夜中の学校徘徊に巻き込んだりして、黎の生活リズムを完全に変えてしまった。


 そして、自分が“友”だと思った相手に対しては年齢などお構いなしに馴れ馴れしく接してくる男であることも分かった。


「なぁ黎、どうだ?面白いだろう?」


 そう言って、自作の小説を読ませて来る目は無邪気そのもので、いくらこの間まで小学生だったと言っても天真爛漫過ぎた。


 そんな子供っぽさを前に、ついつい意地の悪いことを言いたくなってしまう。


「先週見せてもらったやつと主人公が違うようだが?」


「あれは……とりあえず保留だ。今はこの話に取り掛かって―――」


「先週も同じことを聞いたな。」


「うるさいな。題材が良くなかったんだよ。」


「違うな。対して根気も無い癖に風呂敷を広げ過ぎなんだ。短編を意識しろ。」


「だって、思いつかない―――」


「頭を使え!もう未完の作品が十本もあるだろう。」


「十二本だ。」


「威張るな。」


 積極的だが飽きっぽく、何事も自分本位で、頭は悪くないはずだが思慮の浅い言動が多い。


 だが、興味の対象が次々と移ってはそれに付き合わされる方としては、騒がしくも面白いと感じる日々だった。


「とりあえず第一章だ。持って帰って読んでくれ。」


「二章以降が早く読みたいな。」


 苦笑しながら、文書データを受け取る為のCTを取り出すが、しかし黎は光が“消失”したあの日以来、本当に笑えたことが無かった。


 苦悩も哀しみも、全て頬の両端を持ち上げるだけの微笑の下に隠すことが、一年足らずで本当に上手くなった。


「おい、黎、早くしろよ。」


 晃陽がCTを持って待っていた。黎は我に返り、晃陽の小説を受け取る。下らない作文も、丁度いい睡眠薬くらいにはなる。


※※


 夜、眠りに就く前に晃陽の書いた小説を読む。CTの文書データで渡されているので、誤字も悪筆もなく読めることが唯一の利点と言える小説のタイトルは『追憶の魔塔』。


 とにかく晃陽は“魔”や“闇”が好きである。『魔塔』には“ダークタワー”なるルビが振られている。もうすでに背中の辺りが痒くなってきたが、頑張って読み進めてみる。


 物語は、こうだ。記憶を失くした主人公が見慣れぬ街で目覚める。街には巨大な塔が建っており、そこに行けば記憶を取り戻せると踏んだ主人公は、異形の怪物と人間が共存する街で情報を集めつつ、塔を目指すのだが、その展開がどう考えても冗長でしかなく、一向にタイトルである『魔塔ダークタワー』に近付かない。


 挙句、塔は閉ざされており、街の外にあるアイテムを七つ集めよう(多い)という話になり、第一章完。である。


 これは、また第二章が書かれることは無さそうだ。どうせ、街の外の世界観も塔の秘密も考えてはいない。タイトルと、思い付きのシチュエーションで適当に登場人物を動かしているだけだ。

 

 見知らぬ街に放り込まれた主人公と、そこにそびえ立つ塔というイメージは少し引き込まれたとだけ言っておこう。


―――塔か。黎はふと考えてから、眠った。


※※


 眼下に現れる、“虚ろなる街”で、黎はあの男から教えられた自分の能力を、ここ一年で試せるだけ試していた。


 まず、“作り変える”能力。

 

 この街にある建物、道、造形物を消し新しい何かに作り変える力だ。“消す”と“作る”は、消しゴムと鉛筆を使うようなもので、誰も使っていないあばら家で実験をしたところ、強く念じることであばら家は“消え”、頭で明確にイメージを固めると、その場所に新しい家屋ができた。

 また、“消す”ことをしなければ“作る”ことはできないが、“消した”状態のままにしておくことはできることも知った。


 そして二つ目の、“この世界と現実世界を繋ぐ”能力は、二つの懸念から、使うことを躊躇ためらっていた。


 懸念①『“出口”はどこにつながるのか?』

 懸念②『その通り道は、果たして黎が任意に消すことができるのか?』


 一つ目については、それほど大した問題ではない。どこに繋がろうとも、光をこの世界から救い出すことが先決だからだ。


 しかし、二つ目は重要だ。万が一、“作っても消せないし消えない”ということになった場合、光を今のような状態にした化け物にも“出口”を与える結果となる。


 推測だが、あの男の狙いはそこにあるのではないかと思っていた。“影”を現実世界に出すこと。それだけは避けなければいけない。今この時点でその能力を使うのは危険だ。


 

 黎は先程眠る前に考えていたことを頭で巡らせながら、二色南中学校の上空に立つ。


―――晃陽、お前のアイデアをパクらせてもらうぞ。どうせ先のことなんか考えていないんだから、いいよな。


 黎は強く念じ、まず学校を“消す”と、天高くそびえる入り口も窓も無い円柱の塔を“作った”。これならば、化け物は入ってこられない。


「その代わり、君も入ることができない。」


 いつの間にか背後に立っていた男が、黎に言う。黎は「ふん。」と鼻を鳴らす。隠れたところで全てを見通しているような男の態度は、いつも気に入らなかった。


「彼女にしか開けられないように色々と“ルール”を設定したようだな。」


「一年間遊んでいたわけじゃないからな。」


 試行錯誤を続ける一年の間に、“光の体が触れなければ開かない”というような“ルール設定”が出来ることも分かっていた。


「あんたも、俺と同じことができるんだろう。」


 黎が男に訊く。しかし、男は誘導尋問には乗らない。


「どうかな。それならば、君に頼ることも無いのではないか。」


 確かにそうだ。しかし、どうしても引っかかる。“作り変える”能力くらいは有していそうなのだ。


 何故かというと、この世界の存在である。二色町を完全に再現していながら、その外側は暗黒が広がる街の造形は、人為的なものだと思えた。そんなことができるのは自分以外では一人だけ。


「―――お前の狙いが何であっても、俺は光を助けるし、お前の思い通りにもさせない。」


 そう言い放つと、黎は眠りから覚めて行った。


 黎はベッドの上で上半身を持ち上げる。頭は冴え冴えとしていた。どうやら、自分には脳を休めるということをしなくていいらしい。頭が良いわけだ、と思ったが同時に、やはり人外じみているな、とも思う。


 ―――さて、準備はできた。後は、光を救うためにあの世界に入るだけだ。だが、方法がない。


 いっそ“出口”を作り、そこから入るか。しかし、現実世界の“入り口”がどこになるか分からないし、無闇に“出口”を増やせば、男の思う壺だ。それに、よしんば入り込めたとしても、あの状態からどうやって光を救い出せばいいのか。


 考えれば考えるほど不確定要素が多い割に、思い切ってしまえば後戻りができない状況だ。

少しの進歩が見えただけに、余計に焦りは募った。


 しかし、その停滞は突如として破られることになる。よりによって、あの変な奴の手で。



※※


「お前の仕業か?」


 時は、2030年、始業式の前日。黎はいつものように街を見下ろしながら、男に訊く。


「私にそんな力は無い。彼女が呼んだのだ。彼の今の住居は、かつて彼女たち姉妹のものだった。そして、つい最近、妹もこの街に帰ってきた。」


 妹、つまり明に助けを求めて、道を開いたのか。だが。


「呼ぶ奴を間違えているぞ、光。」


 このような状況に陥っても、おっちょこちょいなところは変わらない。


「そんなことを言っていていいのか?“影”に、追われているぞ。」


「見た目の割にタフだから、大丈夫だと思うんだが……あ、そっちは行き止まりだぞ、晃陽。」


 仕方ない、と、黎は晃陽の進む道を“開けて”やる。

 

 どうやら無事に戻ることができたらしいことを確認すると、男に向き直って言う。


「あんたがやったことではないにせよ、こうなることを読んでいたんだろう。」


 黎の問いに、男は答えない。ただ、面白がっている雰囲気は伝わり、不愉快な気分になった。


「どうでもいいが、俺はこれから街の中に入る。邪魔をするなよ。」


「しない。私もそれを望んでいる。」


 それは、お前のお気に召さないことがあったら妨害するということか。口には出さず、黎は現実世界に目覚めた。



※※


 始業式の放課後、どうやら明と出会ったらしい晃陽がドタバタとやってきた。


「実はな、この学校に、異界からの侵略者が―――」


「帰っていいか。」


 いつものように取り合いながら、これから大変なことに巻き込んでしまうであろう友に、内心で謝罪する。


 もしかしたらと思い、晃陽が悪い夢を見ているだけという可能性を考えて色々と訊いたが、どうやら本当のことのようだった。


「じゃあな、早く現実に帰って来いよ。」


 白々しく言う自分に失笑する。だが、同時に気分が高揚するのも感じていた。ようやく、あの街に入る糸口が見つかったのだ。


 黎は、本当に久しぶりに、心から笑った。


※※


 

―――そして、その夜。


≪暁の街 照らす光は闇の中 夜明けの塔 開く鍵は影の中≫


「邪魔をするな、と言ったはずだが?」


 黎が隣に立つ男に言う。


「これは手助けだ。いかにも、彼が好みそうな文章だろう。」


 詩のような、謎めいた文章。確かに、あの妄想屋が飛びつきそうである。


 そして、これで決定的になった。男には、黎と同じ能力がある。出口を作る能力は使えないのか、使わないのかは未だに分からないが、用心をするに越したことは無い。そのための“高い塔”という設定だ。影喰いが昇ってくるまで多少なりとも時間を稼げる。その間に、何らかの方法を考えればいい。


 まずは、晃陽と共にあの世界に入ることだ。そして、できれば明とも接触しておきたい。黎は明日の予定を組み立て、眠りから覚めた。

小暮黎という名はこの世界の呼び名ですので、黎にも本名というか、“真明”というものがあります。後々明かされますのでほんのり楽しみにしていてください。

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